「ご名答」 それを聞き、男はふるえあがった。 じよう あくま りくっ 「なんで、こんなところへ。めちゃくちゃだ。理屈もなにもない。悪魔に常 しき 識は通用しないのかもしれないが、よりによって、わたしのところへとは えが 「図を描いた、その当人のところへあらわれることになっているのだ」 「そうだったのか。しかし、用はない。帰って下さい」 しゆっげん 「そうはいかない。出現したからには」 あくま と悪魔に言われ、男はこわごわ聞く。 「わたしを、どうするつもりだ」 「どうもしはしない。 一回だけ力を貸してやる。あなたが名ざした人物をひ ころ とり、わたしのカで殺してやる。どんなやつでもだ」
たら : 「どうも平凡だな。もっと常識を越えた、あっというアイデアはないものか」 きかくか 部長に言われ、企画課の青年が発言した。 あくま いかがでしよう。悪魔の部屋というものを、ひとっ作ってみたら。その内 部を、いかにもそれらしく作りあげ、見物したい人にのぞかせてやるという のは」 「えんぎでもない : だれかの反対に、青年は一一一一口う。 あくまそんざい しん 「神や悪魔の存在を、あなたは信じているのですか」 しん 「信じてなんかいないよ。ばかばかしい」 「それなら、えんぎがいし ゝも亜いもないでしょ一フ」 部長が口を出した。 じようしき こ
えいきゅう を見る。あなたは気を失い、永久にそのままだ」 っ 「つまり、だれかの名を告げないと、わたしが死ぬことに : 「その通り、ご名答」 「なんという : ざんこく 残酷なことだと、男はぞっとした。だれかを殺さなければならない。たし あくま はっそう かに人間ばなれした発想だ。どうやら、本物の悪魔にまちがいないようだ。 男はつぶやく す 「 : : : ひどい立場に追いこまれた。これというのも、あんな椅子のアイデア を出した青年のおかげだ」 「では、それをご指名になりますか」 あくま と悪魔。男は暗いなかで手を振った。 ころ 「いやいや、そんなつもりはない。殺したいほど、うらんでいるわけではな うしな ころ
なんともないじゃないか」 あくま かち 「あなたがたは、悪魔にねらわれる価値のない人間だから、大丈夫なんです。 しかし、わたしはちがう」 じしんかじよう つまで、そこにいる 「自信過剰とでもいうのか、手のつけようがないな。い つもりなんだ。食事もできず、トイレにも行けず、死んでしまうぞ」 あくま 「悪魔にやられるよりはいい ・」うじよう 本気でそう思い込んでいるらしく、なかなか強情だった。部長はほかの者 たちに命じた。 「あいつを連れ出せ」 よ かれ みなは彼のそばへ寄り、よってたかって、むりやりカずくで引っぱった。 す 泣き声をあげ椅子にしがみついても、一人のカではかなわない。ずるずると かれさけ 引きずられ、星の形の線を越えた。その時、彼は叫び声をあげた。 っ こ こ だいじようぶ 4
かわ 青年は家へ帰ってみたが、べつにいつもと変ったこともなかった。なにも げんだい あくま おこらぬということが、悪魔の働きなのだろうか。現代では、そのことのほ ねむ きようふ うが恐怖かもしれないな。そんなことを考えながら、いつのまにか眠ってし まった。 ディスプレイ業の男も、帰宅して眠った。夜中、男はなにかのけはいで目 ざめる。だれかがそばにいるようだ。電気をつけようと、まくらもとへ手を のばす。暗いなかで声がした。 すがた 「やめろ。明るくし、わたしの姿を見ると、おまえは気を失うぞ」 「だれなんです、いったい。あ、さては、もしかしたら : : : 」 そうぞう 「そう、ご想像の通りだ」 あくま 「すると、悪魔 : ・・ : 」 きたく はたら ねむ うしな 45 悪魔の掎子
おだてられ、男はつぶやく 世界じゅうが、まさかあの人がと 「うむ。どうせなら、大物のほうかいし おどろ 驚くような人物のほうが面白い。だれかいいかな : あくまてきしようどう ねっちゅう 考えることに、男は熱中しはじめる。しだいに、いじの悪い悪魔的な衝動 きかい がこみあげてくる。こんな機会は、めったにないのだ。とてつもなく、どえ らい人物。やつを消したのは自分だと、あとあとまで思い出して、楽しめる ころ しん ようなのがいい。だれそれを殺した男。どうせだれも信じないだろうが、そ れを話しながら、自分だけは事実とわかっている。そんな気分も悪くないぞ。 そ , 、を、うまく活用しなければ : じしん あくま みりよくてきゅうわく 悪魔は魅力的な誘惑を、やさしく自信にみちた口調でささやいた。 しかかでしょ一つ。も一つ、おきまりになりましたでしようか」 「ああ」
こうそう 「面白いかもしれないぞ、それは。高層ビルという新しさとの対比がしし あくま せんでん 悪魔も部屋を借りていると宣伝できる。いやなことは、すべてそこが引き受 とくしよくしゅちょう ことばかりと、ビルの特色を主張できる。いささかど け、あとの部屋はいい しげきてき かんしん ぎついような気もするが、少し刺激的でないと、 いまの世の人は、関心を持 ってくれない」 りくっ きかく 理屈はつけよう。その企画がきまってしまった。部長は青年に命じる。 いちにん ふひょう 「きみにすべて一任する。思い通りにやってみてくれ。不評だったら、やめ ればい ) 」りよく 。せいぜい努力します」 ていあん 青年は張り切って仕事にかかった。ふと思いついての提案だったが、やっ よ あくまかん ねっちゅう ているうちに、しだいに熱中していった。悪魔に関する本を外国から取り寄 せ、読みふけった。外人だって見に来るかもしれない。それに笑われないよ たいひ わら
もくじ 高度な文明 7 こども 子供の部屋 げんざい 現在 あくま す 悪魔の掎子 ちりようご 治療後の経過 こんな時代が 有名 お、ったい 応対 ある古風な物語引 ラ」ふ、フ
ざんねん 「残念というか、張り合いが抜けたというか、くやしい感じだなあ。ばくは しんけん 真剣に研究し、なにもかもそろえて、正式にこれを作りあげた。なにかおこ ることを期待していた。しかるに、なんてこともない」 しん 「じゃあ、信じてたのですか」 ていど あくま 「かなりの程度にね。だが、悪魔は出てこない。椅子にかけた部長にも、異 しん へん 変はおこらなかった。信じてない者には作用しないのだろうか」 しん 「信じてた人もいましたよ」 しん 「星の形から出たがらなかったやつのことだな。あいつは信じてたようだ。 しかし、なんにもおこらなかった」 めいしん 「あきらめるんですな。迷信ですよ」 ざんねん 「それにしても、残念だなあ : : : 」 きたく かれ 青年は引きあげ、帰宅した。彼が家へ帰ってみると :
こ、っそ、つ 新しく高層ビルができた。その一室で、このビルの関係者たちが会議を開 かんり いていた。管理部長がこう言った。 こうそう 「高層ビルもこう多くなると、だれもあまり話題にしてくれない。そこでだ、 いんレよう うか なにか特色を作らねばならない。ああ、あのビルかと、すぐ印象に浮ぶよう かわ なものをだ。変った催しはないものだろうか」 かいだん 各人がそれぞれ意見をのべた。階段のばりのマラソン大会をやったら。背魔 こうしよきようふしようむりようちりよう の高い美人のコンテストをやったら。高所恐怖症の無料治療サービスをやっ あくま 悪魔の椅子 と′、しよく もよお け