044 《判決要旨》最高裁判所第一小法廷 2016 ・ 6 ・ 16 判決 と言わざるをえない。 において、本件一審判決には重大な問題が存在する 理がなされる必要があることは当然であり、その点 え、上記科学主義に基づく調査を踏まえた綿密な審 を蔑ろにするものである。裁判員裁判であるとはい く、少年法において重視されるべき科学主義の要請 れば、それを量刑上考慮しないと言っているに等し て調査がなされたとしても、被害結果等が重大であ これでは、いくら少年の生育環境や経歴等につい ない」と判断している。 照らせば、この点を量刑上考慮することは相当では ても、本件犯行態様の残虐さや被害結果の重大性に 「弁護人が主張するとおりの事情が認められるとし 暴力を受けるなどしたという生い立ちについても、 い」とし、さらに、 A の不安定な家庭環境や母から てまで A の矯正可能性を認める根拠にはなりがた のに過ぎず、当裁判所が認定した上記事実を排斥し 正可能性を認めた根拠は、 A の年齢など抽象的なも 性はあるとの指摘があるが、判決においては、「矯 題があること等について言及がなされた上で、可塑 合所見」部分には、生育環境に由来する資質上の問 本件において取調べられた鑑別結果通知書の「総 されている ( 同 50 条 ) 。 9 条の趣旨に従ってなされなければならないと規定 であって、少年に対する刑事事件についても、上記 れており、科学主義による調査が要請されているの て、これを行うように努めなければならない」とさ 専門的知識特に少年鑑別所の鑑別の結果を活用し について、医学、心理学、教育学、社会学その他の 年、保護者又は関係人の行状、経歴、素質、環境等 犯行時 18 歳 7 か月の少年であり前科がないとはいえ、 さらに、殺害行為等の態様は、冷酷かっ残忍である。 く、もとより被害者らに責められるべき点はない。 被告人の身勝手極まりない動機に酌むべき余地はな と言わざるを得ない。 本件はその罪質、結果ともに誠に重大な事案である 用すべきものとは認められない。 い。所論に鑑み記録を調査しても、刑訴法 41 1 条を適 の主張であって、刑訴法 405 条の上告理由に当たらな 上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当 上記の動機、態様等を総合すると、本件は被告人の深 い犯罪性に根ざした犯行というほかない。 D や遺族の 処罰感情がしゅん烈であるのも当然である。 被告人が一定の反省の念及び被害者や遺族に対する 謝罪の意思を表明していることなど、被告人のために 酌むべき事情を十分に考慮しても、被告人の刑事責任 は極めて重大であって、原判決が維持した第 1 審判決 の死刑の科刑は、当裁判所もこれを是認せざるを得な よって、本件上告を棄却する。 なお、付言すれば、検察官が取調べを請求した少年 調査票の結論部分である「調査官の意見」欄において も、 A による犯行態様の冷酷さや動機の身勝手さが 指摘されている一方で、少年の成育上の問題点につ いては「被害者 2 名の生命を奪った重大な結果を考 えたとき、酌むべき事情には当たらない」と記載され るなど、科学主義に基づく十分な調査が行われたの か疑念を抱かざるを得ない内容が記載されていた。 この点については、原則逆送の規定が導入された 平成 13 年以降、とりわけ調査官意見書 ( もしくは調 査官の立ち位置 ) の役割に質的変化がもたらされ、 その科学性が揺らいでいるという指摘がなされてい るが、上記調査官の意見も、そのような質的な変化 の影響が見て取れるものであった。 その意味で、この十数年間、科学主義に基づく調 査・鑑別結果としての社会記録の意義や価値が、内 容面においても薄れている状況にあることは指摘し ておきたい。 上記裁判員裁判の判決後、 A は、その判決を受け 入れると言った。それは、自身の死が、遺族の望み になるのであればそれもやむを得ないと考えていた こと、そして、目の前で、 B や C らが、実際のやり とりとは異なる事実を次々と証言していたことへの 失望感による諦めといった気持ちからであったが、 A の家族や先輩、弁護人らにおいて、 A の周りには A を大切に思う存在が多くいること、生きて償うこ との重要性等について説明を重ね、そのような周囲 の人間による必死の説得の末、 A はようやく控訴す ることとなった。 なお、上記 A の裁判員裁判の翌月に実施された C
066 法学セミナー 2017 / 03 / no 、 746 さらに近づきがたいものであった。」と指摘している。 第 3 の問題点は、調査報告書が、「特別法廷」の 運用について合理性を欠く差別的な取扱いであった ことカ礙われるとして謝罪する一方で、「遅くとも 昭和 35 年以降については」との文言を付加し、昭 和 35 年より前の運用については責任を否定してい るかのように受け取られる表現を用いている点であ る。しかしながら、ハンセン病については、昭和 23 ( 1948 ) 年のスルフォン剤 ( プロミン ) 導入以降、治 癒する病気であるという知見カ昿がっており、かっ、 昭和 28 ( 1953 ) 年に制定された「らい予防法」です ら、「法令により国立療養所外に出頭を要する場合 であって、所長が、らい予防上重大な支障を来たす おそれがないと認めたとき」には外出が許されると 規定し、裁判所への出廷が必要な場合の外出を認め ていた。このようななかにあって、最高裁判所カ陣 にハンセン病であるというだけで「特別法廷」を認 めていたことに合理性を見いだすことはできないの であって、昭和 35 ( 1960 ) 年を基準とすべき理由は どこにも存しない。