行為 - みる会図書館


検索対象: 法学セミナー 2017年1月号
103件見つかりました。

1. 法学セミナー 2017年1月号

105 応用刑法ーー総論 1 引き回すなどの乱暴を始めた ( 急迫不正の侵害 ) 。 限るという特約っきであるか否かは当時の各人の意思内容 を明らかにしないと特定できない。ただ、共謀とは、特定 甲、乙、丙、丁は、これを制止するため、意思 の「犯罪」を共同して遂行することの合意をいうので、合 を通じて V の顔面や身体に対し殴る蹴るの暴行 意の内容が正当防衛という適法行為として行う有形力の行 を加えた ( 第 1 暴行 ) 。しかし、 V は、 A の髪 使であってもそれ自体犯罪は成立しないから、そもそも「共 謀」は成立していないのではないかという点が疑問となる。 を放そうとせず、その髪をつかんだまま、道路 そこで、学説の中には、第 1 暴行の時点では共謀は成立 向かい側にある駐車場入口付近まで A を引っ張 していないとする見解も有力である。しかし、「共謀」の って行ったので、甲ら 4 名は、 V を追いかけ暴 成否は、共同正犯の構成要件該当性の問題であるから、そ の時点では違法性阻却まで考慮する必要はない。また、共 行を加えたため、 V は A の髪から手を放したも 同正犯において「共謀」がその成立要件とされるのは、関 のの、近くにいた甲ら 4 名に向かって、「馬鹿 与者相互に心理的影響を与えて結果の惹起を促進する点に 野郎」などと悪態をつき、なおも応戦する気勢 あることから、共謀の内容が適法行為か違法行為かは重要 ではない ( 橋爪隆「共謀の限界について一一共謀の射程・ を示しながら、後ずさりするようにして駐車場 共謀関係の解消」刑法雑誌 53 巻 2 号〔 2014 年〕 301 頁 ) 。 の奥の方に移動し、甲ら 4 名もほば一団となっ て V を本件駐車場奥に追い詰める格好で追って 行った。そして、その間、駐車場中央付近で、 仮に、行為者の意思内容が「正当防衛の範囲で反 乙と丙が応戦の態度を崩さない V に手拳で殴り 撃する」という内容であると認定された場合には、 かかったいずれも丁がこれを制止したし 共謀の段階で実行分担者の行動を制約するような特 かし、その直後、乙が V の顔面を手拳で殴打し、 約がついている例外的な場合として、共謀の射程の そのため V は転倒してコンクリート床に頭部を 範囲外と評価される。 打ちつけ、頭蓋骨骨折等の傷害を負うに至った また、暴行が正当防衛の限度に限るという特約の ( 第 2 暴行 )0 甲の罪責を論じなさい。 存在までは認定できないという場合には、原則に戻 り、共謀の内容と実行の内容を比較することになる。 【間題 6 】において、第 1 暴行は急迫不正の侵害 この場合、①日時、②場所、③被害者、⑤保護法益 に対する反撃として正当防衛が成立するが、 V が A の点では相違はないが、④行為態様の点では急迫不 の髪を手放した後の第 2 暴行は急迫不正の侵害が終 正の侵害の状況下で暴行を加えることと急迫不正の 了しているので過剰防衛も成立しない。ところで、 侵害が終了後暴行を加えることとの間には重要な相 第 1 暴行についても第 2 暴行についても甲ら 4 人の 違が認められ、⑥故意、⑦動機の点でも、急迫不正 共謀が成立しているのであれば、この 2 つの暴行は の侵害に対して反撃を行うという認識・動機と急迫 甲ら 4 人の共同実行と評価できるので、 2 つの共同 不正の侵害終了後に追撃を加えるという認識・動機 暴行を一連の行為とみて過剰防衛の規定の適用を考 の間には大きな違いがある。したがって、乙は共謀 えることはできる。しかし、第 2 暴行について「新 に基づき形成した犯行動機を継続した状況下で実行 たな共謀」を認めるような事実は存在していない。 行為を行ったとはいえないので、因果性を否定する そこで、乙の第 2 暴行を甲に帰責できるのは、そ ほどの重大な齟齬があるといえる。つまり、共謀の れが第 1 暴行の共謀の射程の範囲内といえる場合で 射程の範囲外と評価されるので、甲には V 傷害の結 ある。 果については帰責されない。 この点、第 1 暴行の時点で、甲ら 4 人の間には侵 甲は、第 1 暴行については暴行罪の共同正犯に該 害行為をしてきた V に対して共同して暴行を加える 当するものの正当防衛として違法性が阻却されるの ことの合意は形成されているが、それが「正当防衛 で不可罰である。 という範囲」という限定つきなのか、それともそこ 本問と類似の事案について、判例も、「被告人に までの限定はなかったのかは必ずしも明らかではな 関しては、反撃行為については正当防衛が成立し、 追撃行為については新たに暴行の共謀が成立したと * 正当防衛行為の共謀 は認められないのであるから、反撃行為と追撃行為 甲ら 4 人の共謀は、急迫不正の侵害に対して共同して反 とを一連一体のものとして総合評価する余地はな 撃行為をするという内容である。そこに正当防衛の範囲に く、被告人に関して、これらを一連一体のものと認 し、

