不当利得 - みる会図書館


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1. 法学セミナー2016年06月号

082 法学セミナー 2016 / 06 / no. 737 ( 直接の ) 因果関係 不当利得返還請求 法律上の原因の不存在 ( 1 ) 不当利得の類型 受益者 損失者 不当利得法は公平に基づく雑多な清算請求権を総称 するものであるが ( 「ゴミ箱」 ? ) 、類型的把握も盛ん に行われている。たとえば、取引行為を介して物や金 銭を給付したり、労務を提供した後で、その行為が錯 誤無効や詐欺等を理由に取り消されたような場合、原 則として既履行給イ寸につき受領者の不当利得が成立す るにのようなタイプを寸不当禾麝という ) 。また、受益 者が他人の財物を奪い取ったり、使用権原なく利用し たような場合も不当利得となるにのようなタイプを侵 害不当利得という ) 。やや特殊であるが、第三者が他人 の債務を弁済した場合の求償権などにかかわる求償不 当利得力語られる局面もある ( →図参照 ) 。これは、対 抗要件において劣後する債権者カ峅済を受けた場合の 優先債権者に対する関係でも問題となることがある。 以上、比喩的に言えば、民法における表の財貨移動を 支える債権法・物権法の秩序守ることを前提とした法 律関係 ( ポジの世界 ) が無効であったり消滅した場合 や侵害された場合に、その逆向きの清算関係 ( ネガの 世界 ) が不当利得法といえようかにの分野での最も立 ち入った研究である加藤雅信・不当利得法の構造 ( 有斐閣、 1986 年 ) 292 頁以下は、不当利得法は民法を中心とする実定 法秩序の「箱庭」であるとのエレガントな認識が示されてい る [ 箱庭論 ] ) 。もっとも、法律上の原因の不存在の契 機は様々であるから、その処理は単純な表の世界の裏 返しでないことは、言うまでもない ( 近江・講義Ⅳ 35 頁 ほか。詳しくは、「シンポジウム「法律関係の清算と不当利得」 私法 48 号 [ 1986 年 ] 参昭 ) 債権者 弁済 ( 3 ) 不当利得に基づく返還請求 債務者 ( 受益者 ) ( 求償不当利得 ) 第三者 ( 損失者 ) 求償権 不当利得として償還すべき範囲は、原則として、利 得者がその請求を受けたときに、なお保有していた利 得 ( 現存利得・現存利益 ) を限度とするとされている ( 703 条 ) 。利得が現存しないことは、不当利得返還請求権 の消滅を主張する受益者が主張・立証しなければなら ない。しかし、受益者が悪意の場合 ( = 利得を受ける法 律上の原因のないことを当初から知っていたとき ) には、利 得力存しているかどうかにかかわらす受けた利得全 部に利息を付し、さらに損害も賠償しなければならな い ( 704 条 ) 。後者は、むしろ不法行為責任の内容に近 いといえよう。権原がないのに他人の財産を利用して、 その才覚で莫大な利益を上げたような場合、かかる利 得の吐き出しまで求めうるかは既に述べたように問題 であり、準事務管理の可能羅を含め検討を要する。 703 条のルール ( 現存利益の返還 ) が、あらゆる不当 利得関係の原則的デフォルト・ルールであるかどうか は、今日、一考を要する問題である ( 改正法案 121 条の 2 第 1 項は、取消しの効果のデフォルトを「原状回復」とした。 給付不当利得については原状回復こそが原則的デフォルトで あるとすると、現存利益の返還だけでは足りないということ であろうか。しかし、詐欺的な相手に消費者が受領物を返還 するときに常に原状回復を求められると、いわば「押しつけ られた利得」なども返還を余儀なくされ、取消権がその限り で無意味になる可能性がある ) 。 ( 4 ) 利得と損失の因果関係 利得と損失の間には直接の因果関係が必要であると 言われるが、判例 ( 最判昭和 45 ・ 7 ・ 16 民集 24 巻 7 号 909 頁 ) によれば、他人所有の機械を賃借していた者がそれを 業者に修繕させたような場合、その修繕業者の給付 ( 修 理 ) を受領した者が所有者でなく中間の賃借人である ことは、修繕業者の損失と所有者の利得の間に直接の 因果関係を認める妨げとならないという ( いわゆる転 用物訴権の承認か ) 。もっとも、これも所有者が対価関 係なしに利得を得たような場合に限られるべきであっ て、賃料が賃借人による修繕費負担を前提として割引 されているような場合には妥当しない ( 最判平成 7 ・ 9 ・ 19 民集 49 巻 8 号 2805 頁 [ 限定的承認説 ] ) 。財貨移動の背景 にある契約関係の実情を考慮して結論を導く必要があ るわけである。 ( 5 ) 不法原因給付 興味深いのは、不法の原因のために給付をした者は、

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するわけである。場合によっては、法律上の特別規定 によってそれが公的義務に高められたものもある ( 船 員法 14 条本文、水難救護法 2 条 [ 通知義務 ] など ) ただ 事務管理では、権限が本来は別の者 ( 本んに属すべ きものであるから、権利侵害にもなりかねないだけに、 その者 ( 本んの保護に配慮し、事務管理者が管理を 始めた以上は途中で勝手に事務を投げ出さないこと ( 7 開条 ) 、本人の意向を最大限尊重することが求めら れている ( 697 条 2 項、 702 条 3 項など参照 ) 。事務管理者 が本人の名でした法律行為の効果も、当然には、本人 に及ぶものではないと解されている ( 最判昭和 36 ・ 11 ・ 30 民集 15 巻 10 号 2629 頁 ) 。なお、事務管理は、意思表示 ではないから、意思表示に関する規定の適用はない ( た とえば錯誤の規定の適用もない ) 。