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1. 法学セミナー 2017年1月号

事実の概要 118 Y らに対して、未払いの環境整備費 ( 管理費 ) 及び その遅延損害金の支払いを求めて、訴え ( 下記反訴 ) 静岡県にある「南箱根ダイヤランド」 ( 以下、ダ 箱 譲 根 を提起した。これに対して、 Y らは、本件管理契約 イヤランド ) 内の施設及び用地の管理運営等を業と ダ - 別ィ が準委任契約に当たり、民法 656 条・ 651 条 1 項によ する X は、昭和 43 年頃から、ダイヤランド内の不動 ヤ り本件管理契約を解除したから、解除後の環境整備 産を順次分譲し、平成 24 年 3 月末の時点で、分譲済 フ 費 ( 管理費 ) の支払義務はない等と主張して、 X の みの物件は、建物付き土地が 2591 区画 ( 別荘利用者 請求を争った。なお、当初、 Y らは、集団で債務不 1767 区画、常住者 824 区画 ) 、土地のみが 1609 区画と ド 存在請求訴訟 ( 本訴事件 ) を提起していたが、 X の なっている。 X は、物件取得者である Y らとの間で、 呂 反訴提起に伴い、 Y らは本訴事件を取り下げた。原 本件管理契約を締結した。本件管理契約の内容とし 訴 審は、 Y らの契約解除の有効性を否定して、 X の請 ては、 Y らの所有する個別不動産の管理内容、 Y ら 求をほほ全面的に認容したことから、 Y らが控訴。 が x に支払う環境整備費 ( 管理費 ) 、 X によるダイ 事 ャランド全体の管理内容等が定められている。 X は、 の [ 東京高判平 28 ・ 1 ・ 19 判時 2308 号 67 頁 ] 法 針【 3.2.8.01 】 【 3.2.8.12 】 ) 。本判決は、役務提供 的 型契約である別荘地の管理契約をめぐって、その 別荘地の管理契約を個別別荘地所有者が民法 性 契約の法的性質と委任の解除規定等の適用の可否 651 条 1 項により解除できるか。所有者の死亡に 質 より、契約が当然終了するか ( 653 条 1 号 ) 。 が問題となった。委任契約の任意解除について、 これまで判例は、受任者の利益のためにも委任が と された場合には、民法 651 条 1 項による解除権は 控訴棄却・一部変更「本件管理契約は、 解 制限され、やむを得ない事由がなければ解除でき イヤランド内の道路、排水路、ごみ置き場、公園 除 ないとする一方で、例えば最判昭 56 ・ 1 ・ 19 民集 等の維持・管理等の事務を内容とする全体管理に 35 巻 1 号 1 頁は、建物管理契約の委任者側からの ついての事務委託を受けるというものであり、 終 解除の可否が問題となった事件で、やむを得ない の点においては準委任契約に当たる法的性質のも 事由がない場合であっても、委任者が委任契約の のであるが、全体管理の内容を見ると、上記施設 物ミ第第 解除権自体を放棄したものとは解されない事情が の維持・管理にとどまらず、 X が所有する排水路、 あるときは解除が可能である旨判示し、委任者の ごみ置き場、公園等を Y らに利用させるという業 務を行うことも内容としており、この点は準委任 利益との比較で受任者の利益を細かく確定した上 で、解除の可否を決する傾向を示している。この 契約に含まれない法的性質のものである。そして、 ような判断枠組みの適用の前提として、本件管理 本件管理契約は、この法的性質に係る業務と上記 の準委任契約に当たる法的性質に係る事務とを一 契約の法的性質が問題となる。本件と同じ別荘地 の事件である東京高判平 22 ・ 2 ・ 16 判タ 1336 号 体のものとする内容となっているものであるか 169 頁は、本件のような管理契約を準委任契約で ら、本件管理契約を単純な準委任契約と解するの あるとした上で、別荘地管理契約の属地的な性格 ・・・単純な は相当ではない」。「本件管理契約は、 を小さくみて、解除及び死亡による当然終了を認 準委任契約ではないので、無条件に民法 656 条、 めた。それから 6 年を経て、本判決は、平成 22 年 653 条 1 号が適用されるものと解することはでき 判決と同様の判断を示した原審の判断を覆し、本 ない。そして、本件管理契約が準委任契約に当た 件管理契約を単純な準委任契約と解することがで る法的性質を有している点に焦点を合わせてみて きないとした上で、①本件管理契約締結の強制性、 ・・・本件管理契約は、 X の利益をも目的とす も、 ②全別荘地所有者に共通の不可分的な全体管理を る契約であって、自由に解除することができない 行う仕組み、③全体管理の安定的な履行という X ・・・本件管理契約を承継することを ものであり、 の利益の重要性等の事情を細かく判断して、解除 相当としない特段の事情は窺えないことに鑑みる を否定するとともに、死亡による終了も認めなか と、本件管理契約については、民法 656 条、 653 条 った。本件のような管理契約では、その所有地が 1 号は適用されないと解するのが相当である。」 別荘地であり続ける限り、別荘地施設の維持・管 理を享受し続け、その対価である管理費を支払い 近年の民法改正をめぐる議論の中で、準委任と 続けることが当然の前提とされ、個々の別荘地所 は別に、既存の典型契約に該当しない役務提供型 有者がその所有地の別荘地としての性格を放棄す 契約に適用される受け皿規定群を設けるべきかと る可能性は排除されているものと理解することが いう問題に注目が集まっている ( そのような提案 法学セミナー として、民法 ( 債権法 ) 改正検討委員会の基本方 2017 / 03 / no. 746 できる。 最新判例演習室ーーー民法 裁判所の判断 専修大学教授中川敏宏 解説 ( なかがわ・としひろ )

2. 法学セミナー 2017年1月号

