080 プラスアルフアについて考える 基本民法 [ 第 23 回 ] 指名債権譲渡における取引安全 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 CLASS 慶應義塾大学教授 武川幸嗣 本件債権に関する各譲渡についてはそれぞれ 内容証明郵便により B に通知されたが、 D が A に働きかけたために A D 間の譲渡通知が A C 間のそれより先に B に到達した。この場合、 C は誰に対してどのような主張ができるか。 〔今回のテーマ〕 不動産・動産物権変動における取引安全に ついては、相容れない権利取得の優劣決定に 関する対抗問題と、無権限取引における信頼 保護とに大別されるが、債権譲渡については どうか ? 第一に、債権譲渡においても、同 [ 1 ] 問題の所在 ー債権の譲受人相互間に対抗問題が生じる 同一債権の二重譲渡において、その排他的帰属を が、物権変動の法理がそのまま妥当するか ? 争う譲受人相互間の優劣は対抗要件の有無によって 第ニに、証券化した債権と異なり、指名債権 決せられる点につき、債権譲渡は物権変動と共通す は登記あるいは占有のような信頼の対象とな る。事例 Pa 1 において本件債権の各譲渡につき る権利の表象を伴わず、後述するように公示 CD ともに確定日付ある通知 ( 民 467 条 2 項 ) を具備 方法も不十分であるため、譲受人の取引安全 しているところ、両者の優劣はその到達時の先後に は、外観信頼保護があまり前面に出ることな よって決せられる 1 。そうすると、 C は少なくとも く、譲受債権に関する抗弁対抗の可否を通し 対抗要件の具備において D に劣後するが、不動産物 て債務者との関係において問われるが、それ 権変動においては 177 条の第三者の善意悪意が問わ はどのような場合か ? れ、判例法理として背信的悪意者排除論が確立され ているところ、それは 467 条 2 項にも妥当するであ 今回は、指名債権譲渡における取引安全につき、 ろうか。そうだとすれば、 D において、本件債権が 譲受人相互間および債務者一譲受人間とに分けて検 C に譲渡されている事実を知りかっ、その譲渡通知 の B への到達が自己より遅れた旨を主張することが 寸する。 信義に反すると認められる事情を主張立証すること 1 ニ重譲渡における譲受人の主観的態様 により、本件債権の自己への帰属を D に対して対抗 することができる。 〔事例で考えよう part. 1 〕 しかしながら、判例・学説ともに債権譲渡の対抗 関係においては譲受人の主観的態様を問わないのが A は事業資金を調達するため、 B に対して 有している売掛代金債権 ( 以下、「本件債権」 一般的である。それはなぜか ? 不動産物権変動に 比して何が相違するのか ? という。 ) を C に売却したところ、その直後 に A に対して貸金債権を有している D がこの 事実を知るや、上記貸金の返済に代えて本件 [ 2 ] 譲受人の主観的態様とその法的評価 債権を自己に譲渡するよう A に対して強く求 直感的には、対抗要件の先後による優劣決定 + 信 め、やむなく A は本件債権を D にも譲渡した。 義則による利益調整という理論構成は、債権譲渡に 一三ロ
090 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 担になることはないか。とくに、大震災の場合などに おいて、その負担は深刻イヒするおそれがある。 第 6 に、継続的取引 ( とくに賃貸借契約や役樹是供型契 約 ) の場合の清算関係に支障を生じないか ( 特則を置く 必要がないか ) 。 第 7 に、危険負担制度を持たないことと、対価危険 の移転に関する固有の規定の必要性を認めることは矛 盾しないのではないか ( BGB323 条、 325 条、 CISG49 条、 64 条、 66 条 ~ 70 条も参照 ) 。危険負担制度の廃止は、当 事者の意思とは無関係に自動的に債権債務関係が消滅 するという制度を廃止して、契約関係の存続・消滅を 解除権の行使に依存せしめることを意味するに止ま り、売買目的物の減失・損傷の経済的リスクをいずれ の当事者が負担するかという実質的問題は、買主が解 除権を彳ヨ吏して代金支払い義務を免れることができる かどうかという形で存続するのではないか ( 改正検討 委員会・詳解基本方金十Ⅳ 113 頁 ) 。 * 【代償請求権】物の滅失又は損傷によって、 債務者が、その代償たるべき利益を得ている場合、 一般に、債権者は、その代償の譲渡を請求しうる と解されており ( BGB285 条、 CC1303 条参照 ) 、 れを代償請求権 (surrogationanspruch) という。 日本民法典には規定がないが、担保物権での物上 代位 ( 304 条 ) ゃ損害賠償についての債務者の賠 償者代位 ( 422 条 ) からしても承認されるべきで あると考えられており、判例 ( 最判昭和 41 ・ 12 ・ 23 民集 20 巻 10 号 2211 頁 ) も、これを認める。第三 者による物の滅失・損傷・侵奪に際しての損害賠 償金請求権、公用徴収にかかる補償金債権、保険 金や保険金請求権などがこれに当たる。代償の引 渡し又は譲渡は、本来の給付に代わるべきもので あるとすれば、債権者のなすべき反対給付と対価 関係に立ち、両者の間は同時履行の関係にあると 解される。危険負担の法的構成と代償請求権行使 の可否との関係については、森田宏樹・前掲書 81 頁以下参昭 懸念の全てを払拭することは困難であるが、少なく とも、解除の運用だけで問題を処理することは困難で あり、法的安定性の面からも必ずしも好ましいことで はない。