調査報告書が「遅くとも昭和 35 年以降については」との文言を付加しているのは、 熊本地裁違憲判決が昭和 35 年をもって隔離政策の 合理性を支える根拠を全く欠く状況となったと判示 していることに鑑み、「特別法廷」についても、ど のように遅くてもこの時点には差別の合理性を失っ たとする趣旨であり、これ以前の責任 ( 平等原則違反 ) を否定するものではないことに留意する必要がある。 6 菊池事件への影響 菊池事件は、ハンセン病患者とされた被告人が、 自分の病気を熊本県衛生課に通報した村役場職員を 逆恨みして殺害したという罪で、昭和 28 ( 1953 ) 年 8 月 29 日に死刑の判決を受け、同 37 ( 1962 ) 年 9 月 14 日に死刑執行されたという事件である。 この事件は、すべてのハンセン病と疑われる患者 を終生隔離し、死に絶えるのを待っというわが国の 「絶対隔離、絶滅政策」に基づき、ハンセン病の疑 いのある患者を社会から徹底して「あぶり出し」、 療養所に収容しようとする官民一体の患者排斥・収 容運動である「無らい県運動」のなかで起きたもの である。事件発生当時、ハンセン病は恐ろしい伝染 病であり、患者はすべて収容されるべきであるとの 風潮が社会全体に定着しており、患者が社会内で事 件を起こすことなど、国策としてのハンセン病隔離 政策に対する文字通りの反逆であると、国のみなら す、社会的にも認識されている状況であった。この ようなハンセン病患者に対する差別・迫害のなかで の捜査・裁判ということで、菊池事件については、 ①被害者の創傷の全てが凶器とされた短刀によって 形成されたといえるのかという創傷可能性の問題、 ②被害者の遺体発見現場には大量の血溜まりが存在 していたにもかかわらず、凶器とされた短刀には血 痕の付着が認められておらす、また、犯人とされた 被告人の着衣にも被害者の血液が付着していないこ との不自然性 ( 犯人性の問題 ) 、③被告人の自白につ いての任意性の問題、④有罪の重要な証拠とされた 関係者の証言についての信用性の問題等、実体上の 様々な問題点が指摘されている。 しかしながら、菊池事件についての最大の問題点 は、この事件の裁判が「特別法廷」で行われている という点である。菊池事件の公判手続は、第 1 回公 判から第 4 回公判までは、国立療養所菊池恵楓園内 の建物内の仮設法廷で、第 5 回公判以降及び第二審 の審理は、恵楓園に隣接して昭和 28 ( 1953 ) 年 3 月 に設置された菊池医療刑務支所の中に設けられた法 廷で行われている。これらの「特別法廷」内におい ては、裁判官、検察官、弁護人は、いずれも予防衣 と呼ばれる白衣を着用し、記録、証ま勿等は、手袋 をした上で、割箸あるいは火箸で扱われていたとい う。このような法廷内の審理の状況は刑事裁判手続 として異様である。さらにこの事件の審理におい下、 被告人は、殺人の公訴事実に対しては、一貫して否 認していた。ところが、第一審における国選弁護人 は、第 2 回公判期日での罪状認否において、「現段 階では特に申し上げることはない」と述べた上、罪 体に関する検察官提出証拠について、すべて同意し ている。現代の刑事弁護実務では到底考えられない ような「弁護」である。これらのハンセン病に対す る差別・偏見に由来する手続的問題点は、この事件 の前記実体上の問題点と決して無関係ではない。 被告人は、一貫して無罪を主張し、判決確定後も 3 度に及ぶ再審請求を行ったが、第 3 次再審請求が 棄却された翌日、その決定の確定前に死刑執行され た。被告人が死亡した以上、その後の再審請求は、 被告人の親族等によってなされることになる。とこ ろが、ハンセン病をめぐる差別・偏見は今なお根強
事実の概要 121 が警察に相談したため、その目的を遂げられなかっ 被告人が、他人の親族等になりすまし、その親族 た。被告人は警察官が模擬現金を届けに来たのを受 が現金を至急必要としているかのように装って現金 け取り、現金受取役として起訴された。 を騙しとろうと考え、氏名不詳者らと共謀の上、平 原判決は、被告人が荷物の受取を承諾した行為が 成 28 年 8 月 20 日、氏名不詳者が、複数回にわたり、 被害者の荷物発送までに氏名不詳者らがした行為に 甲県内の被害者方に電話をかけ、被害者に対し、電 何らかの影響を与えたとみることはできず、加えて、 舌の相手が被害者の息子であり、現金 300 万円を至 被害者が本件荷物を発送した時点で既に詐欺既遂の 急必要としているので、取引先のある乙県の、被告 現実的危険も消失していたから、被告人に詐欺未遂 人が便利業として掲げている屋号に宛てて現金を送 罪の共同正犯の責任を負わせることはできないとし 付してもらいたい旨嘘を言い、その旨誤信させて、 たため、検察側が控訴した。 被害者から現金の交付を受けようとしたが、被害者 [ 名古屋高判平 28 ・ 9 ・ 21 LEX / DB 文献番号 25544184 ] 結果発生が不可能となってから共犯関係に入った者の罪責 最新判例演習室ーー刑法 ニ = ロ が認められる。ところが、その後被害者が詐欺に 結果発生が後発的に不可能となった犯罪に、不 気づき、現金の取得は不可能となった。警察によ 可能となってから加わった者の、未遂罪の共同正 る騙された振り作戦の展開中に、後から入った被 犯の成否。 告人に詐欺未遂罪の共同正犯 ( 第 60 条 ) が成立す るかが問われた。 被害者が詐欺に気づき模擬現金入り荷物の配達 原判決は、この問題が犯罪の成否自体を問う不 依頼等した時点以降で詐欺未遂罪が成立するかに 能犯とは問題状況が異なるとするのに対し、本判 っき、不能犯が結果発生が不可能と思われる場合 決は、被告人の行為が詐欺未遂罪として処罰され に未遂犯として処罰すべきか否かを分ける機能を るのか、結果発生が不可能になっていたとして刑 有するものである。