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検索対象: 法学セミナー 2017年1月号
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1. 法学セミナー 2017年1月号

[ 座談会 ] 憲法から天皇の生前退位を考える ( 下 ) 017 Extra Articles が、議論の立て方としては、皇位継承川頁位に影響を 及ばすような議論はとりあえす置いておく。あくま でも定年制創設の議論に限り、恒久的制度を置くと すれば、そんなに争うことはないというのが私の考 えです。 具体的にどのような規定にするかというと、一定 年齢に達した場合、例えば 70 歳にした場合に、皇室 会議が退位させるか続けられるかどうかを判断す る。これが今の皇室典範からすれば自然ではないか と思います。定年制を否定する論調もありますが、 皇室典範の定める一定年齢に達した場合、在位継続 の可否を 1 年ごとに審議するというのもよいかと思 います。定年後の嘱託のような感じで。 いすれにしても、皇位継承に自由意思が入らない ような法制度をつくるべきだろうと思います。 横田私も、一人の人間、一代限りという皇室の法 律はつくるべきではないと思います。そのような法 律は法律として妥当な法律形式ではないからです。 つくるとするならば、一般論として生前退位を定め るべきです。それをどういう形でやるかはどちらで もよい。私は皇室典範でやるべきだと思いますが。 植村岡田さんは、一代限りのものも、望ましくな くても、可能だと先ほどおっしやったと思います。 岡田それは法律のつくり方の問題になってきて、 国会が、例えば、ではいつまで、ということを決め られる仕組みは、あってもよいのではないかと思い ます。 横田岡田さんは、先ほど、一代限りということを 附則でやればよいという議論をされたのではないで すか ? そのように聞こえたのですが。 岡田まず、何らかの普遍的な制度を皇室典範の改 正法案に盛り込み、その附則で一代限りとすること は可能であるという一般論です。 私の意見は、附則でやるべきということではなく、 皇室会議の議と国会の ( 個別 ) 同意を得て生前退位 を認めるというものです。 植村法律で枠組みをつくり、個別の認定を皇室会 定めることもできるとお考えですか ? 植村法律の形式で、この人の退位を認めることを [ 2 ] 附則で定めることはできるのか 岡田法律の形式か、あるいは議決でもよい。 議と国会がやるということですね。 岡田そういうやり方も一つあると思います。 横田「この人」と書くの ? 岡田特定の天皇を念頭において、それのみに適用 する規定は法技術的にはあり得るということです。 法の施行日と同じ扱いで、皇室典範の附則で定める ことはできると思います。 横田そうかな。施行日はよいとしても、特定の人 についてということはできないでしよう。 岡田いや、法技術的には可能だと思います。 横田しかし、附則で付ける必要はないでしよう ? 植村条文本体で定めてもよいわけですか ? 岡田独立行政法人の整理・統合・名称変更のよう に、附則において個別の対処をするのはあり得るの で、本則の改正の必要があればそのようにするのは 可能でしよう。しかし、そんなゴチャゴチャしたこ とをやる必要はないという話だと思います。 植村施行日の話は、日本全国一斉にこの日から施 行されるという話だから、個別の規定ではないでし よう。みんな一緒にこの日から法律が適用されます よという一般性の要件を満たしていると思います。 しかし、「この人についてこうだ」というのは、そ れとは少し違うような気がしますが。 岡田国家機関としての天皇の地位がどうなるかを 定めることであって、具体的な誰かの権利関係など ではなく、天皇の機関の継承の話をするだけですか ら、それは必ずしも不可能ではないと思います。 横田でも、人の名前を挙げるのでしよう ? 岡田人の名前を挙げすに、「公布の日の翌日に、 皇太子が天皇に即位する」というかたちで。 植村 横田 植村 して、彼がした退位の宣言に効力を付与し退位を可 法は、まさに現在の国王というふうに個人名を特定 イギリスではありえます。 1936 年退位宣言 そういう法形式はあり得るのかなあ。 しかし、現在の皇太子ですよね。 岡田私が附則でできると主張する意図は、「一代 感がありますね。 人間の退位や即位を認めること自体にそもそも抵抗 いと言われるわけです。そうすると、法律で個別の しかし、日本では法には一般性がなければいけな 能です。 を認めるも含めて、あらゆることを決めることが可 ーこに線路を通すとか、この人の離婚 全能なので、 能とする議会制定法です。イギリスの場合は議会が

