せま おどかしの演出じゃないんです。真に迫ったでなく、真そのもの : : : 」 と青年はむきになって主張した。部長はうなずく。 やくとく 「ひとつ、役得として、最初にあの椅子のすわり心地をためしてみるかな」 「およしなさい。もし万一・ と青年は引きとめたが、部長は平気。円のなか、星の形のなかへ歩いて入 す しゅんかん むね り、椅子にかけてとくいげなポーズをとった。その瞬間、部長は胸をかきむ しりながら声をもらした。 ほかの者たちは、あわててかけよる。星の形の線を越え、椅子の部長をゆ り起こした。 「しつかりして下さい。どうしました」 じようだん 「あはは。冗談だよ。どうだ、わたしの演技もちょっとしたものだろう : ・ : ・ えんしゆっ しゅちょう さいしょ えんぎ -4 ・
それに対して部長は言った。 みよう 「おいおい、妙な声を出すなよ」 す 「はあ。椅子の上に、なにかものかげを見たような気がしましたので : : : 」 ねっちゅう かいほうかん 「気のせいさ。きみはこの仕事に熱中しすぎた。その疲れと解放感のせいだ よ。ロウソクの光のゆれだろう。ほら、なんにもないじゃないか」 「そうかもしれません」 かざ す かんせい よく見たが、椅子の上にはなにもなかった。飾りつけが完成したというの かんけいしゃ で、関係者たちがのぞきにきた。ぶきみさにふるえたり、よくできたとほめ かんそう たり、さまざまな感想がでた。 「すばらしい 「すばらしいなんてものじゃありませんよ。本物なんですよ、これは。こけ つか 39 悪魔の掎子
「ねえ、おじいちゃん。また、こわい夢を見たんだよ」 まどべ 朝の日のあたる窓辺の椅子にかけている祖父に、坊やがいらいらした声で 一一一一口った。 「坂ゃ。夢なんてものはね、朝になればみんな消えていってしまうんだから、 5 そんなにこわがるんじゃないよ : まど 祖父は、坊やの頭をなでながら答えた。窓は、潮の香を含んだすがすがしお い風を迎え入れている。二人は港の近く、小高い丘の上にある家に住んでい お地蔵さまのくれたクマ じぞ、つ むか ゅめ ゅめ しおかおりふく おか ぼ、つ
えいきゅう を見る。あなたは気を失い、永久にそのままだ」 っ 「つまり、だれかの名を告げないと、わたしが死ぬことに : 「その通り、ご名答」 「なんという : ざんこく 残酷なことだと、男はぞっとした。だれかを殺さなければならない。たし あくま はっそう かに人間ばなれした発想だ。どうやら、本物の悪魔にまちがいないようだ。 男はつぶやく す 「 : : : ひどい立場に追いこまれた。これというのも、あんな椅子のアイデア を出した青年のおかげだ」 「では、それをご指名になりますか」 あくま と悪魔。男は暗いなかで手を振った。 ころ 「いやいや、そんなつもりはない。殺したいほど、うらんでいるわけではな うしな ころ
同じことなら、あいつよりもっとほかに : ばんのう 「そうそう、その調子ですよ。わたしの力は万能。どんな指名でもかまいま わす せんよ。名前を忘れていてもけっこう。たとえば、子の時にいじめられた ちょうさ だいしよう ことはありませんか。あの時の、がき大将、そうおっしゃれば、すぐに調査 「そうだな : ふかい 「乗り物のなかで、不快な目に会ったことはございませんか。あるはずです ふゆかい がねえ。名前を告げない、不愉快な電話や手紙についての体験でもいいので きかい すよ。この機会に、しかえしをなさったら。あの時のあれとおっしゃれば、 わたしのカで : ・・ : 」 「そうだなあ・・・・ : 」 ほんすじ 「だんだん、本筋に入ってきましたね」 っ ど たいけん 49 悪魔の椅子
