「キノシタ、おまえ、動かないやつにも、カラブリす ~ あったりして : でも、いくらやっていたとしても、一先生が、急に真剣な顔つきになった。 るんか」 】ぼくはあの強いヤマグチ先輩と稽古してきた。ャスダ ~ 「おまえたちの対決は、おそらく、すこいものになる。 武道場の人り口からぼくに叫んだ。 なんかに負けるはすは、ない。 こりゃあ、みんなに知らせて、来てもらおう」 カラブリに見えるのはおまえが剣道を知らないから】キノシタ 2 号を見た。 「先生 : : : 。ぼくたちは、一一人だけで : : : こっそりと」 だ、と説明しても、腹をかかえて笑う。失礼なやつだこ 道場に差し込む夕日の中、静かに立っている。ぼく ~ 「何を言う。ポスター作るから。先生が印刷して、 「おれね、剣道なんてやったことないけどさ、おまえ ~ がそんぶんに打ち込むのを待っている。 】ス停やス ーパーにも掲示してもらうから。観客のほう に勝てるような気がするそ」 キノシタ 2 号。 : いい名前た。 - はまかせろ。集める」 ぼうす頭でやせぎすのヤスダは、ケタケタケタと キノシタ 1 号。これもまた、いい名前かもしれない。】 ( 集めるって : : : そんなこといっても : : : ) 笑って道場の中に少し入った。 かっくりした。 そして、大声で = = ロったのだ。 ーーーやめろ、キノシタ。 けっと - っ 「キノシタ、決闘を申し込む ! 」 ャスダとやっても、なんにもならんそ。 「はあ ? 」 「け、けっとう ? 」 と、言ってくれると思っていたからだ。 「決闘だよ。真剣勝負 ! 」 出雲先生が、驚いた顔をした。相手はヤスダだと = = 0 でも、「決闘する」ときっぱり言ったのはぼくだった ャスダをにらみつけた。 】うと、今度は吹きだして、しばらくひくひくと笑った二ので、それ以上のことは言わす、いさぎよく、深々と 】おしぎをして職員室を出た。 「おまえみたいな、超初心者は、ケガするからやめと ~ 「ヤスダって、あの、野球部の、ヤスダかい ? 」 しそうです」 ( それにしても、決闘 ? ャスダと真剣勝負 ? ) 「はかたれえ。人形のメンも打てないおまえに負ける一「あいっと、やるの ? 」 あらためて考えた。 かい」 どんなことになるんだろう。 「決めました」 ャスダは、また笑う。 「決めました、って : 。ャスダは、おまえ : : : 」 小さいころからケンカもしたことのないぼく。 おおいに、ムカついた。 いきなり、決闘 ? どういうことだ ? そのとき、先生が何か重大なことを言おうとしてい る、と思った。 うう。涙がこみあげてくる。 「自信がないんだろ ? 」 と、さらにヤスダはあくび顔で言った。 ャスダは小学校のときに、どこかの剣道大会で一それよりも、剣道部はどうなる ? 先輩たちが築い とでも言うの ~ てきた歴史ある剣道部の未来はどうなるんだ ? 「よし。受けて立つ。ャスダ。こんどの日曜日だ。午 ~ 優勝した男だ、しつは強いのだ : かワ・ 考えれは考えるほど、わからなくなった。 道場に戻ると、キノシタ 2 号は、 ししよ。楽しみだっちゅうの。剣道部が野球 ~ キンチョウした。 部に負けたら、学校しゅうの笑い者。ははは、キノシ 「ヤスダは、野球部でも、いちばんへタクソなんだ。そ ~ しっと立っていた。当たり前だが 夕、対等な勝負でいいけんね」 んなャスダにおまえが負けたら、剣道部は、いよいよ】一歩も動いていない 皿曜〔そう一言うと、ヤスダは、ひやひやひや : : : と笑いな ~ 廃部だよ」 がら、野球の練習に戻っていった。 ちがっていた。少し安心した。 きようは央曜日。 「バットは振れるんでしよ」 日曜日まで、五日。 「そりゃあバットは持てるけど。いままでボールに当 まさか、負けることはない。 - たったことは、あまりない。わたしは見たことがない」 : だろう。ない、かな ? ャスダは、キノシタ 2 号にカラブリしたぼくを思い 「負けることは、ない : もしかして、ヤスダは小学校のとき、剣道の経験が←きり笑ったが、自分もそれに近いのだ。 虎中剣道部 野球部のヤスダと決闘に勝っか、負けるか ど、つなるキノシタ、ど、つなる剣道部 ! キノシタ の夢は次号、意外な方向に展開する 97 剣道日本 2 0 16.04
