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検索対象: 麒麟 : 香港ノアール・ファンタジー
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1. 麒麟 : 香港ノアール・ファンタジー

うろこ 木箱から飛び出した魚が、麟の足もとで銀の鱗を光らせて、びちびちとはねた。 これ、と指さして振り返ると。白いランニング姿の露店主が、売り台を前にしてじっと麟を 見つめていた。ねばりつくようなその視線に、麟はまた眉をしかめる。 そこへ、商売道具の台車を引っぱる青年が横から、麟の肩にぶつかってきた。 すみません 「對唔住ー どな とっさに謝って麟は、怒鳴り声が降ってくるのを覚悟したが。青年もまたロ端に奇妙な笑み を浮かべて、じっとを見つめるだけだった。 ここまできて、やっと周囲のただごとではない空気に気づいた麟の前に、買い物袋をぶらさ かいきん げた開襟シャツの大男が、のっそりと立ちはだかった。 それが合図だったのか、露店主が売り台を飛び越えての右に詰め寄り、台車を引く青年が びたりと左脇に寄りそう。 あわてて身をひるがえし、うしろを向いた麟の肩を、開襟シャツの大男がぐいとっかんだ。 麟「離せよっ ! 」 振り払おうとした麟の前で、買い物客と露天商でごったがえしていた人込みが、波がひくよ うに真っ二つに割れた。 ばっかりと開いた人垣にはさまれた通路をむこうから、この市場には不つりあいなダークス あやま

2. 麒麟 : 香港ノアール・ファンタジー

「スポーツ、なにかやってるのか ? 」 ーにうりんじ 「ちょっと少林寺を : : : じゃなくて、話そらさないでよ」 むっとした安珠の前で、麟はふと眉をひそめた。 どうしたの、と問いかけるより先に。麟は無言で安珠の手を引き、歩きだした。 どな 安珠が手をつかんだときには、離せと言ったくせに。どういうつもりだと怒鳴りかけた安珠 うかカ けわ だったが、窺い見た横顔の険しさに、ひとっ息をのみこんだ。 人込みの通りを、五十メートルも歩いたところで、麟は立ちどまった。そして、耳がおかし くなりそうなポリュームで音楽を鳴らす店の前で、積みあげられた国内・海外とわずのカセッ ぶっしよく トを物色しはじめた。 なにかある、と気づいて。安珠が頬が触れあうほど近くにすり寄ると、麟はカセットを一本 手にして、 「俺がこれを買っている間に、おまえは逃げろ。店の奥から、裏通りに出られるはずだ」 大音響で流れる曲にかき消されないよう、耳もとに囁きかけてきた。 「ーー逃げろって : : : 」 たすねる前に、安珠は背後からちりちりと首筋のあたりがひりつくような気配を感じた。 考えるよりも先に身体が動いていた。 肪麟の肩に手をのばし、力いつばいに押さえつけると。自分もまた、その場にかがみこむ。 ほお さ ) や

3. 麒麟 : 香港ノアール・ファンタジー

る。ビジネス街の中環はそろそろ、ビジネスマンたちがたちならぶ高層ビルのオフィスから出 てくる時間だ。 男たちに銃口を突きつけられたまま、麟はおとなしくトラムを降りた。 りようどなり いちばん前を行くのが、左眉に傷のある男だった。あとの三人は麟の両隣とうしろを、銃 を持ったまま無言で歩く。 ダークスーツの男に囲まれた麟は、まわりから見ても不審に思われるに違いないのだが。歩 行者の誰も声をかけてこないし、それどころか目が合うとあわてて視線をそらす。 ャパいことには近づくなーーそれがこの町で暮らす鉄則だ。彼らの行動は正しい クイーンズ・ロード・セントラル デ・ポー・ロード・セントラル 徳輔道中から左に折れて、皇后大道中へ通じる道へ入った。 まわりよりひときわ高いビルの前に、白とメタリックプルーのロールスロイスが駐まってい た。麟たちが角を曲がると、すぐにロールスロイスの中から男が出てきた。麟のまわりを囲む 男たちと同じく、ダークスーツを着ている。 前をいく男が小さくうなずいてみせると、ロールスロイスの後部ドアが開けられた。 あれに乗せられてしまったら、逃げ出す機会は格段に少なくなるだろう。 麟は視線だけを動かして、あたりをうかがった 歩く速度がやや遅くなった麟の脇腹に、ぐいっと銃口が押し当てられる。 ( ーーあっ : セントラル まゆ

