[ 特集引最高裁判決 2015 ーー 弁護士が語る 039 再婚禁止期間違憲訴訟 最高裁大法廷 2015 ・ 12 ・ 16 判決 裁判所ウエプサイト / 損害賠償請求事件 / 平成 25 ( オ ) 第 1079 号 弁護士 作花知志 [ 特集引最高裁判決 2015 ーー弁護士が語る 法学セミナー 2016 / 03 / no. 734 1 離婚成立後も続いた 2 つの苦しみ 再婚禁止期間違憲訴訟は、民法 733 条 1 項が女性 にのみ課している 6 箇月 ( 180 日 ) の再婚禁止期間 ( 以 下「再婚禁止期間」といいます ) が、性別による差別を 規定した憲法 14 条 1 項、さらには婚姻についての両 性の平等を定めた憲法 24 条 2 項に違反しないのか、 さらには民法 733 条 1 項が憲法に違反するとした場 合、同規定を改正しない国会の立法不作為は国家賠 償法上違法ではないのかが問われた裁判です。 私が、本件訴訟の原告の女性 ( 以下「原告」といい ます ) と知り合ったのは、原告が当時夫であった男 性 ( 以下「前夫」といいます ) との離婚問題で苦しんで いた時でした。 暴力をふるう一方で別居後も離婚に応じない前夫 に苦しんでいた原告は、離婚訴訟を提起するために 弁護士に依頼することにしたのです。その弁護士が 私でありました。 2007 ( 平成 19 ) 年の離婚訴訟提起後、原告と前夫 との別居が約 2 年近くになった 2008 ( 平成 20 ) 年に 前夫が離婚に合意する訴訟上の和解が成立しまし た。原告は、前夫との長く苦しい婚姻生活にようや く別れを告げることができたのです。 ところが、苦しみはまだ続いていたのです。原告 は、前夫との訴訟上の和解による離婚が成立する数 か月前に、新しいパートナーの男性と知り合ってお り、 2 人の子を懐胎していたのでした。 離婚で苦しんだ原告に、新たに 2 つの苦しみが襲 うことになりました。 1 つは、離婚後 300 日以内に 生まれた子は、前夫の子と推定するという民法 772 条 2 項が存在することにより生まれてきた子が無戸 籍となった問題 ( 無戸籍児問題 ) 、そして 2 つ目が、 再婚禁止期間の問題です。 それらの問題で苦しんだ原告は、「法律は人を幸 せにするためにあるはずなのに、どうして自分は法 律で苦しむのだろう」と考えました。そして、「法 律を変えたい。自分と同じように辛い思いをする人 がもう出ないような社会にしたい」と思うようにな ったのです。そして原告は、女性の再婚禁止期間が 憲法に違反しないのかを問う裁判を起こすことに決 めたのです ( 以下では「本件訴訟」といいます ) 。 でも、再婚禁止期間が憲法に違反しないのか、さ らにはその規定を改正しない国会の立法不作為が国 家賠償法上違法ではないのかの問題については、す でに最三小判平成 7 ・ 12 ・ 5 集民 177 号 243 頁 ( 以下「最 高裁平成 7 年判決」といいます ) が先例として存在して いました。最高裁平成 7 年判決は、「民法 733 条の立 法趣旨は、父性の推定の重複を回避し、父子関係を めぐる紛争を未然に防ぐことにあるから、国会が同 条を改廃しないことが憲法の一義的な文言に違反し ているとはいえず、国家賠償法 1 条 1 項の適用上違 法の評価を受けるものではない」と判示していたの です。 では、最高裁平成 7 年判決が存在しているから提 訴しても無駄なのか、と申すと、私は決してそのよ うには思わなかったのです。なぜならば、判例は決 して法ではなく、それ自体に拘束力がある存在では ないからです ( 判例は法ではなく、紙に書かれた活字であ る憲法に与えられた意味にすぎないのです ) 。 本件立法事実 幸い、判例が変更されるきっかけとなるのではな いか、と思われる以下の事実が存在していました。 まず第 1 に、上で引用した最高裁平成 7 年判決自身 が、「民法 733 条の立法趣旨は、父性の推定の重複を
[ 特集引最高裁判決 2015 ーー 弁護士が語る 019 [ 特集最高裁判決 2015 ーーー弁護士が語る 専修大学事件 労災受給中の患者を解雇することは可能か 最高裁判所第ニ小法廷 2015 ・ 6 ・ 8 判決 民集 69 巻 4 号 1047 頁 / 地位確認等請求反訴事件 / 平成 25 年 ( 受 ) 第 2430 号 弁護士 小部正治・山添拓 法学セミナー 2016 / 03 / no. 734 1 ーカネさえ払えばクピにできる・・・ ? 解雇の金銭解決制度という「提案」が政治の場で 俎上にある。解雇は、客観的で合理的な理由を欠き 社会通念上相当であると認められない場合は、権利 の濫用として無効である ( 労働契約法 16 条 ) 。無効と されれば労働者の地位は遡って存在し続け、労働者 は復職できる。政府がいま考えているのは、裁判で 解雇が違法であると決着がついたにもかかわらず、 使用者が労働者に金銭を払い、復職させることなく 事件を終結させるというものである。導入されれば、 使用者としては違法であろうが不当であろうが、カ ネさえ払えばクビにできる、いわば労働者を狙い撃 ちして追い出すことが可能になる。 読者のみなさんは、こうした制度提案についてど のように考えるだろうか。「モンスター社員」を追 い出すために有効な制度だと思うだろうか。それと も違法解雇を争う地位確認訴訟の原則を覆す、首切 り自由化立法だと思うだろうか。現在の制度でも、 労働審判や本訴において、解雇の無効を前提として 金銭解決の和解が成立することはよくある。一方で、 地位確認請求を認める判決が出たにもかかわらず、 使用者が復職を認めず給料だけを払い続けるケース がある。労働者に就労請求権がないからやむを得な いと説明されるが、上記の制度はこれを正面から認 め、使用者の「予測可能性を高めるため」に制度化 しようとするものだ。 専修大学事件は、単なる不当解雇ではなく、労災 という業務上の傷病を負った労働者についての事件 である。