被告人 - みる会図書館


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1. 法学セミナー2016年01月号

事実の概要 116 被害状況等の再現結果を記録した実況見分調書 れたものであった。弁護人は不同意としたが、各書 公務執行妨害被告事件において、検察官が立証趣 面の作成者である警察官の証人尋問が実施されたの 旨をそれぞれ「被害者指示説明に基づく被害再現状 ち、刑訴法 321 条 3 項によって採用された。第一審 況等」「目撃者指示説明に基づく犯行目撃状況等」 は被告人を有罪としたが、証拠の標目に本件各書面 とする 2 つの捜査状況報告書 ( 以下、本件各書面 ) を掲げず、被害状況や目撃状況は被害者と目撃者の の証拠調べを請求した。本件各書面は、被害が発生 公判供述によって認定した。 した場所で被害者及び目撃者が被害発生時に乗車し 控訴審 ( 高松高判平 26 ・ 5 ・ 1 判時 2257 号 1 1 1 頁 ) ていた自動車を使用し、警察官を被告人役として、 は、第一審が本件各書面の証拠能力を認めたことに 被告人が自動車の窓から腕を入れて被害者のネクタ ついて、本件各書面を「被害状況及び目撃状況それ イを鷲づかみにするまでの状況を再現する様子を順 自体を立証する証拠として採用していないものと認 次撮影した写真が各再現者による説明付きで添付さ められる」ことを理由に適法とした。弁護人上告。 [ 最ー小決平 27 ・ 2 ・ 2 判時 2257 号 109 頁 ] 最新判例演習室ーーー刑事訴訟法 内での被害再現および犯行再現の様子を撮影した 被害状況・目撃状況の再現結果を記録した実況 写真を添付し、再現者による説明を記載した実況 見分調書の証拠能力。 見分調書が、「被害再現状況」「犯行再現状況」を 立証趣旨として証拠請求された事案について、「実 「同報告書は、警察官が被害者及び目撃者に被 質においては、再現されたとおりの犯罪事実の存 害状況あるいは目撃状況を動作等を交えて再現さ 在が要証事実になるものと解される」として、刑 せた結果を記録したものと認められ、実質におい 訴法 321 条 3 項所定の要件に加え、被害再現につ ては、被害者や目撃者が再現したとおりの犯罪事 いては同条 1 項 2 号ないし 3 号、被疑者による犯 実の存在が要証事実になるものであって、原判決 行再現については 322 条 1 項の要件を充たす必要 が、刑訴法 321 条 1 項 3 号所定の要件を満たさな がある ( 写真については、機械的な記録であるた いのに同法 321 条 3 項のみにより採用して取り調 め原供述者の署名・押印は不要 ) とした。 べた第一審の措置を是認した点は、違法である」 本決定は、平成 17 年判例を踏襲した事例判例で ( 判決の結論に影響を及ばさないため上告棄却 ) ある。もっとも、第一審の有罪判決は、証拠の標 目 ( 刑訴法 335 条 ) に本件各書面を掲げていない。 捜査官は、被害者・目撃者などに被害を受けた この点を捉えて控訴審は、本件各書面は被害状況 状況や犯行を目撃した状況を再現させ、その様子 や目撃状況それ自体を立証する趣旨のものではな を撮影した写真を添付するとともに、再現時に行 く、証人尋問によって立証された被害状況や目撃 った説明を記述した書面を作成することがある。 状況を「より理解しやすくするための資料」とし これらの書面は、たとえば、被害者が別途に供述 て採用されたものであるから、刑訴法 321 条 1 項 したとおりの被害状況が現場において物理的に実 3 号の要件を満たす必要はないとした。しかし、 現可能であることを証明するためなどに用いられ 本件での各再現は、被害発生の現場にて、被害時 る。その場合、当該書面は再現状況を捜査官が見 に使用されていた自動車を用いて行われてはいる 分した内容を記載した実況見分調書であるから、 ものの、被害者や目撃者が公判で供述したとおり 刑訴法 321 条 3 項にいう「検証の結果を記載した の事実が物理的に生じ得るか否かを証明できるほ 書面」に該当し ( 最判昭 35 ・ 9 ・ 8 刑集 14 巻 11 号 ど厳密なものではない。このとき、公判供述の「理 1437 頁参照 ) 、同項が定める要件を充たす場合に 解」を当該供述内容の真実性と切り離して論じる 伝聞例外として証拠能力が認められる。 ことは不可能である。結局、被害・目撃状況その ただ、被害状況などの再現は再現者が過去に体 ものを要証事実とする以外には本件各書面を証拠 験した事実を動作や言葉で表現することに他なら 採用する意味がない。また、要証事実を技巧的に 限定して証拠能力を許容する手法は、裁判員によ ないため、この実況見分調書は「再現されたとお る事実認定に馴染まない。最高裁が、証拠の標目 りの被害状況が犯罪発生時に存在したこと」の証 に記載がない本件各書面を平成 17 年判例の射程内 明に用いられる可能性もある。この場合は、実況 見分調書としてだけでなく、再現者の供述を録取 に収めたのは、以上の理由によるものであろう。 した書面としての性質も併せ持っことになる。最 ( なかじま・ひろし ) 法学セミナー 決平成 17 ・ 9 ・ 27 刑集 59 巻 7 号 753 頁は、警察署 2016 / 01 / no. 732 裁判所の判断 鹿児島大学教授中島宏 解説

2. 法学セミナー2016年01月号

