5 っこ。 なまりたま 鉛の弾が心臓を撃ちぬけば、今度こそ終わりにできる。 オしくらいだ ) ( そうなったらー・ー感謝しこ、。 まゆ 男はっと左眉の傷に指先で触れ、目を細めて麟を見おろした。 けんじゅう 麟の視線と男の視線が交差し、やがて男は奇妙な笑みを浮かべると、拳銃を上着の内側に しまった。 「立ってください。ご案内しましよう」 サングラス 太陽眼鏡をかけながら男は、二台のロールスロイスの運転手にターンするようにと指示を 出した。 ふたりの警官に両側から抱えあげられるように立ちあがらされた麟は、三人のダークスーツ さっ の男に引き渡される。警官には男が、さりげなく二つ折りにした札をネイビープルーの制服の ポケットに突っ込み、ありがとうとでもいうように肩をばんばんとたたいた。 にやにや笑いながら去っていく警官たちを見送って、男は麟に向き直った。 メタリックプルーのロールスロイスが目の前にとまり、後部のドアが開く。 「どうぞ」 を先に乗せてから、男が乗り込んだ。 男たちはもう麟に銃口を突きつけてこなかったし、また、脅しの一一 = ロ葉を口にすることもなか え
「お呼びだ。ついて来い」 男は顎をまわし、簡潔に命じた。 「どこ行くのよ。ついて来てほしいなら、どこ行くのかぐらい、言ったらどうなの ? 安珠の抗議に、だが、ふたりの男は鼻先で笑ってみせただけだった。 むっとして安珠は、声をはりあげる。 「そういうつもりなら、わたしは絶対にここから動かないから ! 」 すると男たちは、実力行使にでた。 ぐいっと引きあげ ふたりして部屋に入ってくると、ペッドにへばりつく安珠の腕をつかみ、 たのだ。 条件反射で、安珠はとられた腕をくるりとまわし、反対に男の腕を背中にひねりあげてしま っ ? ) 0 「うわ : : : っ ! 」 悲鳴をあげた仲間に、もうひとりの男が銃を持つ手をふりあげた。 「この 麟 じ・うは 頭に銃把がたたきつけられる前に、ふわりと回した足を、その男の腰に蹴り入れる。 みためにはゆっくりと回したとしか見えなかった足だが、腰に当たった瞬間に男ははじかれ たように後ろに飛び、背中から床に倒れこんだ。
男たちがいっせいに動きはじめ、サイレンの音に混じって足音が交差する。麟も機会を逃さ ず、壁に背中をつけ座りこんだ。 幸いなことに、侵入者たちは麟の両手を拘束し両目をふさいだと安心してるのか、とめだて する者はいなかった。 おお ほお ひぎがしら 膝を立て、目を覆う布を膝頭で押しあげた。なかなかうまくいかなかったが、頬がすりむ けるほどきつく頭をこすりつけると、少しすっ布がずりあがってきた。 ちゅう くっ しゅんつ、と拳が宙をきる音がする。床をすべる、靴の音もいくつか聞こえた。 やっと布が頬の上まで押しあがり、は音がするほうへ顔を向けた。 さかいめ うす闇の中で安珠が部屋と部屋のちょうど境目に立ち、中段に構えていた。壁がじゃまを し、男たちはひとりずつ彼女にかかっていくしかない。 顔に向かって繰り出された拳を、安珠は左腕で打ちあげて受け、男の首に肘を突き入れた。 男がぐっとうしろにのけそり、そこをすかさず左足を蹴り込んだ。 どおっと、男が背中から床に倒れる。 れんづ 倒れた男の上を飛びこして、ふたりめの男がすばやい連突きをかけてきた。安珠はすっと身 体を横に流すと、男のみぞおちに向けて右足を蹴りあげた。 ひゆっと鋭い声をあげて、男がとっさに安珠の足をかわし、うしろへ飛びさがる。 安珠の体勢がくずれることはなく、彼女の拳が無駄に宙をきることもない。だが、四人の男 ひぎ ひじ
