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1. 法学セミナー2016年05月号

[ 特集員へイトスピーチ / ヘイトクライムⅡーー理論と政策の架橋 031 にした不法行為責任の追及は、ヘイトスピーチ被害 救済の有効なアプローチの一つといえよう。 ふれた女性たちが名誉毀損を理由として損害賠償を って」などの発言について、雑誌等を通じて発言に 生殖能力を失っても生きるってのは、無駄で罪です " 悪しき有害ものはババァ " なんだそうだ」「 " 女性が 知事 ( 当時 ) による「・・文明がもたらしたもっとも を問う試みは既になされている。石原慎太郎東京都 個人に向けられていない差別的発言について責任 為法は対処できるのだろうか。 たとえば在日コリアン一般を指しての発言に不法行 特定の個人・法人に向けられないへイトスピーチ、 ヘイトスピーチといえる ( b ) は含まれていない。では、 事実摘示型の ( a ) の諸発言に限られており、典型的な 認めたのは、原告である京都朝鮮学園を対象とする ところで、京都事件で裁判所が名誉毀損の成立を 特定 / 不特定 として②の充足が否定された 7 活動の主眼が差別的見解を世に広めることにあった れた表現全体の内容や活動前後の被告の行動から、 と想像される。京都事件でも、示威活動中に発せら 型的なヘイトスピーチ事案では要件の充足は難しい ーチをめぐる訴訟では②④の要件が争点となり、典 な論評とはいえないと判断されるので、ヘイトスピ 人格を攻撃し貶める表現が用いられるときには公正 る目的ではなかった 6 ) 」と、また、苛烈に被害者の 場合や人格攻撃が目的であった場合には、公益を図 「原告に対する反感ないし敵対感情から表現した を示してきた 5 。 いときには不法行為の成立を認めない、とする法理 当な理由があり、④論評としての域を逸脱していな であることの証明もしくは真実であると信ずるに相 ①②に加え、③前提事実が重要な部分において真実 れるとき、意見論評型の名誉毀損の場合には、上の は真実であると信ずるに相当の理由があると認めら でなされ、③摘示事実が真実であることの証明また の利害に関する事実に係り、②専ら公益を図る目的 高裁は、事実摘示型の名誉毀損の場合には、①公共 や免責事由を慎重に彫琢することが求められる。最 の自由と矛盾するものであってはならず、成立要件 ただし、不法行為法もまた憲法で保障される表現 求めた事案がそれである 8 ) 。東京地裁は「上記のよ うな被告の個人的な見解ないし意見が公表されたこ とによって原告ら個々人の名誉が毀損されたかとい うことになると疑問」だという。その理由は、「発 言は、『生殖能力を失った女性』ないし『女性』と いう一般的、抽象的な存在についての被告の個人的 な見解ないし意見の表明であって、特に原告ら個々 人を対象として言及したものとは認められないから ・・・原告ら個々人についての社会的評価が低下する という道理もない」という点に求められている。 名誉毀損とは異なる事例も一つ紹介しよう。明治・ 大正期のアイヌ民族の健康状態や病歴等を収録した 書籍のなかに、アイヌ民族を劣った民族と決めつけ、 差別表現が多く記載されているとして、アイヌ民族 である原告が、民族的少数者としての人格権が侵害 されたなどとして慰謝料の支払い等を求めた事件が ある ( アイヌ史資料集事件 ) 。札幌地裁はこの不法行 為の成立を認めなかった。理由はこうである。当該 「図書に実名を掲げられたアイヌ民族の中に原告ら ・・・現在に は含まれていないことも明らかである。 至るまでのアイヌ民族全体に対する差別表現がされ たとみる余地があるとしても、その対象は、原告ら 個人でなく、アイヌ民族全体である。・・・・・・本件行為 により直接に侵害を受けた者と原告らとの間には、 原告らがアイヌ民族に属するという以外には、何ら のつながりを認めることができない。アイヌ民族に おける同胞間のつながりが他民族に比べ強く、かっ、 アイヌ民族が民族的少数者であることを考慮して も、〔直接の被害者でなくとも法的保護の対象とな る〕社会通念上親子及び夫婦間における精神的つな がりと同視できる」ほどの特別な関係性があるとは 認められない 9 ) 。 性別、民族といった大きな集団 10 ) に向けられたへ イトスピーチについて、それが「集団に属する個人 の名誉を侵害して不法行為となる」という接近方法 には困難さが付きまとうようである 11 ) 。そもそも、 被害者に生じた実際の損害を填補するとの不法行為 の目的からすれば、原告が被ったとは認定できない 被害について救済の手が差し伸べられないのはやむ を得ざるところであな 2 ) 。そこで、不法行為法を通 じたヘイトスピーチへの対応の試みは、被侵害利益 を個人の権利・利益として巧く構成できるかが勝負 どころとなる川 ( ヘイトスピーチの人種差別としての

2. 法学セミナー2016年05月号

125 事実の概要 判 に対しての残業手当のみなし相当額」とされ、 X の 機飲 X ( 原告 ) は平成 20 年 7 月に、ショッピングセン 場合は 83 時間分を 10 万円の固定で支払うものとされ ター内のフードコートで店舗を経営している Y 社 ていた。 Y 社においては、店長の上にマネージャー 件 店 ( 被告 ) の正社員となり、同月 21 日から平成 21 年 1 がいたため、店長が営業時間を変更することはでき 月 20 日までは副店長、同月 21 日から同年 7 月 20 日ま ず、休業することもできなかった。また、店長は、 では店長代理、同月 21 日から平成 24 年 7 月 20 日まで 店舗の金銭管理を任され、店舗で扱う食材の発注量 長 はジュニア店長、同月 21 日からは店長として稼働し 等を決めることができたが、什器備品購入について の てきた。 X に対しては、基本給、積立手当、役職手 店長独自でできるのは 3000 円までであり、それ以上 当、管理者手当 ( 平成 24 年 1 月からは「管理固定残 になるとマネージャーを通じて決裁を得ることが必 業」 ) 、能率手当などが支払われてきたが、このうち 要とされた。