マーケティング・ローン制度をやめれば、米国のコメ生産は減り、当然、国際市場への 出回り量も減る。現在の国際価格の暴落は、マーケティング・ローン以前の世界的な過剰 供給が一番の原因だが、それでも米国がこの制度をやめれば、国際相場も少しは上がろ タイ農民は、このダンピング価格と競争するために一段の安売りを強いられているので ある ( タイ米輸出価格は、マーケティング・ローン実施前のトン当たり二二〇ドルから八 六年一二月には一九〇ドルに下がった ) 。先進国の農民保護政策が発展途上国の農民を悲 惨な目に遭わせているという構図だ。タイに限らず、オースト一フリア、アルゼンチンなど の穀物輸出国は、米国のなりふり構わない輸出補助政策を批判している。 題 開宣戦布告 市 タイ政府高官は、米国のマーケティング・ローン制度の実施を「米国による経済戦争の の 「開戦」といい切った。実際、補助金をテコにした安値輸出がはじまってから、ヨーロツ。ハ 章 や中近東では次々と米国の業者に市場を奪われた。 第 米国のコメは再び輸出競争力を回復した。しかし、それは巨額の財政負担を前提にして
タイ米の低コストと異常なドル高で競争力が弱まった米国は、競争力を回復するために 一九八 , ハ年四月からマーケティング・ローン制度を実施した。これは第 3 章で説明したよ うに、農家はローン・レート ( 現在、一〇〇ポンド当たり七ドル二〇セント ) で政府に預 けてある自分のコメを国際相場 ( ローン返済レート ) で取り戻せるという制度だ。このロ ーン返済レートは八六年八月現在は三ドル七〇セントである。両者の差額一二ドル五〇セン トは財政が負担する。ローン返済レートは国際価格から逆算されたものだから、どんなに 国際相場が下がっても、米国のコメは常に輸出競争力をもっことになる。 世界的な過剰供給でコメの国際価格が暴落した。そのとき、タイは農民の生活水準を極 端に切り下げることで、この不況価格に耐えることができる。つまり、タイは農村収奪的 な低価格で輸出できるが、米国の農民はひどい窮乏生活を強いられるような低価格では輸 開出ができない。そこで、現行の農業所得水準を維持しつつ、政府の補助金によって農家庭 市 先価格を国際水準に引き下げ、輸出競争力の回復を図ったのである。 の 実際、先述したように、米国のコメは競争力を取り戻し、輸出は急速に伸びはじめた。 章 財政補助金つきダンピングだ。米国の高生産性農業もタイの農民収奪的価格には敗れたの 第 である。
ネスや州立大学農学部の普及事業など、専門的知識を供給する情報サービスのネットワー クが発展しているので、農家はこれを活用すればよい。情報が競争力を左右する時代にあ って、家族経営農家が大企業農場と互角に競争できる強さの秘密はここにある ( よりくわ しくは拙著『先進国農業事情』第 6 章 3 節を参照 ) 。 全農がアグリビジネスの活性化を阻害 さて、日本はどうか。わが国のアグリビジネスは農協との競争において不利になってい る。農協は農協法第一〇条によっていろいろな事業ができるようになっており、農産物の 加工市場や農業資材分野など多くのアグリビジネスに参人している。ところで、農協の事 業に対しては、設備に対する補助、流通に対する補助、低利・長期の制度金融の適用な 論ど、政府助成が行われている ( 農業基本法第一二条がその法的根拠である ) 。さらに、法 改人税・事業税も軽減措置が適用されている。法人税率 ( 標準税率 ) は一般四三 % に対し農 協 農協は二八 % だ。 章 このように、農協と一般企業はイコール・フッティングではない。明らかに競争条件の 第 不均衡がある。 19