2. 法学セミナー 2017年1月号

事実の概要 121 が警察に相談したため、その目的を遂げられなかっ 被告人が、他人の親族等になりすまし、その親族 た。被告人は警察官が模擬現金を届けに来たのを受 が現金を至急必要としているかのように装って現金 け取り、現金受取役として起訴された。 を騙しとろうと考え、氏名不詳者らと共謀の上、平 原判決は、被告人が荷物の受取を承諾した行為が 成 28 年 8 月 20 日、氏名不詳者が、複数回にわたり、 被害者の荷物発送までに氏名不詳者らがした行為に 甲県内の被害者方に電話をかけ、被害者に対し、電 何らかの影響を与えたとみることはできず、加えて、 舌の相手が被害者の息子であり、現金 300 万円を至 被害者が本件荷物を発送した時点で既に詐欺既遂の 急必要としているので、取引先のある乙県の、被告 現実的危険も消失していたから、被告人に詐欺未遂 人が便利業として掲げている屋号に宛てて現金を送 罪の共同正犯の責任を負わせることはできないとし 付してもらいたい旨嘘を言い、その旨誤信させて、 たため、検察側が控訴した。 被害者から現金の交付を受けようとしたが、被害者 [ 名古屋高判平 28 ・ 9 ・ 21 LEX / DB 文献番号 25544184 ] 結果発生が不可能となってから共犯関係に入った者の罪責 最新判例演習室ーー刑法 ニ = ロ が認められる。ところが、その後被害者が詐欺に 結果発生が後発的に不可能となった犯罪に、不 気づき、現金の取得は不可能となった。警察によ 可能となってから加わった者の、未遂罪の共同正 る騙された振り作戦の展開中に、後から入った被 犯の成否。 告人に詐欺未遂罪の共同正犯 ( 第 60 条 ) が成立す るかが問われた。 被害者が詐欺に気づき模擬現金入り荷物の配達 原判決は、この問題が犯罪の成否自体を問う不 依頼等した時点以降で詐欺未遂罪が成立するかに 能犯とは問題状況が異なるとするのに対し、本判 っき、不能犯が結果発生が不可能と思われる場合 決は、被告人の行為が詐欺未遂罪として処罰され に未遂犯として処罰すべきか否かを分ける機能を るのか、結果発生が不可能になっていたとして刑 有するものである。単独犯で結果発生が当初から 事処罰を免れるかが問題となっており、共犯者の 不可能な場合という典型的な不能犯の場合と、結 一人については犯罪の成否が問題となっている場 果発生が後発的に不可能となった場合の、不可能 面なので、不能犯の考え方を用いて判断している。 となった後に共犯関係に入った者の犯罪の成否 特段の事情が交付される現金が模擬現金であるこ は、結果に対する因果性といった問題を考慮して とから、客体の不能に関する従前の裁判例によれ も、基本的に同じ問題状況にある。本件の場合に ば、いわゆる具体的危険説による危険判断がなさ 不能犯の考え方を用いて判断するのは必要かっ妥 れており、本判決もこれに従うものである。 当である。 共同正犯が問われる以上、構成要件的結果発生 行為時の結果発生の可能性の判断に当たって あるいは犯罪実現の共同惹起を要する。未遂罪の は、一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認 処罰根拠である危険をいかにとらえるかーー行為 識してた事情を基礎とすべきであり、本件では、 の危険か結果としての危険か にもよるが、共 被害者が警察に相談して模擬現金入りの本件荷物 同正犯が一部実行全部責任を認める処罰拡張事由 を発送したという事実は、被告人及び氏名不詳者 であり、その処罰根拠に既遂犯では客観的事実で らは認識していなかったし、一般人が認識し得た ある発生結果との因果性が求められることから、 ともいえないから、この事実は、詐欺既遂の結果 未遂罪においても当該行為者の行為による結果発 発生の現実的危険性の有無の判断に当たっての基 生または犯罪実現の客観的危険の増大 ( あるいは 礎事情とすることはできない。被告人が氏名不詳 少なくとも維持 ) を要するのではなかろうか。本 者らとの間で共謀したとみられれば、被告人に詐 件では、受領行為を実行行為の一部ととらえても、 欺未遂罪が成立することとなる。しかし、その共 被告人の行為は欺く行為によって生じた危険をさ 謀を遂げた事実を認めるに足りる証拠はないと判 らに高めるものではない。欺く行為による錯誤を 示し、原審の無罪判決を支持した。 利用する、因果的連関を要する詐欺罪のゆえに承 継的共同正犯を認めるとしても、やはり既に生じ た危険に何らも付加することなくそのまま引き継 氏名不詳者らによる被害者に対する詐欺事犯で ある本件では、宅急便での現金送付という交付行 ぐことを認めるべきではないと思われる。 為に向けられた欺く行為がなされており、詐欺罪 ( 刑法第 246 条 1 項 ) の実行の着手 ( 第 43 条本文 ) 裁判所の判断 広島大学教授門田成人 ( かどた・しげと ) 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746

