094 CLASS ◆学習のホイント◆ 応用刑法 I ー総論 [ 第 9 講 ] 具体的事実の錯誤 大塚裕史 明治大学教授 法学セミナー 2016 / 06 / n0737 1 2 3 1 具体的事実の錯誤をめぐる法定的符合説と 具体的符合説の共通点と相違点をしつかり 理解する。 法定的符合説の結論たけ覚えても意味がな い。判例が法定的符合説を採用するのはな ぜか、法定的符合説にはどのような問題点 があるかを理解する必要がある。 因果関係の錯誤はどのような場合に問題と なるか。因果関係の錯誤においては故意を 阻却することがないとされるが、それはな ぜかを説明できるようにする。 具体的事実の錯誤の意義 故意責任 ( 故意犯の成立 ) を肯定してよい。ところが、 行為者の故意とは異なる内容の結果が発生した場合 は、結果を行為者の故意の仕業と判断し発生結果に 対して故意責任 ( 故意犯の成立 ) を肯定できるかが 問題となる。 この点につき、故意の内容と発生結果との間に「重 大な」齟齬があれば ( 行為時に存在した ) 故意が阻 却され、発生結果に対する故意責任が否定される点 では異論はない。問題は、どのような場合に故意を 阻却するような重大な齟齬があるといえるのかであ り、その判断基準をめぐって見解が対立している。 そして、発生結果について故意責任を肯定できるか 否かを行為後に判断する際の基準を錯誤論という ( 事後判断 ) 。 [ 2 ] 未必の故意と事実の錯誤の関係 行為者が認識した犯罪事実と現実に発生した犯罪 事実の間に齟齬 ( 食い違い ) がある場合を事実の錯 誤といい、このうち認識事実と発生事実が同一の構 成要件に該当する場合を具体的事実の錯誤という ( 基本刑法 I 〔第 2 版〕〔以下「基本刑法 I 」は第 2 版 を指す〕 101 頁以下 ) 。 [ 1 ] 故意と故意責任 故意とは犯罪事実の認識・認容をいう。故意の有 無は、これから行為を行おうとするまさにその時に その行為からこのような結果が発生するであろうと いう予測 ( 行為者の主観 ) が犯罪事実の認識・認容 といえるかの問題である。したがって、その判断時 期は行為時である ( 事前判断 ) 。 故意が存在すると判断された後、行為者の故意と 全く同じ内容の結果が発生した場合は、当然に結果 を行為者の故意の仕業と判断し、発生結果に対して 昏 【間題 1 】 甲は、ある日の午後 2 時頃、通行人が往来す る市街地の道路に向けて石を投げつけ歩行者 B に命中させ B を負傷させた。ところが、その後 の取調べで、甲は B の横を歩いていた歩行者 A を狙って投石したものの狙いが外れて B に命中 したことが判明した。甲の罪責を論じなさい。 【間題 1 】を「事実の錯誤」の問題であると考え た読者は多いのではないかと思われる。しかし、【間 題 I 】では、甲の故意の内容と発生結果との間にズ レがないのでそもそも錯誤論が登場する余地はな い。なぜなら、狙った A のそばを歩行者 B が通行し ていることを甲が認識していた以上、 B にも石を当 てて負傷させるかもしれないことは認識していたと いえ、それにもかかわらず投石している以上、 B の
平井宜雄・平井宜雄著作集②不法行為理論の諸相 ( 有 斐閣、 2011 年 ) 平野裕之・民法総合 6 不法行為法 ( 信山社、初版 2007 年、第 3 版 2013 年 ) 平野裕之・コア・テキスト民法 ( 6 ) 事務管理・不当利得・ 不法行為 ( 新世社、 2011 年 ) 広中俊雄・債権各論講義 ( 有斐閣第 3 版 1968 年、第 6 版 1994 年 ) 藤岡康宏 = 磯村保 = 浦川道太郎 = 松本恒雄・民法Ⅳ債 権各論 < 第 3 版補訂 > ( 有斐閣、初版 1991 年、第 3 版補訂 2009 年 ) 藤岡康宏・民法講義 V 不法行為法 ( 信山社、 2013 年 ) 前田達明・判例不法行為法 ( 青林書院、 1978 年 ) 前田達明・民法Ⅳ 2 不法行為法 ( 青林書院、 1980 年 ) 前田陽ー・債権各論Ⅱ不法行為法く第 2 版〉 ( 弘文堂、 初版 2 開 7 年、第 2 版 2010 年 ) 松岡勝美・債権各論②不法行為・事務管理・不当利 得 ( 成文堂、 2014 年 ) 森島昭夫・不法行為法講義 ( 有斐閣、 1987 年 ) 吉村良一・不法行為法 < 第 4 版 > ( 有斐閣、初版 1995 年、第 4 版 2010 年 ) 吉村良一・市民法と不法行為法の理論 ( 日本評論社、 2016 年 ) 吉田邦彦・不法行為等講義録 ( 信山社、 2008 年 ) 我妻栄・事務管理・不当利得・不法行為 ( 日本評論社、 1937 年 ) 谷口知平 = 甲斐道太郎編・新版注釈民法 ( 18 ) 債権 ( 9 ) ( 事務管理・不当利得 ) ( 有斐閣、 2010 年 ) 加藤一郎編・旧版注釈民法 ( 19 ) 債権 ( 10 ) ( 不法行為 ) ( 有 斐閣、 1965 年 ) 大村敦志・不法行為判例に学ぶーーネ土会と法の接点 ( 有 斐閣、 2011 年 ) 小賀野品ー・判例から学ぶ不法行為法 ( 成文堂、 2010 能見善久 = 加藤新太郎・論点体系判例民法⑦不法行 為 1 く第 2 版 > 、⑧不法行為 2 < 第 2 版 > ( 第一 法規、 2013 年。