また、解除の意思表示を常に要求することに よって、債権者カく利な立場に立っこともあり得よう。 そこで、最終的に、改正法案 536 条は、次のような規 定を用意している。 「 536 条当事者双方の責めに帰することがで きない事由によって債務を履行することができな くなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒 むことができる。 2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務 を履行することができなくなったときは、債権者 は、反対給付の履行を拒むことができない。この 場合において、債務者は、自己の債務を免れたこ とによって利益を得たときは、これを債権者に償 還しなければならない。」 つまり、基本的に現行 536 条の危険負担における債 務者主義に関する規定を修正して、反対給付の履行拒 絶権の有無によって問題の処理を図ることで、解除制 度と危険負担制度の併存を可能にする道カ躱られてい ーこにおいて、危険負担の効果は、債務の当然消 る。 滅ではなく、 ( 債務の存続を前提とした ) 履行拒絶権に改 めるという大転換がもたらされたことになる。したが って、双務契約において、債務の履行カ坏能になった 場合に、債権者が自己の負担する反対債務から解放さ れたい場合には、債権者は契約解除の意思表示をしな ければならず、履行カ坏能となったからといって、反 対債務が当然に消滅するわけではないことには、注意 しなければならない。法案第 2 項は、現行 536 条 2 項 に対応するものであるが、債権者の責めに帰すべき事 由による履行不能の場合には、債権者は反対債務の履 行を拒絶することができないものとしている ( 後段は、 現行 536 条 2 項後段と同じ ) 。 以上の結果、債務者の給付が履行不能となった場合 でも、債権者の反対債務は消滅していないことカ揃提 となるわけであるから、債務者から反対債務の履行請 求があった場合には、債権者は履行不能の事実を主張 して反対債務の履行拒絶の意思を表示すればよく、 れに対して、債務者の方で履行不能が債権者の責めに 帰すべき事由によるものであったことを主張して、自 らの履行請求を正当化することになる。 なお、 @解除権構成による危険の移転になじまない 賃貸借契約については、改正法案 611 条 [ 賃借物の一 部滅失等による賃料の減額等 ] が、②請負契約で、注 文者の責めに帰することができない事由によって仕事 を完成することができなくなった場合については改正 法案 634 条 1 号が [ 注文者が受ける利益の割合に応じ
プラスアルフアにつし、て考える基本民法 081 も妥当しそうに思える。事例 Pa 1 では、債権回 収における自由競争を考慮してもなお、実質的な利 益衡量において D を C に優先させて保護すべき合理 的理由に乏しいように見受けられる。それでは、 D は 467 条の第三者から排除すべきなのか。不動産物 権変動であれば C は D に対して自己への移転登記手 続請求をすることができるであろうが、債権譲渡に おいては次の点に留意が必要である。 第一に、理論的にみれば、債権譲渡においては譲 受人のみならず債務者の存在が不可欠であり、第三 者に対する対抗すなわち債権帰属の優劣決定は債務 者に対する権利行使の可否に結びつく。そしてその 対抗要件制度は、昭和 49 年判決が示した通り、債務 者の認識付与を基軸とするシステムによって成り立 っている。したがって、債務者への通知・承諾以外 に譲受人の主観的態様を優劣決定基準に取り込むこ とは、上記のような対抗要件の構造に抵触するとと もに、債務者の認識外の要素によって弁済すべき相 手方が左右されかねず、その地位を不安定にするお それがある。そのため、債権の二重譲渡に背信的悪 意者排除論を取り入れるためには、債権準占有者へ の弁済 ( 478 条 ) さらには、対抗要件具備において 優先する譲受人の背信的悪意を主張する劣後譲受人 による債務者の支払差止あるいは供託請求などの法 的手段を手当てすることなどが考えられるが、対抗 要件手続に現れない譲受人相互間の事情に債務者を 巻き込むことの当否が問題となろう。そうすると、 通知・承諾において先んじた譲受人に対する弁済に よる債務者の免責がまずもって確保されるべきであ ろうが、債務者に対する権利行使に影響しないとす れば、背信的悪意者排除構成の実効性が問われよう。 第二に、実務上の観点からみると、金銭債権の二 重譲渡は、資産状況が悪化した譲渡人が同一債権に っき代物弁済としての譲渡および担保設定を重ね、 ここにさらに差押えが競合するなど、多数の利害関 係人が債権の優先的帰属を争う形で具現化すること が多い。このような紛争類型において各譲受人相互 の主観的態様を個別具体的に問うことは、通知の同 時到達または先後不明の場合 2 ) に加えて権利関係の 確定をより一層困難ならしめるであろう。 こうした留意点にかんがみれば、債務者と通謀し て債権譲渡が行われたような特段の事情がある場合 を除き、対抗要件において優先する譲受人に対する 弁済により債務者を免責した上で、弁済を受けた同 譲受人の債権侵害を理由とする不法行為責任を認め ることによって事後的に調整するほかないであろ う。債権帰属の優劣に関する対抗関係は債務者に対 する権利行使と密接不可分であるため、原則として 通知・承諾の先後によって決定しつつ、優先譲受人 の背信的悪意に対する法的評価は、債務者を巻き込 ますに譲受人相互間の責任追及に反映させればよ い。 