制限行為能力者も、意 思能力さえあれは事務管理カ阿能である。 ( 3 ) 緊急事務管理 本人の身体・名誉・財産に対する急迫の危害を免れ させるためにする事務管理を緊急事務管理と呼ぶ。緊 急事務管理の場合、管理者は、悪意又は重大な過失が ある場合でなければ、それによって生じた損害を賠償 する責任を負わないとされる ( 698 条 ) 。緊急事務管理 における失敗は、正当防衛や緊急避難と同様に違法性 カ岻いことや、せつかくの善意による緊急対応力縮 してしまうことを懸念したものであろう。もっとも、 医師が、緊急事務管理で患者の治療に当たる場合など、 専門家としての一定の技能が要求されるところでは、 約定による治療であろうが、事務管理による治療であ ろうが、通常の医療水準を満たしていることが要請さ れるべきであろうから、文字通り 698 条が適用される とは限らないというべきだろう。 ( 4 ) 第三者弁済など 第三者の債務を委託を受けることなく代わりに弁済 する行為も「事務管理」の延長上にある行為と評しう るが、民法には、第三者弁済における「求償」に関す る特別規定が用意されている ( 474 条、 499 条、委託を受 けない保証人につき 462 条など参照。また、連帯債務の中で、 内部関係において負担部分のない者カ峅済した場合も、他の 連帯債務者との関係で事務管理となる ( 大判大正 5 ・ 3 ・ 17 民釶 2 輯 476 頁参照 ) ) 。追認された無権代理行為も、事 務管理としての性質を有する ( 大判昭和 17 ・ 8 ・ 6 民集 21 巻 850 頁 ) 。 081 債権法講義 [ 各論 ] 3 なお、自分自身のために他人の事務を管理するよう な場合、とくに準事務管理と呼んで議論されている。 たとえば、他人の特許権を無断で利用したような場合 の「利益の吐き出し」についての議論がある ( ドイツ 民法典には明文規定がある。 BGB687 条 2 項 ) 。本来であれ ば、不法行為あるいは不当利得の問題であるが、そこ での賠償範囲や返還請求の範囲を拡張するために、事 務管理に仮託された議論である。あたかも、特許権者 の委託を受けて、当該特許を利用して収益を上げてい たかのように、特許権侵害者が獲得した利益を吐き出 させ、本人に帰属させてしまおうというわけで、理論 的可能性にとどまるものの、興味深いアイデアである。 3 不当利得 ( 1 ) 不当利得法の機能 ある者が他人の財産や労務によって利得を得たこと に法律上の原因がなく、そのために他人に損失を及ば している場合、そこに不法行為の要件が備わらなくと も、この損失を被った者から利得を受けた者 ( 受益者 ) に対して当該利得の返還を請求する権利を認め、財産 上の均衡をはからなければ、公平の理念に反する。そ こで、このような場合に利得の返還請求を認めるのが 不当利得制度である ( 我妻・講義Ⅵ 938 頁など。公平説あ るいは衡平説と呼ばれる ) 。たとえば、既に債務を完済し た債務者があやまって二重弁済し、旧債権者も漫然と これを受けとったような場合 ( 利息制限法違反の高利で の金銭消費貸借においてしばしば生ずる ) や、他人の口座 に誤って金員を振り込んでしまったような場合 ( 入金 記帳によって振込金は当該預金口座の名義人に帰属する ) 、 債権者に不法行為があるとまでは言えないが、高利貸 しの場合は、既にそれまでの弁済によって債権・債務 は消滅していたのであるから、旧債権者は、法律上の 原因がないのに提供された金員相当の利得を得たこと になり ( なお、 705 条も参照 ) 、誤振り込みの場合には、 口座名義人は「棚からばた餅」のように、法律上の原 因のない預金を手に入れることになる。このように、 法律上の原因なしに他人の損失において利益を得るこ とを不当利得といい、民法は、損失者のために利得者 に対する返還請求を認めた ( 703 条以下 ) 。

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092 法学セミナー 2016 / 06 / no. 737 行為責任の特則とでもいうべきで、一般法と特別法の 略的選択の問題というべきではあるまいか。 関係に立つものとして、特則たる債務不履行責任カ 【参考文献など】 先して適用されるべきであるという。請求権競合説に 事務管理・不当利得・不法行為に関する体系書・ 対しこれを「法条競合説」とか「請求権非競合説」と 教科書・研究書として、さしあたり本講義で略記 呼び、学説ではむしろこちらのほうカ陏力になった。 で用いる可能性のあるものに、次のようなものが その後、三ヶ月説によって、「新訴訟物理論」の立 ある。 場が明らかにされた ( 三ヶ月章「法条競合論の訴訟法的評 幾代通 ( 徳本伸一補訂 ) ・不法行為法 ( 有斐閣、 1993 価」同・民事訴訟法研究第 1 巻 [ 有斐閣、 2012 年 ] 所収 ) 。 年 [ 初版、筑摩書房、 1977 年 ] ) 即ち、実体法でいう請求権というものは「訴訟物その 石崎泰雄 = 渡辺達徳・新民法講義 ( 5 ) 事務管理・不当利 ものではなくて、それを基礎づける法的観点に過ぎな 得・不法行為法 ( 成文堂、 2011 年 ) い」として、結局のところ、実質的に「一個の請求権」 内田貴・民法Ⅱ債権各論 ( 東京大学出版会、初版 1997 年、第 3 版 2011 年 ) = 「一個の給付を求める法的地位」が考えられた。 近江幸治・民法講義 ( 6 ) 事務管理・不当利得・不法行為 この方向を実体法領域で押し進めたのが奥田昌道 ( 成文堂、初版 2004 年、第 2 版 2007 年 ) 説・四宮和夫説である ( 奥田昌道・請求権概念の生成と展 大村敦志・基本民法Ⅱ債権各論 ( 有斐閣、初版 2003 年、 第 2 版 2005 年 ) 開 [ 創文社、 1979 年 ] 、四宮和夫・請求権競合論 [ 一粒社、 大村敦志・新基本民法 6 ( 不法行為編 ) 法定債権の法 1978 年 ] ) 。