115 防衛行為と同時に現行犯逮捕として行なわれた行為の違法性阻却の判断方法 と声を出したが、動かずに、ぐったりした様子であ った。通行人は警察に通報し、被告人に「大丈夫で 被害者は、被告人経営の飲食店に入店し、閉店時 はないか」と声を掛けたが、被告人は被害者の力が 刻頃、飲食代金を請求され、財布を探すなどした後、 強いと答えて、体勢を変えず、通行人が駆けつけて 突然立ち上がり、被告人の右顔面を殴ろうとした。 から警察が到着するまで、長くて 20 分程度の間押さ 被告人は、これを避け、被害者の頭から首の辺りを え続けた。警察官の到着後、被害者は被告人から引 抱え込むように手を回して、共にうつ伏せに倒れ込 き離された。その後、被害者は、低酸素脳症により んだ。被告人は被害者に強く抵抗されてもみ合いに 死亡した。原審は、被告人の行為は防衛行為の相当 なるうちに、自分の胸を被害者の首の後ろ当たりに 性の程度を超え、また現行犯逮捕としても許容され 接着させて、上半身を被害者の背中に乗せ、体重を る限界を超えていると判断して、傷害致死罪の成立 かけて押さえ付けた ( 最後の体勢 ) 。その後、被告 人は店外に向かって助けを求め、その声を聞きつけ を認めた。 [ 東京高判平成 25 ・ 3 ・ 27 判タ 1415 号 180 頁 ] た通行人が、現場に駆け付けた。被害者は「うー」 事実の概要 最新判例演習室ーー刑法 めた原審の判断を維持した。本判決は、通行人が 現場に駆け付ける前後における一連の暴行から生 防衛行為と同時に、現行犯逮捕として行なわれ じた致死の事実について防衛行為の相当性を否定 た傷害致死罪の違法性阻却の判断方法。 し、それと同じ事実について現行犯逮捕の相当性 を否定したが、この判断方法には疑問がある。 被告人の被害者に対する暴行は、当初は被害者 個人法益を防衛する正当防衛と刑事訴訟の目的 から殴りかかられ、更に殴られる恐れがあったか を実現するための現行犯逮捕では、制度の趣旨が ら、これに対し、自己の身体を防衛するためのも 異なり、正当化の判断方法も異なる。本件の被告 のと評価できるが、その後、最後の体勢で押さえ 人の行為は、自己の身体を守るための防衛行為と 続けて相当時間が経過し、通行人が現場に駆け付 しては過剰であったが、現行犯逮捕として、真相 けた時点以降は、大きく状況が変化しており、被 の究明と刑罰法令の適正・迅速な適用という公的 害者が被告人に暴行等に及ぶ危険は著しく低下し な利益の実現に資するものであった。しかも、そ ているから、その時点以降も被害者を最後の姿勢 れによって被害者がこうむった不利益は、事後的 で押さえ続けたことは相当性を欠くものというべ に補償されることが予定されていた ( 刑事補償 ) 。 きである。そうすると一連の暴行を全体として評 現行犯逮捕は、このような刑事訴訟上の公的利益 価すれば、正当防衛は成立せず、過剰防衛が成立 を確保し、場合に応じて刑事補償制度により個人 すると判断した原判決の判断に誤りはない。 的法益が救済されることから、正当化されるので 被告人に被害者を逮捕し、警察官に引き渡す目 ある。本件の逮捕行為については、被告人の身体、 的があったことは否定できないが、通行人が現場 刑事訴訟の公的利益、刑事補償により救済される に駆け付けた時点以降は、被害者が逃亡する危険 被害者の利益を総合し、それと過剰防衛によって 性は著しく低下し、被告人が強力な手段によって 侵害された被害者の利益を比較衡量して、違法性 被害者を拘東し続ける必要がなく、そのような状 阻却の可否を判断すべきであった。本判決は、正当 況で被告人がなお最後の体勢で被害者を押さえ続 防衛による違法性阻却の可否を判断した上で、そ けたことは、現行犯逮捕として妥当で許される実 れとは別の問題として現行犯逮捕による正当化を 力行使の程度を超えたものであるとして、被告人 検討したが、そのような判断方法は妥当ではない。 の行為が法令行為に当たらないと判断した原判決 なお、被告人は、被害者を警察に引き渡すため は正当として是認することができる。 に、その身柄拘束を続けたので、この身体拘東の 継続の認識によって、被告人による過剰性の認識 本件の事案につき、裁判所は、被告人が被害者 ( 暴行の事実の認識 ) を根拠づけることができる を背後から長くて 20 分間押さえ込んで、低酸素脳 が、それは逮捕目的から行なわれ、被害者のさら 症により死亡させた行為について、通行人が現場 なる暴行を誤想したことによるものであるので、 に駆け付けた時点以降、被害者は抵抗しておらす、 被告人に暴行の違法性を基礎づける事実の認識が それゆえ暴行に及ぶ危険は著しく低下し、また逃 あったといえるかは疑わしい。違法性を根拠づけ 亡の危険も低下していたので、通行人が駆け付け る事実の認識がなければ、被告人の行為は過失に た以降も、なおも被害者を押さえ続けた一連の暴 よる過剰防衛であり、過失致死罪の成立を認める 行は、防衛行為の相当性を超え、かっ逮捕の許容 余地もあったと思われる。 範囲を超えていたとして、傷害致死罪の成立を認 裁判所の判断 立命館大学教授本田稔 法学セミナー ( ほんだ・みのる ) 2016 / 01 / no. 732

3. 法学セミナー2016年01月号

事実の概要 110 が 10 日未満の場合における公判期日の調書は、当該 公判期日後 10 日以内 ( 判決を宣告する日までの期間 刑事訴訟法 48 条 1 項によれば、刑事訴訟での公判 が 3 日に満たないときは、当該判決を宣告する公判 期日における訴訟手続については、公判調書を作成 期日後 7 日以内 ) に整理されるべきことを規定する。 しなければならない。公判調書につき刑事訴訟法 48 条 3 項は、原則として「各公判期日後速かに、遅く 当該規定が、憲法 31 条の適正手続保障規定を侵害す とも判決を宣告するまでに整理されなければならな る形で、弁護人から最終弁論前に公判調書を謄写す い」とし、判決を宣告する公判期日の調書は当該公 る機会を奪うものであると主張し、上告。 判期日後 7 日以内、公判期日から判決日までの期間 [ 最ー小決 2015 ・ 8 ・ 25 LEX / DB 文献番号 25447426 ] 公判調書整理期間を規定する刑訴法条 1 項の合憲性 最新判例演習室ーーー憲法 解説 公判調書の整理期間を定めた刑事訴訟法 48 条 3 現行刑訴法は、被告人の反対尋問権保障を旨と する伝聞法則に立脚して公判外供述を排除し、公 項は、憲法 31 条に違反するか。 