467 条 2 項と 709 条との評価矛盾を回避するため には、 467 条 2 項における「対抗」の意味を対債務 者間と譲受人相互間とで分けて、債務者に対する権 利行使に関する優劣については確定日付ある通知・ 承諾の先後によって決しつつ、背信的悪意ある譲受 人はその給付の保持を他の譲受人に対抗することが できない、と構成することになろうか。 2 債務者の抗弁事由と対抗の可否・その 1 〔事例で考えよう Part. 2 〕 ( 1 ) 甲土地を所有する A は、 B から信用を得 るために資産を所有しているように見せかけ る必要があるとして協力を求められ、甲につ き B と通謀して仮装売買を行ったが、事情を 知らない C に売買代金債権を譲渡し、その旨 が B に通知された。 B は C の代金支払請求を 拒むことができるか。 ( 2 ) 贋作である乙絵画を所有する D は、 E を 欺もうして乙を売却した上、事情を知らない F に売買代金債権を譲渡し、その旨が E に通 知された。その後詐欺に気づいた E は F の代 金支払請求を拒むことができるか。 ( 3 ) 丙建物を所有する G は、 H に対して丙を 売却した上、売買代金債権を一に譲渡し、そ の旨が H に通知された。ところが、丙には構 造上の欠陥が存することが後に判明したた め、 H が丙の売買契約を解除した場合、 H は ーの代金支払請求を拒むことができるか。 [ 1 ] 問題の所在 次に、債務者との関係における譲受人の取引安全 について検討しよう。債権譲渡においては、債権は その同一性を保ったまま譲受人に移転するため、原 則として債務者は、通知を受けるまでに「譲渡人に
084 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 LAW CLASS 基づいて債務者が取得した反対債権による相殺、あ るいは弁済による免責などがこれに該当しよう。 反対に、譲受債権の性質、抗弁事由の内容および 債務者と譲受人の地位に照らして、譲受人の予見お よび一定程度の調査確認を期待してよい場合であっ てかっ、債務者において予め明確に認識することが 容易とはいえない事由であるにもかかわらず、譲受 人が取引上通常行うべき調査確認を怠っていたとす れば、過失ありと認定されよう。事例 Pa 4 につ いては、①譲受債権が貸金業者の消費者に対する事 業として行った取引上の債権であり、譲受人も譲渡 人と同種の事業者であること、②抗弁事由が法律判 断を要するものであり、消費者である債務者にとっ て予め把握することが困難なものであること、③譲 受人としては事業者として予見すべき抗弁事由であ り、取引記録を確認する等によってその存否を容易 に知り得たと認定できれば、 C に過失ありと評価す べきことになろう。 [ 3 ] その他の検討課題 B は、 C の過失の有無を争う以前に、本件債権譲 渡に対する異議なき承諾につき錯誤無効 ( 95 条 ) を 主張することができるか。順を追って分析しよう。 第一に、錯誤制度の対象となり得るか。債権譲渡 に対する通知・承諾は意思表示ではなく観念の通知 と解されているが、それはその効果が債務者の意思 に基づくものではない旨を指すにとどまり、その意 思に反する場合における債務者の救済を妨げるもの ではない。判例も 95 条の類推適用を肯定する 19 ) 第二に、要素の錯誤となり得るか。譲受債権に付 着する抗弁事由に関する錯誤は、譲渡事実それ自体 に関する錯誤ではないようにも思える。しかしなが ら、特定物の性状錯誤におけると同様、譲受債権の 存否・内容またはその履行に重要な影響を及ばす事 由も承諾の内容に含まれると解せば、肯定できよう。 第三に、そうであるとしても、 95 条と 468 条 1 項 の関係に注意すべきであろう。 468 条 1 項の趣旨は、 抗弁放棄の意思の有無を問うことなく、無留保の承 諾の事実のみに基づいて抗弁切断効を認めることに よって指名債権取引の安全を図る点に求められると すれば、債務者が抗弁切断と真意との不合致を理由 として承諾の効力を否定し得るとするとその趣旨が 全うされなくなるおそれがある。そうだとすれば、 両条は一般法と特別法の関係に立ち、 468 条 1 項は 95 条の適用を排除すると解すべきことになろう。 [ 4 ] 債権法改正と譲受人保護 上記のように考えると、誤って異議なき承諾をし てしまった債務者と譲受人との利益調整は、譲受人 の善意無過失要件の解釈・運用を通して行うべきこ とになるが、すでに示したように、民法 ( 債権関係 ) 改正法案においては、無留保の承諾のみによって債 務者が受ける不利益の過大性が疑問視され、 468 条 1 項の削除が提案されている。そこで、改正が成っ た場合における譲受人の地位について占っておこう。 第一に、無留保の承諾は債務者による抗弁対抗を 妨げないため、譲受人の不利益は、債権を譲り受け るに際して調査確認を尽くすことによって防止する かまたは、譲渡人に対する責任追及によって手当て すべきことになる。 ー 468 条 1 項の削除は、債務者が抗弁放棄 の意思表示をすることを禁じるものではないと解さ れるが、 468 条 1 項のような規定が存しない以上、 債務者による錯誤無効の主張が排斥されることはな いため、これが認められれば譲受人は保護されない。 第三に、譲受人の信頼保護という観点からみると どうか。