裁判員裁判 - みる会図書館


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1. 法学セミナー 2017年1月号

043 名全員から、 A が事実に向き合うような姿勢を示し たことについて、評価する趣旨の発言もなされたと ころである。 しかし、実際には、 A は、後述するとおり、 B の 姉や B の友人を刺した時点においては、明確な記憶 が無かったのである。その証左として、我々弁護人 との接見の際にも、当時の状況につき「頭が真っ白 だった」と供述していたし、上記少年審判において も、 A は、 B の友人を刺した時の記憶について「刺 す気はあったと思う」などと、若干曖味な言い回し をしていた。今振り返ってみれば、その点について 我々弁護人の気配りが十分でなかったことを申し訳 なく感じているが、実際の少年審判においては、 A に記憶が無かったことについては特段問題とされる こともなく審理が終了する。 その後、上記のとおり A は逆送され、その当時、 制度導入から 2 年目の裁判員裁判で裁かれることと なった。 3 裁判員裁判について 仙台地方裁判所で実施された裁判員裁判の審理期 間は同年 11 月 15 日から 5 日間、そしてその後 5 日空 けて、同月 25 日に判決が言い渡された。 裁判員裁判においては、主に、殺意の発生時期、 そして量刑 ( より具体的には、死刑が相当か否か ) が 争われた。殺意の発生時期等については、 A として は、事件当時、現場に向かう段階では脅す目的しか なかったと主張したものの、 C や B の姉の友人男性 らの証言から、本件犯行当時において、「 B を連れ 出すことを邪魔すれば殺害する」という殺意を有し ていた旨認定された。このときにも、 A は、反省の 言葉を口にしていたが「余り覚えていないが、後か ら考えてみると、逆恨みをして殺そうと思ったと思 う」などと、犯行時に記憶がなかったことを示唆す る供述をしていたものである。 ただし、この段階においても、弁護人としては、 A が自身の罪を認めたこと、そして反省を深めてい ること等を中心に主張し、 A の記憶がないことにつ いて強調することはせず、主に量刑の基礎となる事 実 ( 殺意の発生時期等 ) の誤認を中心に主張していた。 なお、裁判員裁判における量刑に関しては、永山 基準への言及がなされた上で判断された。永山基準 とは、いわゆる永山事件において最高裁が示した死 刑適用の基準である。 [ 特集引最高裁判決 2016 ーー弁護士が語る 同事件において最高裁は、「犯行の罪質、動機、 態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果 の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害 感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情 状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠 に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防 の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合 には、死刑の選択も許される」と判示し、上記の各 情状を慎重に検討した上で、「罪責が誠に重大であ って、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地から も極刑がやむをえないと認められる場合」にのみ死 刑が許されると判示しているものである。 裁判員裁判による判決においても、「最高裁判所 がいわゆる永山判決で示した死刑選択の基準に従っ て、犯行の罪質、動機、態様、結果の重大性、遺族 の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行 後の情状等諸般の情状を考察する」として、各情状 事実につき判示がなされた。 その結果、罪質については「自己のほしいものを 手に入れるために人の生命を奪うという強盗殺人に 類似した側面を有する」とし、態様は「執拗かっ冷 酷で、残忍」、計画は稚拙としながらも「計画性は 不利な情状」と指摘、被害結果は「重大かっ深刻」、 遺族の処罰感情は「峻烈」、犯行動機は「極めて身 勝手かつ自己中心的」、社会的影響は「大きい」、自 己に不利益な点は覚えていないと述べるなど不合理 な弁解をしていること等を指摘した上で、「更生可 能性は著しく低い」とし、 A が当時 18 歳 7 月の少年 であったことについては、「刑を決めるにあたって 相応の考慮を払うべき事情ではあるが、先に見た本 件犯行態様の残虐さや被害結果の重大性に鑑みると 死刑を回避すべき決定的な事情とまではいえす、総 合考慮する際の一事情にとどまり、ことさらに重視 することはできない。」とした。 その上で、 A に対して、死刑判決が言い渡された。 しかし、上記裁判員裁判において、十分な審理が なされたかといえば、決してそうではない。上記の とおり、裁判員裁判の審理期間は、たったの 5 日間 である。 さらに、公判前整理手続において、争点整理が実 施され、その中で、提出予定の証拠も絞られていった。 背景には、裁判員への分かりやすさ、負担の軽減 等が存在していたものと考えられるが、本来、少年 事件における調査は、少年法第 9 条がいうとおり「少