⑦⑧とも初版 2 開 9 年 ) 三ヶ月章監・新・実務民事訴訟講座 4 ~ 6 鈴木忠一 ( 不法行為訴訟 I 、Ⅱ、Ⅲ ) ( 日本評論社、 1982 ~ 83 年 ) 吉永和隆・不法行為法基本判例解説 ( 日本加除出版、 2010 年 ) 樋口範雄・アメリカ不法行為法 < 第 2 版 > ( 弘文堂、 初版 2009 年、第 2 版 2014 年 ) ハイン・ケツツ = ゲルハルト・ヴァーグナー ( 吉村良 = 中田邦博監訳 ) ドイツ不法行為法 ( 法律文化社、 2011 年 ) E. ドイチュ = H. J . アーレンス ( 浦川道太郎訳 ) ・ド イツ不法行為法 ( 日本評論社、 008 年 ) フォン・ヴァール ( 窪田充見編訳 ) ・ヨーロッパ不法 行為法 ( 1X2 ) ( 弘文堂、 1998 年 ) 広中俊雄 = 星野栄一編・民法典の百年 ( 全 4 巻 ) ( 有 斐閣、 1998 年 ) 星野栄一編集代表・民法講座 ( 全 9 巻 ) ( 有斐閣、 1984 年 ~ 1990 年 ) 093 債権法講義 [ 各論 ] 3 星野栄一 = 森島昭夫・現代社会と民法学の動向 ( 上 ) 加藤一郎先生古希記念不法行為 不法行為法研究会・日本不法行為法リステイトメント ( ジュリスト 879 号 ~ 913 号 [ 1987 年 ~ 1988 年 ] ) 有泉亨編集代表・現代損害賠償法講座 ( 全 8 巻 ) ( 日 本評論社、 1972 年 ~ 1976 年 ) 山田卓生編集代表・新・現代損害賠償法講座 ( 全 6 巻 ) ( 日本評論社、 1997 年 ~ 1998 年 ) 現代不法行為法研究会・不法行為法の立法的課題 ( 商 事法務、 2015 年 ) く追記 > 脱稿直前の今月 14 日以降、熊本県を中心と した大地震が発生し、多くの被災者が出ている。本誌 の読者の中にも被災地の方がおられるかもしれない。 痛ましい報道に接するにつけ、 5 年前の東日本大震災 のときの記憶が鮮明に蘇って、心力鯒んだ。被災地の 方々は、精神的にも肉体的にも過酷な状況に置かれて いるものと推察され、心からのお見舞いを申し上げた い。その後も大きな余震が続き、二次災害の恐れもあ るなど、大変な状況が続いているようである。何もで きない自分の非力を痛感させられるばかりであるが、 いかなる状況にあっても、人間が持つ優しさと、不屈 の復興精神を信じたい。それぞれの立場で何ができる かをしつかりと考え、最大限の自助・共助・公助の適 切な協力によってこの難局を乗り切り、一刻も早い救 援・支援と復旧を祈るばかりである。 ( かわかみ・しようじ )
092 法学セミナー 2016 / 06 / no. 737 行為責任の特則とでもいうべきで、一般法と特別法の 略的選択の問題というべきではあるまいか。 関係に立つものとして、特則たる債務不履行責任カ 【参考文献など】 先して適用されるべきであるという。請求権競合説に 事務管理・不当利得・不法行為に関する体系書・ 対しこれを「法条競合説」とか「請求権非競合説」と 教科書・研究書として、さしあたり本講義で略記 呼び、学説ではむしろこちらのほうカ陏力になった。 で用いる可能性のあるものに、次のようなものが その後、三ヶ月説によって、「新訴訟物理論」の立 ある。 場が明らかにされた ( 三ヶ月章「法条競合論の訴訟法的評 幾代通 ( 徳本伸一補訂 ) ・不法行為法 ( 有斐閣、 1993 価」同・民事訴訟法研究第 1 巻 [ 有斐閣、 2012 年 ] 所収 ) 。 年 [ 初版、筑摩書房、 1977 年 ] ) 即ち、実体法でいう請求権というものは「訴訟物その 石崎泰雄 = 渡辺達徳・新民法講義 ( 5 ) 事務管理・不当利 ものではなくて、それを基礎づける法的観点に過ぎな 得・不法行為法 ( 成文堂、 2011 年 ) い」として、結局のところ、実質的に「一個の請求権」 内田貴・民法Ⅱ債権各論 ( 東京大学出版会、初版 1997 年、第 3 版 2011 年 ) = 「一個の給付を求める法的地位」が考えられた。 近江幸治・民法講義 ( 6 ) 事務管理・不当利得・不法行為 この方向を実体法領域で押し進めたのが奥田昌道 ( 成文堂、初版 2004 年、第 2 版 2007 年 ) 説・四宮和夫説である ( 奥田昌道・請求権概念の生成と展 大村敦志・基本民法Ⅱ債権各論 ( 有斐閣、初版 2003 年、 第 2 版 2005 年 ) 開 [ 創文社、 1979 年 ] 、四宮和夫・請求権競合論 [ 一粒社、 大村敦志・新基本民法 6 ( 不法行為編 ) 法定債権の法 1978 年 ] ) 。要するに、法条競合説は一律に債務不履行 ( 有斐閣、 2015 年 ) の規定の優先的適用を主張するカそれだけでは適当で 奥田昌道 = 潮見佳男編・法学講義民法 ( 6 ) 事務管理・不 当利得・不法行為 ( 悠々社、 2006 年 ) ない場合があるので、そういうときには不法行為の規 加藤一郎・不法行為 ( 有斐閣、 1957 年 [ 増補版、 1974 定によるべきだという。各々の規定の趣旨を考えて場 年 ] ) 合により不法行為の規定を、場合により債務不履行の 加藤雅信・新民法大系 V ( 第 2 版 ) 事務管理・不当利 得・不法行為 ( 有斐閣、初版 2002 年、 [ 第 2 版 2005 年 ] ) 規定を使い分けることになる。奥田説は効果面でこの 北川善太郎・民法講要Ⅳ ( 第 3 版 ) 債権各論 ( 有斐閣、 作業を遂行し、四宮説は要件についても同様な作業を 初版 1993 年、 [ 第 3 版、 2003 年 ] ) 行った上で、全ての請求権に関する規範の内容を統合 川井健・民法概論 ( 4 ) 債権各論 ( 有斐閣、 2g6 年、 [ 補 するところから「全規範統合説」等と呼ばれる。