わたしの仕事、法つながり 題に関して職員からの相談に回答したり、所内で開 催される各種会議に出席して法的問題を指摘したり しています。児相の業務では児童福祉法が主な根拠 法令になりますが、この他、民法の親族法、戸籍法、 少年法、家事事件手続法などをよく使います。 4 ー弁護士が常勤することの意義 児相職員はソーシャルワークをなす上で子どもの 成育歴や家庭環境等の事実を収集しなければなりま せん。しかし、関係者から聞き取った事実を、とき として客観的な裏付けがないまま判断の基礎となる 事実として認定したり、事実と評価を混在させて記 録化してしまい、評価を事実のごとく扱ったりする ことが見受けられました。この点、ソーシャルワー クでは、相談者の話を傾聴し、これに寄り添って支 援していくことが基本となるため上記のような例も 仕方ないことかもしれません。 とはいえ、虐待等における法的対応にあって、そ のような事実認定は適切な判断を誤らせ、重篤な虐 待被害を招きかねす危険なものです。 このような危険を排除するためにも弁護士が児相 に常勤する意義はあると思います。すなわち、弁護 士は、実務を行う上であらゆる場面で事実認定をし なければならず、事実認定能力に長けています。と すれば、児相職員に不足している事実認定能力を補 い、適切な判断へと導くことができると思います。 そして、職員の事実認定能力を向上させるためには、 単に外部から関わるだけでは十分ではなく、児相に 常勤して職員の身近にいて日頃から指摘することが 必要だと思います。 また、常勤しているからこそ、虐待事案を認知し た当初から弁護士が関わることで事実や証拠の収集 について的確に指摘することができ、その後裁判手 続きに移行した際、裁判に必要十分な事実や証拠を 提出することが可能になります。そして、弁護士が 申立書類等を作成する際、日常的に直接担当職員と 密に協議することが可能になり、充実した審判準備 ができます。なお、弁護士が何でも法的対応をやっ てしまうと児相職員の専門性が低下するとの声があ りますが、まったく的外れだと思います。児相職員 の専門性として重要なのはソーシャルワークカであ って、法的対応を弁護士がやったとしても児相職員 の専門性の程度とは基本的には関係ないからです。 ( くば・けんじ ) 将来的には全国に広がっていくだろうと考えていま 岡市以外に和歌山県、名古屋市 ) の児相常勤弁護士も くなり、本稿の執筆時点では全国にわずか 3 名 ( 福 の力は不可欠ですから、弁護士の活躍する場面も多 的専門性が求められます。かかる法的対応に弁護士 相における法的対応は増加し、さらなる迅速性や法 りませんが、もし司法関与の強化が実現すれば、児 されていました。現実務では司法関与はほとんどあ 員会では、児相業務に関して司法関与の強化が議論 ども家庭福祉制度のあり方について検討する専門委 本稿を執筆しているころ、厚労省に設置された子 5 ー常駐弁護士の将来は が必要であると考える所以でもあります。 あると思いますし、子ども福祉において弁護士のカ に児相のためのみならず、国民の権利擁護の趣旨も このように、弁護士が児相に常勤する意義は一重 権利擁護の側面ではむしろ推奨されるべきです。 行政処分等の適正性が確保されるのですから国民の かし、このことによって、権利侵害のおそれのある は児相にとっては煩わしいことかもしれません。し を担保することに役に立っていると思います。これ い法的問題を指摘するなどして児相の判断の適正性 述のとおり各種会議に出席した際、職員が気づかな ゆる事案に深く関わって当否を指摘できますし、先 はできませんが、弁護士が常勤していることであら 相が取り扱っている多くの事案をつぶさに見ること さらに、弁護士が外部から関わっていたのでは児 いると思います。 職員が主に行っており、その専門性も十分向上して や証拠の収集及び家裁とのやりとりや手続きは児相 それに、私は書面作成などの準備はしますが、事実 Q す。 虐待対応の最前線であり、責任の重さを感じます。 Q : 仕事は楽しいですか ? 抜本改正の可能性のある児童福祉法です。 Q : いま気になっている法律はありますか ? 児童福祉法です。 Q : いちばん使っている法律は何ですか ? 大学、裁判所、司法試験の受験勉強です。 法を勉強したのはどこですか ? 人の幸せにつながるものです。 Q . 法とは何でしようか ? 005