3. 法学セミナー 2017年1月号

089 債権法講義 [ 各論 ] 12 解除における債務者の帰責事由を不問にした場合 現行 534 条に若干の要件を追加することでも対応でき に、危険負担制度との適用範囲に重複を生ずることに たようにも思われるが、後発的不能をめぐる一般原則 ついては、既に述べた。これについては、 CA 案 ] 危 としての危険負担制度に対する何故か根強い消極的評 険負担制度を廃止して解除制度のみによって処理する 価によるものかもしれない。しかし、実務上の問題と 「解除一元イヒモデル」、 CB 案 ] 履行不能の場面では解 しての危険の移転時期が、これで完全に解消されるわ 除権行使を否定して危険負担制度による当然消滅のみ けではなく、当事者の合意による取り決めカ彊先する によって処理する「危険負担一元化モデル」、 [ C 案 ] わけで注意が必要である。 解除制度と危険負担制度を併存させ、被不履行当事者 に自由な選択を認める「単純併存モデル」、 CD 案 ] 原 (b) 解除との関係 見直しの第 2 は、危険負担と解除の関係に関するも 則として解除制度によるが、例外的に、全体的かっ永 続的な障害を理由として当事者カ晩責されるときに限 のである。 り、契約が障害発生時に自動解消するという「解除優 「現行民法は双務契約において一方当事者が 負担する債務カ : 履行不能に陥。た際の他方当事者 先の併存モデル」が選択肢として示されていた。ちな みに、民法 ( 債権法 ) 改正検討委員会は、その「基本 が負担する債務の帰すうについて、履行不能につ 方針」で危険負担制度を廃止し、解除一元化を提案し いて債務者に帰責事由が認められる場合は債務不 ており ( 【 3.1.1.85 】詳解・基本方針Ⅱ 348 頁 ) 、その影響が 履行解除の規定を適用され、帰責事由が認められ 大きい。 ない場合には危険負担の規定を適用されることと この問題について、考慮すべき要素は少なくない。 ・・・そこで、債務不履行解除の要件か している。 第 1 に、理論的な問題として、危険負担による債務 ら債務者の帰責事由を排除した場合・・・・・・、債務不 の自動消滅と解除可能性が併存するのでは、前提とな 履行解除と危険負担の適用範囲が重複するという る債務の消長に論理矛盾を生じかねないのではないか この点について、解除制度と 問題が生じる。 ( これまでは帰責事由の有無によって一応の役割分担が図られ 危険負担制度を併存させるという考え方もある ていた ) 。ただ、これは無効と取消しの二重効に似た問 が、この考え方に対しては、いすれの制度も反対 題でもある。 債務からの解放を実現するものであるから、両制 第 2 に、債権者にとって、自己の債権の履行カ坏能 度を併存させる意味は乏しいとの批判がある。 ・・・このような批判をする立場の中にも、反対債 となった場合にも、特殊な交換契約で反対債務の履行 務からの解放を当事者の意思にゆだねる方が契約 に利益を有する場合や ( 改正検討委員会・Ⅱ 355 頁以下 ) 、 関係からの離脱時期が明確となり予測可能性に資 代償請求権 * を行使するなど、契約の維持に利益を有 する上、債権者が反対債務の履行について利益を する場合があるとすると、この利益を維持するかどう 有する場合や不能となった債権につき代償請求権 かについて被不履行当事者である債権者に選択権を与 を有する場合等、債権者が契約関係を維持するこ えることカましいのではないか。ただ、これは代償 とに利益を有する場合があり、債権者にこの利益 請求権の性格をどのようなものと考えるかにより、解 を維持するか否かの選択権を与えるべきであると 除権構成のもとでのみ、代償請求権行使が認められる いう観点から、危険負担制度を廃止し、解除制度 というわけではない。 に一元化することが望ましいとする考え方がある 第 3 に、取引の複雑化・高度化した現代では、不能 一方、履行不能において常に解除の意思表示を要 となった債務と反対債務の牽連性の有無を判断するこ 求することは迂遠であるとして、履行不能の場面 とが困難な場合があるのではないか。ただ、解除にも については解除権の行使を認めず、危険負担制度 同様の問題は残る。 に一元化することが望ましいという考え方もあ 第 4 に、一時的不能や一部不能の場合に、どのよう このような点を踏まえて、解除制度と危 る。 に対処すべきか ( 「重大な不履行」を理由とする解除理論だ 険負担制度の在り方について、どのように考える けで対応できるのか ) 。 か。」 ( 法制審議会 [ 部会資料 5 ー 2 ] 99 頁 ) 第 5 に、解除による処理の場合には、解除の意思表 示が必要となるが、この点が当事者にとって手続的負

4. 法学セミナー 2017年1月号

事実の概要 118 Y らに対して、未払いの環境整備費 ( 管理費 ) 及び その遅延損害金の支払いを求めて、訴え ( 下記反訴 ) 静岡県にある「南箱根ダイヤランド」 ( 以下、ダ 箱 譲 根 を提起した。これに対して、 Y らは、本件管理契約 イヤランド ) 内の施設及び用地の管理運営等を業と ダ - 別ィ が準委任契約に当たり、民法 656 条・ 651 条 1 項によ する X は、昭和 43 年頃から、ダイヤランド内の不動 ヤ り本件管理契約を解除したから、解除後の環境整備 産を順次分譲し、平成 24 年 3 月末の時点で、分譲済 フ 費 ( 管理費 ) の支払義務はない等と主張して、 X の みの物件は、建物付き土地が 2591 区画 ( 別荘利用者 請求を争った。なお、当初、 Y らは、集団で債務不 1767 区画、常住者 824 区画 ) 、土地のみが 1609 区画と ド 存在請求訴訟 ( 本訴事件 ) を提起していたが、 X の なっている。 X は、物件取得者である Y らとの間で、 呂 反訴提起に伴い、 Y らは本訴事件を取り下げた。原 本件管理契約を締結した。本件管理契約の内容とし 訴 審は、 Y らの契約解除の有効性を否定して、 X の請 ては、 Y らの所有する個別不動産の管理内容、 Y ら 求をほほ全面的に認容したことから、 Y らが控訴。 が x に支払う環境整備費 ( 管理費 ) 、 X によるダイ 事 ャランド全体の管理内容等が定められている。 X は、 の [ 東京高判平 28 ・ 1 ・ 19 判時 2308 号 67 頁 ] 法 針【 3.2.8.01 】 【 3.2.8.12 】 ) 。本判決は、役務提供 的 型契約である別荘地の管理契約をめぐって、その 別荘地の管理契約を個別別荘地所有者が民法 性 契約の法的性質と委任の解除規定等の適用の可否 651 条 1 項により解除できるか。所有者の死亡に 質 より、契約が当然終了するか ( 653 条 1 号 ) 。 が問題となった。委任契約の任意解除について、 これまで判例は、受任者の利益のためにも委任が と された場合には、民法 651 条 1 項による解除権は 控訴棄却・一部変更「本件管理契約は、 解 制限され、やむを得ない事由がなければ解除でき イヤランド内の道路、排水路、ごみ置き場、公園 除 ないとする一方で、例えば最判昭 56 ・ 1 ・ 19 民集 等の維持・管理等の事務を内容とする全体管理に 35 巻 1 号 1 頁は、建物管理契約の委任者側からの ついての事務委託を受けるというものであり、 終 解除の可否が問題となった事件で、やむを得ない の点においては準委任契約に当たる法的性質のも 事由がない場合であっても、委任者が委任契約の のであるが、全体管理の内容を見ると、上記施設 物ミ第第 解除権自体を放棄したものとは解されない事情が の維持・管理にとどまらず、 X が所有する排水路、 あるときは解除が可能である旨判示し、委任者の ごみ置き場、公園等を Y らに利用させるという業 務を行うことも内容としており、この点は準委任 利益との比較で受任者の利益を細かく確定した上 で、解除の可否を決する傾向を示している。この 契約に含まれない法的性質のものである。そして、 ような判断枠組みの適用の前提として、本件管理 本件管理契約は、この法的性質に係る業務と上記 の準委任契約に当たる法的性質に係る事務とを一 契約の法的性質が問題となる。本件と同じ別荘地 の事件である東京高判平 22 ・ 2 ・ 16 判タ 1336 号 体のものとする内容となっているものであるか 169 頁は、本件のような管理契約を準委任契約で ら、本件管理契約を単純な準委任契約と解するの あるとした上で、別荘地管理契約の属地的な性格 ・・・単純な は相当ではない」。「本件管理契約は、 を小さくみて、解除及び死亡による当然終了を認 準委任契約ではないので、無条件に民法 656 条、 めた。それから 6 年を経て、本判決は、平成 22 年 653 条 1 号が適用されるものと解することはでき 判決と同様の判断を示した原審の判断を覆し、本 ない。そして、本件管理契約が準委任契約に当た 件管理契約を単純な準委任契約と解することがで る法的性質を有している点に焦点を合わせてみて きないとした上で、①本件管理契約締結の強制性、 ・・・本件管理契約は、 X の利益をも目的とす も、 ②全別荘地所有者に共通の不可分的な全体管理を る契約であって、自由に解除することができない 行う仕組み、③全体管理の安定的な履行という X ・・・本件管理契約を承継することを ものであり、 の利益の重要性等の事情を細かく判断して、解除 相当としない特段の事情は窺えないことに鑑みる を否定するとともに、死亡による終了も認めなか と、本件管理契約については、民法 656 条、 653 条 った。本件のような管理契約では、その所有地が 1 号は適用されないと解するのが相当である。」 別荘地であり続ける限り、別荘地施設の維持・管 理を享受し続け、その対価である管理費を支払い 近年の民法改正をめぐる議論の中で、準委任と 続けることが当然の前提とされ、個々の別荘地所 は別に、既存の典型契約に該当しない役務提供型 有者がその所有地の別荘地としての性格を放棄す 契約に適用される受け皿規定群を設けるべきかと る可能性は排除されているものと理解することが いう問題に注目が集まっている ( そのような提案 法学セミナー として、民法 ( 債権法 ) 改正検討委員会の基本方 2017 / 03 / no. 746 できる。 最新判例演習室ーーー民法 裁判所の判断 専修大学教授中川敏宏 解説 ( なかがわ・としひろ )

