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検索対象: 法学セミナー2016年02月号
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1. 法学セミナー2016年02月号

080 法学セミナー 2016 / 02 / n0733 LAW CLASS 者だけでなく、自車の同乗者、さらには、歩行者、 他の車両の運転者およびその同乗者等に対する死傷 結果惹起の予見である。そうだとすると、本件にお ける結果回避義務を動機づけるという目的のために は、同乗者 A や後部荷台の B ・ C の死という具体的 結果は「道路交通に関与する者一般の死」というレ ベルまで抽象化することが可能となる。したがって、 B ・ C が自車の後部荷台に乗車している事実を認識 していなかったとしても結果の予見可能性は肯定さ れる。 したがって、【間題 6 】の甲には、 A に対する過 失運転致傷罪、 B に対する過失運転致死罪、 C に対 する過失運転致死罪が成立し、 1 個の行為によるの で観念的競合 ( 54 条 1 項前段 ) となる。 * これに対し、予見可能性を、具体的結果を主観的に帰 属させるための責任要件と考える立場 ( 予見可能性の主観 的帰責機能〔第 4 講 98 頁〕を重視する立場 ) によれば、責 任判断は、現実の不法 ( 現実に発生した結果 ) について行 為者の意思決定を非難できるか否かを検討するものである から、個別・具体的結果の予見可能性が必要であるとされ る。被告人の行為は B ・ C の生命を侵害したから違法なの であり、この違法な事実について被告人を非難するために は、当該具体的結果と行為者の意思との結びつきが必要で あり、そのためには B ・ C の死亡が予見可能であることが 前提となる。このような立場からは、結果を「道路交通に 関与する者一般の死」まで抽象化することは事案の個別性 を捨象するものであって妥当でないとされる。 【間題 7 】 トラックの運転手甲は、助手席に A 、後部荷 台に B および C が同乗しているトラックを運転 中、交差点で一時停止をした後、周囲に人や車 がいないのを確認した上、信号に従って同車を 発進させた。その際、後部荷台に同乗していた 2 名がたまたま立ち上がろうとしてバランスを 崩し、同車から落下して B ・ C 共に死亡した。 甲は、助手席に同乗者 A がいることは認識して いたが、後部荷台に同乗者がいることは全く認 識しておらず、認識可能性もなかった。なお、 甲は、発進の際、助手席の同乗者 A に衝撃を与 えないように十分気をつけていたものであり、 実際に A は衝撃を受けず、被害もなかった。甲 の罪責を論じなさい。 【間題 7 】は、平成 18 年度司法試験短答式試験の 第 13 問の事例の一部に若干の修正をほどこしたもの である。【間題 6 】と同様、後部荷台に無断で同乗 していた者が死亡した事案であるが、結果回避義務 の内容が異なればそれに応じて予見可能性の対象も 異なるので、【間題 7 】では「道路交通に関与する 者一般の死」が予見可能であれば予見可能性が認め られるわけではない。なぜなら、甲は、一時停止の 後の発進の際、助手席の同乗者 A に衝撃を与えない ように十分気をつけていたのであるから、同乗者は もとより、歩行者、他の車両の運転者およびその同 乗者等に死傷結果が発生することは予見不可能であ る。 甲の行為の危険は、後部荷台に無断で同乗した者 にのみ及ぶ場合であるから、結果回避義務も後部荷 台の無断同乗者の死亡結果を回避すべき注意義務と いう形で特定され、したがって、予見可能性の対象 も「後部荷台の無断同乗者の死」になる。そうだと すると、後部荷台に同乗者がいることについて認識 可能性がなかった以上、 B および C の死亡結果は予 見不可能であるから、甲に過失運転致死罪は成立し ない。 結局、判例実務の立場からは、予見可能性の対象 は、同一の結果回避措置を導き出しうる範囲の類型 的事実にまで抽象化されることになる。 [ 2 ] 列車脱線転覆事件 【間題 8 】福知山線列車脱線転覆事件 JR 西日本福知山線の快速列車 ( 7 両編成 ) を 運転していた運転士が、適切な制動措置をとら ないまま制限速度である時速 70km を大幅に超過 し転覆限界速度をも超える時速約 115km の速度 で曲線 ( 半径約 300m のカーブ ) に進入させたた め、同列車が脱線・転覆し多数の乗客が死傷し た。鉄道業界では、危険性が高い曲線に対して、 列車を自動的に減速・停止させる機能を有する ATS ( 自動列車停止装置 ) を整備する必要があ ることが認識され、当時、法令上設置義務はな かったものの、現に JR 西日本においても半径 450m 未満の曲線に ATS を順次整備し、当該曲 線にも ATS を設置することを決定していたが工 事は間に今や。 ? たなお、 JR 西日本管内