判の当事者主義に基づく公判中心主義から出発し 「現行刑訴法は、争点を中心とする充実した審理 たはずであったが、実際の公判審理は形骸化し、 調書裁判化を遂げてきた。かような見地から、公 を集中的・連続的に行うため、できる限り、連日 開廷し、継続して審理することを目指しており ( 同 判審理活性化の契機として裁判員制度を評価する 法 281 条の 6 第 1 項 ) 、検察官、被告人又は弁護人 声もある。裁判員法成立にあわせて追加された刑 訴法 281 条の 6 は、裁判員の拘東期間短縮による による証拠調べ後の意見陳述についても、意見と 負担軽減という面のみからではなく、ますは、公 証拠との関係を具体的に明示して行うとともに、 判で形成される直接心証を重視し、それが時間経 証拠調べ後できる限り速やかに行うことが求めら 過により損なわれないよう配慮しつつ審理の集中 れている ( 刑訴規則 211 条の 2 、 211 条の 3 ) 。 制を担保する当事者主義促進規定として捉えられ れは、公判調書が未だ整理されず閲覧謄写するこ るべきである。公判の開廷間隔が狭められること とができない段階においても、公判廷で直接取り により、公判審理は書面への過度の依存から離れ、 調べた証拠に基づいて意見陳述をすることが可能 結果的に従来の調書裁判化傾向に歯止めがかかる であることを前提としているものといえる。一方、 可能性もある。かような認識に基づき、本件決定 公判調書は、検察官、被告人又は弁護人による訴 は、調書の未整理段階でも公判廷で直接得た証拠 訟活動の準備のために実務上有効な機能を果たす に基づき意見陳述できると述べ、弁護人の訴訟活 場合があることから、各公判期日後、速やかに 動準備のために果たされる実務上有効な機能とい れを整理することが求められている。しかし、正 う価値よりも、集中審理の実現という価値を優越 確な公判調書を作成し整理するに当たってはある させたのではないか。 程度の日時を要することは避けられないところ、 しかし、論告や最終弁論の起案に際して、公判 そのために集中審理の実現が妨げられるというこ 調書が弁護人にとって重要な資料となり、その結 とは刑訴法の想定するものではない。同法 48 条 3 果被告人の防御権が充実する場合が少なくないこ 項は、これらの事情を考慮し、公判調書の整理期 とを踏まえれば、「審理の集中性」が常に優先さ 間を規定したものである。このような刑訴法等の れるべきとすることには違和感を覚える。また、 規定を統一的に解釈すれば、同法 48 条 1 項により 本決定が公判調書の「本来の目的」のひとっとし 公判調書を作成する本来の目的は、公判期日にお た「訴訟手続の公正の担保」という観点からみれ ける審判に関する重要な事項を明らかにし、その ば、公判調書は、刑訴法 52 条により公判期日にお 訴訟手続が法定の方式に従い適式に行われたかど ける訴訟手続の公正性をめぐり排他的証明力を付 うかを公証することによって、訴訟手続の公正を 与されており、適正手続保障と「直接関係のない 担保することや、上訴審に原判決の当否を審査す 事項」とはいえない。しかし、調書の整理期日の るための資料を提供することなどにあると解され 上限を 7 日と定める刑訴法 48 条 3 項但書は、控訴 る。そうすると、上記の公判調書を作成する本来 趣意書 ( 提出期間 21 日間 ) や上告趣意書 ( 同 28 日 の目的等を踏まえ、公判調書を整理すべき期間を 間 ) による手続規定違反の主張を妨げるものでは 具体的にどのように定めるかは、憲法 31 条の刑事 ないため、憲法 31 条違反とはいえないということ 裁判における適正手続の保障と直接には関係のな 法学セミナー ( あそう・たもん ) にはなろう。 い事項である」 2016 / 01 / n0732 裁判所の判断 鳴門教育大学准教授麻生多聞

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026 C 「第 3 段階で得られた仮の結論が変更されること は稀なの」 T 「でもさ、行為者の年齢とか主観的事情は、もっ と大きな影響力を有していそうじゃない ? 」 C 「そうではないの。死刑選択が問題となる事案に おいては、その犯罪の重大性ゆえに犯罪行為および 結果が重視されるからよ。ただし、行為者の年齢や 主観的事情は、 ( e ) 殺害の計画性の判断等を通じて死 刑選択に間接的に大きな影響を及ばすことがある わ。例えば、犯行当時少年の被告人がひどい虐待を 幼少期から受け続けていたこともあって、精神的に 未成熟で、犯行の計画なく 2 名の被害者を衝動的に 殺害した事例を考えてみて。この場合、被告人の年 齢や主観的事情、さらには精神的に未成熟であるこ とが端的に考慮されて死刑が回避されるわけではな くて、殺害の計画性がないから、犯罪行為や結果の 罪責が比較的小さいとされるために 9 、死刑が回避 されることになるわけよ」 の光市事件第一次上告審判決による厳罰化 ? T 「今まで見てきた死刑の基準については、『光市 事件第一次上告審判決 ( 光市判決 ) 10 ) によって死刑選 択のために必要な罪責の量が従来よりも小さくされ て、より死刑が選択されやすくなった』とする見方 があるけど」 C 「光市事件は、前科前歴のない犯行当時 18 歳の少 年によって同一の機会に母子 2 名が殺害された事件 よ。強姦の計画性は認められたけれど、殺害の計画 性は認定されなかったの。だから、死刑の基準の構 造によれば、第 3 段階において考慮される ( f ) 性被害 は存在するけれど、 ( b ) 殺害を伴う前科はなくて、 (c) 殺害の非一回性も認められす、さらに ( e ) 殺害の計画 性がないから、死刑が回避されるはずだったの。 の結論は、仮に被告人が犯行当時成人であったとし ても、変わらないはずよ」 T 「ところが、第一次上告審判決は、無期懲役の判 断を是認した控訴審判決を破棄して、差戻したんだ よね。