単独犯で結果発生が当初から 事処罰を免れるかが問題となっており、共犯者の 不可能な場合という典型的な不能犯の場合と、結 一人については犯罪の成否が問題となっている場 果発生が後発的に不可能となった場合の、不可能 面なので、不能犯の考え方を用いて判断している。 となった後に共犯関係に入った者の犯罪の成否 特段の事情が交付される現金が模擬現金であるこ は、結果に対する因果性といった問題を考慮して とから、客体の不能に関する従前の裁判例によれ も、基本的に同じ問題状況にある。本件の場合に ば、いわゆる具体的危険説による危険判断がなさ 不能犯の考え方を用いて判断するのは必要かっ妥 れており、本判決もこれに従うものである。 当である。 共同正犯が問われる以上、構成要件的結果発生 行為時の結果発生の可能性の判断に当たって あるいは犯罪実現の共同惹起を要する。未遂罪の は、一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認 処罰根拠である危険をいかにとらえるかーー行為 識してた事情を基礎とすべきであり、本件では、 の危険か結果としての危険か にもよるが、共 被害者が警察に相談して模擬現金入りの本件荷物 同正犯が一部実行全部責任を認める処罰拡張事由 を発送したという事実は、被告人及び氏名不詳者 であり、その処罰根拠に既遂犯では客観的事実で らは認識していなかったし、一般人が認識し得た ある発生結果との因果性が求められることから、 ともいえないから、この事実は、詐欺既遂の結果 未遂罪においても当該行為者の行為による結果発 発生の現実的危険性の有無の判断に当たっての基 生または犯罪実現の客観的危険の増大 ( あるいは 礎事情とすることはできない。被告人が氏名不詳 少なくとも維持 ) を要するのではなかろうか。本 者らとの間で共謀したとみられれば、被告人に詐 件では、受領行為を実行行為の一部ととらえても、 欺未遂罪が成立することとなる。しかし、その共 被告人の行為は欺く行為によって生じた危険をさ 謀を遂げた事実を認めるに足りる証拠はないと判 らに高めるものではない。欺く行為による錯誤を 示し、原審の無罪判決を支持した。 利用する、因果的連関を要する詐欺罪のゆえに承 継的共同正犯を認めるとしても、やはり既に生じ た危険に何らも付加することなくそのまま引き継 氏名不詳者らによる被害者に対する詐欺事犯で ある本件では、宅急便での現金送付という交付行 ぐことを認めるべきではないと思われる。 為に向けられた欺く行為がなされており、詐欺罪 ( 刑法第 246 条 1 項 ) の実行の着手 ( 第 43 条本文 ) 裁判所の判断 広島大学教授門田成人 ( かどた・しげと ) 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746
117 ての差止め訴訟について、自衛隊機の運航差止めの 等自 神奈川県の厚木基地周辺住民 X らは、同基地を離 訴えに限ってではあるが、毎日午後 10 時 ~ 午前 6 時 発着する自衛隊機及び米軍機の騒音による身体的・ に限り ( 防衛出動等防衛大臣がやむを得ないと認め 厚 査隊 精神的損害を理由に、主位的に抗告訴訟 ( 差止め訴 る場合を除く ) 運航差止めを認める判決を下した。 機 訟又は無名抗告訴訟 ) として自衛隊機の運航差止め これに対し、 X ・ Y 双方が上告した。 及び米軍機の基地使用差止めを求め、予備的に公法 なお、本件については、本件差止め等請求訴訟の 上の当事者訴訟として騒音規制を求める給付請求、 他に、過去・将来の損害の賠償請求訴訟も併せて提 これと同等の効果をもたらす被告・国 Y の義務の存 起されていた。東京高判平 27 ・ 7 ・ 30 判時 2277 号 84 裁 半処 在確認又は原告の騒音受忍義務の不存在確認を求め 頁は、過去の損害賠償請求に加えて平成 28 年末まで 夬分 る訴訟を提起した。一審 = 横浜地判平 26 ・ 5 ・ 21 判 の将来の損害賠償も認容していたが、最高裁は、同 時 2277 号 38 頁及び控訴審 = 東京高判平 27 ・ 7 ・ 30 判 日の別の判決 ( LEX / DB 文献番号 25448307 ) により 差 時 2277 号 13 頁は、無名抗告訴訟ないし抗告訴訟とし 将来の賠償請求認容部分を破棄した。 止 [ 最ー小判平 28 ・ 12 ・ 8 裁判所 HP315 / 086315 ー han 「 ei. pdf ] 求 ことがその裁量権の逸脱・濫用となると認められ を 自衛隊機の騒音被害防止を目的とする抗告訴訟た るときに当たるということはできない。 る差止め訴訟の成否。 本判決は、自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権 定 X らは「本件飛行場に離着陸する航空機の発す 限行使が行訴法 3 条 1 項の「行政庁の公権力の行 し る騒音により、睡眠妨害、聴取妨害及び精神的作 使」に該当し ( 参照、第 1 次厚木基地訴訟 = 最判 た 業の妨害や、不快感、健康被害への不安等を始め 平 5 ・ 2 ・ 25 民集 47 巻 2 号 643 頁 ) 、その性質上も とする精神的苦痛を反復継続的に受けており、そ 行訴法 37 条の 4 第 1 項の「一定の処分」に当たる 事 の程度は軽視し難い」。