2. 法学セミナー2016年02月号

応用刑法 I ー総論 077 行させているものとみるべきではない」「取締役と しては、取締役会において代表取締役を選任し、 れに適正な防火管理業務を執行することができる権 限を与えた以上は、代表取締役に右業務の遂行を期 待することができないなどの特別の事情のない限 り、代表取締役の不適正な業務執行から生じた死傷 の結果について過失責任を問われることはない」と 判示した。 これは、防火管理の地位・権限をもっているのは 代表取締役であり、平取締役にはそのような地位・ 権限がないので、乙は危険源を管理・支配する者で はなく、作為義務が認められないことから結果回避 義務を負うべき立場にはないことを示したものとい える ( 主体性の否定 ) 。このように、乙が結果回避義 務を負う主体といえない以上、 ( 予見可能性や結果回 避可能性等を検討するまでもなく ) 乙に取締役会の構 成員の一員として取締役会の決議を促して消防計画 の作成等をすべき注意義務はそもそもないし、社長 甲に対し意見を具申すべき注意義務もない。 もっとも、取締役は、会社に対して、代表取締役 の業務執行一般を監視し、必要があれば取締役会を 通じて業務執行が適正に行われるようにする職責を 有しているが、甲社長において適正な防火管理業務 を遂行する能力に欠けていたとか、長期不在等のた め業務を遂行することができない状況にあったな ど、代表取締役の適切な業務の遂行を期待すること ができない特別な事情がない以上、防火管理に関す る結果回避義務の主体とはなりえない。したがって、 【間題 5 】の乙に業務上過失致死傷罪は成立しない。 予見可能性はどのような基準で 判断するのか 結果回避義務の主体性に問題がないとなると、結 果回避義務が認められるかを検討するにあたって重 要なポイントは予見可能性の有無である。結果発生 が予見不可能な者に結果回避措置を義務づけること はできないからである。 判例実務の立場から予見可能性を判断するにあた っては、「何を」 ( 対象 ) 、「誰を基準に」 ( 判断基準 ) 、 「どの程度」 ( 抽象化の程度 ) 予見できることが必要 であるのかを理解しておかなければならない。 [ 1 ] 予見可能性の対象 点で下級審裁判例の判断枠組みと実質的に異なると とされており、具体的結果の予見可能性を要求する 程度抽象化された因果経過が予見可能であればよい を細部にわたって逐一予見できる必要はなく、ある 必要があるものの、現実の結果発生に至る因果経過 としての因果経過は、ある程度具体的なものである という用語を積極的に用いていないが、予見の対象 他方、最高裁判例は、「因果関係の基本的部分」 の「基本的部分」が予見可能であればよいのである。 経過は、その細部を予見可能である必要はなく、そ を判断する必要がある。ただ、結果発生に至る因果 のものとして捉え、「具体的な結果」の予見可能性 別々に検討するのではなく、結果と因果関係を一体 って、結果の予見可能性と因果関係の予見可能性を の予見可能性を論することは無意味である。したが ら、特定の因果経路と切り離された「抽象的な結果」 果は特定の因果経路を経て発生するものであるか となるような事実をいう。具体的事案において、結 識可能であれば結果 ( いわば最終結果 ) が予見可能 中に存在する事実 ( いわば中間結果 ) で、それが認 生に至る因果関係の基本的部分」とは、因果経過の て予見可能性を要求したものではない。「結果の発 る因果関係の基本的部分」という別個の対象に対し は、「特定の構成要件的結果」と「結果の発生に至 果の発生に至る因果関係の基本的部分」という基準 の判決が示した「特定の構成要件的結果及びその結 予見可能性の有無を判断しているといってよい。 その後の下級審裁判例の大勢もこの基準によって ものといえる。 要であるという立場 ( 具体的予見可能性説 ) に立つ 基本的部分」を挙げており、具体的予見可能性が必 成要件的結果及びその結果の発生に至る因果関係の するとともに、予見可能性の対象として「特定の構 決は、予見可能性に関する危惧感説を明示的に否定 するものと解すべきである」とされている。この判 果の発生に至る因果関係の基本的部分の予見を意味 程度では足りず、特定の構成要件的結果及びその結 しない一般的・抽象的な危惧感ないし不安感を抱く それによれば、「結果発生の予見とは、内容の特定 ( 札幌高判昭 51 ・ 3 ・ 18 高刑集 29 巻 1 号 78 頁 ) がある。 表的な裁判例として北大電気メス事件控訴審判決 裁判実務における予見可能性の考え方を示した代