死刑選択は厳罰化したのかなあ」 C 「でも、最高裁が判例変更を行う際には、大法廷 で判断を行うことが求められているけれど ( 裁判所 法 10 条 3 号参照 ) 、光市判決は大法廷で判例変更の手 続を履践したわけではないの。だから、永山基準が 変更されたとはいえないわ」 T 「あれ ? ! 死刑に関してなされたこれまでの破棄 差戻判決は全て刑集に登載されてきたのに l) 、光市 判決は最高裁判所刑事判例集 ( 刑集 ) ではなくて、 最高裁判所裁判集刑事 ( 裁判集刑 ) に登載されるに 留まっているんだね」 C 「この判決が死刑の基準を変更して厳罰化したん だったら、刑集に登載されたはすよ。最高裁の編集 委員会は、光市判決を例外的な判断に押し留めよう としたいんじゃないかしら」 T 「死刑の基準が厳罰化したんだったら、控訴審ま でで無期懲役とされた判決が次々と破棄されている はずだけど」 C 「死刑の基準に関する判例違反を主張して検察官 によりなされた上告は光市判決の後の 15 件全てで棄 却されているの 12 。 15 件の中には、被告人の罪責が 光市事件よりも明らかに大きい事件もあるわ」 T 「光市事件の被告人が死刑とされる一方で、光市 事件の被告人よりも罪責が大きい被告人が無期懲役 とされていることを最も説得的に説明しようとする と、光市事件の判断が永山基準から逸脱した例外的 なものであったと位置付けるほかなさそうだね」 C 「永山事件で確立された死刑の基準の構造は今も なお維持されていると考えるべきなのよ」 永田「その通り」 T 「あっ、永田教授 ! 法学セミナーの読者のみな さんにしつかり説明しておきましたよ」 永田「ありがとう、助かるよ」 C 「いいですよ、原稿料は私たちが全部もらいます から ! 」 【参考文献】 拙著「死刑選択基準の研究』 ( 関西大学出版部、 2010 ) 同「わかりやすい刑罰のはなし一一死刑・懲役・罰金』 ( 関 西大学出版部、 2012 年 ) 同「最高裁において昭和 40 年代に確定した死刑判決の動向」 関法 62 巻 4 = 5 号 ( 2013 年 ) 35 頁以下。 同「永山基準の定立に向けた道程ーーー最高裁において昭和 50 年代に確定した死刑判決の動向」関法 64 巻 3 = 4 号 ( 2014 年 ) 159 頁以下。 1 ) 最決平 27 年 2 月 3 日裁時 1621 号 1 頁。 2 ) 最判昭 58 年 7 月 8 日刑集 37 巻 6 号 609 頁。 3 ) 才ロ千晴裁判官も、刑訴法 411 条 2 号による破棄を相 当とする反対意見の中で、「現在、死刑の選択は、その 選択の判断上重要な量刑要素と判断方法の一般的基準を 判示した永山判決・・・・・・をよすがとして、多くの先輩や現 役裁判官が判決の集積と敷衍により最高裁判所判決の明

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100 LAW CLASS 法学セミナー 2016 / 01 / n0732 立場にあるかを真っ先に検討する必要がある ( 結果 が不可能であれば、結果回避措置を義務づける意味 回避義務の主体性 ) 。なぜなら、結果の惹起に何らか がなくなる。 の形で関与した者がすべて結果回避義務を負うべき 第 4 に、信頼の原則が適用されないことが必要で 立場にあるとは限らないからである。 ある ( 信頼の原則 ) 。予見可能性と結果回避可能性が たしかに、作為により結果を惹起した者 ( 過失作 認められれば、通常は、結果回避義務は肯定される。 為犯 ) は、自ら危険がないところに危険を創り出し しかし、「被害者あるいは第三者の適切な行動を信 ( あるいは危険を物理的に増加させて ) 結果へと向か 頼するのが相当な場合」には、たとえその被害者あ う因果の流れを設定しているのであるから、常に結 るいは第三者の不適切な行動によって結果が発生し 果回避義務を負うべき立場にあるといえる。 たとしても、それに対して行為者に刑事責任を負わ せるのは妥当でない。そこで、他者の適切な行動を これに対し、不作為により結果の実現を阻止しな かった者 ( 過失不作為犯 ) は、既存の危険が実現し 信頼することが相当な場合は、結果回避措置を義務 てしまうのを阻止しなかっただけであり、阻止しな づけることができないのである。例えば、【間題 1 】 かった者は複数存在する場合が多いので、その中の は信頼の原則が適用される典型例で、青信号に従っ 誰に結果回避義務を負わせるべきかを検討しなけれ て直進する甲としては、 V が赤信号に従って停止す ばならない。この作業は、捜査段階では被疑者の特 ることを信頼することが相当であるから、甲に結果 定の問題であり、公判段階では被告人に結果回避義 回避義務は認められない。 務を負うべき立場にあるか、言い換えれば、保障人 こうして、被告人 ( 被疑者 ) に結果回避義務が否 的地位 ( 基本刑法 190 頁参照 ) が認められるかの問 定されるのは、被告人 ( 被疑者 ) が結果回避義務の 題である。したがって、不真正不作為犯における「作 主体とはいえない場合、予見可能性が認められない 為義務」が認められるか ( 保障人的地位が認められる 場合、結果回避可能性が認められない場合、信頼の か ) の判断をし、作為義務 ( 保障人的地位 ) が認め 原則が適用された場合 ( 信頼が相当であるといえる場 られた者だけが結果回避義務の主体となりうるので 合 ) のいずれかである。 ある。もし、作為義務 ( 保障人的地位 ) が否定され 【「必要な注意」の判断基準】 た場合は、当該被告人 ( 被疑者 ) には結果回避義務 ①結果回避義務の主体 ②予見可能性 が認められないことになる。 ③結果回避可能性 ④信頼の原則 第 2 に、結果の発生が予見可能であることが必要 つ結果回避義務 である ( 予見可能性 ) 。