しかしその根底には、「解雇の値段を決める」 という使用者の発想がっきまとう。使用者の責任範 囲で傷病を負い長期の休業を余儀なくされる労働者 について、カネさえ払えばクビにしてよいのかーー このことが問われたのが、専修大学事件である。 2 ー専修大学事件はこうぼ裁判にな。た 専修大学を卒業し事務職として同大学に就職した X さん ( 以下「 x 」 ) は、 2002 年、職業病である頸肩 腕症候群を発症し休職と復職を繰り返すようになっ た。大学は、入試を控えた 9 月中旬から入試本番の 1 月ないし 2 月にかけて特に繁忙となる。 X は、入 試担当でパソコンを使ったデータ入力等の業務をこ なすなかで、指や腕、肩などに強い痛みや違和感を 覚えるようになり、食事すら辛い状態になった。労 災請求を検討したものの、大学側は、請求すれば大 学にいられなくなると脅してこれを認めなかった。 それどころか大学は、 X を解雇しようとした。協議 の結果、 X はやむなく退職に合意した。しかし、退 職直前に労災申請をしていたところ、退職後に労災 と認められた。大学は、労災認定から 8 か月経って 退職合意を「撤回」、 X は復職し、労災保険給付 ( 療 養補償給付と休業補償給付 ) を受給して休業すること となった。 2009 年、主治医がリハビリ就労を可能と 診断 ( 診断書には「部分就労可能」と書かれた。 ) 、大 学の産業医も主治医の意見に賛同したため、 X は部 分就労を要求し、新たに加入した労働組合による団 体交渉なども行った。しかし、大学はこれを拒否し たため、 X はさらに休業を継続せざるを得なかった。 専修大学は、 2011 年 10 月、同大学が災害補償規程 に定める休職期間が満了したとして、規定に従い 1200 日分の打切補償を支払って、 X を解雇した。 のような解雇は労基法 19 条 1 項に違反するため即時 是正すべきとする中央労基署からの是正勧告書と指 導票が発せられたが、大学側は文書の受領すら拒否 した。受け取っていないから是正勧告など存在しな
わたしの仕事、法つながり 題に関して職員からの相談に回答したり、所内で開 催される各種会議に出席して法的問題を指摘したり しています。児相の業務では児童福祉法が主な根拠 法令になりますが、この他、民法の親族法、戸籍法、 少年法、家事事件手続法などをよく使います。 4 ー弁護士が常勤することの意義 児相職員はソーシャルワークをなす上で子どもの 成育歴や家庭環境等の事実を収集しなければなりま せん。しかし、関係者から聞き取った事実を、とき として客観的な裏付けがないまま判断の基礎となる 事実として認定したり、事実と評価を混在させて記 録化してしまい、評価を事実のごとく扱ったりする ことが見受けられました。この点、ソーシャルワー クでは、相談者の話を傾聴し、これに寄り添って支 援していくことが基本となるため上記のような例も 仕方ないことかもしれません。 とはいえ、虐待等における法的対応にあって、そ のような事実認定は適切な判断を誤らせ、重篤な虐 待被害を招きかねす危険なものです。 このような危険を排除するためにも弁護士が児相 に常勤する意義はあると思います。すなわち、弁護 士は、実務を行う上であらゆる場面で事実認定をし なければならず、事実認定能力に長けています。と すれば、児相職員に不足している事実認定能力を補 い、適切な判断へと導くことができると思います。 そして、職員の事実認定能力を向上させるためには、 単に外部から関わるだけでは十分ではなく、児相に 常勤して職員の身近にいて日頃から指摘することが 必要だと思います。 また、常勤しているからこそ、虐待事案を認知し た当初から弁護士が関わることで事実や証拠の収集 について的確に指摘することができ、その後裁判手 続きに移行した際、裁判に必要十分な事実や証拠を 提出することが可能になります。そして、弁護士が 申立書類等を作成する際、日常的に直接担当職員と 密に協議することが可能になり、充実した審判準備 ができます。なお、弁護士が何でも法的対応をやっ てしまうと児相職員の専門性が低下するとの声があ りますが、まったく的外れだと思います。児相職員 の専門性として重要なのはソーシャルワークカであ って、法的対応を弁護士がやったとしても児相職員 の専門性の程度とは基本的には関係ないからです。 ( くば・けんじ ) 将来的には全国に広がっていくだろうと考えていま 岡市以外に和歌山県、名古屋市 ) の児相常勤弁護士も くなり、本稿の執筆時点では全国にわずか 3 名 ( 福 の力は不可欠ですから、弁護士の活躍する場面も多 的専門性が求められます。かかる法的対応に弁護士 相における法的対応は増加し、さらなる迅速性や法 りませんが、もし司法関与の強化が実現すれば、児 されていました。現実務では司法関与はほとんどあ 員会では、児相業務に関して司法関与の強化が議論 ども家庭福祉制度のあり方について検討する専門委 本稿を執筆しているころ、厚労省に設置された子 5 ー常駐弁護士の将来は が必要であると考える所以でもあります。 あると思いますし、子ども福祉において弁護士のカ に児相のためのみならず、国民の権利擁護の趣旨も このように、弁護士が児相に常勤する意義は一重 権利擁護の側面ではむしろ推奨されるべきです。 行政処分等の適正性が確保されるのですから国民の かし、このことによって、権利侵害のおそれのある は児相にとっては煩わしいことかもしれません。し を担保することに役に立っていると思います。これ い法的問題を指摘するなどして児相の判断の適正性 述のとおり各種会議に出席した際、職員が気づかな ゆる事案に深く関わって当否を指摘できますし、先 はできませんが、弁護士が常勤していることであら 相が取り扱っている多くの事案をつぶさに見ること さらに、弁護士が外部から関わっていたのでは児 いると思います。 職員が主に行っており、その専門性も十分向上して や証拠の収集及び家裁とのやりとりや手続きは児相 それに、私は書面作成などの準備はしますが、事実 Q す。 虐待対応の最前線であり、責任の重さを感じます。 Q : 仕事は楽しいですか ? 抜本改正の可能性のある児童福祉法です。 Q : いま気になっている法律はありますか ? 児童福祉法です。 Q : いちばん使っている法律は何ですか ? 大学、裁判所、司法試験の受験勉強です。 法を勉強したのはどこですか ? 人の幸せにつながるものです。 Q . 法とは何でしようか ? 005