2. 法学セミナー 2017年1月号

062 るとしたことである。 機騒音被害は、特に睡眠妨害の程度は相当深刻であ ②次に、差止めの訴えにおける重要な訴訟要件 るなど、その生活の質を損なうものであり、軽視す である「重大な損害を生ずるおそれ」 ( 行訴法 37 条の ることができないと認定しながら、その救済よりも、 4 第 1 ・ 2 項 ) については、航空機の離着陸による 自衛隊機の真夜中の運航を優先させたのである。 反復継続的な被害は「事後的にその違法性を争う取 ( 3 ) 本件最高裁判決で、自衛隊機の運航の差止め 消訴訟等による救済になじまない性質のもの」だと して、いわば類型的にその要件の存在を肯定する判 について、行訴法上の差止めの訴えによる判断枠組 みというべきものが示された。今後は、この判断枠 断を示したことである。 ③しかし問題は違法性判断である。差止めの訴 組みに沿った主張立証が求められることになるが、 相当の困難も予想され、判断枠組みの見直しも含め えにおいては、行政の裁量行為の場合、裁量権の逸 て差止めの実現を追求していくべきことになろう。 脱又は濫用が認められる必要がある ( 同条 5 項 ) 。 そして最高裁は、防衛大臣の自衛隊機の運航に係る その過程で、民事訴訟によることの正当性・妥当性 権限の行使は、高度の政策的、専門技術的判断を要 も、引き続き検討されるべきである。 し「広範な裁量に委ねられている」とし、その裁量 そして、米軍機の飛行差止めについては何の進展 権の逸脱・濫用が認められるかは、「同権限の行使 もなく、日本の主権の下での対外関係における司法 が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認め の役割と責務が改めて問われなければならない。 られるか否かという観点から行うのが相当」だとし 第 4 次厚木基地訴訟を経て、下級審の 2 件の差止 た。これは、最初から裁量の広範な風呂敷を広げて め判決という貴重な手がかりは得たものの、航空機 しまい、違法性を認める場合を「著しく」限定して 騒音差止め問題は、今なお解決への道筋が見えない。 しまう論理にならないかと危惧される。 ( ふくだ・まもる、きたむら・さとみ ) そして実際、最高裁は、厚木基地周辺住民の航空 第扁メモ 司法修習生には模擬裁判を行う機会が何度かある。刑 ことができるから、非常に勉強になるし、記憶に残る ( 中 事裁判修習中に行う模擬裁判は修習の一大イベントで、 には 10 年後の同窓会でも語られる伝説を残す修習生もい 私の所属する部では、強盜致傷被告事件を題材に公判前 るようである。 ) 。今後、ロースクールや修習で模擬裁判 整理手続と公判手続を行っている。生の裁判員裁判を傍 を行う機会がある方には、自分が志望していない法曹の 役を担当することをおすすめしたい。実務では、法曹三 聴した後に行うから、修習生は本番を意識し、パワーポ イントや模型を用いるなど工夫を凝らして自由に取り組 者は自分が相手の立場ならどうするかをお互いに考えな がら活動しているから、模擬裁判でそれぞれの役割を体 んでいる。 実際の法廷では検察官や弁護人が格好良く尋問してい 験しておくことは貴重な経験になるからだ。 て、自分も同じように出来そうに思えても、いざやって 模擬裁判の醍醐味は知識の習得だけでなく、実践を通 みると非常に難しい。模擬裁判は真剣に取り組むあまり じた体験にあり、その後の実務の糧になることは間違い 熱くなってしまうことも多く、私も修習生の時に行った ない。何もしないで後悔するより、果敢に挑戦して何倍 にも成長した方がずっと良いので、是非積極的に挑戦し 模擬尋問でポロポロになった苦い思い出がある。先日、 修習生が行っていた模擬裁判では、検察官役と弁護人役 て頂きたいと思う。 が尋問の最中に頻繁に異議を応酬し合う異議合戦となっ てしまい、裁判官役がほとほと閉ロしていたこともあっ た。模擬裁判を通じて、尋問技術のほか、常に冷静さを 保つ重要性も学ぶことができるのだ。 模擬裁判は仲間と一緒に取り組み、後で講評を受ける 模擬裁判 (M)

3. 法学セミナー 2017年1月号

042 特集ー最高裁判決 2016 ーー弁護士が語る 石巻事件 ー少年事件における裁判員裁判と死刑判決 最高裁判所第一琺廷 2016 ・ 6 ・ 16 判決 裁判所ウエプサイト / 傷害、殺人、殺人未遂、未成年者略取、銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件 / 平成 26 ( あ ) 第 452 号 弁護士 伊藤佑紀 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 事件の概要 本件は、宮城県石巻市において、平成 22 ( 2010 ) 年 2 月 10 日、 A が、その内妻 B の姉、及び B の友人 女性をいずれも殺害し、さらには B の姉の友人男性 に重傷を負わせたという事件である。 A は、平成 20 ( 2008 ) 年より B と交際を開始した。 A は、幼いころに両親が離婚し、その後、母親の下 で養育されるが、母親から虐待を受けるなど、親の 愛情に飢えていた。 A にとって、 B は、幸せな家庭生 活の象徴であり、欠かすことのできない重要な存在 であった。平成 21 ( 2009 ) 年 10 月には、 2 人の間に 子供も誕生した。 しかし、平成 22 ( 2010 ) 年の正月、 B の浮気が発 覚し、 A は、信頼していた B に裏切られたと思って 傷つき、さらに、 B が浮気の回数等について嘘をつ いていたことに腹を立て、同年 2 月 5 日、 B に対し て暴力を振るった。 その翌日に、 B は、置き手紙を残して A のもとを 去るが、その手紙の中には、 A に対しての好意や、 「こんな女もう必要ないでしよう」といった記述が あり、 A は、自分にはまだ B が必要だと伝えたい、 と考え、 B への連絡を図る。 そして、同月 9 日、 A は、 B の不在時に B の自宅 を訪れるが、警察に通報されてしまい、一度は引き 返した。しかし翌 10 日の明け方、 B らが寝ていると ころに、 A が当時行動を共にしていた C とともに B の自宅に侵入した。 A は、 B の自宅において寝てい る B を見つけ、外に連れ出そうと試みたところ、 B の姉がそれに気づき、 B を連れて行くのをやめるよ う A に指示した。その後の押し問答の末、 A は、 B の姉、 B の友人、さらには B の姉の友人男性を包丁 で刺し、これによって B の姉と B の友人は死亡し、 B の姉の友人男性も重傷を負った。 上記事件によって A は同日逮捕され、平成 22 ( 2010 ) 年 4 月 21 日、少年審判により刑事処分相当 として逆送され、同年 4 月 30 日付で起訴、そして仙 台地方裁判所における裁判員裁判により、同年 11 月 25 日、死刑判決を受ける。 その後、平成 26 ( 2014 ) 年 1 月 31 日の仙台高等裁 判所における控訴審判決、及び平成 28 ( 2016 ) 年 6 月 16 日の最高裁判所における上告審判決において も、上記判断は維持され、同年 6 月 29 日、上記死刑 判決は確定した。 2 ー A との出会い、そぼ裁判員裁判、 私は、事件の 2 日後である平成 22 ( 2010 ) 年 2 月 12 日、初めて A と面会した。当時、既に A には 2 名 の弁護人が就任していたが、重大事件であること、 頻回の接見が必要であること等の事情から、私は 3 人目の弁護人として加わった。初めて A と面会した ときの A の印象は、言ってみれば、やんちゃな少年 という印象であった。しかし荒々しさ、ふてぶてし さといったところはなく、格好は派手だが、普通に 話ができる少年であった。 当初、 A は、事件についてというよりも、内妻で ある B や B との間に生まれた子どもの安否ばかりを 気にしており、具体的な殺害状況や、被害者に対す る謝罪等の言葉も出てきてはいなかった。接見を重 ねるにつれ、少しずつではあるが、自身が刺した時 の状況や、被害者への謝罪の気持ちについても語り 始めた。 そのため、このような供述の変化について、我々 弁護人としては、 A が少しすつ事実と向き合い反省 している、と理解していたし、少年審判においても、 A は、 B の姉や B の友人らの命を奪ってしまったこ とについて、反省の言葉を口にしており、そのよう な A の発言に対して、少年審判を担当した裁判官 3

