〃ッガスクリット〃という言葉が走り書きされていたのだ。ッガス クリット。何のことやらわけがわからなかったが、かれはすぐにそ何かがかれの前に立っていた。かれの警報装置は前のときと同じ で、鳴らなかった。 のことをアーノルドに知らせた。 グレゴールはゆっくりと視線を上げた。かれの前に立っているも それからかれは自分のプレ ・ハ・フを注意深く調べ、明りをもっと わに のは、約十フィートほどの高さでほ・ほ人間の形をしているが、鰐の 増やし、警報装置を試験し、光線銃に充電した。 後悔しな頭をしているところが違う。その色は明るい赤で、その全身に深紅 すべてのものが、どこも変なところはなさそうだった。 , がらかれは沈んでゆく太陽を見つめ、もう一度それが昇ってくると色の縞が走っている。前足の爪で大きな茶色の罐を持っている。 ころを見られますようにと願った。それからかれは坐り心地の良さ「ハロー」 と、そいつは言った。 そうな椅子に腰を据えて、もっと建設的なことを考えようとした。 ここに動物生活はない まして、歩く植物、知性のある岩、惑「ハロー」 星の中心に巣喰っている巨大な頭脳なども存在していないのだ。幽と、グレゴ 1 ルは息を呑んだ。かれの光線銃はテープルの上に、 霊第五惑星には誰かが隠れる月さえもないのだ。 二フィートしか離れていないところに置いてある。もし取ろうとし そしてかれには幽霊や悪魔などが信じることができなかった。超たら、こいつは襲ってくるだろうかとかれは考えた。 「きみの名前は何というんだ ? 」 自然的な出来来というものは、詳しく調べてみると明らかな自然の ショック 出来事に分解されてしまうのだとかれは知っていた。分解されてし グレゴールは、あまりの衝撃に低い声で尋ねた。するとそいつは まわないものはーーそれで終りだ。幽霊は、それを信じない者が調答えた。 パープル・ストライブド・グラく べようとするのに任せて、じっと立っていったりするものか。城の 「ぼくは赤い縞の欲張アだよ。ぼくは何でもっかまえるんだから 亡霊は、科学者連中がカメラやテー。フ・レコ 1 ダーを持って現れた な」 ときには必ず休暇を取っているのだ。 「何て面白いんだろう」 となると別の可能性が残る。誰かがこの惑星を欲しがっている グレゴールの手は光線銃のほうへそろそろと伸び始めた。 が、ファーングラウムの言い値を払うだけの用意はないとしよう。 「・ほくはリチャード・グレゴ 1 ルという名前のものをつかまえるん その値段を下げるために、誰かがここに隠れ、移住者たちを脅かだよ」 グラバー し、必要とあれば殺したのではないか ? 欲張りはかれに、その明るい無邪気な声で言い続けた。 どうもそれが論理的な考えだと思えた。かれの服の振舞いも、そ「それにぼくはいつも、みんなをチョコレート・ソースで食べるん う考えると説明することができる。静電気をうまく使うと、たぶんだよ」 そいつは茶色の罐を上げ、グレゴールはそのラベルを見た。〃ス 7
たものだ : : : 魂はーーーぼくは魂を物質的なあるものと考えたいが の重さよりずっとずっと小さなものであることは事実だが、それだ 存在しているかいないかの二つに一つしかない。だが、・ほく からといって、それがぼくの考えに反対できる根拠になるとは思わ れないんだ。これはぼくたちがまったく異った現象を前にしているはさきほど説明したように、魂は肉体に結びついていて、肉体から ぼくたちがさきほど確かめたあの神秘的なエネル ことを単に証明しているにすぎない。一トンの原子を核に還元して離れたあとは 。ほくのチョッキのポケットのなかに置けることはいまではだれでもギーに結びつくのではあるまいかー いいたいのですか ? 」 知っている : : : ここまでは・ほくの話についてこられるね、それとも「あなたは魂が肉体より生き残ると きみは・ほくが完全に狂っていると思うかね ? 」 「まあそうだ : : : しかし、いまのところは断言しない。たたしした いことは、そういうことが考えられなくはならないということです 「わたしがそういった考えに慣れるには非常な苦労を要しますが、 あなたのいったことは明瞭なようですね。しかしわたしにはもう一ね。さきほどホテルでいったが、肉体をつくっている物質が種々な っ異議があるのです。あなたは人間の肉体を生きものの結合体とし形の下で、普遍的な物質に帰るように、ぼくたちの生命力も死んだ せんときにある広大な生命エネルギー貯蔵所に帰り、それからふたたび て考えているようすがありますが、わたしの知るかぎりでは、、、 なんらかの微少な物質に結びつき、もう一度生物に生命を与えるの ぜんそんなことはないのです。