[ 特集引最高裁判決 2016 ーー ( 地方自治法 232 条の 2 ) はない。 弁護士が語る 055 法治国家でもない。 また、この条例で、みなすとして、違法な給与支 給を遡及的に適法化することが無理なことは前述し 0 こうして、裁判所は、何度も、公務員の給与に関 する基本原則である給与条例主義を無視している。 上告理山補充書 6 ー実質解釈を否定した最新判例の援用 そこで、最高裁の門を叩いた。違憲の理由はない ( 民訴法 312 条 ) ので上告はせず、上告受理申立てだ けをした ( 同 318 条 ) 。 しかし、 2 年も経つのに返事がない。たぶん何度 か審議したであろうから、こんな一見明白な事件で 何を迷っているのかと、不満であったが、そのうち に、適切な最高裁判決が出たので補充書を提出した。 最高裁第三小法廷平成 26 年 ( 行ヒ ) 第 129 号平成 27 年 11 月 17 日判決は、昭和 54 年から平成 24 年まで地 方公務員法 3 条 3 項 3 号の非常勤嘱託職員としての 任用通知を受け、 1 年間の任期を繰り返し、福岡県 中津市の中学校図書館の司書として、勤務日及び勤 務時間は常勤職員と同様に勤務していた職員が退職 手当を請求した事件である。 福岡高裁判決は、この司書の職は一般職に当たり 退職手当請求の要件に当たるとした。実質解釈を行 い、権利救済を図った。 しかし、最高裁は、この司書は、地方公務員法 3 条 3 項 3 号の特別職の非常勤嘱託職員として任用さ れていたのであるから、勤務日及び勤務時間は常勤 職員と同一であること、中学校の校長の監督を受け ていることを考慮しても、その地位は特別職の職員 に当たり、退職手当条例上特別職の職員には退職手 当の適用がないと判示した。 これは、実質解釈ではなく、特別職として任用さ れていたという条文上の形式を重視したものである。 本件に戻ると、鳴門市の臨時従事員は、長年勤務 していたといっても、正確には、長年登録して、競 艇があるときだけ日々雇用されていたのであるか ら、およそ退職手当の要件を満たすはずがない。 鳴門市もそのことを承知していたので、鳴門市か ら退職手当を直接に支給することなく、互助会に補 助金を支給して、それをトンネルに離職せん別金 ( 実 質は退職金 ) を支給したので、明白に脱法行為の違 法であった。脱法行為には補助金を支給する公益性 本件の原審は実質解釈により、この補助金を適法 としたものである。このような実質解釈は、地方公 営企業法 38 条 4 項の定める給与基準条例主義に違反 することは上告受理申立理由書において述べたとこ ろであるが、この第三小法廷判決も、このような実 質解釈は違法であるとしているので、本件の原判決 が違法であることはなおさら明かである。 7 ーや。と来た口頭弁論通知 その直後、最高裁から口頭弁論の通知があった。 これで逆転の可能性が高くなる ( 民訴法 319 条 ) 。普 通は書面を出すだけで、上告受理申立書のとおりと いうだけであるが、筆者は、最高裁で数分間実際に 口頭弁論をした。鳴門市側の弁護士は答弁書でもな んらの主張もしなかった。諦めていたはすである。 なお、最高裁の口頭弁論は、この日はこの事件だ けで廷吏は暇をもてあましている感があった ( 世の 中で一番良い商売 ! ! ) 。 8 ー法治行政を理解した最高裁 こでは、平成 26 年 ( 行ヒ ) 第 472 号事件の方を 紹介する。こちらは遡及条例の分だけ論点が増えて いるからである。 「 ( 1 ) 本件補助金の交付については、給与条例主 義を潜脱するものとして地方自治法 232 条の 2 の定 める公益上の必要性に係る判断に裁量権の範囲の逸 脱又は濫用があるか否かが問題となるところ、 離職せん別金は、離職乂は死亡による登録名簿から の抹消を支給原因とし、その支給額は離職時の基本 賃金に在籍年数及びこれを基準とする支給率を乗じ るなどして算出され、実際の支給額も相当高額に及 んでおり、課税実務上も退職手当等に該当するもの として取り扱われていたものである。そして、離職 せん別金は、共済会がその規約に基づく事業の一つ として臨時従事員に支給していたものであるが、市 が共済会に対し離職せん別金に要する経費を補助の 対象として交付していた離職せん別金補助金の額 は、離職せん別金に係る計算式と連動した計算式に より算出された金額の範囲内とされ、本件における 離職せん別金の原資に占める本件補助金の割合は約 91.5 % に及んでいたのである。 ・・・本件補助金は、 実質的には、市が共済会を経由して臨時従事員に対 し退職手当を支給するために共済会に対して交付し

3. 法学セミナー 2017年1月号

056 たものというべきである。 地方自治法 204 条の 2 は、普通地方公共団体は法 律又はこれに基づく条例に基づかずにはいかなる給 与その他の給付も職員に支給することができない旨 を定め、地方公営企業法 38 条 4 項は、企業職員の給 与の種類及び基準を条例で定めるべきものとしてい るところ、本件補助金の交付当時、臨時従事員に対 して離職せん別金乂は退職手当を支給する旨を定め た条例の規定はなく、賃金規程においても臨時従事 員の賃金の種類に退職手当は含まれていなかった。 また、臨時従事員は、採用通知書により指定された 個々の就業日ごとに日々雇用されてその身分を有す る者にすぎず、給与条例の定める退職手当の支給要 件を満たすものであったということもできない。 そうすると、臨時従事員に対する離職せん別金に 充てるためにされた本件補助金の交付は、地方自治 法 204 条の 2 及び地方公営企業法 38 条 4 項の定める 給与条例主義を潜脱するものといわざるを得ない。 以上によれば、地方自治法 232 条の 2 の定める公 益上の必要性があるとしてされた本件補助金の交付 は、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したも のであって、同条に違反する違法なものというべき である。 ( 2 ) 本件条例 ( 前記退職金を遡及して支払う条例 ) は、在籍期間が 1 年を超える臨時従事員が退職した 場合に退職手当を支給する旨を定め ( 3 条、 12 条 ) 、 「この条例の施行の際現に企業局長が定めた規程に 基づき臨時従事員に支給された給与については、 の条例の規定に基づき支給された給与とみなす。」 との経過規定 ( 附則 2 項 ) を定めている。しかし、 共済会の規約に基づき臨時従事員に支給された離職 せん別金は、企業局長が定めた規程に基づいて臨時 従事員に支給された給与に当たるものでないことは 明らかであるから、上記経過規定が定められたとし ても、その文言に照らし、本件条例の制定により臨 時従事員に対する離職せん別金の支給につき遡って 条例上の根拠が与えられたということはできない。 このことは、本件補助金を原資としてされた離職せ ん別金の支給が実質的な退職手当の支給というべき ものであり、また、本件条例の制定の趣旨が離職せ ん別金の支給につき条例上の根拠を明確にする点に あったとしても、左右されるものではない。 以上によれば、本件条例の制定により臨時従事員 に対する離職せん別金の支給につき遡って条例の定 めがあったことになるとして、本件補助金の交付が 適法なものとなるとした原審の判断には、本件条例 の解釈適用を誤った違法があるというべきである」 ( 全員一致で破棄差戻し ) 。 9 ー弁護士の愚痴 最高裁はさすが「最高」。やっとわかってくれた。 普通は、高裁判事のやり放題でも、上告棄却・却下 になるのである ( 阿部『最高裁上告受理時事件の諸相 Ⅱ』〔信山社、 2011 年〕最高裁で逆転するのは 1 % くら いか。筆者ははじめてである。 ) から、最高裁判事あ るいはその黒子である調査官には感謝する。しかし、 それにしても 2 年以上もかかった。こんな簡単な事 件でなぜこんなに手間取るのか。 地裁、高裁の判事は何をしていたのか。普通の組 織では、こんないい加減な判断をしていたら、懲戒 処分か分限処分を受けるはずであるが、出世には何 の影響もないらしい。裁判官は、憲法で保障された 独立のもとに独断・独善になっている。それに、裁 判官は行政法に疎いかも知れないが、自分で調べる 必要はない。筆者の主張を見た上でも、実質解釈だ などというのは、独善以上である。行政法の授業で は確実に不可だし、司法試験も通らないはずである。 筆者は、この事件は、事実認定の問題はなく、単 に明白な法治主義違反なので、楽勝だと思って引き 受けたのである。裁判官への尊敬の念は消滅した。 現実との落差に驚き悲しむばかりである ( 阿部『行 政の組織的腐敗と行政訴訟最貧国』〔現代人文社、 2016 年〕参照 ) 。 しかも、本件は、原告勝訴ではなく、支出の違法 は確認されたが、公営企業管理者等の損害賠償責任 の有無並びに共済会の不当利得返還債務の有無につ き審理を尽くさせるため、高松高裁に差し戻された 〔判決要旨参照〕。「喜びもまだ半端なり、裁判所」。 差戻し審高裁では、企業局長などの過失、補助金の 無効 ( 単なる違法では不当利得返還請求権は生じない ) が争われている。ああ面倒 ! ! この苦労は前の地裁 高裁の明白な誤りによるから、国家賠償訴訟を提起 したいことろだが、裁判所は自己防衛するだろう ( 最 判昭和 57 ・ 3 ・ 12 民集 44 巻 5 号 938 頁参照 ) から、また また無駄な努力 ! ! さらに、共済会は解散したとい うので、手が出ない。これで、原告が勝訴すれば、 鳴門市議会は、権利放棄議決して、違法行為を抹殺 するつもりであろう。権利放棄議決を有効とした最

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054 あろうと、脳外科であろうと、教われば少しはわか ると当てにして。 筆者は年度だけ新しい同種の事件 ( 平成 25 年度事 件 ) を同じ斎木裁判長の処に提起していたので、忌 避申立てをしたら、それは却下され、かえって、斎 木裁判長は京都地裁裁判長に出世して、小職の事件 を離れた。 3 第たまた法治国家のイロ , 、を知らない高裁判決 高松高裁平成 25 年 8 月 29 日判決 ( 金馬健二裁判長 ) も原告の控訴を棄却した。理由はほば地裁通りであ る。臨時従事員に払った離職せん別金は退職金とし て相当であるから、これを補助金として払うことに は地方自治法 232 条の 2 に定める公益性があるとも 付け加えた。 しかし、これまた地裁と同じ過ちをくり返してい る上に、給与条例主義に反する違法な支出を目的と する補助金に公益性はない。これに対する最高裁判 決が、平成 25 年 ( 行ヒ ) 第 533 号である。 4 は成 25 年度訴訟、遡及条例による給与支給合法化の試み 平成 25 年度事件の係争中、「この条例の施行の際 企業局長が定めた規程に基づき臨時従事員に支給さ れた給与はこの条例に基づいて支給されたものとみ なす」との新条例 ( 遡及給与支給条例 ) が制定された。 徳島地裁平成 26 年 1 月 31 日判決 ( 黒田豊裁判長 ) は、 新給与条例で臨時従事員に退職金を支給すると規定 したから、先の支給は遡及して適法になったと判断 しかし、この新条例は、 1 年以上在籍した者とい う以上に、退職金の算定基準を何ら定めていないか ら、給与の種類と基準を条例で定めなければならな いとする地方公営企業法 38 条 4 項の要求を満たさな い。給与の基準という以上は、確定的には決めなく ても、何年勤めたら、いくらからいくらの範囲と定 めなければならない ( その範囲内の細目は労使交渉に 委ねることができる ) 。 この新条例の仕組みは白紙委任であるから、明白 に違法である。このことは最高裁の先例 ( 平成 7 年 4 月 17 日熊本市昼窓手当事件、阿部『前掲書』 499 頁以下 ) からも明らかであるし、同じ鳴門市の企業職員の給 与条例において手当が確定額で規定されていること からも同様のことが言える。 元々、市から直接に臨時従事員へ離職せん別金が 補助金の形式で支給されていたとするのであれば、 それを事後に給与条例で、給与として支給したとみ なすということも可能であろう。