なぜなら、義務は可能を前提 逆に、結果回避義務が肯定されるのは、上図の①、 とするから、結果を予見することができないのに結 果回避措置をとることを法的に義務づけることはで ②、③、④の判断基準をすべて満たした場合である。 このうち、①を検討するのは過失行為が不作為の場 きないからである。 なお、注意義務には結果予見義務と結果回避義務 合だけであり、④を検討するのは行為者カ他者の適 があるが、結果予見義務違反とは、結果の予見が可 切な行動を信頼していた場合に限られる。したがっ 能であるにもかかわらず結果を予見しなかったこと て、どのような事例であっても必ず検討しなければ ならないのは②と③である。そこで、過失犯の事例 を意味し、予見可能性がありながら予見義務が否定 問題を解決する際には、②と③については、規範定 されることはないので、予見可能性とは別に結果予 見義務を独立の要件として持ち出す実益は特にない。 立も含めてしつかり説明することが肝要である。 第 3 に、結果を回避することができることが必要 [ 3 ] 段階的過失事例の処理方法 1 人の行為者に時間的に異なる時点で複数の不注 である ( 結果回避可能性 ) 。なぜなら、結果が予見可 意な行為が存在する場合がある。これを段階的過失 能であっても、その結果を回避することができない 場合には、当該結果回避措置をとることを法的に義 の問題という ( 基本刑法 1 158 頁以下参照 ) 。 務づけることはできないからである。刑法は、結果 の回避が可能であるからこそ、行動の自由を制限し てまでも法的義務を課すのであるから、結果の回避 【間題 4 】 A 病院の医師 B は、高齢で発熱が続く入院患

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024 て、被告人の罪責の量を評価して、刑罰を科してい C 「被殺者通算 2 名事例は、今回の事件の被殺者が るの」 1 名であっても、死刑とするのが慣行になっている T 「なるほど、死刑選択が検討される場面において わ。犯罪傾向の深化が特に看取されやすいからよ」 は、被告人の罪責の量が被告人の生命に相応するほ T 「その次の ( c ) 殺害の非一回性は永山基準が挙げて ど大きいといえるのか否かが問われるんだね」 いない因子だね。複数の被害者が殺害される事例に C 「とはいえ、被殺者が 1 名であったとしても、死 は、複数の被害者が同一の機会に殺害される場合と、 刑選択が必ずしも回避されているわけではないの」 異なる機会に殺害される場合があるけれど、後者の 場合のことだね」 [ 3 ] 第 3 段階 C 「複数の被害者を異なる機会に殺害した事例のほ うが、複数の被害者を同一の機会に殺害した事例に C 「第 3 段階では、死刑選択の判断に当たって影響 力の大きい、犯罪行為および結果に関係する 6 つの 比べて死刑になりやすいわ。だって、規範の壁を複 因子を考慮して、仮の結論を得ることになるわ。 数回乗り越える点で犯罪傾向が強く看取されるから れから 6 つの因子を ( a ト ( f ) の順番で見ていきましょ よ」 う」 T 「逆に、 2 名の被害者を同一の機会に殺害した事 T 「この段階では、裁判所が『主観的事情』と呼ん 例では、罪責を相当大きくする別の因子が存在する できた被告人の生育歴や反省等の被告人に関連する 場合に限って、死刑になるんだね」 因子を考慮しないんだね」 C 「 ( d ) 共犯における主導性も、永山基準が挙げる因 C 「死刑選択の判断をするような事件は、犯罪が重 子ではないわ。いわゆる主犯格の場合ね。共犯事例 大で、主観的事情が及ばす力が弱いからじゃないか において、主導性が認められる場合、極めて死刑に なりやすい傾向があるの。主導性まで認められなく しら」 T 「ます、 ( a ) 犯行の罪質・目的について見てみよう」 とも、共犯者と対等と評価された場合や、犯行にお C 「裁判所が特に悪質であると考えてきたのは、身 いて重要な役割を担っていたとされた場合も死刑と 代金目的と保険金目的の場合よ。これらの目的の場 されやすいわ」 合、たとえ被殺者が 1 名であっても、死刑とされる T 「逆に、共犯者に対して従属的立場にある場合、 傾向が極めて強いの」 死刑はほば回避されるんだね」 T 「それ以外の目的の場合、例えば強盗等のその他 C 「 ( e ) 殺害の計画性も永山基準が摘示する因子では の利欲目的や性的目的の場合はどう ? 」 ないの。被殺者が 2 名の場合、殺害の計画性が高い C 「一般に被殺者が 2 名以上であって、後で分析す ときや、その計画性を基礎に用意が周到に準備され る ( b ) ~ ( f ) の加重因子があるときに、死刑が選択され ているときには、死刑となりやすいわ。逆に、被殺 る傾向があるわ」 者が 2 名以下の事案で、殺害の計画性がないときに T 「愛憎や怨恨を晴らすことが目的の場合、犯罪と は、死刑が回避されやすいの」 いう手段をとったことは不当だけど、自己の利益を T 「『計画性があろうがなかろうが、計画性が高か 追求しようとしたといえないことも多いから、利欲 ろうが低かろうが、死の結果は同様であるから計画 目的等の場合と比べれば、その罪責が大きいとは評 性を重視することは妥当でない』という批判が考え られそうだけど」 価されにくく、死刑がやや選択されにくいんだね」 C 「現行法は死の結果だけで罪責を判断するわけで C 「次に、 ( b ) 殺害を伴う前科があり、今回の事件で はないでしよ。罪責の量を決めるに当たっては、行 も殺害した場合、極めて死刑となりやすいの。犯罪 為者の主観も重要な判断資料となるはずよ」 をしやすい傾向がより深まっているといえるから T 「故意犯と過失犯の法定刑が異なるのはそのため だね 6 ) 」 T 「その中でも特に悪質なのは、 1 名を殺害したこ C 「そのことを敷衍して考えれば、同じ故意犯の中 とによって無期懲役に処されて服役し、仮出獄また でも、計画性、特に殺害の計画性の有無や程度によ は仮釈放後に再び 1 名を殺害した場合 ( 被殺者通算 2 名事例 ) だよね 5 ) 」 って罪責が異なることになるから、計画性が高い場