3. 法学セミナー2016年02月号

078 法学セミナー 2016 / 02 / n0733 ころはないといってよい。 LAW CLASS こうして、判例において、予見可能性の対象は、 結果の発生に至る因果経過を含めて現に生じた結果 ( 具体的結果 ) であり、それを離れた単なる抽象的な 結果で足りるわけではない。なぜなら、予見可能性 は、行為の一般的・抽象的危険性の有無を判断する ためのものではないからである。 例えば、自動車を運転中、前方注視を怠ったが、 その際自殺のために進路前方に飛び込んだ被害者を ひいて死亡させたという事例において、前方注視を 怠れば死傷結果を発生させることは一般的・抽象的 には予見可能であるが、自殺のために進路に飛び込 んできたために衝突したという因果経過までは予見 できないから現に生じた具体的結果は予見不可能で あるため過失運転致死罪 ( 自動車運転死傷行為処罰法 5 条 ) は成立しない。 [ 2 ] 予見可能性の判断基準 判例実務において、予見可能性の有無は、当該行 為者が置かれた具体的状況と同様の状況に置かれた 通常人を基準として判断すべきものとされている ( 前掲・札幌高判昭 51 ・ 3 ・ 18 ) 。ここでいう「通常人」 というのは、社会一般の通常人 ( 一般人 ) という意 味ではなく、行為者と同じ立場にある通常人を意味 する。例えば、医療過誤事件においては、専門性を 考慮して、当該行為者である医師と同じ立場にある 医師 ( 血友病の専門医、内科医院の医師、救命救急病 院の外科医師などの具体的類型人 ) を行為当時の状況 に立たせてみて、結果発生が予見可能であるか否か を判断するのである。 予見可能性を判断する際の判断資料は、「行為当 時において一般通常人が認識することができた事情 および行為者が特に認識していた事情」である ( 大 判昭 4 ・ 9 ・ 3 大審院裁判例 ( 3 ) 刑 27 頁 ) 。判断資料に 関するこの基準は、折衷的相当因果関係説における 相当性判断の資料の範囲と同様であるが、予見可能 性は行為者本人に結果回避措置を義務づけることが できるか否かを判断するために必要な要件であるか ら、行為者自身が特別に認識していた事情が含まれ るのは当然である。しかし、結果を客観的に帰責で きるかどうかを判断する因果関係の問題ではないの で、客観的に存在する全ての事情が判断資料となる わけではないことに注意する必要がある。 なお、予見可能性を判断する時点は「行為時」で ある ( 行為時基準 ) 。現実に発生した具体的結果を行 為時に予見できたかが問われている。なぜなら、刑 法規範が行為者に対して結果を回避するよう命ずる ためには、行為時に結果の発生が予見可能であった ことが前提となるからである。 [ 3 ] 予見可能性の程度 結果の発生に至る因果経過を含めて現に生じた結 果 ( 具体的結果 ) が予見の対象であるが、それをど の程度具体的に予見することが必要であろうか。こ れは、予見可能性にどのような機能を求めるかの問 題である ( 詳細は、第 4 講 98 頁 ) 。この点につき、判 例は、予見可能性は結果回避義務を動機づけるため に必要であることから、予見の程度は、個々の事案 において、結果回避義務を動機づけることが可能な 程度に具体的に予見可能であればよいという立場を とっている ( 予見可能性の結果回避義務定立機能 ) 。 予見の対象は、結果の発生に至る因果経過を含め て現に生じた結果 ( 具体的結果 ) であるが、それを どの程度具体的に予見できなければならないかは、 事案ごとに異なり、そこで問題となっている「結果 回避義務」を動機づけることが可能な程度に具体的 であればよい。したがって、義務の内容如何では現 実に発生した個別具体的結果をかなりの程度抽象化 した結果でもよいとされるが、だからといって、予 見可能性の対象が最初から一般的・抽象的結果とな るわけではなく、あくまでも「具体的結果」である ことに変わりはない。具体的結果をどこまで具体的 に予見できるかの問題なのである。 事例間題の検討を通して予見可能性 の判断手法を身につけよう 捜査実務では、「過失犯の捜査ができるようにな って一人前」という言葉がある。過失犯は、構成要 件が抽象的であるばかりでなく ( 「開かれた構成要件」 といわれる ) 、不作為形態で行われることも多いこ とから、判断の対象となる行為を何と特定するかが 難しく、また、その行為に結果回避義務違反が認め られるかどうかの鍵を握る予見可能性や結果回避可 能性の判断も一義的に明確なものではないからであ る。同じことは、裁判官にとっても、さらには、受

4. 法学セミナー2016年02月号

079 応用刑法 I ー総論 義務づけるために、結果発生の予見可能性が認めら 験生にとってもいえることである。 れるか、特に、本問の場合、後部荷台に勝手に乗っ 特に、予見可能性の判断は非常に難しい。予見可 ていた B および C の死が果たして予見可能であるか 能性は、予見という「将来の事象」に対する「可能 性」の判断である点で、二重の意味で不確実さが残 が問題となる。 この点につき、最高裁は、「被告人において、右 らざるをえないからである。そこで、予見可能性の のような無謀ともいうべき自動車運転をすれば人の 判断ができるようになるためには、多くの事例にあ 死傷を伴ういかなる事故を惹起するかもしれないこ たってトレーニングを積むしかない。理屈がわかっ とは、当然認識しえたものというべきであるから、 ても経験がないと判断ができないのである。そこで、 たとえ被告人が自車の後部荷台に前記両名が乗車し 以下では、受験生なら誰でも知っておかなければな ている事実を認識していなかったとしても、右両名 らない代表的な判例・裁判例を素材に、結果に至る に関する業務上過失致死罪〔筆者注 : 当時の罪名で、 因果経過をどこまで抽象化してよいかについて具体 現在であれば過失運転致死罪〕の成立を妨げないと解 的に説明することにしたい。 すべきであり、これと同旨の原判断は正当である」 と判示している ( 前掲・最決平元・ 3 ・ 14 ) 。本決定 [ 1 ] 荷台無断同乗事件 は「人の死傷を伴ういかなる事故を惹起するかもし 【間題 6 】荷台無断同乗事件 れないこと」の認識可能性から、 B ・ C の認識可能 甲はこ助手席に A を同乗させ、普通貨物自動 性を問題とすることなく、両名に対する業務上過失 ~ 車 ( 軽四輪 ) で最高速度が時速 30km に指定され 致死罪の成立を肯定している。 ている道路を、時速約 65km の高速度で運転して 。いた。運転中、 , 甲はい急に対向してきた車両を * このような本決定に対しては、故意錯誤論において法 定的符合説をとる判例が、その論理を過失についても及ば 認めて狼狽し左に急 / 、ンドルを切ったところ、 したものであるという評価が一般である。すなわち、故意 道路左側のガードに衝突しそうになをにさらに の認識対象になるものが過失の予見可能性の対象になると あわてて右に急ハンドルを切った。そのため甲 考える以上、故意錯誤論において法定的符合説をとり具体 的客体の認識を不要とすれば、過失犯における予見可能性 の自動車は、走行の自由を失って暴走し、道路 としても具体的客体の認識可能性までは不要であるとする 左側に設置してあった信号柱に自車左側後部荷 のが論理的な帰結であるとされる。ただ、法定的符合説と 台が激突した衝撃でようやく停止した。その衝 いえども、認識していなかった客体に対する故意の符合を 認めるためには、その客体が存在することの認識可能性が 撃によりい助手席に同乗していた A は全治 2 週 前提とされるので、過失犯においても認識不可能な客体に 。間の傷害を負い、さらに後部荷台に同乗してい 対して予見可能性を肯定することはできないはずである。 た B および C の両名が死亡した。後部荷台に同 その意味で、予見可能性の対象は、錯誤論と論理必然的な 関係に立つわけではないと考えることも可能である。 乗していた B および C は、甲の許可なく勝手に 同乗していたため、甲は 3 自車の後部荷台に B 、および C が乗車している事実は認識・予見して 予見可能性の対象となるのは「具体的な結果」で あるが、それをどこまで抽象化するかことができる いなかった。甲の罪責を論じなさい。 かは、予見可能性の本質論から検討されなければな らない。判例によれば、予見可能性の本質は結果回 【間題 6 】は、最決平元・ 3 ・ 14 刑集 43 巻 3 号 262 避義務を定立することにある。本件事故の態様は、 頁 ( 荷台無断同乗事件 ) の事案を簡略化したもので 自動車の無謀運転という危険拡散型の行為であり、 ある。甲は、高速運転により自車を制御することが 人身被害発生の危険が及ぶ領域が自車の後部荷台な できなくなり、これを暴走させ信号柱に激突した衝 どに限定されていたわけではない。したがって、そ 撃で A を負傷させ、 B および B を死亡させている。 のような事故を回避するためには、「制限速度を守 そこで、死傷結果を回避するためには、「道路標識 り、ハンドル、プレーキなどを的確に操作して運転 に指定された最高速度 ( 時速 30km ) を守り、ハンドル、 する」という結果回避措置をとる必要があり、その プレーキ等を的確に操作して進行する」という措置 ような義務を動機づけるのは、後部荷台の無断同乗 をとる必要がある。そこで、このような措置を甲に

