な声や口調だったか、どんなことを話しあったか、どんな服を着ていたのか、 なにひとっ心に浮かんで , 、ないのだ。 ふどうさんぎようしゃちゅうかい その部屋があいているということだけは事実。不動産業者の仲介で、新婚 の二人が越してきた。いずれも育ちがよさそうだった。 いやな気分にさせてはと、だれもだまっていた。いや、話そうにも、前冫 どんな人が住んでいたのか、そこからすでに言葉にならないのだ。少し気に なるなにかが残っているだけ。 しかし、どうということもなく、その二人は楽しげに生活をつづけている。 ゅうれい そして、もう幽霊とすれちがったと言う人も出なくなった。時がたつにつれ、 きおく うす だれの記憶も薄れてゆく。 こ のこ じじっ しんこん
むか 「どのような服を作るのか」 ぬのじ 「わたくしどもの作る服の特長は、布地にございます。それは、すばらしい お かめい ものです。まず、それを織ることからとりかかります。ご下命があれば」 ぬのじ 「すぐにも、はじめてもらいたい。で、どのような布地なのか。楽しみなこ とだな」 「はい、たぐいまれなる性質を持っていまして、心のすなおな人にはきわめ て美しく見え、そうでない人には目に入らないという : : : ぬのじ 「ふしぎな布地だな。はじめて聞く。早く作ってくれ」 し 数カ月がたった。服づくり師の仕事場へ王さまがやってきたので、二人は 迎えた。 「これはこれは、わざわざおいでとは : 「進行しておるかね」 せいしつ ロ 3 王さまの服
さいしょたお したら、こぶしがあごに当った。二人はたじろいだが、最初に倒れたやつが 起き上って、むかってきた。なぐりかかるのを、身をかがめ、ひざのあたり どうさ めがけて体当り。つんのめってくれた。むがむちゅうの動作。 す 気がつくと、三人組が捨てぜりふを残して、逃げてゆくところだった。そ 冫にいた女性が目を丸くして言った。 「なんて強いかた」 いた きず 軽い痛みを感じる。手や顔にかすり傷がついていて、血がにじんでいた。 ことも ほ、つラ」′、 こうふんきわみ 家に帰ると、子供は興奮の極といった口調で、母親に報告した。 ノって、すごいんだよ。公園でばくがいじめられたので、その三人をみ んなやつつけちゃったんだ」 「まあ、どんな人を・・・・ : 」 「こわい、三人さ。ばくがポールをぶつけられたので じよせい のこ に 、ヾパはそいつらを、 1 15 ありふれた手法
「みなさまのおかげです」 しんよう 「しかし、それだけの信用がないと : しんよう 「みなさまのおかげで、信用がついてきたのです」 じまん びじゅってん せいかく 「奥ゆかしい、ご性格ですね。実力を自慢なさらない。美術展を開く一方、 こうせきたいへん これまで、わが国の画家を何人も世界に売り出した。その功績も大変なもの ですね」 さいのう 「その人たちが、すぐれた才能をお持ちだったからこそです。そのつみ重ね こうさい びじゅっかんけい で、外国の美術関係の人との交際が深まったのです」 「外国へは、年に何回もお出かけですね」 「ええ、二カ月に一回は」 「ひとつ、奥様にも画面に出ていただきたいと思います」 ふじん おう それに応じて、夫人があらわれた。スタイルのいい美人だった。それを見 おく おくさま 91 交錯
王さまの服 むかし、大きくも小さくもない国があった。王さまがそこをおさめていた。 どくしんと、フち 三十歳をかなりすぎているが、まだ独身。統治がいまひとつうまくいかず、 けっこん 小さなごたごたが絶えなくて、結婚どころではなかったのだ。 王さまの住む城のあるその町へ、二人組の服づくり師が旅してきた。王さ すいせんじよう まにお目にかかりたいという。遠い国の王の推薦状を持っている。 うでまえ 〈なかなかの腕前の者たちです〉 王さまは、ためしに作らせるかという気になった。出来が悪ければ、金を 払わなければいいのだ。二人を呼び寄せ、聞いてみる。 すしろ 132