加藤 訂版、 2010 年 ] ) 川井健・民案内く 13 〉事務管理・不当利得・不法行為 ( 吉 雅信説カえる「統一的請求権」説も四宮説に近く、 永和隆補筆 ) ( 勁草書房、 2014 年 ) 後は類型化の作業を詰めていくことになる伽藤雅信・ 神田孝夫・不法行為責任の研究 ( 一粒社、 1988 年 ) 現代民法学 542 頁以下、参照。文献を含め、奥田昌道「請求 窪田充見・不法行為法ーー民法を学ぶ ( 有斐閣、 2007 権竸合問題について」法学教室 159 号が明快である ) しかし、こうしたやり方に疑問がな 0 、わけーはな 0 、。 沢井裕・テキストブック事務管理・不当利得・不法行 為 < 第 3 版 > ( 有斐閣、初版 1993 年、第 3 版 2001 年 ) どうして一方だけの制度で要件が満たされているとき 潮見佳男・不法行為法 ( 信山社、 2005 年 ) 潮見佳男・不法行為法 I く第 2 版 > ( 信山社、 2009 年 ) にこれを主張してはならないのか ? 、当事者が規範を 潮見佳男・不法行為法Ⅱ < 第 2 版 > ( 信山社、 2011 年 ) 選択してはいけないのか ? 、構成要件の統合を行うな 潮見佳男・債権各論く 2 〉基本講義不法行為法く第 2 どということは新たな請求権の創造であって、解釈者 版 > ( 新世社、 2009 年 ) 四宮和夫・事務管理・不当利得・不法行為中・下巻 ( 青 の任務というより立法者の仕事ではないのか ? 、裁判 林書院、 1983 年 [ 中巻 ] 、 1985 年 [ 下巻 ] 、 1987 年 [ 合 所としては、競合する請求権を総て調査してからでな 冊版 ] ) いと裁判が出来なくなってしまうのではないか ? 、と 田山輝明・民法講義 6 事務管理・不当利得・不法行為 < 第 2 版 > ( 成文堂、初版 2006 年、 [ 第 2 版 2011 年 ] ) いった疑問が次々に沸いてくる。筆者としては、今の 円谷峻・不法行為法・事務管理・不当利得ー・一判例に ところ、端的に問題類型に応じてどの条文を使うのが よる法形成く第 2 版 > ( 成文堂、初版 2 開 5 年、第 もっとも適当か、そしてその場合のふさわしい要件・ 2 版 2010 年 ) 効果とは何かを一つ一つ当事者の立場で自由に考えて 野澤充・セカンドステージ債権法 ( 事務管理・不当利 得・不法行為 ) ( 日本評論社、 2011 年 ) いけば良く、一個の請求を基礎イ寸るのに、当事者によ 橋本佳幸 = 大久保邦彦 = 小池泰・民法 V 事務管理・不 って可能な限りの法的観点からの主張・立証を尽くさ 当利得・不法行為 ( 有斐閣、 2011 年 ) せればよいのではないかと考える。それは当事者の戦 平井宜雄・債権各論Ⅱ不法行為 ( 弘文堂、 1992 年 )
088 法学セミナー 2016 / 06 / no. 737 術の進展の中で、必ずしも人間の能力からは非難され 難い、過失とも言えないような僅かな不注意とかミス によって甚大な被害が生じたり、避け難いリスクを社 会が共有するようになってきていることは、航空機の 墜落事故や、交通事故、原発事故などを思い起こせば 容易に理解できよう。そのような場合、「天災」や「不 可抗力」のようなもの (actofGod) と考えて「みん なで我慢しよう、みんなで扶け合おう」というのも一 つの行き方ではあるが、仮にそうした危険な状態を生 み出すことによって大きな利益を挙げている者や、本 来、危険を管理すべき者がいるなら、被害者をそのま まにして彼に免責を与えるのは不公正であろう。 そこで生まれてきたのが、故意・過失がなくとも、 一定の領域管理者や関係者で他人に与えた損害につい て賠償責任を認めるべき場合があるという考え方、す なわち「無過失責任論」である。無過失責任論の理論 的根拠は様々であるが、考え方のひとつは、「利益の あるところ損失もまた帰すべし」というもので「賞 責任主義」などと呼ばれる。特に 715 条の「使用者責任」 などはこの考え方の現れと説明されることが多い。も うーっは、「危険責任主義」といわれるもので、社会 的に自ら危険を作出しているものは、その結果につい ても責任をとるべきだという考えで、例えば、 717 条 の「工作物責任」などは、この考えが比較的よくあて はまる。危険責任主義は、関係者にとって危険物の安 全管理への誘引にもなろう。しかし、だからといって、 報償責任主義や危険責任主義があらゆる不法行為にお ける損害分配のルールとなるわけではなく、やはり過 失責任主義の補充的地位にあるとみるべきである。ど の様な場合に無過失責任を負うべきかは、類型的に明 らかにする必要があるが、当面は 714 条以下の実定法 の規定や特別法の運用を通じて責任の所在を示して行 くのカ当である。 ( 5 ) 貝剖賞責任と保険 被害者救済に力点をおけば、加害者への責任転嫁を 容易にするだけでは不十分であり、賠償義務の履行確 保が重要になる。賠償資力や支払方法の改善が重要な 課題となるが、特に賠償資力に関しては保険制度の利 用が大きな役割を演じるようになっていることに留意 すべきである。交通事故に際しての自賠責保険、労働 者災害における労災保険の利用は顕著な例であるが、 その外にも保険が関わっている領域は極めて多い。 損害賠償の大きな流れは、「不法行為から責任保険 へ」、「責任保険から事故保険へ」と向かっている。