2. 法学セミナー 2017年1月号

099 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 応用刑法ーー総論 CLASS [ 第 18 講 ] 共謀の射程と共同正犯の錯誤 明治大学教授 大塚裕史 責任の法理 ) 。 これに対し、共謀関与者の中の誰かが ( 1 人であ ◆学習のポイント◆ るいは分担して ) この合意 ( 約束 ) とは無関係に実 1 共同正犯が成立するためには、なぜ「共謀 に基づく実行」という要件が必要であるの 行行為を行ったとしても、その結果については、そ の実行行為を行った者だけに帰責され、共謀関与者 かを共同正犯の処罰根拠との関係で説明で 全員に共同正犯として帰責されるわけではない。 きるようにする。 このように、共謀の内容と実行の内容に同一性が 2 「共謀の射程」とは何かを知り、それが「共 認められるとき、「共謀に基づく」実行と評価でき 謀に基づく実行」という要件の中で問題と るので、他の共犯者の行為・結果の全体について共 なることを理解する。 同正犯が成立するのである。 3 共謀の射程の判断基準と具体的な判断方法 を理解し、具体的な事例を分析できるよう にする。 甲、乙および丙は、 V を殺害して覚せい剤を 4 共謀の射程と共同正犯の錯誤の関係を理解 奪ラ意思で、 ~ まず V に発砲して射殺し、その直 するとともに、抽象的事実の錯誤の第 1 類 後に v から覚せい剤を奪い取ることを共謀し 型の処理の仕方を復習しておくこと。 た。しかし、その後、実行行為を担当する乙と 丙は犯行手順の一部を変更し、まず乙が V から 1 共同正犯の成立要件としての「共謀に基づく実行」 覚せい剤を騙し取り、その後まもなく丙が V を 射殺した。なお、甲は、一 V の殺害と覚せい剤の 共同正犯が成立するためには、①共謀と②共謀に 奪取が行われればよく、どちらを先にするか、 基づく実行が必要である ( 16 講 93 頁 ) 。②の「共謀 覚せい剤を奪い取るか騙し取るかなどの手段は に基づく実行」という要件を充足するためには、共 どのようなものであってもかまわないと思い、 謀に基づいて実行行為が行われたことが必要であ 実行担当者の乙・丙に任せていた。 り、さらに、 ( 実行行為を分担しなかった者について 甲の罪責を論じなさい。 は実行行為に準ずるような ) 結果に対する重大な寄与 が必要である。 【間題 I 】において、乙および丙が実行したのは 共謀とは、各関与者が相互的意思連絡により「特 詐欺罪の共同正犯 ( 60 条・ 246 条 1 項 ) および 2 項強 定の犯罪を一緒にやろう」という合意を形成するこ 盗に基づく強盗殺人罪の共同正犯 ( 60 条・ 240 条後段 ) と ( = 約東すること ) である。そして、共謀関与者 である。これに対し、甲乙丙の当初の共謀の内容は、 の中の誰かが ( 1 人であるいは分担して ) この合意 ( 約 1 項強盗に基づく強盗殺人罪の共同正犯 ( 60 条・ 束 ) に基づいて実行行為を行った場合、その実行行 240 条後段 ) であり、共謀の内容と実行の内容に齟 為によって惹起された結果については、共謀関与者 齬があるようにみえる。 全員が共同正犯として帰責される ( 一部行為の全部 【間題 1 】