4. 法学セミナー 2017年1月号

046 主張をした。 の分かりやすさや負担軽減といった観点から、公判 さらに、犯行態様に関しては、目撃者らの原審証 前整理手続において証拠が厳選され、期間も極めて 言が主たる証拠として、 A に不利な事実認定がなさ 短期間で死刑という判決が下された。 そして、公判中心主義という理念の下、公判にお れているところ、それら証言以前の取調べ段階にお ける供述を詳細に分析すると、全く異なる事実関係 ける証言の信用性が重視されたが、 A や C の供述が が見えてくることも改めて指摘した。 公判廷に顕出されるまでの間には、 ( 少なくとも A や 例えば、 B の姉に対する犯行について、控訴審判決 C の控訴審供述等によれば ) 「それでは被害者が納得 しない」などという取調官の誘導が介在していたし、 は、 A が B の姉の「右肩を掴んだ」とし、「刺した 状態のまま、包丁をザクザク動かした」と認定して 目撃者らの証言についても、捜査段階における供述 いるが、これらにつき証言した目撃者の供述は、検 からは変遷があり、また、度重なる証人テストの下 察官調書が作成された段階で、それまでの警察官調 に証言が顕出されるといった点も見逃されてはなら 書と内容が大きく変わっている。これは B の友人女 ない。 性に対する犯行についても同様であり、「四つん這 そして、上記のとおり少年事件において求められ いになりながら逃げようとする B の友人女性を、左 る科学主義に基づいた十分な審理がなされていない 手で右肩を掴みながら立ち上がらせた」「『お願い許 といった問題も存在した。 して』との命乞いを無視した」「胸部等を強いカで数 さらに、少年法の理解という観点でいえば、以下 回突き刺した」等の証言についても、検察官調書が のような問題も指摘できる。すなわち、本件裁判員 作成された段階で、それまでの警察官調書と内容が の一人は、判決当日のインタビューにて、「私個人 大きく変えられ、検察官の想定したストーリーに沿 は 14 歳だろうが、 15 歳だろうが、人の命を奪ったと うような、いわば残虐な内容に作り替えられている いう重い罪には、大人と同じ刑で判断すべきだと思 これらの点に 0 き、弁護団は、警察による取調 い、そう心がけた」と述べている ( 平成 22 [ 2010 ] 段階からの供述調書全体の開示を得て詳細な検討を 年 11 月 26 日朝日新聞 37 面 ) 。 し、犯行態様について事実誤認を指摘した。 しかし、成人と少年とでは、適用される法律も異 さらに、量刑判断について、上記事実誤認が仮に なるし、科学主義による調査・審理等、求められる 是正されないとしても、本件は死刑が選択されるべ 考慮要素も必然的に異なる。その点を考慮せずに判 きではないことにつき、過去の裁判例を多数紹介し、 決を下すことは、少年法の理念を無視し、上記少年 そしてその内容を丹念に分析した上で主張した。 法 50 条の趣旨を骨抜にするものであって、許されな しかるに、上告審は、これら弁護団の主張につい いというべきである。この点は、裁判所の裁判員に て、全く言及することなく、死刑判決を維持した。 対する説明が不十分若しくは不適切であったと考え 司法の最高機関である最高裁として、少なくとも、 ざるを得ない。 死刑という A の命を奪う刑罰を確定させる以上、 A 本件は、死刑という、 A の命を奪う極めて冷厳な、 に対して、なぜ死刑という判断を維持するのか、十 究極的な刑罰の適用が争われている事件である。 分な説明をする責務があったというべきであり、そ それが、上記のような事実誤認に加え、少年法の理 れがなされなかったことは残念でならない。 念が蔑ろにされた中で審理され、それを上訴審も是 正しなかったことは、決して許されるものではない。 6 ー少年事件における裁判員裁判と死刑判決 無論、本件において被害者や被害者遺族が、極刑 を望むことは当然のことであろうと考える。 上記のとおり、 A は、裁判員裁判で死刑判決を受 しかし、そのことと、上記のような手続的・内容 け、それが上告審まで維持されることとなった。 的な問題を抱えたまま、一人の人間を死刑に処して ますもって、自身の弁護活動について反省すべき 良いかという問題は全く別問題である。 こと、批判されるべきことは勿論であるが、裁判員 我々弁護団としては、今後も引き続き、全力で、 裁判において審理されるというその審理の在り方に おいても本件を通じて、様々な問題があることが浮 上記のような誤った判断が是正される途を求めて取 き彫りになった。 り組みを続けていきたいと考えている。 何よりもまず、裁判員裁判においては、裁判員へ ( いとう・ゆうき )