「また、上記騒音は、本件 とした本件高裁判決を踏襲し、さらに東京都教職 例 飛行場において内外の情勢等に応じて配備され運 員国旗国歌訴訟 = 最判平成 24 ・ 2 ・ 9 民集 66 巻 2 航される航空機の離着陸が行われる度に発生する 号 183 頁に依って、本件騒音被害が「処分がされ ものであり、上記被害もそれに応じてその都度発 る前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救 生し、これを反復継続的に受けることにより蓄積 済を受けることが困難なものである」ことも認め していくおそれのあるものであるから、このよう て同項の「重大な損害を生ずるおそれ」要件の充 な被害は、事後的にその違法性を争う取消訴訟等 足を認定し、抗告訴訟としての差止め訴訟を適法 による救済になじまない性質のものということが な訴えと認めた。 できる。」このような「損害は、処分がされた後 しかし、本案審査においては、防衛大臣の高度 に取消訴訟等を提起することなどにより容易に救 の政策的・専門技術的な広い裁量を前提として、 済を受けることができるものとはいえす」、行訴 自衛隊機の ( 訓練目的・夜間を含む ) 運航の「高 法 37 条の 4 第 1 項の「重大な損害を生ずるおそれ」 度の公共性、公益性」、運航の自主規制の実態 ( 夜 があると認められる。 間の離発着が最近の 2 年間で 138 回 ) 、総計 1 兆 次に、「本件飛行場において継続してきた自衛 440 億円を超える住宅防音工事などの周辺対策事 隊機の運航やそれによる騒音被害等に係る事実関 業の実施を認定して、行訴法 37 条の 4 第 5 項の裁 係を踏まえると・・・・・自衛隊機の運航には高度の公 量権の逸脱濫用を否定した。公の営造物の供用関 共性、公益性があるものと認められ、他方で、本 連瑕疵 ( 周辺住民の受忍限度を超えた被害 ) を肯 件飛行場における航空機騒音により X らに生する 定しつつ被害原因処分の差止めに係る違法性を否 被害は軽視することができないものの、周辺住民 定したこのような判示は、損害賠償請求を認容す に生する被害を軽減するため、自衛隊機の運航に べき違法性と差止請求を認容すべき違法性には差 係る自主規制や周辺対策事業の実施など相応の対 異があるとした国道 43 号線訴訟 = 最判平成 7 ・ 7 ・ 策措置が講じられているのであって、これらの事 7 民集 49 巻 7 号 2599 頁と軌を一にするものといえ 情を総合考慮すれば、本件飛行場において、将来 る。とはいえ、本判決自身が認める法益侵害の重 にわたり上記の自衛隊機の運航が行われること 大性、道路に比した軍事施設の公共性の程度、住 民の求める差止めの内容等を総合考慮した場合、 が、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと 原告らの被害が自衛隊機の運航目的に比して過大 認めることは困難である」。したがって、本件の 自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使は、 であるとした高裁判決の判断に分があるというべ 行訴法 37 条の 4 第 5 項の行政庁がその処分をする きであろう。 最新判例演習室ーー行政法 裁判所の判断 早稲田大学教授人見剛 法学セミナー ( ひとみ・たけし ) 2017 / 03 / no. 746
[ 特集 断したことにある。 最高裁判決 2016 ーー 弁護士が語る 061 と理解される。 囲を逸脱し又は濫用するものとして違法であると判 いうべきであるから、防衛大臣の運航統括権限の範 航は、その与える被害が行政目的と対比して過大と とした上、夜 10 時から翌朝 6 時までの自衛隊機の運 れ」等の訴訟要件の存在も認めて適法な訴訟である 「処分がされることにより重大な損害を生するおそ 衛隊機運航に事実行為としての行政処分性を認め、 ( 法定抗告訴訟 ) としてその要件該当性を判断し、自 裁判決とは異なり、行訴法 37 条の 4 の差止めの訴え 高裁判決の自衛隊機の差止めの判断の特徴は、地 の変化が見込まれることを理由とする。 に岩国基地に移駐する予定があり、騒音状況に相当 れているのは、厚木基地の米軍機の多くが 2017 年頃 た。なお、 ーこで差止めも将来の賠償も期限が付さ 差止めと同一期限まで将来請求を認めるものとなっ も地裁判決の賠償水準を維持しつつ、それに加えて、 示された。また高裁判決は、国家賠償請求について 判断として客観的妥当性を有するものであることが ら、横浜地裁の判断が特異なものではなく、司法の 断を維持した。高裁でも差止めが認められたことか のの、行政訴訟における自衛隊機の夜間差止めの判 判決は、 2016 年 12 月 31 日までと期間を限定したも 《判決要旨》最高裁判所第一小法廷 2016 ・ 12 ・ 8 判決 うのが相当であり、その検討に当たっては、自衛隊機 当性を欠くものと認められるか否かという観点から行 れるかは、同権限の行使が社会通念に照らし著しく妥 れている。同権限の行使が裁量の濫用・逸脱と認めら 技術的な判断を要し、防衛大臣の広範な裁量に委ねら 事情を総合考慮してなされるべき高度の政策的、専門 たらされる騒音による被害の性質及び程度等の諸般の 衛隊機の運航の目的及び必要性の程度、周辺住民にも 防衛大臣の自衛隊機の運航に係る権限の行使は、自 られる。 条の 4 第 1 項の「重大な損害を生ずるおそれ」が認め 性を争う取消訴訟等による救済になじまず、行訴法 37 軽視し難く、一審原告らの被害は、事後的にその違法 反復継続的に受ける睡眠妨害や精神的苦痛等の被害は 厚木基地に離発着する航空機の発する騒音により、 ( 自衛隊機運航の差止め ) 5 ー最高裁判決の不当性と今後の課題 ( 1 ) 先述のように、航空基地騒音訴訟の最大の課 題は、米軍機の飛行差止めの司法救済を拒否する最 高裁判例、及び自衛隊機の飛行差止めの民事訴訟に よる請求を不適法とする最高裁判例の打開にあっ た。