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022 死刑の基準 永山基準は葬り去られたのか 法学セミナー 2016 / 01 / n0732 関西大学教授 永田憲史 に上告された事件で、①裁判例の集積から死刑の選 の裁判員裁判時代に死刑の基準を考える意義 択上考慮されるべき要素及び各要素に与えられた重 みの程度・根拠を検討しておくこと、②評議に際し 学生 C と T は、図書館の「ラーニング・コモンズ」 という議論ができるスペースで出会った。 ては、その検討結果を裁判体の共通認識とし、それ を出発点として議論することが不可欠であるとして C 「こんにちは」 いるわ 1 ) 」 T 「今日は何をしているの ? 」 T 「死刑という究極の刑罰に関する量刑だから、公 C 「死刑の基準について調べているのよ」 平性がとりわけ重要なキーワードになるんだね」 T 「裁判員裁判では、国民の感覚の反映が重要だか ら、統一的な基準を考察することに意味があるのか の永山事件第一次上告審判決 なあ ? 」 C 「たしかに、量刑判断は国民の感覚をある程度反 T 「ところで、死刑になるかならないかの基準は、 映したものでなければならないわ。でも、『国民の どうなっているの ? 」 感覚の反映』は、裁判員法 1 条が掲げる目的には含 C 「実は、日本では、死刑の基準だけでなく、一般 的な量刑基準についてすら規定がないの」 まれていないの。裁判体ごとに裁判員の判断基準が T 「だったら、先例を分析することによって具体化 バラバラであれば、同種の事案に対する量刑のばら っきが大きくなってしまって、量刑が『籤引き化』 するほかないね」 や『ギャンプル化』してしまうわ」 C 「死刑の基準に関するリーディングケースは、犯 行当時 19 歳の少年が米軍基地から盗み出した拳銃で T 「そうなると、被告人にとって不適切に有利に働 相次いで 4 名を射殺した永山事件の第一次上告審判 いたり、逆に不適切に不利に働いたりしてしまうこ 決 ( 永山判決 ) よ 2 。この判決が示した基準は、永 とになるね。それでは、被害者にとっても不公平感 山基準と呼ばれているわ」 を与えることになるし、刑事司法に対する国民の信 頼も失われてしまうわけだ」 「死刑制度を存置する現行法制の下では、犯行 C 「『司法に対する国民の理解の増進とその信頼の の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執 向上に資する』ことを目指す裁判員法 1 条の趣旨に 拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された 合致しないことになるわ。そして、実体的デュー 被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯 プロセス ( 適正処罰の原則 ) を大きく害することに 人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を もなってしまう」 併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であっ T 「だから、国民の感覚を反映させて死刑の基準を て、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地か 変更するとしても、まずは従来の基準を正確に把握 らも極刑がやむをえないと認められる場合に することが必要となるんだね」 は、死刑の選択も許されるものといわなければ C 「最高裁も、裁判員裁判において死刑判決が言い ならない。」 渡されたけれど、控訴審で同判決が破棄されたため

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LAW JOURNALI ロー・ジャーナル である情報開示請求を内閣官房と外務省担当部局に 対して行い、関連して関係部局とやり取りした。結 果は、内閣官房が文書「不存在」で外務省が一部不 存在。請求内容からして、従来なら黒塗りして出さ れた可能性が高い。 これに対して判決は「特定秘密が指定されたこと による直接の影響といえるのかどうかは、必ずしも 明らかとは言えない」とし、秘密保護法によって取 材が頓挫したことを全面的に否定してはいない。 一方、寺澤氏への尋問も興味深かった。安保関連 法案が閣議決定された直後の 5 月、自衛隊員を取材 したところ「隊員家族連絡カード」が配付されてい ることがわかった。同居家族から親、兄弟、知人ま で細かく携帯電話、メールアドレスなどを記入させ るもので「何かあったときのため」に配付されたと のことだった。明らかに戦死を想定している。 それまで、その自衛隊員の手引きによって寺澤氏 は施設内に入って証拠を固めスクープ記事を書くな ど、実に協力的な人物だったが、家族連絡カードに 関しては、「秘密保護法の関係で何も言えない」と いうのを説得して見せてもらったという。しかも、 発表しないという約東で。従来なら簡単にコピーを くれた人物であり、明らかに秘密保護法の影響だ また寺澤氏は、栃木県小山市で起きた、警察官舎 の真ん前にある朝鮮総連元幹部で資産家宅に白昼約 10 人が強盗に入ったという事件について供述した。 押し入った 10 人は逮捕された。この事件では、マッ ダとなのる人物が一連の細かな手筈をととのえたの だが、このマッダは遺留品がたくさん積み込まれた 車を家の外にわざわざ証拠として残して、こっ然と 姿を消した。警察の捜査対象にもなっていない。 