る。人に道を聞く必要などまったくない。もっともこれは、道路標識がしつかりしているせいで もあるが。東北などこうしたものをつくってみると、 しいと思う。 こうした場合、ぜひイニシアティ・フをとっていくべきなのは自動車メーカーである。ミシュラ ンはタイヤ・メーカーだが、タイヤの需要促進のためにガイドをつくった。日本の自動車メーカ ーも国内需要増進のためにそういうことをやっていってはどうか。自動車メ 1 カーの話が出たっ いでに、もうふたつほど、これらの企業が運動を進めるべきことを指摘しておきたい。休暇の増 加と地方分散策の推進である。このふたつが進めば、必ず自動車の需要は増加する。同様のイン センテイプをもっている業種はほかにもあって、住宅業界などもそうである。内需拡大のために 誰がみても推進すべきだと考えるこうした課題だが、やはり最も利益を受けるこれら業界の指導 代的役割を期待したい。 活東北北部開発にもうひとっ必要な視点は、北海道との交流活発化である。東北と北海道との間 ガの人や物の流れが拡大すれば、青森も秋田も辺境でなくなる。 は岩手県南部、宮城県北部を中心とした北上地方は平坦な土地に恵まれ、また東北の中心的な位 世置を占めていることなどから大規模な都市開発に向いているといわれ、新首都に最適だというよ うな論者もいる。首都ということになると、いかになんでも日本列島の片方のはしに偏りすぎで 一 ~ 不適だと思うが、ひとつの可能性として、将来副都としてふさわしい都市として整備していくこ とが考えられてよい 231
力的だということである。 第三は、すべての経済社会活動にとってコン。ヒュータ関連のソフトウェアの供給を円滑に受け られるかどうかが重要な関心事となり、そのようなソフトウェア供給を行うサービス産業が立地 しているかどうかが、地域発展のひとつの鍵になりそうだということである。 そして第四は、ニュ 1 メディアなどの発達により情報へのアクセスが容易で安価になり、その 結果、経済社会活動の広域化が進みそうだということである。 こうした諸現象がいったい東京集中を促進するものなのか、それとも逆に東京と地方の格差を 縮めることによって地方分散に寄与するものなのかについては、そう簡単に結論を出せるもので まず第一点については、前にも述べたようにほぼ一方的に東京集中促進要因となる。第二点に ついてはやや複雑である。こうした産業分野については、製造業でも重厚長大型産業に比べて土 地や水を必要としないので、大都市に近い立地も可能である。しかし、製品が軽量であるがゆえ に、航空機による輸送が可能であり、そのためにかなりの遠隔地にも立地できる。九州がいわゆ るシリコン・アイランドになりえたのはこのためである。 ソフトウェア関連については、基本的には需要地に近接する必要があるから大都市が有利であ る。しかし、これも製品が軽量であったり、あるいは通信回線で送ることが可能なものであるの で、比較的単純な作業などを下請け的に行うとか、あるいは大都市に営業所を設けることによっ
まず政府機関の地方分散を 政府の手で実行できる中枢管理機能の地方分散のための方策で、しかも特効薬的効果があるの は政府機関そのもの、あるいは重要な公的機関の地方移転である。より根本的な問題としてはい ずれ遷都問題というものを真剣に議論すべき日が来ると信ずるが、それについては長期的問題と して、のちに論じたい。 また、国会を地方に移すとか、通産省を大阪に、文部省を京都にとかいうように、各省を全国 に分散させるというような提案もあるが、それも現在の政治行政制度の根幹を変更させることに なって、さしあたっての現実性に乏しいので、ここでの議論を避けたい。公務員が頻繁に、しか も予告期間なしに国会に呼び出されたり、政策の運用にあたって与党の各省関連の部会との頻繁 な接触を必要とする現状では、国会と各省庁を地理的にあまり離すのは現実的でない。 まず、大臣を地方に常駐させるわけにもいくまいし、そうなれば主要官庁の大臣官房総務課的 機能は原則的に東京へ置いておくしかあるまい。しかし、それ以外についてはかなりエ夫の余地 がある。事務処理的機関とか研究機関には当然そういうものが多い。また、強い許認可権限をも っている部局については、全国どこに移転しても必要のある人がそこまでやってくるだろう。 こうした提案に対しては当然予想される反論というものがある。まず、民間との接触とか各省 調整に不便だという指摘があるだろう。だが、そんなことをいうのなら現在、地方に本社を置い 132