応用刑法 I ー総論 093 甲は、本件行為当時、自分が睡眠時無呼吸症篌。 = 1 群に罹患していることを知ることは困難であっ た & 甲の罪責を論じなさい。 【間題 ll 】において、甲は、「前方を注視し進路の 安全を確認しながら進行」すれば ( これを前方注視 義務という ) 、危険を察知することができ、その状 況に応じてプレーキをかけたりハンドル操作を行う などの措置をとれば A 車との衝突を回避できたとい んる。 問題は、甲が前方注視義務を履行することが現実 的に可能であったといえるかである。なぜなら、甲 は睡眠時無呼吸症候群に罹患していたため、行為当 時突然睡眠状態に陥っておりそもそも前方を注視す ることができなかったからである。そこで、裁判所 も、本問と同様の事案において、「被告人は、罹患 していた睡眠時無呼吸症候群に、当日の身体的・精 神的悪条件が重なって、予兆なく急激に睡眠状態に 陥っていたため、前方注視義務も履行できない状態 にあったとの『合理的な疑い』を払拭することがで きず、被告人に前方注視義務違反の過失を認めるこ とはできない」と判示している ( 大阪地判平 17 ・ 2 ・ 9 判時 1896 号 157 頁〔睡眠時無呼吸症候群事件〕 ) 。 このように、甲は前方注視義務を履行することが 不可能であることにより ( 事前的 ) 結果回避可能性 がないため、結果回避義務は認められない。 もっとも、睡眠時無呼吸症候群に罹患していた甲 がそれを現実に認識していたのであれば、前方注視 義務を履行できない可能性がある以上、運転を差し 控えるべき義務 ( 運転避止義務 ) が認められる。また、 当該病気に罹患していることを認識する可能性があ ったときも、自己が睡眠時無呼吸症候群に罹患して いないか疑い、それが認識できたのであればやはり 運転を差し控えるべき義務が認められるであろう。 しかし、本件で裁判所が過失を否定したのはこのよ うな事情が認められなかったからである。この点に つき、裁判所は「睡眠時無呼吸症候群は、専門医の 間では以前より知られている病気ではあったが、 れが一般に認識され、その危険性が社会的に認知さ れるようになったのは、平成 15 年 2 月 27 日に山陽新 幹線の運転手が起こした居眠り運転事故が実は睡眠 時無呼吸症候群に由来することが大々的に報道され るようになったとき以来のことであったと認められ るのであって、本件当時、市井の一私人である被告 人に、その病気やその危険性を疑うべきであったと する義務を課することは困難であるといわざるを得 ない」と判示している ( 前掲・大阪地判平 17 ・ 2 ・ 9 ) 。 [ 2 ] 回避措置の有効性という意味での結果回避可 能性 ( 事後的結果回避可能性 ) 刑法は法益を保護することを目的としている。そ こで、行為者に結果回避義務を課すことにより法益 を保護することができるのであれば義務を課すこと に合理性がある。しかし、義務を課しても結果を回 避することができないような場合にまで結果回避を 義務づけるのは妥当でない。そこで、想定された結 果回避措置を履行すれば結果が回避できるときに限 り当該措置を法的に義務づけるべきことになる。 それでは、このような結果回避措置の有効性とい う意味での結果回避可能性は、どの程度の可能性が ある場合に認められるのであろうか。この点につき 参考になるのが、 ( 過失犯の事案ではなく故意不作為 犯の事案ではあるが ) 「十中八九」の可能性を要求し た判例 ( 最決平元・ 12 ・ 15 刑集 43 巻 13 号 879 頁〔覚せい 剤注射事件〕 ) である ( この判例につき、第 3 講 100 頁 ーこで、「十中八九」とは、 80 % 、 90 % とい 参照 ) 。 う数値的な意味ではなく、「ほぼ確実に結果を回避 できたこと」を意味している。なぜなら、結果回避 可能性という「可能性」の判断において、必ず結果 を回避できたことまで要求すると結果回避可能性が 否定される場合が多くなり、法益保護に欠けるおそ れが出るし、他方、五分五分程度の可能性でよいと すると、回避できない可能性があるにもかかわらず 処罰を認めることになり、「疑わしきは被告人の利 益に」の原則に反する嫌いがあるからである。 故意犯か過失犯かで要求される結果回避可能性の 程度が異なることはありえないので、結果回避義務 の前提としての結果回避可能性も、もし結果回避措 置をとったならばほば確実の結果を回避できたこと が必要であると解すべきである。 この意味での結果回避可能性の有無が争われた代 表的な判例として、最判平 15 ・ 1 ・ 24 判時 1806 号 157 甲は、夜間、タクシーを運転し走行中、黄色鳶 点減信号の交差点を徐行することなく時速約 【間題 12 】第 2 黄色点滅信号事件 頁〔第 2 黄色点減信号事件〕がある。