3. 法学セミナー 2017年1月号

119 事実の概要 全部を 1 億 5000 万円で購入する契約を締結した ( そ 原告 X は、被告 YI 会社 ( 代表取締役 Y2 ) と匿名組 の後、 A 会社が B 会社を吸収合併 ) 。上記、 YI による、 合契約を締結し、匿名組合員として、営業者 YI の営 A 会社への 1 億 8000 万円の投資には、 X の出資の一 業のために、 3 億円の出資をし、その損益全部を X 部が使用された。 X は、営業者 YI には、利益相反と に分配することを合意した。 Y2 は、 C 会社 ( Y2 の弟 なる場合に、匿名組合員 X にその事実・取引内容等 Y3 が代表者 ) を分割して、 B 会社を成立させ、これ を説明してその承認を得る義務 ( 営業者としての善 に C 会社の同事業を承継させるとともに分割の対価 管注意義務ないし忠実義務 ) が課されているところ、 たる B 会社株式は全部 Y2 及び Y3 が取得する一方、他 YI はこれに違反して、 X の出資金を、 Y らと X との 方で、 YI が 8000 万円、 Y3 が 1000 万円、 D 会社が 1000 利益が相反する取引 ( = B 株式の売買 ) に充て、そ 万円を出資の上 A 会社を設立、当該 A 会社が 1 億円 の株式価値が不当に高額に評価された関係上、 X に の新株引受権付社債を発行し、これを YI が引受けた 損害を与えた旨主張し、 YI ~ Y3 にそれを根拠とする 上で、当該 A 会社が Y2 及び Y3 から、先の B 会社株式 各種の損害賠償責任を追及した。 [ 最判平成 28 ・ 9 ・ 6 金判 1503 号 2 頁 ] に類する考え方を持ち出し、営業者 ( 業務執行者 ) 営業者の善管注意義務違反の判断基準。 がその地位を利用して匿名組合員の犠牲において 自己又は第三者の利益を図る場合のみ善管注意義 破棄差戻し「 A に本件売買契約を締結させるとい 務違反となり、そうでない限り匿名組合員の承諾 う一連の行為は、これにより YI 会社に生ずる損益 がなくても義務違反は構成しない、とした原判決 が本件匿名組合契約に基づき全部 X に分配される は破棄された。コンメンダ契約に由来する匿名組 ことに鑑みると、本件売買契約の買主である A の 合は、その資本家と企業家 ( 船長 ) の関係に典型 利益・不利益が YI を通じて X の利益・不利益とな のように、 " 本来は " 、匿名組合員と営業者とで損 ることから、本件売買契約の売主であり YI の関係 益関係が共通する仕組みの共同企業であり、匿名 者である Y2 及び Y3 と X との間に実質的な利益相反 組合員に損失を加えるような危険な行為は営業者 関係が生するものであるといえ・・・・・・本件株式に市 自らの損失にもかかわるがゆえに、営業者はその 場価格はない上、 X が本件売買契約の代金額の決 ような行為を積極的に行うはずがない、という発 定に関与する機会はないこと、 ・・・本件売買契約 想から出発する。商法に利益相反行為を調整する の代金額は 1 億 5000 万円であって、いすれも本件 規律が置かれていないのも、その本来の構造ゆえ 匿名組合契約に基づく出資額の 2 分の 1 以上に及 であろう。しかし、本件契約では、損益は、全部、 ぶものであることに照らすと、上記の一連の行為 匿名組合員に帰属することが合意され、単に営業 は X の利益を害する危険性の高いものというべき 者は管理報酬を得るのみで、その営業による損益 である。以上によれば、 YI 会社が上記一連の行為 にかかわらないという、商法が想定していない・変 を行うことは、 X の承諾を得ない限り、営業者の 更 " が加えられた。そのような匿名組合契約の実 善管注意義務に違反するものと解するのが相当」 質は、経済効果帰属の面についていえば、取次契 約に近づき、匿名組合員←委託者 ) と営業者 ( 寺 匿名組合 ( 商法 535 条以下 ) の営業者の業務執 問屋等取次 ) との利益相反は現実のものとなりう 行には、善管注意義務が課される ( 民法 671 条、 る ( なお、問屋契約における利益相反調整規定と 644 条の類推適用。西原寛ー・商行為法 181 頁 ) 。 して、商法 555 条が用意されている ) 。そのように、 本件最高裁は、ある行為を行うことについて、営 商法が想定していない変更があるときに、法律規 業者ないし関係者と匿名組合員との間に実質的な 定が「ない」ことに意味を持たせる解釈を施すこ 利益相反関係が生じており、かっ、問題となって とは不適切である。その実質をとらえながら、あ いる利益相反行為を行うとすれば匿名組合員の利 る種の法の缺欠を法創造で埋め合わせる本件最高 裁の判例法理 ( 利益を害する危険性の " 高いとき " 益を害する危険性が高いという事情があるにもか に承諾を要求する ) は、一方で、営業者の業務執 かわらず、営業者が、匿名組合員の承諾を得ない 行の機動性にも配慮する、妥当な判断であろう。 で当該利益相反行為を行った場合には、ただちに なお、 Y の関係者に投資すること自体について X 営業者の善管注意義務違反を構成し、営業者は匿 名組合員に対して、債務不履行に基づく損害賠償 の認識ないし合意があったとする原審認定との関 責任等を負う、という新たな判例法理 ( 規範 ) を 係でいえば、差戻審では、取引内容等の詳細を開 創造した。この点、米国会社法にいう忠実義務 示して、 X の承諾を得たかが審理されることにな (duty of loyaltyo 詳細は、田中亘・会社法 254 頁 ) ろう。 匿名組合契約当事者間の利益相反の局面における営業者の善管注意義務 最新判例演習室ーーー商法 裁判所の判断 中京大学教授土岐孝宏 法学セミナー ( どき・たかひろ ) 201 刀 03 / no. 746

4. 法学セミナー 2017年1月号

S N S 連続送信行為の規制対象への 追加などストーカー対策の充実強化 ストーカー規制法の改正 法学セミナー 2017 / 03 / n0746 ■法改正の経緯 第 3 に、何人も、ストーカー行為等をするおそれ 令等に有効期間を設け、 1 年ごとの更新制にする。 止命令等を発出できることとする。さらに、禁止命 事前の聴聞又は弁明の機会の付与を行わないで、禁 ととする。また、緊急の必要があると認めるときは、 警告を経ない場合でも、禁止命令等を発出できるこ 第 2 に、都道府県公安委員会は、加害者に対する きまとい等」に追加して、規制の対象とする。 為や、②住居等の付近をみだりにうろっく行為を「つ 送信、プログへのコメント送信等を連続して行う行 第 1 に、①電子メール以外の S N S のメッセージ ■改正の概要 6 月 14 日 ) から施行される。 公布の日から起算して 6 月を経過した日 ( 平成 29 年 から施行されており、「改正の概要」第 2 の部分は、 ら起算して 20 日を経過した日 ( 平成 29 年 1 月 3 日 ) は、「改正の概要」第 2 以外の部分は、公布の日か 律が制定された ( 平成 28 年法律第 102 号 ) 。この法律 一行為等の規制等に関する法律の一部を改正する法 員立法 ( 参議院内閣委員長提案 ) により、ストーカ に鑑み、ストーカー対策の充実強化を図るため、議 このような最近におけるストーカー行為等の実情 おり、依然として殺人等の重大事案も発生している。 は、平成 27 年で約 2 万 2 , 000 件と高水準で推移して が生じている。また、ストーカー事案の相談等件数 情勢の変化に伴い、規制の対象とならない行為類型 その後も、 SNS の普及など、技術の進歩や社会 る行為を規制対象に追加するなどの改正が行われた。 その後平成 25 年には、連続して電子メールを送信す 等に関する法律 ( ストーカー規制法 ) が制定された。 然に防ぐため、平成 12 年、ストーカー行為等の規制 こうした重大犯罪を未 それが大きいとされている。 為は、エスカレートして殺人等の重大犯罪に至るお 恋愛感情等充足目的で行われるつきまとい等の行 025 LAW FORUM [ ローワォーラ 立法の話題 がある者であることを知りながら、その者に対し、 その行為等の相手方の氏名、住所等の情報を提供し てはならないこととする。 第 4 に、被害者の保護、捜査、裁判等に職務上関 係のある者は、その職務を行うに当たり、被害者の 安全の確保及び秘密の保持に十分な配慮をしなけれ ばならないこととする。また、国及び地方公共団体 は、加害者を更生させるための方法、被害者の心身 の健康を回復させるための方法等に関する調査研究 の推進に努めなければならないこととする。 第 5 に、ストーカー行為をした者に対する刑事罰 について、懲役刑の上限を 1 年 ( 改正前は 6 月 ) に 罰金刑の上限を 100 万円 ( 改正前は 50 万円 ) に、そ れぞれ引き上げるとともに、告訴がなくても公訴を 提起できることとする ( 非親告罪化 ) 。また、禁止 命令等に違反してストーカー行為をした者等に対す る刑事罰について、懲役刑の上限を 2 年 ( 改正前は 1 年 ) に、罰金刑の上限を 200 万円 ( 改正前は 100 万 円 ) に、それぞれ引き上げる。 ー今後の課題等 ストーカー対策に万全を期するには、規制対象行 為の拡大や罰則の強化といった制度改正だけではな く、事案への対応に当たる警察など関係部局におけ る対応力の向上も重要である。「改正の概要」第 4 は、 そのことも意識した改正と理解できよう。 この点に関連し、法案の国会審議でも、警察にお いて加害者の危険性をどう見極めるのかが大きなポ イントであるとの指摘がなされた。これに対し政府 は、事案認知段階から警察の生活安全部門と刑事部 門の連携による一元的・組織的対応をとるとともに、 被害者から加害者の具体的言動を聞き出すこと等に よって危険性の適切な判断に努める旨、答弁した。 警察をはじめとする関係部局における改正法の適 正な運用その他ストーカー対策への積極的な取組に より、ストーカー事案の発生が着実に減少していく ことを期待したい。 ( K )