5. 法学セミナー 2017年1月号

074 女性起業家という自分らしいワークスタイル 法がくれた独立起業という選択肢 アステラージュ株式会社代表取締役、行政書士、夫婦カウンセラー、起業・経営・法務・マーケティングコンサルタント 芳中千裕 私は法科大学院修了後、企業に就職。退職後はフ リーランスのカウンセラーとして独立。その後、コ ンサルティング会社を設立し社長業もしている。 満員電車で通勤することもなく、家に居たい日は 家に居るし、カフェにパソコンを持ち込んで仕事を することもある。私のように特筆すべきスキルのな い人間が「自分の意思で自由に選択できる = 自分ら しい生き方」ができているのは、インターネットイ ンフラが整って、起業の難易度が下がった現代だか らこそである。 現在私は、薬機法や景表法に関連したマーケティ ングコンサル業だけではなく、離婚相談、女性起業 家の育成・ビジネスサポート、さらにオリジナルの お醤油を作り、物販や食の大切さを伝える仕事もし ている。そのように様々な仕事を選択していく上で、 法を学んだことは大きなアドバンテージだ。 新法を学んで得た 3 つのセンス 私は、知識が欲しくて法学部に入った。知らない と損をするし、自分や周りの人を守るために必要な 知識だと思っていた。しかし、実際に法を学んで得 たものは、知識だけではなく、本質を見る力だった。 働くことを通して日々実感している法を学んだこと で得たリーガルマインドとも言える 3 つのセンスを 以下に紹介したい。 [ 1 ] 社会のものさし 法は社会制度、社会の枠組みである。心理や経営 などの実態は、枠組みを知ってこそ活かせる。 例えば、離婚相談でも、「一緒に考えましよう」と、 相談者に寄り添ったり、離婚したい人の背中を押す ことは誰でもできる。しかし、別れたものの一文無 しになったとなれば、離婚後の再スタートが困難に なる。法という枠組みを知っていたら、この場合だ とこういう結論になるという見通しがつく。それは、 相談者にとって一つの光となり道を照らしてくれ る。法の枠組みを知らすに心のモヤモヤを取ること はその場しのぎに過ぎない。現実をみて正当に取れ るものは取っておくこともリスタートには大事なこ とだ。法を知っておくことで、道をつけずに共に暗 闇を歩くという遠回りをせずに、想定される道の幅 や長さを示して相談者の自立性と主体性を促すこと が可能になる。 また、フリーランスで仕事をすると、様々な不条 理に対しても自分で対応していくことになる。その ようなときも法を知っておくことで、相手の不条理 に対して対抗する術を持っことができる。例えば、 勝手にコンテンツを盗用する同業者や、理由なく不 払いや返金要求してくるクライアントに対して客観 的な枠組みを知って対処することができる。さらに、 不条理を押し付ける相手を精神性が低いと片付ける のではなく、逆に自分のどこに問題があったのか、 自分を律するものさしにもなってくれる。 [ 2 ] バランス感覚 物事には多様な見方があり、 A 説も B 説も C 説も それぞれに正しいという人がいる。世の中の問題は TRUE ( 〇 ) or FALSE ( x) では片付けられない。 正解は 1 っとは限らないのだ。 ビジネスで新しいことをしようとすると、はっき りとした規定のない道を歩むことがある。そのよう なとき、「 ~ すべき」と声高く述べる人の意見を聞 きがちな世の中で、正解が 1 つではないと知ってい る私たちは、他の選択肢を見つけることもできる。 そのように白か黒かでは判断できないことが多い 中で、どの辺りに落とし所を見つけるかがセンスの 見せどころとなる。そのバランス感覚が、社会全体 の正義や公平のストライクゾーンを感じる力である。 広告表現を考える際、食品の効能効果を示す表現 ができない規制がある。例えば、カルシウム飲料を 販売するとき、「背が伸びる」と効能効果を表現す ることは、薬機法違反で罰則を受ける可能性がある のだ。では、「毎日スクスク」ならどうかと、グレ ーな表現を思いついたときに、リスクと広告する価 値を天秤にかけて判断することができる。 答えが一つではないということは実社会では意外