マッダは、公安警察・公安 OB ・スパイのいずれ かであり、寺澤氏としては彼を探さなくてはならな いのだが、当然この人物の存在は特定秘密になって いるはず、と寺澤氏は法廷で供述した。これらにつ いて判決ではどうか。 「自衛隊員が特定の書面に関する取材に対して消 極的となったこと、公安警察が関係する刑事事件に ついての取材が困難となったこと ( 中略 ) 同供述に よっても ( 中略 ) 仮にそのような事象が発生してい るとしても、単に、取材対象者が、取材拒否の方便 として特定秘密保護法の存在を持ち出しているだけ であるとも解されるところ」となっているのである。 ( はやし・まさあき ) 1 ) 法学セミナー 716 号 ( 2014 年 ) 1 頁参昭 控訴審ではこの点も追及したい。 とは、訴訟提起した、・負の成果 " と捉えることもでき、 ともできる」と裁判所を通して国の言質をとったこ 「秘密保護法を利用してフリーランスを弾圧するこ と認めらないこともある、と明言したからである。 判断により、原告の大半が「報道の業務に携わる者」 きわめて重大な回答だ。なせなら、権力の恣意的 う者」に当たるか否かを判断することができない」 を職業その他社会生活上の地位に基づき継続して行 ことや、これに基づいて意見又は見解を述べること 定かっ多数の者に対して客観的事実として知らせる 対する回答書」を出してきた。その内容は、「「不特 しばらく経った 6 月 3 日付で、国は「求釈明書に も国は回答を避けた。 に当たるのかを重ねて追及した。しかし、またして の自由が確保されている「フリーのジャーナリスト」 は、原告代理人の山下幸夫弁護士が、原告らは報道 そこで 15 年 3 月 12 日に行われた第 5 回口頭弁論で ところが国は、いっこうに答えようとしなかった。 被告・国に対して「求釈明書」を送った。 ることがないか被告の国に確認するため、たとえば 認められ、秘密保護法によってその活動が妨害され 当然のことながら、原告は、自らが報道従事者と 今度の裁判で、真っ赤な嘘だとわかった。 リーランスも報道従事者とみなす、と発言したが、 られるのか。法律制定時の森まさこ担当大臣は、フ はたして、フリーランスは「報道従事者」と認め 為とされている。 業務に従事する者の取材行為は正当な業務による行 分配慮しなければならない」とし、出版又は報道の の知る権利を保障に資する報道又は取材の自由に十 自由が確保されるかどうかだ。同法の 22 条は「国民 裁判の争点の一つは、フリーランスの取材報道の 4 フリーランスは報道従事者と認めない国 を積み上げていく。 控訴審ではさらに秘密保護法による被害の具体例 ね」と言って取材しようと原告らは息巻いている。 否の方便として特定秘密保護法を持ち出しています 実に興味深い一節で、今後何かあったら「取材拒 005

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017 2 巻 3 号 191 頁 ) 。 博士「憲法は死刑の存在を認め、その時代と環境に おいて人道の見地に照らして、残虐とは言えない方 法で行われるなら、死刑が憲法に違反するとまでは は言えないと言っているのじゃ。 ただし、この判決には 4 人の裁判官 ( 島保、藤田 八郎、岩松三郎、河村又介 ) の補足意見があって、「あ る刑罰が残虐であるかどうかの判断は国民感情によ って定まる問題である」。日本が国家として、「文化 が高度に発達して正義と秩序を基調とする平和的社 会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による 犯罪の防止を必要と感じない時代に達したならば、 死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定さ れるにちがいない」と期待を述べている。別の 1 人 裁判官 ( 井上登 ) も、「もし死刑を必要としない、 もしくは国民全体の感情が死刑を忍び得ないと云う ようなときが来れば国会は進んで死刑の条文を廃止 するであろうし、また、条文は残っていても事実上 裁判官が死刑を選択しないであろう」。「今でも誰れ も好んで死刑を言渡すものはない」と言っておる。 敗戦直後の荒れた世相の中で、日本が復興し、い っか文化的な国家になれば、死刑を廃止できる。誰 も、好きこのんで死刑を言渡し、執行しているわけ ではないと言っておったんじゃ」 翔太・亜梨沙 [ 3 ] 死刑の基準 どういう基準で死刑かどうかを決めればい いんですか ? 亜梨沙「有罪だというのは明らかだとして、それじ や、どういう基準で死刑か、それ以外の刑罰かを決 めればいいんですか ? 」 博士「それについては、最高裁が配慮すべきことを 示している。『永山基準』というのじゃが・ 事件は、 1968 ( 昭和 43 ) 年の 10 月から 11 月の 1 か 月の間に起きた。横須賀の米軍基地から盗んだカー ビン銃を使って、東京と京都ではガードマン、函館 と名古屋ではタクシー運転手を立て続けに 4 人射殺 して金を盗むという事件が発生した。被疑者は翌年 ( 1969 年 ) 4 月に専門学校に侵入しようとして発見 され、逮捕された。被疑者は、青森から集団就職で [ 特集引死刑の論点 上京した「赤貧洗う」が如き状況の中で育った 19 歳 の少年だった。一審は死刑だったが、二審の東京高 裁では無期懲役、最高裁が高裁の無期判決を破棄し、 差戻し審の高裁では死刑、上告棄却で死刑が確定し た。 この事件で最高裁は、 1983 年 7 月、つぎのような 死刑基準を示した。