し かしその中で個人の責任の持つ重みカ靉味になってい るとすれば問題であり、やはり「最終的責任者が誰か」 という問題は避けて通るわけには行かない。 ニューン イランドでは、 1972 年に事故保障法を設け、一切の 災害に適用される損害保険制度を用意したが、求償問 題、つまり、最終的な損害のツケをどこに持って行く かという問題は残った。結局、国の社会保障と損害に 応じた種々の制度の活用の二段構えで対処する必要が ある。 ( 6 ) あらためて不法行為法の機能とは ? こまでは、専ら損害填補という機能に着目してき たが、不法行為法の機能は、損害填補機能に尽きるわ けではない。歴史的にみると、民事責任と刑事責任の 分離はそれほと瞰底したものではなく、所謂「制裁的 機能」カ眠事責任の中にも求められていたことが知ら れている。現在でも、好ましいかどうかは別として、 慰謝料請求権の中には多分にこうした側面が含まれて いると言われる。刑事責任からの分化は、「復讐時代」 →「贖罪金制度」→「損害賠償制度」と発展してきた といわれる ( 山中康雄「刑事責任と比較してみた不法行為 責任論」我妻先生還暦・損害賠償責任の研究 ( 上 ) 1 頁以下 [ 有 斐閣、 1957 年 ] : 西原春夫「民事責任と刑事責任」有泉享監修・ 現代損害賠償法講座 1 25 頁以下 [ 日本評論社、 1976 年 ] ) 。 人間の素朴な感情として、自分にひどいことをしたの だからと加害者に賠償責任を負わせることは、被害者 の復讐的感情を満足させることにつながろう。とはい え、子供の轢死した親が相手の運転手に損害賠償を請 求するのは、決して将来の扶養請求権を失ったとか、 子供の命を金銭に置き換えようとしているからではあ るまい。やり場のない怒りや悲しみが、加害者に対し て「もっと謝れ」と要求しているようにも思われる * 。 そして、逆に、自分は無関係であり絶対に悪くないと 確信しているのでない限り、加害者も損害賠償をする という行為を通じて贖罪の安らぎを得ることができる はすだという意見にももっともな面がある。 * 【「心から謝れ」という請求】個人の精神的自 由は憲法上も保障されるべき価値であり、裁判所 が加害者に対して「悪かったのだから謝れ」と命 じることはできず、金銭での損害賠償を命じるか、
LAW 080 法学セミナー 2016 / 06 / no. 737 債権法講義 [ 各論 ] ー 3 第 1 部序論喫約総則 [ 第 1 章 ] 序説 ( 3 ) 法定債権債務関係事務管理・不当利得・不法行為 東京大学教授 河上正二 こでは、債権各論への導入の 3 回目として、民法上の法定債権 ( 債務 ) 関係の発生原因である事務管理、不当利得、不法行為に関する規律の概観 を試みよう。債権法改正の波は、法定債権関係にはさほど及んでいないが、 一定の影響は避けられまい。この領域の中でも、不法行為法は、わずか 16 ヶ条の条文のもとで数多くの裁判例が形成されており、その理解は必ずし も容易ではない ( 学理上「不法行為法の混迷」が語られて久しい ) 。いず れにせよ、被害の回復と損害の公平な分担の理念の下、具体的な事案にお ける解決が求められるだけに、判例準則に対する目配りが重要な領域であ る。なお、最後に、複数の債務発生原因が競合しうる「請求権競合」問題 についても言及しよう。 で、修理屋に頼んで屋根の修理をするといった例カ語 1 法による債権 ( 債務 ) の発生原因 られる。単に「おせつかいな」行為や好意による事実 行為もあれば、一定の打算に基づいてなされる行為も 人が他者に義務づけられ ( 法鎖に拘束され ) 、一定の あろう。やや特殊な例としては、通りかかりの人力咬 責任を負うことになるのは、自らの意思に基づく約東 通事故の被害者をタクシーで病院に運ぶ場合や、医療 ( →契約 ) によってそれを引き受けた場合 ( = 約定債務 ) 機関が診療契約に基づくことなしに治療を行う場合の か、法律 ( それは国民の一般意思の現れでもある ) によっ ように、他者の身体・名誉・財産に対する急迫の危害 て義務づけられた場合 ( = 法定債務 ) のいずれかである。 を免れさせるために行うこと ( 緊急事務管理 ) もある ( 698 個人の自由と法の支配を基本とする民主国家において は、それ以外に、人を拘束する法的根拠はなく、また、 条参昭 ) あってはならない。法律によって債権 ( 債務 ) が発生 ( 2 ) 事務管理と委任 する場合、これによって生する関係が、法定債権 ( 債務 ) 事務管理の基本的な要件は、①義務なくして、也 関係である。民法では、事務管理・不当利得・不法行 人のために、③事務の管理を始めた者が、④事務の性 為の 3 種が定められている ( 特別法によるものついては、 質に従い最も本人の意向や利益に適合する方法で、ま ひとますおく ) 。以下、それぞれについて、分説する。 た、本人の意思に従って事務の管理を開始したことで 2 事務管理 ある ( 697 条 ) 。このとき、本人からの委託の意思表示 はないが、結果的に、委任契約がある場合と同様に処 ( 1 ) 事務管理とは 理するという効果 ( 報告義務・受領物引渡義務・善管注意 人は自らの意思によらずして義務づけられることは 義務・費用償還請求など ) を伴う ( 701 条、 702 条 1 項参照。 ない。しかし、事務管理は、義務なくしてある者 ( 管 理者 ) が他人 ( = 「本人」 ) のために事務の管理を行う ただし、特別法の定めがある場合 [ 遺失物法 28 条、水難救護 法 24 条 2 項、商法 800 条など ] を除いて、管理者の報酬請求 もので、その結果、管理者にも本人にも一定の義務が 権は認められない ) 。本人の利益になる限りで、一方的 発生する。 697 条から 702 条の 7 ヶ条からなる。教室 な利他的行為にも一定の契約類似の効果を認めようと 設例では、海外旅行中の隣家の屋根が台風で壊れたよ CLASS ラ [ ここでの課題 ] 第 4 節法定債権 ( 債務 ) 関係