6. 法学セミナー 2017年1月号

LAW 092 株式会社法の基礎 [ 隔月連載 ] [ 第 16 回 ] 資本制度と 100 % 減資 ( 2 ) 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 慶應義塾大学教授 久保田安彦 ラ ク ス ら【ⅱ式】の両辺は = で結ばれる 【図 A 】甲社の最終事業年度末日における貸借対照表 ( 単位 : 百万円 ) ( 資産の部 ) ( 負債の部 ) 【前 15 回 ( 1 ) の目次】 1 はじめに 2 分配財源規制としての資本制度 田分配財源規制の必要性 [ 2 ] 「剰余金」と「分配可能額」 現金 [ 3 ] 会社が自己株式を保有している場合の分配可能 売掛金 5 開合計 商 額 500 ロロ 機械・備品 1 , 000 株主資本 [ 4 ] 会社が最終事業年度末日後に自己株式を処分し 土地建物等 資本金 1 , 600 た場合の分配可能額 ( 以上 744 号 ) 資本準備金 その他資本剰余金 利益準備金 3 ー現行法上の分配財源規制の合理性 その他利益剰余金 評価・換算差額等 [ 1 ] 資本金・準備金の額の定め方 新株予約権 まずは、ごく簡単に、前回のおさらいをすること にしよう。株主への会社財産の分配 ( 剰余金配当・ 5 , 600 合計 2 , 600 自己株式取得 ) の財源にできるのは「分配可能額」 であり ( 会社 461 条 2 項 ) 、その分配可能額の算定の 分配可能額は、一定の場合 ( 会社が自己株式を保 基礎になるのが「剰余金」である。 有している場合など ) を除くと、剰余金の額と同一 剰余金の額は、最終事業年度 ( 会社 2 条 24 号 ) の である。このとき会社は、純資産のうち、少なくと 末日における貸借対照表から算定される ( 会社 446 も「資本金と準備金 ( 資本準備金 + 利益準備金 ) の合 条 ) 。その基本的な算定式は下記【 i 式】のとおり 計額」に相当する金額は、株主への分配のために利 であり ( 同条 1 号 ) 、例えば下記【図 A 】のような 用できないことになる。このように現行の分配財源 貸借対照表 ( 実際の貸借対照表と比べて著しく簡略化 規制は、資本金・準備金を基礎にしているといえる したものである ) をもっ甲社の場合であれば、剰余 が、そもそも資本金・準備金の額は、どのように定 金の額は 7 億円になる。また、剰余金の額について まるのであろうか は、下記の【ⅱ式】も成り立つ。 第一に、会社法上、設立時または設立後における 新株発行に際して、株主となる者が株式会社に対し 剰余金 = その他資本剰余金 + その他利益剰余金 て払込金額の払込み、またはそれに代わる現物の給 【 i 式】 付を行うと、そうした出資額の分だけ、貸借対照表 剰余金純資産ー ( 資本金 + 準備金 上の「資産の部」の額が増えることになる。そこで、 〔資本準備金 + 利益準備金〕 ) 【ⅱ式】 それに対応する形で、出資額に相当する額について ※仮に「評価・換算差額等」・「新株予約権」がゼロな 「純資産の部」の額を増やす必要があるところ、「純 2 , 000 ( 純資産の部 ) 50 合計