038 があること ( 憲法第 81 条 : 憲法適合判断の終審裁判所 ) を 理由に、裁判所に対し、次の宣言「一定の判断」を 求めている。 都道府県への議員定数の配分については、 「都道府県人口に比例して配分せよ」 小選挙区の区割りについては、すべての選挙区を 「実行可能な限り等しい人口にせよ」 裁判所は、それ以上に「具体的な制度」を示す必 要はない。その後は、本判決の述べるとおり、国会 が上記宣言を踏まえて、適切な是正措置を講ずれば よい。 ②本判決は、是正のための合理的期間の起算点を、 国会が投票価値の不平等を認識し得たときと述べて いる。本件訴訟が国会議員の責任追及 ( 例えば損害賠 償請求 ) であるなら、国会議員の認識を問題にする 余地がある。 しかし、「違憲性」「違法性」の判断は、本来、客 観的判断であり、行為者の責任とは関係がなく、行 為者の認識や過失を考慮すべき問題ではない。 1 名別枠配分は、平成 6 年の小選挙区制導入時か ら採用されており、その「違憲性」は客観的にはそ の時点で既に明らかである。国会の認識を問題にす る余地はない。 ③衆議院に平成 25 年以降設置された検討機関と は、衆議院選挙制度に関する調査会 ( 座長 : 佐々木毅 元東大総長 ) を指摘している。 同調査会は、本年 1 月に、「 7 増 13 減」案を発表 した。配分の計算方式はアメリカで提案されたアダ ムズ方式であるが、人口の少ない州に有利な配分を することを目的としているため、一度も採用された ことがない方式である ( 参考文献 : M. L ノヾリンスキー H. P . ャング著 / 一森哲男訳、越山康監訳『公正な代表制 ワン・マン一ワン・ヴォートの実現を目指して』〔千倉 書房、 1987 年〕 ) 。 この調査会の是正案は、アダムズ方式の採用によ り、 1 名別枠配分の形を変えて、それを残存させる ことを目的としている。その検討を、人口比例配分 を実現するための取組みと、評価することはできな ④都道府県への定数配分の是正と都道府県内の区 割りの改正とに必要な国会の審議期間は、多くみて も前者が 1 年、後者が 6 か月あれば十分である。 仮に、平成 23 年 3 月の大法廷判決を起算日だとし ( やまぐち・くにあき ) ヾ、 越山弁護士が還暦を迎えたとき、心境を次のとお 5 今の心境 決」の考えを、認めることができない。 我々は、違憲状態を放置することになる「事情判 効判決」を言渡したことがない。 廷判決から今日までの 40 年間、最高裁は、「選挙無 事情判決を最初に認めた昭和 51 年 ( 1976 年 ) の大法 には、「選挙無効判決」を言渡す可能性がない。実際 ての事件が事情判決となる。事情判決を認める考え の場合、配分規定を憲法違反と認めても、そのすべ るほど、事情判決を言渡す必要性も大きくなる。そ の予測も大きくなる。混乱の予測が大きくなればな 定の不平等が大きければ大きいほど、判決後の混乱 法廷判決 ) 。しかし、その考えによれば、定数配分規 している ( 昭和 51 年 4 月 14 日および昭和 60 年 7 月 17 日の大 するために「事情判決」 ( 違法宣言付請求棄却 ) を採用 違反と判断した場合、選挙無効判決後の混乱を回避 ところが、従来の最高裁判決は、配分規定を憲法 可能である。 によって、選挙無効判決後の混乱を回避することは る。いずれにしろ、そのような解釈を持ち込むこと に国会で改正法を成立させる方法でもよいと考え らに、無効の効力発生を一定期間先送りし、その間 決の効力は、さかのばらないことにすればよい。さ 効とすべきであったと考える。ただし、選挙無効判 我々は、本件選挙は、すべての選挙区について無 回連続の「違憲状態判決」であった。 が憲法の平等の要求に反することを認めながら、 3 11 月 20 日の大法廷判決と同じように、 1 名別枠方式 [ 3 ] 本判決は、平成 23 年 3 月 23 日および平成 25 年 理的期間の延長理由に認めることはできない。 枠配分を残存させている。それらの取り組みを、合 減 ( 0 増 5 減 ) 法および平成 25 年区割法は、 1 名別 かである。また、その間に行われた平成 24 年定数削 正のための合理的期間を徒過していることは、明ら ても、本件選挙まで 3 年 9 か月の期間があった。是 私も今その心境である。 「烈士暮年壮心不已」 ( 曹操 ) れつしぼわんそうしんやまず り述べた。
事実の概要 113 火を放ち、実家建物等を全焼させた。 ①被告人が精神的不調を理由に仕事をせず、実父 ②被告人は、現に住居に使用し、かっ 2 人が現に いる木造瓦葺 2 階建居宅北側敷地内で、同居宅の台 からの仕送りに依存し、通院もしなくなったために 所出窓の直下に壁面に近接した状態で駐車されてい 実父が警察官等の助言もあって自立を促すために仕 る原動機付自転車付近 ( 出窓下に約 30 本の傘が吊る 送りを打ち切ったところ、被告人は実父が独り住ま いの実家を訪れた。実父は被告人の言動をおそれ、 され、周囲には多数の可燃物があった ) に何らかの 被告人に行き先を告げずに避難し、被告人は、実父 方法で点火して火を放ち、その火を同居宅に燃え移 の携帯電話に電話すると警察官が電話口に出るなど らせ、よって同居宅を全焼させるとともに、現にい したため、仕送りが期待できないと考え、自暴自棄 た一人を焼死させ、もう一人に入院加療 8 日間を要 となり、実家建物を全焼させ自殺しようと、これに する気道熱傷等の傷害を負わせた。 [ ①長野地判平成 27 ・ 5 ・ 26 LEX/DB 25540578 ②東京地判平成 27 ・ 7 ・ 1 LEX/DB 25541030 ] 現住建造物等放火罪における解釈課題 最新判例演習室ーー・刑法 ら、実家建物は現住建造物であると判断されうる ( 高松高判昭和 31 ・ 1 ・ 25 裁特 3 巻 19 号 897 頁参照 ) 。 1 ) 「現住性」の判断方法 2 ) 放火行為により建造物内の人を死亡させた ただ、現住建造物等放火罪の重罰根拠が、建造 ( 重 ) 過失致死傷罪と現住建造物放火罪との関係 物内の人の生命・身体に対する危険性に求められ、 「現在性」と同じ高度の類型的危険が「現住性」 に要求されるとすれば、人のいる蓋然性の具体的 ①判決は、実父が実家建物に被告人がいる間 事情による実質的な裏付けを要する。