」」っ一」 0 先生が、身を乗り出して聞いた。 「たしかに人間形成、しかし、ひとりではなあ : : : 」 丸くて大きな顔を白井さんは ) 」しこしと汚れたタオ ~ 「おお、ドウを打たれると、メンに反応するのか、さ】「え ? きらいなのか ? 」 すが、ロボット : ルでふいた。 いえ。べつに」 : なかなかやるなあ」 「取り扱いは簡単だから」 名前をつけてやることにした。剣道のロボットだか ~ 「木下、素直 : 白井さんは、ロボットの動かしかたを教えてくれた。】ら、『ケンゾー』『ロポドー』『コテメンドー』・ むすかしいことはなかった。 いろいろ考えるけど、なかなか決まらない 「 : : : はあ」 「しや、 しいしゃないか。いい名前だよ」 「人形みたいでもな、面をかぶせて、胴をつけて、甲 先生の = = 0 うことはヘりくつだと思ったけれども、う 手をはめると : : : 」 まく = = 0 えなかった。 出雲先生は、剣道の防具をロボットにつけていく。 「あの、なんか、もっと、人間らしい名前ってないで 「ほれ、どうだ ? キノシタ。りっぱなもんだ。おまえ】「名前 ? 」 の相手として、不足なかろ。試合稽古もできるそ。勝 ~ 翌日、出雲先生は、笑った。 】すか」 : って、ロボットだよね ? 」 「ロボット、で、 しいしゃないか」 「人間らしい てるか ? 」 「はあ、まあそうですが : : : 」 いくらぼくでも、動かないロボットに負けるわけは】「やはり、名前はいると思います」 「だから、キノシタ 2 号だ。これ以上のものがあるか ? 「いいさ、ロボットで」 「先生、本当に、ぼくはこいっと、稽古するんですか」】「お一言葉を返すようですが、とにかく、だいしな稽古】これこそ人間らしいしゃないか。キノシタ、だよ ? 】キノシタの相手としては、最高だろう」 「そうだ。こいっとおまえしか、いないんだから。当 ~ の相手なんです」 「はあ」 然だ」 「そりゃあ、そうだろうけど : : : 」 力しー・おまえのとりえは、打ては響 「はあ・・ : : しゃよ ) そう = = うと先生はどこかへ行ってしまった。 「とにかく、道場には、一一人しか、いないんです」 - くような返事なんだそ」 「ふうん、一一人 : : : そうだねえ」 「しゃあな、がんはれよ」 と先生は、目を泳がせた。 白井さんも、仕事場に戻っていった。 それ以上 = = ロ葉を出すことをやめた。ていねいにおし しゃあ、と先生は、ぼくを見て、 ロポットをしげしげと見た。 しししゃないか。おまえが 1 号で二ぎをして、職員室を出た。 身長はちょうど同しくらい。ちゃんと竹刀を持てる】「キノシタ 2 号て せいがん どうやら、ぼくは、キノシタ 1 号ということになり ように作ってあって、正眼の構えをとっている。腕を持一あいつが、ロボットが、 2 号」 そうだ。 ち上げると、ななめ四十五度の上段の構えになる。 「え ? 」 まにも打ち下ろしそうな気配がする。 声が出なかった。 広い道場に、こいっと一一人。 キノシタ 2 号 ? 竹刀を持って、ロボットの胴に打ち込んだ。 「なあ、いいよなあ。われながら、思いっきにしちゃ 大きな事件が起こった。 「ド . 均一ううううう」 あ、うまい名前だ、なあ ? 」 ばち ャスダが、剣道の試合を申し込んできたのだ。 