しかし、そもそも、 臨時従事員に離職せん別金を支給したのは共済会で あって、鳴門市ではなく、鳴門市は共済会に補助金 を支給していたにすぎないので、「この条例の施行 の際企業局長が定めた規程に基づき臨時従事員に支 給された給与」なるものは存在しない。したがって、 事後に条例でみなす規定を置いても、離職せん別金 の支給を正当化できるはずはないのである。 5 れまた吃くべき高裁判決 しかし、高松高裁平成 26 年 8 月 28 日判決 ( 山下寛 裁判長 ) も筆者の主張にまともに答えなかった。 退職金の基準が勤続 1 年以上というだけでも、驚 くなかれ、基準を定めたことになるというのである。 次に、高裁は立法者の合理的意思なるものを根拠 とする。鳴門市議会は、本件各補助金が本件各離職 せん別金として支出されていたこと、その実質は従 事員に対する退職手当に相当するものであることを 前提に、本件各補助金が共済会を介して本件各離職 せん別金として従事員に支払われたとの事実経過全 体から退職手当の支給に当たるものとみて、離職せ ん別金補助金の交付について給与条例主義の見地か らの適法性に関する疑義を遡及的に解消する趣旨で 本件条例を定めたものと認めるのが相当であり、鳴 門市議会の条例制定の趣旨を上記のとおり実質的に 解したとしても、条例制定権者である議会の合理的 意思を認定するにすぎす、議会の条例制定による民 主的統制の意義を没却することにはならないという べきである、とした。 これは裁判所が「実質的に」 ( 地裁判決 ) と判断 すると、議会の権限を行使すると批判される ( 私見 ) ので、裁判所が判断したのではなく、議会の意思を 認定したという方法を採ったのである。しかし、立 法者意思だけでは、法制度は作れない。それを条文 の形に表さなければならない。条文の作り方が下手 だと、文意が曖昧であったりすることはある。それ はある程度は許容されようが、本件条例は完全に的 外れの仕組みである。 このようなものも立法者意思を忖度して正当化さ れるのでは、目指すところに合わせて条文を作成し て条例案を作り、それを議会で審議するという作業 はまったく不要になる。それはおよそ民主国家でも

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046 主張をした。 の分かりやすさや負担軽減といった観点から、公判 さらに、犯行態様に関しては、目撃者らの原審証 前整理手続において証拠が厳選され、期間も極めて 言が主たる証拠として、 A に不利な事実認定がなさ 短期間で死刑という判決が下された。 そして、公判中心主義という理念の下、公判にお れているところ、それら証言以前の取調べ段階にお ける供述を詳細に分析すると、全く異なる事実関係 ける証言の信用性が重視されたが、 A や C の供述が が見えてくることも改めて指摘した。 公判廷に顕出されるまでの間には、 ( 少なくとも A や 例えば、 B の姉に対する犯行について、控訴審判決 C の控訴審供述等によれば ) 「それでは被害者が納得 しない」などという取調官の誘導が介在していたし、 は、 A が B の姉の「右肩を掴んだ」とし、「刺した 状態のまま、包丁をザクザク動かした」と認定して 目撃者らの証言についても、捜査段階における供述 いるが、これらにつき証言した目撃者の供述は、検 からは変遷があり、また、度重なる証人テストの下 察官調書が作成された段階で、それまでの警察官調 に証言が顕出されるといった点も見逃されてはなら 書と内容が大きく変わっている。これは B の友人女 ない。 性に対する犯行についても同様であり、「四つん這 そして、上記のとおり少年事件において求められ いになりながら逃げようとする B の友人女性を、左 る科学主義に基づいた十分な審理がなされていない 手で右肩を掴みながら立ち上がらせた」「『お願い許 といった問題も存在した。 して』との命乞いを無視した」「胸部等を強いカで数 さらに、少年法の理解という観点でいえば、以下 回突き刺した」等の証言についても、検察官調書が のような問題も指摘できる。すなわち、本件裁判員 作成された段階で、それまでの警察官調書と内容が の一人は、判決当日のインタビューにて、「私個人 大きく変えられ、検察官の想定したストーリーに沿 は 14 歳だろうが、 15 歳だろうが、人の命を奪ったと うような、いわば残虐な内容に作り替えられている いう重い罪には、大人と同じ刑で判断すべきだと思 これらの点に 0 き、弁護団は、警察による取調 い、そう心がけた」と述べている ( 平成 22 [ 2010 ] 段階からの供述調書全体の開示を得て詳細な検討を 年 11 月 26 日朝日新聞 37 面 ) 。 し、犯行態様について事実誤認を指摘した。 しかし、成人と少年とでは、適用される法律も異 さらに、量刑判断について、上記事実誤認が仮に なるし、科学主義による調査・審理等、求められる 是正されないとしても、本件は死刑が選択されるべ 考慮要素も必然的に異なる。その点を考慮せずに判 きではないことにつき、過去の裁判例を多数紹介し、 決を下すことは、少年法の理念を無視し、上記少年 そしてその内容を丹念に分析した上で主張した。 法 50 条の趣旨を骨抜にするものであって、許されな しかるに、上告審は、これら弁護団の主張につい いというべきである。この点は、裁判所の裁判員に て、全く言及することなく、死刑判決を維持した。 対する説明が不十分若しくは不適切であったと考え 司法の最高機関である最高裁として、少なくとも、 ざるを得ない。 死刑という A の命を奪う刑罰を確定させる以上、 A 本件は、死刑という、 A の命を奪う極めて冷厳な、 に対して、なぜ死刑という判断を維持するのか、十 究極的な刑罰の適用が争われている事件である。 分な説明をする責務があったというべきであり、そ それが、上記のような事実誤認に加え、少年法の理 れがなされなかったことは残念でならない。 念が蔑ろにされた中で審理され、それを上訴審も是 正しなかったことは、決して許されるものではない。 