本件では、 は絶対に帰らないという意思を有していたことを 実父が独り住まいで、被告人がいる限り絶対に戻 根拠に「非現住建造物」との弁護側の主張に対し、 らない意思であれば、少なくとも居合わせる可能 実父は本件当時まで 40 年以上にわたって実家建物 性は高度ではない。現在性と比して人のいる可能 で生活していたこと、実父は前日の家出以降被告 性が低くともよいのであれば、その重罰根拠には 人が立ち去れば実家建物に戻る意思を有していた 「生活の本拠の喪失で生活の算段が立たない」と ことが認められ、実父の家出は単なる被告人から いう生活利益侵害の危険を加えるべきである。 の一時的な避難の趣旨にすぎないとし、実家建物 2 ) 現住・現在建造物に放火することで ( 重 ) が現住建造物であるとした。 過失により建造物内の人を死傷させた場合につ ②事件では、現住建造物等放火のみの訴因をこ き、人の死傷結果は現住建造物等放火罪で予想さ れと重過失致死傷とに追加変更する手続がなさ れる危険の範囲内であるとしてこれに吸収され、 れ、本判決は、「被告人は、原動機付自転車付近 量刑上考慮すれば足りるとされていた。実際、現 に放火すれば木造である被害家屋に燃え移る可能 住建造物等放火罪の訴因のみで起訴された最近の 性を予見していたものと推認することができる 裁判例でも、人の死傷結果は量刑判断に重要な影 し、それにより、現在する人の生命身体に危害を 及ばすおそれは高く、原動機付自転車付近に放火 響を与え、放火の連続性や動機などにより類型化 された現住建造物等放火の中で「重い」、「特に重 した被告人には、人の死傷の結果との関係では、 い」、「極めて重い」部類に属するとの判断に至っ 注意義務違反の程度が著しい重大な過失があっ ている ( 大津地判平成 26 ・ 1 ・ 29 、さいたま地判 た」とし、量刑理由で「建物に対する放火が、居 平成 27 ・ 6 ・ 15 、大阪地判平成 26 ・ 5 ・ 23 等 ) 。 住者の生命、身体、財産等に与える危険が正に現 裁判員裁判における量刑判断の対象の明確化か 実化したのであり、この点は量刑上十分考慮すべ ら、死傷に対する予見可能性や放火行為との因果 きである」と述べ、懲役 15 年に処した。 関係などを争点化し攻撃防御を尽くさせる ( さら に訴因に死傷結果を記載する ) こともなされる ( 福 1 ) 「現住性」は、一般に、現に人の起臥寝食 岡高判平成 26 ・ 3 ・ 20 等 ) が、本罪と ( 重 ) 過失 の場所として日常使用することを意味し、昼夜間 断なく人の現在することを必要としない。その喪 致死傷罪とは、保護法益が異なり、建造物内の人 失の判断では、当該建造物の使用形態の変更の有 の死傷の危険とその結果とが峻別され、本罪が当 無が重視され、居住意思の放棄の有無も一事情と 然に死傷結果を予定するとはいい難いから、別罪 して考慮される。①判決では、実家建物の使用形 を構成すべきであり、②判決のように訴因変更を 態に変化はなく、被告人がいる限りで戻らないと 行い量刑判断に加えるのが適正手続に資すると思 の実父の意思は居住の放棄とは言い難いことか ( かどた・しげと ) われる。 裁判所の判断 広島大学教授門田成人 法学セミナー 2016 / 03 / no. 734
060 [ ー hé 憲法判例再読ー他分野との対話 「一票の較差」判決 「投票価値の平等」を阻むものは何か 最大判昭和 51 年 4 月 14 日民集 30 巻 3 号 223 頁 最大判平成 23 年 3 月 23 日民集 65 巻 2 号 755 頁 徳永具志和光大学准教授 ( 憲法学 ) 砂介大阪大学准教授 ( 政治学 ) [ 第 4 回 ] 法学セミナー 2016 / 03 / no. 734 ロあらすじ 中選挙区制のもとで実施された昭和 47 ( 1972 ) 年 の衆議院総選挙において、選挙区の議員 1 人あたり の人口数分布の最大較差が 5 倍近くにまでに及んで いたことについて、これは合理的根拠に基づかない、 住所による不平等な取り扱いであって、投票価値の 平等を要求する憲法 14 条に反するとして、複数の選 挙人が提訴した。 これに対して最高裁は、本件の議員定数配分規定 が選挙権の平等の要求に反し違憲であると認める一 方で、諸般の事情を考慮して選挙自体は無効としな い、という判決を下した。 その後、平成 6 ( 1994 ) 年に衆議院の選挙制度が 小選挙区比例代表並立制に改正されると、この新た な選挙制度に基づく議員定数の不均衡が問題となっ た。とりわけ、各都道府県にあらかじめ 1 議席を配 分し、残りの議席を人口比例で改めて各都道府県に 配分する「一人別枠方式」と呼ばれる選挙区割りの 方法が、投票価値の不平等をもたらしているとして 提訴が続き、平成 21 ( 2009 ) 年に実施された衆議院 総選挙について争われた訴訟において、最高裁は一 人別枠方式が投票価値の平等に反していると判断し た。ただし、憲法上要求される合理的期間内の是正 がなされなかったわけではないとして、違憲とはし なかった。 ロ争点 ・どのような「一票の較差」なら許されるのか。 ・「投票価値の平等」は、誰がどのように実現 させるのか。 ロ判例を読む前に っている それを厳格に統制する審査手法の模索に関心が集ま における国会の広い裁量権を前提としつつ、しかし に、近時の学説においては、判例と同様に制度形成 通説と判例とのこのような隔たりを埋めるため の客観的な計数基準は示されない。 の広い裁量権が承認され、違憲となるラインとして ないとされる。そのため、選挙制度を設計する国会 の様々な要素との調和の中で実現されるものにすぎ れること」が第一目標であり、投票価値の平等は他 「国民の利害や意見が効果的に国政の運営に反映さ 持てば違憲となるとする 2 ) 。他方、判例においては、 拠もなく一票の重みが選挙区間で 2 倍以上の較差を なくとも衆議院選挙については、特別の合理的な根 介入が求められると考えるからである。そして、少 身による修復が困難となるため、裁判所の積極的な り、そのような権利が不当に制約されれば民主政自 自由と並んで民主政の過程を支える重要な権利であ ると主張する。選挙権と投票価値の平等は、表現の まで立ち入って厳格にその合理性を審査すべきであ 価値に較差が生じていれば、裁判所は制度の内容に 通説は、ある特定の選挙制度の仕組みによって投票 と最高裁判例との間には大きなギャップがある 1 投票価値の平等の扱い方について、憲法学の通説 憲法学習者の皆さんに、ぜひ考えてもらいたいこと