九八 , ハ年 ) 、が日本のコメ市場を開放しろと要求してきたが、おコメの大消費国で ある日本市場を狙うのは、彼らの行動様式からすれば至極当然のことなのである。日本の 「コメ聖域論」は″油断〃だ。欧米では農業の技術進歩が速いこと、そして彼らは輸出を 前提にしていること、この二点を忘れてはならない。 農業は先進国型産業 いま、世界貿易の流れをみると、主要な食糧農産物を輸出しているのは先進国である。 穀物、食肉、酪農品は先進国の輸出商品であり、後進国はそれを輸人している。つまり、 農産物については賃金の高い国が競争力をもっている。なぜか。農業はソフト型のハイテ ク産業であり、研究開発努力の成果から、先進国と後進国の間の技術格差が大きくなって いるからだ。 低賃金を武器に競争力をもつのが後進国型産業だが、農業の競争力を決めているのは低 賃金ではなく、研究開発努力と農民のヒューマン・キャピタル ( 人的資本 ) である。そう いう産業は先進国に向いた産業であり、先進国において比較優位産業に成長しうる産業で ある。
八ドル台 ( トン当たり一九三ドル ) に低下した。 八三年からは大幅な生産調整も実施されたが、それでも需給バランスは正常化しなかっ た。これは、政府の価格支持政策の悪い効果が出ているためだ。つまり、先に述べたよう に、市場価格が下落しても、減反計画に参加した農民は高水準の目標価格が保証されてい るため、コメづくりに情を出し、供給がなかなか減らないのである。 輸出競争力の低下 一方、八〇年代にはいってからの異常なドル高と、タイ米の追い上げで、米国のコメの 輸出競争力にはカゲリが生じはじめた。コメ生産の約半分は輸出向けだから、輸出不振は 痛い。 情もともと、米国の産業構造の中で、コメの比較優位はそんなに高くない ( 拙著『日本よ 農業国家たれ』一」ハ五頁、『農業・先進国型産業論』四五頁ならびに一一六頁を参照 ) 。そう 国 米いう中で、ドルが一九八五年はじめには八〇年に比べて六〇 % も高くなったために ( 世界 章 各国通貨に対する実効レート ) 、さしもの高生産性農業も競争力を失ったのである。 第 輸出は従来の一三〇、一一三〇万トン水準から ( 八〇年の三〇〇万トンはイレギュラー ) 、
であっても、農家は隣町の農協に逃げることができない。ここに問題がある。 複数の農協があって、どの農協に加盟するかを農家が自由に選択できるようにすれば、 農家は経営能力と技術指導力の高い農協に加盟する。そうなれば、能力の低い農協は経営 危機に直面する。したがって、地域ゾーニングがなくなれば、農協間の競争が発生し、技 術指導や購買事業などで農協の力量が向上しよう。そうしないと、他の農協に逃げられる からだ。農協と農協が農家へのサービスを競い合わざるをえない状況があってはじめて、 農協は農家にとってもっと役に立っ存在となる。 農協の地域ゾーニングを撤廃し、農協選択の自由をつくったほうが、地域農業の発達と 農民の利益最大化につながる。もちろん、競争力をもった商系の流通業者がいればそれで よいが、現実には全農の需要独占が強大なため、商系のアグリビジネスは対等に競争でき ない。つまり、農協にとって″ライ。ハル不在〃という状況にあるため、顧客である農民の 利益が優先されないことがある。 この地域ゾーニングは行政指導である。農協法二四条 4 にもとづき、農水省は農協の模 範定款例を定めているが、その中で地域ゾーニングを指導している。それは行政の末端組 織として農協を利用するためには便利かもしれないが、農家の役に立たない農協でも存続 202
る。日本酒業界や米菓業界などの加工用米の需要家たちは、コメ自由化は原材料費の低下 になるとして、自由化歓迎派だ。一般市民の中にも、国際価格の数倍もする日本のコメ価 格に対するイラ立ちがみられる ( 表 2 ・ 1 を参照 ) 。さらに、農家の中にも、現在の保護 農政の見直しを求める声が出はじめている。 素直な目でみて、日本農業は食管制度のもとに安住してきたといえる。今回の市場開放 要求を契機に、新しい時代に適応できるコメづくりに転換していくことが必要だ。 自由化に耐えられる強い農業をつくれ 私は日本国内でコメ農業がつづけられることを望む。そのためには、自由化に耐えられ る強い稲作農業を早く確立する必要がある。仮に米国のコメに対し当面二〇、三〇万トン 程度の「輸人枠」設定ですんだとしても、わが国のコメの競争力があまりにも弱ければ、 次第に輸人枠が拡大され、国内生産が縮小していく危険があるからだ。 自由化に耐えられる強い農業をつくることは可能だと思う。コストダウンで価格競争力 を強めるか、あるいは高付加価値農業の道を歩むか、地域の条件に合わせてイノベーショ ンを進めることによって、輸人米との競争力を高めることができる ( 米国のマーケティン 142
