「なんだったら、ここに、しばらくいてごらんなさい。きのう話した、離れ か へいおん を借りてあげる。平穏そのもの。新聞もテレビもありませんがね」 きゅうよ、つ 「そうしてみるかな。そんなところで休養してみたい。仕事もにしくないか きゅうか ら、会社に電話して、休暇をとることにする」 男はそうした。しかし、二日目あたりから、なにかいらいらしはじめ、三 日目には、ねをあげた。 「もうだめだ。がまんができない。都会へ帰るよ。これ以上ここにいると、 気が変になりそうだ」 いじよう 男は、おばけ以上の異常さにみちた都会へと帰っていった。 いじよう いじよう いそが はな
その話を聞いて、男はため息をついた。 いじよう 「異常だ。異常としかいいようがない」 うつ 「そうですかね。わたしたち、ここへ移ってきて、考えなおしましたよ。あ なたのような、都会に住んでいる人はどうなんです。交通事故、パトカーの そうおん 音、火事、騒音、ラッシュアワ 1 、どぎっさ、にごった空気。それらになれ て平気になっている。もし、それらが一切なくなったら、なんだか気分がお かしくなるんじゃないかな」 にちじようか 「ううん、異常の日常化か」 じけん 「たとえば、新聞です。政治面にも、社会面にも、なんにも大事件のない日 いっしゅ ふあんかん がつづいたとする。いらいらし、落ち着かなくなり、一種の不安感におちい るんじゃないかな」 へいおん 「平穏なのはい ) いじよう いじよう しことだと思うがなあ」 いっさい 25 子供の部屋
ろうか 気のせいだったのかもしれない。そう思いかけた時、廊下にだれかの足音 しようじ ひとかげ いようかんかく がした。障子をあけてみたが、そこにも人影はなかった。異様な感覚が、か よ らだを走り抜けていった。酔いも、たちまちさめてしまった。 なんとか眠ろうと、電気を消す。まくらもとに、だれかいるけはいがした。 ろうじん 目をむけると、見知らぬ老人が、だまってすわっていた。暗いなかなのに、 その姿だけは見えるのだった。 ろうじんむひょうじよう 声をかけても、老人は無表情のまま、答えようともしない。 男は悲鳴をあげかけたが、それは押えた。ここは他人の家だ。むりやり泊 こと。も しつれい しゅうがく まりこみ、さわいでは失礼になる。子供の部屋だそうだ。きようは修学旅行 るす で留守だが、ふだんは毎日ここで寝てるのだろう。となると、アルコールに げ・んかく よる、おれの幻覚なのだろうか。 もはや、ねむけは消えてしまった。酒の残りを持ってきて飲む。だが、少 すがた ねむ ぬ ね おさ のこ と 0
男があいさっすると、主人が迎えた。 「よくきてくれた。あがって休んでくれ。これといったものはないがね」 しず 「ありすぎるぐらいじゃないか。緑、きれいな空気、小鳥の声、静かさ。一 杯の水だって、きっとおいしいにちがいない。都会から来ると、生きかえっ たような気分になるよ」 しんせんやさい 「まあ、酒でも飲んでくれ。新鮮な野菜や川魚ぐらいしかないが」 りようり・ 主人は自分で料理し、すすめてくれた。いい味だった。 酒を飲みながら、男は聞く。 「奥さんやお子さんは、どうしたんだい」 しゅうがく ほうじ 「家内は法事があって、実家へ出かけた。むすこは中学一年だが、修学旅行。屋 だから、きうはわたしひとりだ。酔「てさわ」でも」」ぞ。酒はたくさん〈 ある」 おく むか
ふと思い立って、その男は旅に出た。しばらく前、小さな地方都市に引っ 越した友人をたずねてみようと考えたのだ。なぜ急に都会から越していった ふめい のか不明だった。そこが気になり、知りたくもあった。 駅でおり、バスへ乗り、町はずれでおりる。手紙で教えてもらった地図を たよりに、道を歩いた。畑があり、森があり、お寺があり、そのそばにめざ す家があった。わりと大きいか、かなり古びていた。 「やってきたよ。しばらくだね」 こ、どは 2 子供の部屋 こ
「ひどいもんだな」 「しかし、そういえば、われわれだって大差ないぜ。きみに一本のマッチが しゅうり・ 。テレビの原理を知っている人 作れるか。ばくも時計の修理ひとつできない が、どれだけいる。文明とは、そういうものなのだろうな」 たいさ 15 高度な文明
宇宙人も帰りたいだろう。指導してくれれば、地球で円盤を作ってあげる 4 、、つほ、つ けつか こともできるだろう。双方ともいい結果になる。 しかし、その期待に反し、ようすがおかしくなってきた。いっかは流れる しつもん ようにしゃべったくせに 、いまはなにを質問しても、しどろもどろの答えし こきよう かしてくれない。話題にするのは、故郷の友人のことばかり。地球人はふし ぎがってさいそくする。 「もったいぶらずに、指導して下さいよ」 そうち せつめい 「そうしたいのですが、装置がだめになってはね。いっかの説明は、円盤内 そうち ほんやくき の装置が、この翻訳機を通じて話したのです : : : 」 ちょう りよう . り . ほ、つ こ、つ′、、つ うちゅうじん 超光速原理も、料理法も、工事用の光線銃の構造も、宇宙人はなにひとっ ちしき そうち げんざい 知らない。知識をつめこんだ電子装置がこわれた現在では、ただの、ひとの しいやつにすぎない。地球人たちはがっかり。 うちゅうじん しどう しどう こうせんじゅう えんばん えんばん
ヾゝ日」 0 カく 「気になるのでおたずねしますが、宇宙で病気になったら、どうするのです 力」 いりようそうち 「その点は大丈夫です。いかなる病気をもなおせる、医療装置を持ってます から」 「それはすばらしい」 きようたん 見ること、聞くこと、味わうこと、驚嘆するばかりだった。この上は、少 しんよう もっと深く、さまざまな教えを受けた しでも早く地球人を信用してもらい いものだ。 そうこうするうち、数週間がたった。ある日、宇宙人が円盤からそとへか がわ け出してきた。地球側が聞く。 「どうなさいました」 だいじようぶ 、っちゅう うちゅうじんえんばん Ⅱ高度な文明
せいぎよ せん。時間のずれの問題がからんできますが、それよりも重力の制御による、 0 えいきよう びみよう 生命現象への影響のほうが微妙でして、すなわち : : : 」 わり りかい うちゅうじん 宇宙人は流れるようにしゃべる。しかし、地球人にはその一割も理解でき りろん さ しつもん ちしき いた なかった。科学知識の差を、痛いほど思い知らされた。 = 理論への質問は山ほ か どあったが、それはあとまわしにして、話題を変えた。 「なにをしに、おいでになったのですか」 しんよう ゅうこう 「友好のためです。しかし、おたがいに信用しあえるまでには時間がかかる。 ます、食事をさしあげましよう : ・ : ・ りようり・ あんない 宇宙人は代表者を円盤内に案内し、料理を作り、自分も口にし、みなにす りようり・ すめた。その味のよさ、代表者たちは飛びあがりかけたほどだった。料理の うちゅうじんひとがら ぎじゅっひじよう 技術も非常に高度だ。話しているうちに、宇宙人の人柄がわかってきた。警 と 1 レかいし ようかなかった。だれか 戒すべきだとの印象は消え、ひとがいい うちゅうじん げんしよう いんしよう えんばん と
9 高度な文明