宝石の島 のだが、普段から体温が 37 度以上ある、と豪語する隼 「いいけど、トランプはしたくないなあ : : : 」 人の手はさすがに暖かかった。手の表面からじんわりと 「マジ ? 」 熱が伝わってくるのを感じる。 「ちょっとぼーっとしとこうよ」 手は繋がっていてもお互い体は海のほうへ向けてい おお、と力ない返事をしてから隼人は目をつぶった。 る。横目で隼人の顔をのぞいてみるといつもへの字にな 私はそれを横目で見たあと、再び港のほうへ目線を戻しっているロはさらに曲がっていた。 て、少しずっ暗くなっていく街を眺めた。 「トウキョウってどんなとこ ? 」 しばらく沈黙が続いた後隼人が口を開いた。しばらく 喋っていなかったからか、東京という単語が少しかすれ ていた。 分ほどが経っただろうか。気温が急に低下したのか 「お父さんがいうには、物とか建物とかがたくさんあっ 私の体が冷えたのか、くしやみを一一回連続でした私に、 て何でもできるところだって。お母さんは騒がしいとこ 隼人は毛布を取ってくれた。平気そうに見えるが一応隼ろって言ってたけど」 人の肩にもひっかけて、二人で毛布を被った。その時に 「別に今まででこの島で何かできなくて困ったことな 少し手が触れ、お前手がキンキンじゃん、と隼人が言い、 んてないと思うけどな」 私の両手をお互いの体の間にもってきて両手で包んだ。 少しけんのある声で隼人は言う。 私は平均体温が低く、 37 度にもなれば十分風邪の領域な 「私もそう思うけどね」 8
奎星合宿号 2018 年 「お前が友達作れるのかが心配だな。自分から人に話し少し罪悪感を覚えてしまう。 かけたりしないし」 「まあ今のところは帰るつもりだから安心してよ」 「そこはまあ、頑張るよ。友達をたくさん欲しいわけじ からかわれていることに気付いたのか、自分の反応が ゃないしね」 恥ずかしくなったのか、わかりやすく隼人はそっぽを向 「それには納得だな」 いた。ぶいっというよりは、ふんっと言う感じの。 そういってお互い少し笑った。何かに気付いたかのよ 「ごめんね。ちゃんと帰ってくるから」 うに、隼人は私の手を包んでいた手をさっと離した。私 申し訳なく思いながらも、笑って謝るが隼人はこっち を向かない。 の手は普段よりも温かくなっていた。 「まあ六年我慢したら帰ってこれるんだろ。ちょっと長「まあいいんじゃね、高校卒業したらどこにいっても」 いけど」 「そんなこと言わないでよ」 少し明るい声で隼人は言う。 意地を張る隼人に、やってしまったなという気持ちと、 「まあ帰ってくるかはわからないけどね。大学も行くかあの顔が見れたから良いかという気持ちが半分半分で もしれないし」 胸に浮かぶ。 えつ、と思わずこちらを向き、目をまん丸にして驚く 「大丈夫だよ。あんたんちの前に市役所あるでしょ ? 隼人に少し笑いそうになってしまう。隼人のいいところあそこの偉い人と私のお母さん仲がいいから、そこで働 は感情が素直に表へ出るところだと思う。それがわかっかせてもらうよ」 ているから隼人の反応が嬉しい。意地悪をいったことに 「おまえそれこねってやつだろ。あまくだりとこねはよ 9
宝石の島 に比べたら授業もまだちょっとは興味あることとか出 2 くないってよくテレビでいってるぞ」 思わず訂正といった風に隼人がこちらを向いて言う。てきたし。理科とか」 「いいじゃんそのおかげでこの島に戻ってこれるんだ絶対に反抗すると思っていただけに、素直な反応にこ ちらも素直に驚いてしまう。 から」 「なんか普通に驚いたんだけど : : : 。授業に興味、なん ちょっと考えるようなそぶりを見せた後、隼人は答え る。 てちょっと前の隼人じや考えられなくない ? 」 「まあ、ずるいと思うけどいいよ。ちゃんと勉強して大「ほんとにちょっとだけどな。生き物とか体の構造とか」 なぜか言い訳をするような口調で隼人は言う。 人になってから帰って来いよ」 照れ隠しなのか、慣れていない大人びたような話し方「それに」 私の目をみて、はっきりと言う。 で隼人は言う。 「ちゃんとした仕事についておきたいからな。お前が帰 「あんたが良くいえるわね。勉強なんか言われなくても ってくるときには」 するわよ。それよりあんたこそちゃんと学校行ってよ。 中学校はまだ大丈夫かもしれないけど、高校は簡単に留その言葉を聞いて、ぶわっと体の中があったかくなる ようだった。 年とかするらしいからね」 これは本心だ。今のように気まぐれで登校しているよ「何か面白いよね。子供の私たちが仕事とか将来とか言 うの」 うでは、とても高校は卒業できないと思う。 思わず隼人から目を背けてひねくれた答え方をして 「まあ学校はうざいけど、しようがないから通うよ。前