昭和 49 年判決が示したように、債権譲渡に おいては、譲受人となる者が予め債務者に対して譲 受債権の存否・帰属を確かめ、これに対する債務者 の表示を信頼して債権を譲り受けるのが通常とされ ており、対抗要件が債務者への認識付与を基礎とす る構造において成り立っているのは、債権を譲り受 けようとする者の事前の問い合わせに対する債務者 の回答 ( ※対抗要件としての承諾とは異なる ) が公示 手段として機能することを前提としている 2 。。そう すると、抗弁事由の存否に関する債務者の表示に対 する信頼が問題となるものの、債務者が適切な回答 義務を負うわけではなく、公示方法としては不十分 であるため、異議なき承諾の効力として説かれてい たような公信力を付与するにはなじます、債務者の 不実表示を理由として抗弁の主張を制限する構成を 志向すべきことになろうか。しかしながら、上で述 べた点に照らせば、回答が誤っていたということの みをもって、債務者の回答内容と異なる抗弁の主張 が直ちに信義に反するとはいえず、これを広く認め ると 468 条 1 項を削除する意味が薄れるため、譲受
082 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 LAW CLASS 対して生じた事由」をもって譲受人に対抗すること ができる ( 468 条 2 項 ) 。自身が関与していない債権 譲渡によって債務者の地位が害されるべきではない からである。それでは、これに対する例外的調整と して、譲受人の取引安全との調和をいかにして図る べきか ? かかる抗弁事由には債権の発生原因であ る契約の無効・取消し・解除も含まれるが、これら の諸事由には固有の第三者保護規定 ( ex. 94 条 2 項、 96 条 3 項、 545 条 1 項ただし書 ) が存するところ、 468 条 2 項に優先して適用されるべきなのか ? あるい は、 468 条 2 項の例外としての債権譲受人の保護は、 もつばら債務者の異議なき承諾の効果 ( 同条 1 項 ) によるべきなのか ? [ 2 ] 無効・取消しの場合 事例 Pa 2 ( 1 ) では、 B が譲受債権の原因関係に 関する虚偽表示無効を理由として C の請求を拒むこ とが考えられるが、判例は、 94 条 2 項の第三者に債 権譲受人も含まれると解している 3 。仮装債権の作 出が債務者の意思に基づくものである以上、善意の 譲受人を犠牲にして保護すべき理由はないであろ つ 次に、事例 Pa 2 ( 2 ) において、 468 条 2 項の適用 にあたり、通知までに取消しの事実が生じていなく ても取消原因が発生していれば足りると解した上 で、 E は F に対して、譲受債権の原因関係に関する 詐欺取消しを理由として代金支払を拒絶することが できるか。 96 条 3 項の第三者に債権譲受人を含めれ ば 5 ) 、 ( 1 ) と同様に、 E は善意の F からの請求を拒む ことはできない。たしかに、債務者には虚偽表示に おけるような帰責事由が存しない点において ( 1 ) と異 なるが、①表意者である債務者に落ち度があること、 ②譲受人は詐欺に関与していないこと、③詐欺の事 実は譲受債権の本来的属性とはいえず、譲受人が甘 受すべきリスクではないことに照らせば、 94 条 2 項 と同じく、 96 条 3 項も 468 条 2 項に優先して適用さ れてよいであろう。 [ 3 ] 解除の場合 それでは、事例 Pa 2 ( 3 ) はどうか。 468 条 2 項の 適用につき、通知までに解除原因が発生していなく ても、抗弁事由発生の基礎が存在していれば足りる との理解を前提にすると 6 ) 、 H による I の請求拒絶 の可否は、 545 条 1 項ただし書の第三者に債権譲受 人が含まれるか否かによって決せられる。同項ただ し書は 94 条 2 項および 96 条 3 項と同一の趣旨に基づ く制度であると解する肯定説もあるが 7 ) 、判例・通 説は否定説に立つ 8 ) 。その根拠は、①譲受債権が双 務契約上の債権である場合、反対債務の不履行を理 由とする解除のリスクはそのような債権の本来的属 性であり、譲受人はこうした性質を前提として債権 を取得したにすぎない、② 545 条 1 項ただし書の趣 旨は第三者が取得した権利の追奪防止にとどまり、 権利それ自体の消滅を妨げるものではない、という 点に求められよう。 もっとも、 ( 2 ) と ( 3 ) を比較した場合、詐欺と債務不 履行または瑕疵担保責任との差異をいかにして正当 化することができるか ? 債務者からすれば、詐欺 の事実を主張立証するとかえって保護が薄くなるの はおかしいともいえるが、譲受債権の本来的属性と して甘受すべき事由か否かという譲受人の側の観点 からみれば、反対債務の履行の有無と詐欺の有無と は異なるといってよいのではないか。 以上のように解したとしても、債務者の異議なき 承諾が行われた場合、 468 条 1 項によって譲受人の 取引安全が図られる。ただし判例によれば、譲受債 権が双務契約上の債権であり、反対債務の未履行に つき譲受人が悪意であったときは適用されない 9 ) 。 さらに、異議なき承諾があったとしても、 ( 3 ) におけ る隠れた瑕疵のように、承諾時において債務者が知 り得ない抗弁事由については、 468 条 1 項に基づく サンクションをうける前提に欠けるため、その適用 を否定すべき旨が指摘されている 10 ) 。なお、民法 ( 債 権関係 ) 改正法案では 468 条 1 項の削除が提案され ているが、債務不履行解除の場合に同項が適用さ れる余地は少ないであろう。 さて、第三者保護規定が存しない抗弁事由に対す る指名債権取引の安全はもつばら 468 条 1 項によっ て図られることになる。以下に検討しよう。 3 異議なき承諾と譲受人の取引安全 〔事例で考えよう Part. 4 〕 貸金業者である A は、 B に対して有する貸 金債権 ( 以下、「本件貸金債権」という。 ) を同 業の C に譲渡した ( 以下、「本件債権譲渡」と