このような業務形態のなかで、 X が Y 管理者手当は、労働条件通知書で、「 9 時半以前及 社に対し、 X は管理監督者ではないとして、時間外 び店舗閉店時刻に発生するかもしれない時間外労働 労働手当の支払いなどを求めて提訴した。 [ 岐阜地判平 27 ・ 10 ・ 22 労判 1127 号 29 頁 ] 者 性 20 ・ 1 ・ 28 労判 953 号 10 頁は、①職務内容、権限 と 飲食店店長が管理監督者 ( 労基法 41 条 2 号 ) に 及び責任に照らし、労務管理を含め企業全体の事 該当せず、固定残業代は認められるか否か。 業運営に関する重要事項にどのように関与してい 固 るか、②その勤務態様が労働時間等に対する規制 定 「 X が管理監督者に当たるといえるためには、店 になじまないものであるか否か、③給与及び一時 残 長の名称だけではなく・・・・・・具体的には、①職務内 金において、管理監督者にふさわしい待遇がなさ 業 容、権限及び責任に照らし、労務管理を含め、企 れているかなどから判断するとして、店長が管理 業全体の事業運営に関する重要事項にどのように 監督者に該当しないと判断し、未払いの時間外割 関与しているか、②その勤務態様が労働時間等に 増金等を認容したが ( 控訴後和解 ) 、本件もこの の 対する規制になじまないものであるか否か、③給 判断を踏襲している。日本マクドナルド事件後も 取 与 ( 基本給、役付手当等 ) 及び一時金において、 様々な事件で管理監督者性が争われてきたが、店 管理監督者にふさわしい待遇がなされているかな 長については一定の権限を有していることが多い どの諸点から判断すべきである」。 ものの、企業全体の事業運営に関する重要事項に 「当該店舗の営業時間を変更することはできず、 どのように関しているかという視点から考察する パート等従業員の給料や、昇給等についても一定 ことが確立しており、本件の判断も是認できると の枠の範囲内での権限であった上、 X に与えられ 考えられる。 ていた権限は、担当店舗に関する事項に限られて そのうえで問題となるのは、管理監督者でなか った場合に各種手当をどのように扱うかである。 いて、 Y の経営全体について、 X が決定に関与す ることがなされていたとは認められない」。 これまでは、①割増賃金の算定基礎となる賃金に 「タイムカードを打刻することが求められ・・・・・・ X 該当するとしたもの ( 東建ジオテック事件・東京 は、実質的には自らの労働時間を自由に決定する 地判平 14 ・ 3 ・ 28 労判 827 号 74 頁など ) 、②算定基 ことはできないものであった」。 礎となる賃金から除外し、労基則 21 条の除外賃金 「店長が賃金面で、他の一般労働者に比べて優遇 と認めたもの ( 岡部製作所事件・東京地判平 18 ・ 措置が取られていたとは認められない。 5 ・ 26 労判 918 号 5 頁など ) 、③割増賃金の既払い ・・・ X が 労基法 41 条 2 号の管理監督者に該当するとは認め 分としたもの ( 東和システム事件・東京高判平 ることはできないというべきである」。 21 ・ 12 ・ 25 労判 998 号 5 頁など ) のほば 3 点に分 83 時間の残業は、 36 協定で定めることのできる かれてきたが、本件がとったのは①である。本件 上限時間の 2 倍近い長時間であり、管理者手当 ( 管 では、管理者手当 ( 管理固定残業 ) については、 理固定残業 ) は公序良俗に違反し、合意されたと 上限時間の 2 倍近い時間が対象となっており、公 いうことはできず、「時間外労働等の割増賃金の 序良俗違反に当たり合意されていないとした。 83 基礎とすべきである」。 時間の固定残業代を認めることはできないもの の、月 45 時間までの既払い分として認めるという 労基法 41 条 2 号の管理監督者に該当しないと判 ザ・ウインザー・ホテルズインターナショナル事 件・札幌高判平 24 ・ 10 ・ 19 労判 1064 号 37 頁 ( ④の 断されれば、時間外労働手当等の支払いが認めら れるが、管理監督者性はどのように判断されるの 類型 ) のような取扱いもできたのではないだろう 法学セミナー ( ねもと・いたる ) か。この点、日本マクドナルド事件・東京地判平 2016 / 05 / no. 736 か。 裁判所の判断 大阪市立大学教授根本到

3. 法学セミナー2016年05月号

応用刑法 I ー総論 097 なる。こうして、未遂犯の処罰根拠は法益侵害の具 体的危険性に求められるので、実行の着手時期も法 益侵害の具体的危険性が発生した時点と解すべきこ とになる ( 実質的客観説 ) 。法益侵害の具体的危険性 とは、既遂に至る客観的危険性を意味する。 判例も、強姦の意図で通行中の女性をダンプカー の運転席に引きずり込む暴行を加え、 5km 離れた地 点において運転席内で姦淫したという事案におい て、「被告人が同女をダンプカーの運転席に引きず り込もうとした段階において既に強姦に至る客観的 な危険性が明らかに認められるから、その時点にお いて強姦行為の着手があったと解するのが相当」で あると判示して、強姦罪の実行の着手を認めており、 既遂に至る客観的危険性に着目して実行の着手を判 断している ( 最決昭 45 ・ 7 ・ 28 刑集 24 巻 7 号 585 頁〔ダ ンプカー強姦事件〕 ) 。 《コラム》 判例学習の注意点 初学者の中には判例の「結論」だけを記憶し ようとする傾向がある。しかし、判例の結論は、 一定の「事案」を前提になされた判断であるこ とを忘れてはならない。ダンプカー強姦事件で は、犯人が複数であったこと、ダンプカーの運 転席が高い位置にあるため被害者が容易に脱出 することが困難であることなどの事情があった からこそ実行の着手が認められたのである。そ こで、判例は「強姦罪においては自動車内に引 : きずり込んだ時点で実行の着手がある」などと 一般化することは誤りである。強姦目的で自動三 : 車内に引きずりこもうとした事案でも実行の着 : 三手が否定された裁判例もある ( 大阪地判平 15 ・ 4 ・ 1 1 判タ 1 126 号 284 頁 ) 。