034 環境訴訟法 プログラムがあった。それは、弁護団への「感謝状・ 上記のとおり、鬼怒川下流部の河道整備が非常に遅 ありがとう」の贈呈式であった。その一節には、「弁 れている状況にあるので、巨額の河川予算が投ぜら 護団と共に闘った裁判は、私たち市民として『深く れている必要性が稀薄な湯西川ダム事業を中止し、 自覚する』という大きな財産をもたらした」とあり、 その予算で鬼怒川下流部の河道整備をすみやかに進 「私たちは裁判で手にした経験を市民社会の財産と めるべきであると指摘していた ( 嶋津意見書を提出 し、多くの市民と戦いを共にする」ともあった。現 して証言もなされた ) 。 在の民主主義の危機への怒りとこれへの反撃の決意 以上のところからも、今回の鬼怒川洪水被害は、 は、シールズ世代だけのものではないようだ。弁護 国土交通省が不要のダム建設にかまけて、必要な下 団として、原告の皆さんにこのような財産を残せた 流部での対応策を放置していた結果なのである。 のなら、裁判所は説得できなかったが、何百という 原告の皆さん一一にの裁判で市民とぼの 原告の皆さんにこのような意識を持ってもらえたな 自覚を得た戦いを続ける」 ら、それが最大の成果といえるのかもしれない。 ( 1 ) この大会での大川隆司弁護士の報告だが、朝日 1 ) 日本学術会議「回答河川流出モデル・基本高水の 新聞のデータベースを調べたところ、提訴前の 20 年 検証に関する学術的な評価」 1 頁。 間と、以後の 11 年間のそれとでは、「八ツ場ダム」 2 ) 2009 年の橋下徹大阪府知事 ( 当時 ) の発言。 の記事掲載件数が 10 倍以上になったということだ。 3 ) 1970 年「利根川上流域における昭和 22 年洪水の実態 と解析」。 掲載件数が激増するのは、民主党政権下になってか 4 ) 前掲注 1 ) の日本学術会議の「回答」の「要旨」の らのようであるが、市民が立ち上がった住民訴訟も ⅲ頁。 その一翼を担ったのではないかというのが同弁護士 5 ) 東京高裁判決平 25 ・ 3 ・ 29 。 6 ) 最三小判平 4 ・ 12 ・ 15 民集 46 巻 9 号 2753 頁。 の感想であった。 ( たかはし・としあき ) ( 2 ) この大会には、弁護団に知らされていなかった Environmental Law and Litigation ・上智大学法科大学院教授 越智敏裕。 司法試験環境法は本書のみで〇 K コンパクトなのに充実したわかりやすい解説 「典型事例」やフローチャートで個別法の構造がつかめる 第 1 章環境訴訟法総論 第 6 章循環 第 7 章土壌汚染 第 2 章生活妨害 第 3 章景観・眺望侵害 第 8 章自然保護 第 4 章水質汚濁 第 9 章環境影響評価 第 5 章大気汚染 環境訴訟法 越響敏裕第 CONTENTS A5 判 本体 3 , 300 円 + 税 3 月下旬刊行 〒 1 70-8474 東京都豊島区南大塚 3-12 ー 4 TEL : 03-3987-8621 /FAX. 03-3987-8590 ) 日本言平言侖ネ土 こ注文は日本評論社サービスセンターへ TEL : 049-274-1780/FAX : 049-274-1788 http://www.nippyo.co.jp/
最高裁判決 2015 [ 特集 最高裁判決 2015 ーー 弁護士が語る 弁護士が語る 009 裁判には、その事件を担当した弁護士にしか語り得ないさまざまな物語が詰まっています。 原告との出会い、証拠の収集、裁判を乗り切るための戦略、そして、どのような想いで訴訟を追行したのか。 それぞれの事件の背景、争点を知ることは、判例を読み解く視点を一段と深め、 事件の生の雰囲気、訴訟の意義を伝えてくれます。 本特集で語られる弁護士の声は、判例集などでは知り得ない、 学習者のステップアップにも大きく貢献するでしよう。 INDEX 外れ馬券必要経費事件 国籍法 12 条違憲訴訟 誰のための、何のための国籍か 専修大学事件 中村和洋 近藤博徳 小部正治・山添拓 労災受給中の患者を解雇することは可能か 在外被爆者医療費訴訟 八ッ場タムに関する公金支出差止等請求訴訟ー一高橋利明 衆議院議員定数是正訴訟 再婚禁止期間違憲訴訟 夫婦別姓訴訟 自分と異なる選択 ( 生き方 ) を許容できるか 寺原真希子 作花知志 山口邦明 永嶋靖久 010 015 019 044 039 035 029 024