088 法学セミナー 2017 / 03 / n0746 自らの債権の履行の全部又は一部が不能になって も、自らが負う反対債務をそのまま負担し続ける ことになる ( 債権者主義 ) 。 この債権者主義に ついては、目的物が滅失又は損傷した場合の対価 に関するリスクは、本来、滅失又は損傷しないよ う現実に対処できた者が負担することが公平にか なうなどの批判が強く、学説では、民法第 534 条 の適用範囲を制限するべきであるとの見解が支配 的である。 この点について、 ・・どのように 考えるか。」 ( 法制審議会 [ 部会資料 5 ー 2 第 4 , 2 ] 93 頁 ) 既に見たように、特定物売買等における危険負担で の債権者主義に対しては、多くの批判があり、その適 用制限カ語られてきたところであり、法改正でも、真 っ先にこの点が問題とされた。具体的には、 CA 案 ] として、目的物の支配可能性が移転したときに、目的 物の滅失・損傷に関する危険が移転するものとする考 え方で、その際に支配可生の取得を①引渡時、②引 渡・登記移転のいずれかがなされた時 ( + 果実収取権を 取得した時 ) 、③引渡・登記移転・代金支払のいずれか がされた時、 CB 案 ] として目的物が滅失又は損傷し た債務ついて、その時点で履行が終了していたか否か を実質的に判断し、履行終了前に生じた滅失・損傷の リスクは債務者が負担し、履行終了後は債権者が負担 する、 CC 案 ] は現行の債権者主義を維持するとする 考え方の選択肢があった。問題は、当事者の合理的意 思、公平、そして法的安定性の観点から考える必要が ある。 最終的に改正法案では、債権者主義を定めた現行 534 条及び 535 条 [ 停止条件付き双務契約における危 険負担 ] を削除し、新たに第 3 節「売買」の第 2 款「売 買の効力」のところに法案 567 条を創設して次のよう な規定を用意した。 「 567 条売主が買主に目的物 ( 売買の目的と して特定したものに限る。以下この条において同じ。 ) を引き渡した場合において、その引渡しがあった 時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰する ことができない事情によって滅失し、又は損傷し たときは、買主は、その滅失又は損傷を理由とし て、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害 賠償の請求及び契約の解除をすることができな い。この場合において、買主は、代金の支払を拒 むことができない。 2 売主が契約の内容に適合する目的物をもっ て、その引渡しの債務の履行を提供したにもかか わらす、買主がその履行を受けることを拒み、又 は受けることができない場合において、その履行 の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰す ることができない事由によってその目的物が滅失 し、又は損傷したときも、前項と同様とする。」 法案の第 1 項は、売買の特定目的物の減失・損傷に 関する危険は、目的物引渡しによって売主から買主に 移転することとし、したがって、引渡し以後の滅失・ 損傷の場合には、買主は追完請求・代金減額請求・損 害賠償請求・契約解除の権利を行使することができな い旨を定める。この帰結は、従来の債権者主義の適用 を制限して「引渡時」まで後らせようとした学説の考 え方に従うものである。ここに言う「引渡し」が、目 的物が買主の支配領域に入ったことを意味するとすれ ば、目的物の「受領」と同義と考えてよい (ClSG69 条 1 項も参照 ) 。逆に、引渡し後の滅失・損傷が、売主 ( 債 務者 ) の責めに帰すべき理由による場合には、買主は、 追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・契約解除の 権利を行使することができることになる。売主の責め に帰すべき理由で、爾後の滅失・損傷の原因を与えて いたような場合や、目的物である機械の操作方法につ いての誤った説明をしていたために機械が爆発したよ うな場合がこれにあたろう。 注意を要するのは、種類物に「特定」が生じたとし ても、それだけでは危険が買主に移転しない点である。 たとえば、取立債務で、種類物を特定した上で、他の 種類物から分離しておいたとしても、それだけでは危 険は移転しない ( 引渡しの要件が満たされていない ) 。民 法 176 条の所有権移転と危険の移転は、ひとます別問 題として扱われる。危険が移転するのは、本条第 2 項 によって、履行の提供をしたにもかかわらず、債権者 が受領を拒んだり、受領遅滞に陥った場合に限られる。 これによって、 534 条は削除されることになったも のの、「売買」の諸規定は、それ以外の有償契約につ いても原則として準用されることから ( 改正法案 559 条 [ 現行 559 条に同し ) 、結果的には有償双務契約において 特定物の物権の設定・移転を目的とする場合は、その 危険の移転時期が「引渡時」に統一されることとなっ た ( いささか硬直的ではある ) 。これだけのことであれば、