んー 先生は、楽しそうに、細い目をますます細くして笑っ ャスダは野球部のくせに、自分がホケツで出番がな いい音。 わりと気持ちいいしゃん : 「先生。キノシタ 2 号って。そのまましゃないですか。一いものだから、剣道部をときどきのそく。 ちょうど彼が来たときに、出がしらメンの稽古をし すると、ロボットの竹刀がするどく振り下ろされた二ぼくの名前をそのままつけたんしゃないですか」 ピュッ。 「そのまま、しゃいけないのか ? おまえ、自分の名】ていた。キノシタ 2 号は前に出てこないから、ぼくの 】竹刀は届かす、空を切ったところだった。 と、空気を裂く音まで聞こえる速く強い振り下ろし】前がきらいか ? 」 名 月リ き ら や ん 2 0 16.0 4 剣道日木 96
先 輩 業 新連載 小 平成一一十七年三月十五日。 とらしま 虎島中学校卒業式。 七十一一名の卒業生は、涙とともに校歌を繰り返した。一 ばくは最後の校歌に聴き入った。 海ひかる神の島 港から朝日がのばる 虎島中学誇りもち 先人たちに学ぶもの ここよりわれら ー目 0 道をもとめて 仲間とともに育ちゅく : 涙が出そうだった。 「キノシタ、剣道はな、こころ、ココロ」 早春の九州は暖かい日が続いていた。 先輩は、くちぐせのように《こころ》と言った。 長崎県北部の桜は開花が早い校庭の桜並木にピン ~ 「足さばきも、技も、構えも、こころ、だからな」 クの彩りが増えている その言葉の意味がすっとわからなかった。 校歌を歌うヤマグチ先輩をじっと見ていた。 「こころを示し、こころを打っ : ・ : これだ」 よくわからないままに、 先輩は毎日、稽古をつけてくださった。剣道初段に - なれたのも先輩のおかげだった。 よ、、よい」 一年間、一一人きりの剣道部だった。 と返事をしていた。 「キノシタ、とうとう、おまえひとりになったなあ」 「キノシタ、いつもおまえは、ハイって返事してくれる、 いすも となりにいた出雲先生が言った。 それも、たいせつな《こころ》だよ」 剣道部の顧問教師だ。 先輩はやさしく言ってくれるのだった。 「ヤマグチも、りつばに卒業した。いい先輩だったな」 「おまえ、名前が、スナオ、だからな。その名のとおり よ、 - 素直に稽古するんだぞ」 きのしたすなお 「一年生のとき、部活をどうするか迷っていたおまえ ばくの名前は、木下素直という 一を、剣道部に誘ってくれたなあ」 中学校一年生で初めて竹刀を握るばくに、先輩はて 一」よりわれ、ら、 道をもどめて 長崎県の離島のひとつ、虎島 水産業がさかんで以前はおおいににぎわっていたこの町も、 時がたち、人口が減り、子どもの姿も少なくなった。 そんな、小さな島の中学校に、 廃部のビンチを迎えた剣道部があった。 これは、虎島中学校剣道部を舞台に、 稽古し、成長していく人々の物語である いろど とらしま 2 日 ( たなかききよう ) 1956 年長崎県生ま れ。剣道錬士六段。作家・中学校教師。九州 芸術祭文学賞、茨城県長塚節文学賞、長崎 県文芸協会賞、佐世保市文学賞等受賞。著 書に、『まこと』 ( 芸文堂 ) 、絵本「ほくたち 1 のしごと」 ( 解放出版社エルくらぶ ) 等がある。 2 剣道指導者としては、中学校男女剣道部を 県大会、九州大会に導く。また、地域剣道協会、 少年剣道育成会での指導者でもある 著者田中桔梗