5. 法学セミナー2016年02月号

応用刑法 I ー総論 083 砂浜も立入禁止の措置をとれば V の死亡結果を回避 することができたといえる。 そこで、甲に東側突堤沿いの砂浜をも立入禁止の 措置をとるべき結果回避義務を動機づけることがで きたか否かが問題となる。 南側突堤と東側突堤とは、ケーソン目地部に防砂 板を設置して砂の吸出しを防ぐという基本的な構造 は同一であり、本来耐用年数が約 30 年とされていた 防砂板がわずか数年で破損していることが判明して いたのであるから、南側突堤で陥没が生じている以 上東側突堤で陥没が発生することは予見可能である ようにみえる。しかし、本件砂浜は、南に面してお り、波は南側から押し寄せるのであるから、南側突 堤に当たる波の強さは東側のそれよりも当然強く、 南側突堤で起きたことが東側突堤でも当然に起こる とはいえない。その意味で、本件事故現場付近の東 側突堤北方で陥没が存在したか否かは重要である。 他方、予見可能性を結果回避義務を動機づけるも のと位置づける以上、第 1 審判決のように、空洞に よる「落とし穴状」の陥没による死という本件結果 が予見可能である必要はない。たしかに、本件事故 の特殊性は、砂層内に空洞による「落とし穴状」の 陥没という点にある。当時の土木工学の知見によれ ば、大規模な空洞が砂層中に発生していればその地 表に異状が認められるのであり、地表に異状がない のに砂層中に空洞が発生していることは一般的現象 ではない。そうだとすると、本件事故現場である東 側突堤沿い北方の砂浜の表面に陥没様の砂浜表面に 異状が発生しているという事実が認定されない限 り、空洞による「落とし穴状」の陥没による死とい う本件結果は予見不可能である。しかし、東側突堤 沿いの砂浜の立入禁止の措置をとるために必要な予 見は、空洞による「落とし穴状」の陥没に限らず、 「すり鉢状」の陥没であってもよい。砂浜に陥没が 起こっていれば立入禁止の措置を動機づけることが できるからである。 以上から、本件では、東側突堤北方で陥没が生じ ていたという事実 ( なお、検察官はこの事実の有無に かかわらず予見可能性を肯定できると主張していた ) が認定できなければ、業務上過失致死罪の予見可能 性は認められない。最高裁決定も、控訴審と同様、 「東側突堤沿いの砂浜の南端付近だけでなく、これ より北寄りの場所でも、複数の陥没様の異常な状態 が生じていた」という事実を前提として予見可能性 を肯定したにすぎない点に注意する必要がある。 [ 4 ] ホテル火災事件 【間題 10 】川治プリンスホテル事件 ホテルで火災が発生し 3 火煙の流入拡大を防 ′止する防火戸・防火区画が設置されていなかっ たため火煙が短時間に建物内に充満し、従業員 による避難誘導が全くなかったことと相まっ 、て、多数の宿泊客等が死傷したよ同ホテルの実 質的経営者である甲に業務上過失致死傷罪の成 立に必要な予見可能性が認められるか。 【間題 IO 】は、最決平 2 ・ 11 ・ 16 刑集 44 巻 8 号 744 頁 ( 川治プリンスホテル事件 ) の事案を簡略化し たものである。 本問において、結果の発生を防止するためには、 防火戸・防火区画が設置するとともに避難誘導訓練 を実施する措置が必要である。そして、このような 措置を甲に義務づけるには予見可能性が必要であ る。予見可能性の対象は具体的結果であるから、結 果に至る因果関係の基本的部分が予見の対象とな る。本件における因果関係の基本的部分は「火災の 発生」である。火災が発生しなければ、宿泊客が死 傷することは絶対にないからである。 そこで、学説の中では、いつ火災が発生するかは 事前に予測困難であるから、本問では甲に予見可能 性が認められないという見解も有力である。しかし、 最高裁は、「宿泊施設を設け、昼夜を問わず不特定 多数の人に宿泊等の利便を提供する旅館・ホテルに おいては、火災発生の危険を常にはらんでいる上、 被告人は、同ホテルの防火防災対策が人的にも物的 にも不備であることを認識していたのであるから、 いったん火災が起これば、発見の遅れ、初期消火の 失敗等により本格的な火災に発展し、建物の構造、 避難経路等に不案内の宿泊客等に死傷の危険の及ぶ 恐れがあることはこれを容易に予見できたものとい うべきである」と判示して予見可能性を肯定してい る ( 前掲・最決平 2 ・ 11 ・ 16 ) 。 判例は、「火災の発生」が因果関係の基本的部分 であることからそれを予見できなければ死傷結果の 発生は予見できないという立場をとっている。ただ、