4. 麒麟 : 香港ノアール・ファンタジー

67 麒麟 鳳が立ちあがって李花を迎える前に、はふたりの間に割り入った。そして李花の腕をつか み、 「来い。おまえが俺だけの『導き手』だと、いまここで証明してやる」 「兄さん、まさか『時渡り』を : : : 」 「そうだ」 大きく目をみひらいた鳳へ、にやりと笑ってみせる。 「おまえにはできないことだ」 「でも ! 成人前に『時渡り』するのは禁じられてる。俺たちは一生に、そう何度も『時渡 り』できないからーーー」 「俺たち、だと ? 」 笑わせてくれる、と言い放った。 「『導き手』を持たぬおまえに、『時渡り』はできない。できるのはーーー父さんと龍兄さんと、 俺だけだ」 鳳の顔が、苦しげにゆがんだ。 「李花、俺を導け」 告げては李花を引き寄せ、湿った地面の上に座らせた。 怒りが麟を支配し、禁を破ることへの畏れを忘れ、自制がきかなくなっていた。 おそ

5. 麒麟 : 香港ノアール・ファンタジー

た。たが、これまで四海会のどのトップも失敗しーーー今日、新しいトップであるこの私が四海 会の五十年にわたる悲願を達成したわけです」 男がそこで一言葉を切ったとき、バー・カウンターから物を取り落としたような激しい音が聞 こえた。 びん とっさに振り返ると。左眉に傷のある男が、手にした深い緑色の瓶をカウンターにたたきっ けたところだった。 しゅう カウンターにもたれかかっていた身体を、ゆらりと起こして。男は、麟の前に座る男をにら みつけた。 「ここへ着いたとき、妙な噂を耳に入れてきた者がいた。俺はそれを信じたくなかった。い ま、おまえの話を聞くまではな」 「どんな噂だ ? 」 胸の前で指を組み、男まヾ 。ノー・カウンターへ視線をやった。 麟「老師が死んだ、と。それも、周、おまえが殺した、と ! 」 指をつきつけられて、だが周と呼ばれた男は悠然とした態度をくすさなかった。 「それが何か ? 」 「きさま : : っ ! 四海会のトップの座欲しさに、恩ある老師をその手で殺したというのか うわさ

6. 麒麟 : 香港ノアール・ファンタジー

仲間たちにうなずいてみせながら、麟の前を通り過ぎ部屋の中へと入ってきた。 三人の男たちも順に、足音もなく移動し部屋の中に入る。その間、彼らは一瞬たりと麟から 目を離すことはなかった。 うしろ手にドアを閉め、麟は男たちを見回した。 「目的は、俺だろう ? 」 こた 低く囁くような声でたずねたが、誰も応えなかった。 「あっちにはーー手を出すな」 かまわずはドアのむこう、安珠たちの眠る部屋をしめして続けた。 「おまえたちが連れて行きたいところへ、俺を連れて行け。あっちに手を出さないなら、抵抗 はしない」 そうして麟がドアから離れ、一歩前に出ると。いちばん最初に部屋へ入った男が、ふっと冷 たい笑みを浮かべてうなずいた。 「ではーー」 攻撃する意志はないと手のひらを見せながら、麟に近づく 「おとなしく我々と一緒に来てもらいましようか」 かんだか かん こわね 麒ひそめてはいても、甲高い妙に癇にさわる声音だった。 「その犬、放してやってくれないか ? 」 ささや

7. 麒麟 : 香港ノアール・ファンタジー

41 麒 た 初めて一一一日葉を交わしてからずっと、怒っているか考えこんでいるかだった麟がいま、顔を赤 と安珠は笑ってしまったのだ。 らめている。なんだそんな顔もできるんじゃない、 「いいよ、もう。見られたって、減るもんじゃないし」 「だから見てない、 と一一 = ロっているだろうが」 、の、 ) の、とひらひら手をふって。笑いながら安珠は麟に近づいた。 と思ってあらためて見直した麟の表情が、瞬間、ばっとこ むきになってかわいいじゃよ、、 わばった。 なに、と声に出す前に。安珠の背後で、あきらかな殺意がうごめいた。 とっさに身構えて振り返った安珠の視界に、つぶされた鼻と額から血を流した男が、オレン かいきん ジ色の開襟シャッまで血に染めて、金属製らしい棒をふりかざし襲いかかってくる姿が映っ 安珠が次の動作へ移る前に、男は身長ほどもある鉄の棒を、横ざまに振り回した。 頭に浮かんだのは「よけきれない」の危険信号。 ぶんつ、と風をきる音をたて、鉄の棒がしなりながら安珠の脇腹に食い込む・ーーかと思え