虎中剣道部 いねいに剣道を教えてくれた。おかげで、中学一一年生一「 : : : うまいなあ、キノシタ」 笑顔で返事をした。うれしかった。 の地区中総体 ( 中学校総合体育大会 ) では個人戦に出場 ~ 「はい」 「ひたすらまっすぐなメンの稽古をするんだ。メンが打一「剣道の全国大会にこの島から行くなんてなかったこ することができた。 てればどこだって打てるようになる : : : 」 とだ。県北地区にしても三十年ぶりさ。ヤマグチは偉 ところが、その中総体では、一回戦負けだった。思い いつも励ましてくれた先輩は、中総体の地区大会で 自分がこっこつやったことで、大人たちをこんなに 切ってメンを打っていったが、あざやかに返しドウをく らった。 - 個人準優勝県大会に進むと、なんと優勝してしまっ ~ 熱くさせてるんだからな」 「はい。 偉いと思います」 こみあげる涙をがまんしながら、面をはすした。す一た。そして、全国大会に出場したのだった。 島じゅうのスターとなった。 「見てみろ」 ぐに先輩がきてくれた。横にびたりと正座をした。 と先生は、前に立っているヤマグチ先輩に目を遣った。 「 : : : よかったぞ、キノシタ。おまえ、立派に闘ったよ。 ~ その先輩がもういなくなる、と思うと、あとからあ 。浮かれたりせす、当たり とから涙が出る。ヤマグチ先輩は島の外の高校に行く ~ 「落ち着いているじゃないか 稽古どおりにメンを大きく打っていけたじゃないか」 のだ。 前のようにゆったりした顔つきだ。普段とまったく変わ このあと、剣道部をささえていけるのだろうか らないあいつは何もせずにまわりを変えてしまったん 「手と足がばっちり合ったいいメンだったぞ。審判は 「おいおい、あんまり泣くな」 一だ。そこが、偉い」 瞬、旗を上げようとしたぞ」 出雲先生が、タオルを貸してくれた 「自分のできる剣道で、静かな町を、にぎやかにした 「つまり、おまえのこころが、審判のこころを打ったん ~ 「あ、ありかとう ) 」ざいます」 涙が止まるころ、卒業生たちは、通学路を下って見 ~ んだからな」 えなくなっていた その言葉を聞きながら、唇を一文字に結んできりり 涙が、あふれた。 これから毎年の卒業生行事。島の真ん中の丘にある ~ と立っているヤマグチ先輩を見た。 「だからおまえは、剣道が、きちんとできたんだよ」 - 虎島観音に行く。観音様は高さ十八メ 1 トルのプロン ~ 夏の全国中学校大会では、県代表選手として個人戦 に堂々と出場した。結果は三回戦で関東地方の選手に 「くよくよすんな。次の目標は、初段。思い切っていけズ像で、島の守り神だ . し - 「し 渡り廊下のスピ 1 カーから「卒業式会場のあとかた一一本負けした。 づけをします。一一年生はイスの運び出しです」と校内】「負けましたけれども、延長十五分という熱戦で、最 「はい」 後は、思いきったメンにいったところを右にかわされ 返事をしたものの、まだまだ剣道がわかっていなかっ ~ 放送があった。 て、見事な引きメンを打たれました」 体育館に戻った。 と、出雲先生が報告した。 稽古のあとは、港町通りの『くじらや』に、ときどき 先輩は、先生よりいっそう落ち着いた顔で、 行った。名物のアゴだしラーメンを二人で食べた ( アゴ 「まったく完敗です。相手が上でした」 というのはトビウオのことだ。虎島の海ではアゴかよく と、一言った。 イスを運んでいて、また思いだした。 。、一ッ「」囃にとれる ) 。 アゴで出汁をとるラ 1 メンは、スタミナのもとだった。】梅雨の明けた七月初め。島民センタ 1 大ホ 1 ルには 多くの人が集まっていた。 「あら、いらっしゃい 今日の稽古、どうだった ? 」 全国中学校剣道大会の応援団結成式。 『くじらや』では先輩のお母さんが働いている 「虎島から全国大会に、しかも、高知県まで行くとい 「キノシタくんの剣道の腕がどんどん上がってるって、 うことで、みんなはうれしくてたまらないんだよ」 のいつも聞かされてるよ」 と、出雲先生が言った。 笑顔のあとに、大盛りラーメンが出てくる 日 虎島中学校は生徒数は一一三〇人。長崎県の虎島とい道 、つ島にある 島の人口は六千四百人。ほとんどの人が水産業に就