5. 法学セミナー 2017年1月号

- 特別企画 生前退位をどう考えるか [ 座談会 ] 憲法から天皇の生前退位を考える ( 下 ) 005 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 九州大学名誉教授 横田耕一 北海道大学准教授 西村裕一 白鷓大学教授 岡田順太 [ 司会 ] 國學院大學教授 植村勝慶 4 生前退位をどう考えるか 植村 ( 司会 ) 前半の議論 ( 前号 ( 上 ) ) で、「象徴と しての務めについての天皇陛下のおことば」の論理 でいうと、象徴としてふさわしい公務を遂行できな いので生前退位ということになるわけですが、憲法 学の立場からいうと、そこは論理的にはつながる話 ではないということを確認しました。ただ、そうで あっても、今回の生前退位の是非の議論とは別に、 まず一般論として生前退位を議論することができる と思います。 横田さんは、かって「即位の原因を示す規定は本 条 ( 皇室典範 4 条 ) 以外には存在しないから、いわ ゆる生前退位は現在認められない。しかし、生前退 位を否定する規定は憲法にはないから、皇室典範を 改正して生前退位制を設けることは可能である。む しろ、天皇個人の意思も一人の人間として尊重すべ きであること、主権者国民が天皇の政治責任 ( 内閣 の助言のあった国事行為を天皇が行わなかったり、天皇 が国政に関わる行為を自らの意思で行った場合などに政 治責任が問題となる ) や道義的責任を追及していけ る道を開くことが望ましいこと、天皇の不治の重患 があったり天皇が老齢になった場合には引退の道が あることが天皇個人にとっても望ましいこと、など から、生前退位を認める方が合理的であるように思 われる。」 ( 横田耕一「『皇室典範』私注」横田耕一・江 橋崇編『象徴天皇制の構造』〔日本評論社、 1990 年〕 121-122 頁 ) と書いていらっしゃいますが、生前退位 制度の一般的な可能性についてご発言いただけます でしようか。 [ 1 ] 一般論としての生前退位肯定説 を認めてもよい。認める場合にいろいろ制約を付け 前退位を否定する理由にはならないから、生前退位 公的行為を認めないなら、これらの反対理由は生 でしよう。 位と即位拒否は、必ずしも同様に考える必要はない いとも言えます。しかし、いったん即位した後の退 底すればそういうことにもなりますし、それでもい いう反対論があります。人権を大切にする立場を徹 めると、即位自体にも拒否を認めることに繋がると それから、人権を尊重して退位に天皇の意思を認 制することは、あまり考えられないですね。 が、そうでなければ自由意思に基づかない退位を強 もらって退位させるという積極的な意味があります 行うことを天皇が拒否する場合には、責任をとって 必要もないことになります。もっとも、国事行為を なければ、自由意思に基づかない退位の強制をする あるというのですが、天皇が国事行為しかやってい 次に、天皇の自由意思に基づかない退位の強制が るうわけはないから、それを考える必要はない。 あれば、現天皇にない政治的な権限を前の天皇が振 あげられますが、天皇が国事行為しかやらないので が政治的に弊害を生ずるおそれがあるということが 生前退位を否定する理由として、前の天皇の存在 きた理由のいくつかは理由になりません。 いうことであれば、これまでの生前退位を否定して のであれば、そして天皇は国事行為しかやらないと ない立場から論じていますが、公的行為を認めない 議論の内容が違ってきます。私は、公的行為を認め 題を議論するのと、認めないで議論するのとでは、 できます。つまり、公的行為を認めたうえでこの問 横田この問題は、前半で議論してきたことと絡ん