ある判例を学習する際に は、どのような事実関係が前提とされているか をきちんと把握することが重要である。 もっとも、既遂に至る客観的危険性という実質的 観点からの判断のみによると、危険には相当の幅が あることから、判断者如何では処罰範囲が不当に拡 大するおそれもある。そこで、密接性の観点からす る形式的限定にも合理的な理由がある。そこで、判 例実務では、実行の着手の有無は密接性と危険性と いう双方を考慮し、ある行為が当該犯罪の構成要件 該当行為に密接な行為であり、かっ、その行為を開 始した時点で既に当該犯罪の既遂に至る客観的な危 険性があると評価できるときに実行の着手を認めて いる。 [ 2 ] 実行の着手の判断資料 実行の着手の有無を判断する際の判断資料の範囲 については、客観的事情に限定する見解 ( 客観説 ) 、 客観的事情に加え行為者の故意のみを判断資料とす る見解 ( 故意限定説 ) 、客観的事情に加え犯行計画を も判断資料とする見解 ( 計画説 ) が対立している。 この点、判例実務は、伝統的に、客観的事情のみ ならず主観的事情をも考慮するという立場をとって いる。このうち、下級審裁判例の中には計画説を採 用したものも少なくないが ( 例えば、名古屋地判昭 44 ・ 6 ・ 25 判時 589 号 95 頁など ) 、従来、最高裁判例で は計画説を正面から採用するものはなかった。とこ ろが、クロロホルム事件最高裁決定は、計画的 ( 段 階的 ) 犯行の事案にあっては、実行の着手の判断資 料として犯人の計画をも考慮すべきことを最高裁と してはじめて明確に示したものとして注目される。 判例が、実行の着手の有無の判断にあたって行為 の客観面のみならず行為者の主観的事情を考慮する のは、主観面により行為の危険性が異なるからであ る。ある行為のもつ危険性は、行為者がその行為の 次にどのような行為に出ようと考えているか ( 行為 意思 ) を考慮しなければ適切に評価することはでき ない。例えば、 X が拳銃の引き金に指をかけて銃ロ を A に向ける行為であっても、それが脅すつもりか 殺害するつもりかで人の生命に対する危険性は全く 異なるといえる。 また、行為者の計画内容如何によって行為のもっ 危険性が異なることもある。特に、計画的犯行にお いては、構成要件該当行為に至る前の段階で、構成 要件該当行為を確実かっ容易に行うための準備的行 為が行われることが多く、行為者の計画を考慮しな ければ、その準備的行為の危険性を適切に評価する ことはできない。複数の行為を行うという内容の犯 行計画は、複数の行為意思の組み合わせであるから、 行為意思が危険性の判断資料に入るのであるなら ば、このような犯行計画も当然判断資料に加えられ てしかるべきであろう。 計画説に対しては、犯行計画を考慮することによ り実行の着手時期が不当に早くなり妥当でないとい

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[ 特集員へイトスピーチ / ヘイトクライムⅡーー理論と政策の架橋 033 集団に向けられたヘイトスピーチが、その集団に 属する個人の内心に不快・不愉快というレベルに止 まらない深刻な被害をもたらしたと証明できるかど うか、苦痛の深刻度と因果関係の立証が鍵となる。 それぞれ困難な論点ではあるけれども、今後、議論・ 分析が進んでゆくかもしれない圸。 [ 3 ] 名誉感情 ( 侮辱 ) 名誉毀損が成立しない対個人へイトスピーチに関 して、考えうる現実的な他の選択肢としては名誉感 情侵害がある ちらは [ 2 ] と比べると議論が僅 かに先行しており、賠償責任が認められた裁判例も 蓄積されてきている。名誉毀損にいう名誉には名誉 感情 ( 自身の人格的価値についてもっ主観的な評価 ) を含まないとの判例は刑事民事ともに確立している ものの、不法行為法にあっては名誉から独立した利 益として名誉感情を認める見解が一般的である 22 ) また、刑法学では侮辱を事実の摘示なしに社会的評 価を低下させることと捉えて名誉感情侵害とは区別 している一方、民事では両者の区別は曖味のようで、 裁判所は ( 名誉毀損を生じさせない ) 侮辱行為につき、 名誉感情侵害を認めたり人格権侵害を認めたりして いる。なお、原告を直接対象とした発言しか、どれ も今のところ認容例はないようである 23 ) さらに検討すべき論点 本稿が課題とする不法行為法でのアプローチは、 以上みてきたように、可能性にあふれているとは言 ポテンシャル い難いものの、若干の潜在性は見て取れる。この隘 路に道行きを探るにあたっての要検討事項をさらに 幾つか挙げておきたい。 4 の [ 2 ] 、 [ 3 ] に共通しているのは、「内心」や「感 情」という主観的なものを被侵害利益として置いて いることである 24 。しかし、主観的な事情を不法行 為の成立要件とすることには慎重さが求められ、主 観だけを基準とすることは避けねばならない。傷つ きやすさには個人差があり、被害の有無・程度に関 して本人の主張だけで加害責任を認めるとなれば、 現行法体系は大きく揺さぶられる。 [ 2 ] で紹介した 最高裁判決は、「人は、社会生活において他者の言 動により内心の静穏な感情を害され、精神的苦痛を 受けることがあっても、一定の限度ではこれを甘受 すべきであり、社会通念上その限度を超えて内心の 静穏な感情が害され、かっ、その侵害の態様、程度 が内心の静穏な感情に対する介入として社会的に許 容できる限度を超える場合に初めて、右の利益が法 的に保護され、これに対する侵害について不法行為 が成立し得るものと解するのが相当である」と述べ た 25 ) 。アイヌ史資料集事件でも名誉感情侵害に関し て、「社会通念上許される限度を超え、一般的に他 者の名誉感情を侵害するに足りると認められる場合 でなければならない。その判断に当たっては・・・・・行 為者がした表示の内容、表現、態様等の具体的事情、 侵害されたと主張する者の客観的な事情も総合して 検討されるべき」とされた % 。こうした判断枠組み は多くの裁判例で確認できるもので、いずれも成立 の可否を原告の主観に頼るのではなく、客観的な物 差しによって判断しようとしている。 