わたしの仕事、法つながり 004 2 ー児相はどんなことをしているか 子どもが虐待等で死亡するとマスコミに取り上げ られ、批判されることの多い児相ですが、例えば、 親が病気で子どもを養育できる人がいない、子ども が不良行為を続けている、育てにくい子どもとの関 わりをどうすればよいかなど、児相は本来その名の とおり子どもに関する様々な相談を受ける子ども福 祉機関です。相談を受けた児相は、心理学、小児精 神医学など専門的知見を活用しながら、子どもや保 護者とともに問題解決に取り組んでいきます。 もちろん、虐待は子どもの福祉を侵害する最たる ものですので迅速、適切に対応していかなければな りませんし、現行法上権限を付与されている児相が その任に当たります。そして、昨今起きている重篤 な虐待被害を防止するために強制処分も辞さない姿 福岡市こども総合相談センター課 久保健ニ 勢で対応します。 長にども緊急支援担当 ) ・弁護士 1 8 年生まれ。熊本大学法学部卒、福岡高 そうすると、本来は、保護者とともに問題解決に 等裁判所に事務官として入庁後、裁判所書 取り組むべき児相が、保護者の意思に反して子ども 記官として福岡地家裁に 14 年間勤務。福岡 県弁護士会所属 ( 子どもの権利委員会 ) 。 を一時保護することがあり、保護者と激しい対立関 係にいたることも少なくありません。このような関 係に疲弊する職員もいますし、守ったはずの子ども 1 ーはじめに くじけそうに から感謝されることもほとんどなく、 なることもあります。しかし、一時保護当初は表情 私は、 2011 年 ( 平成 23 年 ) から福岡市こども総合 が乏しかった子どもが、その後、里親に委託されて 相談センター ( 児童相談所〔児相〕 ) に特定任期付職 生活を続けているうちに本当に子どもらしい無邪気 員として勤務しています。 な笑顔を見せてくれたときは、自らの対応が間違い 福岡市では平成 20 年、 21 年と虐待による子どもの ではなかったことを確信し、やりがいを感じます。 死亡が頻発したことなどから虐待対応担当課長は弁 護士による法的対応の重要性を強く認識しました。 3 ー常勤弁護士の主な業務 それまでも契約弁護士による定期的な法律相談や必 先述のとおり、強制処分は保護者との激しい対立 要な際の法的支援を受けていましたが、子ども虐待 関係を生じさせるのですが、かかる保護者との面接 等への法的対応を迅速に行う上で十分ではなく、弁 に同席して法律家の立場から法的説明を行います。 護士を常駐させるべきだとの考えに至りました。そ また、子どもの一時保護や家庭への立入調査に同 の考えが実現し、福岡市は、全国で初めて児相に弁 行して適正な手続きがなされるように現場で判断す 護士を常勤させることとなりました。 ることもあります。 福岡市から県弁護士会に推薦依頼が出され、同会 さらに、子どもを施設入所等させる必要があるの の募集に手を挙げたことで現在の私があります。児 に、これに親権者が反対する場合には家庭裁判所に 童福祉分野の法令の知識はほとんどなく、児相に勤 申立てをして承認審判を得て施設入所等させること 務することには不安もありましたが、家庭裁判所に になるのですが、その際の申立書作成など家裁への 勤務していた経験や 8 か月間育児休業を取得して子 申立ての準備や審査請求手続きにおける弁明書作成 どもの養育に親しんだ経験を児相の業務にも役立て など法的対応全般を担っています。 られるのではないかと考えました。 このほか、日々発生する子どもや家族等の法的問 わたしの仕事、 法つながり ひろがる法律専門家の仕事編 [ 第 1 1 回 ] 子ども福祉にも必要とされる 弁護士のカ 児童相談所の常勤弁護士だからこそできること