6. 法学セミナー 2017年1月号

103 応用刑法 I ー総論 の間に因果性を否定するほどの重大な齟齬は存在し 互利用補充関係が認められないので共同正犯は成立しない が、因果性が認められれば狭義の共犯が成立する余地があ ないので強盗は共謀の射程の範囲内ということにな るので、その点を別途検討しなければならない。しかし、 る。つまり、客観的には強盗の共同正犯が成立する 判例実務では共謀の射程が否定された場合は ( 狭義の共犯 ことになる。 を検討するまでもなく ) 直ちに不可罰とされている ( 橋爪・ 前掲「共謀の意義について ( 1 ) 」 130 頁 ) 。したがって、因果 しかし、甲には窃盗の故意しかないので、前述の 性の有無によって共謀の射程の有無を判断するのが判例実 ように、抽象的事実の錯誤を検討し、最終的には、 務の立場であるといえる。 罪名は窃盗罪の共同正犯となる。 [ 2 ] 考慮要素 《コラム》 問題は、共謀の内容と実行の内容との間に因果性 共謀の射程と共同正犯の錯誤との関係 を否定するほどの重大な齟齬が認められるか否かを 共謀の射程の範囲内と判断されると、実行担 どのように判断するのかである。 当者が行った行為・結果が共謀関与者全員に客 それは、共謀の内容と実行の内容を比較すること : 観的に帰責される。これは、単独正犯でいうと によって判断するのであるが、その際の考慮要素と 実行行為と結果との間の因果関係が肯定された して、①日時、②場所、③被害者、④行為態様、⑤ ことに匹敵する。これにより、客観的には共同 保護法益、⑥故意、⑦動機・目的が挙げられる。 のうち、①から⑤までが客観的要素、⑥と⑦が主観 正犯が成立する。 しかし、主観的にも共同正犯として帰責され 的要素で、これらの要素を総合的に考慮して因果性 るためには、客観的な共同正犯に対応する主観 を否定するほどの重大な齟齬があるかを判断するこ 的な故意が必要である。そして、共謀の射程が とになる。 問題となるときは、共謀の内容と実行の内容に そして、共同正犯における因果性の判断の中心は 齟齬が認められる場合であり、実行担当者が行 「心理的因果性」であるから ( 15 講 96 頁 ) 、共謀が実 った行為・結果を共謀関与者は認識していない。三 行担当者に与えた心理的影響に着目する必要があ そこで、共同正犯の錯誤の問題を検討して主観三 り、そのためには、実行担当者が共謀に基づき犯行 的帰責を確定することにより、最終的に「何罪 動機を形成しその動機を継続した状況下で実行行為 の共同正犯」が成立するかが確定するのである。 . を行ったといえるかの判断が決定的である。それを なお、共謀の射程の範囲内であるということ 判断するために上述の考慮要素に注目するのである。 は、共謀と実行担当者が行った行為・結果との 間の因果性が認められるということにすぎな [ 3 ] 原則パターンの判断方法 い。実行担当者が行った行為・結果について「共 共謀の射程の有無は、原則として、上述の考慮要 : 謀が存在した」ということになるわけではない 素の検討により、共謀の内容と実行の内容を比較し、 ことに注意してほしい。 両者の間に因果性を否定するほどの重大な齟齬があ るか否かによって判断する ( 原則的判断 ) 。 これに対し、共謀の射程の範囲外の結果は客観的 例えば、窃盗の共謀で強盗を実現した【間題 3 】 に帰責されす、その結果の惹起について共同正犯は では、①日時 ( ある日 ) 、②場所 ( v 宅 ) 、③被害者 ( v ) 、 成立しない。その代表的な裁判例として次のものが ⑤保護法益 ( 財物に対する所有権・占有 ) については、 共謀の内容と実行の内容は同一である。④行為態様 ある。 は、財物奪取の手段として暴行を用いるか否かの違 いはあるが、被害者の意思に反して占有を移転する 暴力団 P 組の組長である甲は配下の組員乙ら 行為である点では共通である。⑥故意もその限度で と対立する暴力団 Q 組の組長 V を拉致し監禁す 共通性がある。そして、何よりも、⑦金品奪取とい ることを共謀した。ある日、乙らは V を路上で う当初の犯行動機が継続しており、目的を達成する 待ち伏せして拉致を試みたが失敗した。甲は上 ために奪取の手段を変更したにすぎない。 部組織の幹部から当面は動かないように指示さ このように考えると、共謀の内容と実行の内容と 【間題 5 】