5. 法学セミナー 2017年1月号

066 法学セミナー 2017 / 03 / no 、 746 さらに近づきがたいものであった。」と指摘している。 第 3 の問題点は、調査報告書が、「特別法廷」の 運用について合理性を欠く差別的な取扱いであった ことカ礙われるとして謝罪する一方で、「遅くとも 昭和 35 年以降については」との文言を付加し、昭 和 35 年より前の運用については責任を否定してい るかのように受け取られる表現を用いている点であ る。しかしながら、ハンセン病については、昭和 23 ( 1948 ) 年のスルフォン剤 ( プロミン ) 導入以降、治 癒する病気であるという知見カ昿がっており、かっ、 昭和 28 ( 1953 ) 年に制定された「らい予防法」です ら、「法令により国立療養所外に出頭を要する場合 であって、所長が、らい予防上重大な支障を来たす おそれがないと認めたとき」には外出が許されると 規定し、裁判所への出廷が必要な場合の外出を認め ていた。このようななかにあって、最高裁判所カ陣 にハンセン病であるというだけで「特別法廷」を認 めていたことに合理性を見いだすことはできないの であって、昭和 35 ( 1960 ) 年を基準とすべき理由は どこにも存しない。調査報告書が「遅くとも昭和 35 年以降については」との文言を付加しているのは、 熊本地裁違憲判決が昭和 35 年をもって隔離政策の 合理性を支える根拠を全く欠く状況となったと判示 していることに鑑み、「特別法廷」についても、ど のように遅くてもこの時点には差別の合理性を失っ たとする趣旨であり、これ以前の責任 ( 平等原則違反 ) を否定するものではないことに留意する必要がある。 6 菊池事件への影響 菊池事件は、ハンセン病患者とされた被告人が、 自分の病気を熊本県衛生課に通報した村役場職員を 逆恨みして殺害したという罪で、昭和 28 ( 1953 ) 年 8 月 29 日に死刑の判決を受け、同 37 ( 1962 ) 年 9 月 14 日に死刑執行されたという事件である。 この事件は、すべてのハンセン病と疑われる患者 を終生隔離し、死に絶えるのを待っというわが国の 「絶対隔離、絶滅政策」に基づき、ハンセン病の疑 いのある患者を社会から徹底して「あぶり出し」、 療養所に収容しようとする官民一体の患者排斥・収 容運動である「無らい県運動」のなかで起きたもの である。事件発生当時、ハンセン病は恐ろしい伝染 病であり、患者はすべて収容されるべきであるとの 風潮が社会全体に定着しており、患者が社会内で事 件を起こすことなど、国策としてのハンセン病隔離 政策に対する文字通りの反逆であると、国のみなら す、社会的にも認識されている状況であった。この ようなハンセン病患者に対する差別・迫害のなかで の捜査・裁判ということで、菊池事件については、 ①被害者の創傷の全てが凶器とされた短刀によって 形成されたといえるのかという創傷可能性の問題、 ②被害者の遺体発見現場には大量の血溜まりが存在 していたにもかかわらず、凶器とされた短刀には血 痕の付着が認められておらす、また、犯人とされた 被告人の着衣にも被害者の血液が付着していないこ との不自然性 ( 犯人性の問題 ) 、③被告人の自白につ いての任意性の問題、④有罪の重要な証拠とされた 関係者の証言についての信用性の問題等、実体上の 様々な問題点が指摘されている。 しかしながら、菊池事件についての最大の問題点 は、この事件の裁判が「特別法廷」で行われている という点である。菊池事件の公判手続は、第 1 回公 判から第 4 回公判までは、国立療養所菊池恵楓園内 の建物内の仮設法廷で、第 5 回公判以降及び第二審 の審理は、恵楓園に隣接して昭和 28 ( 1953 ) 年 3 月 に設置された菊池医療刑務支所の中に設けられた法 廷で行われている。これらの「特別法廷」内におい ては、裁判官、検察官、弁護人は、いずれも予防衣 と呼ばれる白衣を着用し、記録、証ま勿等は、手袋 をした上で、割箸あるいは火箸で扱われていたとい う。このような法廷内の審理の状況は刑事裁判手続 として異様である。さらにこの事件の審理におい下、 被告人は、殺人の公訴事実に対しては、一貫して否 認していた。ところが、第一審における国選弁護人 は、第 2 回公判期日での罪状認否において、「現段 階では特に申し上げることはない」と述べた上、罪 体に関する検察官提出証拠について、すべて同意し ている。現代の刑事弁護実務では到底考えられない ような「弁護」である。これらのハンセン病に対す る差別・偏見に由来する手続的問題点は、この事件 の前記実体上の問題点と決して無関係ではない。 被告人は、一貫して無罪を主張し、判決確定後も 3 度に及ぶ再審請求を行ったが、第 3 次再審請求が 棄却された翌日、その決定の確定前に死刑執行され た。被告人が死亡した以上、その後の再審請求は、 被告人の親族等によってなされることになる。とこ ろが、ハンセン病をめぐる差別・偏見は今なお根強