決めるだろうということにもなった。さらにそこから、「大都市部や西日本はこれ以上人口を増 やせまい」、「水のある東北や北海道にもっと住まねばならない」という結論も引き出された。 しかし、この点についてのその後の展開はまったく予想外のものであった。水を多く使うよう な産業が衰退傾向となったうえ、再利用も飛躍的に進んで、昭和五三年以来、工業用途の水需要 は減少を続け、民生用を含めた水需要全体でも横這いに近い程度にとどまるということになった のである。 昭和五五年に国土庁出向を終えフランスに留学し、二年後に通産省に戻ってついたポストがエ 業用水課の課長補佐だったが、状況の変化に本当に驚かされた。今後とも、水の使用量は微増し ていく可能性が強いし、これからも、今年の関東地方のような局地的な水不足はありうる。それ に対してはダム開発だけでなく、再利用の促進、地下水の有効利用、ミネラルウォーターの流通 合理化、海水淡水化の広範な実用化、渇水時の需要抑制策の向上などのベストミックスで積極的 に対応していく必要がある。しかし、三全総時に考えられたような形で水が人口配置決定要因に なることはないのではないか。人口一人あたりの上水道使用量を全部海水淡水化でまかなっても コストは一日あたり一〇〇円余りである。再利用ならその半分くらいでしかない。 四全総への反響を総括する 四全総の策定作業は、このように三全総の重要な前提が崩れ、しかも、わが国経済社会の国際
を想定しておくことは必要と考えるし、それには地理的なバランスからも関西がその機能をもっ べきである。 そして、もうひとつは、総合病院であるがゆえの強みというものは、やはりあるということで ある。自己完結性をもっゆえの有利性、他分野の専門家と接触することから受ける刺激というも のは、それが無意味な幕の内弁当主義に陥らない限り価値がある。 ひとつの国の内部で国際交流機能などいくつもいらないではないかという意見もあるが、日本 は人口からいっても、ヨーロッパの主要国二カ国分、経済力からいえば三カ国分あるのだ。ヨー ロッパにロンドンしか、国際金融機能がないはずもない。国際空港がドゴール空港だけではある とはいっても、関西が東京の小型版になる必要はないし、好ましいことではない。それは、第 一に日本という国の多様性を確保するためにもその方がよい。第二に、ワンセットそろえること にも意味があるといっても、重点の置き方に差があった方がむだがなく合理的である。関西にと っても、そうでないと何でも二番目ではじり貧である。第三には、関西のもっ生活の質の高さと か、関西人の気質、歴史というものを生かし続ける必要があることである。 ただ、常にむずかしい問題だが、独自性をもっということを隠れ蓑にして、遅れていること、 劣っていることに対して目をつぶってはなるまい。また、必要なら東京をまねる勇気も必要であ る。いまや、東京は世界で最も進んだ都市なのだから、まねるべきものがいくらでもあるはず 180
明治一 00 年でいちばん損をした北陸 北陸を中部圏から独立したひとつの・フロックとして扱うかどうかというのは、行政的にみた場 料理についても質への要求も高くなっているし、郷土料理ならそれだけで満足してくれるとい うほど単純でなくなっている。ちょっと変わっていて、しかも洗練されたセンスのものでなくて はならない。郷土料理以外のしゃれたレストランや喫茶店も必要である。旅館でも従来の観光ホ テルや温泉旅館的なものにかわって、夢を売れるリゾ 1 トホテル、ペンション的なものが主流に なってこようし、和式旅館にもそれなりに新しい需要が出てくるだろうが、伝統をいかしつつも 新しいセンスで磨かれたものでなくてはなるまい。 以上はこの地方独自の課題というべきものであるが、実は中国四国地方の発展の帰趨を決定す る最重要なポイントは別の問題である。 つまり、前章でも述べた関西の復権が成功するかということ、さらに北九州地方の立ち直りと 新たな飛躍が可能かということが最大の問題なのである。もしそれが順調に進めば、中国四国地 方はこの両地方を結ぶ回廊地帯として絶好の発展機会を与えられるはずである。 それは、奈良とか滋賀が近畿・中京の中間に、静岡が中京・関東の間にあることを活用して東 名・名神開通後のここ一一〇年間ほど順調な発展をみていることからも、期待できることなのであ る。 222
うのも、それそれの地方にとっては、そういうような意識でやっていかなくてはいけないことに 違いな、。 しかし、「政府は東京のことだけするものだ」と納得させておけば地方からあてにされず、「地 方は自力で」、「地域間竸争の時代です」といっておれば地方同士で限られたパイの奪い合いをし ていてくれるとすれば、なんとも政府にとっては都合のいい気楽な話ではないか。 ソフト経済では価格メカニズムは無力 異常な地価上昇が続く東京都心を対象に、一定規模以上の事業所に対して特別事業所税を課そ うという提案があって、四全総でも今後の検討課題とされている。しかし、私はこのような税制 を実現しても、東京集中を回避できる力に十分にはなるまいと思う ( この税の構想には、他の観点か すらの必要性もあるので、税の新設そのものに合理性がないというわけではない ) 。 提どうしてかといえば、国土政策懇議論概要も指摘したように経済がソフト化していくなかにあ っては、価格メカニズムの有効性が著しく減少している。それに、こうした税制によって東京都 都 首 心を出ていく企業は、本当に出ていって欲しいような企業ではない可能性が大きいからである。 国 全 大量生産時代にあっては、一物一価の原則というものも有効に働いてきたし、補助金の交付、 四税制上の優遇、政策金融による誘導といったものがめざましい効果をみせたものである。しか 9 し、モノの世界でもニ 1 ズの多様化が進み、さらにはモノ以外が重要な世界になると、価格メカ