宝石の島 私の不満のこもった目に気づいたのか、隼人はそう言 いたような気がする。テントの入り口に腰を下ろして待 っておくことにした。テント内部に目を向けると、先ほ い訳をする。 どのリュックとそのそばに懐中電灯が転がっており、奥 「まあ二人中にいたら飛ばされることは無いだろ。安心 しろって。」 には大きめの毛布が一枚だけたたまずに放り投げられ そう言われ改めて今日は二人で寝るのだと感じた。おていた。口が開いたままのリュックからはカップヌード 互いの家に泊まりに言ったことは何度もあるが、隣の部ルのほかにもトランプやゲーム機が顔をのぞかせいる。 屋には親がいた。緊張している訳ではないと思うが、そここでトランプをするつもりなのか。 のことを考えると息がしづらくなるような気がした。 ふちに割りばしを載せた状態で私にカップヌードル 「夜食食おうぜ。お前何がいい ? 」 隼人はそういってテントの中においてあったリュッを差し出す。隼人は片手でカップヌードルのふちを掴む クを開けた。中は様々な種類のカップヌードルで一杯だように持っていた。じゃんけんのパーになるくらいにー った。 掌が開かれていた。 「何だよ早くとれよ」 「じゃあ私はシ 1 フード」 手を見られていることを少し嫌そうにしながらさら 「おけ」 すると隼人はガスポンべや小さな鍋を取り出して手にカップヌードルをつきだしてくる。 「ん、ありがとう」 際よく湯を沸かし、ふたを半分あけたカップヌ 1 ドルに 少し笑いそうになってしまったけど隼人には気づか 注いだ。確か隼人のお父さんは登山が趣味だって言って れ 0
宝石の島 陽の落ちた林道は予想より暗かった。スマホのライト「他の奴に見つかったらまずいだろ」 はやと 「こんなとこ隼人くらいしか来ないよ」 は足もとが照らせるほどで、とても走っては移動できな 「まあどうでもいいから早く来いよ」 かった。早足で道を進みながら時間を確認すると、決め ていた時間から分ほどが過ぎている。大抵のことは適そういうと隼人は道に乗り出していた体を翻し、木と 当なくせに時間には細かいんだよな。自分が悪いことは木の間へ戻っていく。 「え、こんなとこ入っていくの。これじゃ獣道とも呼べ わかっているが、なんとなく頭の中で文句を言ってしま ないよ」 住宅街からそれほど距離が離れていないにも関わら「道になってたらばれるじゃんか。グダグダ言うならお いていくぞ」 ず辺りはとても静かだった。葉が音の振動を打ち消して そうはいうも隼人は私に背を向けて待っている。隼人 いるのだろうか。聞こえるのは自分の息と砂を踏む音、 木々のすれあう音だけだった。さっきまで家族と会話しのシャツの裾をつかむと、私たちはゆっくりと歩きだ ていたはずなのに、今は世界にいるのが自分だけなんじした。木と木の感覚が狭く、左に行っては右にいってと いう具合に、ジグザグと私たちは進んでいった。隼人の ゃないかという気さえする。少しだけ足をはやめた。 ひょり 先導が無ければすでに三回は頭をぶつけてそうだな、と 「おい日依莉」 脇道から突然声がして、思わず持っていたスマ 1 トフ思った。 「つかお前遅刻。ちゃんと時間守れよ」 オンを落としかけた。 隼人はポケットから小さなライトを取り出してスイ ライトくらいつけてよ」 「びつくりした : 4
奎星合宿号 2018 年 れなかったようだ。普段キャンプをするときはお父さん「全然食ってねえじゃん。腹減ってねえの ? 」 すでに自分の分を食べ終えた隼人が、私のカップヌ 1 がああやってカップヌードルを渡しているのだろうな。 ドルを見ながら言った。 一瞬不機嫌そうになった隼人だったが、すぐに興味は目 の前のカレーヌ 1 ドルに移った。小さな鍋に余ったお湯「お腹は減ってないよ。私の家は夜食の文化がないもの」 「ふーん。カップ麺ならいつだって食えるけどな俺」 もそのままに、私の隣に勢いよく腰を下ろした。そのと 隼人はそういって私の手からカップラ 1 メンをとり、 き少しだけ私に彼の肘がぶつかったが、気づいていない 残りを食べ始めた。その食べつぶりに、自分はあまり食 ようだ。腰を浮かして少しだけ場所をずらした。 ズルッズルルツ、という私たちが麺をすする音に時折べていないが少し気分が悪くなりそうだった。 キャンプ地ならともかく、この林でカップラ 1 メンの 港からの汽笛の音が混ざる。 かなり離れているように見えるが実はすぐそばで鳴香りが漂うことはめったにないだろうなと思った。 