ーツを着た男が片手に搨帯電話を持って、麟のほうへ向かってやってくる。 ろ かて ダークスーツの男以外は誰も、ふつうの市場へ買い物に来た客や、日々の糧を得るために露 てん 店を出す商売人にしか見えない。だが今この場にいる全員が、同じ空気をまとっていた。麟を 追い詰める者 , ーーという同じ空気を。 携帯電話のスイッチをいれ、ナンバーを押すと男は、麟の前に立ちどまり、電話を耳に当て 声をはりあげようとした麟を視線で制止し、男は目を細めて笑う。 「言っておくが、ここにいるのは全員、香港の一般市民だ。善良なーーーしかし、小心な」 けんせい 男の言葉は、麟があの力をつかうことへの牽制だった。 相手が出たのか、男は電話にひとことふたこと一一 = ロうと、そのまま麟に差し出した。 「話があるそうだ。出ろ」 拒否したが、無理やり電話を手に取らされた。 『おはよう。昨夜はよく眠れたかな ? 』 電話のむこうから聞こえてきた声は、まだ記憶に新しい、周という男のものだった。 すぐさま周が相棒だった男にした仕打ちを思い出し、麟の胸に怒りと悲しみの炎がともる。 息が詰まり、電話を持つ手が小刻みにふるえた。 『今ここには、かわいいお客さんが来ていてね。誰だかわかるかい ? 』 十′いたい
二人組の警官がこの騒ぎに、麟のほうを振り返った。 警官は互いに耳うちしあい、すぐに麟のうしろから来る拳銃を持った男たちに気づいたの か、腰のホルダーから銃を取り出した。 これで助かった、と麟は思った。 。警官は走り寄った麟を、両手で受けとめると。そのまま麟の腕を、ぐいっと背中 にねじりあげたのだ。 「痛っ・ 何をするんだ、と警官を見あげる。 その間に三人の男は麟のすぐ目の前まで近づき、足をとめていた。 二人組の警官は、その三人の男ではなく道路のむこうへ視線を向けている。麟が視線を追う まゆ と、その先には左眉に傷のあるあの男がこちらを向いて立っていた。 ゅうぜん 片手をポケットに入れ悠然と立っ男は、麟が自分を見ているのに気づくと、例の忌ま忌まし おだ いほど穏やかな笑みを浮かべてみせた。 警官がふたりとも、男に向けて小さく頭をさげた。すると男は警官に、軽く片手をふってみ せたのだ。 そのやりとりに麟は、激しく身をよじって叫んだ。 けんじゅう
視界のすみに、ネイビープルーの制服がかすめた。 二人組の警官だ。ロールスロイスを駐めたのとは反対側の歩道を、ゆっくり歩いている。 わかったとたん、麟は脇腹に銃口を押し当てる男の腕を蹴りあげた。 「うわ : : : っ ! 」 けんじゅう ゴトッ、と拳銃が落ちる。 男は痛みに顔をしかめ、蹴られた腕を抱えて。それでも拳銃を拾いあげようと、腰をかがめ つら そこをすかさす男の横っ面に、腰をひねって回し蹴りをいれた。 ばかやろう 「攪錯 ! 」 はがじ 背後の男がをとめようと、拳銃を持ったままうしろから羽交い締めしてくる。 麟は男の拳銃を持った方の腕に、思いきり噛みついた。 くそっ 「八婆 ! 」 男が声をあげ腕の力をゆるめたすきを見て、いっきに車道を横切った。 どな 急停車した車の運転手が、窓から麟に向かって怒鳴り声をあげながらクラクションを鳴ら 麟 す。 ちらりと振り返ると、三人の男がそれぞれ拳銃を手にしたまま、麟のあとを追いかけてきて こ。 か
「えっ ? なに ? 」 驚いて振り返った友人に、かぶりをふってみせる。 「変なのが、ついてきてるから」 安珠がそう言ったとほば同時に、若い男が家麗の肩をつかんだ。飛びあがって振り返る彼女 の前に、もうひとり仲間らしい若い男がまわりこむ。 「なによ、あれ」 キャリ 嫌がるそぶりの家麗のまわりに、またひとり若い男が増えた。 おびえだした家麗をとりかこみ、男たちは笑っているようだ。行き交う人々は、男たちを避 けて大回りし、誰も彼女を助けようとはしない。 「だれか : : : 呼んでこなきや」 「でも、ポリスなんてこのへんには : : : 」 震える声で相談する友人たちに、安珠は「ここで待ってて」と言うと、家麗のほうへ足を向 「ちょっと安珠、無茶だってば ! 」 「やめなさいよ、ねえつ」 友人たちの止める声には、だいじようぶと手をひらひら振ってみせる。 男たちは、三人。ひょろっとした体形は女の子をひっかけるには、いだろうが、どうみても キャリ キャリ キャリ