[ 特集 [ 特集最高裁判決 2015 ーー弁護士が語る 最高裁判決 2015 ーー 弁護士が語る 035 衆議院議員定数是正訴訟 山口邦明 弁護士 裁判所ウエプサイト / 選挙無効請求事件 / 平成 27 年 ( 行ツ ) 第 253 号外 最高裁判所大法廷 2015 ・ 11 ・ 25 判決 法学セミナー 2016 / 03 / no. 734 事件との出会い ( 1 ) 1962 年 3 月に、アメリカ連邦最高裁判所は、州 議会議員の再配分事件について、連邦裁判所が憲法 の「平等保護」条項に基づき再配分を審査する権限 があること ( 管轄権 ) を、初めて認めた ( べーカー事 件 3 月 26 日判決 ) 。この判決は、公立学校教育におけ る黒人差別を違憲とした「黒い月曜日」の判決 ( 1954 年 5 月 17 日判決 ) と並んで、アメリカの 20 世紀におけ る 2 大判決とみなされている ( 参考文献 : 井出嘉憲「ア メリカにおける投票の権利と平等の代表ーーイ弋表再配分の問 題を中心に」東京大学社会科学研究所 ( 編 ) 「基本的人権 2 歴史 I 』〔東京大学出版会、 1968 年〕 ) 。 ( 2 ) 当時司法修習生であった越山康 ( 後に弁護士 ) は、 そのアメリカの判決に触発されて、同年 ( 昭和 37 年 ) 7 月施行の参議院通常選挙について、公職選挙法 204 条 ( 選挙の効力に関する訴訟 ) に基づき、訴えを提 起した。日本で最初の議員定数是正訴訟である。 その事件は、最高裁が「議員定数の配分について、 憲法第 14 条等は人口比例配分を積極的に要求してい ない」として、東京高裁の請求棄却を支持した ( 最 大判昭 39 ・ 2 ・ 5 民集 18 巻 2 号 270 頁 ) 。 ( 3 ) 私は、越山弁護士の受験指導を受けて、上記最 高裁判決の年に、司法試験に合格した。私は、その 頃、たまたまイギリスで 18 世紀中頃から 19 世紀中頃 にかけて「腐敗選挙区」の問題が議論され、その中 で選挙区人口の差が問題となり、是正されたことを 読んでいた。私は、越山弁護士に誘われるまま、国 会議員の定数是正訴訟を手伝うことになった。 2 ー平成 24 年法の定数削減と平成 25 年法の区割り ( 1 ) 平成 6 〔 1994 〕年に、衆議院議員については、従 来の中選挙区制を廃止して、小選挙区比例代表並立 制が採用された。小選挙区選出議員 300 名のうち 47 名は都道府県へ一律 1 名ずっ配分し ( 1 名別枠配分 ) 、 残り 253 名を都道府県の人口に比例して配分した。 我々は、「 1 名別枠配分」は憲法に違反すると主 張して、その後、定数是正訴訟を提起し続けた。 ( 2 ) 平成 23 〔 2011 〕年 3 月 23 日の大法廷判決は、国会 に対し 1 人別枠方式の廃止を求めた。国会は、これ を受けて、平成 24 〔 2012 〕年 11 月に小選挙区選出議員 を 0 増 5 減とする「緊急是正法」を成立させた。さ らに、衆議院議員選挙区画定審議会 ( 区画審 ) は平 成 25 〔 2013 〕年 3 月に区割り改正案を勧告し、国会は 同年 6 月にその勧告案をそのまま法律として成立さ せた。 都道府県への議員の「配分」と、都道府県内の選 挙区の「区割り」とは、別の法律、別の問題である。 ( 3 ) 平成 25 〔 2013 〕年の区割法の結果、選挙区間の最 大較差は、平成 22 〔 2010 〕年の国勢調査人口を使えば、 1.998 倍となり、安倍首相は、違憲状態は解消され たと胸を張った。 3 ー平成 27 年 11 月 25 日大法廷判決 ( 1 ) 平成 24 〔 2012 〕年緊急是正法と平成 25 〔 2013 〕年区 割法に基づいて、平成 26 〔 2014 〕年 12 月 14 日に衆議院 議員総選挙が行われた。我々と升永英俊弁護士のグ ループは 14 の高裁と高裁支部に、選挙無効訴訟を合 計 17 件提起した。 高裁判決は、不平等を憲法の要求に反するとは認 めない「合憲判決」が 4 件、不平等が憲法の要求に 反することは認めるが是正期間は未了のため配分規 定を憲法違反とは認めない「違憲状態判決」が 12 件、 配分規定の憲法違反を認めたうえでの「事情判決」 ( 違法宣言付請求棄却判決 ) が 1 件であった。 これら高裁判決に対する上告事件の判決が、平成