ところが、今回の第 4 次厚木基地訴訟において 最高裁は、これらの基本的な論点について一顧だに することなく、まず、昨年 9 月 15 日付けの決定をも って、これらの論点に関する上告や上告受理申立て をことごとく棄却ないし排除した。 その上で、残された論点について 10 月 31 日に弁論 を開き、 12 月 8 日に判決を言い渡した。言い渡され た判決の要旨は別掲のとおりであるが、住民の被害 に対する洞察も悩みもない、いかにも性急で安直な 判決との感を拭えない。 ( 2 ) 本件最高裁判決の自衛隊機差止めに関する判 断の特徴と問題点として、次の点を指摘することが できよう。 ①ーっは、自衛隊機の運航の差止請求を、行訴 法 3 条 7 項、 37 条の 4 の差止めの訴えとして行いう を有しない。 とするところであり、本件もその請求権としての適格 の適格を有しないものであることは、当裁判所の判例 いては、将来の給付の訴えを提起できる請求権として 賠償請求権のうち事実審の結審日の翌日以降の分につ により周辺住民らが被る精神的・身体的被害等の損害 飛行場等において離着陸する航空機の発する騒音等 ( 将来の損害賠償請求 ) のと認めることは困難である。 れることが、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くも 総合考慮すれば、将来にわたり自衛隊機の運航が行わ 厚木基地における自衛隊機の運航についてこれらを 総合考慮すべきである。 度、当該被害を軽減するための措置の有無や内容等を 程度、騒音により周辺住民に生ずる被害の性質及び程 の運航の目的等に照らした公共性や公益性の有無及び
る 五ロ = = ロ 士 護 弁 6 0 2 決 判 高 最 集 ことに着目してダンス営業の概念を変更するなどし 判決が、無罪判決という判断、表現の自由に対す る制約の問題として捉えていることは評価できる が、法令違憲の宣告をなすべきであったという点は 第一審同様である。 (e) 上告審での活動と判決 第二審判決に対して検察官が上告した結果、最高 裁に係属した。金光氏および弁護団は、検察官上告 趣意に対する意見書の提出、これまでいただいてお きながら書証として認められなかった専門家証人の 意見書を全て提出するなどして、訴訟活動を展開し NOON 営業再開を喜ぶ金光正年氏 そして、上告審でも、無罪判決が維持された ( 上 NOON 訴訟における無罪獲得の要因は、金光氏と 告棄却 ) ( 最高裁平 28 ・ 6 ・ 7 ) 。判決内容は、検察官 弁護団の法廷内での刑事裁判としての徹底した闘い 上告趣意における上告理由を否定する簡潔な内容で に加え、このような法改正運動による世論の高まり あった。 の後押しを受けた側面もあった。各方面から一定の この最高裁判決により、ようやく金光氏が被告人 根拠をもってダンス営業規制が時代遅れであり改正 の地位から解放された。 の必要があるというメッセージが発信され、世の中 4 ツ ' 営業規制削除を含む風営法改正に。いて を行き交ったことは、我々の法廷での主張を事実上 裏付ける役割を果たしたといえる。 [ 1 ] 風営法改正の経緯と意味 また、 NOON 訴訟における無罪判決 ( 第一審判決 ) NOON 訴訟における無罪判決は、 Let's DANCE は、もはやダンス営業規制を改正しなければ行政の をはじめとするダンス営業規制改正運動と無関係で 現場に大きな混乱が生じるというインパクトを与 はない 8 ) え、ダンス営業規制削除の閣議決定、そして法改正 2012 ( 平成 24 ) 年 5 月に開始されたダンス営業規 へと大きくアシストできたと評価できよう。 制削除を求める署名活動によって 16 万余の署名が集 その意味で、 NOON 訴訟と法改正運動とは両輪で められ、国に提出された。ダンス営業規制に関する あり、いすれが欠けても共に実現できなかった。 一般向け著書の刊行 9 や、 NOON を題材にしたドキ ュメンタリー映画 ( 「 SAVE THE CLUB NOON 」 ) の [ 2 ] 改正法の問題点 制作・上映 10 ) がなされ、また各種業界団体が設立さ 改正法では、風俗営業としてのダンス営業規制は れた。多くのマスコミもこれを取り上げ、報道がな 削除された。 20 年近くの間、ペアダンス業界が規制 された。 削除を求め、近年にクラブ業界も運動に加わって実 このような動きの中で、 2013 ( 平成 25 ) 年 5 月 20 現できたものである。その改正の歴史的意味は大き 日ダンス文化推進議員連盟が発足し、同月には政府 の規制改革会議が開始されて、それぞれダンス営業 しかし、問題も残っている。改正法は、深夜営業 規制について検討がなされた。その後、 2014 ( 平成 を可能とすることと引き換えに、特定遊興飲食店営 26 ) 年 7 月より警察庁の有識者会議「風俗行政研究 業という許可制の規制を新たに設定した。ダンス営 会」が開催され、同年 9 月にはダンス営業規制撤廃 業は、この「遊興」に包摂されるという。そしてそ をも内容とする報告書が提出された。その結果、 の特定遊興飲食店営業規制の内容のほとんどは、ダ 2015 ( 平成 27 ) 年 6 月にダンス営業規制撤廃を内容 ンス営業規制が属していた風俗営業の規制条文を準 とする同改正が成立した。そして、 2016 ( 平成 28 ) 年 6 月より施行され、ダンス営業規制の文言はなく 用するものとなっている。その結果、いわゆるクラ プ営業に対する規制は、深夜営業以外、従前のダン なった