079 C 0 1 u m n 司法書士 の 生活と 商業・法人登記に関する雑感 、年、情報通信技術の発達に伴って社会システム : の登記の真実性向上策としては、印鑑を届け出ている や各種の手続きは大きく変容してきている。情・ ・代表者の辞任登記に添付する辞任届に、会社の届出印 ・又は個人の実印を押印させることとなった。この事に 報の重要性が増している一方、情報の扱いにおいては、 よって、知らない間に辞任届を偽造されて代表者の交 地域性はポーダーレス化し情報の収集も簡便になって・ きている。そうした状況下では情報の信頼性、アクセ・代登記がされるということを防ぐ狙いがある。これら スの容易さ、プライベート情報の保護、情報の有効活 : の改正は、虚偽の役員登記や会社・法人登記の乗っ取 りを防ぐことで登記によって公示される情報の真実性 用など様々な要素が時には対立しながらも発展を重ね : を向上させ、登記の信頼性を高めるための改正と捉え ていく。商業・法人登記制度もまさにこうした環境下 : : ることができる。多様な働き方に合わせるものとして で法令の改正等がされている最中であるが、特に は、役員登記に婚姻前の氏をも同時に併記できる改正 1 ~ 2 年の改正状況について以下で追ってみたい。 : がされている。これは、婚姻による氏の変更があった 一昨年に会社法成立後初めての大規模な改正がなさ れ、会社のガバナンス強化等が図られた。この改正に・場合でも、従前の氏を名乗るケースが増えていること より監査等委員会設置会社が制度化され、また、従来 : に登記制度上も対応させる狙いがあり、社会実体に は登記上不明であった監査役の監査範囲 ( 会計監査に : わせる改正と言えるであろう。その外にも、昨年 3 月 会社の代表者は必ず 1 人は日本に住所がなくて 限定されるのか否か ) が登記上明らかとされることに はならないとされていた従来の取り扱いが通達によっ なった。前者は、今後いかにして会社のガバナンスを ・て変更された。こうした要件の廃止によって海外から 確立していくかという問題に、 1 つの選択肢を与える 制度設計の変化に対応するための改正である。後者に・の日本への投資が盛んになることが期待されている。 また、マイナンバー導入に伴って会社法人等番号が登 ついては、すでに制度上の差異があったものを公示上 : 記事項となり、番号の一意性が強化されている。 明らかにして、利用者の利便性を図るものと言える。 した改正によって、アクセスの容易化や情報の有効活 昨年 2 月の商業登記規則等の改正により、大きく 2 ・ : 用が促進されることが期待される。一方においては、 つの改正がされた。 1 つは、会社や法人の役員就任・ 退任時における登記の真実性を向上させるための改正 : 登記添付書類に個人の公的証明書を添付する機会が増 えることなどからこうした情報を守る方策も考えなけ で、もう 1 つは社会の多様な働き方に登記制度を適合 : ればならない段階にきているように思われる。登記申 させる改正である。役員就任時の登記の真実性向上策 : としては、登記の添付書類として本人確認証明書の添 : 請書等の閲覧者の本人確認などを強化することなどが 付を必須とした。従来の登記手続きでは代表者以外の : 考えられるのではないか。 以上、こ 1 ~ 2 年の間にも商業・法人登記を取り 役員就任登記においては何ら公的な証明書が必要とさ れていなかったため、代表者以外の役員について氏名・巻く状況はかなり変化しているが、会社や法人の重要 冒用や虚無人登記を防ぐ法令上のシステムが欠落して・性は増しており、その公的な情報である商業・法人登 己制度についても、今後も改善が積み重なっていくで いたが、本人確認証明書の添付を必須とすることでこ れらの登記を防止することが期待される。役員退任時 : あろうと感じる次第である。 ニ = ロ ( O )
076 LAW CLASS 法学セミナー 2016 / 06 / n0737 して統一化しようと試みるのが契約責任説の特色で 担によって処理されるが、債権者主義 ( 534 条 ) の 適用を制限し、 536 条 1 項により損傷の度合いに応 ある。したがって、事例 Part. 1 および事例 Part. 2 に おける B ・ D の保護に差異はないことになる。 じて代金債務が一部消滅すると解せば、実質的には 代金減額を認めたのに等しい帰結となる。 これに対して、特定物ドグマを否定し、特定物の [ 2 ] 契約責任説の課題 契約責任説は特定物ドグマを否定した点において 引渡方法 ( 483 条 ) と履行の完全性ひいては売主の 責任とは別問題であると解した上で 21 、さらに善管 説得的であり、明快かっシンプルであるが、債務不 注意義務違反による損害賠償責任 ( 400 条 ) の有無 履行責任の特則性の意味および、履行障害に関する 他の諸制度との体系的整合性が問われるに至っ と完全履行請求の可否を区別するなら、追完可能で あれば売主はなお修補義務を免れず、危険負担は問 (a) 帰責事由 = 過失か ? 