奎星合宿号 2018 年 「お前が友達作れるのかが心配だな。自分から人に話し少し罪悪感を覚えてしまう。 かけたりしないし」 「まあ今のところは帰るつもりだから安心してよ」 「そこはまあ、頑張るよ。友達をたくさん欲しいわけじ からかわれていることに気付いたのか、自分の反応が ゃないしね」 恥ずかしくなったのか、わかりやすく隼人はそっぽを向 「それには納得だな」 いた。ぶいっというよりは、ふんっと言う感じの。 そういってお互い少し笑った。何かに気付いたかのよ 「ごめんね。ちゃんと帰ってくるから」 うに、隼人は私の手を包んでいた手をさっと離した。私 申し訳なく思いながらも、笑って謝るが隼人はこっち を向かない。 の手は普段よりも温かくなっていた。 「まあ六年我慢したら帰ってこれるんだろ。ちょっと長「まあいいんじゃね、高校卒業したらどこにいっても」 いけど」 「そんなこと言わないでよ」 少し明るい声で隼人は言う。 意地を張る隼人に、やってしまったなという気持ちと、 「まあ帰ってくるかはわからないけどね。大学も行くかあの顔が見れたから良いかという気持ちが半分半分で もしれないし」 胸に浮かぶ。 えつ、と思わずこちらを向き、目をまん丸にして驚く 「大丈夫だよ。あんたんちの前に市役所あるでしょ ? 隼人に少し笑いそうになってしまう。隼人のいいところあそこの偉い人と私のお母さん仲がいいから、そこで働 は感情が素直に表へ出るところだと思う。それがわかっかせてもらうよ」 ているから隼人の反応が嬉しい。意地悪をいったことに 「おまえそれこねってやつだろ。あまくだりとこねはよ 9
奎星合宿号 2018 年 なにもない。 ちっぽけな存在だ。 ただ、この世界におびえている。 雨が降るだけで、死にそうになる。 風が吹くだけで凍えてしまう。 どこまで歩いても、ちっぽけなことに違わない。 どれだけ、金を稼いでも、おっきくなれない。 どれだけ、ものを持っていても、世界の端でおびえて 雷が落ちた。 近くに落ちた。 全身を震わせるような爆音。 震わせる身体を必死に抑え、腹の底から叫んだ。 叫ぶ。 叫ぶ。 美しくなりたい。 ただそれだけでいし 美しくなりたいのだ。 どれだけ、足りていなくても、困っている人に施せる ような美しい人になりたい。 どれだけ、満ち足りていても、十分という意味を忘れ ずに、多くを取らない美しい人になりたい。 自分の弱さや強さも、他人の弱さや強さも、すべてを と言える人になりたい。 包み込んで、それでいし ただ美しくなりたい。 叫び続ける。 恐怖を叫ぶ。 雷鳴にかき消されないよう叫ぶ。 ちっぽけな存在のまま叫ぶ。
し、し、匂い かえで 妻の楓は僕の匂いが好きだと言う。 まったかと非常に心配した。 「要ちゃん、明日の朝はパンとご飯、どっちがいい ? 」 そもそも妻の匂いの趣味が人と違っているらしいこ かなめ 僕の名前は要だが、妻は要ちゃんと呼ぶ。三十を前に とを知るまで、僕はずいぶんかかった。体調のいい時は して、くすぐったい呼ばれ方だ。 煙草の匂いを好むし、人気のある女性用の香水は大抵嫌 僕はべッドに寝転がり、本を読みながらぐずぐずと考いだと言う。 えた。優柔不断だと思う。明日の朝、何を食べたって構僕の匂いが好きだというのも、自分ではどうも納得し わないようなものだが、こればかりは昔からそうだ。 かねる。そもそも僕は体臭がある方ではないのだ。それ 散々ああでもないこうでもないと考えた挙句、僕はようとなく聞いてみても、ほとんどの人は無臭だと言う。た やく返事をした。 まに匂いがあると言われても、それは使っているシャン プ 1 の匂いだったりする。それも結婚して変えてしまっ 「よかったあ。ご飯って言われたらどうしようって」 多分、米を切らしているとか、そういうことではない 一体妻は僕の何をいい匂いだと感じているのだろう 体調が悪いのだろう。 か。一度尋ねてみたいと思いつつ、機会がないままだ。 妻は体調が悪いと妙に臭いを嫌がる。煙草やコーヒー 「楓、体調、悪いのか ? 無理しないで : : : 」 揚げ物にチーズ、ひどい時には化粧品や炊き立てのご飯「大丈夫よ。それより、明日は早いんでしょ ? 早く寝 まで嫌だと言う。吐き気がするらしい。それを知ったのないと」 は僕がまだ大学院生の時で、当時は妊娠でもさせてし 電気を消されては本も読めない。僕は素直に眠ること よう 8