8. 麒麟 : 香港ノアール・ファンタジー

ビクトリア ほさき 維多利亜湾は、ねっとりと潤んだ朝靄の中に沈んでいた。ョットの帆先や、荷揚げにつかう クレーンが、まるで恐竜の首のように浮かんでみえる。 けんそう 街はまだ、動きだしていない。昼間は頭痛をおばえるほどの喧騒にあふれかえるあたりも、 今は静まりかえって。靄を通してみる街並みはどこか、むかし撮ったフィルムを見ているよう 、、こっ , ) 0 りん 高層ビルにはさまれた銅像広場で、麟はうずくまり、ばんやりそんな景色をながめていた。 スターフェリ ・ビア 昨夜おそく、天星碼頭前にあるここへやってきて、倒れるようにうずくまった。それから ひぎ ずっと、びくりとも動かず膝を抱えてじっと前方を見つめる彼を気味悪く思ってか、広場に寝 麟起きする浮浪者たちは誰も近づいて来ようとはしない。 麟は、眠ることもできなかった。目を閉じれば、誰かの死に顔がまぶたの裏に浮かぶのだ。 はかな それは、腕の中で儚くなった李花の顔であったり、血まみれになってこちらをにらみつける 双子の弟の顔だったり。あるいは昨日、銃に撃たれて麟の目の前で死んだ男の顔だったりし ふたご うる あさもや

9. 麒麟 : 香港ノアール・ファンタジー

きりん めす ことにしました。みなさんも、もしどこかで麒の麟のほうは雌だって読んだり聞いたりして も、すつばりそれは忘れてください。麟は男です。決して「雌だけど男」ではありません。 あんじゅ すずきあんじゅ ちなみに、もうひとりの主人公、安珠ちゃんですが。こちらは、女優の鈴木杏樹さんとはな んの関係もありません。天使を意味する「アンジュ」を漢字にあてただけだったりするです。 このお話は、香港が舞台になってます。けれど三浦、香港には一回しか行ったことがない。 それも、五年以上も前だっー もひとっ付け加えるなら、香港には実質一日しか滞在していな かったりする : さが だもんで、最近香港へ行ったひとを捜しまわり、お話を聞いたわけですが。香港ってところ は、とにかく変化めまぐるしいとこでして、一ヶ月単位でどこどこ変わっていってるんです ね。連載から一年、香港はやつばりすげえ変わってることでしよう。また、一九九七年に中国 へ返還されたあと、どんなふうに変わるのか楽しみでもあります。 五年以上も前に行っただけの香港を、なぜ舞台にしてしまったのか。それはやはり、あの強 烈なイメージと、めまぐるしく変化していくエネルギーに触発されたためでしよう ばんか かにもなことを言ってますが。告白します、三浦は映画『男たちの挽歌』で香港にころびまし た。だって、めちゃくちやカッコいい映画だったんだもん。 香港を舞台に書くぞーっと決めてから、三浦はこの映画のパート 1 と 2 をビデオで何回見直 ホンコン

10. 麒麟 : 香港ノアール・ファンタジー

自信がある。 だが足音の主は、ドアの前に止まったまま少しも動こうとはしなかった。もちろん、ごめん くださいとこちらに呼びかけてくることもしない。 たず 焦れた安珠は、鋭く訊ねた。 「だれつ ? 」 瞬間、息を呑んだような音がした。 ( まさか : : : でも、やつばり : : : まさか ) じちょうえ 一瞬とはいえまたも期待してしまった自分に、なんて救いがたい人間かと自嘲の笑みを浮か 「だれだか知らないけど、うちにはお金なんてないからね ! 」 どな なかばやけになって、ドアのむこうに怒鳴りつける。 こんどは、ひっそりと笑った気配がした。 どうやら強盗のたぐいではなさそうだと思い、懲りもせずまた期待してしまいそうな自分を 麟諫める。 「あいかわらずだ、安珠ーー ? 」 間をおいて返ってきた声に、がとまるかと思った。 いまの :