6. 法学セミナー2016年02月号

082 法学セミナー 2016 / 02 / n0733 LAW CLASS し発生していた。人工砂浜を管理する A 市は、 その原因が防砂板の破損による砂の吸い出しで あると考え、陥没の修復や立入り禁止の措置を とっていた。南側突堤と東側突堤とは、防砂板 を設置して砂の吸い出しを防ぐという基本的な 構造は同一であり、一本来耐用年数が約 30 年とさ れていた防砂板がわずか数年で破損しているこ とが判明していた。 A 市の職員甲に業務上過失 致死罪成立に必要な予見可能性は認められるか。 甲は、波浪が突堤に当たる強さが東側突堤より も南側突堤の方が強いことを認識していた。な お、一本件事故以前から、東側突堤沿いの砂浜の 南端付近だけでなく、これより北寄りの場所で も、複数の陥没様の異常な状態が生じていたと いう目撃証言の信用性については争いがあった。 【間題 9 】は、最決平 21 ・ 12 ・ 7 刑集 63 巻 1 1 号 2641 頁 ( 明石砂浜陥没事件 ) を簡略化した事案であり、 甲の予見可能性の有無が争われた事例である。 第 1 審は、東側突堤沿い北方の砂浜で陥没が生じ ていたとは認められない ( 目撃証言の信用性を否定 ) とした上で、因果関係の基本的部分について「砂浜 の表面に何の異常も認められない場所については、 当該場所が危険であると判断する前提事実として、 陥没すれば危険であると感じるような一定程度以上 の大きさの空洞が砂層内に発生することが予見可能 であるか否かという点は、極めて重要な要素になる」 と判示し、砂層内に空洞が形成されるという因果関 係の基本的部分が予見できない以上、予見可能性は 否定されると判示した ( 神戸地判平 18 ・ 7 ・ 7 刑集 63 巻 11 号 2719 頁 ) 。 他方、控訴審は、東側突堤沿い北方の砂浜でも陥 没が生じていた ( 目撃証言の信用性を肯定 ) とした上 で、因果関係の基本的部分について「本件事故現場 を含む東側突堤沿いの砂浜のどこかで、ケーソン目 地部の防砂板が破損して砂が吸い出され陥没が発生 するという一連の因果経過であ」ると判示して予見 可能性を肯定した ( 大阪高判平 20 ・ 7 ・ 10 刑集 63 巻 11 号 2794 頁 ) 。 第 1 審と控訴審で予見可能性の認定が分かれたの は、予見可能性の対象としての因果関係の基本的部 分の捉え方が異なったこと、および、東側突堤沿い 北方の砂浜でも陥没が発生していたかどうかについ ての事実認定が異なったことによるものである。 本件事故発生の因果経過は、①防砂板の破損によ る砂の吸出し、②砂層中に空洞が形成、③砂浜の陥 没、④死亡結果発生であるが、第 1 審判決は②を因 果関係の基本的部分として予見可能性の対象とした のに対し、控訴審判決は③さえ予見可能であれば② の予見は不要であるとした。陥没には、砂層中の空 洞による「落とし穴状」の陥没 ( ② ) と砂浜の表面 が徐々に沈下して発生する「すり鉢状」の陥没 ( ②つ があるが、控訴審は①②③④が予見不可能でも、① ② ' ③④さえ予見可能であれば予見可能性は肯定で きるとし、予見の対象について、落とし穴状の陥没 とすり鉢状の陥没を抽象化し「砂浜の陥没」とした のである。 これに対し、最高裁は、上告を棄却し、予見可能 性の有無について次のように判示した。「被告人ら は、本件事故以前から、南側突堤沿いの砂浜及び東 側突堤沿い南端付近〔筆者注・ 11 ー 12 番ケーソン目地 部付近〕の砂浜において繰り返し発生していた陥没 についてはこれを認識し、その原因が防砂板の破損 による砂の吸い出しであると考えて、対策を講じて いたところ、南側突堤と東側突堤とは、ケーソン目 地部に防砂板を設置して砂の吸い出しを防ぐという 基本的な構造は同一であり、本来耐用年数が約 30 年 とされていた防砂板がわずか数年で破損しているこ とが判明していたばかりでなく、実際には、本件事 故以前から、東側突堤沿いの砂浜の南端付近だけで なく、これより北寄りの場所でも、複数の陥没様の 異常な状態が生じていた。以上の事実関係の下では、 被告人らは、本件事故現場を含む東側突堤沿いの砂 浜において、防砂板の破損による砂の吸い出しによ り陥没が発生する可能性があることを予見すること はできたものというべきである」。なお、本決定には、 第 1 審判決を支持する今井裁判官の反対意見が付さ れている点が注目される。 このように、予見可能性の有無について裁判所の 内部で見解が分かれているが、いずれの判断が妥当 であろうか。本件砂浜では、本件事故以前から、南 側突堤沿いの砂浜および東側突堤沿い南端付近の砂 浜において陥没が繰り返し発生しており、その原因 が防砂板の破損による砂の吸出しであると考え、本 件砂浜を管理する明石市等が陥没の修復や立入禁止 の措置をとっていた。甲としては、東側突堤沿いの