022 自動車事件・最三小判昭 52 ・ 10 ・ 25 民集 31 巻 6 号 836 頁 ) を引き、労災保険給付を受けている労働者と労働基 準法上の使用者の災害補償が行われている場合と で、労働基準法 19 条 1 項ただし書の適用の有無につ いて区別する理由はないというものである。すなわ ち、いずれの場合であっても使用者が賃金の 1200 日 分にあたる打切補償を行っている限り、解雇制限は 解除されるという。そして、打切補償が支払われた 場合でも療養補償給付が続くのであるから、「 19 条 1 項ただし書の適用の有無につき異なる取扱いがさ れなければ労働者の利益につきその保護を欠くこと になるものともいい難い」と加えている。 最高裁判決は、労基法 19 条 1 項および 81 条の解釈 適用に関して、法律に明確な規定がない場合にまで 解雇を認める、解雇が可能となるケースを広げる解 釈を行った。しかし、労基法 19 条の解雇制限は、業 務上の傷病を負った労働者が解雇の心配なく療養に 専念できるよう定められたものである。安心して療 養する権利を奪う結果をもたらす判決に、 X は悔し さをにじませた。当職らも非常に残念に思う。 判決は、この問題に関する最高裁の初判断である ことから、マスコミも大きく報じた。判決当日に X とともに行った記者会見にも多くの記者が集まり、 翌日の新聞には、「療養中の解雇条件緩和」 ( 朝日 ) 、 「労災休業中の解雇可能」 ( 東京 ) などの見出しが付 《判決要旨》最高裁判所第ニ小法廷 2015 ・ 6 ・ 8 判決 打切補償の根拠規定として掲げる同法 81 条にいう同 基準法 1 9 条 1 項の適用に関しては、同項ただし書が 養補償給付を受ける労働者は、解雇制限に関する労働 したがって、「労災保険法 1 2 条の 8 第 1 項 1 号の療 いを異にすべきものとはいい難い」。 働基準法 1 9 条 1 項 ) ただし書の適用の有無につき取扱 づく保険給付が行われている場合とで、同項 ( 注 ; 労 われている場合とこれに代わるものとしての同法に基 といえるので、使用者自らの負担により災害補償が行 いる場合にはそれによって実質的に行われているもの ものとしての労災保険法に基づく保険給付が行われて 使用者の義務とされている災害補償は、これに代わる 関係等に照らせば、「同法 ( 注 : 労働基準法 ) において 労災保険給付の実質と労働基準法上の災害補償との された。厚生労働省によれば、労災で 3 年以上療養 している労災保険受給者は 2014 年 3 月時点で 1 万 8227 人に上るという ( 東京新聞 2015 年 6 月 9 日付 ) 。 うつ病をはじめ精神疾患などでは、療養期間が長期 化するケースは珍しくない。回復したように見えて もすぐに職場復帰すれば短期間で再発することもあ り、復帰可否の判断は慎重にされなければならない。 3 年を超えることは十分にあり得ることを考える と、判決のインパクトは決して小さいものではない。 8 ー差戻審での引き続くたたかい 最高裁判決は、しかしこれで事件が終結したわけ ではない。「本件解雇の有効性に関する労働契約法 16 条該当性の有無等について更に審理を尽くさせる ため」、原審に差戻しとしたからである。労災受給 中の労働者の解雇について、どのような要件、事実 が問題となるのかが初めて定式化される裁判となる。 この点について、 X が 2006 年 1 月から 2011 年 10 月 に解雇を通告されるまでの間、「一度も正常な労務 の提供ができていないことを考えると、本件解雇が 労契法 16 条違反とされることは考えにくい」などと 評するものがある ( 木村一成「判批」労判 1118 号 5 頁 ) 。 また裁判例には、業務上の傷病でありながら労災保 険給付を行わす、使用者が災害補償を行い労基法 81 原審に差し戻す」。 の有無等について更に審理を尽くさせるため、本件を 「本件解雇の有効性に関する労働契約法 16 条該当性 ることができるものと解するのが相当である」。 外事由を定める同法 19 条 1 項ただし書の適用を受け る打切補償の支払いをすることにより、解雇制限の除 使用者は、当該労働者につき、同法 81 条の規定によ 償をうける労働者が上記の状況にある場合と同様に が治らない場合には、労働基準法 75 条による療養補 受ける労働者が、療養開始後 3 年を経過しても疾病等 「労災保険法 12 条の 8 第 1 項 1 号の療養補償給付を る」。 法 75 条の規定によって補償を受ける労働者に含まれ