農は食管堅持論を強く主張しているが、農民段階では意見がわかれているといえよう。 もちろん、食管反対派はコメに依存しない「非稲作」農家だけではない。表 1 ・ 5 に示 すように、宮城、新潟という稲作の主産地では食管制度に反対する農家の半分以上がコメ 農家である。「非稲作」だから食管制度に冷たいのではなく、むしろ稲作農家が食管制度 に反対しているのである。 稲作主産地のコメ農家が、なぜ食管制度に反対するのか。それは、食管がなくてもやっ ていける、あるいは自由化したほうが自分たち農家の所得は増えると考えているからだ。 とくにコシヒカリとかササニシキをつくっている優良銘柄米地域では、自由化すれば米価 反が上がるだろうという見方がある。加えて減反なしで全面作付けできるから、自由化した 度 ほうが自分たちの農業所得は増えるという計算だ。 は自由化で産地間競争になれば、自分たち東北・北陸は経営規模が相対的に大きいので規 割 模の利益があり、かっ良質米産地だから競争力は強い。西南暖地は競争に敗れ、コメをつ の 家 農くれなくなるから、その分、自分たちは作付けを拡大できると考えているのである。 章 良質米地帯の稲作農家が食管制度に反対するのは理由があるといえよう。「地域エゴ」 第 が食管制度をつぶすエネルギーになろうとしている。もちろん、このような主産地では、
業界の不況、タイ米との競争というもう一つの背景、引き金がある。 3 国際コメ戦争 世界的な過剰供給 コメ産業は世界的にも成長産業である。世界の精米需要量は一九六〇年度一億六〇三三 万トン、七〇年度二億一四四八万トン、八〇年度二億七二三四万トン、八六年度見込み三 億二一九〇万トンと増大してきた。八〇年代にはいってからも、今日までに五〇〇〇万ト ンも増えた。 題 ただし、貿易は一二〇〇万トン水準で横ばいで推移している。これは「緑の革命」の成 開功で、コメの主要な消費地であるアジア諸国において自給体制が整ったからだ。 しかし、一九八四年頃から過剰供給のため、世界の「メ産業は不況に突人した。コメの 「国際相場の指標であるタイ米輸出価格は、従来トン当たり三〇〇ドル水準だったが、最近 章 は二〇〇ドルに暴落している ( 八一年の四八四ドルは韓国の大凶作・緊急大量輸人に伴う 第 例外的な価格 ) 。 127
産物を政府に引き渡すことによって、自動的に債務を解消することができる。したがっ て、この融資価格は事実上の最低保証価格の役割を果たす。 こうした価格制度があるので、減反参加農民はどんなに市場価格が下がっても、価格面 では困らない。不足払いが増え、財政負担が大きくなるので、政府が困るだけである。た だし、この価格政策の恩恵は減反計画に参加した農民だけしかうけられない。また、作付 制限面積が増えれば、その限りでは減反参加農民も困る。 農家受取価格 (price received by farmers) は、需要と供給によって決まる市場価格で ある。農家が穀物を販売して直接手にする価格はこれである。つまり、米国のコメ価格は 市場原理で決まる ( ここが日本と違う ) 。この価格が目標価格を下まわっていれば、その 差を政府から不足払いとして受け取れる仕組みである。 マーケティング・ローン制度 以上が従来の価格制度である。しかし、事実上の最低保証価格である融資価格が高水準 に設定されているため、国際相場が下落した現在、米国のコメは国際競争力が弱くなっ た。そこで、輸出競争力を回復するため、一九八六年四月一一日から、新しくマーケティ 108