091 12 債権法講義 [ 各論 ] た報酬 ] 、③委任契約において、委任者の責めに帰す ることができない事由によって [ 委任事務の履行をす ることができなくなったときについては改正法案 648 条 3 項 1 号 [ 受任者の報酬 ] 等の特則がある。 また、雇用契約において、使用者の責めに帰すべき 事由により労働者が就労できなかった場合、現行 536 条 2 項前段によって、労働者の具体的報酬請求権が発 生するものと解されていたが、単なる履行拒絶権だけ で具体的報酬請求権が発生するかは、やや問題となろ う。しかし、立案担当者は、法案 536 条 2 項からも、 具体的報酬請求権の発生を根拠づけることができると の考えのようである ( 部会資料 [ 83 ー 2 ] 49 頁。潮見・概 要 224 頁は「無理があるようにみえる」という ) 。 ( かわかみ・しようじ ) * 本来であれば、契約の効力についてもう少し書き進める予 定であったが、風邪のため、すっかりダウンしてしまい、執 筆債務の履行が困難になってしまった。危険負担の債務者主 義である ( ? ) 。宥恕を乞う。 法セミ LAW CLASS シリーズ 担保物権法講義 ! 新元二物 担保物権法講義 担保法の世界を」基礎から丁寧に学「人間や社会に対する 『物権法講義』に続く、担保物権法の本格的教科書。変動する ラ可上正ニ著・東京大学大学院法学政治学研究科教授 深い洞察力」に基づく、著者の体系を示す。・ A5 判上製・ 472 頁・本体 3 , 700 円 + 税ー ・旧 BN コード 978 ー 4-535-51 g80-0 第 1 章 第 1 節 第 2 節 第 2 章 第 1 節 第 2 節 第 3 節 第 4 節 第 3 章 第 1 節 第 2 節 第 3 節 目次 担保物権法総説第 4 章 ~ 質権 担保物権とは何か 担保物権法の概要 留置権 序説 留置権の成立 留置権の効力 留置権の消滅 先取特権 先取特権の意義 第 1 節 第 2 節 第 3 節 第 4 節 第 5 章 第 1 節 第 2 節 第 3 節 第 4 節 第 5 節 各種の先取特権の内容第 6 節 先取特権の効力 第 7 節 序説 動産質 不動産質 権利質 抵当権 抵当権の意義 抵当権の設定と公示 抵当権の効力の及ぶ目的物の範囲 抵当権侵害に対する効力 物上代位制度 抵当権の優先的効力とその実現 抵当権と目的不動産の利用権 第 8 節 第 9 節 第 10 節 第 1 1 節 第 1 2 節 第 13 節 第 6 章 第 1 節 第 2 節 第 3 節 第 4 節 第 5 節 第 7 章 抵当権と目的不動産の第三取得者 抵当権の処分 抵当権の消滅 特殊の抵当 ( 1 ) : 共同抵当 特殊の抵当② : 根抵当 特殊の抵当③ : 特別法上の抵当権 非典型担保 権利移転型担保 仮登記担保 譲渡担保 その他の権利帰属操作による非典型担保 担保的機能を果たすその他の諸制度 担保の多齠比担保法の展開 〒 170-8474 東京都豊島区南大塚 3-12-4 こ注文は日本評論社サーヒスセンターへ TEL : 03-3987-8621 /FAX : 03-3987-8590 ( 当 ) 日本言平言侖ネ土 TEL : 049-274-1780/FAX . 049-274-1788 https://www.nippyo ・ co.jp/
払わねばならないと規定している。これは、民法 536 条 2 項の規定とどう調和するだろうか。 例えば、不当解雇された労働者がこの解雇されてい る期間中に他の職業について別途収入を得たとして、 解雇無効が認められて使用者が後から解雇中の賃金を 支払わねばならなくなった場合、解雇中の別収入は償 還すべき利益となるか。ーっの考え方は、原則通り、 536 条 2 項によって中間収入を差し引くものとし、し かも労働基準法が使用者有責の場合の休業補償を平均 賃金の 60 % 以上としているところから考えて、差し 引けるのは、多くとも 40 % までであるとするもので ある ( 我妻・講義Ⅵ 112 頁以下、菅野和夫・労働法く第 11 版 > [ 弘文堂、 2016 年 ] 755 頁以下、荒木尚志・労働法 < 第 3 版 > [ 有斐閣、 2016 年 ] 311 頁以下など参照 ) 。しかし、 そもそも労働者が全く働かすに家で寝ころんでいたと しても使用者としては払わなければならなかった賃金 であるから、労働者カ馳の仕事をして稼いだものは考 慮にいれるべきではなく、実際に休業によって節約で きた交通費等に限って差し引くべきであるとの意見も ある ( 浅井清信「賃金遡及払と中間収入排除」季刊労働法 47 号 [ 1968 年 ] 4 頁以下 ) 。労働基準法の 60 % という数字は、 強行的に最低限支払われるべき賃金を定めたものであ り、 536 条 2 項の要件に従って、それ以上を請求する こともできるというのが判例や多数説の見方であるか ら、中間収入の償還を考えに入れなければ 100 % に近 い賃金を請求できることにもなりそうである。これを、 労働者の二重利得であると見るか、正当な理由なく解 雇した使用者としては当然に償うべき金銭と見るか は、微妙な価値判断である。最高裁は、昭和 37 ・ 7 ・ 20 ( 民集 16 巻 8 号 1656 頁 ) で、バック・ペイをする際に 中間収入も 40 % を限度として控除できるという判決 を下した。しかし、「第二鳩タクシー事件」と呼ばれ る最判昭和 52 ・ 2 ・ 23 ( 民集 31 巻 1 号 93 頁 ) では、当然 に中間収入を控除するのではなく、個人的侵害や団結 権の侵害など諸般の事情を考慮して具体的に控除額を 決定すべきであると弾力的な態度を示している。労働 者は、不当解雇によって、否応なく別の仕事をして生 計を維持する必要に迫られたわけであり、中間収入も 40 % を限度として必然的に控除できると言うべきで はあるまい ( 菅野・前掲書 1069 頁以下。