6 ー少年事件における裁判員裁判と死刑判決 無論、本件において被害者や被害者遺族が、極刑 を望むことは当然のことであろうと考える。 上記のとおり、 A は、裁判員裁判で死刑判決を受 しかし、そのことと、上記のような手続的・内容 け、それが上告審まで維持されることとなった。 的な問題を抱えたまま、一人の人間を死刑に処して ますもって、自身の弁護活動について反省すべき 良いかという問題は全く別問題である。 こと、批判されるべきことは勿論であるが、裁判員 我々弁護団としては、今後も引き続き、全力で、 裁判において審理されるというその審理の在り方に おいても本件を通じて、様々な問題があることが浮 上記のような誤った判断が是正される途を求めて取 き彫りになった。 り組みを続けていきたいと考えている。 何よりもまず、裁判員裁判においては、裁判員へ ( いとう・ゆうき )

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[ 特集引最高裁判決 2016 ーー 《判決要旨》最高裁判所第三小法廷 2016 ・ 1 ・ 21 判決 弁護士が語る 035 テレビ番組で、日本が、約 100 年前、台湾での植民 地政策の成果を世界に示す目的で、西欧列強が野蛮で 劣った植民地の人間を文明化させていると宣伝するた めに行っていた「人間動物園」と呼ばれる見せ物をま ねたとして、パイワン族を日英博覧会に連れて行き、 その暮らしぶりを展示と放映することは、パイワン族 に対する差別的な取扱いをしたという事実を摘示する り、あたかも動物園の動物と同じであるかのような 『見せ物』として扱われ、展示されたと放送した」 と判断しました。さらに、「人間動物園」という言 葉を使えば、動物扱いをされたのではないかとの意 味を含むことになり、対象とされた者の人間として の人格をも否定することにつながりかねない、とい っています。 番組作成のディレクターは、「全ての人に人間の 尊厳を認め、公平かっ平等な報道を行うよう心がけ るべきであり、報道によっていたずらに人の心を傷 つけることがないよう細心の注意を払うべきである ものと理解するのが通常であるが、一般の視聴者が、 パイワン族が動物園の動物と同じように扱われるべき 者であり、その子孫も同様に扱われるべき者であると 受け止めるとは考え難く、この番組でその子孫の社会 的評価が低下するとはいえず、その子孫の名誉を毀損 するものではない。 あるから、「報道番組の全体的な構成、これに登場 した者の発言の内容や画面に表示されたフリップや テロップ等の文字情報の映像及び音声に係る情報の 内容並びに放送全体から受ける印象等を総合的に考 慮して、判断すべきである」といっています ( 所沢 ダイオキシン報道事件、最ー小判決平 15 ・ 10 ・ 16 民集 57 巻 9 号 1075 頁、判時 1845 号 26 頁 ) 。 本件において、最高裁は、上記所沢ダイオキシン 報道事件の最高裁判決を引用しながら、「本件番組 の内容は、 一般の視聴者においては、日本が、 にもかかわらず、 ・『人間動物園』という言葉に 飛びつき、その評価も定まっていないのに、その人 種差別的な意味合いに全く配慮することもなく、 れを本件番組の大前提として採用し、・・・・・・放送し、 ・・・控訴人 A を困惑させて、本来の気持ちと違う言 葉を引き出し、・・・・・・侮辱するとともに、それまで控 訴人 A が・・ ・・イギリスに行った人の娘であるという 社会的評価を傷つけたことは明らかであるから、そ の名誉を侵害したものであり、違法行為を構成する ものと言うべきである。」と判断したのです。 5 ー最高裁判決の意義 名誉毀損というのは、ある言動が、被害者の社会 的地位を低下させるものであるかどうかで決められ ます。最高裁は、新聞報道によって被害者の社会的 地位が低下するものであるかどうかについて、「一 般読者の普通の注意と読み方を基準として」判断す るといっていますが ( 最二小判昭 31 ・ 7 ・ 20 民集 10 巻 8 号 1059 頁 ) 、テレビ報道については、その上、視 聴者が、「音声や映像によって次々と提供される情 報を瞬時に理解することを余儀なくされる」もので ・・・西欧列強が野蛮で劣った植民地の人間を文明化 させていると宣伝するために行っていた『人間動物 園』と呼ばれる見せ物をまねて、被上告人の父親を ・・日英博覧会に連れて行き、その暮らしぶりを展 示するという差別的な取扱いをしたという事実を適 示するものと理解するのが通常であると言える。 一般の視聴者が、被上告人の父親が動物園の動 物と同じように扱われるべき者であり、その娘であ る被上告人自身も同様に扱われるべき者であると受 け止めるとは考え難く、したがって本件番組の放送 により被上告人の社会的地位が低下するとはいえな い。」と判断しました。 要するに、一般の視聴者は、日本政府がパイワン 族に対して差別的取扱いをしたとは理解するが、 A の父親や A 個人を差別的に扱ったとは受け取らない というのです。 しかし、この最高裁の判断は、所沢ダイオキシン 報道事件の最高裁判決を引用しながら、その論理を 採用していないと思います。なせなら、テレビは、 映像であり、視聴者が、「音声や映像によって次々 と提供される情報を瞬時に理解することを余儀なく される」ものであるから、「報道番組の全体的な構成、