しかしながら、表現の自由保障の観点からすると、 かかる諸要素を考慮した受忍限度論では萎縮効果の 懸念を完全に払拭できていない、と評価したくなる。 表現者に働く萎縮効果を最大限減少させるには、ど のような材料を揃えておけば事後の訴訟で勝てるの か見通しを与えるべく、 ( 個別の事案ごとの適切な判 断を重視する立場からは異論もあろうけれど ) もう少 し明瞭な要件化が求められてよい。たとえば、米国 の不法行為法では、意図的に精神的苦痛をひき起こ すことは独立した不法行為となりうると認識されて きた (lntentional lnfliction of EmotionaI Distress 〔 IIED 〕 )。その成立要件は、④故意または無謀にも (recklessly) 、⑤極端かっ言語道断な行為がなされ、 ④その行為と精神的苦痛との間に因果関係があり、 ④苦痛が深刻であること、と定式化されている。⑥ では単なる侮辱とは到底いえないレベルの性質が要 求され、④も苦痛の強度や持続期間を厳格に判断す ることになっている 27 ) また、加害行為のもつ表現としての価値如何は、 受忍限度論のなかでは数多の考慮要素のワンオプゼ ムの位置づけしか与えられていないようにみえる。 表現の自由に配慮しての免責法理が整えられてきた 名誉毀損の領域とは異なった事態である。その意味 において、仮に今後 [ 2 ] や [ 3 ] の利益が次第に認めら れてゆくとするならば、それはヘイトスピーチ被害 者にとっては好材料といえそうな反面、憲法学の観 点からはただ喜んでばかりはいられない。ちなみに

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応用刑法 I ー総論 ければ、準備的行為自体に既遂に至る客観的危険性 が低いことになるので実行の着手は認められない。 クロロホルム事件最高裁決定も、夜間の自動車内に おいて 3 人がかりで被害者に襲いかかればクロロホ ルムを吸引させることは容易にできるし、多量のク ロロホルムを吸引させれば失神させることも容易で あるから、第 1 行為が成功する可能性は明らかに高 かったといえる事案であったため、特にこの点に言 及しなかったのではないかと推測される ( 平木正洋 「判解」最判解刑事篇平成 16 年度 175 頁 ) 。 099 《コラム》 行為の一体性の判断基準 ある行為と別の行為が 1 個の行為といえる ( 一体性 ) ためには、 2 つの行為の間に客観的 : にも主観的にも関連性が認められることが必要 : である。客観的な関連性が認められるためには、 : ① 2 つの行為が実質的に同一の法益侵害に向け られた行為であり ( 法益侵害の実質的同一性 ) 、 : ② 2 つの行為が時間的・場所的に近接している こと ( 時間的・場所的近接性 ) が必要である。 また、主観的な関連性が認められるためには、 ・③ 2 つの行為が 1 つの意思決定に貫かれている ! こと ( 意思の連続性 ) が必要である ( 基本的基準 ) 。 ところが、クロロホルム最高裁決定は、②時 間的・場所的近接性を挙げながら、①や③に 及していない。それは、クロロホルム事件のよ うな計画的犯行において①や③が認められるの は当然だからであろう。すなわち、準備的行為 ( 第 1 行為 ) も構成要件該当行為 ( 第 2 行為 ) も 三被害者の殺害という結果に向けられたものであ るから①法益侵害の実質的同一性が認められる し、もともと構成要件該当行為を行うために準三 三備的行為を行うのであるから③殺害の意思も連 : 続しているといえる。 それでは、クロロホルム最高裁決定が、 ( 前 三述のように ) ②以外に、④必要不可欠性、⑤遂 : 行容易性をも考慮要素にしたのはなぜであろう か。準備的行為が構成要件該当行為の直前に位 : : 置する密接行為であり、準備的行為自体に既遂三 に至る客観的危険性が認められるためには、両三 行為の間に、客観的関連性・主観的関連性が認・ められるだけでなく、富接不可分性が認められ : る必要があるからである。行為の一体性という ! のは、もともとは 2 個存在している行為を接着三 して 1 個の行為とみることを意味するが、 2 つ : ーの行為が密接不可分といえるためには、いわば : 三「より強力な接着剤」が必要であり、それに当三 : たるのが④と⑤なのである ( 付加的基準 ) 。 こうして、クロロホルム事件最高裁決定は、 三準備的行為と構成要件該当行為の一体性を検討 する際に、必要不可欠性、遂行容易性、時間的・ : 場所的近接性という 3 つの要素に注目すべきこ とを明らかにした点で重要な意義がある。 [ 4 ] クロロホルム事件における実行の着手の有無 それでは【間題 2 】で「もし乙の第 1 行為 ( クロ ロホルム吸引行為 ) により V が死亡した場合」に 乙の第 1 行為の時点で殺人罪の実行の着手が認めら れるであろうか。 これを肯定するためには、第 1 行為の時点で既遂 に至る客観的危険性が認められなければならず、そ れは ( 前述のように ) 客観的事情のみならず主観的 事情をも判断資料として判断されなければならない ( 計画説 ) 。 まず、乙の第 1 行為 ( クロロホルム吸引行為 ) は、 客観的にみれば人を死に至らしめる危険性の高い行 為であった ( 客観的事情 ) 。なぜなら、クロロホルム を多量に吸引させればその行為自体から既遂結果が 発生してしまう物理的可能性があるからである。し かし、準備的行為に既遂結果発生の物理的な可能性 があるという事情 ( 客観的事情 ) だけで直ちに実行 の着手を認めるのは適切ではない。 * 例えば、夫に毒入りウイスキーを飲ませて殺害しよう と考えた妻が毒入りウイスキーを押入れにしまっておいた ところ ( 準備的行為 ) 、妻が外出中にたまたま帰宅した夫 が押入れにウイスキーの瓶があることを偶然発見しそれを 飲んだために死亡したという事例では、準備的行為を開始 した時点で夫が死亡する物理的可能性はあったといえる が、妻は後日ウイスキーのグラスを夫に差し出して飲ませ ようと計画していたのであれば、当該準備的行為は、殺人 罪の予備にすぎないと評価すべきであろう。このように 準備的行為に既遂結果発生の物理的な可能性があっても、 常に実行の着手があるとは限らないのである。 そこで、客観的事情に加え、主観的事情、すなわ ち、行為者の犯行計画の内容を吟味する必要がある。 具体的には、計画上の第 1 行為 ( 準備的行為 ) と計 画上の第 2 行為 ( 構成要件該当行為 ) が 1 個の行為