122 らうことにより、その供述の信用性を判断してもら うため」として、本件自白を録音録画した記録媒体 被告人 X は、共犯者らと共謀の上、自動車を窃取 の取調べを請求した。しかし、原審は、①本件自白 し、これを阻止しようとして同車にしがみついた所 の内容は被告人の公判供述から明らかになっている 有者をポンネット上から転落・死亡させた ( 強盜殺 こと、②検察官立証の柱は共犯者証言であり、自白 人 ) として起訴された。 X は起訴後の 3 月 1 8 日、自 の信用性が大きなポイントではないこと、③取調べ ら申し出て検察官の取調べを受け、同車を運転して 時の供述態度から信用性を判断するのは容易でない いたことを認めたが、公判では否認に転じ、自白は虚 ことから、証拠調べの必要性を否定して、取調べ請 偽である旨を主張した ( なお、任意性は争っていな 求を却下した ( その上で窃盜の限度で有罪とした ) 。 い ) 。検察官は、被告人質問終了後、刑訴法 322 条 1 そこで検察官は、原審の判断には証拠の採否に関す 項に基づき「 3 月 18 日に被告人が供述した内容その る裁量を逸脱した法令違反等があるとして控訴した。 ものを実質証拠として、かっ、その供述態度をみても [ 東京高判平 28 ・ 8 ・ 10 判タ 1429 号 132 頁 ] 事実の概要 取調べの録音録画記録媒体と証拠調べの必要性 最新判例演習室ーー刑事訴訟法 受けて ) 故意に虚偽の自白をしたと主張している 事案であり、しかも、被告人が本件現場にいたこ 取調べの録音録画記録媒体を実質証拠として取 とに争いはないことから、 ( 本件車両の運転手で り調べることの必要性。 なくとも ) 犯行状況を具体的に説明できる可能性 が否定できない事案であった。かかる事案におい 「検察官が、証明予定事実記載書及び冒頭陳述 て、取調べ時の被告人の供述態度だけを見て、自 で、争点である被告人の犯人性を共犯者及び関係 白の信用性判断を行うことは容易ではなく、本件 者の供述により立証すると主張している本件事案 記録媒体を取り調べる必要性は低かったといえ において・・・・・・検察官から実質証拠として請求され る。また、 ( 検察官の訴訟活動から窺える ) 本件 た被告人の自白を内容とする本件記録媒体につい 自白の証拠構造上の位置付けに鑑みても、本件自 て、これを原裁判所が採用すべき法令上の義務は 白が被告人の犯人性立証にとって重要であったと 認められず、その自白の概要が被告人質問により はいえず、この点からも、本件記録媒体を取り調 明らかになっていること、争点については共犯者 べる必要性は乏しかったといえよう。他方で、取 等の供述の信用性が決め手であること、本件記録 調べ中の供述態度を見ることが、裁判体に強い印 媒体で再生される被告人の供述態度を見て供述の 象を残し、信用性判断に不適切な影響を及ばす可 信用性を判断するのが容易とはいえないことを指 能性は否定しえないであろう。本判決が本件記録 摘して、取調べの必要性がないとして請求を却下 媒体の取調べの必要性 ( 相当性 ) を否定したのは、 した本件証拠決定には合理性があり、取調べ状況 このような本件記録媒体が有する証拠価値とその の録音録画記録媒体を実質証拠として用いること 弊害の程度とを考慮した結果と解される。 には慎重な検討が必要であることに照らしても、 以上のように、本判決は、本件の具体的事情を 本件証拠決定が、証拠の採否における裁判所の合 前提とした事例判断であり、必ずしも録音録画記 理的な裁量を逸脱したものとは認められ ( ない ) 」 録媒体の実質証拠としての利用それ自体を否定す として、訴訟手続の法令違反の主張を排斥した ( も るものではない。もっとも、同時に本判決は、「記 っとも、事実誤認の主張を容れて、原判決を破棄 録媒体を実質証拠として一般的に用いた場合・・ し、差し戻した ) 。 公判審理手続が、捜査機関の管理下において行わ れた長時間にわたる被疑者の取調べを、記録媒体 取調べの録音録画記録媒体が、任意性立証のた の再生により視聴し、その適否を審査する手続」 めの証拠 ( 補助証拠 ) としてではなく、犯罪事実 と化し、「直接主義の原則から大きく逸脱」する を立証するための証拠 ( 実質証拠 ) として利用さ として、実質証拠化に慎重な態度を示している。 れる事例 ( 長野地松本支判平成 25 ・ 3 ・ 4 判時 このような本判決の趣意を踏まえた上で、証拠調 2226 号 113 頁、広島高判例平成 28 ・ 9 ・ 13LEX/ べの必要性判断を厳格に行おうとすれば、少なく DB 文献番号 25543809 等 ) が散見される中、本判 とも、本件のように自白の内容が公判に顕出され 決は証拠調べの必要性を否定することで、本件記 ており、任意性自体に争いがない場合には、通常、 録媒体の実質証拠としての取調べ請求を却下した 記録媒体を取り調べる必要性が否定されることに 事例である。 法学セミナー ( いしだ・とものぶ ) なろう。 本件は、被告人が ( 共犯者の手紙による指示を 2017 / 03 / no. 746 争点 裁判所の判断 愛知学院大学准教授石田倫識 解説
028 特集引最高裁判決 2016 ーー弁護士が語る 日の丸・君が代訴訟 現状と今後の流れ 最高裁判所第三り琺廷 2016 ・ 5 ・ 31 決定 裁判所ウエプサイト / 懲戒処分取消等請求控訴事件 / 平成 27 年 ( 行ツ ) 第 358 号、平成 27 年 ( 行ヒ ) 第 391 号 弁護士 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 政訴訟を起こしました。原告 A 、 B の訴訟もそうし 事案の概要 た多くの訴訟の一環です。 原告 A は、本件処分当時東京都下の公立中学校の 2 ー原告らとの出会い 教師であり、原告 B は東京都下の養護学校 ( 現在は 特別支援学校と呼ばれます ) の教師でした。お二人は、 原告 A との出会いはずいぶん昔に遡ります。