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[ hé ハンセン病「特別法廷」とは 最高裁の謝罪の意義と問題 063 法学セミナー 2017 / 03 / no. 746 弁護士・熊本大学法科大学院教授 馬場啓 「特別法廷」の間題点 裁判所法 69 条 1 項は「法廷は、裁判所又は支部 でこれを開く。」と規定している。そして、憲法 82 条 1 項では「裁判の対審及ひ判決は、公開法廷でこ れを行う。」とされ、また、憲法 37 条 1 項では「す べて刑事事イ牛においては、被告人は、公平な裁判所 の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。」とされ ている。 ところが、ハンセン病患者が当事者となった裁判 については、菊池恵楓園等のハンセン病療養所や菊 池医療刑務支所等の刑事収容施設など、裁判所以外 の場所において法廷が開かれていた。これは、「最 高裁判所は、必要と認めるときは、裁判所以外の場 所で下級裁判所に法廷を開かせることができる。」 という裁判所法 69 条 2 項の規定に基づき、最高裁 判所がこれらの場所を開廷場所 ( 「特別法廷」 ) とし て指定したことによってなされていたものである。 そこで、最高裁判所がハンセン病を理由にこのよ うな取扱いをしていたことが果たして妥当であった か、前記のような裁判の公開原則や憲法 14 条 1 項 の法の下の平等原則に違反しないか、これが「特別 法廷」の問題である。 2 最高裁判所の調査報告 平成 28 ( 2016 ) 年 4 月 25 日、最高裁判所は、「ハ ンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査報 告書」 ( 以下「調査報告書」という ) を公表した。 れは、「特別法廷」の問題について、最高裁判所事 務総局内に設置された「ハンセン病を理由とする開 廷場所指定に関する調査委員会」 ( 以下「調査委員会」 という ) が調査した結果をまとめたものである。な 1 お、調査委員会の調査の参考とするため、大学教授、 弁護士、マスコミ関係者等の 6 名を構成員とする有 識者委員会が設置され、 6 回にわたり開催されてい るが、有識者委員会の意見と調査委員会の意見が一 致しなかった部分については、「有識者委員会意見」 として、調査報告書に別紙として添付されている。 最高裁判所によればハンセン病を理由として裁判 所以外の場所において法廷を開かせた事件が昭和 23 ( 1948 ) 年から昭和 47 ( 1972 ) 年までの間に 95 件 あったということであるが、調査報告書が認めてい るとおり、スルフォン剤による治療実績の積み重ね、 新発見患者数の顕著な減少などの諸事情に照らせ ば、遅くとも昭和 35 年以降においては、ハンセン 病は確実に治癒する病気になっており、伝染のおそ れについても、他の疾病と区別して考えられなけれ ばならないような状況にはなかったのであるから、 最高裁判所としては、裁判所外における開廷の必要 性が認められる真にやむを得ない場合に該当するか 否かを慎重に検討すべきであった。しかるに、最高 裁判所は、基本的に当事者が現にハンセン病に罹患 していることカ認できさえすれば裁判所外での開 廷 ( 「特別法廷」 ) を認めており、調査報告書は、 のような運用について、合理性を欠く差別的な取り 扱いであったことが強く疑われ、裁判所外での開廷 が許されるのは真にやむを得ない場合に限られると 解される裁判法 69 条 2 項に違反するものであった と結論づけている。 他方、調査報告書は、憲法の定める公開原則の関 係については、裁判所カ示場及び開廷場所の正門 等において告示を行っていたこと、指定された開廷 場所において傍聴を許していたことカ雛認でき、 のような開廷場所の指定に当たっての運用は、憲法

