おだてられ、男はつぶやく 世界じゅうが、まさかあの人がと 「うむ。どうせなら、大物のほうかいし おどろ 驚くような人物のほうが面白い。だれかいいかな : あくまてきしようどう ねっちゅう 考えることに、男は熱中しはじめる。しだいに、いじの悪い悪魔的な衝動 きかい がこみあげてくる。こんな機会は、めったにないのだ。とてつもなく、どえ らい人物。やつを消したのは自分だと、あとあとまで思い出して、楽しめる ころ しん ようなのがいい。だれそれを殺した男。どうせだれも信じないだろうが、そ れを話しながら、自分だけは事実とわかっている。そんな気分も悪くないぞ。 そ , 、を、うまく活用しなければ : じしん あくま みりよくてきゅうわく 悪魔は魅力的な誘惑を、やさしく自信にみちた口調でささやいた。 しかかでしょ一つ。も一つ、おきまりになりましたでしようか」 「ああ」
かわ 青年は家へ帰ってみたが、べつにいつもと変ったこともなかった。なにも げんだい あくま おこらぬということが、悪魔の働きなのだろうか。現代では、そのことのほ ねむ きようふ うが恐怖かもしれないな。そんなことを考えながら、いつのまにか眠ってし まった。 ディスプレイ業の男も、帰宅して眠った。夜中、男はなにかのけはいで目 ざめる。だれかがそばにいるようだ。電気をつけようと、まくらもとへ手を のばす。暗いなかで声がした。 すがた 「やめろ。明るくし、わたしの姿を見ると、おまえは気を失うぞ」 「だれなんです、いったい。あ、さては、もしかしたら : : : 」 そうぞう 「そう、ご想像の通りだ」 あくま 「すると、悪魔 : ・・ : 」 きたく はたら ねむ うしな 45 悪魔の掎子
「ご名答」 それを聞き、男はふるえあがった。 じよう あくま りくっ 「なんで、こんなところへ。めちゃくちゃだ。理屈もなにもない。悪魔に常 しき 識は通用しないのかもしれないが、よりによって、わたしのところへとは えが 「図を描いた、その当人のところへあらわれることになっているのだ」 「そうだったのか。しかし、用はない。帰って下さい」 しゆっげん 「そうはいかない。出現したからには」 あくま と悪魔に言われ、男はこわごわ聞く。 「わたしを、どうするつもりだ」 「どうもしはしない。 一回だけ力を貸してやる。あなたが名ざした人物をひ ころ とり、わたしのカで殺してやる。どんなやつでもだ」
たら : 「どうも平凡だな。もっと常識を越えた、あっというアイデアはないものか」 きかくか 部長に言われ、企画課の青年が発言した。 あくま いかがでしよう。悪魔の部屋というものを、ひとっ作ってみたら。その内 部を、いかにもそれらしく作りあげ、見物したい人にのぞかせてやるという のは」 「えんぎでもない : だれかの反対に、青年は一一一一口う。 あくまそんざい しん 「神や悪魔の存在を、あなたは信じているのですか」 しん 「信じてなんかいないよ。ばかばかしい」 「それなら、えんぎがいし ゝも亜いもないでしょ一フ」 部長が口を出した。 じようしき こ
えいきゅう を見る。あなたは気を失い、永久にそのままだ」 っ 「つまり、だれかの名を告げないと、わたしが死ぬことに : 「その通り、ご名答」 「なんという : ざんこく 残酷なことだと、男はぞっとした。だれかを殺さなければならない。たし あくま はっそう かに人間ばなれした発想だ。どうやら、本物の悪魔にまちがいないようだ。 男はつぶやく す 「 : : : ひどい立場に追いこまれた。これというのも、あんな椅子のアイデア を出した青年のおかげだ」 「では、それをご指名になりますか」 あくま と悪魔。男は暗いなかで手を振った。 ころ 「いやいや、そんなつもりはない。殺したいほど、うらんでいるわけではな うしな ころ
ころ 「殺したい人なんかいないよ」 ころ 「そうですかねえ。殺すと考えるからいけないんですよ。あんなやっ、死ん ) ) るはずです でしまえばい ) 。 そう内心で考えている相手は、ひとりぐらしし がねえ。それを実現してあげるんですよ」 「なんだか、いやな気分だ」 「かもしれませんが、それとくらべても、だれかがいなくなってさつばりす る気分のほうが大きいということだって、あるはずです。なにも、あなたが ころ 殺すんじゃない。わたしがうまく、しまっしてあげるんです」 「名をあげると、そいつのところへ行って言いつけたり : しんよう あくま ひれつ 「いやしくも悪魔たる者が、そんな卑劣なことをしたら信用にかかわる」 「本当らしいな。まあ、考えさせてくれ」 こま 「考えるのも、そう長くは困りますよ。明るくなると、あなたはわたしの姿 じっげん すがた 47 悪魔の掎子
なんともないじゃないか」 あくま かち 「あなたがたは、悪魔にねらわれる価値のない人間だから、大丈夫なんです。 しかし、わたしはちがう」 じしんかじよう つまで、そこにいる 「自信過剰とでもいうのか、手のつけようがないな。い つもりなんだ。食事もできず、トイレにも行けず、死んでしまうぞ」 あくま 「悪魔にやられるよりはいい ・」うじよう 本気でそう思い込んでいるらしく、なかなか強情だった。部長はほかの者 たちに命じた。 「あいつを連れ出せ」 よ かれ みなは彼のそばへ寄り、よってたかって、むりやりカずくで引っぱった。 す 泣き声をあげ椅子にしがみついても、一人のカではかなわない。ずるずると かれさけ 引きずられ、星の形の線を越えた。その時、彼は叫び声をあげた。 っ こ こ だいじようぶ 4
乂ズ 35 悪魔の掎子
こうそう 「面白いかもしれないぞ、それは。高層ビルという新しさとの対比がしし あくま せんでん 悪魔も部屋を借りていると宣伝できる。いやなことは、すべてそこが引き受 とくしよくしゅちょう ことばかりと、ビルの特色を主張できる。いささかど け、あとの部屋はいい しげきてき かんしん ぎついような気もするが、少し刺激的でないと、 いまの世の人は、関心を持 ってくれない」 りくっ きかく 理屈はつけよう。その企画がきまってしまった。部長は青年に命じる。 いちにん ふひょう 「きみにすべて一任する。思い通りにやってみてくれ。不評だったら、やめ ればい ) 」りよく 。せいぜい努力します」 ていあん 青年は張り切って仕事にかかった。ふと思いついての提案だったが、やっ よ あくまかん ねっちゅう ているうちに、しだいに熱中していった。悪魔に関する本を外国から取り寄 せ、読みふけった。外人だって見に来るかもしれない。それに笑われないよ たいひ わら
ここに収めた作品は新潮社・新潮文庫 『かばちゃの馬車』『夜のかくれんば』『ど んぐり民話館』『これからの出来事』 および中央公論新社『悪魔のいる天 国』を底本といたしました。