宝石の島 陽の落ちた林道は予想より暗かった。スマホのライト「他の奴に見つかったらまずいだろ」 はやと 「こんなとこ隼人くらいしか来ないよ」 は足もとが照らせるほどで、とても走っては移動できな 「まあどうでもいいから早く来いよ」 かった。早足で道を進みながら時間を確認すると、決め ていた時間から分ほどが過ぎている。大抵のことは適そういうと隼人は道に乗り出していた体を翻し、木と 当なくせに時間には細かいんだよな。自分が悪いことは木の間へ戻っていく。 「え、こんなとこ入っていくの。これじゃ獣道とも呼べ わかっているが、なんとなく頭の中で文句を言ってしま ないよ」 住宅街からそれほど距離が離れていないにも関わら「道になってたらばれるじゃんか。グダグダ言うならお いていくぞ」 ず辺りはとても静かだった。葉が音の振動を打ち消して そうはいうも隼人は私に背を向けて待っている。隼人 いるのだろうか。聞こえるのは自分の息と砂を踏む音、 木々のすれあう音だけだった。さっきまで家族と会話しのシャツの裾をつかむと、私たちはゆっくりと歩きだ ていたはずなのに、今は世界にいるのが自分だけなんじした。木と木の感覚が狭く、左に行っては右にいってと いう具合に、ジグザグと私たちは進んでいった。隼人の ゃないかという気さえする。少しだけ足をはやめた。 ひょり 先導が無ければすでに三回は頭をぶつけてそうだな、と 「おい日依莉」 脇道から突然声がして、思わず持っていたスマ 1 トフ思った。 「つかお前遅刻。ちゃんと時間守れよ」 オンを落としかけた。 隼人はポケットから小さなライトを取り出してスイ ライトくらいつけてよ」 「びつくりした : 4
虫 蛆 中途半端でいし 途中までしかやらなくていいよ。 全部をやろうとすると、とても疲れる。 ただ、気持ちがいいからって理由で始めていし これ以上やればしんどいからって言って止めていし しんどいことを続けていっても先なんてないんだか ら、止めてもいいよ。 楽しいことを続けていけばいいよ。 止めて何かを言われても、無視すればいいよ。 君には続けられててもボクはもう無理だってね。 自分の心が許してくれなくても、そういうこともある ってなだめてみて。 ボクはダメなんかじゃないんだから。
奎星合宿号 2018 年 れなかったようだ。普段キャンプをするときはお父さん「全然食ってねえじゃん。腹減ってねえの ? 」 すでに自分の分を食べ終えた隼人が、私のカップヌ 1 がああやってカップヌードルを渡しているのだろうな。 ドルを見ながら言った。 一瞬不機嫌そうになった隼人だったが、すぐに興味は目 の前のカレーヌ 1 ドルに移った。小さな鍋に余ったお湯「お腹は減ってないよ。私の家は夜食の文化がないもの」 「ふーん。カップ麺ならいつだって食えるけどな俺」 もそのままに、私の隣に勢いよく腰を下ろした。そのと 隼人はそういって私の手からカップラ 1 メンをとり、 き少しだけ私に彼の肘がぶつかったが、気づいていない 残りを食べ始めた。その食べつぶりに、自分はあまり食 ようだ。腰を浮かして少しだけ場所をずらした。 ズルッズルルツ、という私たちが麺をすする音に時折べていないが少し気分が悪くなりそうだった。 キャンプ地ならともかく、この林でカップラ 1 メンの 港からの汽笛の音が混ざる。 かなり離れているように見えるが実はすぐそばで鳴香りが漂うことはめったにないだろうなと思った。 