要するに、法条競合説は一律に債務不履行 ( 有斐閣、 2015 年 ) の規定の優先的適用を主張するカそれだけでは適当で 奥田昌道 = 潮見佳男編・法学講義民法 ( 6 ) 事務管理・不 当利得・不法行為 ( 悠々社、 2006 年 ) ない場合があるので、そういうときには不法行為の規 加藤一郎・不法行為 ( 有斐閣、 1957 年 [ 増補版、 1974 定によるべきだという。各々の規定の趣旨を考えて場 年 ] ) 合により不法行為の規定を、場合により債務不履行の 加藤雅信・新民法大系 V ( 第 2 版 ) 事務管理・不当利 得・不法行為 ( 有斐閣、初版 2002 年、 [ 第 2 版 2005 年 ] ) 規定を使い分けることになる。奥田説は効果面でこの 北川善太郎・民法講要Ⅳ ( 第 3 版 ) 債権各論 ( 有斐閣、 作業を遂行し、四宮説は要件についても同様な作業を 初版 1993 年、 [ 第 3 版、 2003 年 ] ) 行った上で、全ての請求権に関する規範の内容を統合 川井健・民法概論 ( 4 ) 債権各論 ( 有斐閣、 2g6 年、 [ 補 するところから「全規範統合説」等と呼ばれる。加藤 訂版、 2010 年 ] ) 川井健・民案内く 13 〉事務管理・不当利得・不法行為 ( 吉 雅信説カえる「統一的請求権」説も四宮説に近く、 永和隆補筆 ) ( 勁草書房、 2014 年 ) 後は類型化の作業を詰めていくことになる伽藤雅信・ 神田孝夫・不法行為責任の研究 ( 一粒社、 1988 年 ) 現代民法学 542 頁以下、参照。文献を含め、奥田昌道「請求 窪田充見・不法行為法ーー民法を学ぶ ( 有斐閣、 2007 権竸合問題について」法学教室 159 号が明快である ) しかし、こうしたやり方に疑問がな 0 、わけーはな 0 、。 沢井裕・テキストブック事務管理・不当利得・不法行 為 < 第 3 版 > ( 有斐閣、初版 1993 年、第 3 版 2001 年 ) どうして一方だけの制度で要件が満たされているとき 潮見佳男・不法行為法 ( 信山社、 2005 年 ) 潮見佳男・不法行為法 I く第 2 版 > ( 信山社、 2009 年 ) にこれを主張してはならないのか ? 、当事者が規範を 潮見佳男・不法行為法Ⅱ < 第 2 版 > ( 信山社、 2011 年 ) 選択してはいけないのか ? 、構成要件の統合を行うな 潮見佳男・債権各論く 2 〉基本講義不法行為法く第 2 どということは新たな請求権の創造であって、解釈者 版 > ( 新世社、 2009 年 ) 四宮和夫・事務管理・不当利得・不法行為中・下巻 ( 青 の任務というより立法者の仕事ではないのか ? 、裁判 林書院、 1983 年 [ 中巻 ] 、 1985 年 [ 下巻 ] 、 1987 年 [ 合 所としては、競合する請求権を総て調査してからでな 冊版 ] ) いと裁判が出来なくなってしまうのではないか ? 、と 田山輝明・民法講義 6 事務管理・不当利得・不法行為 < 第 2 版 > ( 成文堂、初版 2006 年、 [ 第 2 版 2011 年 ] ) いった疑問が次々に沸いてくる。筆者としては、今の 円谷峻・不法行為法・事務管理・不当利得ー・一判例に ところ、端的に問題類型に応じてどの条文を使うのが よる法形成く第 2 版 > ( 成文堂、初版 2 開 5 年、第 もっとも適当か、そしてその場合のふさわしい要件・ 2 版 2010 年 ) 効果とは何かを一つ一つ当事者の立場で自由に考えて 野澤充・セカンドステージ債権法 ( 事務管理・不当利 得・不法行為 ) ( 日本評論社、 2011 年 ) いけば良く、一個の請求を基礎イ寸るのに、当事者によ 橋本佳幸 = 大久保邦彦 = 小池泰・民法 V 事務管理・不 って可能な限りの法的観点からの主張・立証を尽くさ 当利得・不法行為 ( 有斐閣、 2011 年 ) せればよいのではないかと考える。それは当事者の戦 平井宜雄・債権各論Ⅱ不法行為 ( 弘文堂、 1992 年 )

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LAW 080 法学セミナー 2016 / 06 / no. 737 債権法講義 [ 各論 ] ー 3 第 1 部序論喫約総則 [ 第 1 章 ] 序説 ( 3 ) 法定債権債務関係事務管理・不当利得・不法行為 東京大学教授 河上正二 こでは、債権各論への導入の 3 回目として、民法上の法定債権 ( 債務 ) 関係の発生原因である事務管理、不当利得、不法行為に関する規律の概観 を試みよう。債権法改正の波は、法定債権関係にはさほど及んでいないが、 一定の影響は避けられまい。この領域の中でも、不法行為法は、わずか 16 ヶ条の条文のもとで数多くの裁判例が形成されており、その理解は必ずし も容易ではない ( 学理上「不法行為法の混迷」が語られて久しい ) 。いず れにせよ、被害の回復と損害の公平な分担の理念の下、具体的な事案にお ける解決が求められるだけに、判例準則に対する目配りが重要な領域であ る。なお、最後に、複数の債務発生原因が競合しうる「請求権競合」問題 についても言及しよう。 で、修理屋に頼んで屋根の修理をするといった例カ語 1 法による債権 ( 債務 ) の発生原因 られる。単に「おせつかいな」行為や好意による事実 行為もあれば、一定の打算に基づいてなされる行為も 人が他者に義務づけられ ( 法鎖に拘束され ) 、一定の あろう。