070 区割りを決定することについても、最高裁は昭和 51 年判 決以来一貫してその合理性を承認している。 19 ) それまでの最高裁判決では、一人別枠方式を「過疎 地域に対する配慮」として位置づける立法府の判断の合 理性を承認していたが、これに対しては最高裁内部から も当初より批判があった。 20 ) 平成 8 ( 1996 ) 年に小選挙区比例代表並立制が実施 されて以降、最高裁は、平成 11 ( 1999 ) 年から平成 19 ( 2007 ) 年までの 3 つの判決において、最大較差が 2 倍を上回る 衆議院総選挙について合憲判決を下してきたことから、 それらの判決との整合性が問われていた。 (1) 一人別枠方式を「激変緩和措置」として位置づける ことによって、従来の合憲判決との整合性を図る論理を 見出している。また同時に、立法府の政策判断との正面 衝突を回避する意味も込められていると考えられる。 22 ) データの制約から、人口ではなく有権者数を使って いることに注意されたい。 23 ) 議席という観点からの具体的な効果については、菅 原 [ 2009 ] を参照。地方自治体への補助金の配分のよう な公共政策に与える影響を論じたものとして、堀内・斉 藤 [ 283 ] がある。 24 ) もちろん、中選挙区制のときに区割り変更がなかっ たわけではないが、変更が行われたのは 1964 年と 75 年の 都市部における議席増に伴う分区と、 1992 年に行われた 奄美群島区の鹿児島 1 区への編入に限られる。 25 ) 選挙権論争 ( とりわけ権利一元説 ) の背後にある国 家論、主権論の問題について検討した最近の論稿として、 小島慎司「選挙権権利説の意義」論究ジュリスト 5 号 ( 2013 年 ) 49 頁以下を参照。 26 ) 例えば、野中俊彦・中村睦男・高橋和之・高見勝利「憲 法 I 〔第 5 版〕」 ( 有斐閣、 2012 年 ) 539 頁以下を参照。 27 ) 渡辺康行「立法者による制度形成とその限界」法政 研究 76 巻 3 号 ( 2009 ) 250 頁以下。 28 ) 代表的なものとして、辻村みよ子「「権利」としての 選挙権』 ( 勁草書房、 1989 年 ) 、高橋和之「立憲主義と日 本国憲法〔第 3 版〕』 ( 有斐閣、 2013 年 ) 284 頁以下を参照。 29 ) 小山剛・前掲注 3 ) 161 頁以下。 30 ) 駒村圭吾「憲法訴訟の現代的転回』 ( 日本評論社、 2013 年 ) 199 頁以下。 31 ) このように立法府の制度選択における裁量を前提と しつつ、それに憲法的な統制を加えようとする発想は、 「制度準拠的思考」と呼ばれている。高橋和之・佐藤幸治・ 棟居快行・蟻川恒正「〔座談会〕憲法 60 年一一現状と展望」 ジュリスト 1334 号 ( 2007 年 ) 24-31 頁〔蟻川発言〕参照。 32 ) ただし、最大較差 2 倍を違憲のラインとしたわけで はない。その後の最高裁判決が 2.99 倍の較差を合憲とし、 3.18 倍を違憲と判断したことから、中選挙区制のもとで は恐らく 3 倍を目安としていたのではないかと学説では 考えられている。 33 ) 渡辺康行「衆議院小選挙区選挙における区割基準、 区割りおよび選挙運動上の差異の合憲性」判例時報 2136 号 ( 2012 年 ) 161 頁。このような立法裁量統制審査の手 法は、「立法者の自己拘束」の論理 ( 渡辺康行・前掲注 26 ) 、あるいは「裁量準拠型統制」 ( 駒村圭吾・前掲注 29 ) などと呼ばれている。ただし、平成 23 年判決は、 法学セミナー 2016 / 03 / no. 734 人別枠方式の非合理性を論証したうえで、実際に行われ た区割りの違憲性を指摘する際に、昭和 51 年判決のよう に「一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられ ない程度に達している」か否かの審査を介さず、投票価 値の平等を直接に判定基準として利用している点で、非 人口的要素の位置づけについて変化が見られる ( 只野雅 人「選挙権と選挙制度」法学教室 No. 393 ( 2013 年 ) 24 頁 ) 。 34 ) 憲法的価値を実現するための方法として、様々な国 家機関相互間とりわけ議会と裁判所の対話に関心を向け るべきとする、佐々木雅寿「対話的違憲審査の理論』 ( 三 省堂、 2013 年 ) を参照。 35 ) 実際、平成 23 年判決の後、国会は最高裁からのメッ セージを受けて速やかに対応したわけではなく、「違憲 状態」を解消しないまま放置し、 1 年 8 ヶ月が経過した 平成 24 年 11 月に衆議院の解散が行われてしまった。 36 ) 高橋和之「定数不均衡違憲判決に関する若干の考察」 法学志林 74 巻 4 号 ( 1977 年 ) 83 頁。 37 ) 近時注目されている「判断過程統制」の手法が可能 性として考えられる。判断過程統制とは、平成 16 ( 2004 ) 年に参議院定数不均衡事件判決に付された亀山裁判官他 の補足意見 2 で示されたもので、具体的には、「様々な 要素を考慮に入れて時宜に適した判断をしなければなら ないのに、いたすらに旧弊に従った判断を機械的に繰り 返しているといったことはないか、当然考慮にいれるべ き事項を考慮に入れず、又は考慮すべきでない事項を考 慮し、又はさほど重要視すべきではない事項に過大の比 重を置いた判断がなされてはいないか、といった問題は、 立法府が憲法によって課された裁量権行使の義務を適切 に果たしているか否かを問うものとして、法的問題の領 域に属し、司法判断になじむ」とする。そして、「投票 価値の平等のように、憲法上直接保障されていると考え られる事項」と「例えば、地域代表的要素あるいは都道 府県単位の選挙区制」のように「立法政策上考慮される」 にすぎない事項とでは、当然前者を重視しなければなら ないと述べている。ただし、これに対しては、立法府の ・・・その行為の結果が違 「判断過程に踏み込むことは、 憲であると裁判所が判断することよりも・・・・・はるかに国 会の権威とプライドを傷つけることになるのではない か」との批判がある ( 工藤達朗「参議院議員選挙と投票 価値の平等」論究ジュリスト 4 号 ( 2013 年 ) 96 頁 ) 。 38 ) 投票価値の平等の問題について、民主主義と司法審 査との緊張関係を意識した分析を行うものとして、安西 文雄ほか「憲法学の現代的論点〔第 2 版〕』 ( 有斐閣、 2009 年 ) 439 頁以下〔淺野博宣執筆〕を参照。 39 ) 宍戸常寿「最高裁判決で拓かれた「一票の較差』の 新局面」世界 818 号 ( 2011 年 ) 21 頁。 40 ) 長谷部恭男・前掲注 4 ) 183 頁。 ( とくなが・たかし、すなはら・ようすけ )
