その少年は、小さな地方都市のはずれに住んでいた。ある日、ひとりで学 とちゅう 校から帰る途中、五十歳ぐらいの男に声をかけられた。 「あの、ちょっとおたずねしますが : ていねいな口調だった。少年は答えた。 「なんでしようか」 「このあたりに古いお寺があると聞いてきたのですが、どう行けばいいので 1 ) よ一つ」 たねの効用 こ、つよ、つ 17 たねの効用
ており、一回の料金は昼食代ぐらいのもので、そう高くはなかった。 「なにかおみでも : そう聞かれ、青年は正直に答えた。 、れいかし 「いえ、ただ、霊界の人と話してみたいだけです。いけませんか」 「かまいませんよ。やってみましよう : ・ : ・ じようたい 霊媒は目をとじ、なにかつぶやいているうちに神がかりの状態になって声 を出した。 わか 「 : : : お若いの。やってみないか」 男の口調で、どこかものものしかった。 「なにをです」 、つ、ら じぞう 「この町から裏の山への道ばたに、石の地蔵がある。そのうしろの地面を掘 ってみるかいし」 や りようきん 2
ヾ、 ーテンがあいさっした。 ノ いそが 「いらっしゃい。お忙しいのでしよう」 「でもないよ。だけど、ここへ来るのは一週間ぶりかな」 「まあ順調ってとこですか」 むへんか へいぼん 「というより、無変化、平凡だね。つらくもないか、とくに楽しくもないと れんぞく いった日々の連続さ」 青年はつぶやくように言し ゝ、前におかれたグラスをあけた。その時、カウ ンターのとなりの席の男が声をかけてきた。 たいくつにちじよう 「退屈な日常というわけですな」 そっちを見ると、前にも会ったことがあるような、にこやかな中年の男。 ひょうじよう あいそのいい表情と口調だ。青年はうなずく。 「といったとこですね」 じゅんちょう せき 29 職業
「やつが、あの夢のやつがですよ、ばくの相手になってくれるようになりま 6 した」 ほ、つ」′、 青年の報告に、医者はうなずいた。 「そうでしたか。よかった」 、ドミントンをやりつづけるだけで しいといえるものかど , っカノ 「しかし、 こうけい すよ。周囲の光景もなんにもないところで、そのくりかえし。どっちもミス をしない。夢ですから、べつに疲れることもありません。それにしても、毎 ばんねむ 晩、眠ってから起きるまで、バドミントンとはね」 「つまらないでしようね」 ていどまんぞく さいしょあんこく 「ええ。しかし最初の暗黒よりはね。この程度で満足すべきなんでしよう 1 刀」 青年に言われ、医者は口調を強めた。 しゅうい ゅめ ゅめ つか
けいさっ 「わかる、わかる。正直なところ、警察としても弱っていたのだ。じゃあ、それ じけん みよう で片づけることにするよ。しかし、それにしても、妙な事件だったなあ : : : 」 けいさっ 十日ほどたった夜、その運転手は、またも警察にかけこんできて言った。 くろう せつめい 「あ、あなたがおいででよかった。ほかの人だったら、説明にひと苦労でし 「いっかの人だね。で、ご用は : しん 「信じていただけるかなあ」 しん 「このあいだは、信じたじゃないか」 けいかん と言う警官に、運転手はほっとした口調になって話した。 「お客をさがして、走っていたんですよ。そして、ふとバックミラ 1 をのぞ忘 きやくせき くと、客席に人がうつっているじゃありませんか。乗せたおばえがないのにね」 かた
ね」 「ゝっ一」ゝ、ヾ とんな客です。くわしく話していただけませんか」 せつめい 番頭の口調が早くなり、青年はふしぎがりながら説明した。 「四十歳ぐらいの男で、和服姿。目つきがおかしかった。にぶいような、鋭 いような。ああいうのは、めったにいないな」 「その人を、はっきりごらんになった」 おくせき 「いたんだからね、目に入るよ。奥の席でひっそりと飲んでてもね。ひたい まゆ きず の右の眉の上に傷あとがあった」 「本当ですか。ちょっとお待ち下さい」 番頭はあたふたと出かけ、若者を三人ばかり連れてきた。青年は聞く。 「なにごとだい、 これは」 「少し先のバーだ。悪くないムードだったが、妙な客がひとりで飲んでいて さ すがた わかもの みよう っ するど ロー鬼が