やや特殊な例としては、通りかかりの人力咬 責任を負うことになるのは、自らの意思に基づく約東 通事故の被害者をタクシーで病院に運ぶ場合や、医療 ( →契約 ) によってそれを引き受けた場合 ( = 約定債務 ) 機関が診療契約に基づくことなしに治療を行う場合の か、法律 ( それは国民の一般意思の現れでもある ) によっ ように、他者の身体・名誉・財産に対する急迫の危害 て義務づけられた場合 ( = 法定債務 ) のいずれかである。 を免れさせるために行うこと ( 緊急事務管理 ) もある ( 698 個人の自由と法の支配を基本とする民主国家において は、それ以外に、人を拘束する法的根拠はなく、また、 条参昭 ) あってはならない。法律によって債権 ( 債務 ) が発生 ( 2 ) 事務管理と委任 する場合、これによって生する関係が、法定債権 ( 債務 ) 事務管理の基本的な要件は、①義務なくして、也 関係である。民法では、事務管理・不当利得・不法行 人のために、③事務の管理を始めた者が、④事務の性 為の 3 種が定められている ( 特別法によるものついては、 質に従い最も本人の意向や利益に適合する方法で、ま ひとますおく ) 。以下、それぞれについて、分説する。 た、本人の意思に従って事務の管理を開始したことで 2 事務管理 ある ( 697 条 ) 。このとき、本人からの委託の意思表示 はないが、結果的に、委任契約がある場合と同様に処 ( 1 ) 事務管理とは 理するという効果 ( 報告義務・受領物引渡義務・善管注意 人は自らの意思によらずして義務づけられることは 義務・費用償還請求など ) を伴う ( 701 条、 702 条 1 項参照。 ない。しかし、事務管理は、義務なくしてある者 ( 管 理者 ) が他人 ( = 「本人」 ) のために事務の管理を行う ただし、特別法の定めがある場合 [ 遺失物法 28 条、水難救護 法 24 条 2 項、商法 800 条など ] を除いて、管理者の報酬請求 もので、その結果、管理者にも本人にも一定の義務が 権は認められない ) 。本人の利益になる限りで、一方的 発生する。 697 条から 702 条の 7 ヶ条からなる。教室 な利他的行為にも一定の契約類似の効果を認めようと 設例では、海外旅行中の隣家の屋根が台風で壊れたよ CLASS ラ [ ここでの課題 ] 第 4 節法定債権 ( 債務 ) 関係

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平井宜雄・平井宜雄著作集②不法行為理論の諸相 ( 有 斐閣、 2011 年 ) 平野裕之・民法総合 6 不法行為法 ( 信山社、初版 2007 年、第 3 版 2013 年 ) 平野裕之・コア・テキスト民法 ( 6 ) 事務管理・不当利得・ 不法行為 ( 新世社、 2011 年 ) 広中俊雄・債権各論講義 ( 有斐閣第 3 版 1968 年、第 6 版 1994 年 ) 藤岡康宏 = 磯村保 = 浦川道太郎 = 松本恒雄・民法Ⅳ債 権各論 < 第 3 版補訂 > ( 有斐閣、初版 1991 年、第 3 版補訂 2009 年 ) 藤岡康宏・民法講義 V 不法行為法 ( 信山社、 2013 年 ) 前田達明・判例不法行為法 ( 青林書院、 1978 年 ) 前田達明・民法Ⅳ 2 不法行為法 ( 青林書院、 1980 年 ) 前田陽ー・債権各論Ⅱ不法行為法く第 2 版〉 ( 弘文堂、 初版 2 開 7 年、第 2 版 2010 年 ) 松岡勝美・債権各論②不法行為・事務管理・不当利 得 ( 成文堂、 2014 年 ) 森島昭夫・不法行為法講義 ( 有斐閣、 1987 年 ) 吉村良一・不法行為法 < 第 4 版 > ( 有斐閣、初版 1995 年、第 4 版 2010 年 ) 吉村良一・市民法と不法行為法の理論 ( 日本評論社、 2016 年 ) 吉田邦彦・不法行為等講義録 ( 信山社、 2008 年 ) 我妻栄・事務管理・不当利得・不法行為 ( 日本評論社、 1937 年 ) 谷口知平 = 甲斐道太郎編・新版注釈民法 ( 18 ) 債権 ( 9 ) ( 事務管理・不当利得 ) ( 有斐閣、 2010 年 ) 加藤一郎編・旧版注釈民法 ( 19 ) 債権 ( 10 ) ( 不法行為 ) ( 有 斐閣、 1965 年 ) 大村敦志・不法行為判例に学ぶーーネ土会と法の接点 ( 有 斐閣、 2011 年 ) 小賀野品ー・判例から学ぶ不法行為法 ( 成文堂、 2010 能見善久 = 加藤新太郎・論点体系判例民法⑦不法行 為 1 く第 2 版 > 、⑧不法行為 2 < 第 2 版 > ( 第一 法規、 2013 年。⑦⑧とも初版 2 開 9 年 ) 三ヶ月章監・新・実務民事訴訟講座 4 ~ 6 鈴木忠一 ( 不法行為訴訟 I 、Ⅱ、Ⅲ ) ( 日本評論社、 1982 ~ 83 年 ) 吉永和隆・不法行為法基本判例解説 ( 日本加除出版、 2010 年 ) 樋口範雄・アメリカ不法行為法 < 第 2 版 > ( 弘文堂、 初版 2009 年、第 2 版 2014 年 ) ハイン・ケツツ = ゲルハルト・ヴァーグナー ( 吉村良 = 中田邦博監訳 ) ドイツ不法行為法 ( 法律文化社、 2011 年 ) E. ドイチュ = H. J . アーレンス ( 浦川道太郎訳 ) ・ド イツ不法行為法 ( 日本評論社、 008 年 ) フォン・ヴァール ( 窪田充見編訳 ) ・ヨーロッパ不法 行為法 ( 1X2 ) ( 弘文堂、 1998 年 ) 広中俊雄 = 星野栄一編・民法典の百年 ( 全 4 巻 ) ( 有 斐閣、 1998 年 ) 星野栄一編集代表・民法講座 ( 全 9 巻 ) ( 有斐閣、 1984 年 ~ 1990 年 ) 093 債権法講義 [ 各論 ] 3 星野栄一 = 森島昭夫・現代社会と民法学の動向 ( 上 ) 加藤一郎先生古希記念不法行為 不法行為法研究会・日本不法行為法リステイトメント ( ジュリスト 879 号 ~ 913 号 [ 1987 年 ~ 1988 年 ] ) 有泉亨編集代表・現代損害賠償法講座 ( 全 8 巻 ) ( 日 本評論社、 1972 年 ~ 1976 年 ) 山田卓生編集代表・新・現代損害賠償法講座 ( 全 6 巻 ) ( 日本評論社、 1997 年 ~ 1998 年 ) 現代不法行為法研究会・不法行為法の立法的課題 ( 商 事法務、 2015 年 ) く追記 > 脱稿直前の今月 14 日以降、熊本県を中心と した大地震が発生し、多くの被災者が出ている。