を使用し、さらに、 Y 社は、 A 社が使用していた事務 株式会社 A ( 内装工事の設計管理等を主な事業と 所を使用し、そこを本店所在地として登記している。 する ) は、本件原告 X 銀行から、証書貸付および当 X ( 譲渡会社の債権者 ) は、 A 社から Y 社に事業 座貸付約定による貸付を受け、その貸付残高・元金 譲渡が行われた旨主張し、また、 Y 社 ( 譲受会社 ) および利息の返済を履行期において怠った ( 債務不 において、 A 社 ( 譲渡会社 ) の商号の略称でもあった A 社の「標章」が引き続き使用されている事実をと 履行 ) 。 本件被告株式会社 Y については、旧商号「株式会 らえ、事業の譲受会社がそのような標章を続用する 社 B ( 休眠会社のもの ) 」から現在の商号「株式会 場合、事業主体は譲渡会社と同一のままであるとの 社 Y 」に変更した旨、会社の目的を A と同一のもの 外観が作出されることになり、したがって、そのよ に変更した旨、および、 A の取締役であった 0 がそ うな本件にも、商号続用の場合に準じて、外観信頼 の代表取締役に就任した旨、登記されている。また、 保護を趣旨とする会社法 22 条 1 項が類推適用される Y 社は、 A 社が従前より使用している標章 ( アルフ と主張し、譲受会社 ( Y ) の弁済責任の履行を求めた。 ァベット 1 文字を裏返しにして Y を表示したもの ) [ 東京地判平 27 ・ 10 ・ 2 金判 1480 号 44 頁 ] る。そのように、今日、商号の続用があるかは、 会社法 22 条 1 項の類推適用の可否 会社法 22 条 1 項が定める譲受会社の弁済責任の発 生にとって本質的な要素とはされていない。より 「前記認定事実によれば、 Y は、 A がかねてよ ゆるやかに解して、営業主体を表示する機能を認 り英語表記の略称として用いていた『 Y 』という めうる商号類似の外観の続用があれば足りるもの 名称を商号とし、また、 A がかねてより使用して と解されており、本件裁判所が、略称・標章の続 いた本件標章を使用しているものであるところ、 用の事実をとらえて、その責任を肯定したのも、 燾き第当第物 『 Y 』という名称は A という営業主体を表すもの その流れの中にある。譲渡会社の債権者の譲渡会 として業界で浸透し、プランドカを有するに至っ 社とのかかわり方は様々であり、その譲渡会社の ており・・ 、 Y は、本件標章を従業員の名刺、ホ 側としても、自己を表示するものとして、商号は ームページ・・・・・・等に表示していたことが認めら 積極的に活用せす、それよりも、例えば、店舗名 れ、 Y が、 A の略称である『 Y 』を商号の主たる や商標といった商号とは別のプランド名称を積極 的に活用する例も見られる。そのような商号類似 部分としていたことと相まって、 A という営業主 体がそのまま存続しているとの外観を作出してい の営業主体表示が続用される場合でも、譲渡会社 た」ため、「商号を続用した場合に準」じて、 Y は、 に取り残される債権者保護の必要性は変わること がない。本判決は、妥当である。 A の X に対する債務を弁済する責任を負う。 ところで、類推適用という形で債権者保護の範 囲を広げてきた会社法 22 条 1 項の法理には、その A 社から Y 社への事業譲渡の事実を認めた本件 法文言からくる制約 ( 類推の限界 ) として、商号 裁判所は、会社法 22 条 1 項の " 適用 " の前提である かそれ以外の ( 営業主体を表示する ) 名称類の続 商号続用の有無についてはこれを否定する一方 ( 譲渡会社の商号は A 、譲受会社の商号は Y であ 用 ( という外観 ) がなければならない、という制 る ) 、判例を引用して、同項に定める責任が、事 約もある。そこで、平成 26 年会社法改正では、そ 業譲渡に際し、 ( 商号続用ゆえ ) 営業主体が交替 の制約すら克服するところの新たな残存債権者保 護の法理が、会社分割および事業譲渡・営業譲渡 したことを認識することが一般に困難な譲渡会社 の債権者を保護する趣旨 ( 外観信頼保護 ) に出た 法制に導入されている ( 神田秀樹編「論点詳解平 ものとの前提に立ち、 A という営業主体を表すも 成 26 年改正会社法』 246 頁昭 ) : 彡、・い、 0 のとしてプランド化していた譲渡会社 (A) の略 外観信頼保護を本旨とする会社法 22 条 1 項法理 称を譲受会社がその商号の主たる部分に用い、か と、詐害行為取消権 ( 民 424 条参照 ) を本旨とす る会社法 23 条の 2 ( 商法 18 条の 2 ) の法理は、も つ、それを用いてデザインされた標章を譲受会社 が継続使用するという「外観」があった本件では、 ちろん異なった制度であり、法律要件についても 同様、営業主体交替の認識に困難な事情があった 大きく異なるが、不意打ち的に譲渡会社に残され ものと評価し、会社法 22 条 1 項を " 類推適用 " した。 る残存債権者が、譲受会社に直接、債務の履行を 会社法 22 条 1 項が定める法理は、既に、商号の 求めることができるという法的効果ないし経済効 続用がなくとも、例えば、ゴルフクラブの名称の 果は同じであり、 2 本の併走する制度により、債 ようなものの続用がある場合にも、類推適用でき 権者保護が図られている。 法学セミナー るとする展開 ( 最判平成 16 ・ 2 ・ 20 ) を見せてい ( どき・たかひろ ) 2016 / 03 / no. 734 事業譲渡における譲渡会社の商号の略称・標章を続用した譲受会社の弁済責任 事実の概要 最新判例演習室ーー商法 裁判所の判断 中京大学教授土岐孝宏