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事実の概要 124 ものにつき閲覧を許可する一方、 b の部分について は、刑事確定訴訟記録法 ( 以下「法」という ) 4 条 閲覧請求人は、放射性物質に汚染された木材チッ プ ( 以下「本件木くず」という ) を滋賀県内の河川 2 項 5 号の閲覧制限事由に該当するとして、閲覧ー 部不許可処分をした。これに対して閲覧請求人が準 管理用通路に廃棄したという廃棄物の処理及び清掃 抗告を申し立てたところ、原決定 ( 大津地裁 ) は、 に関する法律違反被告事件に係る刑事確定訴訟記録 上記閲覧一部不許可処分を取り消し、木くずの移動 の一部である①被告事件の裁判書、② a 滋賀県が河 経路に関する情報部分 ( 取扱業者名、土地所有者名 川敷進入のための鍵を貸与した経緯、 b 本件木くず と余罪に関する木くずの両方 ( 以下、単に「木くず」 を含む全情報部分 ) 、木くずの最終搬入先の都道府 県市町村名までの情報部分 ( 以下「本件閲覧許可部 という ) について移動経路、保管状況等が分かる供 述調書、報告書等、③起訴状の閲覧請求をした。同 分」という ) の閲覧を認めた。検察官側が特別抗告。 己録の保管検察官は①と③、②のうち a 等に関する [ 最三小決平 27 ・ 12 ・ 14 裁時 1642 号 28 頁 ] 刑事確定訴訟記録の閲覧制限事由 一三ロ 4 条 1 項は、 53 条 1 項を踏まえ、閲覧自由の原則 本件閲覧許可部分は、法 4 条 2 項 5 号の閲覧制 を定めている。法 4 条 2 項 5 号は、「関係人の名 限事由に該当するか。 誉又は生活の平穏を著しく害する」場合に例外的 に「閲覧させないものとする」ことを定めるが、 本決定は特別抗告の一部を認めて原決定の一部 「一般の閲覧に適しないもの」 ( 53 条 2 項 ) の具体 を取り消した ( その余の特別抗告は棄却 ) 。すな 例の一つである。「著しく」という文言があるこ わち、別紙 ( 除外部分 ) を除いた本件閲覧許可部 とからも、法 4 条 2 項 5 号の該当性は、制限的に 解釈すべきであり、特別の重大な被害が発生する 分の閲覧を認めた。 「本件閲覧許可部分のうち、別紙の除外部分に ことが明白で現実的であるような場合に限定すべ きである。さもなければ、閲覧の禁止が、名誉や ついては、これらが閲覧されると木くずの取扱業 生活の平穏 ( プライバシー ) の名のもとに無限定 者、移動経路、搬入先の土地所有者等が特定され、 これにより風評被害、回復し難い経済的損害等が に広がる危険性がある。 発生し、関係人の名誉又は生活の平穏を著しく害 本決定は、別紙の除外部分が法 4 条 2 項 5 号に することとなるおそれが認められる。閲覧請求人 該当することのほか、閲覧請求人の「請求の範囲」 自身、上記のとおり、『関係者の固有名詞や役職名、 と「裁判の公正の担保」を理由に挙げて、この部 その他プライバシーに関する部分は除く』として 分を除いた本件閲覧許可部分の閲覧を認めるとい う一部 ( 不 ) 許可処分の結論を採った事例判断で 閲覧を請求しているのであって、原決定は請求の ある。このような閲覧制限事由の該当性の判断は、 範囲を超えているともいえる。また、 ・・・木くず 閲覧によって生じる弊害の内容・程度とその訴訟 の移動経路、搬入先については、市町村名の閲覧 記録を公開する利益との比較衡量によるが、さら まで認めなくても、裁判の公正を担保するに十分 と考えられる。」 ( 全員一致 ) に閲覧請求人の属性や閲覧目的も考慮される。最 別紙 ( 除外部分 ) 近閲覧を認める方向での判断を示した最決平 24 ・ 個人名、業者・法人名 6 ・ 28 刑集 66 巻 7 号 686 頁と最決平 21 ・ 9 ・ 29 刑 木くすの移動経路及び搬入先に関する市町村名以 集 63 巻 7 号 919 頁も、このような判断方法を採っ 下の住所・名称 ( 埠頭名、港名を含む。 ) ているが、本決定もこれに従っているといえよう。 船舶名、車両番号 前掲最決平 24 ・ 6 ・ 28 の閲覧請求人は弁護士であ り、訴訟等の準備の目的で第 1 審判決書の閲覧を 市町村の地方公共団体名 請求し、前掲最決平 21 ・ 9 ・ 29 の閲覧請求人は再 刑事確定訴訟記録の閲覧は、裁判公開原則 ( 憲 審請求事件の弁護人であり、再審請求のための記 法 82 条 ) に基礎づけられるとともにそれを実質的 録確認の目的を持っていた。これに対して、本件 に担保するものと位置づけられる。刑訴法 53 条 1 の閲覧請求人は、上記被告事件の告発人であり、 項が訴訟記録の閲覧を認める趣旨は、この裁判公 市民グループの代表者として、国民・周辺住民の 知る権利や平穏に生活する権利を主張していた。 開原則を拡充し、裁判の公正を担保し、かっ、裁 判に対する国民の理解を深めることである。 53 条 このような相違が、風評被害等のおそれの現実的 切迫性と相まって一部 ( 不 ) 許可処分の結論に至 1 項は、閲覧自由の原則を明らかにしているが、 法学セミナー 同条同項但書と 53 条 2 項は、その例外である。法 ったのではないか。 2016 / 05 / n0736 争 点 裁判所 の判断 山形大学教授髙倉新喜 解説 ( たかくら・しんき )