っているようにも聞こえ、私たちを探しているかのよう港の奥にぼつりぼつりと見えていた家の光は、少し減 ったような気がする。漁師さんの多いこの町ならではの だった。 現象だ。隼人のお父さんも漁師で、いつも 4 時くらいに 「やつば寒いときが一番うまいな」 起きているそうだ。 隼人の言葉に頷きつつスマホを確認すると、時刻は 「ふ 1 、腹いつばいになったわ。なんかする ? 」 時を回っていた。いつもなら歯を磨いて寝支度を始めて いる時間帯だ。考えることが他になければもっとわくわ仰向けでテントの中に倒れこみながら隼人が言った。 なにかするかと言いながらも隼人は少し眠そうに見え くしているのだろうな、と思った。
奎星合宿号 2018 年 しまう。隼人の純粋さがうらやましい ろうと思った。私たちは横に並び、毛布を横向きにかけ て一緒に被った。 「なんでだよ。俺は真剣に言ってるぞ」 それはもちろんわかっている。だからこそ、素直に受船の汽笛の音もずいぶん前から聞こえなくなってい る。聞こえるのは私と隼人の息のする音だけだ。寝息で け取ることに気恥ずかしさを感じてしまうのだ。 「まあ、もう今日は寝ようよ。普段夜更かししないからはないから、お互いに起きていることはわかっている。 眠たくなってきちゃった」 最後の夜なのだと感じた。たった一つの音の源に耳を ごまかすように強引に話を切り上げてしまった。隼人傾ける感覚も、草木と磯の交わった香りも、両手を包む の出した勇気に申し訳ないと思う。 小さな手も。すべては今日で終わるのだろう。何年か後、 目をそらした先の空には月は見えない。見上げるとち同じ状況になったとしても感じ方は変わってしまって るに違いな、。 ようど真上に月は位置していた。 そう思ったとき、大人たちがよく昔の話をする意味が わかったような気がした。誰でも、昔の思い出は宝石に なるのだ。だから度々入れ物から出しては磨き、他の人 テントがフィルタ 1 となり、月の光を私たちのもとへ に自慢する。磨かれる度に、宝石は輝きを増す。場合に 伝えていた。私も隼人も顔色はテントと同じ緑かかったよっては元の状態よりも輝きが増したように見えるこ 黄色になっている。テント内は見た目より広く、大柄なともあるかもしれない。ただ確実なことは、事実は変わ 人でなければ大人であっても足を伸ばして寝られるだらないということだ。宝石は絶対的に変わらない。今日 91
奥付け ・ご意見・ご感想は・・・・・ HP https://tokushimaulc.weebly..com/ ffWitter @tok—bun tokushlmaul.c@icloud.com Mail ( ホームページからも作品を読むことができます。 ) QR Code HP 徳島大学文学クラブ 『奎星合宿号 2018 年』 構成 池上哲也 編集 池上哲也 発行日 2018 年 10 月 20 日初版発行 発行 徳島大学文学クラブ 〒 770-0861 徳島県徳島市南常三島町 1-1 徳島大学学生会館 印刷・製本徳島大学学生会館 掲載作品の著作権はすべて著者各位に帰属します 30
執筆者より 丿羽よねす , , 7 言・ , , 奴昜プ , = イ ) ん々雰気气 ( 、まフ ~. の 7 、 も . ' い ~ の廂卷びナ 句いゃ。は壱し峰いおら日はとま の付んす何 4 、幻ュ、 人しれト角臭ホ , て , んをにま仁凵、 をの昔か、こはりし米き、いまね て - はのの匂 , こいこ / ぢゾこキゾびしよ % 、 介人の ) んは、、このり ? その人′け 5 舌 , k つあは 9 幵は血は ? 冫宸は ? なんも考え 3 と頂代との目 / 、 作者は匂のあ以 / こあこか罅 . 分、忘んて 0 もぐにしもん 3 ん・ - 28
虫 蛆 生きてる。 なんで生きてる ? 見当がっかない。 それでも生きている。 生きているのなら、それでいし それだけでいいのだ。 心の中、ぼんやりとした思いがある。 それを形にしたい。 言葉にしたい。 だが、頭や言葉が足りない。 それが悔しい 書いて書いて書いて。 書いていれば、いっか、この気持ちを書けるのか。 真っ白い紙があった。 一本の線を引いた。 次に曲がった線を描いた。 描いた。 このままでいいのか。 このままのボクでいいのか。 夢は現実だ。 現実を見ないと、夢に手が届かない。 現実を見ろ。 醜い、隠したい、取り繕いたい。 理想を見ろ。 取り繕った、笑顔、自慢したい。 夢は見るな。 これこそが現実だ。 あっ、楽しい 描けた。 言葉じゃなくてもいいんだ。 生きてる。