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応用刑法 I ー総論 081 に半径 300E の曲線は 2 , 000 カ所以上存在してい た。また、 ATS の整備計画は JR 西日本の鉄道 3 = 本部内に設置されていた安全対策室の所管とさ れていた。 J 日西日本の安全対策の実質的な最 高責任者である同社取締役鉄道本部長甲に業務 上過失致死傷罪成立に必要な予見可能性は認め られるか。 【間題 8 】は、神戸地判平 24 ・ 1 ・ 1 1 LEX/ DB25480439 ( 福知山線列車脱線転覆事件 ) ( 確定 ) の 事案を簡略化したものである。 本件事故の最大の原因は、時速約 115km の速度で 本件曲線に進入するという運転士の異常ともいえる 無謀運転にある。実際の事件では運転士が死亡した ため、 ATS を設置していなかった鉄道本部長甲の 過失責任が問題とされた。 本件事故を防止するために必要な措置は、当該曲 線に事故前に ATS を設置することである。半径の 小さい急な曲線には、当時法令上設置義務はなかっ たとしても、万が一の場合に備えて ATS を設置し ておくことが望ましい。そして、急な曲線であれば、 高速度で進入すれば脱線転覆の危険はある。そこで、 予見の対象を ( 当該曲線ではなく ) 「半径 300m の曲 線で脱線すること」と抽象化すれば、予見可能性は 肯定される。たしかに、制限速度を時速 40km 以上超 過して曲線に進入することは極めて稀であるが、運 転士の居眠りや体調不良などが原因でそのように走 行することがありえないわけではなく、もしそのよ うなことが起きた場合には脱線による死傷結果の発 生は容易に予見できる。結果発生の確率が低いから といって予見可能性が否定されるわけではない。 ところが、半径 300m の曲線は JR 西日本管内で 2 , 000 カ所以上も存在していたので、 JR 西日本では 路線ごとに ATS を設置する準備を進めていた。し かし、結果的に本件曲線への設置は不幸にして事故 までに間に合わなかったという事情があった。この ような事情を考慮すると、本件曲線が、他の曲線よ りも客観的に危険性が高い曲線であったならば、他 より優先して ATS を設置すべきであったといえる が、そのような事情はなかった。そこで、甲に「他 の曲線よりも先に本件曲線に ATS を設置すべきで ある」という義務を動機づけるためには、本件曲線 で脱線転覆事故が起きることを予見できなければな らないがそれは不可能であろう。 沈下して発生するすり鉢状」の陥没が繰り返 側突堤沿いの砂浜において砂浜の表面が徐々に はなかった。なお、本件砂浜では、以前から南 層中に空洞が発生していることは一般的現象で 認められるのであり、地表に異状がないのに砂 洞が砂層中に発生していればその地表に異状が 当時の土木工学の知見によれば、大規模な空 めとなり死亡するに至った。 洞の崩壊のため生じた陥没孔に転落して生き埋 上を V が小走りに移動中、その重みによる同空 径約 1 m の空洞が形成された。そのため、その が海中に吸い出されて砂層内に深さ約 2m 、直 1 アー 18 番ケーソン目地部の防砂板が破損し、砂 になうていた。ところが、東側突堤中央付近の 層の砂が海中に吸い出されるのを防止する構造 の目地に取り付けれたゴム製防砂板により、砂 ・築造されていた。。そして 0 ケーソン間のすき間 ンクリート製の中空構造の箱型の函塊 )n を並べて 突堤は、いずれもコンクリート製のケーソン ( コ 長約 157m の東側突堤および全長約 100m の南側 接して厚さ約 2.5m の砂層を形成しており、全 人工砂浜は、東側および南側がかぎ形の突堤に の陥没孔に転落して死亡した。事故現場である の上部が突如崩壊して発生したゴ落とし穴状」 ~ 女 V が 3 砂層内に形成されていた大規模の空洞 一人工海浜の東側突堤中央付近で遊んでいた幼 【間題 9 】明石砂浜陥没事件 [ 3 ] 砂浜陥没事件 れることもある。 に現実に発生した結果そのものの予見可能性が問わ 程度抽象化される場合が多いが、【間題 8 】のよう 置づけると、予見の対象としての具体的結果は一定 予見可能性を結果回避義務を動機づけるものと位 い」と判示している ( 前掲・神戸地判平 24 ・ 1 ・ (1) 。 は認められず、被告人に注意義務違反は認められな べき結果回避義務を課すに足りる程度の予見可能性 個別に指定して ATS - P 又は ATS - SW 整備を指示す 果発生の可能性も具体的ではない。 ・・・本件曲線を 超えた進入に至る経緯は漠然としたものであり、結 裁判所も、「予見の対象とされる転覆限界速度を