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応用刑法 I ー総論 103 【間題 3 】において、甲は、自動車を v に衝突さ せ V を転倒させてその場で V を刃物で刺し殺すとい う計画を立てていたところ、その計画によれば、自 動車を V に衝突させる行為は、 V に逃げられること なく刃物で刺すために必要であり ( 必要不可欠性 ) 、 甲の思惑どおりに自動車を衝突させて V を転倒させ た場合、それ以降の計画を遂行する上で障害となる ような特段の事情はなく ( 遂行容易性 ) 、自動車を衝 突させる行為と刃物による刺突行為は引き続き行わ れることになっていたのであって、同時、同所とい ってもいいほどの時間的にも場所的にも近接してい るので ( 時間的・場所的近接性 ) 、自動車を V に衝突 させる行為と刺突行為とは密接な関連を有する一連 の行為というべきであり、このような犯行計画を考 慮すれば、甲が自動車を v に衝突させた時点で殺人 に至る客観的な危険性も認められるから、その時点 で殺人罪の実行の着手があったものと認めるのが相 当である。 また、甲が頭の中で想定していた第 1 行為 ( 衝突 行為 ) と想定していた第 2 行為 ( 刺突行為 ) は「一 連の行為」であり、 1 個の構成要件該当事実である といえるので、甲は、現実に行われた第 1 行為 ( 衝 突行為 ) の際に、「自動車を衝突させて被害者を転 倒させた上で包丁で刺すという一連の殺人行為」を 行う認識があるから、殺人の故意に欠けるところは ない。したがって、甲は殺人未遂罪 ( 199 条・ 203 条 ) が成立する。本問類似の事案において、名古屋高裁 も、同様の考え方に立ち、殺人未遂罪の成立を肯定 している ( 名古屋高判平 19 ・ 2 ・ 16 判タ 1247 号 342 頁 ) 。 同様の裁判例として、ガソリンを散布し ( 第 1 行 為 ) その後に点火する ( 第 2 行為 ) という犯行計画 を立てた被告人が、ガソリンを散布した後、 ( 点火 行為をする前に ) 心を落ち着けるためにタバコを吸 おうとしてライターに火をつけたところ、ガソリン の蒸気に引火して爆発し家屋が全焼したという事案 において、現住建造物等放火罪 ( 108 条 ) の成立を 肯定したものがある ( 横浜地判昭 58 ・ 7 ・ 20 判時 1108 号 138 頁〔ガソリン散布事件〕 ) 。こでも、裁判所は 計画説に立ち、「被告人はガソリンを散布すること によって放火について企図したところの大半を終え たものといってよく、この段階において法益の侵害 即ち本件家屋の焼燬〔筆者注 : 現在では焼損〕を惹 起する切迫した危険が生じるに至ったものと認めら れるから、右行為により放火罪の実行の着手があっ たものと解するのが相当である」とした上で、被告 人の故意責任を検討しこれを肯定している。 ( おおっか・ひろし )

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LAW JO [ 飛、 A しロー・ジャーナル 006 れる犯罪事実の事案が重大であり、 これを処罰しな 5 司法と行政の距離 ければ著しく正義と衡平に反すると認められる場合 「善処」を要請する文書の提出 には、裁判所が縮小認定を行う義務を負うとしてい る ( 上記大法院 2009 年判決 ) 。このような考え方は、 本件では、韓国外交部から法務部に渡された文書 この文書 従前から採られてきた ( 大法院 1997 年 2 月 14 日判決な が、検察を通じて裁判所に提出された 5 は、日韓関係を考慮し「善処」を要請するものであ ど多数 ) 。たとえば、検察が殺人罪のみを公訴状に り、判決宣告前日に届けられた。 2015 年 12 月 17 日付 記載して起訴し、公訴状変更を行わなかったため、 の KBS 報道によれば、この文書は「量刑の参考資料」 傷害致死の認定がなされすに無罪が言い渡されるこ ともある ( 春川地裁 2015 年 7 月 3 日判決 ) 。名誉毀損 として提出されたという。そして、本件裁判所は、 罪についても、虚偽事実による名誉毀損 ( 刑法 307 判決の宣告に先立ち、この文書を朗読した。このこ 条 2 項 ) で訴追され、審理途中で当該事実の虚偽性 とは、司法の独立に疑問を抱かせる。 が否定された事案で、事実の摘示による名誉毀損 ( 同 韓国では、政治的判断が司法に持ち込まれること 条 1 項 ) の成立を認定しなかった原審の判断が肯定 がある。過去には、 2006 年の米韓 FTA を巡り、通 商部がアメリカから受け取った文書を裁判所に提出 されている ( 大法院 2008 年 10 月 9 日判決 ) 。 ちなみに、上記大法院 2009 年 5 月 14 日判決は、縮 したこともあった ( ソウル行政裁判所 2012 年 4 月 12 日 小認定を行うべきであるとした。この事案は、婚姻 判決 ) 。盧武鉉政権下では、与党が国会で少数となり、 関係にある者の手足を縛り、殴った上でべランダか 議会での解決が困難になった首都移転問題が憲法裁 ら突き落として殺害したという殺人事件である被 判所に委ねられた ( 憲法裁判所 2004 年 10 月 21 日決定 ) 。 韓国の司法と行政の距離感は、 ( 1 ) 権威主義体制期に 告人は、被害者を殴り、両手足を縛った事実を認め つつ、殺害の故意ゃべランダから突き落とした事実 司法が政権の手足として濫用され、両者の接近に抵 抗感が少ないことや、 ( 2 ) 民主化後の司法積極主義へ を否認していた。原審の光州高裁は、殺人について の転換なども影響していると思われる 6 合理的な疑いがない程度の証明が行われていないと した上で、傷害や暴行等の縮小認定を行わすに無罪 もっとも、本件では、「善処」しなくても無罪判 決を言い渡すことができた ( 3 ・ 4 参照 ) 。提出され を言い渡した ( 光州高裁 2006 年 12 月 29 日判決 ) 。これ た文書は事実認定に影響していないと思われる。加 に対して、大法院は、上記テーゼを確認した上で、 ( 1 ) 被告人が認めている事実を有罪と認定しても、そ 藤氏は、大統領府が追い詰められていた ( 本件が有 の防禦権行使に実質的な不利益をもたらすおそれは 罪の場合には国際社会から、無罪の場合には国内反 日勢力から批判を受ける ) と指摘した上で、文書は ないこと、 ( 2 ) 婚姻関係にあって互いに保護する義務 大統領府が裁判所に提出したものであると解してい がある被害者に対する犯行であり、縮小認定される る。そして、既に無罪判決を書き上げ、世論や大統 犯罪事実が軽微であるとは言えないことを挙げた。 