川口美貴・労働法 [ 信 山社、 2015 年 ] 567 頁以下、 913 頁は、原則として中間収入排 除せすにバックベイを命ずべきである、とする ) 。 ( ⅱ ) ロック・アウトと賃料支払義務 087 債権法講義 [ 各論 ] 12 同じく労働法上の問題で、ストライキやロック・ア ウトによって、就労力坏能となった場合、就労債務の 債権者として、使用者がこのリスクを債務者たる労働 者に負担させて賃金支払義務を免れ得ることになるか も問題になる。 536 条 2 項の本文から、それが「使用 者 ( = 債権者 ) の責に帰すべき事由による」ものでは ないと判断されたとすると、労働者 ( = 債務者 ) は「反 対給付 ( = 賃金 ) を受ける権利を」失うことになりそ うである。最高裁は、昭和 50 ・ 4 ・ 25 ( 民集 29 巻 4 号 481 頁 ) で、「ロック・アウトをした使用者は、それが 正当な争議行為として是認される場合には、その期間 中における対象労働者に対する賃金支払義務を免れ る」と判断している。ただ、労働者の一部がストライ キを行ったために、ストライキに参加しない労働者が 就労できなかったとすれば、これは債権者の責めに帰 すべき事由であるとする余地もあろう ( 川口・前掲書 801 頁。最判昭和 62 ・ 7 ・ 17 民集 41 巻 1283 頁、最判昭和 62 ・ 7 ・ 17 民集 41 巻 1350 頁は消極 ) 。 ( 6 ) 民法改正法案 危険負担制度の見直しについては、かねてより議論 があり、民法 ( 債権関係 ) 改正の中でも、早い時期か ら問題とされ改正が目指されている。その基本的論点 は、法制審議会での問題提起が簡潔にこれを示してい る。そこで、以下では、法制審議会での部会資料によ る問題提起と最終的な改正法案の姿を提示すること で、簡単に改正への動きを紹介しよう ( 改正法案につい ては、潮見佳男・民法 ( 債権関係 ) 改正法案の概要 [ 金融財 政事情研究会、 2015 年 ] で簡潔に説明されている。また、円 谷峻・民法改正案の検討く第 1 巻 > 107 頁以下 [ 松浦聖子 ] も参照。さらに、債権法改正検討委員会の「基本方鋼段階 のものであるが、森田宏樹・債権補改正を深める [ 有斐閣、 2013 年 ] 第 2 章が詳細かっ有益である ) 。 (a) 債権者主義をめぐって ( 534 条関連 ) 見直しの第 1 は、現行 534 条の債権者主義に関する ものである。 「現行民法は、特定物の物権の設定又は移転を 目的とする双務契約において、契約当事者の帰責 事由によることなく目的物が滅失又は損傷した場 合、その滅失又は損傷の負担を債権者に負わせて いる ( 民法第 534 条第 1 項 ) 。すなわち、債権者は、
LAW 086 CLASS 債権法講義 [ 各論 ] ー 12 第 1 部序論喫約総則 第 4 章契約の効力 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 ク [ ここでの課題 ] 3 危険負担 ( 承前 ) ラ・ , 、ス 契約の効力 ( 3 ) 危険負担 ( その 2 ) 東京大学教授 河上正一 こでは、双務契約の効力に関連して前回に引き続いて「危険負担」の 問題について学ぶ。危険負担は、双務契約における一方の給付の後発的不 能というコスト・危険が、他方の給付に如何なる影響を与えるか ( 主とし て対価危険 ) を問うものであることは既に見た。双務契約における双方給 付の「存続における牽連性」に関わる。危険負担制度は近時の債権法改正 の動きの中で、制度そのものの在り方について根本的見直しが迫られてい こでは、前回積み残した問題に触れた後、債権法の改正法案の考え る。 方を紹介しよう。 ( 5 ) 危険負担の債務者主義 ( 536 条 ) ( 承前 ) (c) 利益の償還 ( 536 条 2 項第 2 文 ) ①償還されるべき利益とは 債権者の責に帰すべき事情によって生じた履行不能 とはいえ、原則として、債務者に履行不能が生じなか ったとき以上の利益を収めさせる必要はない。したが って、債務者が債務を免れたことと相当因果関係にあ る利得は、債権者に償還すべきことになる。たとえば、 請負契約で、注文者の責めに帰すべき事由によって仕 事の完成カ坏能になった場合、請負人が仕事をしない で済んだ場合には、そのために節約できた材料費・運 送費などは償還すべきものとされる ( 最判昭和 52 ・ 2 ・ 22 民集 31 巻 1 号 79 頁 ) 。実際には、その額を差し引いて 請負代金を請求することになろうが、理論的には請負 代金とは全く別物である。本来は、債権者の利益償還 請求権は、債務者の有する反対給付請求権と対価関係 に立たないものであるため、両者の間に同時履行関係 は認められず、債務者 ( = 請負人 ) は反対給付から利 益を控除した残額のみを請求することもできないとも 思われるが、相殺の要件カえば相殺をなし得るので あるから、大きな問題ではあるまい。 労働契約において、使用者の責めに帰すべき事由に よって労働に従事しえなくなったときに労働者が節約 できた交通費なども、この利得に当たりそうである。 しかし、労働に従事することを免れた労働者が、他の 雇用・就労によって得た報酬は債務の免脱と相当因果 関係がないと考えられるため、これに含まれないとす る見解が比較的多い ( 末川・契約上 102 頁、鳩山・上 137 頁など。反対 : 末広・ 177 頁、石坂・債権総論ード 2151 頁 ) 。次 に検討しよう。 ②労働法の領域で 危険負担の債務者主義の例外である 536 条 2 項で、 債権者に帰責事由があった場合に、債務者が反対給付 を受ける権利を失わないときの利益償還の代表的問題 は、雇用契約において見られる。典型的事例を 2 つ挙 げよう ( 詳しくは、新版注釈民法 ( 13 ) 688 頁以下 [ 甲斐道 : 戀に ] 参照 ) 。 ( i ) 不当解雇と中間収入の控除 雇用契約で不当解雇を理由に解雇無効が争われた場 合、仮に解雇が無効であるとすると雇主が正当な理由 なく労務の受領を拒んだことになり、その結果、時間 の経過によって労働者側の労務給付の履行は不能にな っていくこととなるわけであるが、この場合に労働者 が「自己の債務を免れたことによって得た利益」とは どのようなものか。 ちなみに、労働基準法 26 条は「使用者の責に帰す べき事由による休業の場合において・・・・・・休業期間中 ・・・平均賃金の」 60 % 以上を「休業手当」として支
089 債権法講義 [ 各論 ] 12 解除における債務者の帰責事由を不問にした場合 現行 534 条に若干の要件を追加することでも対応でき に、危険負担制度との適用範囲に重複を生ずることに たようにも思われるが、後発的不能をめぐる一般原則 ついては、既に述べた。これについては、 CA 案 ] 危 としての危険負担制度に対する何故か根強い消極的評 険負担制度を廃止して解除制度のみによって処理する 価によるものかもしれない。しかし、実務上の問題と 「解除一元イヒモデル」、 CB 案 ] 履行不能の場面では解 しての危険の移転時期が、これで完全に解消されるわ 除権行使を否定して危険負担制度による当然消滅のみ けではなく、当事者の合意による取り決めカ彊先する によって処理する「危険負担一元化モデル」、 [ C 案 ] わけで注意が必要である。 解除制度と危険負担制度を併存させ、被不履行当事者 に自由な選択を認める「単純併存モデル」、 CD 案 ] 原 (b) 解除との関係 見直しの第 2 は、危険負担と解除の関係に関するも 則として解除制度によるが、例外的に、全体的かっ永 続的な障害を理由として当事者カ晩責されるときに限 のである。 り、契約が障害発生時に自動解消するという「解除優 「現行民法は双務契約において一方当事者が 負担する債務カ : 履行不能に陥。た際の他方当事者 先の併存モデル」が選択肢として示されていた。ちな みに、民法 ( 債権法 ) 改正検討委員会は、その「基本 が負担する債務の帰すうについて、履行不能につ 方針」で危険負担制度を廃止し、解除一元化を提案し いて債務者に帰責事由が認められる場合は債務不 ており ( 【 3.1.1.85 】詳解・基本方針Ⅱ 348 頁 ) 、その影響が 履行解除の規定を適用され、帰責事由が認められ 大きい。 ない場合には危険負担の規定を適用されることと この問題について、考慮すべき要素は少なくない。 ・・・そこで、債務不履行解除の要件か している。 第 1 に、理論的な問題として、危険負担による債務 ら債務者の帰責事由を排除した場合・・・・・・、債務不 の自動消滅と解除可能性が併存するのでは、前提とな 履行解除と危険負担の適用範囲が重複するという る債務の消長に論理矛盾を生じかねないのではないか この点について、解除制度と 問題が生じる。 ( これまでは帰責事由の有無によって一応の役割分担が図られ 危険負担制度を併存させるという考え方もある ていた ) 。ただ、これは無効と取消しの二重効に似た問 が、この考え方に対しては、いすれの制度も反対 題でもある。 債務からの解放を実現するものであるから、両制 第 2 に、債権者にとって、自己の債権の履行カ坏能 度を併存させる意味は乏しいとの批判がある。 ・・・このような批判をする立場の中にも、反対債 となった場合にも、特殊な交換契約で反対債務の履行 務からの解放を当事者の意思にゆだねる方が契約 に利益を有する場合や ( 改正検討委員会・Ⅱ 355 頁以下 ) 、 関係からの離脱時期が明確となり予測可能性に資 代償請求権 * を行使するなど、契約の維持に利益を有 する上、債権者が反対債務の履行について利益を する場合があるとすると、この利益を維持するかどう 有する場合や不能となった債権につき代償請求権 かについて被不履行当事者である債権者に選択権を与 を有する場合等、債権者が契約関係を維持するこ えることカましいのではないか。ただ、これは代償 とに利益を有する場合があり、債権者にこの利益 請求権の性格をどのようなものと考えるかにより、解 を維持するか否かの選択権を与えるべきであると 除権構成のもとでのみ、代償請求権行使が認められる いう観点から、危険負担制度を廃止し、解除制度 というわけではない。 に一元化することが望ましいとする考え方がある 第 3 に、取引の複雑化・高度化した現代では、不能 一方、履行不能において常に解除の意思表示を要 となった債務と反対債務の牽連性の有無を判断するこ 求することは迂遠であるとして、履行不能の場面 とが困難な場合があるのではないか。ただ、解除にも については解除権の行使を認めず、危険負担制度 同様の問題は残る。 に一元化することが望ましいという考え方もあ 第 4 に、一時的不能や一部不能の場合に、どのよう このような点を踏まえて、解除制度と危 る。 に対処すべきか ( 「重大な不履行」を理由とする解除理論だ 険負担制度の在り方について、どのように考える けで対応できるのか ) 。 か。」 ( 法制審議会 [ 部会資料 5 ー 2 ] 99 頁 ) 第 5 に、解除による処理の場合には、解除の意思表 示が必要となるが、この点が当事者にとって手続的負