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応用刑法 I—総論 [ 第 5 講 ] 過失犯論 ( 2 ) 予見可能性の認定の仕方を中心に 大塚裕史 明治大学教授 075 法学セミナー 2016 / 02 / no. 733 ◆学習のポイント◆ 1 2 結果回避義務を負うべき立場にある者とは 誰かを特定できるようにする。 具体的事案において予見可能性を認定でき るようにする。 結果回避義務の主体はどのように 選定されるのか 判例実務においては、行為者に過失が認められる か否かを検討する際、どのような措置をとれば結果 が回避できるかを考え ( 結果回避措置の想定 ) 、その ような措置を行為者に義務づけることができるかを 検討する ( 結果回避義務の認定 ) 。そして、回避措置 を回避義務に高めるためには、「義務は可能を前提 にする」ので予見可能性と結果回避可能性の存在が 不可欠となる。そこで、過失認定の中核的要素は予 見可能性と結果回避可能性である。ただ、予見可能 性や結果回避可能性の判断以前に、そもそも結果回 避義務を負うべき立場にない者を排除しておく必要 がある。なぜなら、たとえ予見可能性や結果回避可 能性が認められても、結果回避義務を肯定できない 者は最初から結果回避義務の主体となりえないとし て検討の対象から除外しておくことが望ましいから である ( 主体性の判断 ) 。 主体性の判断が必要となるのは、行為者の行為が 不作為の場合である ( 第 4 講 100 頁参照 ) 。不作為は 結果の実現を阻止しない態度であるが、結果の実現 を阻止しない者は複数存在する場合が多く、このよ うな場合、誰に結果回避義務を負わせるべきかが問 題となる。この点、作為と不作為を同一の構成要件 によって処罰する以上、作為と同価値といえる場合 に作為義務 ( この義務を負う立場を保障人的地位とい う ) を認めるべきである ( 第 3 講 94 頁 ) 。 このことは、過失犯でも同様で、作為義務 ( 保障 人的地位 ) が認められない者には、 ( 予見可能性や結 果回避可能性を検討するまでもなく ) 作為義務、すな わち、結果回避義務を負わせることはできないので ある。判例も、結果回避義務を負うべき立場にない 場合には、結果回避義務を否定している ( 最判平 3 ・ 11 ・ 14 刑集 45 巻 8 号 221 頁〔大洋デパート火災事件〕 ) 。 【間題 5 】大洋デパート火災事件 営業中の T デバート本店店舗本館 ( 鉄筋コン クリート造り、地下 1 階、地上 9 階 ) の南西隅に ある C 号階段の 2 階から 3 階の上り口付近にお いて原因不明の火災が発生し、火災は階段に積 み重ねてあったダンポール箱を次々と焼いて 3 階店内に侵入し、さらに 3 階から 8 階までの各 階に燃え広がってほほ全焼した。本件火災に際 して、在館者に対し、従業員らによる火災の通 報が全くされず、避難誘導もほとんど行われな かったため、多数の者が逃げ場を失い、あるい は店舗本館から無理な脱出を余儀なくされるな どし、その結果、一酸化炭素中毒、避難中の転 倒、窓から脱出した際の転落等により、従業員、 客等 104 名が死亡し 67 名が負傷した。 T デバー トにおいては、消防法令により、防火管理者を 定めて店舗本館について消防計画を作成し、 、れに基づく消火、通報および避難の訓練を定期 的に実施することが求められていたが、消防計 画は作成されておらず、従業員に対する消火、 通報および避難の訓練も実施されていなかっ