「死刑制度を存置する現行法制 の下では、犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手 段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害 された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、 犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併 せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪 刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑が やむをえないと認められる場合には、死刑の選択も 許されるものといわなければならない」 ( 最二小判 1983 〔昭和 58 〕年 7 月 8 日刑集 37 巻 6 号 609 頁 ) と判示 した。 博士「裁判員になったら、裁判官と一緒に永山基準 で示されたような要素を検討し、被告人の責任の重 大性や罪と刑のバランスを考え、死刑は究極の刑罰 だけれど、この事件に死刑を科さないと重大な犯罪 が予防できなくなるのでやむを得ないと考えたら、 死刑を言い渡すことも許されると言うんだ」 翔太「随分いろいろなことを考えなければいけない んですね」 亜梨沙「ますます気が重くなってきた」 [ 4 ] 死刑の執行方法 絞首は、人道上許されるか ? 博士「敗戦から 10 年。サンフランシスコ講和条約締 結の前年の 1955 ( 昭和 30 ) 年、絞首という方法が、 本当に残虐でないかが最高裁で争われたんじゃ」 最高裁は、死刑の執行方法が「人道上の見地から 特に残虐性を有すると認められないかぎり、死刑そ のものをもって直ちに一般に憲法 36 条にいわゆる残 虐な刑罰に当るといえない」というすでに述べた 1948 年の大法廷判決を引いたトで、現在、諸外国に おいて採用されている「死刑執行方法は、絞殺、斬 殺、銃殺、電気殺、瓦斯殺等である」。これらには ー長一短があるけれど、日本の採用している「絞首 方法が他の方法に比して特に人道上残虐であるとす

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004 JOURNAL LAW JOURNAL ロー・ジャーナル ロー・ジャーナル 法学セミナー 2016 / 01 / no. 732 1 具体的被害を認めなかった判決 特定秘密保護法 ( 以下、秘密保護法 ) の違憲・無 効確認を求めてフリーランス表現者 43 人が提起した 裁判で 11 月 18 日、東京地方裁判所の谷口豊裁判長は、 無効確認を求める部分を却下した。主な理由は、同 法によって原告らが具体的な被害を受けているとま ではいえない、ということである。原告の大半は控 訴した。 予想された判決とその理由だが、原告のひとりで ある筆者は、やはり訴訟提起した意義があったと確 信する。広汎な人が同法の犠牲者になる可能性があ るので、誰が違憲訴訟を起こしてもおかしくはない し、新聞社やテレビ局の企業内ジャーナリストが起 こすことも考えられる。しかし本訴訟は、ジャーナ リスト、ルボライター、映画監督、編集者、などフ リーランスの表現者たちが提起した 1 第一の理由は、記者クラブを通して権力が情報コ ントロールできるため、秘密保護法の影響を受けや すいのはフリーランスであること。第二の理由は、 日本の裁判所は、法律が憲法違反だと訴えても退け るのが常で、逮捕されたり業務が妨害されるなど " 具 体的な被害 " が生じて初めて憲法とも照らし合わせ ましよ、という態度だからだ。だからフリーランス 表現者の業務が秘密保護法によって妨害されている と主張しようと原告らは裁判に臨んだ。 しかし今回の地裁判決は従来通りだった。早急に 憲法裁判所設置の立法が必要だろう。 2 実質的施行を遅らせた効果 ? 秘密保護法違憲訴訟を起こそうとしたとき、どだ い無理な話であり、判決によっては秘密保護法にお 墨付きを与えかねない、と反対する声もかなりあっ た。極端な話「合憲」かそれに近い判決を出すこと も可能だったが、そこまでには至らなかったのは幸 いともいえるだろう。 フリーランス表現者 43 人による 特定秘密保護法違憲訴訟 ー東京地裁判決 2015 年 11 月 18 日 ジャーナリスト 林克明 そのため筆者は、誰にでもできる「正当な手法」 と大変ですよ、という威嚇に感じた。 まれている」旨を相次いで発言。これは下手に触る 要職につく人たちが、「この事件には特定秘密が含 例を供述した。岸田外相、安倍首相、菅官房長官ら ム国」による邦人人質の真相を取材しようと試みた が、 15 年 1 ~ 2 月にかけて大問題となった「イスラ 代表して筆者と寺澤有氏が尋問された。まず筆者 尋問である。 イマックスは今年 6 月 3 日に実施された、原告本人 とを証明し主張しなければならなかった。そのクラ 法によって仕事 ( 取材 ) がやりにくくなっているこ 法判断を直接行うかわからなかったので、秘密保護 象的とされた負の側面はどうだろうか。裁判所は憲 では、具体的な被害を認めず、私たちの訴えが抽 3 邦人人質事件と戦死想定の自衛隊家族カード 正の側面もあるのだ。 的被害がないと私たち原告の請求を却下したのは、 「刑事訴追等の不利益を被ったわけでもなく」具体 秘密保護法違憲訴訟を提起した経緯がある。だから、 施行を遅らせたとの見方もできる。これにならって めて警察が盗聴を実施した。提訴によって実質的な 中は盗聴法による盗聴は一件もなく、 02 年 1 月に初 月 11 日に違憲確認差し止め請求訴訟を起こし、係争 リスト ) が、盗聴法が施行される 4 日前の 2000 年 8 号でも述べたが、原告の一人の寺澤有氏 ( ジャーナ とも私たちの目的のひとつだった。本誌 2014 年 9 月 行を先送りさせ「刑事訴追等」の被害を出さないこ 実は、訴訟を起こすことによって実質的な法の施 ぎない」と判決理由が示された。 未だ具体的な紛争を前提としない抽象的なものに過 状況を前提とするものではなく ( 中略 ) その主張は 等 ) が原告らに対して現実的に発動されている等の て「同法に規定されている不利益処分等 ( 刑事訴追 そして原告が利益を害されているとの主張に対し