まさか。目をとじ、首を振り、ふたたび目をあける。牛は依然として、人 かのじよわら しめ なつつこさを示していた。 , 彼女は笑いかえし、いつものように仕事にとりか かろうとした。 しかし、手がいうことをきかない。そもそも、それをやる気にならないの なかま かのじよ だ。彼女は、そばにいる仲間のところへ行って言った。 「あたし、この仕事をする気がしなくなったの。牛がせつかく体内で作りあ げたお乳を、人間が横取りしては、いけないんじゃないかと思うの」 相手は、しばらく考えてから言った。 「そういえば、そうね。なぜか仕事をしたくない気分になってたけど、あな うつ たのお話を聞いて、すっきりしたわ。その通りね。あたし、べつの仕事に移 るわ」 「ほかの人たちは、どうなのかしら」 ちち に 2
「だれか眠ってたんですか」 かぎ 「その夜に限って、その人はよその家で酔いつぶれ、帰宅の途中、道ばたで ねむ 眠ってしまっていた。そんなわけさ。 0 こでは、みな、そうなんだよ」 しゅ・」れい 「なんと運のいいこと。あるいは、この地の守護霊のおかげですか」 しゅごれい 「かもしれないが、守護霊のお祭りの行事などない。だれも、もっと割り切る って考えている。そのほうがわかりやすいしね」 どく がかりの人が入ってみると、煮られた毒キノコが散らばっていた。食べてい たら、どうかなっていただろう」 「運がいいんですね」 「あれは先月かな。三軒となりの家でのことだ。二階の床が抜けた。古くな じゅみよう り、寿命だったのだろうな。タンスなどが、一階のべッドの上へと落ちてき ねむ けん きたく ゆかぬ とちゅう
もど ない。それを急いで戻しています。なかが少し凍ったままだって、かまわな 「それをどうするんです」 もど 「あなたがあのバーへ戻って、食わないかいと言って見せる。やつの目が輝 かたて くはずです。あなたが、ひとっ投げる。片手で受け取るでしよう。つづいて、 もうひとつ、べつな手で受けとめる。やつの姿は見えないが、シュ 1 クリー ムは見える。手がそことわかり、二人がかりで押えます。あなたは首を絞め て下さい。そうなれば、足の見当もっきます。もうひとりがそっちを押える。 さか うまくいきますよ。それで、ここも栄える」 「よし、やってみるか」 だめだったら、逃げ帰ればいい。 とか。青年は三人といっしょに、バ いじようぎり それ以上の義理はない。あとは知ったこ もど ーへ戻る。やつは、さっきと同じく奥の すがた こお おさ おさ かがや 176
しじ がっ ラッパが高らかに鳴った。服づくり師たちの指示したメロディ 1 による合 そ、つじようもん ごえいたい 奏。城門が開き、護衛隊を周囲にしたがえ、王さまはゆっくりと歩き出した。 りようがわ じゅんしん 道の両側の人たちのかたずをのむ静寂を、幼い男の子の純真そのものの声が や 破った。 「りつばあ : はんたいがわひとがき 反対側の人垣のなかで、女の子がかん高い声をあげた。 「わあ、きれい。すてき、まぶしい かんせい はくしゅあらし それがきっかけとなって、歓声や拍手が嵐のようにわきあがり、大波のよ しゅう しろもど うにうねりがつづいた。王さまは町を一周して城へ戻った。 し 服づくり師の二人は、それをぬがせ、箱にしまいながら言った。 よそういじよう いかがです。予想以上の反響でございましたでしよう」 「そういうことになるんだろうな」 はんきよう しゅうい せいじゃく し おさな おおなみ 138
動員します。それでだめだったら、どんな批判も甘んじて受けましよう」 「では、そのお言葉をたよりに」 ちりよう 治療が開始された。 一週間、十日、二週間とたっても、青年はやってこなかった。医者はつぶ 「ということは、あの青年も人なみな夢を見られるようになったということ たも だ。わたしの名声も保たれた : 満足げにひと息ついて、首をかしげる。 「 : : : しかし、なぜかな、このところ、ぜんぜん夢を見なくなったような気 がす - るが」 まんぞく ゅめ ひ ん あ ま ゅめ 150