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株式会社法の基礎 093 資産の部」における資本金の額を増やすという会計 処理 ( そうした処理のことを指して「資本金として計 上する」といった言い方がされる ) が行われる ( 会社 445 条 1 項 ) 。ただし、出資額の 2 分の 1 を超えない 額については、資本金ではなく資本準備金の額を増 やす ( 資本準備金として計上する ) という会計処理を することも許されている ( 会社 445 条 2 項 3 項 ) 。後 述するように ( 3 [ 3 ] 参照 ) 、資本準備金の方が資本 金よりも減少させるための手続が容易であることか ら、実務上、許容範囲ギリギリまで ( つまり出資額 の 2 分の 1 まで ) 資本準備金として計上する例が多 くみられる。 第二に、会社が剰余金配当を行うと、資本準備金 または利益準備金も増える。例えば、会社が現金で 総額 1 億円の剰余金配当を行う場合を考えてみよ う。この場合、① 1 億円分だけ、貸借対照表上の「資 産の部」の現金の額が減る 2 ことになるから、それ に対応する形で「純資産の部」の額を減らす必要が ある。そこで、②「純資産の部」における「その他 資本剰余金」または「その他利益剰余金」を減らす という会計処理 3 ) ( そうした処理のことを指して「そ の他資本剰余金またはその他利益剰余金を財源として 剰余金配当を行う」といった言い方がされる ) が行わ れる ( 計算規則 23 条 ) 。さらに、それに加えて、③「そ の他資本剰余金」を財源として剰余金配当を行った 場合は、当該剰余金配当額の 10 分の 1 に相当する額 の分だけ、「純資産の部」の「その他資本剰余金」 の額を減らす一方、資本準備金の額を増やし、④「そ の他利益剰余金」を財源として剰余金配当を行った 場合は、当該剰余金配当額の 10 分の 1 に相当する額 の分だけ、「その他利益剰余金」の額を減らす一方、 利益準備金の額を増やすという会計処理 ( 剰余金の 準備金への組入れ ) が行われる ( 当該額については分 配されるわけではないから「資産の部」の額は減らな いし、「純資産の部」の合計額を減らすわけでもない ) 。 ただし、資本準備金と利益準備金の合計額が資本金 の額の 4 分の 1 に達したときは、それ以上に資本準 備金・利益準備金の額を増やす必要はないとされて いる ( 会社 445 条 4 項、計算規則 22 条 ) 。 [ 2 ] 資本金・準備金を基礎にすることの合理性 現行の分配財源規制は、上記のような方法で算定 される資本金・準備金を基礎として分配可能額を定 めている。それはどのような理由に基づくのだろう か。また、そのことに合理性はあるのだろうか。 ます、剰余金配当額の 10 分の 1 に相当する額の分 だけ、剰余金を資本準備金または利益準備金に組み 入れることについて、理由を探すとすれば、以下の ようなものが考えられる。すなわち、毎回の剰余金 配当額が大きいほど、行き過ぎた剰余金配当が行わ れている可能性が高い。配当額の 10 分の 1 に相当す る額の分だけ、剰余金を準備金に組み入れる ( そう すれば分配可能額も減ることになる ) のは、そのよう な行き過ぎた剰余金配当を抑制するためである。も っとも、このような会計処理だと、設立時期が古い 会社では、たとえ毎年の剰余金配当額が少額でも過 去の配当額の累積額は大きくなるために、準備金の 額も大きくなってしまうという問題が生ずる。そこ で、この問題に対処するため、剰余金配当時におけ る剰余金の準備金への組入れは、資本準備金と利益 準備金の合計額が資本金の額の 4 分の 1 に達するま で行えばよいことにしたという理由付けである。た だし、そもそも、毎回の剰余金配当額が大きいほど、 行き過ぎた剰余金配当が行われている可能性が高い という出発点の妥当性は自明でない 4 ) 。 他方、出資額 ( 過去の出資額の累計額 ) に相当す る金額を資本金・資本準備金にして、それを元に分 配可能額を算定することについても、やはり理由の 説明は難しい。出資額に相当する額は事業損失等に よって生ずる会社財産の減少に対する緩衝材になる べきものであるから、株主への分配を禁ずるべきで ある旨の説明がなされることが多いが、そうした緩 衝材 ( すなわち分配財源規制 ) が必要であるとしても、 なぜ出資額に相当する金額を緩衝材にすべきなのだ ろうか。 この点については、以下のような説明が考えられ るかもしれない。すなわち、株主が会社に出資をす るのは、その出資金を用いて会社に事業を行わせ、 その収益の分配を受けるためであるから、出資額に 相当する額については、会社が株主に分配すること を認める必要はないし ( 株主もそれを望んでいない ) 、 債権者も株主に分配されないであろうと期待するか らであるという説明である 5 。しかし、こうした説 明とて決して十分なものとは言い難い。まず、債権 者がそのような期待を有している可能性があるとし ても、それが法的保護に値するほどの強い期待かど

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090 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 担になることはないか。とくに、大震災の場合などに おいて、その負担は深刻イヒするおそれがある。 第 6 に、継続的取引 ( とくに賃貸借契約や役樹是供型契 約 ) の場合の清算関係に支障を生じないか ( 特則を置く 必要がないか ) 。 第 7 に、危険負担制度を持たないことと、対価危険 の移転に関する固有の規定の必要性を認めることは矛 盾しないのではないか ( BGB323 条、 325 条、 CISG49 条、 64 条、 66 条 ~ 70 条も参照 ) 。危険負担制度の廃止は、当 事者の意思とは無関係に自動的に債権債務関係が消滅 するという制度を廃止して、契約関係の存続・消滅を 解除権の行使に依存せしめることを意味するに止ま り、売買目的物の減失・損傷の経済的リスクをいずれ の当事者が負担するかという実質的問題は、買主が解 除権を彳ヨ吏して代金支払い義務を免れることができる かどうかという形で存続するのではないか ( 改正検討 委員会・詳解基本方金十Ⅳ 113 頁 ) 。 * 【代償請求権】物の滅失又は損傷によって、 債務者が、その代償たるべき利益を得ている場合、 一般に、債権者は、その代償の譲渡を請求しうる と解されており ( BGB285 条、 CC1303 条参照 ) 、 れを代償請求権 (surrogationanspruch) という。 日本民法典には規定がないが、担保物権での物上 代位 ( 304 条 ) ゃ損害賠償についての債務者の賠 償者代位 ( 422 条 ) からしても承認されるべきで あると考えられており、判例 ( 最判昭和 41 ・ 12 ・ 23 民集 20 巻 10 号 2211 頁 ) も、これを認める。第三 者による物の滅失・損傷・侵奪に際しての損害賠 償金請求権、公用徴収にかかる補償金債権、保険 金や保険金請求権などがこれに当たる。代償の引 渡し又は譲渡は、本来の給付に代わるべきもので あるとすれば、債権者のなすべき反対給付と対価 関係に立ち、両者の間は同時履行の関係にあると 解される。危険負担の法的構成と代償請求権行使 の可否との関係については、森田宏樹・前掲書 81 頁以下参昭 懸念の全てを払拭することは困難であるが、少なく とも、解除の運用だけで問題を処理することは困難で あり、法的安定性の面からも必ずしも好ましいことで はない。また、解除の意思表示を常に要求することに よって、債権者カく利な立場に立っこともあり得よう。 そこで、最終的に、改正法案 536 条は、次のような規 定を用意している。 「 536 条当事者双方の責めに帰することがで きない事由によって債務を履行することができな くなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒 むことができる。 2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務 を履行することができなくなったときは、債権者 は、反対給付の履行を拒むことができない。この 場合において、債務者は、自己の債務を免れたこ とによって利益を得たときは、これを債権者に償 還しなければならない。」 つまり、基本的に現行 536 条の危険負担における債 務者主義に関する規定を修正して、反対給付の履行拒 絶権の有無によって問題の処理を図ることで、解除制 度と危険負担制度の併存を可能にする道カ躱られてい ーこにおいて、危険負担の効果は、債務の当然消 る。 滅ではなく、 ( 債務の存続を前提とした ) 履行拒絶権に改 めるという大転換がもたらされたことになる。したが って、双務契約において、債務の履行カ坏能になった 場合に、債権者が自己の負担する反対債務から解放さ れたい場合には、債権者は契約解除の意思表示をしな ければならず、履行カ坏能となったからといって、反 対債務が当然に消滅するわけではないことには、注意 しなければならない。法案第 2 項は、現行 536 条 2 項 に対応するものであるが、債権者の責めに帰すべき事 由による履行不能の場合には、債権者は反対債務の履 行を拒絶することができないものとしている ( 後段は、 現行 536 条 2 項後段と同じ ) 。 以上の結果、債務者の給付が履行不能となった場合 でも、債権者の反対債務は消滅していないことカ揃提 となるわけであるから、債務者から反対債務の履行請 求があった場合には、債権者は履行不能の事実を主張 して反対債務の履行拒絶の意思を表示すればよく、 れに対して、債務者の方で履行不能が債権者の責めに 帰すべき事由によるものであったことを主張して、自 らの履行請求を正当化することになる。 なお、 @解除権構成による危険の移転になじまない 賃貸借契約については、改正法案 611 条 [ 賃借物の一 部滅失等による賃料の減額等 ] が、②請負契約で、注 文者の責めに帰することができない事由によって仕事 を完成することができなくなった場合については改正 法案 634 条 1 号が [ 注文者が受ける利益の割合に応じ