た。カルチェ・ラタンにかってあった、工学系の学校として最高峰に位置する理工科学校 ( エコ ル・ポリテクニ 1 ク ) は、。、 ′リ圏にとどまることの妥当性は認められたが、。、 ′リ中心部である 必要はないとして、郊外のパレゾーに移転させられた。それに対して国立行政学院 (QZ<) は、講師のかなりの部分が現役の公務員だという特殊事情が認められて、パリ中心部の官庁街、 フォ 1 ・フル・サントノ 1 レに新校舎を設けることが許された。 しかし、各個撃破に対しては、役所というものは必死で抵抗するものである。むしろ、より有 効なのは各省ごとに一律の目標を設定して、あとはそれそれの役所にまかせることである。各省 庁は三〇年で、首都圏での公務員の総数を五〇パーセント削減するということにして、具体的な やり方は各省庁に考えさせればよい。どうせ日本の行政機構は縦割りなのだから、各省にまかせ られることはまかせればよいのである。三〇年というのは一人の公務員が役所に勤めている期間 である。だから、三〇年で半減というのは東京での採用を半減するだけで自然と実現できるので ある。 さらにソフトな方法として、定員の配分にあたって、東京で一人削減すれば地方で二人増員で きるというようにするなどというのも有効であろう。また、国土政策懇議論概要でもふれられて ・コストとして いるが、各省庁の施設にも固定資産税をかけるとか、あるいはオポチュニティー の家賃相当分を予算シーリングに組み込ませるのも、ひとつの合理的な考え方であろう。 役所を地方に移さなくても政府活動をもっと地方で行うための方法はいくらでもある。たとえ 138
関東各県の課題はプランド・イメージ 東京の時代にあって、経済的には関東圏各都市の将来は、比較的明るいものである。そうした なかで四全総中間報告では、業務核都市という形で周辺都市を整備して、首都圏内での分散策を 提唱している。こうしたやり方は、東京中心部の再開発が進みすぎると、周辺には恩恵が及んで こない可能性はないわけではないが、成功する可能性も大きいだろう。 しかしそのためにも、関東圏各都市の・フランド・イメージの改善に取り組むべきであろう。神 奈川県を別にすると、他の関東各県のイメ 1 ジは東京人からみてもうひとつである。よくいえば 質実剛健、あるいは質朴な風土ということになるだろうが、けっして将来性のあるイメージでは 代よ、。 時オし 活だから業務核都市というような構想が有効に働くかどうかについては、関東圏の主要都市が、 ガ横浜や湘南のようなイメ 1 ジの高さを獲得できるかどうかが、重要なポイントになってくる。交 地 は通手段などは現在すでにかなり整備されている。それにもかかわらず時間距離に比して土地価格 世が低いことに象徴的に表われている評価の低さというのは、つまるところイメージの問題なの だ。各地方自治体などではこうした方向へ向かって努力しているには違いないわけだが、イメー ハジというのはそう簡単に変わるものではない。よほど思い切った手を打っ必要がある。 第 こういう場合、企業ならどうするだろうか。いま、はやりなのは、 0—運動で、いちばん効果 233
のをつくるのなら国内に」といった声が出てきたのは、けっこうなことである。海外というのも ようがない。 選択のひとっと考えれば、一部から出された非難はいわれなきものとしかいい 大都市郊外の遠隔地で毎日通勤するのには遠すぎて売れ残っている住宅地も、一週間に一回都 心へ買い物、仕事、あるいは孫の顔を見るために出てくるのには悪くない。フランス人のように リゾート地や故郷に年をとったら引っ込みたいという人は多いのではないか。そうすれば、都心 近くに住む必要のない高齢者にかわって、本当に都心に住む必要のある人に住宅を与えることも できる。別に強制する必要は何もないので、大事なことは老後の過ごし方について、できるだけ 選択肢を広げるための条件をつくり出すことであり、その選択肢のうちで、社会的に好ましいも のについては、それを優遇するということである。 幸い、シレく ーコロンビア論議をきっかけに、地方でもそういうようなものを地方経済の落ち き込みを防ぐためにこそ考えてほしいという声が出てきている。地方にとって税収の面での貢献が に少ない高齢者は好まないといった傾向もあるが、前章でも述べたように、目先の地方自治体財政 舞にこだわらず、地域経済全体を考えれば、なににせよ人口が増えることは必ず地域の発展につな 史 がるはずであり、そこに住む高齢者から直接にいくら税金をとれ、それに対していくら直接的な 界 世 財政支出を要するかという、単純な・ハランスシートでのみ、判断してはならないはずである。 入リゾート地でなくとも、地方都市はその土地出身高齢者などに戻ってきてもらうことをもっと 3 考えてはどうか。東京に持ち家のある人なら、それを売れば地方都市に豪邸を建て、なおかなり