事実の概要 095 定手続きに違法または不公正な点があった旨の内部 樊 M A 社 ( シャルレ ) は当時は委員会設置会社であり、 通報がよせられた。 A 社は、同年 12 月 2 日に YI を代 A 社の取締役兼代表執行役社長 YI は A 社の創業者の 表執行役から解任し、同日に公開買付けにつき不賛 社 ノ 0 長男であり、取締役 Y2 は YI の母である。 A 社にはほ 同表明をした。そのために創業家一族は応募を撤回 ヤ かに Y3 ほか 3 名の社外取締役と、 B ほか 3 名の執行 し、公開買付けは成立せずに MBO は頓挫した。 事お 役がいた。 A 社の創業家一族は、業績が低迷する A A 社の株主 X は、 MBO の頓挫による A 社の支出 件 社の現状を打破するために、投資ファンドの支援を と信用失墜の損害の賠償を Y らに求めて代表訴訟を えて A 社を非上場化する MBO を計画した。その準 提起した。第一審判決 ( 神戸地判 2014 ・ 10 ・ 16 金判 て 備の過程において、 A 社の株式の買付価格を引き下 1456 号 15 頁〔本誌 723 号 135 頁〕 ) は x の請求の一部 取 げるために YI は、 MBO の担当執行役である B に多 を認容し、 YI および Y2 と X との控訴による本判決も 締 数のメールを送信して指示を与えた。 下記の判示により X の請求の一部を認容した。 役 2008 年 9 月 19 日に公開買付けが公表され、同日に A 社は賛同意見を表明した。しかし、買付価格の算 [ 大阪高判 2015 ・ 10 ・ 29 金判 1481 号 28 頁 ( 上告・上告受理申立て ) ] が 負 害を賠償すべき義務を負う」と判示した。 つ MBO を実施する取締役の会社に対する義務の 義 内容は、レックス HD 事件判決 ( 東京地判 2011 ・ 2 ・ 18 金判 1363 号 48 頁、東京高判 2013 ・ 4 ・ 17 金判 務 「 YI は、買付者側の想定価格である 700 円に近づ 1420 号 20 頁〔本誌 715 号 149 頁〕 ) 、本件の第一審の けるため、根拠のない、あるいは根拠の薄弱な利 原判決をへて、本判決により以上のようにさらに 益計画による数字合わせを図り、算定手法の選択 明快にされた。とりわけ、 MBO を実施する取締 や類似業者の選定に係る KPMG の算定方法に不 役が会社に対して負う義務の内容として、一般株 当に介入してその独立性をも脅かした」。 主に対して取締役が公正な企業価値を移転させる べき義務を本判決が明快に判示した点は注目され MBO (Management Buyout) は、企業の経営 る。実際、取締役は会社に対する義務 ( 会 330 条、 陣である取締役が ( 通常はファンドの支援をえて ) 、 民 644 条 ) の内容として、会社の企業価値を向上 自社の株式を買い付けて買収する行為である。業 させる義務を負うのであるが、そこには、 ( 少数 績不振の上場企業が経営の立直しのために、 MBO 派株主の利益も含めて〔会 179 条の 3 を参照〕 ) 株 を実施して非上場化する場合は少なくない OMBO 主の利益に配慮し、会社の業務執行 ( および〔と は、公開買付けとその後の少数派株主の ( 株式併 くに利益衝突の場面における〕取締役の行為 ) の 合〔会 180 条〕その他の方法による ) キャッシュ・ 公正さに配慮すべき義務も含まれると解される。 アウトとの二段階により実施される場合が多い。 MBO では取締役と株主との利益が構造的に衝突 MBO では買収の当事者である取締役が、売り するために、取締役の義務違反の有無は厳格に審 手になる自社の株主と利益が衝突し、会社の情報 査される。本判決はそうして、左掲の判示により は取締役が株主よりはるかに優位にある。本件で Ⅵおよび Y2 の義務違反を認めた。 は、 MBO を実施する取締役 YI が株式の買付価格 ( 2 ) ただし、原判決が本件の MBO は YI らの義務 の決定に介入し、 MBO が頓挫したために、 Y ら 違反により頓挫した蓋然性が高いとしたのに対 の会社に対する損害賠償責任が追及された。 し、本判決は、銀行の融資中止により MBO が頓 ( 1 ) 原判決は、 MBO を実施する取締役は会社に 挫した蓋然性が高く、 YI の義務違反と MBO の頓 対する善管注意義務 ( 会 330 条、民 644 条 ) にもと 挫との間に因果関係を認めることはできないとし づき、会社に対し MBO 完遂尽力義務、 MBO の合 た。そうして、原判決が MBO の頓挫に関連して 理性確保義務、さらに手続的公正性配慮義務を負 A 社が支出した費用を賠償額にしたのに対し、本 うと判示して、 YI および Y2 の責任を認めた。本判 判決は、 YI らの義務違反の検証、調査等のために 決はそれに代えて、 ( MBO の利益相反構造、情報 A 社が支出した費用に限って YI らの義務違反との の非対称性を指摘したうえで ) MBO を実施する 間の相当因果関係を認め、原判決の認容額から 取締役の義務は、株主との関係では、「最終的に 7700 万円を減額して X の請求を認容した。 は一般株主に対する公正な企業価値を移転するこ ( 3 ) さらに、原判決が認めた Y らの情報開示義務 とに尽きる」ものであり、会社との関係では、「取 違反 ( それによる A 社の損害は、原判決は否定し 締役が企業価値の移転について公正を害する行為 た ) を、本判決は否定した。 法学セミナー を行えば、 ( とりやま・きよういち ) ・・・そのことによって会社が被った損 2016 / 02 / n0733 最新判例演習室ーーー商法 MBO を実施する取締役は、会社に対していか なる義務を負うのか。 裁判所の判断 早稲田大学教授鳥山恭一