[ 特集引最高裁判決 2015 ーー 弁護士が語る 039 再婚禁止期間違憲訴訟 最高裁大法廷 2015 ・ 12 ・ 16 判決 裁判所ウエプサイト / 損害賠償請求事件 / 平成 25 ( オ ) 第 1079 号 弁護士 作花知志 [ 特集引最高裁判決 2015 ーー弁護士が語る 法学セミナー 2016 / 03 / no. 734 1 離婚成立後も続いた 2 つの苦しみ 再婚禁止期間違憲訴訟は、民法 733 条 1 項が女性 にのみ課している 6 箇月 ( 180 日 ) の再婚禁止期間 ( 以 下「再婚禁止期間」といいます ) が、性別による差別を 規定した憲法 14 条 1 項、さらには婚姻についての両 性の平等を定めた憲法 24 条 2 項に違反しないのか、 さらには民法 733 条 1 項が憲法に違反するとした場 合、同規定を改正しない国会の立法不作為は国家賠 償法上違法ではないのかが問われた裁判です。 私が、本件訴訟の原告の女性 ( 以下「原告」といい ます ) と知り合ったのは、原告が当時夫であった男 性 ( 以下「前夫」といいます ) との離婚問題で苦しんで いた時でした。 暴力をふるう一方で別居後も離婚に応じない前夫 に苦しんでいた原告は、離婚訴訟を提起するために 弁護士に依頼することにしたのです。その弁護士が 私でありました。 2007 ( 平成 19 ) 年の離婚訴訟提起後、原告と前夫 との別居が約 2 年近くになった 2008 ( 平成 20 ) 年に 前夫が離婚に合意する訴訟上の和解が成立しまし た。原告は、前夫との長く苦しい婚姻生活にようや く別れを告げることができたのです。 ところが、苦しみはまだ続いていたのです。原告 は、前夫との訴訟上の和解による離婚が成立する数 か月前に、新しいパートナーの男性と知り合ってお り、 2 人の子を懐胎していたのでした。 離婚で苦しんだ原告に、新たに 2 つの苦しみが襲 うことになりました。 1 つは、離婚後 300 日以内に 生まれた子は、前夫の子と推定するという民法 772 条 2 項が存在することにより生まれてきた子が無戸 籍となった問題 ( 無戸籍児問題 ) 、そして 2 つ目が、 再婚禁止期間の問題です。 それらの問題で苦しんだ原告は、「法律は人を幸 せにするためにあるはずなのに、どうして自分は法 律で苦しむのだろう」と考えました。そして、「法 律を変えたい。自分と同じように辛い思いをする人 がもう出ないような社会にしたい」と思うようにな ったのです。そして原告は、女性の再婚禁止期間が 憲法に違反しないのかを問う裁判を起こすことに決 めたのです ( 以下では「本件訴訟」といいます ) 。 でも、再婚禁止期間が憲法に違反しないのか、さ らにはその規定を改正しない国会の立法不作為が国 家賠償法上違法ではないのかの問題については、す でに最三小判平成 7 ・ 12 ・ 5 集民 177 号 243 頁 ( 以下「最 高裁平成 7 年判決」といいます ) が先例として存在して いました。最高裁平成 7 年判決は、「民法 733 条の立 法趣旨は、父性の推定の重複を回避し、父子関係を めぐる紛争を未然に防ぐことにあるから、国会が同 条を改廃しないことが憲法の一義的な文言に違反し ているとはいえず、国家賠償法 1 条 1 項の適用上違 法の評価を受けるものではない」と判示していたの です。 では、最高裁平成 7 年判決が存在しているから提 訴しても無駄なのか、と申すと、私は決してそのよ うには思わなかったのです。なぜならば、判例は決 して法ではなく、それ自体に拘束力がある存在では ないからです ( 判例は法ではなく、紙に書かれた活字であ る憲法に与えられた意味にすぎないのです ) 。 本件立法事実 幸い、判例が変更されるきっかけとなるのではな いか、と思われる以下の事実が存在していました。 まず第 1 に、上で引用した最高裁平成 7 年判決自身 が、「民法 733 条の立法趣旨は、父性の推定の重複を
厳学者の本 ] カウンター・カルチャーは革命だった ? ・ チャールズ・ A ・ライク ( 邦高忠ニ訳 ) 『緑色革命』 [ ロー・ジャーカ 熟議なき死刑執行は即停止を 元裁判員の視点から死刑制度を考える [ ロー・アングレ ] わたしの仕事、法つながり [ ひろがる法律専門家の仕事編 ] 11 子ども福祉にも必要とされる弁護士のカ 児童相談所の常勤弁護士だからこそできること 国際政治と会社法制改革 平成 5 年商法改正を通して今を見る 憲法判例再読 - ーー他分野との対話 4 「一票の較差」判決ーー「投票価値の平等」を阻むものは何か 新・法令解釈・作成の常識 21 法令立案についての技術⑦罰則規定の書き方 開発法学のフロンティアーー政治・経済と法 24 ・田口真義 ・久保健ニ 