た。たが、これまで四海会のどのトップも失敗しーーー今日、新しいトップであるこの私が四海 会の五十年にわたる悲願を達成したわけです」 男がそこで一言葉を切ったとき、バー・カウンターから物を取り落としたような激しい音が聞 こえた。 びん とっさに振り返ると。左眉に傷のある男が、手にした深い緑色の瓶をカウンターにたたきっ けたところだった。 しゅう カウンターにもたれかかっていた身体を、ゆらりと起こして。男は、麟の前に座る男をにら みつけた。 「ここへ着いたとき、妙な噂を耳に入れてきた者がいた。俺はそれを信じたくなかった。い ま、おまえの話を聞くまではな」 「どんな噂だ ? 」 胸の前で指を組み、男まヾ 。ノー・カウンターへ視線をやった。 麟「老師が死んだ、と。それも、周、おまえが殺した、と ! 」 指をつきつけられて、だが周と呼ばれた男は悠然とした態度をくすさなかった。 「それが何か ? 」 「きさま : : っ ! 四海会のトップの座欲しさに、恩ある老師をその手で殺したというのか うわさ
だけで吐き気がする。 「お目ざめですか ? 」 かすかにエコーのかかった男の声がして、吐き気をこらえながらそちらを見ると。麟を拉致 まゆ した左眉に傷のある男と、もうひとり背の高い体格のいい男が、大きな窓を背にして立ってい 「申し訳ありません。あなたが妙なまねをしないように、薬をつかわせてもらいました。気分 。し力がですか ? 」 「最悪・ 麟が吐き捨てるようにつぶやくと、背の高い男は目を細めて笑った。 ビグトリア ロールスロイスが見覚えのある維多利亜山への曲がりくねった道をのばり始めたころ、麟は 隣に座る左眉に傷のある男に突然、刺激臭のある布を鼻先に押さえつけられたのだ。 「手荒いことをしてしまったようですが、我が四海会は最大の敬意をはらって、あなたを迎え 入れさせていただきます」 かわ じろりと男をにらみつけながら起きあがったは、自分がうすいプルーの革を張ったソファ に寝かされていたことに気づいた。 「四会 : ・ 重い頭を押さえ、あたりを見回す。 となり っ ) 0
118 「無能な者が頭にいては、たとえ四海会といえども衰退していくのは目に見えている。私はそ れが許せなかっただけだ。たったいちどの恩を忘れない、単細胞なおまえにはわからないだろ うがな」 そのとたん、緑の瓶がふりあげられ、カウンターの角にふり落とされた。 ガシャンツ、と破裂音をたてて瓶が割れ、破片があたりに飛び散る。 「裏切り者っ ! 」 割れてギザギザになった切り口を周に向け、男は駆け寄ってきた。 けんじゅう すばやく周は上着の内側から拳銃を取り出し、トリガーを引いた とどろ 銃声が轟き、男の足もとから白煙があがる。男は身軽な動作で止まり、その場で割れた瓶を 構えたまま周をにらみつける。 ドアのむこうから、騒がしい声と多くの足音が聞こえ , ーーすぐに、ダークスーツの男たちが 部屋へ駆け込んできた。 男に向けた銃口をおろすことなく、周はゆっくりと立ちあがり、 きょ じんもん 「許が裏切った。連れて行け、のちほど私が尋問する」 らくいん ダークスーツの男たちが裏切り者の烙印をおされた男を取り囲み、両腕をつかんで部屋を出 ていく。彼は抵抗することなく、引き連れられていったが、ドアのところでふと足をとめる かしら びん すいたい