7. 法学セミナー 2017年1月号

062 るとしたことである。 機騒音被害は、特に睡眠妨害の程度は相当深刻であ ②次に、差止めの訴えにおける重要な訴訟要件 るなど、その生活の質を損なうものであり、軽視す である「重大な損害を生ずるおそれ」 ( 行訴法 37 条の ることができないと認定しながら、その救済よりも、 4 第 1 ・ 2 項 ) については、航空機の離着陸による 自衛隊機の真夜中の運航を優先させたのである。 反復継続的な被害は「事後的にその違法性を争う取 ( 3 ) 本件最高裁判決で、自衛隊機の運航の差止め 消訴訟等による救済になじまない性質のもの」だと して、いわば類型的にその要件の存在を肯定する判 について、行訴法上の差止めの訴えによる判断枠組 みというべきものが示された。今後は、この判断枠 断を示したことである。 ③しかし問題は違法性判断である。差止めの訴 組みに沿った主張立証が求められることになるが、 相当の困難も予想され、判断枠組みの見直しも含め えにおいては、行政の裁量行為の場合、裁量権の逸 て差止めの実現を追求していくべきことになろう。 脱又は濫用が認められる必要がある ( 同条 5 項 ) 。 そして最高裁は、防衛大臣の自衛隊機の運航に係る その過程で、民事訴訟によることの正当性・妥当性 権限の行使は、高度の政策的、専門技術的判断を要 も、引き続き検討されるべきである。 し「広範な裁量に委ねられている」とし、その裁量 そして、米軍機の飛行差止めについては何の進展 権の逸脱・濫用が認められるかは、「同権限の行使 もなく、日本の主権の下での対外関係における司法 が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認め の役割と責務が改めて問われなければならない。 られるか否かという観点から行うのが相当」だとし 第 4 次厚木基地訴訟を経て、下級審の 2 件の差止 た。これは、最初から裁量の広範な風呂敷を広げて め判決という貴重な手がかりは得たものの、航空機 しまい、違法性を認める場合を「著しく」限定して 騒音差止め問題は、今なお解決への道筋が見えない。 しまう論理にならないかと危惧される。 ( ふくだ・まもる、きたむら・さとみ ) そして実際、最高裁は、厚木基地周辺住民の航空 第扁メモ 司法修習生には模擬裁判を行う機会が何度かある。刑 ことができるから、非常に勉強になるし、記憶に残る ( 中 事裁判修習中に行う模擬裁判は修習の一大イベントで、 には 10 年後の同窓会でも語られる伝説を残す修習生もい 私の所属する部では、強盜致傷被告事件を題材に公判前 るようである。 ) 。今後、ロースクールや修習で模擬裁判 整理手続と公判手続を行っている。生の裁判員裁判を傍 を行う機会がある方には、自分が志望していない法曹の 役を担当することをおすすめしたい。実務では、法曹三 聴した後に行うから、修習生は本番を意識し、パワーポ イントや模型を用いるなど工夫を凝らして自由に取り組 者は自分が相手の立場ならどうするかをお互いに考えな がら活動しているから、模擬裁判でそれぞれの役割を体 んでいる。 実際の法廷では検察官や弁護人が格好良く尋問してい 験しておくことは貴重な経験になるからだ。 て、自分も同じように出来そうに思えても、いざやって 模擬裁判の醍醐味は知識の習得だけでなく、実践を通 みると非常に難しい。模擬裁判は真剣に取り組むあまり じた体験にあり、その後の実務の糧になることは間違い 熱くなってしまうことも多く、私も修習生の時に行った ない。何もしないで後悔するより、果敢に挑戦して何倍 にも成長した方がずっと良いので、是非積極的に挑戦し 模擬尋問でポロポロになった苦い思い出がある。先日、 修習生が行っていた模擬裁判では、検察官役と弁護人役 て頂きたいと思う。 が尋問の最中に頻繁に異議を応酬し合う異議合戦となっ てしまい、裁判官役がほとほと閉ロしていたこともあっ た。模擬裁判を通じて、尋問技術のほか、常に冷静さを 保つ重要性も学ぶことができるのだ。 模擬裁判は仲間と一緒に取り組み、後で講評を受ける 模擬裁判 (M)

8. 法学セミナー 2017年1月号

大学で法を学び ~ はたらくとは ? 平等であることの意味を理解してもらえていないと 感じる時です。藁をもすがる思いで相談窓口に訴え る市民と、何らのアクションも起こさない市民とを、 一律に扱うことが「平等」であるかのような対応が 往々にして起きる時です。同じものは同じに、違う ものは違って扱うことこそが平等である、というこ とが、理解されないのです。結果、「抑制的」であり、 「不親切」な案内に終始する場面に遭遇するにつけ、 法律が「活きて」いないなあと残念に思うことです。 [ 2 ] 成年後見人 成年後見人は、財産管理と身上監護をその柱とし て、認知症や精神疾患の人たちの手足となって働く 者です。月々の生活費を持参した際に、面会を通じ て本人の様子を知り、地域や施設のキーとなるケア マネージャーや相談員と共に連携し、本人の精神的・ 経済的・職業的自立を支援します。たとえば、介護 関係者が一堂に会しての会議へ参加したり、家族に 代わって受診に同行し主治医の説明を聞いたり、入 院や施設入所の際は契約を締結したり、また行政機 関への障がい・介護・医療・税金関係の手続きを行 ったり、住処を明渡したり、売却したり、確定申告 や生活保護の申請、障害年金の申請等を、本人を代 理し、または本人と共に行ったり、とその中身は多 岐に亘ります。 [ 3 ] 本人の意思 ? 私が、ソーシャルワーカーとして大切にしている ことの一つに、「具体的な提示・提案をし、具体的 な結論を導き出して、共有する。」ということがあ ります。そんな中でも、最も個別的であると思われ るのは、本人の望む死のあり方について、予め意向 を汲み、それを書き記し、いざという時に主治医に 告げ、医療・介護関係者と共に、最期を見送ること、 亡くなった際に葬儀を営み、本人が生前希望した埋 葬を行うことだと思います。先般の法律改正の際に も、成年後見人の、医療行為に対する同意権は、盛 り込まれませんでした。民法という財産法に位置す る制度の限界かも知れません。それでも、「じゃあ、 本人に聞けば良い。」と簡単に言えない現実がある のも事実です。たとえば、「家で死にたい。」と常々 言っていたおばあちゃんが、結石のために痛みが激 しく、生きていくに基本となる食事や排せっさえも 079 Extra Articles 侭ならなくなった時、「痛みを取ってもらうために 受診しよう。」と説明して納得を得、主治医から「こ れは手術が必要だから、入院しなさい。」と言われ「よ ろしくお願いします。」と言ったものの、入院当日 には受診した事実すら、すっかり忘れている場合。 たとえ納得して入院しても「手術は嫌だ。」と翻意 した場合。いつの時点の、本人のどの意思に基づい て、医療者は医療行為を実施できるのでしようか。 これらの場合、普段の本人の、生や死に対する意向 や姿勢を知る後見人が、補足して関係者の理解を求 めるために、それを伝える必要性が出てきます。反 対に、何十年と音信不通だったとしても、身内であ るという事実のみで、本人の意向に関わらず、胃瘻 をつける手術をしたり、延命措置をお願いしている 現実もあり、考えさせられます。 [ 4 ] 一歩先行く現実 後見人は、定められた法律の枠の範囲内で、それ でもぎりぎりの選択を迫られる本人の傍で、「自立」 というキーワードを真ん中に据えて、時として現実 を重視した行動を選ばざるを得ないことの多い仕事 です。今後ますます、病気や高齢をきっかけに、周 囲との関係性が希薄なまま、一人暮らしを続ける人 が増加するでしよう。一歩先を行く現実に、法が追 い付いていく過程を見る機会の多い仕事だとも思っ ています。 引終わりに一一法科大学院生に期待する 法律に関わりのない生活はあり得ないのに、それ とじっくり向き合い、理解し、社会生活の中で法律 を味方につけることができずに暮らす人が圧倒的に 多いのが、今の社会だと思います。そうであれば、 今の皆さんのロースクールでの法律漬けの毎日は、 必すや後から振り返ったとき、多くの人たちを後押 し、支援できる力を養うための、大切な瞬間につな がるものであるのだと確信します。ソーシャルワー カーは、すべての社会生活に関する問題課題を発見 し、 AII or Nothing ではない解決方法で、人間と人間 とをつないでいく非常にやり甲斐のある仕事です。 人生観を見直したり、大きな感銘を受けたり、忙し くも充実した日々を過ごしています。たくさんのロ ースクール出身者のソーシャルワーカーが誕生する ことを心待ちにしています。 ( くばはら・ひろこ )