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044 《判決要旨》最高裁判所第一小法廷 2016 ・ 6 ・ 16 判決 と言わざるをえない。 において、本件一審判決には重大な問題が存在する 理がなされる必要があることは当然であり、その点 え、上記科学主義に基づく調査を踏まえた綿密な審 を蔑ろにするものである。裁判員裁判であるとはい く、少年法において重視されるべき科学主義の要請 れば、それを量刑上考慮しないと言っているに等し て調査がなされたとしても、被害結果等が重大であ これでは、いくら少年の生育環境や経歴等につい ない」と判断している。 照らせば、この点を量刑上考慮することは相当では ても、本件犯行態様の残虐さや被害結果の重大性に 「弁護人が主張するとおりの事情が認められるとし 暴力を受けるなどしたという生い立ちについても、 い」とし、さらに、 A の不安定な家庭環境や母から てまで A の矯正可能性を認める根拠にはなりがた のに過ぎず、当裁判所が認定した上記事実を排斥し 正可能性を認めた根拠は、 A の年齢など抽象的なも 性はあるとの指摘があるが、判決においては、「矯 題があること等について言及がなされた上で、可塑 合所見」部分には、生育環境に由来する資質上の問 本件において取調べられた鑑別結果通知書の「総 されている ( 同 50 条 ) 。 9 条の趣旨に従ってなされなければならないと規定 であって、少年に対する刑事事件についても、上記 れており、科学主義による調査が要請されているの て、これを行うように努めなければならない」とさ 専門的知識特に少年鑑別所の鑑別の結果を活用し について、医学、心理学、教育学、社会学その他の 年、保護者又は関係人の行状、経歴、素質、環境等 犯行時 18 歳 7 か月の少年であり前科がないとはいえ、 さらに、殺害行為等の態様は、冷酷かっ残忍である。 く、もとより被害者らに責められるべき点はない。 被告人の身勝手極まりない動機に酌むべき余地はな と言わざるを得ない。 本件はその罪質、結果ともに誠に重大な事案である 用すべきものとは認められない。 い。所論に鑑み記録を調査しても、刑訴法 41 1 条を適 の主張であって、刑訴法 405 条の上告理由に当たらな 上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当 上記の動機、態様等を総合すると、本件は被告人の深 い犯罪性に根ざした犯行というほかない。 D や遺族の 処罰感情がしゅん烈であるのも当然である。 被告人が一定の反省の念及び被害者や遺族に対する 謝罪の意思を表明していることなど、被告人のために 酌むべき事情を十分に考慮しても、被告人の刑事責任 は極めて重大であって、原判決が維持した第 1 審判決 の死刑の科刑は、当裁判所もこれを是認せざるを得な よって、本件上告を棄却する。 なお、付言すれば、検察官が取調べを請求した少年 調査票の結論部分である「調査官の意見」欄において も、 A による犯行態様の冷酷さや動機の身勝手さが 指摘されている一方で、少年の成育上の問題点につ いては「被害者 2 名の生命を奪った重大な結果を考 えたとき、酌むべき事情には当たらない」と記載され るなど、科学主義に基づく十分な調査が行われたの か疑念を抱かざるを得ない内容が記載されていた。 この点については、原則逆送の規定が導入された 平成 13 年以降、とりわけ調査官意見書 ( もしくは調 査官の立ち位置 ) の役割に質的変化がもたらされ、 その科学性が揺らいでいるという指摘がなされてい るが、上記調査官の意見も、そのような質的な変化 の影響が見て取れるものであった。 その意味で、この十数年間、科学主義に基づく調 査・鑑別結果としての社会記録の意義や価値が、内 容面においても薄れている状況にあることは指摘し ておきたい。 上記裁判員裁判の判決後、 A は、その判決を受け 入れると言った。それは、自身の死が、遺族の望み になるのであればそれもやむを得ないと考えていた こと、そして、目の前で、 B や C らが、実際のやり とりとは異なる事実を次々と証言していたことへの 失望感による諦めといった気持ちからであったが、 A の家族や先輩、弁護人らにおいて、 A の周りには A を大切に思う存在が多くいること、生きて償うこ との重要性等について説明を重ね、そのような周囲 の人間による必死の説得の末、 A はようやく控訴す ることとなった。 なお、上記 A の裁判員裁判の翌月に実施された C