仮屋広郷 ・徳永貴志・砂原庸介 今井直 ・吉田利宏 ・松尾弘 ・武川幸嗣 久保田安彦 大塚裕史 高橋則夫 001 004 048 060 081 1 01 092 087 076 072 [ 最新判例演習室 ] 憲法 / 堀ロ悟郎 108 行政法 / 人見剛 109 民法 / 中川敏宏 110 商法 / 土岐孝宏 111 民事訴訟法 / 上田竹志 112 刑法 / 門田成人 113 刑事訴訟法 / 石田倫識 114 労働法 / 矢野昌浩 115 ライプラリ—] 新刊ガイド 117 [ ロー・フォーラム ] 弁護士事件ファイル 107 司法書士の生活と意見 071 判事補メモ 086 立法の話題 007 裁判と争点 006 最終回アジア諸国における政治・経済の発展と法の役割 第 2 の、そして拡大された「アジアの奇跡」 ? [ ロー・クラス ] プラスアルフアについて考える基本民法 12 物上代位・その 2 ー - ー物上代位と相殺との優劣 株式会社法の基礎 8 株式の仮装払込み 応用刑法 I ー総論 6 過失犯論 ( 3 ) ーー結果回避可能性と信頼の原則 財産犯バトルロイヤル 15 窃盗から強盗へのアップグレード - ーー事後強盗罪の構造
[ 特集 [ 特集引最高裁判決 2015 ーー弁護士が語る 最高裁判決 2015 ーー 弁護士が語る 029 八ツ場タ囚こ関する公金支出差止等請求訴訟 最高裁第一小法廷 2015 ・ 9 ・ 10 決定 ( 上告棄却 ) 八ッ場ダム費用支出差止等請求事件 / 平成 26 ( 行ツ ) 第 355 号、平成 26 ( 行ヒ ) 第 382 号 弁護士 高橋利明 法学セミナー 2016 / 03 / n0734 1 流域 1 都 5 県での市民の 11 年の戦い 八ツ場ダムに関する公金支出差止等請求訴訟は、 同ダムは治水上も利水上も不要であるとして、利根 川流域の関東 1 都 5 県の住民が、ダム建設に係る受 益者負担金等の支出の差止めを求めて起こしていた 住民訴訟である。原告・住民らは、利根川の治水計 画自体が持っ不合理性と虚構を主張して戦った。 利根川水系では、治水計画の基準となる「基本高 水のピーク流量」が八斗島地点 ( 群馬県伊勢崎市 ) で毎秒 2 万 2000 市と定められているのだが、国土交 通省は、この訴訟においても、また、民主党政権下 で行われた利根川の基本高水流量の見直し作業にお いても、この数値がどのような理由で決められたの かの説明ができなかった。この「 2 万 2000 」に改 訂した際の計算資料すら保管されていないのだとい う 1 ) 。そして、国土交通大臣は、下流都県に「納付 通知」という請求書を出して「八ッ場ダムの受益者 負担金」等を請求しておきながら、河川法が規定す る請求条件の「著しい利益を受ける」についての説 明もできなかった。「ばったくりバー」 2 の面目躍如 であった。 そうであるのに、裁判所は、地裁も高裁も河川管 理者を叱ることはなく、国土交通大臣が発した納付 通知には、「重大かっ明白な違法ないし瑕疵」は認 められないから、知事らはこれを尊重して支払いに 応じても違法はないとした。最高裁は、昨年 9 月、 「本件上告を棄却する。上告審として受理しない」と、 三行半の決定を下して、 1 都 5 県の上告申立代理人 へ通知してきた。 こうして、関東 1 都 5 県の住民たちの 11 年間の戦 いは終わった。しかし、住民たちは、これにへこた れず今後一層、行政に対する住民の監視を強めなけ ればならないと決意を新たにしている。代理人とし ては、思わぬ大きな報酬を得た思いである。 この広域の住民訴訟を担当してきた弁護士たち は、各地で市民オンブズマン活動に携わっているも のたちが多く参加し、この間、原告らと相携えて共 闘してきたのであった。筆者は、東京事件が受け持 ちであった。 2 一八ツ場タム住民訴訟の事案の概要 ( 1 ) 東京都の住民である原告・控訴人・上告人らの 主張は、東京都は八ッ場ダムにより治水上も利水上 も利益を受けないうえ、ダム湖には地すべりの危険 があって、八ツ場ダムが河川法上の河川管理施設と しての性状と機能を有しておらす、国土交通大臣が 発した同ダムに関する受益者負担金等の負担を命す る納付通知は違法であるから、地方自治法 242 条の 2 第 1 項 1 号に基づき上記の一連の負担金の支出の 差止めを求めるなどとするものであった。