7. 法学セミナー 2017年1月号

も知らないのに彼女の住む街にふらふら出かけたこ とがある。いまと違いスマホもない時代だから、そ れまでに収集した情報から見当をつけて待ち伏せ た。すると 2 時間後、向こうから彼女が歩いてくる ではないか。どうする、さあどうする・・・。あせりま くっている間に気づかず行き過ぎてしまった彼女の 後ろ姿を見て、ばくは自分がどうにかしていたこと にようやく気がついた。だって、ばくと彼女はデー トはおろか、会話すらほとんどかわしたことがなか ったのだ。 いまとなっては笑い話だが、他人に言わないだけ で、皆それぞれやらかしていると思う。 しかも、人は繰り返す。過去に失敗したパターン で再びつまづく。大人になればなったで既婚者に恋 をしたり、二股をかけたりかけられたり。結婚、浮 気、離婚、再婚・・・キリがない。だったら、恋愛感情 を軸として傍聴してみるのはどうか。量刑を決める ことだけが裁判の見どころではないはずだ。 ということで、恋愛感情が影響した事件を探す傍 聴生活が始まった。そうした事件はたびたび目にし ていたので、すぐに見つかるとタカをくくって。か、 そう甘いものではなかった。あたりまえだが、恋愛 事件というジャンルはないのである。ストーカー事 件は恋愛感情のこじれから発生しがちだが、一方的 な思い込みによる " 一人相撲 " にはつきあいきれず、 途中から積極的に見ることをやめてしまった。 N0b0dy's perfect イみ 00 。、、ゆ 0 もの ' さがら ' 扣 しかし、事件の陰に恋愛あり。遭遇の確率は悪く ない。 10 件傍聴すれば、ひとっかふたっ、それらし い事件がある。犯行と直接の関わりがない場合でも、 証人として出廷した妻が強い意志で夫をかばい、夫 婦の絆を見せつける場面に出会ったりもする。被告 021 人は犯罪を犯したダメな大人かもしれないけど、そ れだけですべてを否定されるべきではない。妻は夫 の良いところをたくさん知っているのだ。この人は 立ち直れる、夫婦関係も修復できると信じているの だ。その根拠を煎じ詰めたら、たぶん一つの言葉に 集約されると思う。 「この人のことが好きですから」 裁判では法を基準に判決が考えられるが、法律の みで杓子定規に裁くのではなく、反省の度合いとか 犯行までの経緯、示談の成立などが加味されて量刑 が決定される。それが情状酌量 ( 諸事情を考慮して 刑罰を軽くすること ) と言われるものだ。この人の ことが好きです、という妻の気持ちをぶつけられた 裁判官は、それを情状の要素として考えるだろう。 人は弱い。心は折れやすい。でも、支えてくれる 人がそばにいれば全然違う。前回、拘置所で恋が芽 生え、執行猶予付き判決後にカップルで法廷を去っ ていったドラマチックかっ心温まる覚醒剤使用裁判 をレポートしたが、恋人の存在が裁判官の心を動か したことは想像に難くない。 Nobody's perfect という慣用句がある。完全な人 はいない、誰にでも過ちはあるという意味だ。裁判 所で人間の嫌なところを見せつけられるたび、この 言葉を思い出す。 最後にタイトルについて。『恋の法廷式』は、事 件に潜む恋愛模様をじっくり観察したら、何か共通 項が発見できるのではないかと思ってつけたもの だ。たとえば、恋愛感情が強いほど憎しみや怒りに 変換されるエネルギーも強くなる、といったもので ある。しかし、実際には被告人ごとに恋愛感情は異 なり、 " 方程式 " を見出すどころじゃなかった。 人を好きになったり嫌いになったりする感情は超 個人的なもの。人の数だけ恋愛のスタイルがある。 だからこそ人はいくつになっても恋をし、決して飽 きることがない。 この世に恋愛感情ある限り、事件はまた起きる。 願わくば陰惨なものでなく、被害者が救済され、加 害者が罪を償った後で人生をやり直せるようなもの であって欲しい。 みんなが夢中になって " 恋ダンス " を踊る国の 2016 年暮れに、そんなことを考えた。 ( きたお・とろ ) * 次号から新連載が始まります。ご期待下さい !

8. 法学セミナー 2017年1月号

054 あろうと、脳外科であろうと、教われば少しはわか ると当てにして。 筆者は年度だけ新しい同種の事件 ( 平成 25 年度事 件 ) を同じ斎木裁判長の処に提起していたので、忌 避申立てをしたら、それは却下され、かえって、斎 木裁判長は京都地裁裁判長に出世して、小職の事件 を離れた。 3 第たまた法治国家のイロ , 、を知らない高裁判決 高松高裁平成 25 年 8 月 29 日判決 ( 金馬健二裁判長 ) も原告の控訴を棄却した。理由はほば地裁通りであ る。臨時従事員に払った離職せん別金は退職金とし て相当であるから、これを補助金として払うことに は地方自治法 232 条の 2 に定める公益性があるとも 付け加えた。 しかし、これまた地裁と同じ過ちをくり返してい る上に、給与条例主義に反する違法な支出を目的と する補助金に公益性はない。これに対する最高裁判 決が、平成 25 年 ( 行ヒ ) 第 533 号である。 4 は成 25 年度訴訟、遡及条例による給与支給合法化の試み 平成 25 年度事件の係争中、「この条例の施行の際 企業局長が定めた規程に基づき臨時従事員に支給さ れた給与はこの条例に基づいて支給されたものとみ なす」との新条例 ( 遡及給与支給条例 ) が制定された。 徳島地裁平成 26 年 1 月 31 日判決 ( 黒田豊裁判長 ) は、 新給与条例で臨時従事員に退職金を支給すると規定 したから、先の支給は遡及して適法になったと判断 しかし、この新条例は、 1 年以上在籍した者とい う以上に、退職金の算定基準を何ら定めていないか ら、給与の種類と基準を条例で定めなければならな いとする地方公営企業法 38 条 4 項の要求を満たさな い。給与の基準という以上は、確定的には決めなく ても、何年勤めたら、いくらからいくらの範囲と定 めなければならない ( その範囲内の細目は労使交渉に 委ねることができる ) 。 この新条例の仕組みは白紙委任であるから、明白 に違法である。このことは最高裁の先例 ( 平成 7 年 4 月 17 日熊本市昼窓手当事件、阿部『前掲書』 499 頁以下 ) からも明らかであるし、同じ鳴門市の企業職員の給 与条例において手当が確定額で規定されていること からも同様のことが言える。 元々、市から直接に臨時従事員へ離職せん別金が 補助金の形式で支給されていたとするのであれば、 それを事後に給与条例で、給与として支給したとみ なすということも可能であろう。しかし、そもそも、 臨時従事員に離職せん別金を支給したのは共済会で あって、鳴門市ではなく、鳴門市は共済会に補助金 を支給していたにすぎないので、「この条例の施行 の際企業局長が定めた規程に基づき臨時従事員に支 給された給与」なるものは存在しない。したがって、 事後に条例でみなす規定を置いても、離職せん別金 の支給を正当化できるはずはないのである。 5 れまた吃くべき高裁判決 しかし、高松高裁平成 26 年 8 月 28 日判決 ( 山下寛 裁判長 ) も筆者の主張にまともに答えなかった。 退職金の基準が勤続 1 年以上というだけでも、驚 くなかれ、基準を定めたことになるというのである。 次に、高裁は立法者の合理的意思なるものを根拠 とする。鳴門市議会は、本件各補助金が本件各離職 せん別金として支出されていたこと、その実質は従 事員に対する退職手当に相当するものであることを 前提に、本件各補助金が共済会を介して本件各離職 せん別金として従事員に支払われたとの事実経過全 体から退職手当の支給に当たるものとみて、離職せ ん別金補助金の交付について給与条例主義の見地か らの適法性に関する疑義を遡及的に解消する趣旨で 本件条例を定めたものと認めるのが相当であり、鳴 門市議会の条例制定の趣旨を上記のとおり実質的に 解したとしても、条例制定権者である議会の合理的 意思を認定するにすぎす、議会の条例制定による民 主的統制の意義を没却することにはならないという べきである、とした。 これは裁判所が「実質的に」 ( 地裁判決 ) と判断 すると、議会の権限を行使すると批判される ( 私見 ) ので、裁判所が判断したのではなく、議会の意思を 認定したという方法を採ったのである。しかし、立 法者意思だけでは、法制度は作れない。それを条文 の形に表さなければならない。条文の作り方が下手 だと、文意が曖昧であったりすることはある。それ はある程度は許容されようが、本件条例は完全に的 外れの仕組みである。 このようなものも立法者意思を忖度して正当化さ れるのでは、目指すところに合わせて条文を作成し て条例案を作り、それを議会で審議するという作業 はまったく不要になる。それはおよそ民主国家でも