9. 法学セミナー 2017年1月号

104 法学セミナー 2017 / 03 / n0746 れていたため乙らに指示を与えずにいたとこ いて刑責を負わない。 ろ、これにいらだちを覚えた乙らは「このまま 本問と類似の事案について、裁判所も、「乙以下 では自分たちのメンツが立たない」と考え、 ( 甲 の者の実行した行為態様は、 V の自宅に侵入し、有 抜きで ) V の殺害を共謀し、翌日、 V 方に侵入 無を云わせず V ・・・・・・を殺害するというものであっ して包丁で V を殺害した。甲の罪責を論じなさ て、最早、拉致の謀議に基づく実行行為中における 殺害という類型にはあてはまらないものである。客 い。 観的な行為態様のみならず、実行担当者の主観的な 【間題 5 】において、甲と乙の「当初の共謀」の 意識の面〔筆者注 : 当初の共謀に基づく拉致の実行と 内容は V に対する拉致・監禁であったのに対し、乙 いう意識はなかったこと〕をも併せ見れば、そのこ らの実行の内容は「新たな共謀」に基づく v に対す とは一層明瞭に看取することができる」と判示して、 る住居侵入・殺人である。これを順次共謀として「 1 甲には犯罪は成立しないと判示している ( 東京高判 個の共謀」と理解するためには、当初の共謀と新た 昭 60 ・ 9 ・ 30 判タ 620 号 214 頁 ) 。 な共謀を比較してその基本的部分に同一性が認めら れることが必要である ( 16 講 95 頁 ) 。しかし、本問 4 2 つの例外パターン の場合、拉致・監禁と殺人は罪質が全く異なる別個 の犯罪であるので同一性は否定され順次共謀を肯定 前述のように、共謀の射程の範囲内であるか否か することはできない。 は、共謀の内容と実行の内容を比較して当初の犯行 そうだとすると、甲の罪責は、 v の殺害が「当初 動機の継続性が認められるか否かを客観的・主観的 の共謀」の射程の範囲内といえるかによって決せら 要素を考慮して判断するのが原則であるが ( 原則バ れる ターン ) 、そのような判断を経ずして共謀の射程が 共謀の内容と実行の内容を比較すると、共通する 否定される例外的な場合がある ( 例外バターン ) 。 のは③被害者 ( v ) だけで、①日時 ( ある日か翌日か ) 、 ②場所 ( 路上か v 宅か ) 、④行為態様 ( 拉致・監禁か [ 1 ] 例外パターン① 殺害か ) 、⑤保護法益 ( 場所的移動の自由か生命か ) 、 その第 1 は、共謀の段階で実行分担者の行動を制 ⑥故意 ( 監禁の故意か殺人の故意か ) は異なる。そし 約するような特約がついている場合である ( 例外バ て、決定的なのは、⑦動機が、当初の共謀では組長 ターン① ) 。このような制約がついている場合は、 の指示に基づく組の利益を図ることであったのに対 共謀は特定の犯罪行為についてのみ成立しており、 し、殺害行為時には自分たちのメンツを立てること それ以外の行為については心理的な影響力は及んで である点で大きく異なっている。 いないといえるからである。 もちろん、乙らが当初の拉致・監禁の際に V の抵 例えば、【間題 3 】において、窃盗を共謀する際に 乃く、 抗にあい V を殺害した場合や乙らが再び v を拉致・ 「暴力的なことは絶対にしない」旨の合意ができて 監禁しようとした際に V の抵抗にあい V を殺害した いたにもかかわらず、乙がこの特約に違反して強盗 場合であれば、当初の犯行動機が継続しているとい を実行した場合は、それは乙独自の判断によるもの えるので共謀の射程の範囲内といえる。また、拉致・ で、もはや共謀の心理的影響は及んでいないので共 監禁行為には暴行を伴うので、拉致・監禁の手段と 謀の射程の範囲外と評価される。 しての暴行から V を傷害・死亡させた場合であって も当該結果は共謀の射程の範囲内であるといえよう。 【間題 6 】デニーズ歓送コンパ事件 甲は、乙、丙および丁とともに、近く海外留 しかし、本問の場合、このように、乙らが共謀に 基づき形成した犯行動機を継続した状況下で実行行 学する A 女に対する送別会を開いた後、歩道上 為を行ったとはいえないので、因果性を否定するほ で雑談をしていたところ、そこに酩酊していた どの重大な齟齬があるといえる。したがって、乙ら v が通りかかり、乙の車のアンテナに上着を引 が実行した V 宅に対する住居侵入および v に対する っかけたことから、 V と乙の問で口論となった。 殺人について共謀の射程は及ばす、甲はこの点につ V は乙の前にいた A の長い髪をつかみ、付近を LAW CLASS 0 1 三 1