本誌 の読者の中にも被災地の方がおられるかもしれない。 痛ましい報道に接するにつけ、 5 年前の東日本大震災 のときの記憶が鮮明に蘇って、心力鯒んだ。被災地の 方々は、精神的にも肉体的にも過酷な状況に置かれて いるものと推察され、心からのお見舞いを申し上げた い。その後も大きな余震が続き、二次災害の恐れもあ るなど、大変な状況が続いているようである。何もで きない自分の非力を痛感させられるばかりであるが、 いかなる状況にあっても、人間が持つ優しさと、不屈 の復興精神を信じたい。それぞれの立場で何ができる かをしつかりと考え、最大限の自助・共助・公助の適 切な協力によってこの難局を乗り切り、一刻も早い救 援・支援と復旧を祈るばかりである。 ( かわかみ・しようじ )

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たとえそれが相手方の不当利得となる場合でも、その 返還を請求することができないとされている点である ( 不法原因給付。 708 条 ) 。公序良俗 ( 90 条 ) に違反する賭 博契約・麻薬取引・売春契約 ( 身体の提供も「給付」 ! ? ) などは、履行前には、契約無効として効力が否定され ることは明らかであるが ( したがって未履行の給付や対 価を互いに請求できない ) 、履行されてしまってからは、 法律上の原因がなかったからといって、賭金や違法な 料金等の出捐を不当利得として返還請求することは認 められない。裁判所の門をたたいて法的救済を求める 者は、自らもまた正しい ( 手のきれいな ) 者でなければ ならないという理念 (clean hands の原則 ) に基づいて いる。不法行為に基づく損害賠償についても、かかる 精神が考慮され得る ( 最判昭和 44 ・ 9 ・ 26 民集 23 巻 9 号 1727 頁 ) 。もっとも、判例では、財貨移転のいきさっ などについて双方の不生の比較も行われており、損 失者に対して受益者の不法性がきわめて強い場合は、 必すしも不法原因給付とならない ( 最判昭和 29 ・ 8 ・ 31 民集 8 巻 8 号 1557 頁、最判平成 9 ・ 4 ・ 24 判時 1618 号 48 頁な ど ) 。 ちなみに、不法行為と同様に法定債権債務関係を発 生させる原因として民法が規定している事務管理や不 当利得は、不法行為と契約の中間に位置している。比 較法的にみると、これを不法行為の特殊な形態と考え るものや準契約として位置づける立法例もある。 4 不法行為 ( 1 ) 日本の不法行為法の基本的考え方 (a) 不法行為責任の意味 不法行為法は、社会的に好ましくない不利益状態・ 損失がある者に発生した場合、一定の要件のもとで、 そのような不利益を被っている者 ( 被害者 ) から他の 者 ( 加害者 ) に対して、不利益状態の除去ゃ損害の填 補を要求できるものとする制度である ( 他に転嫁できな い損害やリスクは自ら甘受するほかない ) 。契約法が、資 本を一回転させて、来るべき財産関係形成を支援する ための「前向き」の制度であるのに対し、不法行為法 は、本来あるべき状態の「へこみ」を回復するための 救済という「後ろ向き」の性格を持っている。近代の 不法行為法は、かってローマ法に見られたような懲罰 的性格は影を潜め、刑事責任との役割分担をすすめ、 むしろ被害者救済や損害の公平な分担に重心をおいて いる。不法行為責任の原則的効果は損害貝剖賞、とくに 083 債権法講義 [ 各論 ] 3 金銭賠償であるが ( 722 条 1 項 ) 、名誉毀損の場合の特 則を見てもわかるとおり ( 723 条参照 ) 、必ずしもこれ に限られないというべきであろう。必要に応じて、継 続する加害行為の差止請求権も、不法行為法の効果と して認められてしかるべきであるが、こちらは「物権 的請求権 ( とくに妨害排除請求権 ) 」に仮託して語られる ことも多い ( 「環境権」など ) 。 ちなみに、適法行為によって生じた損害の填補のこ とは、「損失補償」という ( 土地収用法など ) 。 (b) 一般的不法行為責任の要件 日本民法は、まず、一般的な不法行為責任について、 「故意又は過失によって ( 過失責任主義 ) 」、「他人の権利 又は法律上保護される利益を侵害した」者に伽害者 自己責任主義 ) 、「これによって生じた損害」の賠償を 義務づけている ( 709 条 ) 。すなわち、その積極堤要件は、 ①故意・過失、②権利侵害・保護法益の侵害、 3 韻害 の発生、 @①と② 3 の因果関係であ、被害者が主張・ 立証責任を負う。これに対し、不法行為の成立を阻却 する消極的要件となるのは、①責任能力の欠如 ( 712 条 ) 、②違法性の欠如 ( 720 条 ) などであるが、裁判で は加害者側からの抗弁事由となる ( 詳しくは、山崎・講 義 16 頁以下参照 ) 。 鍵となる「過失」の意味は、かっては主観的に評価 されたが伽害者の懈怠・不注意を責める意味が強かった ) 、 今日では客観的に評価され、被害者の救済力揃面に出 ている。その判例上の判断枠組みは、おおよそ「予見 可能性を前提とする [ 損害の発生という ] 結果の回避 義務違反」といってよい。 ( これも予見義務や結果回避可 能の有無によって調整カ獄みられる ) 。 要件中の「他人の権利」は、かっては厳格に解され たが、後に「法的保護に値する利益」を全て包含する ようになり、民法の現代言部ヒに際して「法律上保護さ れる利益」という表現が追加された。今日の不法行為 法では、従来必ずしも明確でなかった極めて多様な利 益が問題とされるようになっており、特に「人格的利 益」 ( 氏名権・肖像権・貞操権・プライバシー権など ) が重 視されている。その意味で、不法行為法には権利創設 的機能があるといってもよい。「権利の侵害」は、し ばしば「違ラ却生」という表現に置き換えられて語られ るが、違法性は、不法行為責任を否定する場合の「消 極的要件 ( 違法性がないこと ) 」を示す場合に用いる方 が適切であろうし、既に「権利の侵害」の意味合いが

