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検索対象: コメをどうする
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1. コメをどうする

在することが望ましい。 協同組合原則と市場原理 米国で最大の農民団体ファーム・ビーローは「市場原理」を信奉している。一方、農 民は隣人愛を尊ぶ敬虔なクリスチャンである。つまり、彼らにとって、市場原理信奉と隣 人愛は矛盾しないのである。もちろん、彼らは農業協同組合を設立し、それに加盟してい る。お互いに助け合っているのだ。 また、先に米国の営農指導の手法としてがあることを述べた。このは、各 農家が自らの正確な経営記録を提供し合うという″協力体制〃があってはじめて可能にな る。自己の競争上の位置を正確に知り、切磋琢磨しながら、自らの進歩を図るのである。 つまり、米国の農民間には″協力と競争〃がある。日本では、農家に経営の記帳と協力 の姿勢が足りないため、この手法がとれないで困っているのが実態である なぜか日本の農業関係者は市場原理が嫌いである。市場原理イコール弱肉強食としか考 えないからであろう。そして、「市場原理の米国社会では農民同士が足を引っぱり合って いる」と、陰徴な次元でしか市場原理をとらえようとしない人が多い。

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え方は世界の中でみると、特殊日本的であって、世界の常識ではない。このことをよく理 解しておく必要があると思う。 一九八六年九月、が日本のコメ市場を開放せよと要求してきた。おコメは特殊な 商品で、市場開放問題では " 聖域。だと考えていた日本人はビックリしたかもしれない が、彼らからしてみれば、これはごく当たり前のことである。米国の農民は、コメは輸出 するためにつくっているからだ ( 生産の四、六割は輸出向け ) 。 日本のように高所得国であって ( コメが高値で売れる ) 、しかもコメの大消費国である 国は、市場として大変魅力がある。そういう国が市場を閉鎖したままであれば、そこを狙 うというのは、「輸出するために農業をする」という彼らの行動様式からすればごく当た り前のことである。 海外農業調査の初期の頃、強く印象づけられたのは以上のことである。農業というの は、技術進歩の速い、研究開発型の産業だということ、彼らは輸出を前提に農業を行って いるということ、この二点を十分考えておかないと、農産物の貿易摩擦を理解することは できない。 なお、今回のの市場開放要求の背景には、このような一般的背景のほかに、コメ 126

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いる。マーケティング・ローン制度の実施で農家庭先価格は一〇〇ポンド当たり一二ドル七 〇セントに下がったが、農家が実際に受け取る価格は一一ドル九〇セント ( ターゲット・ プライス ) である。じつに農家手取金額の七割近くを補助金で負担している。こんな過保 護は長つづきしえないことは農民自身よく知っている。 この状況から脱出するためには、コメの国際相場が上昇するか、あるいはタイ米と競合 しない新たな輸出市場をみつけるしかない。全米精米業者協会が日本市場に目 をつけたもう一つの背景はここにある。 川ガットと国家貿易品目 三〇一条からガット新ラウンドへ の日本コメ市場開放要求に対しては、米国内部でも複雑な反応がみられた。 による市場開放要求はじつは今回がはじめてではない。過去二回試みられたが ( 一九八〇年に対日、八三年に対台湾 ) 、その都度、との事前の話し合いでつぶ された。外交当局が消極的だったからだ。

4. コメをどうする

ニマム・アクセス ) がなされる必要がある。第二に、米国はタイ米の農村窮乏化価格には かなわない。したがって、日本が自由化しても、一番可能性の大きい加工用米市場をタイ に奪われる可能性がある。 この二つの条件から、コメ市場開放問題は、米国産コメに対し輸人枠を設定するという 方向が、一つの解決策として浮かんでくる。 いまや、コメは閉鎖的市場の象徴になっている。一方、米国側としては、国内の選挙事 情もあって、日本に何かさせなければならない。そこでコメが格好の標的になっている コメの全面自由化でなくても、一部でも市場参人を実現させることができれば、米国側に とっては国内政治上成功となる。このような諸条件を勘案してあぶり出し手法で予測する と、「輸人枠、の設定という解決策が浮かんでくるの】だ朝一 ~ ただし、米国には、業界の実利本位のホンネと、政府の自由貿易主義のタテマエがあ る。コメ業界のホンネは「輸人枠の設定」かもしれないが、米国政府は「輸人自由化」を 求めつづけるであろう。わが国の対応としては、「国家貿易品目」であることが肯定され たとき、「輸人枠の設定」で落ち着くことになろう。 140