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事実の概要 116 数及び選挙区等に関する条例が制定され、各選挙区 の議員定数が定められている。本件選挙時点で、選 本件は、平成 27 年 4 月 12 日に実施された千葉県議 会議員一般選挙 ( 以下、「本件選挙」と略記する。 ) 挙区間の人口の最大較差は 1 対 2.51 で、人口の多い 選挙区の議員定数が人口の少ない選挙区の議員定数 を無効とすることを求めた選挙無効訴訟である。公 より少ないという「逆転現象」が 4 通り ( 印西市選 職選挙法 15 条 8 項は、「各選挙区において選挙すべ 挙区対 3 つの選挙区、八街市選挙区対銚子市選挙区 ) き地方公共団体の議会の議員の数は、人口に比例し 存在した。上告人は、各選挙区の議員定数を定めた て、条例で定めなければならない。ただし、特別の 条例の規定が憲法 14 条 1 項に違反することなどを主 事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域 間の均衡を考慮して定めることができる。」と規定 張して、選挙の無効を主張したが、原審が請求を棄 しており、これにしたがって、千葉県議会議員の定 却したことから最高裁に上告した。 [ 最三小判平 28 ・ 10 ・ 18 LEX / DB 文献番号 25448209 ] 地方議会議員選挙における投票価値の平等 最新判例演習室ーー憲法 超えるものということはできない。」 本件選挙における議員定数の配分は、投票価値 の平等を保障する 14 条 1 項に違反するのか。 本件は、千葉県議会選挙における議員定数不均 衡の合憲性が争点となった事件である。訴訟形態 「都道府県の住民が、その選挙権の内容、すな は、国会議員の事例と同様に公職選挙法上の選挙 わち投票価値においても平等に取り扱われるべき 無効訴訟が採用されている。本判決は、これまで の最高裁判例の立場を踏襲して、県議会議員の定 であることは憲法の要求するところであり、また、 同項は、憲法の上記要請を受け、都道府県議会の 数配分に関する県議会の裁量権を前提とする判断 議員の定数の各選挙区に対する配分につき、人口 を示している。すなわち、住民の投票が選挙結果 に与える影響力の平等である投票価値の平等が憲 比例を最も重要かっ基本的な基準とし、各選挙人 の投票価値が平等であるべきことを強く要求して 法の要求であることは認め、人口に比例した定数 いるものと解される」。 配分を「最も重要かっ基本的な基準」と位置付け たものの、具体的な合憲性の審査については、「都 「具体的に決定された定数配分の下における選 挙人の投票の有する価値に較差が生じている場合 道府県議会の具体的に定めるところが、 ・・・裁量 権の合理的な行使として是認されるかどうかによ において、その較差が都道府県議会において地域 って決せられるべきもの」であると判示した。 間の均衡を図るため通常考慮し得る諸般の要素を 裁量権の合理的な行使と認められない場合とし しんしやくしてもなお一般的に合理性を有するも て示されているのは、 ( 1 ①投票価値の較差が「地 のとは考えられない程度に達しており、これを正 域間の均衡を図るため通常考慮し得る諸般の要素 当化すべき特段の理由が示されないとき、あるい をしんしやくしてもなお一般的に合理性を有する は、その較差は上記の程度に達していないが、上 とは考えられない程度に達しており」、②「これを 記の制定時若しくは改正時において同項ただし書 正当化すべき特段の理由が示されていないとき」、 にいう特別の事情があるとの評価が合理性を欠い あるいは、 ( 26 おおむね人口を基準とし、地域間 ており、又はその後の選挙時において上記の特別 の均衡を考慮して定めることができる特別の事情 の事情があるとの評価の合理性を基礎付ける事情 が失われたときは、当該定数配分は、裁量権の合 があるとの評価が合理性を欠いているか、または、 ⑤そのような「特別の事情があるとの評価の合理 理的な行使とはいえないものというべきである」。 性を基礎付ける事情が失われたとき」の 2 つの類 「本件選挙当時における人口比定数による選挙 型である。本判決は、上記いずれの要件にも当て 区間の人口の最大較差、すなわち、公職選挙法 15 はまらないと判断し、上告を棄却している。本判 条 8 項本文に従って定数を配分した場合の選挙区 決も、公職選挙法 15 条の規定が憲法の要請を踏ま 間の人口の最大較差は、 1 対 2.60 となるはすのと えて、「各選挙人の投票価値が平等であるべきこ ころ、本件定数配分規定の下では、選挙区間の人 とを強く要求している」と述べていることからす ロの最大較差が上記のとおり 1 対 2.51 と人口比定 れば、市町村という行政区画を前提とすることな 数による選挙区間の人口の最大較差を下回ってい く、人口比例を優先した定数配分こそが模索され る。」「本件選挙の施行前に本件定数配分規定を改 法学セミナー るべきであるように思われる。 ( たけだ・よしき ) 正しなかったことが同議会の合理的裁量の限界を 2017 / 03 / n0746 解説 裁判所の判断 山梨学院大学准教授武田芳樹

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044 《判決要旨》最高裁判所第一小法廷 2016 ・ 6 ・ 16 判決 と言わざるをえない。 において、本件一審判決には重大な問題が存在する 理がなされる必要があることは当然であり、その点 え、上記科学主義に基づく調査を踏まえた綿密な審 を蔑ろにするものである。裁判員裁判であるとはい く、少年法において重視されるべき科学主義の要請 れば、それを量刑上考慮しないと言っているに等し て調査がなされたとしても、被害結果等が重大であ これでは、いくら少年の生育環境や経歴等につい ない」と判断している。 照らせば、この点を量刑上考慮することは相当では ても、本件犯行態様の残虐さや被害結果の重大性に 「弁護人が主張するとおりの事情が認められるとし 暴力を受けるなどしたという生い立ちについても、 い」とし、さらに、 A の不安定な家庭環境や母から てまで A の矯正可能性を認める根拠にはなりがた のに過ぎず、当裁判所が認定した上記事実を排斥し 正可能性を認めた根拠は、 A の年齢など抽象的なも 性はあるとの指摘があるが、判決においては、「矯 題があること等について言及がなされた上で、可塑 合所見」部分には、生育環境に由来する資質上の問 本件において取調べられた鑑別結果通知書の「総 されている ( 同 50 条 ) 。 