9. 法学セミナー 2017年1月号

7 ハンセン病「特別法廷」とは く残っており、ハンセン病との疑いを持たれていた セン病を理由とする開廷場所の指定」を調査対象と 被告人の親族が名乗りを上げて再審請求をするとい するものであり、「特別法廷」でなされた個別の裁判 うことは極めて困難である。そこで、平成 24 ( 2012 ) の当否に関するものではない。しかしながら、今回 年 11 月 7 日、全国ハンセン病療養所入所者協議会、 の調査・検証の結果、最高裁判所が、「特別法廷」が憲 ハンセン病違憲国家賠償訴訟全国原告団協議会及び 法の定める平等原則に違反していたということを認 国立療養所菊池恵楓園入所者自治会の 3 団体は、検 めた以上、次の段階としては、当然に、そのような 事総長に対し、菊池事件について再審請求すること 憲法違反の「特別法廷」でなされた個別の裁判の憲法 を要請した。これは、親族等が再審請求をなし得な 適合性が問題になるはずである。また、憲法の公開 いからといって、菊池事件の過ちを是正することな 原則との関係についても、仮に司法行政事務として く放置するべきではないとの立場から、公益の代表 の開廷場所の指定自体は公開原則違反とまではいえ 者として刑事裁判の執行を監督し、刑事訴訟法によ ないとしても、個別の裁判が憲法の要請する公開の って再審請求権限を付与されている検察官に対し、 原則を満たすものであったかどうかについては、さ その判決の是正を求めるべき措置をとるよう求めた らに当該裁判の実際の状況に照らして個別具体的に ものである検察官が再審請求すべき理由としては、 判断されなければならない。そして、菊池事件という 前記実体上の問題点のほか、この事件の裁判が「特 「個別の裁判」について、その憲法適合性を判断す 別法廷」で行われており、憲法の定める公開原則や平 べき場は、再審手続を措いて他にはないのである。 等原則等に違反することも挙げられている。そして、 検察庁は、今回の最高裁判所の調査結果を踏まえ、 上記 3 団体によるこの検察庁に対する再審請求要請 菊池事件の手続が憲法に違反するものではなかった が、さらに今回の最高裁判所に対する「特別法廷」 かを個別具体的に十分検討し、公益の代表者として の調査・検証要請へと繋がっていったわけである。 再審請求をするかどうかを判断する必要があるとい 今回の調査報告は、最高裁判所が、裁判所法 69 えよう。 ( ばば・けい ) 条 2 項に基づき、司法行政事務として行った「ハン 日評べーシック・シリーズ 民事訴訟法ー 民事訴訟法 渡部美由紀 岡庭幹司【著】 制度全体を理解できれば民事訴訟法は面白い ! 判例・通説の趣旨をわかりやすく記述。全体構造の把握に役立つ 詳細なクロスリファレンス。各章の例題で理解を確認できる。 憲法 I 総論・統治 / Ⅱ人権 新井誠・曽我部真裕・佐々木くみ・横大道聡【著】 実力ある ・好評発売中・ I ・Ⅱ本体各 1 , 900 円十税 執筆陣が参加 ! 物権法 秋山靖浩・伊藤栄寿・大場浩之・水津太郎【著】 ・好評発売中・本体 1700 円十税 法学部の授業で 担保物権法 田髙寛貴・白石大・鳥山泰志【著】 使用でき、通読できる ! ・好評発売中・本体 1 , 700 円十税 家族法 本山敦・青竹美佳・羽生香織・水野責浩【著】 基礎をしつかりと ・好評発売中・本体 1 , 800 円十税 身につけられる ! 労働法 和田肇・相澤美智子・緒方桂子・山川和義【著】 ・好評発売中・本体 1 , 900 円十税 Basic Serie を 劃度全体を理解できれ 民第評法は面自、を 第の物をおりやオ《を 全第 ) 第第 : 立・ : 物なを 0 第レルン ヾ、、 - 物ま物第てき ・本体 1900 円 + 税 TEL : 03-3987-8621 /FAX. 03-3987-8590 ( 当 ) 日本言平言侖ネ土 〒 170-8474 東京都豊島区南大塚 3 ー 1 2-4 こ注文は日本評論社サービスセンターへ TEL : 049-274-1780/FAX : 049-274-1788 https://www.nippyo ・ co. jp/

