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検索対象: ピーターパンの島
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1. ピーターパンの島

す 男はゆうゆうと椅子にかけ、話し出した。 うちゅうせん 「してあげますとも。わたしも、あの宇宙船に乗りたくて志願した。それな のに、人選でまっ先にはねられた。どうも面白くない。それでやったのさ」 じんせん ずのう けんさ 「そんなことを言ったって、人選には頭脳や身体のいろいろな検査がある。 それに落ちれば、仕方がないじゃないか。で、いったいなにをやったんだ」 しよるいばこ 「わたしはあの荷物室に書類箱があるのを知っていた。そのなかに、い ) し物 むじゅうりよく をかくしたんです。なんだと思います。ライターですよ。無重力になると押 えてあるおもりかバネじかけで、しぜんにはなれ、火がつくようなライタ 1 をね」 「な、なんだと」 、も しよるい じようむいんしつ 「火はめらめらと、そばの書類に燃えうつる。乗務員室のほうの連中が気づ いた時には、荷物室は手のつけようのない火の海。だれもが、あわてて逃げ じんせん しがん れんちゅう おさ 140

2. ピーターパンの島

えした。 かんじゃ くるまいす そのあと、車椅子に乗った、べつな患者がやってきた。 べんかい ちゅうしゃ 「一カ月前に注射をしてもらった者だ。ないよりましでしようと弁解するつ もりかもしれないが、みつともなくて困る。ゃい、どうしてくれる」 かんじゃ その患者は、医者の前でにぎりこぶしを振りまわした。その腕は、左足の いようすがた つけ根からはえている。異様な姿だったが、医者はあわてなかった。 こうふん 「まあ、まあ、興奮なさらないで下さい。どういうわけか、時たま、こうい ぬ うことがおこるのです。欠けた鼻から耳がはえたり、抜けた歯のあとから爪 がはえたりです。そんな場合、ふたたび切断したり、抜いたりし、注射をし せいこ、つ なおすと、つぎはうまく成功します。ご心配なさることはありません」 「そういうものかね」 まんがか 「しかし、あなたは売れっ子の漫画家、一本でも手の多いほうがいいのじゃ こま せつだん ぬ うで ちゅうしゃ つめ 55 治療後の経過

3. ピーターパンの島

ち だろう。しかし、もはやそのような人材はいなかった。人びとは怠情で、知 てき 的な思考を失っていた。もっとも、危機を叫ぶ少数の人はあったが、だれも しじ 耳を貸さず、支持もしなかった。 、つ、かい へいおん 世界は崩壊と破局とにむかって進んだ。平穏さが失われる。混乱のなかで せいぞんほんのう むきだしになるのは、生存本能だった。なまなましい体力。それ以外に生き 残る方法はない。多くの人たちが、つぎつぎに死んでいった。 ほ、つを、 けんぞうぶつ きのううしな せいぜん 文化はほろび、都市は機能を失って放棄された。整然としていた建造物も、 ふうか やがて風化し、土にかえっていった。 かちくか 生き残った少数の人たちは、みずからの手で大地をたがやし、家畜を飼い、 よゅ、つ ちてき いくらか知的なこと ほそばそと生活をつづけた。そして、余裕ができると、 かんしん への関心もめばえる。 しゅうきよう もちろん、その進歩は急速ではなかった。あやしげな宗教も発生し、長い の」ほ、つほ、つ か のこ うしな じんざい うしな こんらん 引現在

4. ピーターパンの島

ちゅう 暗黒時代も持たなければならなかった。数えきれぬほどの、ばかげたことが くりかえされた。 しかし、あゆみはおそくても、文化は少しずつ高まるのだった。科学はす ばらしい。それは生活を高めてくれるにちがいないということに気づき、熱 中する。しかし : じようたい そのような状態になったある日。宇宙空間から、なにかが落下してきた。 こうか たいきけん 大気圏に入るとパラシュートが開き、ゆっくりと降下して地上に達した。人 こうきしんきようみ びとは、好奇心と興味と期待とをもって、なかを開き、そして言った。 げんざい 「ふしぎだ。どういうことなのだ。これは現在そのものではないか」 0 、っちゅう たっ

5. ピーターパンの島

かくしゅなん へんか 一方、地上においては、静止などありえない。変化がつづいた。各種の難 かいけっ もん 問も、本気になってとりくめば、少しずつ解決されてゆく。それには、コン せいの、つこうじようふきゅう ピュ 1 タ 1 の性能向上と普及とが、大いに役立った。 よ じようたい りそうてき かんぜん ) いほどの状態がおとずれた。連動 やがて、完全とか理想的とか呼んでもし しているコンピュ 1 ター群が、なにもかもやってくれる。それにまかせてお へいおん きさえすれば、すべてがうまくゆく。平穏な日々が、いつまでもつづくので はないかと思われた。 へいおん たいだ かぎ しかし、ものごと、 しいことずくめとは限らない。平穏は人を怠にし、 こうじようしんうしな 向上心を失わせた。コンピュ 1 ターがなにもかもやってくれ、なんでも教え とりよく ひつよう てくれるのだ。努力とか研究など、なぜやる必要がある。 いっしか、順調そのものだったコンピュ 1 ターに、狂いが生じはじめた。 しゅうり・ こしよう いぜん 以前なら、すぐそれに気づき、故障部分の発見と修理とが、すぐになされた じゅんちょう ぐん くる しよう れんどう