0 0 0 : 50 虎中では、運動部員がどこも少なくなってきたのでごちのいい返事するのに : : : どうした ? 」 四月から、文化部との兼部ができるようになる ( 兼部と ~ 「はい ! 」 は、顧問や家庭の許しが出れば一一つの部活動に所属し ~ 先生に向き直り、はっきりと返事をした。 ていいということだ ) 。しかし、おそらくそんなにしい 「そうそう、その返事だ。それがキノシタスナオのと ことをしようという生徒はいないだろう。けれども、新一りえだそ」 剣道ロボットを見た。 ′ , 。、、 \ 一しい部員が来ないと剣道部はなくな 0 てしまうかもし 古ぼけて、色もところどころ消えて、まだら模様に 之一、 \ 一 ~ れない。ピンチなのだ。 それにしても、卒業式の午後というのはどこか間の一なっている。 一抜けたのんびりした時間だ。春の暖かい午後、武道場】「これからは、これが相手だ。やる気、でるだろ ? 」 のひんやりした床が心地よい。うとうと眠り込んでし ~ 先生は目をばちばちさせて、ぼくとロボットを交互 まった。 に見た。 そのままばくは夢を見た。 「白井さんにも手伝ってもらってな」 少し長くなるけど、みんなに聞いてほしい。 腕やヒザの関節もちゃんと曲がる。 「部員がひとりになった、と = = ロったら、えらく心配し - てくれた」 白井さんが、先生の後から軽トラックで追いついて 】きた 夢の始まりはよく覚えている。 はなさきやま 新人生歓迎遠足。花崎山の公園ステージ。 「たったひとりになったんか。おれらのころは、一一十 部活動紹介の時間だ。 人もいたそ」 去年は、ヤマグチ先輩と一一人で、日本剣道形をしたこ ガラガラ声でぼくに言った。 しかし、今年は、ひとりでスピーチをした。 白井さんが虎島第一中学校剣道部にいたころ、島に 「そもそも、剣道というのは : : : 」 はたくさんの子どもたちがいて、どの学校でも剣道が 剣道着を着て、胴と垂れをつけたが、ほかの部に比 ~ 盛んにおこなわれていたという。 べて活気などなかった。 「そのころはみんなで競い合ったもんだ、がんはれや」 「相手を思いやることなのです : : : 」 「まい。 ひとりでもがんばります」 終わって、 ( うまくいかなかった ) と落ち込んだ。 「剣道は、ひとり稽古をたくさんやったものが、強く 武道場でしょんぼりしていると、出雲先生が打ち込 ~ なる」 - み台を運んできた。 白井さんは目頭を押さえた。 「ちょっと来てみろ。ロボットだ」 「素直に、辛抱強くやったもんが、強くなるって・ : ・ : 」 「ロボット ? 」 涙声になった。身長百八十五センチ、体重百キロの 「キノシタ、こいつを相手に、打ち込みをやれよ」 巨漢だが、涙もろいのだ。 「はあ」 横から先生が、ため息混しりに言った。 気のない返事をした。 「試合で勝っとかいうことだけが、剣道しゃありませ 「なんだキノシタ、おまえ、いつも、ハイツって気持←んから。一一ンゲンケイセイですから」 イラストー山田奈穂 95 剣道日本 2016.04
虎中剣道部 と、誘ってきた。 いている。遠洋漁業が盛んだった昔は一万人の島民が 「先生も、できないことはないがなあ。いろいろ忙しい いたという。今では子どもたちの数もすっかり少なく 「野球部と一緒に、どうだい ? 」 】んだよね。すまんな」 なってしまった。 グランドのバックネットを指さした。 先生はちょっと困った顔をして言った。 中学校も虎島第一、第一一、第三と三つの中学校があっ そこには白いユニフォ 1 ムに着替えた十人ほどの生一「はい。わかっています」 たが、五年前に一校に統合された。それが、虎島中学一徒たちがいた。卒業生がごっそり抜けて、野球部は十四十五歳の出雲先生は、美術科の教師で、剣道部だ : 校だ 一人になった。