10. 法学セミナー 2017年1月号

044 《判決要旨》最高裁判所第一小法廷 2016 ・ 6 ・ 16 判決 と言わざるをえない。 において、本件一審判決には重大な問題が存在する 理がなされる必要があることは当然であり、その点 え、上記科学主義に基づく調査を踏まえた綿密な審 を蔑ろにするものである。裁判員裁判であるとはい く、少年法において重視されるべき科学主義の要請 れば、それを量刑上考慮しないと言っているに等し て調査がなされたとしても、被害結果等が重大であ これでは、いくら少年の生育環境や経歴等につい ない」と判断している。 照らせば、この点を量刑上考慮することは相当では ても、本件犯行態様の残虐さや被害結果の重大性に 「弁護人が主張するとおりの事情が認められるとし 暴力を受けるなどしたという生い立ちについても、 い」とし、さらに、 A の不安定な家庭環境や母から てまで A の矯正可能性を認める根拠にはなりがた のに過ぎず、当裁判所が認定した上記事実を排斥し 正可能性を認めた根拠は、 A の年齢など抽象的なも 性はあるとの指摘があるが、判決においては、「矯 題があること等について言及がなされた上で、可塑 合所見」部分には、生育環境に由来する資質上の問 本件において取調べられた鑑別結果通知書の「総 されている ( 同 50 条 ) 。 9 条の趣旨に従ってなされなければならないと規定 であって、少年に対する刑事事件についても、上記 れており、科学主義による調査が要請されているの て、これを行うように努めなければならない」とさ 専門的知識特に少年鑑別所の鑑別の結果を活用し について、医学、心理学、教育学、社会学その他の 年、保護者又は関係人の行状、経歴、素質、環境等 犯行時 18 歳 7 か月の少年であり前科がないとはいえ、 さらに、殺害行為等の態様は、冷酷かっ残忍である。 く、もとより被害者らに責められるべき点はない。 被告人の身勝手極まりない動機に酌むべき余地はな と言わざるを得ない。 本件はその罪質、結果ともに誠に重大な事案である 用すべきものとは認められない。 い。所論に鑑み記録を調査しても、刑訴法 41 1 条を適 の主張であって、刑訴法 405 条の上告理由に当たらな 上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当 上記の動機、態様等を総合すると、本件は被告人の深 い犯罪性に根ざした犯行というほかない。 D や遺族の 処罰感情がしゅん烈であるのも当然である。 被告人が一定の反省の念及び被害者や遺族に対する 謝罪の意思を表明していることなど、被告人のために 酌むべき事情を十分に考慮しても、被告人の刑事責任 は極めて重大であって、原判決が維持した第 1 審判決 の死刑の科刑は、当裁判所もこれを是認せざるを得な よって、本件上告を棄却する。 なお、付言すれば、検察官が取調べを請求した少年 調査票の結論部分である「調査官の意見」欄において も、 A による犯行態様の冷酷さや動機の身勝手さが 指摘されている一方で、少年の成育上の問題点につ いては「被害者 2 名の生命を奪った重大な結果を考 えたとき、酌むべき事情には当たらない」と記載され るなど、科学主義に基づく十分な調査が行われたの か疑念を抱かざるを得ない内容が記載されていた。 この点については、原則逆送の規定が導入された 平成 13 年以降、とりわけ調査官意見書 ( もしくは調 査官の立ち位置 ) の役割に質的変化がもたらされ、 その科学性が揺らいでいるという指摘がなされてい るが、上記調査官の意見も、そのような質的な変化 の影響が見て取れるものであった。 その意味で、この十数年間、科学主義に基づく調 査・鑑別結果としての社会記録の意義や価値が、内 容面においても薄れている状況にあることは指摘し ておきたい。 上記裁判員裁判の判決後、 A は、その判決を受け 入れると言った。それは、自身の死が、遺族の望み になるのであればそれもやむを得ないと考えていた こと、そして、目の前で、 B や C らが、実際のやり とりとは異なる事実を次々と証言していたことへの 失望感による諦めといった気持ちからであったが、 A の家族や先輩、弁護人らにおいて、 A の周りには A を大切に思う存在が多くいること、生きて償うこ との重要性等について説明を重ね、そのような周囲 の人間による必死の説得の末、 A はようやく控訴す ることとなった。 なお、上記 A の裁判員裁判の翌月に実施された C