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学者の本棚 ] 法的問題の洞察力を高める一冊 堂目卓生『アダム・スミス [ ロー・アング切 恋の法廷式 3 『道徳感情論』と『国富論』の世界』 ・飯田哲也 ・朱曄 ・・北尾トロ 日置巴美 ・田山聡美 ・大塚裕史 ・河上正ニ ・武川幸嗣 ・斎藤司 068 080 094 104 004 001 073 [ 最新判例演習室 ] 憲法 / 武田芳樹 118 行政法 / 桑原勇進 119 民法 / 中川敏宏 120 商法 / 鳥山恭一 121 民事訴訟法 / 川嶋四郎 122 刑法 / 豊田兼彦 123 刑事訴訟法 / 石田倫識 124 労働法 / 矢野昌浩 125 電車に乗るとスイッチが入る人 わたしの仕事、法つながり [ ひろがる法律専門家の仕事編 ] 14 法をつくるということーー社会と法、立法と行政の現場から [ ロー・クラス ] 公共空間を考える -- 技術者として法を語る 3 3.11 があぶり出した日本の原発法体系の矛盾とその解消に向けて 財産犯バトルロイヤル 18 具体的事実の錯誤 応用刑法 I ー総論 9 序説 ( 3 ) ー - 法定債権債務関係事務管理・不当利得・不法行為 債権法講義 [ 各論 ] 3 担保責任・その 1 ・一一基本編 ( 瑕疵担保責任の意義 ) プラスアルフアについて考える基本民法 15 行政警察活動に対する法的規律とその思考プロセス 刑事訴訟法の思考プロセス 3 奪えるけれど盗めない物って何だ ? ー・一坏動産をめぐる諸問題 ライプラリ—] ブック・レビュー 川口美貴 = 著 『労働法』 塚原英治 126 新刊ガイド 127 最新立法インフォメー [ ロー・フォーラム ] [ コラム ] 立法の話題 007 裁判と争点 006 ション 128 司法書士の生活と意見 079 弁護士事件ファイル 117 判事補メモ 078 「株式会社法の基礎」は休載させていただきます。

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090 法学セミナー 2016 / 06 / n0737 更に論議されているものとして「竟権」・「日照権」・ 「嫌煙権」なども本格的に権利として承認されつつあ る ( 「景観利益」につき、最判平成 18 ・ 3 ・ 30 民集 60 巻 3 号 948 頁 [ 国立マンション訴訟 ] 、「信仰上の静謐な環境」につき 最大判昭和 63 ・ 6 ・ 1 民集 42 巻 5 号 277 頁 ( 消極 [ 自衛官合 祀訴訟 ] ) 、「パプリシティ権」につき最判平成 24 ・ 2 ・ 2 民集 66 巻 2 号 89 頁 [ ピンクレディ振り付けパプリシテイ事件 ] な ど ) 。昨今では、周知のように「セクシャル・ハラス メント」の問題などが、女性の「商な職場環境に対 する権利」として注目を浴びていることは周知の通り である。要するに不法行為法の機能は、「公平な損害 の分担」を中心に据えながら、「損害填補機能」・「制 裁的機能」・「損害予防的機能」・「権利保護機能及び権 利生成機能」を果しているということになる。 ( 7 ) 民法における不法行為法の位置づけ (a) 損害士眞補の法的根拠 本来あるべきでない状態が発生したとき、これを調 整する制度として民法はいくっかの制度を用意してい る。その場合のやり方の一つは、全く元の状態に戻し てしまうやり方 ( 原状回復 ) 、もうーっは生じた損害を 填補させること ( 損害賠償 ) である。原状に復帰させ るものとして、契約の場合は取消・解除の効果 ( 545 条 ) がこれを目指している。その他、物権的請求権といわ れるもの、例えば占有訴権等 ( 98 、 199 、 200 ) は、 まさに「取り戻し」による原状回復を狙うものである。 生じた損害の填補を目指す損害賠償は、契約関係があ る場合にも、不法行為の場合にも問題となる。 更に、全体を通して財貨の移動が法律上の根拠を欠 いている場合のために、これを復元する制度として「不 当利得」制度 703 以下 ) がある。 これらの様々な制度は互いにオーバー・ラップする ことが少なくないが、ともかく、従来の考え方からす ると、不法行為法は、契約関係にない当事者間で、本 来あるべからざることが起きた場合にそれを金銭賠償 で調整しようとする制度だということになる。なるほ ど、不法行為法は金銭賠償を原則としているが 724 → 417 条 ) 、外国の立法例では原状回復を原則とする ものもあり、近時の公害訴訟に関連して我が国でも原 状回復を不法行為責任の内容とすべしと主張されるこ とから考えると、他の制度と機能の上でどう違うのか ハッキリせず、相互にオーバーラップした場合にどの 様な責任内容を考えるべきかという厄介な問題を生じ る。 (b) 不法行為責任と契約責任 損害瞋補の制度という観点に限っても、民法には 2 種類ある。ーっは不法行為、もうひとつは契約関係に あるものの間で損害が発生した場合で、主として債務 不履行による損害賠償が問題とされる。