ざんねん 「残念というか、張り合いが抜けたというか、くやしい感じだなあ。ばくは しんけん 真剣に研究し、なにもかもそろえて、正式にこれを作りあげた。なにかおこ ることを期待していた。しかるに、なんてこともない」 しん 「じゃあ、信じてたのですか」 ていど あくま 「かなりの程度にね。だが、悪魔は出てこない。椅子にかけた部長にも、異 しん へん 変はおこらなかった。信じてない者には作用しないのだろうか」 しん 「信じてた人もいましたよ」 しん 「星の形から出たがらなかったやつのことだな。あいつは信じてたようだ。 しかし、なんにもおこらなかった」 めいしん 「あきらめるんですな。迷信ですよ」 ざんねん 「それにしても、残念だなあ : : : 」 きたく かれ 青年は引きあげ、帰宅した。彼が家へ帰ってみると :
こ、っそ、つ 新しく高層ビルができた。その一室で、このビルの関係者たちが会議を開 かんり いていた。管理部長がこう言った。 こうそう 「高層ビルもこう多くなると、だれもあまり話題にしてくれない。そこでだ、 いんレよう うか なにか特色を作らねばならない。ああ、あのビルかと、すぐ印象に浮ぶよう かわ なものをだ。変った催しはないものだろうか」 かいだん 各人がそれぞれ意見をのべた。階段のばりのマラソン大会をやったら。背魔 こうしよきようふしようむりようちりよう の高い美人のコンテストをやったら。高所恐怖症の無料治療サービスをやっ あくま 悪魔の椅子 と′、しよく もよお け
ひょうじよう と部長は、けろりとした表情で立ちあがった。 「おどかさないで下さいよ。どきりとしてしまいました」 ほっとして、みなは椅子からはなれる。しかし、ひとりだけ星の形から出 たがらない者かいた。部長はそいつに聞く。 「おい、どうした」 ふあん 「なにか、えたいのしれない不安を感じます。たしかに、なにかがある。悪 げんじっ 魔は現実に出てきたんだ : 「そんなら、早く逃げればいいのに。なぜそこにいるんだ」 あくま 「本で読んだことがある。この星の形は、悪魔から守ってくれるものなので す。このなかにいれば安全。しかし、そとに出たとたん、とつつかまるので子 の 魔 悪 「気のせいだよ。ばかばかしい。この通り、われわれは図のそとにいるが、 あ
「あっち」 歩きつづけると、古びた城が見えてきた。なかから、女の声の悲しげな歌 けいびへい くず が聞 , 、えてくる。警備兵もいないし、手入れもされず、城壁は何カ所も崩れ たまま。 青年はなかに入り、歌声の部屋にたどりつく。ほっそりした若く美しい女 す ひょうじよう が、ひとり椅子にかけていた。うれいをたたえた表情。青年は話しかけた。 なや 「なにか、おみのようですね」 「あなた、すてきだし、たのもしそうね。でも、あたしは希望もなく、孤独 なの」 「どうなさったのです」 ぞんじ 「ご存知ないようね。むかしはよかったのよ。あたしの父はこのあたりを攻 しはい め取り、王として支配をしていた時代もあったの」 しろ じようへき わか こどく
なんともないじゃないか」 あくま かち 「あなたがたは、悪魔にねらわれる価値のない人間だから、大丈夫なんです。 しかし、わたしはちがう」 じしんかじよう つまで、そこにいる 「自信過剰とでもいうのか、手のつけようがないな。い つもりなんだ。食事もできず、トイレにも行けず、死んでしまうぞ」 あくま 「悪魔にやられるよりはいい ・」うじよう 本気でそう思い込んでいるらしく、なかなか強情だった。部長はほかの者 たちに命じた。 「あいつを連れ出せ」 よ かれ みなは彼のそばへ寄り、よってたかって、むりやりカずくで引っぱった。 す 泣き声をあげ椅子にしがみついても、一人のカではかなわない。ずるずると かれさけ 引きずられ、星の形の線を越えた。その時、彼は叫び声をあげた。 っ こ こ だいじようぶ 4