奎星合宿号 2018 年 うになっていた。 3 、 4 メ 1 トルの高さで崖下にはまた ッチを入れながら言った。 「私の家は夜自由に出歩けるような家じゃないの。あん林が広がっており、ここから 10 ども行けば海までたど り着きそうだ。 たも知ってるでしよ」 林の中ではわからなかったが、月は満月と言わないま 「まあ : : : それはそうだな」 いつもなら時間を守る重要さについて話し始めるとでも大きく私の目に移り、多くの太陽の光の反射してい ころだが、今日はすぐに引き下がる。そりやそうだよね。た。隼人のシャツにプリントされた文字が読めるほど 隼人の背中が申し訳なさそうに見えるのは気のせいでには、辺りは明るかった。 「テントも張ったんだぜ。これ全部持ってくるの大変だ はないはずだ。 ったんだからな」 隼人はそういって傍らにある小さなテントをポンポ ンと叩いた。入口は海の、港のほうに向けられていた。 頼りなく左右に触れるテントを見る限りどうやら固定 されていないようだ。 「このテントどうやって固定してるの ? 」 「ん ? 中に荷物と隅に石置いてるくらいだよ。 かってるよ。ペグ見つかんなかったんだからしようが無 いだろ。ちゃんと片付けとけよなくそ親父。」 「ほらついたぞ。どうだ ? 」 「わあ : : : 」 林を抜けてまず目に入ったのは遠くで輝く灯台だっ た。その奥には港が続き、視線を下げると黒い海が広が っている。 着いた場所は少し開けた場所で、ちょっとした崖のよ
奎星合宿号 2018 年 しまう。隼人の純粋さがうらやましい ろうと思った。私たちは横に並び、毛布を横向きにかけ て一緒に被った。 「なんでだよ。俺は真剣に言ってるぞ」 それはもちろんわかっている。だからこそ、素直に受船の汽笛の音もずいぶん前から聞こえなくなってい る。聞こえるのは私と隼人の息のする音だけだ。寝息で け取ることに気恥ずかしさを感じてしまうのだ。 「まあ、もう今日は寝ようよ。普段夜更かししないからはないから、お互いに起きていることはわかっている。 眠たくなってきちゃった」 最後の夜なのだと感じた。たった一つの音の源に耳を ごまかすように強引に話を切り上げてしまった。隼人傾ける感覚も、草木と磯の交わった香りも、両手を包む の出した勇気に申し訳ないと思う。 小さな手も。すべては今日で終わるのだろう。何年か後、 目をそらした先の空には月は見えない。見上げるとち同じ状況になったとしても感じ方は変わってしまって るに違いな、。 ようど真上に月は位置していた。 そう思ったとき、大人たちがよく昔の話をする意味が わかったような気がした。誰でも、昔の思い出は宝石に なるのだ。だから度々入れ物から出しては磨き、他の人 テントがフィルタ 1 となり、月の光を私たちのもとへ に自慢する。磨かれる度に、宝石は輝きを増す。場合に 伝えていた。私も隼人も顔色はテントと同じ緑かかったよっては元の状態よりも輝きが増したように見えるこ 黄色になっている。テント内は見た目より広く、大柄なともあるかもしれない。ただ確実なことは、事実は変わ 人でなければ大人であっても足を伸ばして寝られるだらないということだ。宝石は絶対的に変わらない。今日 91
宝石の島 私の不満のこもった目に気づいたのか、隼人はそう言 いたような気がする。テントの入り口に腰を下ろして待 っておくことにした。テント内部に目を向けると、先ほ い訳をする。 どのリュックとそのそばに懐中電灯が転がっており、奥 「まあ二人中にいたら飛ばされることは無いだろ。安心 しろって。」 には大きめの毛布が一枚だけたたまずに放り投げられ そう言われ改めて今日は二人で寝るのだと感じた。おていた。口が開いたままのリュックからはカップヌード 互いの家に泊まりに言ったことは何度もあるが、隣の部ルのほかにもトランプやゲーム機が顔をのぞかせいる。 屋には親がいた。緊張している訳ではないと思うが、そここでトランプをするつもりなのか。 のことを考えると息がしづらくなるような気がした。 ふちに割りばしを載せた状態で私にカップヌードル 「夜食食おうぜ。お前何がいい ? 」 隼人はそういってテントの中においてあったリュッを差し出す。隼人は片手でカップヌードルのふちを掴む クを開けた。中は様々な種類のカップヌードルで一杯だように持っていた。じゃんけんのパーになるくらいにー った。 掌が開かれていた。 「何だよ早くとれよ」 「じゃあ私はシ 1 フード」 手を見られていることを少し嫌そうにしながらさら 「おけ」 すると隼人はガスポンべや小さな鍋を取り出して手にカップヌードルをつきだしてくる。 「ん、ありがとう」 際よく湯を沸かし、ふたを半分あけたカップヌ 1 ドルに 少し笑いそうになってしまったけど隼人には気づか 注いだ。確か隼人のお父さんは登山が趣味だって言って れ 0
奎星合宿号 2018 年 れなかったようだ。普段キャンプをするときはお父さん「全然食ってねえじゃん。腹減ってねえの ? 」 すでに自分の分を食べ終えた隼人が、私のカップヌ 1 がああやってカップヌードルを渡しているのだろうな。 ドルを見ながら言った。 一瞬不機嫌そうになった隼人だったが、すぐに興味は目 の前のカレーヌ 1 ドルに移った。小さな鍋に余ったお湯「お腹は減ってないよ。私の家は夜食の文化がないもの」 「ふーん。カップ麺ならいつだって食えるけどな俺」 もそのままに、私の隣に勢いよく腰を下ろした。そのと 隼人はそういって私の手からカップラ 1 メンをとり、 き少しだけ私に彼の肘がぶつかったが、気づいていない 残りを食べ始めた。その食べつぶりに、自分はあまり食 ようだ。腰を浮かして少しだけ場所をずらした。 ズルッズルルツ、という私たちが麺をすする音に時折べていないが少し気分が悪くなりそうだった。 キャンプ地ならともかく、この林でカップラ 1 メンの 港からの汽笛の音が混ざる。 かなり離れているように見えるが実はすぐそばで鳴香りが漂うことはめったにないだろうなと思った。 っているようにも聞こえ、私たちを探しているかのよう港の奥にぼつりぼつりと見えていた家の光は、少し減 ったような気がする。漁師さんの多いこの町ならではの だった。 現象だ。隼人のお父さんも漁師で、いつも 4 時くらいに 「やつば寒いときが一番うまいな」 起きているそうだ。 隼人の言葉に頷きつつスマホを確認すると、時刻は 「ふ 1 、腹いつばいになったわ。なんかする ? 」 時を回っていた。いつもなら歯を磨いて寝支度を始めて いる時間帯だ。考えることが他になければもっとわくわ仰向けでテントの中に倒れこみながら隼人が言った。 なにかするかと言いながらも隼人は少し眠そうに見え くしているのだろうな、と思った。