10. 法学セミナー 2017年1月号

040 《判決要旨》最高裁判所第三小法廷 2016 ・ 3 ・ 1 判決 述の政策も前提を失って崩壊することになりかねま のでは、家族はその責任を嫌って介護を放棄し、前 殆ど無過失責任に近い厳格な賠償責任を負うという 者がかかわった事故でもって介護をしてきた家族が ような状況にある中で、たまたま不幸にも認知症患 テムの構築に舵を切っています。現実の社会がその とができる社会の実現を目指した地域包括ケアシス 人が住み慣れている地域でそのまま暮らし続けるこ あり、国は、既に認知症患者を施設ではなく、その ます。障害者を全て施設で介護することは不可能で またその介護をする家族となる社会を目前にしてい が進み、誰もが何らかの障害を持っ障害者となり、 症患者又はその予備軍と推計されています。高齢化 いう超高齢化社会に入り、そのまた 5 分の 1 が認知 日本の社会は既に総人口の 4 分の 1 が 65 才以上と が検証されなかったと思うのです。 グマに法律家は浸っていて、それで本当によいのか 済を目標とする不法行為の精神である、そうしたド であり、免責は容易には認めない。それが被害者救 れないなら、その家族の誰かが責任をとるのは当然 めていることに象徴的です。精神障害者が責任をと する損害賠償責任を認める方向での記述が主流を占 合でも、重畳的に親権者等に監督義務違反を理由と 法行為の教科書をみると、本人に責任能力がある場 き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合に が単なる事実上の監督を超えているなど監督義務を引 その者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様 況に照らし、第三者に対する加害行為の防止に向けて 責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状 3 法定の監督義務者に該当しない者であっても、 当たるとすることはできない。 う「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に する配偶者であっても、その者が民法 714 条 1 項にい の作為義務を課するものではなく、精神障害者と同居 う義務であり、第三者との関係で夫婦の一方に何らか 2 民法 752 条は、夫婦が相互に相手方に対して負 けでは法定の監督義務者に該当しない。 ことを求めるものではない。成年後見人であることだ 年被後見人の現実の介護を行うことや行動を監督する 1 成年後見人の身上配慮義務は、成年後見人に成 は、法定の監督義務者に準ずべき者として、同条 1 項 が類推適用される。 4 認知症により責任能力のない夫と同居していた 妻は介護をしていたものの、事故当時 85 歳で左右下肢 に麻ひ拘縮があり要介護 1 の認定を受け、介護も家族 の補助を受けていた等の判示の事情の下では監督義務 を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとは し、えなし、。 またその長男も介護に関する話合いに加わり、その 妻 B が障害者宅の近隣に住んで配偶者による介護を補 助していたものの、長男自身は、 20 年以上も同居して おらず、 1 箇月に 3 回程度週末に A 宅を訪ねていたに すぎないなど判示の事情の下では監督を引き受けてい たとみるべき特段の事情があったとはいえず、いずれ も精神障害者である A の法定の監督義務者に準ずべき 者に当たらない。 せん。その危機意識が社会一般に共有される中で最 高裁判所が ( 精神保健福祉法の保護者や ) 成年後見人 である、精神障害者と同居する配偶者や、長男であ る、というだけでは、その者が民法 714 条 1 項の「責 任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当た るということはできないと判示し、また同条が類推 適用される法定の監督義務者に準ずべき者について も、それに当たるかどうかは「事実上の監督を超え 監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情がある ことが必要である」と判示し、相当の絞りをかけた、 その意義は高齢者、認知症患者を支える家族や関係 者、成年後見に関わる職業専門家のみならず、行政、 社会一般に広く歓迎され、安心感を与える結果とな りました。 この判決の後は、民法 714 条 1 項の法定の監督義 務者として明らかなのは未成年者を監護教育する親 権者がこれに該当すると解されるものの ( 最高裁判 所は、前年の平成 27 年 4 月 9 日、今治サッカーポール 事件の判決で未成年者の親権者が民法 714 条 1 項の法定 の監督義務者に当たることを当然の前提としたうえ親 権者が監督義務を尽くしていたとして免責を認めてい ます。民集 69 巻 3 号 455 頁 ) 、それ以外に法定の監督 義務者として一般的に肯定される者は見当たりませ ん。もっとも最高裁判決は法定の監督義務者でなく