9 条の趣旨に従ってなされなければならないと規定 であって、少年に対する刑事事件についても、上記 れており、科学主義による調査が要請されているの て、これを行うように努めなければならない」とさ 専門的知識特に少年鑑別所の鑑別の結果を活用し について、医学、心理学、教育学、社会学その他の 年、保護者又は関係人の行状、経歴、素質、環境等 犯行時 18 歳 7 か月の少年であり前科がないとはいえ、 さらに、殺害行為等の態様は、冷酷かっ残忍である。 く、もとより被害者らに責められるべき点はない。 被告人の身勝手極まりない動機に酌むべき余地はな と言わざるを得ない。 本件はその罪質、結果ともに誠に重大な事案である 用すべきものとは認められない。 い。所論に鑑み記録を調査しても、刑訴法 41 1 条を適 の主張であって、刑訴法 405 条の上告理由に当たらな 上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当 上記の動機、態様等を総合すると、本件は被告人の深 い犯罪性に根ざした犯行というほかない。 D や遺族の 処罰感情がしゅん烈であるのも当然である。 被告人が一定の反省の念及び被害者や遺族に対する 謝罪の意思を表明していることなど、被告人のために 酌むべき事情を十分に考慮しても、被告人の刑事責任 は極めて重大であって、原判決が維持した第 1 審判決 の死刑の科刑は、当裁判所もこれを是認せざるを得な よって、本件上告を棄却する。 なお、付言すれば、検察官が取調べを請求した少年 調査票の結論部分である「調査官の意見」欄において も、 A による犯行態様の冷酷さや動機の身勝手さが 指摘されている一方で、少年の成育上の問題点につ いては「被害者 2 名の生命を奪った重大な結果を考 えたとき、酌むべき事情には当たらない」と記載され るなど、科学主義に基づく十分な調査が行われたの か疑念を抱かざるを得ない内容が記載されていた。 この点については、原則逆送の規定が導入された 平成 13 年以降、とりわけ調査官意見書 ( もしくは調 査官の立ち位置 ) の役割に質的変化がもたらされ、 その科学性が揺らいでいるという指摘がなされてい るが、上記調査官の意見も、そのような質的な変化 の影響が見て取れるものであった。 その意味で、この十数年間、科学主義に基づく調 査・鑑別結果としての社会記録の意義や価値が、内 容面においても薄れている状況にあることは指摘し ておきたい。 上記裁判員裁判の判決後、 A は、その判決を受け 入れると言った。それは、自身の死が、遺族の望み になるのであればそれもやむを得ないと考えていた こと、そして、目の前で、 B や C らが、実際のやり とりとは異なる事実を次々と証言していたことへの 失望感による諦めといった気持ちからであったが、 A の家族や先輩、弁護人らにおいて、 A の周りには A を大切に思う存在が多くいること、生きて償うこ との重要性等について説明を重ね、そのような周囲 の人間による必死の説得の末、 A はようやく控訴す ることとなった。 なお、上記 A の裁判員裁判の翌月に実施された C

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122 らうことにより、その供述の信用性を判断してもら うため」として、本件自白を録音録画した記録媒体 被告人 X は、共犯者らと共謀の上、自動車を窃取 の取調べを請求した。しかし、原審は、①本件自白 し、これを阻止しようとして同車にしがみついた所 の内容は被告人の公判供述から明らかになっている 有者をポンネット上から転落・死亡させた ( 強盜殺 こと、②検察官立証の柱は共犯者証言であり、自白 人 ) として起訴された。 X は起訴後の 3 月 1 8 日、自 の信用性が大きなポイントではないこと、③取調べ ら申し出て検察官の取調べを受け、同車を運転して 時の供述態度から信用性を判断するのは容易でない いたことを認めたが、公判では否認に転じ、自白は虚 ことから、証拠調べの必要性を否定して、取調べ請 偽である旨を主張した ( なお、任意性は争っていな 求を却下した ( その上で窃盜の限度で有罪とした ) 。 い ) 。検察官は、被告人質問終了後、刑訴法 322 条 1 そこで検察官は、原審の判断には証拠の採否に関す 項に基づき「 3 月 18 日に被告人が供述した内容その る裁量を逸脱した法令違反等があるとして控訴した。 ものを実質証拠として、かっ、その供述態度をみても [ 東京高判平 28 ・ 8 ・ 10 判タ 1429 号 132 頁 ] 事実の概要 取調べの録音録画記録媒体と証拠調べの必要性 最新判例演習室ーー刑事訴訟法 受けて ) 故意に虚偽の自白をしたと主張している 事案であり、しかも、被告人が本件現場にいたこ 取調べの録音録画記録媒体を実質証拠として取 とに争いはないことから、 ( 本件車両の運転手で り調べることの必要性。 なくとも ) 犯行状況を具体的に説明できる可能性 が否定できない事案であった。かかる事案におい 「検察官が、証明予定事実記載書及び冒頭陳述 て、取調べ時の被告人の供述態度だけを見て、自 で、争点である被告人の犯人性を共犯者及び関係 白の信用性判断を行うことは容易ではなく、本件 者の供述により立証すると主張している本件事案 記録媒体を取り調べる必要性は低かったといえ において・・・・・・検察官から実質証拠として請求され る。また、 ( 検察官の訴訟活動から窺える ) 本件 た被告人の自白を内容とする本件記録媒体につい 自白の証拠構造上の位置付けに鑑みても、本件自 て、これを原裁判所が採用すべき法令上の義務は 白が被告人の犯人性立証にとって重要であったと 認められず、その自白の概要が被告人質問により はいえず、この点からも、本件記録媒体を取り調 明らかになっていること、争点については共犯者 べる必要性は乏しかったといえよう。他方で、取 等の供述の信用性が決め手であること、本件記録 調べ中の供述態度を見ることが、裁判体に強い印 媒体で再生される被告人の供述態度を見て供述の 象を残し、信用性判断に不適切な影響を及ばす可 信用性を判断するのが容易とはいえないことを指 能性は否定しえないであろう。