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刑事訴訟法の思考プロセス 113 〔検察独自捜査事件〕 ) について取り調べる場合、法 定の例外事由に該当しない限り、被疑者取調べ ( 法 198 条 1 項 ) や被疑者の弁解録取 ( 法 203 条 1 項、 204 条 1 項、 205 条 1 項。 211 条、 216 条によりこれらの規定 を準用する場合も含む ) を録音・録画する義務が捜 査機関に課されることになりました ( 法 301 条の 2 第 4 項 ) 。この録音・録画対象事件は、全事件の 2 ~ 3 % とされます。 法 301 条の 2 第 4 項が、「 ( 録音・録画対象 ) 事件に ついて・・・・・・取り調べるとき又は・・・・・・弁解の機会を与 えるとき」に録音・録画義務が発生するとしている ことからすると、録音・録画対象事件に当たるか否 かは、 ( 被疑者が逮捕・勾留されていることが前提とな りますが ) 逮捕・勾留の理由となっている被疑事実 ではなく、取調べの実質的な内容によって判断され ることになります 17 。例えば、死体遺棄の被疑事実 で逮捕・勾留中に、殺人事件について取り調べる余 罪取調べの場合、録音・録画義務が生じます。また、 在宅被疑者に対する取調べが、実質的逮捕により行 われた場合にも、録音・録画義務が発生すると解す ることも可能でしよう 次に、法定の例外事由は、 (a) 「記録に必要な機器 の故障その他のやむを得ない事情により、記録をす ることができないとき」 ( 法 301 条の 2 第 4 項第 1 号 ) 、 (b) 「被疑者が記録を拒んだことその他の被疑者の言 動により、記録をしたならば被疑者が十分な供述を することができないと認めるとき」 ( 同第 2 号 ) 、 (c) 当該事件がいわゆる指定暴力団の構成員による犯罪 に係るものであると認めるとき ( 同 3 号 ) 、 (d) 「・・ 犯罪の性質、関係者の言動、被疑者がその構成員で ある団体の性格その他の事情に照らし、被疑者の供 述及びその状況が明らかにされた場合には被疑者若 しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又は これらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がな されるおそれがあることにより、記録をしたならば 被疑者が十分な供述をすることができないと認める とき」とされます。 ( a ) は物理的制約により録音・録 画が困難な場合、 ( bXc ) は被疑者が十分な供述をでき ない場合、そして、 ( d ) は被疑者が十分な供述ができ ない類型的事情を根拠に設定されたものといえます。 録音・録画義務があるにも関わらず、取調べの録 音・録画が行われなかったとき、当該義務違反とい う違法が認められることになります。もっとも、そ の違法の程度は、捜査機関が故意に録音・録画義務 に違反した場合から、捜査機関が例外事由に該当す ると誤信した場合まで様々なものがありうるでしょ つ。 録音・録画義務の履行を担保する方策として、検 察官に一種の証拠調べ請求義務が設けられています ( 法 301 条の 2 第 1 項 ) 。録音・録画義務が課せられて いる事件についての被疑者取調べにより作成された 調書を、検察官が証拠調べ請求したのに対し、被告 人または弁護人がその任意性に疑いがあると異議を 述べた場合、検察官は ( 例外事由に該当しない限り ) その調書が作成された「取調べ又は弁解の機会の開 始から終了に至るまでの間における被告人の供述及 ・記録した記録媒体の取調べを請 びその状況を・・ 求」しなければなりません。 録音・録画義務違反及び記録媒体の証拠調べ請求 義務違反が存在するときには、任意性判断を行うこ となく、当該調書の取調べは却下されます ( 法 301 条の 2 第 2 項 ) 。もっとも、この場合にも、当該調書 の証拠排除を直ちに意味するわけではありませんの で、他の方法 ( 取調官の証言など ) により任意性に 疑いは生じないと認められるのであれば、裁判所の 職権で、当該調書を証拠採用することは可能とされ ています円。しかし、上述のように、録音・録画義 務違反という取調べの違法性は存在しますので、 ( 排 除基準としての違法性の程度の理解によりますが ) 自 白法則または違法収集証拠排除法則によって証拠か ら排除することも可能でしよう圸 取調べの録音・録画制度は、逮捕・勾留されてい る被疑者取調べについて捜査機関の録音・録画義務 という新たな規律を新設しただけでなく、取調べ状 況を録音・録画した客観的な資料に基づく取調べの 適法性や自白の任意性判断を可能とするという重要 な意義を有します 21) もっとも、 2016 年刑訴法改正に対しては、録音・ 録画義務が認められる事件の範囲が狭すぎる、録音・ 録画義務の例外事由 ( 特に法 301 条の 2 第 4 項第 2 号 ) が曖昧であるとの批判が示されています。さらに 録音・録画対象事件の設定については、 ( 逮捕・勾 留の場合と同様に ) 供述強制の危険性が高い在宅被 疑者取調べや参考人取調べにも録音・録画を義務付 けるべきとの批判も存在します。これに加えて、 2016 年改正の目的であった取調べの適正性や透明性