原告 2007 年 3 月に行われた卒業式において、壇上の日の A が東京都下の別の中学校に勤務していた 1999 年 丸に正対して君が代を斉唱するよう命じる職務命令 に、校長が日の丸の掲揚も含めて都教委の指示を無 に従わなかったため職務命令違反を理由として原告 批判的に教員に強制することを批判するプリントを 教材にして生徒に指示待ち人間にならないようにと A は停職 6 ヶ月、原告 B は停職 3 ヶ月の懲戒処分を 受けました。原告らは、懲戒処分の取消と損害賠償 メッセージを送ったことを理由として受けた文書訓 告の取消訴訟の依頼を受けたのが最初です。続けて を求めて東京都を被告として提訴し、 1 審東京地裁 は原告 A については請求を棄却、原告 B については 異動になった別の中学校で、同性愛者や従軍慰安婦 処分の取消は認容しましたが損害賠償請求は棄却し などをテーマにした授業をしたことで校長らから批 ました。 2 審東京高裁は 2015 年 5 月 28 日に、原告ら 判され授業内容や方法を検討する協議会に出席する よう職務命令を出されたがそれに従わなかったこと の敗訴部分を全て取り消し、原告 A についても処分 を取り消し、原告両名について損害賠償請求を認容 で減給処分を受け、その取消を求めて人事委員会に 申立、さらに処分取消を求める行政訴訟を受任しま する判決を出しました。これに対して、東京都が上 告及び上告受理申立を行ったところ、最高裁は 2016 した。 3 度目は、 2006 年 3 月の卒業式で起立斉唱を 年 5 月 31 日に、東京都の上告を棄却する決定を出し、 命ずる職務命令に従わなかったことを理由とする停 上記高裁判決が確定しました。 職 3 ヶ月の懲戒処分の取消訴訟です。 4 度目が、本 東京では、東京都教育委員会 ( 以下「都教委」と 件 2007 年 3 月の卒業式の処分、さらにその後 5 度目 いいます ) が、卒業式・入学式等での君が代斉唱時 が 2008 年 3 月の卒業式における処分の取消訴訟、 6 度目が 2009 年 3 月の卒業式における処分の取消訴訟 に起立せす斉唱しない教員をゼロにするというかけ です。こうして振り返ってみると、原告 A とはかれ 声の下、 2003 年 10 月 23 日に、全ての公立学校校長に これ 20 年近いつきあいということになります。 宛てて通達 ( 以下「 10 ・ 23 通達」といいます ) を出し、 原告 B とは、 2006 年 1 月に行われた養護学校 ( 当 日の丸は壇上中央に掲示しそれに正対して君が代を 時 ) の創立記念式典で起立斉唱を命じる職務命令に 斉唱するよう命じました。この 10 ・ 23 通達を受けて、 各学校の校長は職務命令を出すようになりました。 従わなかったことを理由としての停職 1 ヶ月の処分 しかし、決して少なくはない教員がこうした懲戒処 の取消訴訟から一緒にやることになり、本件処分、 分の脅しの下に日の丸・君が代を強制することに反 2008 年 3 月処分、 2009 年 3 月処分の各取消訴訟を引 対して職務命令に従わず、 2004 年以降毎年多くの教 き受けています。原告 B ともすでに 10 年を超えるつ 員が懲戒処分を受けました。彼らは、東京都を相手 きあいです。 取って集団であるいは個別に処分の取消を求める行
060 かくとして」、民事訴訟による差止請求は不適法だ というのである。 他方、米軍機の差止めについて第 1 次厚木基地最 判は、国は、米軍の本件飛行場の管理運営の権限を 制約し、その活動を制限することはできす、原告ら 住民が米軍機の差止めを請求するのは、国に対し、 「その支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求 するものであるから」、主張自体失当として棄却を 免れないと判示した。米軍機の差止めを国に対して 求めることは、そもそもできないというものである。 しかし、自衛隊機・米軍機の飛行活動による深刻 な被害は、厳として存在する。にもかかわらず、自 衛隊機の差止めについて民事訴訟は不適法であり 「行政訴訟としてどのような請求をすることができ るか」も不明、米軍機に至っては司法に差止めを求 める方法がないなどということが、法治国家として あってよいはずはない。 3 ー第 4 次訴訟の提訴と課題 ( 1 ) 第 4 次厚木基地騒音訴訟は 2007 年 12 月に横浜 地裁に提訴された。原告数 7000 人余りの大規模な訴 訟である。 この第 4 次訴訟では、初めて、航空機差止めにつ いて民事訴訟だけでなく行政訴訟も提起するとい う、かなり思い切った選択をした。上述のように 第 1 次厚木基地最判は、民事訴訟による自衛隊機の 差止請求は不適法であると判示したが、この判断に は多くの学説等から厳しい批判があり、実務的にも 行政訴訟として成り立つのか疑問で、先例も指針も なかった。しかし、弁護団の議論の結果、差止請求 の活路を見いだすため、一旦は最高裁の理屈に乗っ て行政訴訟をやろうではないかということになっ た。折しも、 2004 年に行政事件訴訟法 ( 以下「行訴法」 という ) が国民の権利の実効的な救済を旨として改 正され、これまで法定されていなかった差止めの訴 え ( 同法 3 条 7 項、 37 条の 4 ) 等が新設された、とい う事情もあった。そして最高裁判例も、「行政処分性」 を緩やかに解する傾向が明らかになってきていた。 こうして、行政訴訟という訴訟形式による航空機 の差止訴訟を、基本的には上記「差止めの訴え」の 類型として提起することとした。これまでの原則的 な民事訴訟という方法も維持しつつ、両方を同時に 提起し、最終的には民事訴訟は不適法という最高裁 判例の変更も視野に入れるという方法を選択したの であった。 ( 2 ) 一審の審理には約 7 年を要した。