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えれば困難だーーーこれが米国政府の立場だったと考えられる。 そこで、米国政府は自らの手を汚すのを避けるため ( ? ) 、あるいは時間かせぎ ( 問題 の先送り ) の意味もあって、国際機関であるガットの場に議論を持ち込むという選択をし た。ガットに持ち込み、いわゆるロール・バック ( 保護措置の見直し ) の問題として国家 貿易品目をとり上げ、日本のコメがガットに違反していないかどうかを多国間で協議しょ うという戦略だ。これが咋年 / ( 一九八六年 ) 一〇月段階の動きの背景であ , に」 しかし、八七年にはいって、米国政府の動きには変化がみられる。コメの市場開放問題 に関しては日本人は一枚岩だと思っていたら、意外にそうではない。市場開放賛成論もあ る。日本国民の世論は分散しているという見方が、国務省にも出はじめているようだ。も し米国政府がそういう見方に確信を抱くようになれば、コメ市場開放問題に対する米国側 の要求はより一層厳しいものになっていこう。 コメはガット国家貿易品目か のコメ市場開放要求に対して、日本政府 ( 農林水産省 ) は「日本のコメの貿易制 度 ( 輸人制限 ) は、ガット上認められた国家貿易制度である」として、の申し立て 136

6. コメをどうする

第 2 章自壊するコメ農政 が吹いている。第一次石油危機後、千載一遇のチャンスとばかり石油値上げでモウケ主義 に走った石油業界批判に似たものが起きている。「農業冬の時代」である。 もう一つ重要なことは、米国の精米業者協会 (czä<) のコメ市場開放要求を誘発した ことだ。日本人はコメⅡ稲作に対して特殊な気持ちをもっている、コメについて無理な要 求をすると日本の国民感情を害し、日米両国の友好関係を損ねるとし、従来、米国はコメ の市場開放要求を遠慮してきた。しかし、日本国内でコメ農業の評判が悪くなった。 はこれをチャンスと判断し、市場開放を要求してきたのである。 これが、経済原則を無視した政治米価の結末である。食管制度の見直し、コメ市場開放 の危機である。農協は食管制度に収益の基盤があるにもかかわらず、自らの手でそれを壊 してしまったのだ。 食管制度は″自爆装置〃に点火した 新たな減反政策 食管制度と表裏一体をなしてきたのが、水田利用再編対策 ( 昭和五三年度スタート ) で

7. コメをどうする

しかし、筆者のみるところ、米国の農民は決してそうではない。彼らは最も敬虔な信徒 であり、協力すべきは協力し、競争すべきときは切磋琢磨している。米国の農村では問題 が止揚されて、協同組合主義と市場原理が高い次元で両立している。 もちろん、日本でもそういう農村はたくさんある。問題は、農業関係者のイデオロギー がものをみえなくしていることだ。市場原理イコール弱肉強食という捉え方は、それ自体 が隣人愛をもたないその人の人間性の反映ではなかろうか 農協のあり方に関して、協同組合主義と市場原理については次のように考えてはどうだ ろうか。単位農協の内で″協同主義。を十分発揮し、そして農協と農協は地域ゾーニング のない競争市場で切磋琢磨し合う。そのとき、経済活動の担い手としての農協は「専門農 協」であり、そして「農協」は生産性の高い自立経営農家とともに歩むことになろう。 論日本の農業が発展するも衰退するも、農協の役割は大きい。明るい未来を築きたいなら 改ば、農協が大きく体質改善を図ることが期待される。日本農業の「国際化元年」になるか 協 農もしれない今が、歴史の分水嶺である。発想の転換を祈りたい。 章 ( * ) 本章は拙稿「農協改革のグランデッサン」 ( 『正論』一九八七年一月号 ) に加筆したものである。 20 ラ