っているようにも聞こえ、私たちを探しているかのよう港の奥にぼつりぼつりと見えていた家の光は、少し減 ったような気がする。漁師さんの多いこの町ならではの だった。 現象だ。隼人のお父さんも漁師で、いつも 4 時くらいに 「やつば寒いときが一番うまいな」 起きているそうだ。 隼人の言葉に頷きつつスマホを確認すると、時刻は 「ふ 1 、腹いつばいになったわ。なんかする ? 」 時を回っていた。いつもなら歯を磨いて寝支度を始めて いる時間帯だ。考えることが他になければもっとわくわ仰向けでテントの中に倒れこみながら隼人が言った。 なにかするかと言いながらも隼人は少し眠そうに見え くしているのだろうな、と思った。
宝石の島 のだが、普段から体温が 37 度以上ある、と豪語する隼 「いいけど、トランプはしたくないなあ : : : 」 人の手はさすがに暖かかった。手の表面からじんわりと 「マジ ? 」 熱が伝わってくるのを感じる。 「ちょっとぼーっとしとこうよ」 手は繋がっていてもお互い体は海のほうへ向けてい おお、と力ない返事をしてから隼人は目をつぶった。 る。横目で隼人の顔をのぞいてみるといつもへの字にな 私はそれを横目で見たあと、再び港のほうへ目線を戻しっているロはさらに曲がっていた。 て、少しずっ暗くなっていく街を眺めた。 「トウキョウってどんなとこ ? 」 しばらく沈黙が続いた後隼人が口を開いた。しばらく 喋っていなかったからか、東京という単語が少しかすれ ていた。 分ほどが経っただろうか。気温が急に低下したのか 「お父さんがいうには、物とか建物とかがたくさんあっ 私の体が冷えたのか、くしやみを一一回連続でした私に、 て何でもできるところだって。お母さんは騒がしいとこ 隼人は毛布を取ってくれた。平気そうに見えるが一応隼ろって言ってたけど」 人の肩にもひっかけて、二人で毛布を被った。その時に 「別に今まででこの島で何かできなくて困ったことな 少し手が触れ、お前手がキンキンじゃん、と隼人が言い、 んてないと思うけどな」 私の両手をお互いの体の間にもってきて両手で包んだ。 少しけんのある声で隼人は言う。 私は平均体温が低く、 37 度にもなれば十分風邪の領域な 「私もそう思うけどね」 8
宝石の島 私の不満のこもった目に気づいたのか、隼人はそう言 いたような気がする。テントの入り口に腰を下ろして待 っておくことにした。テント内部に目を向けると、先ほ い訳をする。 どのリュックとそのそばに懐中電灯が転がっており、奥 「まあ二人中にいたら飛ばされることは無いだろ。安心 しろって。」 には大きめの毛布が一枚だけたたまずに放り投げられ そう言われ改めて今日は二人で寝るのだと感じた。おていた。口が開いたままのリュックからはカップヌード 互いの家に泊まりに言ったことは何度もあるが、隣の部ルのほかにもトランプやゲーム機が顔をのぞかせいる。 屋には親がいた。緊張している訳ではないと思うが、そここでトランプをするつもりなのか。 のことを考えると息がしづらくなるような気がした。 ふちに割りばしを載せた状態で私にカップヌードル 「夜食食おうぜ。お前何がいい ? 」 隼人はそういってテントの中においてあったリュッを差し出す。隼人は片手でカップヌードルのふちを掴む クを開けた。中は様々な種類のカップヌードルで一杯だように持っていた。じゃんけんのパーになるくらいにー った。 掌が開かれていた。 「何だよ早くとれよ」 「じゃあ私はシ 1 フード」 手を見られていることを少し嫌そうにしながらさら 「おけ」 すると隼人はガスポンべや小さな鍋を取り出して手にカップヌードルをつきだしてくる。 「ん、ありがとう」 際よく湯を沸かし、ふたを半分あけたカップヌ 1 ドルに 少し笑いそうになってしまったけど隼人には気づか 注いだ。確か隼人のお父さんは登山が趣味だって言って れ 0