題とならない。また、追完不能の場合も瑕疵担保責 任が危険負担に優先するという見解がある 22 。よっ 第一に、無過失責任としての瑕疵担保責任は過失 責任である債務不履行責任に整合するのか ? この て、事例 Part. 1 ( 2 ) については、追完の可否にしたが 疑問は、債務不履行責任における帰責事由の意義を って修補請求または瑕疵担保責任の問題となろう。 「故意過失乂は信義則上これと同視すべき事由」と 種類売買では瑕疵ある物を引き渡しても特定 ( 401 解する伝統的理解 17 ) に立脚している。これに対し近 条 ) が生ぜず、売主は給付義務から解放されないの 時では、不法行為責任に対する契約責任の独自性の が原則であるが ( よって危険負担は問題とならない ) 、 観点から過失責任主義の射程につき見直しが迫られ 買主が受領した場合はどうか ? この点につき、隠 れた瑕疵の場合は瑕疵担保責任の問題となると解す ている 18 。すなわち、債務不履行責任の根拠は過失 ではなく契約の拘東カに求められ、契約上「約した る見解がある 23 。その意義については後に紹介する。 こと」 = 「なすべきこと」の不履行自体が責任根拠 (c) 無催告解除は債務不履行解除と整合しないか ? となるというのである。そのため、帰責事由はその 第三に、瑕疵担保解除は催告を要しないため、種 不存在を免責事由 ( このような場合にまで責任を負う 類売買においても直ちに解除できるとすると債務不 履行解除との均衡が問われる。しかしながら、瑕疵 ことは契約上予定されていないと評価すべき事由 ) と する消極要件として機能すべきことになる。判例は、 担保解除は契約目的達成の可否を問うことで絞りが 債権者が不履行の事実を主張立証した場合、債務者 かけられており、修補が容易である場合などはこれ の側に帰責事由の不存在に関する立証責任があると にあたらないと評価されるため 24 、実質的な差異は 解している 19 ) ないといえようか こうした理解に立てば、瑕疵ある物の給付は原則 4 両説の対立を超えて として債務不履行責任を生じさせるため、瑕疵担保 責任の無過失責任性との間に大きな齟齬は生じな 法定責任説・契約責任説共に理論的整合性と妥当 な問題解決を目指して収斂しつつあるが、これをう 。もっとも、帰責事由の意義を広く解したとし ても、不可抗力によって特定物に後発的瑕疵が生じ けて今日では、両説の対立を超えて、特定物ドグマ の肯否以外の要素に瑕疵担保責任の存在意義を見出 た場合 ( 事例 Part. 1 ( 2 ) ) における責任内容がなお問 す傾向が見受けられる。以下に注目すべき二つの構 題となろう。この点については後述する。 (b) 後発的瑕疵と特定・危険負担との関係 成を挙げるが、それぞれ別個の観点から瑕疵担保責 任の特色を指摘するものであり、理論的に両立し得 第二に、後発的瑕疵にも瑕疵担保責任の適用あり る点に予め留意されたい。 と解すると、特定および危険負担との関係が問われ る。 [ 1 ] 代金減額十本来の意味における損害賠償責任構 特定物売買において現状引渡しにより絵付義務の 履行が完了するとすれば ( 483 条 ) 、買主力給付危険 成 を負担することとなり、後は危険負担 ( 対価危険の 第一に、瑕疵担保責任の効果面に着目してその存 在意義を説く構成が挙げられる。一部他人物および 負担 ) の問題となる。よって事例 Part. 1 ( 2 ) は危険負
プラスアルフアについて考える基本民法 075 的一部不能→契約の一部無効→瑕疵担保責任 ( 信頼 利益の賠償 ) 」という論理が導かれる。 上の ( a ) において特定物の性状も合意内容に含まれ ると解したとしても、 ( b ) の命題とはどう向き合うべ きか 6 ) ? さしあたり修補可能な場合には妥当しな いように思われれるが、さらに進んで今日では、原 始的不能は契約の有効な成立を妨げないという理解 が台頭している 7 。売主がその実現を約した以上、 当初から不能であるとの一事をもって免責されるべ きではないという、契約の拘東カを重視する考え方 である。この新説によれば、債務自体は契約解釈に したがって発生する 8 ) 。そして、原始的・後発的を 問わず履行不能は履行請求権を制限するにとどま り、帰責事由ある場合は債務不履行責任の問題とな る。 [ 3 ] 法定責任説の修正・調整 法定責任説は瑕疵担保責任の存在意義を明らかに するとともに、特定物 = 瑕疵担保責任・種類物 = 債 務不履行責任、原始的瑕疵 = 瑕疵担保責任・後発的 瑕疵 = 危険負担 ( または善管注意義務違反に基づく債 務不履行責任 ) という図式化を確立し、理論的完成 度の高い見解であるが、具体的妥当性を確保すべく 修正・調整が行われており、特定物と種類物との間 で不公平が生じないよう配慮されている。 第一に、損害賠償の範囲につき、瑕疵担保責任の 内容を信頼利益に限定すると、売主に過失ある場合 において特定物売買と種類売買との間にアンバラン スが生じる。そこで、債務不履行責任との均衡にか んがみて、特定物についても売主に帰責事由ある場 合には履行利益の賠償を肯定する見解が説かれてい る 9 。もっとも、瑕疵なき物の引渡債務がないのに その履行利益につき責めを負うというのは論理矛盾 であろう。