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070 法学セミナー 2016 / 02 / no. 733 LAW CLASS 本来の効力として抵当権設定登記により公示されて いるから、これらの者に不測の損失をもたらすおそ れもない。 (b) 優先権保全説 ( 特権説 ) (i) 価値権説に対する問題提起 ( a ) 説に対しては次のような難点が指摘された。① 差押えの有無にかかわらず代位の目的債権に抵当権 の効力が当然に及んでいるのであれば、差押え前に 第三債務者が弁済しても目的債権は消滅せず、物上 代位権の行使が認められるはずであるから、差押え 要件には特定性維持以上の意味があると言わざるを 得ないのではないか。②抵当権設定登記によって代 位の目的債権に対する優先権までが公示されている とは言い難く、第三者の保護に欠けるのではないか。 そこで台頭したのが優先権保全説 ( 特権説 ) であ り、現在でも基本的な方向性において多くの支持を 得ている ( ⅱ ) 物上代位はなぜ認められるのか ? 抵当不動産が滅失した場合、抵当権は物権である 以上その客体を失って消滅する運命にあり、本来な ら代償たる金銭債権に効力が及ばないはすである。 よって、物上代位は抵当権の性質上当然の権利では なく、抵当権者保護のために法が認めた特別な権利 と解すべきである。 (iii) 差押えはなぜ必要なのか ? 誰がいつまでに差し 押さえることを要するか ? 抵当権の効力を代位の目的債権にまで及ばし、 れに対する優先権ないし特権を保全するには、設定 登記に加えて特別な要件を備えることを要する。差 押えの意義は、抵当権者が物上代位権を行使する意 思を明確化し、目的債権の処分および弁済を防止す ることによってかかる権利を保全する点にあり、も って抵当権者の保護と第三者の利益との調和を図る ことを目的としている。 差押えの意義をこのように解するなら、それは目 的債権の処分または消滅に先立って抵当権者自身が 行わなければならない。 ニつの対立軸の意義と考える視点 [ 3 ] 小括 上記の見解は物上代位の趣旨と差押え要件の意義 に関する二つの対立軸を成すが、これらはあくまで 考察のための出発点であって、二者択一により自然 と答えが出るというわけではない。 まず、優先権保全説も差押えの意義の一つに設定 者への弁済防止を挙げているため、実質的な争点は、 差押えに特定性維持以上の意義を認めるべきか、そ うだとすればそれは何かにある。 また、抵当権の効力が及ぶか否かと、それを誰に 対して主張し得るかあるいは、権利行使のための要 件として何が必要かとは次元を異にすると考えれ ば、価値権説的な理解に立ちつつ、物上代位権の行 使につき抵当権者による差押えを要すると構成する ことも可能である。 そうなると、つまるところ両説の対立は相対的・ 流動的であり得るのであり 3 ) 、これを基礎としたバ リエーションがあってよいことになる。 このような観点からさらに展望すると、物上代位 の意義と要件を一義的に画定するのではなく 4 ) 、類 型的に解する方向性を示唆することができる。 第一に、抵当権に基づく物上代位と公示方法がな い先取特権に基づく物上代位とを区別する見方が挙 げられる 5 第二に、物上代位の可否を争う第三者につき、第 三債務者とその他の第三者 ( 差押債権者、目的債権 の譲受人 < 第三取得者 > ) とに類型化することも考 えられる。 第三に、代替的 ( 代償的 ) 物上代位と付加的 ( 派 生的 ) 物上代位とに分ける見解が今日有力である 6 前者は、目的物の換価価値の代償として設定者が取 得した債権 ( ex. 火災保険金債権や補償金債権 ) に対す る代位であり、抵当権の実行が不能となった抵当権 者を保護する必要性が高い。これに対して後者は、 目的物より派生する収益価値 ( ex. 賃料債権 ) に対す る代位を指し、抵当権の実行が可能である上にその 補充として付加的に認められるものであるため、抵 当権者の要保護性と設定者の処分自由との調和が問 われる。 [ 4 ] 判例の立場 (a) 価値権説から優先権保全説へ 大審院時代の判例は当初、抵当権に基づく物上代 位につき価値権説に立っていたが 7 ) 、後に優先権保 全説に転じた 8 ) 。さらに最高裁において、動産売買 先取特権に基づく物上代位につき優先権保全説に親 和的な立場が示された 9 。

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084 法学セミナー 2016 / 02 々 9733 LAW CLASS 予見の対象である「火災の発生」は、結果回避義務 を動機づけることが可能な限度で抽象化することが 午される。そして、「防火戸・防火区画を設置する とともに避難誘導訓練を実施する義務」は、当該ホ テルで火災がいつ発生するかが予見できなくても、 昼夜を問わす不特定多数の人に宿泊等の利便を提供 するホテルでは火災発生の危険を常にあるというこ とが経験則上明らかである以上、「ホテル火災の発 生」というレベルまで抽象化し、それさえ認識可能 であれば、死傷結果は予見可能であるといえる。 本講では、いくっかの事例をもとに、過失認定の 中で最も重要な「予見可能性」要件について、判例 実務の立場からその認定方法を明らかにした。予見 の対象は具体的結果であるが、それをある程度抽象 化せざるをえないこと、その程度は結果回避義務を 動機づけることが可能な限度であることなどをしっ かり確認してほしい。 ( おおっか・ひろし ) 基本刑法Ⅱ各論 一三ロ この 1 冊で、大丈夫。 簡易問題集を HP で公開中 本 」法Ⅱ 大塚裕史・十河太朗・塩谷毅・豊田兼彦【著】 「基本構造」「重要間題」の 2 段階で理解 ! 判例実務の考え方をしつかり理解できることを目標にした画期的なテキスト。 豊富な事例を使い、基礎知識から受験に必要な内容まで、徹底してわかりやすく解説。 ・本体 3 , 900 円 + 税 一個人的法益に対する罪 第 14 講背任の罪 A5 判 z 第 1 講 生命に対する罪 第 15 講盗品等に関する罪 旧 BN978 ー 4 ー 535 ー 52047 ー 9 m 第 2 講 身体に対する罪 第 16 講毀棄・隠匿の罪 意思決定および場所的移動の自由に対する罪 第 3 講 性的自由に対する罪・住居侵入罪 Ⅱ社会的法益に対する罪 第 4 講 好評 第 5 講 人格的法益に対する罪 第 17 講放火・失火の罪 第 18 講文書偽造の罪 第 6 講 信用およひ業務に対する罪 第 7 講 財産犯総説・窃盗罪 第 19 講その他の社会的法益に対する罪 第 8 講 強盗罪の基本類型 強盗罪の拡張類型ーー準強盗罪等 Ⅲ国家的法益に対する罪 第 9 講 強盗罪の加重類型ーー強盗致死傷罪等 第 20 講賄賂罪 第 10 講 第 21 講公務の執行を妨害する罪 第 1 1 講 詐欺の罪 第 12 講 第 22 講犯人蔵匿罪・証拠隠滅罪 恐喝の罪 第 23 講その他の国家的法益に対する罪 第 13 講 横領の罪 03-3987-8621 /FAX : 03-3987-8590 ( ) 日本言平論ネ土 〒 170-8474 東京都豊島区南大塚 3 ー 12-4 TEL : . 049-274-1780/FAX . 049-274-1788 http://www nippyo. co.jp/ こ注文は日本評論社サービスセンターへ TEL 大塚裕史・十河太第・塩谷毅・豊田差彦第 発売中