6. ピーターパンの島

も数千年後にびたりと出現する方法を考えたのだ : ていあんしやせつめい 提案者は説明した。 「 : : : 地下に埋めるのでなく、タイムカプセルを宇宙にむけて発射するので はっしゃ かくわくせい す。この方角にむけて発射する。地球から遠くはなれ、太陽系内の各惑星の ふくざっきどう 重力を受け、複雑な軌道で空間をさまようわけですが、数千年後において、 もど ふたたび、びたりと地球へ戻ってきます。コンピュータ 1 によって、この計 かくにん 算を確認しました」 こ、つ力い それは実行に移された。そして、局地紛争の悩み、公害の問題、交通機関 ふまんしゅうきようじんしゅ への不満、宗教や人種の差によるごたごた、都市化にともなうさまざまな環 きようあっか げんざい しめしりよう 境悪化。それら、現在の悩みを示す資料をつみこみ、そのタイムカプセル・ ロケットは発射された。 げんざい ロケットは宇宙空間をめぐり「現在」をそのまま保ちつづけるのだった。 はっしゃ 、っちゅう うつ しゆっげん や さ ほ、つほ、つ ふんそう なや 、っちゅう たも はっしゃ きかん かん

7. ピーターパンの島

「なんだったら、ここに、しばらくいてごらんなさい。きのう話した、離れ か へいおん を借りてあげる。平穏そのもの。新聞もテレビもありませんがね」 きゅうよ、つ 「そうしてみるかな。そんなところで休養してみたい。仕事もにしくないか きゅうか ら、会社に電話して、休暇をとることにする」 男はそうした。しかし、二日目あたりから、なにかいらいらしはじめ、三 日目には、ねをあげた。 「もうだめだ。がまんができない。都会へ帰るよ。これ以上ここにいると、 気が変になりそうだ」 いじよう 男は、おばけ以上の異常さにみちた都会へと帰っていった。 いじよう いじよう いそが はな

8. ピーターパンの島

その話を聞いて、男はため息をついた。 いじよう 「異常だ。異常としかいいようがない」 うつ 「そうですかね。わたしたち、ここへ移ってきて、考えなおしましたよ。あ なたのような、都会に住んでいる人はどうなんです。交通事故、パトカーの そうおん 音、火事、騒音、ラッシュアワ 1 、どぎっさ、にごった空気。それらになれ て平気になっている。もし、それらが一切なくなったら、なんだか気分がお かしくなるんじゃないかな」 にちじようか 「ううん、異常の日常化か」 じけん 「たとえば、新聞です。政治面にも、社会面にも、なんにも大事件のない日 いっしゅ ふあんかん がつづいたとする。いらいらし、落ち着かなくなり、一種の不安感におちい るんじゃないかな」 へいおん 「平穏なのはい ) いじよう いじよう しことだと思うがなあ」 いっさい 25 子供の部屋

9. ピーターパンの島

ろうか 気のせいだったのかもしれない。そう思いかけた時、廊下にだれかの足音 しようじ ひとかげ いようかんかく がした。障子をあけてみたが、そこにも人影はなかった。異様な感覚が、か よ らだを走り抜けていった。酔いも、たちまちさめてしまった。 なんとか眠ろうと、電気を消す。まくらもとに、だれかいるけはいがした。 ろうじん 目をむけると、見知らぬ老人が、だまってすわっていた。暗いなかなのに、 その姿だけは見えるのだった。 ろうじんむひょうじよう 声をかけても、老人は無表情のまま、答えようともしない。 男は悲鳴をあげかけたが、それは押えた。ここは他人の家だ。むりやり泊 こと。も しつれい しゅうがく まりこみ、さわいでは失礼になる。子供の部屋だそうだ。きようは修学旅行 るす で留守だが、ふだんは毎日ここで寝てるのだろう。となると、アルコールに げ・んかく よる、おれの幻覚なのだろうか。 もはや、ねむけは消えてしまった。酒の残りを持ってきて飲む。だが、少 すがた ねむ ぬ ね おさ のこ と 0

10. ピーターパンの島

男があいさっすると、主人が迎えた。 「よくきてくれた。あがって休んでくれ。これといったものはないがね」 しず 「ありすぎるぐらいじゃないか。緑、きれいな空気、小鳥の声、静かさ。一 杯の水だって、きっとおいしいにちがいない。都会から来ると、生きかえっ たような気分になるよ」 しんせんやさい 「まあ、酒でも飲んでくれ。新鮮な野菜や川魚ぐらいしかないが」 りようり・ 主人は自分で料理し、すすめてくれた。いい味だった。 酒を飲みながら、男は聞く。 「奥さんやお子さんは、どうしたんだい」 しゅうがく ほうじ 「家内は法事があって、実家へ出かけた。むすこは中学一年だが、修学旅行。屋 だから、きうはわたしひとりだ。酔「てさわ」でも」」ぞ。酒はたくさん〈 ある」 おく むか