その間、弁 護団では、被害をいかに具体的に立証するかに訴訟 活動の重点を置いた。特に差止めが認められるため ことの善し悪しは別として損害賠償の場合よ には、 りも高度の被害、例えば身体的被害ないし健康被害 が生じていること、あるいはその危険性が大きいこ との立証が求められる。 その関係で大きかったのは、騒音被害の専門家の 協力を得て、欧米では近時研究が進んでいる睡眠妨 害に焦点を当て、膨大なデータ分析と報告書の作成 をお願いし、また、証人としても出廷していただい たことである。これによって、厚木基地周辺地域に おいて、 WHO の睡眠障害のガイドラインを超える 夜間の騒音状況にあること等が明らかにされた。 地裁判決が、原告らの騒音被害の全体としての重 大性を認定しつつ、とくに深夜の睡眠妨害は健康へ の悪影響が心配される程度に相当深刻な被害である と認定したことが、深夜の飛行差止めを認める実質 的な根拠になったとみられる。そしてこれは、高裁 判決でも同様であった。 4 ー横浜地裁と東京高裁の自衛隊機差止め判決 ( 1 ) 2014 年 ( 平成 26 年 ) 5 月 21 日、横浜地裁で判決 が言い渡された。史上初めての自衛隊機差止め命令 に、静かな法廷の中を衝撃が走った。 判決は、自衛隊機の差止めに関し、民事訴訟につ いては第 1 次厚木基地最判を踏襲して不適法とした が、行政訴訟については、自衛隊機の運航を「判例 によって認められた」「通常の行政処分とは性格、 内容を異にする特殊な行政処分」であるとし、無名 抗告訴訟 ( 法律上規定のない訴訟類型 ) として差止請 求ができるとした。そして、午後 10 時から午前 6 時 までの時間に限定したが、差止めを認めるに足る受 忍限度を超えた違法性があるとしたのである。 なお、国家賠償請求については、従来の賠償水準 を上回る損害額を認容した。 ( 2 ) 東京高裁判決は、 2015 年 ( 平成 27 年 ) 7 月 30 日 言渡しという、極めて迅速な判決となった。それは、 米軍機の差止め問題については従来どおりの判断を 踏襲し、自衛隊機の差止めについて高裁としての見 解を示そうという、相応の決断によるものであった
LAW 109 刑事訴訟法の 思考プロセス [ 第 12 回 ] 被疑者取調べに関する法的規律の 現状と問題点 龍谷大学教授 斎藤司 法学セミナ - 2017 / 03 / no. 746 CLASS ク フ ス 刑訴法改正について議論がなされた「法制審議会・ 第 12 回の目標 新時代の刑事司法制度特別部会」 ( 以下、特別部会 ) ①被疑者取調べの特徴を理解する。 の中間報告「時代に即した新たな刑事司法制度の基 ②被疑者取調べに関する法的規律とこれに基づ 本構想」〔 2013 年〕では、次のような指摘がなされ く適法性判断の思考プロセスを理解する。 ています ( ① ~ ④は引用者によるものです ) 2 ) ③被疑者取調べの改革について考える。 ①これまでの刑事司法制度において、捜査機 関は、被疑者及び事件関係者の取調べを通じて、 日本の刑事手続における被疑者取調べ 事案を綿密に解明することを目指し、詳細な供 被疑者取調べは、被疑者に対し供述を求め、その 述を収集してこれを供述調書に録取し、それが 内容を記録・保全する捜査活動です 1 。取調べに関 公判における有力な証拠として活用されてき する直接・間接の法的規律は、憲法 38 条、法 198 条、 た。すなわち、他に有力な証拠収集手段が限ら 319 条、そして 322 条などにより定められています ( 被 れている中で、取調べは、当該事件に関連する 疑者以外の第三者の取調べについては、法 223 条及び 事項についての知識を有すると捜査機関におい 321 条など ) 。この取調べの中で、被疑者や第三者が て判断した者本人の口から機動的かっ柔軟に供 行った供述は、調書や記録媒体 (DVD など ) に記録・ 述を得ることができる手法として、事案解明を 保全されます ( 法 198 条 3 項から 5 項、 301 条の 2 第 4 目指す捜査において中心的な機能を果たしてき 項〔 2019 年 6 月 2 日までに施行〕など ) 。これらの供 た。また、供述調書は、取調べの結果得られた 述は、 ( 当該供述に基づき、さらに証拠物を収集・保全 詳細な供述について、争いのない事件ではこれ する場合など ) その後の捜査の進行・展開に役立ち、 を効率的かっ時系列に沿って分かりやすく公判 検察官による公訴提起を行うか否かの判断において に顕出させて供述内容を立証する手段として機 も重要な判断材料とされ、さらに刑事裁判における 能するとともに、公判廷で供述人が捜査段階の 正拠としても活用されます。取調べは、捜査手続や 供述を翻した場合等においては、捜査段階にお 公判手続にとって重要な捜査活動といえます。特に ける供述内容を公判に顕出させる手段となり、 被疑者の供述は、刑事裁判で証明の対象とされる事 しばしば、公判廷での供述より信用すべきもの 実 ( 個別の刑罰法規により規定される「犯罪の成否に と認められてきた。 関する事実」と「刑罰の軽重に関する事実」、そして「当 ②しかし、取調べによる徹底的な事案の解明 該犯罪を行ったのは被告人か否かに関する事実」 ) を全 と綿密な証拠収集及び立証を追求する姿勢は、 て証明しうるため、重要な証拠とされています。 事案の真相究明と真犯人の適正な処罰を求める このように、被疑者取調べは、日本の刑事手続に 国民に支持され、その信頼を得るとともに、我 おいて大きな役割を果たしてきました。被疑者取調 が国の良好な治安を保つことに大きく貢献して べの録音・録画制度導入などを内容とする 2016 年の きたとも評されるが、戦後 60 余年にわたりこの 二二ロ