この訴訟 は、もとより地方公共団体の行政の誤りを防止し正 すことを目的とした住民訴訟である。 ( 2 ) 1 都 5 県の住民らは、 2004 年 11 月、各居住地の 地方裁判所へ知事らを被告として一斉に提訴した。 そして、原告側で設定した治水上の不要性の主張は、 利根川の基本高水のピーク流量毎秒 2 万 2000 ⅲは算 定の根拠なく過大な値であること、そして、利根川 の右支川・吾妻川上流でのダム建設は、下流域では、 河川法 63 条 1 項が規定する「著しい利益を受ける」 という条件は充たさない、とするものであった。 3 ー基本高水流量の移り変わり ( 1 ) 敗戦直後の 1947 年 9 月、戦時中の薪炭採取のた めの乱伐で山が丸裸になっているところへカスリー ン台風が関東地方を襲った。赤城山の西斜面が崩壊 して多数の死者が出る一方、利根川中流部での右岸 の破堤により、埼玉県から東京都東部地区の広域に
024 [ 特集引最高裁判決 2015 ーー弁護士が語る 在外被爆者医療費訴訟 最高裁判所第三小法廷 2015 ・ 9 ・ 8 裁判所ウエプサイト / 一般疾病医療費支給申請却下処分取消等請求事件 / 平成 26 ( 行ヒ ) 第 406 号 弁護士 永嶋靖久 法学セミナー 2016 / 03 / n0734 1 卩まじまり 私の学生時代、今から 40 年ほど前、多くの人が「世 界で唯一の被爆国日本」という言葉を何の疑いもな く使っていた。しかし、在韓被爆者を取り上げた深 夜番組の放映などによって、日本国外の被爆者の存 在も徐々に知られるようになってきていた。そのこ ろ、何人かの友人が韓国の原爆被害者孫振斗 ( ソン・ ジンドゥ ) 氏の裁判支援の活動をしていることを私 も知っていた。 弁護士になって 10 数年後、付き合いの途絶えてい たその友人らから、韓国の原爆被害者は今も法律の 平等適用を拒否され、何の援護もなく放置されてい る、裁判で争えないだろうか、と相談を受けた。そ のときは、在韓被爆者や支援者、仲間の弁護士とと もにそれから 17 年間も被爆者援護法の裁判に関わる ことになろうとは、また、そのときまで名も知らな かった韓国の山あいの地、陜川 ( ハプチョン ) を繰 り返し訪れることになろうとは思ってもいなかった。 2 一被爆者援護法とはどのような法律か 1945 年 8 月 6 日広島に、同月 9 日長崎に投下され た原子爆弾は約 69 万人もの原爆被害者を生んだ。 1945 年末までに亡くなった人は約 20 万人とされる。 昨年 3 月時点で、原爆死没者名簿には、広島で約 30 万人、長崎で約 17 万人が登載され、生存する被爆者 健康手帳所持者は約 18 万人だという。 死を逃れた被爆者には、熱線・高熱火災・爆風・ 放射線による被害とケロイド・白血病・白内障・ガ ンなどの後障害が残った。被爆者援護を目的として、 1957 年に原爆医療法が、 1968 年に原爆特措法が制定 され ( あわせて原爆二法という ) 、 1994 年に原爆二法 を統合する形で被爆者援護法が制定された。 被爆者援護法 1 条 ( 旧原爆医療法 2 条 ) 各号 ( 直爆・ 入市・救護・胎児の各被爆 ) に該当し都道府県知事か ら被爆者健康手帳の交付を受けた被爆者 ( 以下、「被 爆者」と表記する場合、法の規定により被爆者健康手 帳を交付された者を指す ) には、その全員に対して 健康診断・医療 ( 医療費の自己負担分の無料化 ) ・葬 祭料や介護手当の支給など、またそのうち原爆症認 定された者に対して原爆症治療や医療特別手当、そ の他各要件を満たした者に対して毎月定額の健康管 理手当など各種手当支給の援護がある。 3 ー国外に住む被爆者はどのような人たちか 被爆者の 10 人に 1 人は朝鮮人だった。植民地支配 により生活の基盤を奪われ、やむなく仕事を求めて、 あるいは徴用・徴兵による強制連行で、軍都広島・ 長崎に居住していて被爆した朝鮮人は、広島市で約 5 万人、長崎市で約 2 万人と推定されているにの うち 1945 年末までに広島市で約 3 万人、長崎市で約 1 万人が亡くなった ) 。日本の敗戦により植民地支配か ら解放され、多くの被爆者が祖国に帰った。その大 部分が朝鮮半島南部の出身者であり、特に慶尚南道 ( キョンサンナムド ) 陜川郡出身者が非常に多かった。 