本判決が本件記録 摘して、取調べの必要性がないとして請求を却下 媒体の取調べの必要性 ( 相当性 ) を否定したのは、 した本件証拠決定には合理性があり、取調べ状況 このような本件記録媒体が有する証拠価値とその の録音録画記録媒体を実質証拠として用いること 弊害の程度とを考慮した結果と解される。 には慎重な検討が必要であることに照らしても、 以上のように、本判決は、本件の具体的事情を 本件証拠決定が、証拠の採否における裁判所の合 前提とした事例判断であり、必ずしも録音録画記 理的な裁量を逸脱したものとは認められ ( ない ) 」 録媒体の実質証拠としての利用それ自体を否定す として、訴訟手続の法令違反の主張を排斥した ( も るものではない。もっとも、同時に本判決は、「記 っとも、事実誤認の主張を容れて、原判決を破棄 録媒体を実質証拠として一般的に用いた場合・・ し、差し戻した ) 。 公判審理手続が、捜査機関の管理下において行わ れた長時間にわたる被疑者の取調べを、記録媒体 取調べの録音録画記録媒体が、任意性立証のた の再生により視聴し、その適否を審査する手続」 めの証拠 ( 補助証拠 ) としてではなく、犯罪事実 と化し、「直接主義の原則から大きく逸脱」する を立証するための証拠 ( 実質証拠 ) として利用さ として、実質証拠化に慎重な態度を示している。 れる事例 ( 長野地松本支判平成 25 ・ 3 ・ 4 判時 このような本判決の趣意を踏まえた上で、証拠調 2226 号 113 頁、広島高判例平成 28 ・ 9 ・ 13LEX/ べの必要性判断を厳格に行おうとすれば、少なく DB 文献番号 25543809 等 ) が散見される中、本判 とも、本件のように自白の内容が公判に顕出され 決は証拠調べの必要性を否定することで、本件記 ており、任意性自体に争いがない場合には、通常、 録媒体の実質証拠としての取調べ請求を却下した 記録媒体を取り調べる必要性が否定されることに 事例である。 法学セミナー ( いしだ・とものぶ ) なろう。 本件は、被告人が ( 共犯者の手紙による指示を 2017 / 03 / no. 746 争点 裁判所の判断 愛知学院大学准教授石田倫識 解説

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032 童生徒との信頼関係の維持にも悪影響を及ばすおそ 6 ー今後のたたかい れがあり、長くなればなるほど影響も大きくなるこ 2012 年 1 ・ 16 最高裁判決から 2015 年 5 月 28 日東京 とを考えると、本件各処分を受けたことにより、控 高裁須藤判決 = 2016 年 5 月 31 日最高裁判決に至る日 訴人らは精神的な苦痛を受けているものというべき の丸・君が代訴訟は、まだまだ終わりません。私た である。 ちが担当する原告らについても、 2008 年 3 月処分 ( 両 しかも、控訴人らは、本件各処分による停職期間 原告とも停職 6 ヶ月 ) の取消訴訟及び 2009 年 3 月処 経過後に復職しても、児童生徒との間で当然に信頼 分 ( 同上 ) の取消訴訟が東京地裁に係属中です。ほ 関係が回復されるわけではなく、控訴人らにおいて かにも多くの集団訴訟が係属しています。前記のと 児童生徒との信頼関係を再構築して、再び円滑に人 くびき おり、東京高裁須藤判決が、 1 ・ 16 最高裁判決の軛 格的な接触を図ることができるようになるまでには、 の下で苦心のあとを見せたとはいえ、正面から憲法 やはり精神的苦痛をうけ、相応の努力を要するもの 19 条違反とは決して言わないし、教育の自由につい と考えられることなどの事情を総合的に考慮するな ても沈黙のままです。 らば、本件各処分によって控訴人らが被った上記の 最後の 2009 年 3 月処分の取消訴訟が最高裁に行く ような精神的苦痛は、本件各処分が取り消されたこ まであと最低でも 3 年はかかります。その間、私た とによって図られる財産的な損害の回復によって当 ちは原告らと力を合わせ、知恵を振り絞って 1 ・ 16 然に慰謝されて回復することになるものではないと 最高裁判決の軛を打ち破るべく全力でたたかい抜く いうべきである。 2016 年 5 月 31 日最高裁判決は、東京都の上告を棄 つもりです。 ( かやの・かずき ) 却し、この須藤判決が確定しました。意義があるの は、実質的にはこの須藤判決なのです。 憲法判例からみる日本 山本龍彦・清水唯一朗・出口雄一【編著】 法 X 政治 X 歴史 X 文化 山本龍彦ー情水唯一朗 / 出口雄一 - 憲法判例を「読む」ことは、戦後日本のあゆみを「読む」こと。 害法判例 歴史を画した憲法判例を、憲法学者と政治学・歴史学等の 専門家が共に読み直すことで、日本社会の姿がみえてくる。 からみる 判決文に小見出し・側注をつけ、理解が進む判旨も収録。 日本 山田哲史・日比嘉高 / 白水隆・宇野文重 / 徳永貴志・砂原庸介 執水谷瑛嗣郎・清水唯一朗 / 堀ロ悟郎・奥中康人 法 X 政治 x 歴史 x 文化 筆石塚壮太郎・藤本頼生 / 岩切大地・中澤俊輔 / 山本真敬・小石川裕介 者 【朗報】憲法判例が想像以上 中島宏・荒井英治郎 / 武田芳樹・山下慎ー / 山本龍彦・出口雄一 におもしろい件につし、て 吾 . 吉田真吾 植松健一・小堀眞裕 / 奥村公輔・中島信 政治・第史・文化 0 視点とけあわせると、 ・本体 2500 円十税 / A5 判 ・ ISBN 978 ー 4 ー 535 ー 5221 1 ー 4 ー FAX: 03-3987-8590 ( イ ) 日本言平言侖ネ土 〒 170-8474 東京都豊島区南大塚 3-12-4 TEL : 03-3987-8621 こ注文は日本評論社サーヒスセンターへ TEL : 049-274-1780 FAX. 049-274-1788 https://wvvw.nippyo.co ・ jp/