領府を敵に回す怖さを感じていた裁判官の許へタイ そして、「検察官による公訴状変更が行われなかっ たという理由のみで他の犯罪事実を処罰しないこと ミング良く文書が届いたため、読み上げたのではな は、適正手続による実体的真実の発見という刑事訴 いかと推測している 訟の目的に照らし、著しく正義と衡平に反する」と 6 韓国内の評価と影響 8 ) 述べ、原審無罪判決を破棄し、事件を原審裁判所へ 高麗大・洪榮起教授は、韓国の法学者は本稿で挙 差し戻している。 げた諸判例を周知しているため、本件で有罪判決が 本件は、これらの判例を踏まえ、公訴状記載の特 宣告されることはないと考えていたと言う。また、 別法上の名誉毀損 ( 情報通信網法法 70 条 2 項 ) と、縮 検察も同様であるため、無理な起訴であると承知し 小認定によって認め得る刑法上の名誉毀損 ( 刑法 ていたのではないかと言う。同大学校の河泰勲教授 307 条 2 項 ) を比較し、本件記事の作成目的などを は、本件は検察への政治的影響が明確に示された事 考慮した結果、刑法 307 条 2 項による処罰をしなく 例であるとし、国際的な恥であると言う。 ても著しく正義と衡平に反しないと判断したものと このような見解は、当初から指摘されていた。本 思われる。 件記事公表直後の 2014 年 8 月 20 日には、ハンギョレ 0 二 =

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事実の概要 121 旨 ( 保証免責条項 ) が定められていた。 XI 信用金庫及び X2 銀行は、 Z から融資の申込みを 警視庁は、平成 22 年 12 月、国交省関東地方整備局 受け、東京信用保証協会 ( Y ) に対して、それらの 等に対し、 Z は、暴力団員が支配する会社であると 信用保証を依頼した後、融資を実行、 Y と X らとの して、公共工事の指名業者から排除するよう求めた。 間には、当該融資 ( 貸付 ) にかかる X に対する Z ら その後、 Z らが貸付債務を履行せず、 x らは、 Y に ( 主債務者 ) の債務を、 Y が連帯して保証する旨の 対し、 ( 本件 ) 各保証契約に基づき、保証債務の履 本件各保証契約が締結された。 Y と XI ・ X2 は、昭 行 ( 残債務の支払 ) を求めた。 Y は、主債務者が反 和 41 年 8 月、約定書と題する書面により信用保証に 社である場合、保証契約は締結しないところ、それ 関する基本契約を締結した。本件基本契約には、 X を知らずに同契約を締結したものであり、同契約は ( 金融機関 ) が「保証契約に違反したとき」は、 Y ( 協 要素の錯誤により無効であり、また、保証免責条項 会 ) は、 X ( 金融機関 ) に対する保証債務の履行に によっても保証債務の履行を免れる、と主張し、争 つき、その全部又は一部の責めを免れるものとする っている。 [ ①最三小判平 28 ・ 1 ・ 12 金判 1483 号 19 頁、②同・金判 1483 号 21 頁。ともに、裁判所 HP ] ている協会・金融機関の間の保証契約にかかわっ ( 1 ) 錯誤無効の成否、 ( 2 ) 付随義務違反の効果 て、融資 ( 信用保証 ) の実施後、主債務者が暴力 団等、反社であることが判明した場合に、当該保 ( 1 ) 保証契約上、「主債務者が反社会的勢力でない 証契約の法的効力はどうなるか、具体的に、協会 ・・・が当然に同契約の内容となっているとい は保証にかかる意思表示の錯誤を主張して、契約 うことはでき」ず、「本件基本契約及び本件各保 を無効にできるか。下級審において、肯定例 ( ① 証契約等に」当事者が想定できた事後判明の「場 事件第 1 審、原審ほか ) 、否定例 ( ②事件第 1 審、 合の取扱いについての定めが置かれていないこと 原審ほか ) が分かれていたところ、本件各最高裁 珮からすると」主債務者が反社会的勢力であること は、保証契約の ( 本来的 ) 性質論の観点及び約定 が「事後的に判明した場合に本件各保証契約の効 書及び個々の契約書 ( = 信用保証書 ) 等からする 力を否定することまでを」当事者「双方が前提と 当事者の法律行為の解釈論の観点から、これを否 していたとはいえない」。 < ①②事件共通 > 定した。協会の信用保証には、共通の約定書が利 ( 2 ) 「 X 及び Y は、本件基本契約上の付随義務とし 用されているので ( 金法 2005 ・ 132 ) 、この点にか て、個々の保証契約を締結して融資を実行するに かる本件最高裁の解釈論は、 ( 約定書を改正しな 先立ち、相互に主債務者が反社会的勢力であるか い限り ) 他の信用保証契約にも等しく及ぶ判断と 否かについてその時点において一般的に行われて なる。 いる調査方法等に鑑みて相当と認められる調査を ( 2 脇会の約定書 ( 例 11 条 1 号 ~ 3 号 ) には、保証 すべき義務を負」い、「 X がこの義務に違反して、 人 ( 協会 ) の保証履行責任を免除する、 3 つの保 証免責事由 ( 旧債振替、保証契約違反、故意重過 その結果・・・・・・保証契約が締結された場合には、本 件免責条項にいう X が「保証契約に違反したとき』 失による取立不能 ) が定められている。本判決は、 契約に先だって、普通レベル ( 相当 ) の反社調査 に当たると解するのが相当であ」り、その場合、 Y は「本件各保証契約に基づく保証債務の履行の をする基本契約上の付随義務が双方に生じている 責めを免れるというべきであ」り、「その免責の とし、金融機関の側が当該付随義務に違反するこ 範囲は、上記の点についての Y の調査状況等も勘 とは、保証契約違反 ( 例 11 条 2 号 ) と評価される 案して定められるのが相当である」。 < ②事件 > こととなり、その場合には、保証免責 ( 保証債務 消滅・最二小判平 9 ・ 10 ・ 31 参照 ) の法的効果が 信用保証協会は、中小企業者への金融機関から 生じる、という規範を打ち立てた。全国信用保証 の貸付金の債務を保証することを主たる業務とす 協会連合会「約定書例の解説と解釈指針」によれ る。