現在も韓国に住む被爆者の 5 人に 1 人が暮らす陜川 は「韓国の広島」と呼ばれる。 明治以降、アメリカやカナダに移民した日本人や その子孫で、開戦前に里帰りや留学していて被爆し た人もいる。被爆後、南米に移住した人も多かった。 プラジル・ベルー・ポリビアに暮らす被爆者は、今 も移住先の国籍を取得せず日本国籍のままの人が多 い。そのほか様々な事情から、被爆者は世界中に住 んでいる。厚労省は手帳を取得した「被爆者」は、 昨年 3 月時点で、韓国に約 3000 人、米国に約 1000 人、 プラジルに約 150 人と公表している ( ただし、すでに
010 [ 特集ー最高裁判決 2015 ーー弁護士が語る 外れ馬券必要経費事件 最高裁判所第三琺廷 2015 ・ 3 ・ 10 判決 刑集 69 巻 2 号 434 頁 / 所得税法違反被告事件 / 平成 26 ( あ ) 第 948 号 弁護士 中村和洋 法学セミナー 2016 / 03 / no. 734 事案の概要 会社員である A 氏は、市販の競馬予想ソフト「 X 」 に過去の統計に基づく独自の研究によるデータや計 算式を加えた予想ソフトを完成させて、パソコンを 通じたインターネットによる自動投票によって、 5 年間にわたり、ほば全開催日の全レース ( 新馬戦と 障害レースを除く ) を対象として、多種類、多額の馬 券を購入していた。 これにより、 A 氏は、年間トータルで、概要、以 下のような成績をあげていた。 金の入出金が同時処理されることにより差額がまと 日ごとに、開催日ごとの馬券の購入金額総額と払戻 関係から、土日は口座がロックされており、毎月曜 また、配当金については、銀行の決済システムの 「 X 」に保存されている。 なお、成績については、すべてパソコンソフトの A 氏は、下記馬券の収入については、確定申告を めて入金される仕組みとなっていた。 行っていない。 すべき経費は、的中馬券の購入金額のみであるとし て、概要、以下のとおりの内容の課税処分を行った。 平成 17 年 平成 18 年 平成 19 年 平成 20 年 平成 21 年 利益 所得税額 払戻 1 億円 5 億 4000 万円 7 億円 14 億 4000 万円 8 億円 的中馬券の購入金 500 万円 2000 万円 3000 万円 4000 万円 2000 万円 差引金額 9500 万円 5 億 2000 万円 6 億 7000 万円 14 億円 7 億 8000 万円 合計 34 億 6500 万円 約 6 億 5000 万円無申告加算税約 1 億 5000 万円 平成 17 年 平成 18 年 平成 19 年 平成 20 年 平成 21 年 利益 払戻 1 億円 5 億 4000 万円 7 億円 14 億 4000 万円 8 億円 全馬券の購入金額 9000 万円 5 億 4500 万円 6 億円 14 億 2000 万円 8 億 8500 万円 差引金額 1000 万円 500 万円 2000 万円 1500 万円 1 億円 合計 1 億 5000 万円 上記に対して、大阪国税局査察部は摘発を行い、 A 氏を単純無申告犯で告発し、 A 氏は、大阪地方裁 判所に起訴された。 他方、所轄の税務署長は、 A 氏に対して、本件の 馬券による収入を一時所得と認定したうえで、算入 また、 A 氏は、市から地方税として約 1 億 5000 万 円の課税処分を受けた。 これに対して、 A は刑事裁判において公訴事実を 争うとともに、課税処分については、異議申立、審 査請求を経た上で、大阪地方裁判所に対して、課税 処分の取消訴訟を提起した。 2 ー A 氏との出会い A 氏は、市販の予想ソフトを独自に改良すること で、上記のような成績を上げていたが、「競馬の配 当金に課税がされるという話は聞いたことがないの で、確定申告する必要はないのではないか。」など と考えて、確定申告はしていなかった。 そうしたある日、いきなり大阪国税局の査察官が 複数自宅に訪れて、強制調査となった。 私のところに相談に来たのは、調査も終盤になっ て、検察庁への告発や課税処分がなされる少し前の 時期であった。私のことは、刑事事件や税務訴訟を よく取り扱っている弁護士ということで、インター ネットで検索して知ったらしい。 私は、 A 氏から話を聞いて、最初は正直「競馬で