ャスダは、これまでずっと控え選手とし ~ けでなく、美術部の担当顧問もしている。美術部は週 子どもたちは中学校を卒業すると、就職するか、島 ~ てがんばってきた。 しつもだ 三回の活動だが、いろんな美術コンクールに、、 外の高校に行くしかない。家族と離れることも多い 「そうだなあ」 れかが入選している。全校朝会でよく表彰されている。 いずもけんじ 少し考えると、ヤスダは、 ヤマグチ先輩のお父さんは、先輩が五歳のときに船 先生は、出雲剣一一、という名前だ。なにやら武士の 「きようは部活ごとに食べることになってるんだ。おま一名前のような響きだし、「剣」という文字があるのだか の事故で亡くなっていた 「おやじが亡くなってから、強い子になろうと思って、 え、武道場でひとりで食うんだろ」 ら、竹刀を握っても良さそうなものだ : 「だから、 : アレと」 島の剣道教室に通うようになったんだ。小学校一年生 ~ 「うん」 すみ だった」 「じゃあ、 しいやんか、野球部に来いやあ」 と、先生は、武道場の隅にある打ち込み台を見た。 と、『くじらや』で先輩から聞いた。 「うん」 「アレと、やるかな」 島には先輩のような家庭の子どもが多いから、高校「来るか ? 」 アレといわれた打ち込み台は、古い面をかぶり、綿 まではきちんと行くことができるよ、つに、返さなくて と、ヤスダはばっと顔を輝かせた。 の飛び出した甲手をつけている。 しようがど、きん も良い奨学金や、通学船の補助が出るようになってい一 ( ひとりでも剣道部なんだ ) と思い返した。ャスダの 「アレは、動かないから、打ち込みだけですね」 る 誘いはとてもうれしかったが、 先生は、にこにこと見返してきた。 小さな島だが、 子どもを大切にしているのだ。 「やつばり、 いいよ。剣道部で食べる」 「キノシタ ? もしも、アレが自分で動いたら、うれし へた それと、五年前から、海を隔てた対岸の獅子という と一一一口った。 し , 刀い ? ・」 町との間に橋が架けられている。七百メ 1 トルの長い 「そうかあ」 「はあ ? まさか、そんなことは : : : 」 橋。獅子岬と、虎島岬から橋の鉄骨が少しすっ近づい ャスダは、残念そうに言った。 「いやいや、剣道ロポット、できないことはないぞ」 ている。あと半年で完成だ。 学校の体育館のとなりにある古い武道場。ここが虎一「ロホット : ししとらおおはし 橋の名前は、『獅子虎大橋』となるらしい。日本一強 ~ 島中学校剣道部の稽古場だ。武道場をあらためて見回 - 剣道ロポットなんて、できるわけがない。でも、先生 そうな名前の橋だ、とばくら中学生はよく話す。これ】してみた。 はなんとも自信ありそ、つな顔をしている ができると、高校までバスで通えるようになるのだ。 ヤマグチ先輩の卒業で、剣道部員はひとりになった。一「まあ、楽しみにしておけや」 ばくのお父さんは遠洋漁業の船に乗っている。半年一四月の入学式でどれくらい入部希望者があるだろうか そう言い残して先生は武道場を出ていった。 に一度、一週間ほど、帰ってくる 。三年生になるばくだけなのか ? 部活動紹介は二運動場や体育館では、ほかの部活動が練習を始めて ちゃんとできるだろ、つか ファイトファイト ! お 1 お 1 ! 」 昼食を終えて、弁当箱を洗っていると、出雲先生が ~ 「虎中 5 やってきた。 ランニングのかけ声が近く、遠く、聞こえた。 さてさて : 、と先生は武道場を見回して、 六月の地区中総体まで三か月しかない。どの部もが んばっているのだ。野球部は毎日、観音様まで走ってい 「キノシタ、やつばり稽古相手がおらんなあ」 「はい」 る。きっとヤスダものろのろと走っているにちがいない。 卒業式後、クラスで帰りの会が終わると、ヤスダと いう野球部の同級生が、 「弁当食お、つや」