な声や口調だったか、どんなことを話しあったか、どんな服を着ていたのか、 なにひとっ心に浮かんで , 、ないのだ。 ふどうさんぎようしゃちゅうかい その部屋があいているということだけは事実。不動産業者の仲介で、新婚 の二人が越してきた。いずれも育ちがよさそうだった。 いやな気分にさせてはと、だれもだまっていた。いや、話そうにも、前冫 どんな人が住んでいたのか、そこからすでに言葉にならないのだ。少し気に なるなにかが残っているだけ。 しかし、どうということもなく、その二人は楽しげに生活をつづけている。 ゅうれい そして、もう幽霊とすれちがったと言う人も出なくなった。時がたつにつれ、 きおく うす だれの記憶も薄れてゆく。 こ のこ じじっ しんこん
さいしょたお したら、こぶしがあごに当った。二人はたじろいだが、最初に倒れたやつが 起き上って、むかってきた。なぐりかかるのを、身をかがめ、ひざのあたり どうさ めがけて体当り。つんのめってくれた。むがむちゅうの動作。 す 気がつくと、三人組が捨てぜりふを残して、逃げてゆくところだった。そ 冫にいた女性が目を丸くして言った。 「なんて強いかた」 いた きず 軽い痛みを感じる。手や顔にかすり傷がついていて、血がにじんでいた。 ことも ほ、つラ」′、 こうふんきわみ 家に帰ると、子供は興奮の極といった口調で、母親に報告した。 ノって、すごいんだよ。公園でばくがいじめられたので、その三人をみ んなやつつけちゃったんだ」 「まあ、どんな人を・・・・ : 」 「こわい、三人さ。ばくがポールをぶつけられたので じよせい のこ に 、ヾパはそいつらを、 1 15 ありふれた手法
「妙な気分ね。なにかとすれちがい、ふりむいたが、だれもいない。気のせ いだけじゃないみたい」 じっざいとうぜん といったぐあい。日がたつにつれ、実在を当然と思う人がふえていった。 じようたい はってん し力し、パニック状態には発展しなかった。ぞっとはするが、そう何回も会 きがい およ うわけでなく、 べつに危害が及ぶわけではない。くしやみのようなもの、テ えいが さつじん レビ映画のなかの殺人と同じようなものともいえた。 かぎ そして、話題になるのは、このマンション内に限られていた。他人に話す はんのう とどんな反応があるかは、身にしみてわかっているのだ。また、このなかに しげ・きてき たいけん おいては、とくに刺激的な口調で話されるわけではない。すでに体験したか、 いずれ体験するかのちがいでしかない。 ようじ ようちえん もっとも、幼児はべつだった。幼稚園で他人に話すかもしれない。しかし、 てきへん あっか 一時的に変な子との扱いを受けるだけだ。小学生以上になると、よそでは話 みよう たいけん いじよう 79 異端
かんりにん みなは、だれが言い出したというわけでなく、管理人をせきたて、その男 の部屋のドアをあけさせ、なかへ入った。 なかには、だれもいなかった。それどころか、家具も生活用品も、なにひ ひ さいしょ とつない。がらんとしている。引っ越したあとすらない。 つまり、最初から、 だれも住んでいなかったという感じなのだ。 「そもそも、あの人、どんな仕事をしていたのです」 もど しつもん かんりにんたてもの しよるい 口々に質問され、管理人は建物の入口のそばの自分の室に戻り、書類を出 かれかん してみた。しかし、彼に関する部分はすべて空白になっている。消えたとい さいしょ うより、最初からいなかったかのように。 みなは顔を見合せた。あいつは、だれだったのだ。そして、気づく。どん な名で、どんな顔つきだったのか、まるで思い出せない。人づきあいがよく、 ざっだん 何回もあいさつをかわしたはずだし、雑談をしたこともある。しかし、どん 83 異端