不法行為と債 務不履行とは民法典では随分離れたところに規定があ って、全く別々に扱われているように見えるが、過失 相殺 ( 418 条と 722 条 2 項 ) のように類似の規定もある。 解釈論上も一方にしか規定がない場合、損害賠償の範 囲などのように類推を認めて同様に解すべきではない かとか、両者の制度目的に合わせて修正すべきではな いかと、ある程度、両者がパラレルに議論されること も少なくない。 では、具体的に契約責任と不法行為責任とでは要件・ 効果の面でどの様な違いがあるか。 民法に限っていうと、要件面では①主観的要件の立 証責任の違いがある。 415 条の解釈には難問があるが、 ひとます判例・通説にしたがえば「債務者の責めに帰 すべき事由」については、債務不履行の事実さえ債権 者が立証すれば、帰責事由の不存在について債務者側 が立証責任を負うとされている。逆に、不法行為では、 原則として被害者側が相手の故意・過失を立証しなけ ればならない。その限りでは債務不履行責任を追求す る方が容易であるように見える。ただ、実際問題とし て、「なす債務」については、何が債務者の履行すべ き内容なのかを明らかにした上で、その不履行を主張 しなければならず、これだけをとりだせは不法行為に おける過失の立証と大差がない。相手の行為の不当性 を端的に問題にできるだけ、不法行為訴訟の方がすっ きりしていよう。医療過誤訴訟や先物取引などにおい て、むしろ不法行為責任が追及されることが多いのは このためである。 効果に関しても幾つか問題になりそうなものがあ る。 第 1 に、の肖減時効期間の違いがある。一定の契約 上の債務に関しては短期消滅時効の制度があるほか、 債務不履行一般には別に特別な規定がないから、総則 に戻って 167 条 1 項で 10 年になる ( 商事債権の場合には 商 522 条で 5 年 ) 。逆に不法行為法では 724 条に規定があ って、被害者が加害者を知ったときから 3 年 ( 改正法 案 424 条の 2 では人の生命・身体に対する不法行為による損

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117 党 ( 自公 ) が 2016 年 4 月、ヘイトスピーチに対 はあるが ) 法案を提出させるまでに一応、追い込んだ 処する「本邦外出身者に対する不当な差別的言 もの、ともいえる。 動の解消に向けた取組の推進に関する法律案」を参議 人種差別、ヘイトスピーチとーロにいっても実際に 院に提出した ( 議員立法 ) 。本稿執筆時点で成否は不 は各国ごとの「文脈」、被害の「歴史性と非対称性」 明だが、野党案も既に 2015 年に提出されており、与野 の自覚が重要だ ( 本誌 2015 年 7 月号、 2016 年 5 月号 ) 。 党協議のうえ成立する可能性が出てきた。もっとも、 条約は民族 (nation) も人種 (race) に含めている ( 1 与党案は「骨抜き」法案だ。与党案はそもそも「人種 条 1 項 ) 。ところで「有色人種という race は劣っている」 差別」という用語を捨てて、「専ら本邦の域外にある だけではなく、「白人という race は優れている」とい 国又は地域の出身者である者又はその子孫であって適 う言説も racist 的言説だ。そうすると「朝鮮人、中国 法に居住するものに対する不当な差別的言動」を問題 人という民族 (nation) は劣っている」だけではなく、 とするものだ。これでは、「不法」滞在者 ( = 非正規 「日本人は優れている」という言説も racist 的だといえ 滞在者 ) や、被差別部落、アイヌ、琉球・沖縄などの る。 国内の人種的・民族的少数者も除外されることになり こでの「日本人」は日本国籍の有無に必ずしも直 そうだ ( 被差別部落や沖縄も条約上の「人種」と認め 結しておらず、出自で決まっている。相撲で最近、 1 0 るのが国際人権条約の委員会の見解 ) 。さらに人種差 年ぶりに「日本出身力士」が優勝と騒がれたが、「日 別の一部である「差別的言動」を問題にしているにす 本人力士」ではなく「日本出身力士」という言い方を ぎない。 したのは 2012 年にモンゴル出身の日本国籍力士が優勝 言うまでもなく日本は人種差別撤廃条約に既に加盟 していたためだ。逆に、アメリカ国籍を取得して日本 済みだ ( 村山政権時。 1995 年 ) 。植民地主義と密接に 国籍を既に失っているノーベル賞受賞者も「日本人受 関わる人種差別を地球社会から「撤廃」 (Elimination) 賞者」と報道されていた。 し、人種 ( 差別 ) 主義と闘う (Combat) ことにコミ 国民国家制度を採用する以上、どの国も人種差別的 ットしたといえる。自分では左右できない出自を理由 色彩を免れることはできないが、それでも日本の場合 とする差別を許さない、というのは近代社会の根幹だ。 人種的・民族的多数者の「寡占率」の高さともあいま 「われらは、 ・・専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から って ( 97 ~ 98 パーセント ? ) 、国家が「民族に乗っ取 永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名 られ」ている、いわば「政 ( 治 ) 民 ( 族 ) 一致」国家で、 誉ある地位を占めたいと思ふ」とする憲法の精神にも かっ、そのことに自覚的でない傾向が大きい。 かなう。 人種差別禁止法やヘイトスピーチの問題がこういう しかし、その後、条約とは別に法律として人種差別 「乗っ取り」を緩和する意味を持っこと、さらには部落 禁止法を制定する必要が言われてきたが、与党 ( とい 差別を未だ克服できていないこと、連邦制でないこと、 うか自民党 ) はずっと拒んできた。政府与党からする 国籍法が厳格な血統主義を維持していることなどが日 と条約 ( への加盟 ) 自体が自社さ政権の時にされた法 本の「文脈」では重要だ。地球社会の闘いに一緒に加 的な突然変異ということかもしれない。今回の与党案 わるという国際法や比較法の観点や、国家の構成原理 は、その与党を、条約加盟から 20 年、戦後 70 年、植民 を問うという国籍法の観点などからも議論されるべき 地化から 1 00 年を経て、 ( 本邦外出身者というかたちで だと思うので本誌の第三弾の特集に期待したい。 (Q) 与 弁護士 フレ レイシスム、ナショナリスム、 ヘイトスピーチ 事イ牛