そのため、引渡債務とは別の付随義務な いし保護義務違反を根拠として拡大損害の賠償を認 める見解あるいは、保証違反から履行利益の賠償 を導く構成などが提示されているⅡ。特定物につき 売主が一定の性状を保証しても瑕疵なき状態にして 引き渡す義務を負うわけではないとしても、かかる 性状を欠く場合に買主が被った損失につき売主が保 証の趣旨に応じて填補することは妨げられない。 第二に、修補請求の認容が挙げられる。特定物ド グマは友人間の美術品売買において作品に傷があっ たような場合には妥当するものの、事業者による不 動産売買 ( 事例 part. 1) のように、売主に修補能力 があって修補に対する合理的期待が認められるとき でも修補義務を否定するのは、取引の実態にそぐわ ない。そこで、明示または黙示の特約あるいは信義 則を根拠として修補義務を認める構成が示されてい な 2 。法定責任説によれば特定物の売主は「当然に は」修補義務を負わないが、特段の合意により修補 を請け負った場合はこの限りではない。 第三に、権利行使期間につき、瑕疵担保責任の適 用対象を特定物売買に限定すると、特定物ー 1 年 ( 566 条 3 項 ) 、種類物ー 10 年 ( 167 条 ) となり、事例 Part. 1 において B は 1 年以内に請求しなければなら ないのに対して、事例 Pa 「 t. 2 の D は引渡後 10 年間も 権利行使できることになる。そのため、種類売買に っき信義則あるいは 566 条 3 項または商法 526 条類推 適用による期間制限が説かれている 13 ) これとは反 対に、事例 Part. 1 において B は瑕疵に気づかない限 り永久に瑕疵担保責任を問えるのか ? 判例は、瑕 疵担保責任も引渡時から 10 年間の消滅時効 ( 167 条 ) に服する旨を明らかにした 14 ) 3 契約責任説の意義および問題点 [ 1 ] 契約責任説の要点 法定責任説は特定物売買の特殊性を重視しつつ、 修正・調整を図りながら商品売買における現代契約 法の要請に応接しようと努めてきたが、これに対し て、特定物・種類物を問わず売主の債務内容は契約 解釈によって確定され、同人は契約に適合する性状 において目的物を給付する義務を負うのであって、 瑕疵担保責任は債務不履行責任の一種に他ならない という考え方が現在支配的となっている ( 契約責任 説 15 ) ) 。この説によれば、特定物についても追完請 求など一般債務不履行に基づく救済が与えられる一 方、種類売買にも瑕疵担保責任が適用される。そし て、同責任の法的性質が債務不履行責任であるなら、 損害賠償の範囲を信頼利益に限定すべき理由はな い。さらに、引き渡された目的物が契約に適合して いない場合の救済という観点からみれば、瑕疵担保 責任の適用を原始的瑕疵に制限する必要もない。こ のように、目的物が契約に適合しない場合における 売主の責任につき、特定物・種類物あるいは原始的 瑕疵・後発的瑕疵の区別を廃して債務不履行責任と
073 プラスアルフアについて考える 基本民法 CLASS [ 第 15 回 ] 担保責任・その 1 ーー基本編 ( 瑕疵担保責任の意義 ) 慶應義塾大学教授 武川幸嗣 法学セミナー 2016 / 06 / no. 737 ク 引渡しを受けてから間もなくして、窓の開閉 不全、雨漏り、水回りの不具合が判明した。 B は A に対していかなる法的根拠に基づいて どのような請求をすることができるか。 ( 2 ) ( 1 ) において、本件売買契約締結直後に発 生した地震により甲の構造部分に欠陥が生 じ、引渡し後間もなくして壁のひび割れが露 呈するに至ったとしたらどうか。 〔今回のテーマ〕 契約法において最も議論が多い論点の一つ として、担保責任が挙げられよう。とくに 主瑕疵担保責任については、その法的性質と 相まって要件・効果をめぐる論争が展開され てきた。このテーマを学ぶにあたっては、 れが契約の履行障害に関する総合問題である ことにまず留意すべきである。目的物に欠陥 があった場合における救済と責任という至っ てシンプルな問いであるにもかかわらず、そ の実体は大変幅広くそして奥深い。そのため、 条文の文理・論理的一貫性・体系的整合性・ 具体的妥当性との調和を高度に保ちながら、 適切な解答に行き着くのは決して容易ではな い。上澄みの結論だけで割り切るのでなく、 関連する諸制度および背景にある基本原理に も目配りしながら、「担保責任を制する者は 瑕疵担保責任をめぐる理論的問題は、一般債務不 契約法を制す」くらいの気概で取り組む姿勢 履行責任との関係および民法 570 条の存在意義をど がプラスアルフアをもたらすといえよう。 う説明すべきかにある。同責任の法的性質について 今回は基本編として売主瑕疵担保責任の意 は法定責任説と契約責任説が対立しているが、本稿 義を取り上げ、次回に応用編として各論的検 では各説の根拠とねらいおよび、その対立から何を 討へと展開する予定である。 学ぶべきかに重点を置いて解説する。なお、担保責 任の意義については民法 ( 債権関係 ) 改正において 立法論上も課題とされているが、本稿では現行法の 1 問題の所在 解釈論を中心に説明を行う。 主要な問題点を予め列挙すると、①瑕疵担保責任 [ 事例で考えよう Part.1] と債務不履行責任との異同 (i . 特定物・種類物の ( 1 ) 不動産事業者である A は、分譲マンショ 瑕疵に対する救済・責任の区別化。 r 統一化、ⅱ . 瑕疵担 ン甲の 10 階にある一室の区分所有権 ( 以下、 保責任 = 無過失責任・債務不履行責任 = 過失責任の意 甲という。 ) を B に対して売却した ( 以下、「本 味、ⅲ . 損害賠償の範囲、ⅳ . 完全履行請求の可否、 v . 件売買契約」という。 ) 。ところが、 B が甲の 解除における催告の要否、ⅵ . 権利行使期間制限く債 [ 事例で考えよう Pa .2 ] 電器店を営む C は、 D に対して音響機器乙 を売却し、 D はその引渡しをうけて使用を開 始したところ、音質不良があることが明らか となった。 D は C に対していかなる法的根拠 に基づいてどのような請求ができるか。