8. コメをどうする

資料 3 ・ 3 コメの世界貿易 ( し 000 トン ) 国 米国 中国 名 イタリア パキスタン ビノレマ オーストラリア インドネシア ウルグアイ ペ丿レギー オランダ スペイン 湾 世界計 先進国 ( 市場経済 ) 北米 西欧 オセアニア その他 発展途上国 ( 市場 ) アフリカ 中南米 中近東 極東 計画経済圏 西欧・ソ連 輸 25 985 し田 0 6 ′ 023 9 6 ′ 8 円 856 2 田 999 3 33 5 ′ 268 ロ′ 097 ロ 6 940 203 2 田 674 し 244 579 685 3 33 3 ′ 027 出 円 85 し 050 し 0 引 5 ′ 776 30 473 6 ′ 279 3 ′円 8 し 940 3 ′ 4 田 ′ 8 引 2 0 220 340 3 470 7 円 727 し 050 し 940 4 ′ 062 国名 ノヾン・ク・ラテ・シ・ユ サウジアフ マレーーシア イラク フィリビン ービア 韓国 イギリス 西ドイツ オランタ キュー - ノヾ フランス ペ丿レギー ソ連 プラジ丿レ ベトナム ナイジェリア セネガル イタリア 香港 イラン 世界計 インドネシア 西欧・ソ連 計画経済圏 極東 中近東 中南米 アフリカ 発展途上国 ( 市場 ) その他 オセアニア 西欧 北米 先進国 ( 市場経済 ) 輸 し 599 447 2 ′ 045 4 ′ 4 田 2 ′田 5 8 田 2 ′ 476 9 ′ 845 258 9 し 487 田 6 し 859 ロ′ 750 538 2 ′ 585 田 0 田 4 250 円 9 244 絽 8 し 283 図 3 30 600 322 円 5 360 587 427 350 0 79 入 円 85 585 487 し 072 2 ′ 6 2 88 ′ 034 2 ′ 462 8 ′ 437 280 し 894 ロ 4 2 ′ 367 凵′ 876 40 0 200 2 田 2 幻 242 283 引 2 3 幻 340 345 345 350 352 378 400 427 480 500 538 7 214

9. コメをどうする

「事態の進展は早いョ」ということだけだ。 人間はさまざまな顔をもつ。生活者としての顔、職業人としての顔、等々。本書では、筆者 のエコノミストとしての顔が前面に出ている。実証が必ずしも十分とはいい難く、若干不安な まま、先行きの情勢を展望したところもある。しかし、「結局はそうなる」という確信がある からだ。長い目でみれば、世の中は経済学の理論通りに動いていく。経済原則に反する制度 は、自己矛盾から崩壊していく。市場原理は貫徹していくとみるのが、私のエコノミストとし ての視点である。 農業関係者には、市場原理が嫌いな人が多い。しかし、好き嫌いを超えて、まずそれを直視 すべきだ。それを避けているために、結局、市場原理に足をとられているのが農業の現実だ。 一番の虚構は「農業イジメ論」批判だ。 国際化の時代を迎えて、農業は大きな歴史の曲がり角に立っている。感性のみが先行し、理 性が遅れては、二一世紀をめざすことはできない。歴史の分水嶺に立っ今日、従来の手法の有 効性に疑問を抱くことが必要なときではなかろうか。 222

10. コメをどうする

報復できるからだ。たとえば、米国がコメを自由化している場合、日本もコメの輸人を自 由化していないと、不公正慣行として報復をうける危険がある。 は八六年一〇月二三日、の対日提訴を却下した。しかし一方で、日本に 対し、八七年からはじまるガット ( 関税貿易一般協定 ) の新ラウンド ( 多角的貿易交渉 ) の場で、コメの市場開放問題を議題とするよう求めた。日本側の対応次第では、の 提訴を改めてとりあげる方針だという。あくまでも条件付き却下だ また、八七年にはいると、米議会の対日攻勢が強まり、主要コメ生産州選出議員らが、 コメ市場開放要求法案を議会に提出しはじめている。 わが国はこの問題にどう対処すればよいか。まず、のコメ市場開放要求の背景、 米国政府の対日姿勢の変化などを明らかにしよう。 放 開 場 市 先進国農業は輸出を前提 の 章 技術進歩の速い欧米農業 第 日本が否が応にも国際化していく以上、われわれは世界農業についての基礎的知識をも