中小企業が借入金を返済できなくなったとき、 ば、これらの免責は、「金融機関の債務不履行に 協会が同企業に代わりその金額を金融機関に支払 よる損害に相当する部分につき責任を問う」趣旨 い ( 代位弁済 ) 、それによる求償権を、その後、 の条項であるとされており ( 金法 1818 ・ 17 、 28 、 41 ) 、本判決も、協会側の調査 " も " 不十分であっ 中小企業に行使する ( 民 459 条。なお、協会は公 たときには、民法 418 条による調整がありうるこ 保険でリスクを一定外部化。中小企業信用保険法 とを示唆しながら、付随義務違反と相当因果関係 3 条参照。また、約定書で求償保証人も確保 ) 。 のある損害に相当する部分の保証債務消滅を考え ( 1 ) 政府反社指針 ( 平成 19 年 6 月 ) を受け、それぞ 法学セミナー ( どき・たかひろ ) れ監督指針レベルでも反社取引の遮断を要請され るようである。 2016 / 05 / n0736 主債務者が反社会的勢力と判明した保証契約の効力と同・付随義務違反の効果 最新判例演習室ーー商法 裁判所の判断 中京大学教授土岐孝宏

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102 法学セミナー 2016 / 05 / 8736 LAW CLASS が開始された後の結果発生に至る因果の流れに関す る錯誤の問題に過ぎない」と述べて殺人罪の成立を 認めており ( 仙台高判平 15 ・ 7 ・ 8 刑集 58 巻 3 号 225 頁 ) 、 最高裁決定も原判決の判断を是認していることか ら、最高裁決定も因果関係の錯誤について法定的符 合説の立場から故意を阻却しないという考え方に立 っていると思われる。 [ 3 ] 【問題 2 】の結論 以上より、【問題 2 】の乙の罪責は、準備的行為 ( 第 1 行為 ) から死亡結果が発生したと仮定した場合は 殺人罪、構成要件該当行為 ( 第 2 行為 ) から死亡結 果が発生したと仮定した場合も殺人罪となるので、 いずれにせよ殺人罪 ( 199 条 ) が成立する。 また、乙は、甲、丙両名との共謀に基づいて殺人 行為を行ったものであるから、結局、甲、乙および 丙の 3 名に殺人罪の共同正犯 ( 60 条・ 199 条 ) が成立 する。 * 準備的行為 ( 第 1 行為 ) から死亡結果が発生したと仮 定した場合、準備的行為には殺人罪が成立する。これに対 し、現実に行った第 2 行為は、死亡している被害者を海中 に転落させたことになるので、殺人罪の不能犯の問題とな る。この場合、不能犯にはならないという結論をとると、 第 2 行為は殺人未遂罪となる。また、第 2 行為は殺人の故 意で客観的には死体遺棄を実現したことになり ( 抽象的事 実の錯誤 ) 、殺人罪と死体遺棄罪の構成要件は重なり合わ ないので故意犯は成立せず ( 第 7 講 94 頁 ) 、不可罰となる。 もっとも、殺人未遂罪は第 1 行為の殺人罪に包括して評価 されるので、乙の最終的な罪責は殺人罪となる。なお、乙 が現実に行った第 1 行為と第 2 行為を 1 個の行為とみるこ とはできない。なぜなら、第 1 行為は生命侵害に向けられ た行為であるのに対して、第 2 行為は死亡した被害者を海 中に転落させる行為であり、客観的には生命侵害に向けら れた行為ではないので、両行為に客観的な関連性が認めら れないからである。 5 早すぎた構成要件の実現の射程範囲 最後に、クロロホルム最高裁決定の考え方は、ど のような事案にまで及ぶかを検討しておこう。 [ 1 ] 準備的行為の物理的危険性の有無 クロロホルム事件は、準備的行為 ( 第 1 行為 ) 自 体が ( クロロホルムが多量であったため ) 科学的にみ れば生命侵害の物理的危険性が高かったという事案 であるが、準備的行為自体に既遂結果発生の物理的 可能性が全くなくても実行の着手を認めることは可 能である。なぜなら、判例実務において、実行の着 手は、客観的事情のみならず主観的事情をも考慮し て判断されるべきものであるから、行為者の犯行計 画上の第 1 行為と第 2 行為が一体のものといえれ ば、そのような計画を考慮することによって実行の 着手を肯定することが可能となるからである。 例えば、被害者を確実に眠らせることはできるが 死亡させる可能性が全くない睡眠薬を用いた場合で あっても、計画上の第 2 行為との一体性が認められ る限り、準備的行為を開始した時点で殺人罪の実行 の着手を肯定することができる。 [ 2 ] 第 2 行為の実行の有無 クロロホルム事件は、計画上の第 2 行為 ( 構成要 件該当行為 ) も現実に実行した事案であるが、第 2 行為が行われなくてもクロロホルム事件最高裁決定 の考え方に従って事案を処理すればよい。なぜなら、 早すぎた構成要件の実現は、準備的行為から既遂結 果が発生した点にその本質があり、計画したすべて の行為をやり切ったかどうかは関係がないからであ る。 【問題 3 】衝突後刺殺計画事件 甲は、統合失調症の影響による妄想から 0 自 らが一方的に好意を寄せていた V を殺害し自ら も死のうと考えた。甲は、 V がソフトボールの 経験を有すると聞いていたことなどから、身の こなしが速い V の動きを止めるために自動車を 衝突させて転倒させ、その上で包丁で刺すとの 計画を立てた。ある日の午後 6 時 20 分頃甲 は路上を歩いていた V を認め、 V に低速の自動 車を衝突させて転倒させた上で所携の包丁でそ の身体を突き刺して殺害するとの意図の下に、 歩行中の V の右斜め後方から甲運転の自動車前 部を時速約 20km で衝突させた。しかし、甲の 思惑と異なってぐ V は転倒することはなく、ポ ンネットに跳ね上げられて、後頭部をフロント ガラスに打ちつけた上、甲車両が停止した後、 路上に落下した。 V はその衝撃によって、加療 約 50 日間を要する頭部挫傷、右肩挫傷、右下 腿挫傷の傷害を負った。甲は、意外にも A がポ ンネットに跳ね上げられて、路上に落下し、立 ち上がろうとするその顔を見て、急に V を殺す ことはできないとの考えを生じ、犯行の継続を 中止した。甲の罪責を論じなさい。