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040 中も、そしてその後も不利にならないような法制度 や法理論を構築すべきである、という結論が導かれ ることになる。 [ 3 ] 「人間像」の再検討 ケアの倫理は、法制度や法理論が「人間像」を正 確に捉え損なっていることを鋭く批判する。 それでは、労働法において、あるべき人間像とは どのようなものなのか。「ケアを引き受ける労働者」 がそのなかに含まれなければならないのは間違いな い。そこで、 3 ではその点を意識して論じていくこ とにする。また、妊娠、出産という身体的機能を有 する女性労働者の葛藤は、法における人間像のなか にどのように組み込んでいくべきなのか。 4 では、 この点を考えながら検討していきたいと思う。 「配転」をめぐる間題 [ 1 ] 判例・通説の配転理論 労働法が措定している「あるべき人間像」が適切 なものかを問い直す必要性を感じるひとつの例とし て、配転 ( 特に通勤時間に影響を及ばす勤務地の変更 や転居を伴う配転 ) がある。 現在の判例・通説によれば、労働契約や就業規則 において使用者に配転命令権が設定されておれば ( たとえば、就業規則に、「業務上、必要があれば、会 社は従業員に対して配転を命じることができる。」旨の 規定が置かれている ) 、使用者はその雇用する労働者 に対して、本人の同意を得ることなく、裁量的な判 断により、配転を命じることができるとされている。 使用者の配転命令権に関するリーディング・ケー スである東亜ペイント事件最高裁判決 9 ) は、使用者 がその裁量で行使することができる配転命令権の存 在を肯定したうえで、ただしその権利は濫用される ことは許されないとし、「当該転勤命令につき業務 上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存 する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動 機・目的をもってなされたものであるとき若しくは 労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益 を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する 場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用にな るものではないというべきである。」と述べた。つ まり、使用者に配転を命ずる権利を認めたうえで、 それに対して権利濫用の禁止という法原則に基づく 規制をかけていくという法律構成をとっている。 のような法律構成は、学説における通説でもある。 また、同事件最高裁判決は、 こでいう「業務上 の必要性」について、「当該転勤先への異動が余人 をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に 限定することは相当ではなく、労働力の適正配置、 業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高 揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与 する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在 を肯定すべきである」としているため、現実には、 使用者にはかなり広範に配転を命じる権利が認めら れおり、それが権利の濫用であると判断されるには、 労働者の側に私生活やキャリアなどの点でかなり重 大な不利益な存することが必要であな 0 ) [ 2 ] ジェンダー視点からの考察 ところで、育児や介護といったケアを引き受ける 労働者は、配転命令によって育児や介護と仕事との 両立が困難となる場合が多い。そして、配転命令に 応じられないとして、それを拒否した場合、懲戒処 分や解雇の対象となる可能性が高い。 またそれを回避しようとして、非正規労働 ( パー トタイム労働、有期契約労働、派遣労働 ) といった就 業形態を選ぶインセンテイプが働ぐ l)o 非正規労働 に従事する場合、一般的にその賃金水準は低ぐ幻 また雇用が不安定であるというきわめて重大な問題 もあり、非正規労働を主たる収入源としながら自ら の生活を成り立たせていくことは相当に大きな困難 を伴う。 先述したように、ケアを引き受ける労働者の大部 分は女性労働者である。そして使用者にかなり広範 な配転命令権が認められる場合には、上述のような 不利益は女性労働者のうえに集中することになる。 そうであれば、ジェンダー視点からみた場合、広範 な配転命令権の肯定と権利濫用による規制という法 律構成をとる配転理論は、ジェンダー・バイアスの かかった法理論であるということができ、それゆえ に再検討されるべきであるとの要請が生じる。 具体的には、たとえば次のような点が検討の対象 となってこよデ 3 ) 。 第 1 に、労働者は、採用の際に、使用者が業務上 の必要に応じて配転命令を行うことに対し事前に包