公共空間を考える一一一技術者として法を語る し、それを元に閣議決定する。その後はその閣議決 定が「権威の印籠」となる。全体を見れば、「一人 芝居」で法正統性をねつ造している構図となってい る。 [ 2 ] 政策プラットホームとしての法 法にはさまざまな役割があるが、近年、重要視さ れているものの一つは、「諸制度の東」、すなわち制 度・政策としての法である。金融市場や電力市場、 再生可能エネルギーの普及などを促す、主に市場を 構築する政策プラットホームとしての法の役割がま すます重要になってきている。法が新しい市場と現 実を創るのだ。その場合、市場全体を見渡して、プ ラットホームとして必要な機能を提供するよう、法 はもちろん、スキーム、体制や人員を構築しなけれ ばならない。 日本の法体系は、内閣法制局を軸とする優秀な官 僚が、複雑に絡み合った相互関係を調整して全体と して整合性は取れているものと仮定しておく 6 こで問題にしたいのは、日本の立法過程の実態や筆 者の数少ない経験から見ても、日本の法体系 ( とり わけ専門性の高い政策プラットホームや技術基準など ) は、そうした政策プラットホームを形成しうるほど に、知や知識人の体系が整い、活用されているのか、 という疑問である。むしろ、国際的な知の最前線か ら立ち後れているのではないかとの懸念さえある。 数年ごとに人事異動する官僚が手続き・内容とも に主導すること ( 知の断絶 ) 、細かな字句や法・政 省令間の整合性は内閣法制局や各省の法令審査が細 かくチェックするものの、審議会委員はすべて各省 の思惑で人選され、そこでの審議内容も官僚が事務 局として議題から答申までをコントロールする。い わば、内容面で幅広い社会知を紡ぐものではない構 造だからだ。 一例は、原子力規制基準である。長い間、発電用 原子力設備は、電気事業法にぶら下がっていた省令 62 号 ( 発電用原子力設備の技術基準 ) と告示 501 号 ( 発 電用原子力設備の構造等の技術基準 ) に沿って、設計 許訒可が行われていた 7 ところがこの告示 501 号 ロ川じ、 とは、実質的にアメリカ機械学会 (ASME) の技術 基準のほば丸写しにすぎない。文字どおり、ヨコ文 字をタテ文字にしただけであった。その後、米国を 真似て、日本原子力学会、日本機械学会、日本電気 協会等が策定した民間規格という体裁に変わり、そ れを原子力規制委員会も引き継いでいるものの 今も変わらない。 「 ASME のカーボンコピー」である本質と実態は、 年に 15 もの個別環境法を一つの環境法に整理統合し は、スウェーデンでの環境法典の統合だろう。 1999 こうして複雑化してゆく現代社会で対応した好例 さを増し問題をより困難にしかねない。 対応に追われてしまうだけで、法体系としての複雑 ーだけを切り分けて、その都度の事後的・泥縄的な 本質や全体像から見なおすことなく、個別イッシュ 「放射性物質汚染対処特措法」 ( 前述 ) が典型例だが、 大に汚染された地域の除染とその廃棄物を取り扱う の知恵の一つと見られるが、福島第一原発事故で広 別対策法としてこうした諸問題群に対処する、役人 定される「特別措置法」は、時限かっ領域限定の個 近年、新しい政策課題や問題群のたびに次々に策 ように複雑化している印象を受ける。 法体系は、相互関係も含めてほとんどジャングルの 力や環境エネルギー関係を眺めるだけでも、日本の て、複雑化・多様化は避けられない。実際に、原子 都度対応してゆくと、必然的に法体系もそれに伴っ そうした次々に発生する様々な課題や問題にその りつつある。 必然的に変わらざるをえないし、事実、すでに変わ る 9 。そうした中で私たちの社会と法との関係も、 1986 年に社会学者ウルリッヒ・べックが論じてい という後期近代社会の姿を「リスク社会」として、 まで、現代社会は急速に複雑化し多様化しつつある 家族や人間関係から国家関係、通貨のあり方に至る 命や、グローバルな移動手段の普及拡大によって、 高度に進む科学技術や情報コミュニケーション革 [ 3 ] リスク社会と法 になった。 定価格買い取り制度の施行の影で、ひっそりと廃案 ず何の積み重ねも生み出さず、 RPS 法は 2012 年の固 担当した官僚の知と経験は、何も社会的に共有され い法ロジックの適用が決まってしまう。その立法を RPS 法の法ロジックを、日本では一官僚の裁量で旧 い研究者や政策担当者の積み重ねで編み出された とだ 8 。 1990 年代から欧州や米国、豪州などで幅広 を持ち出し、同じ法ロジックでの立法を助言したこ 取りの中で、法制局の担当官が 70 年代の石油備蓄法 置法 ) の策定時に経済産業省と内閣法制局とのやり 気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措 もう一例は、かって 2002 年に成案した RPS 法 ( 電 071