肉体のいろいろな細胞は、すべてが たろうことが可能に思われるんだがなあ : 同時には死なない。心臓は脳よりずっと長く生きます。アメリカに 「言葉を変えていえば、魂の不減は信じるが、個人が生き残ること いたとき、わたしはカレルの実験室で人工によって心臓の細胞をほ は信じられないということですね ? 」 とんど無限に生きながらえさせているのを見せてもらいました。 ・《肉体の細胞は飢えた町の人々のように死ぬ。つまり、もっとも「きみは非常にフランス的なやり方でものごとを考えるね : もろいものから死んでいくのだ》といったのがどんな学者だったかま、きみはいろいろな仮定の場に・ほくを引きずりこんでいる。仮定 覚えていませんが、死がこのように漸進的なものであるのなら、あというものは際限のないものだ。・ほくにとっては、・ほくの興味を惹 なたのその突然の落下はどのように考えたらいいのでしよう ? 」 く問題はもっとずっと狭い : : : もし一人の人間から生命のエネルギ ーを取りだすことができたなら、それによってその人間の魂を定着 「その指摘はもっともだし、。ほく自身もそれを考えたことがある。 その答えは、まず、・ほくが落下を一度だけではなく数回あるのをたできないだろうか ? 魂を、永遠ではないにしても、しつかりと押 しかめたということ、つぎに、細胞が個々に死ぬというきみの考ええておけないものだろうか ? ( これらの問題はすべて人間の精神 は一つの仮定、あくまでも仮定にすぎないということです : : : ぼくをはるかに超越している ) 少なくともある期間生きながらせておけ ないのか ? これが・ほくが探求しているものなんだ」 たちが《魂》と呼んでいるものを支えているある力があるとした 。だが、おもしろ 3 ら、それは一度で消えているはずだ ( たぶんもっとも強い落下のと「それはちょっと気狂いじみているね、ドクター いことはおもしろいですね。ところで、あなたは百分の十七ミリグ きに ) 。ぼくたちの魂はやはり個々の細胞の生命とはまったく異っ
「だがもっとずっと重要な先驪者がいるんだ」たぶんきは知 よう」人間のにもどろう : : : まず、にくにき分最初 0 昊義に答た」 らないと思うが、ライケンパッハ男爵 : : : 」 える《あなたは物質的な方法で霊魂を探している》といまきみはい ったね。それは正確じゃない。ばくは霊魂を探してはいない。ぼく「たしかにわたしはその人を知りません。どんな人なのです ? 」 は物質に結びついたある形のエネルギーを探しているんだ、つまり「異常な人物で、新しい政府をつくろうとしてフランス警察に逮捕 生命を。ファナティックな唯物論者たちの主張にもかかわらず、 いされ、監禁された : : : また、偉大な科学者でもあって、パラフィン ままで物理化学の装置では生きている物質の反応をひきだすことはやクレオゾートを発見したのは彼なのだ。一八六〇年頃、彼は生者 決して可能ではなかった、ということはきみも認めるね : の肉体の輻射の問題にとりかかった。パヴァリアにすばらしい城を いずれはその反応も説明できるようになる 「そのとおりですが : いくつか持っていて、ある城は山の頂上に位置し、ある城は湖のほ のではないでしようかね」 とりにあった。彼はとくに感覚の鋭い臣下たちを城に集めた。彼ら 「その気になれば、なんだって信じることができるんだ」と、彼ははまっ暗闇のなかで、人間や動物や花々のまわりにこの光り輝く流 いらいらしていった。「だが、くり返すが、それはもう科学ではな体を知覚したのです。ライケイハッ ( はこの流体に、《すべてを突 くて、宗教なのだ。いずれにしろ、われわれには科学的にしろ、実き透すもの》という意味のサンスクリット語 OQ という名前を与え 験的にしろ、生命が何であるかはわからないといえるね : : : そのと た。ライケイハッハの臣下たちは暗闇のなかで煙りでもない、蒸気 き、・ほくがやってみたように、われわれの知っているどのエネルギでもない、ごく細い炎のような発散物が肉体のまわりに立ち昇るの : この奇妙な発散物は、肉体の左側からのは赤い 1 とも違ったある形のエネルギーが生きている肉体のなかに存在しを目撃したのだ : ・ ているかどうかをさぐってみるのは馬鹿げたことではないんじゃな色を、右側のは青い色をしていたのですね。実のところ、ぼくはこ : が、これは言葉の宗教的な意味にしろ、哲学的な意味にしのライケイハッハの実験をくり返そうと試みたのですが、一度たり とも何も見つけだせなかったのですよ。さきほど暗闇のなかで、き ろ、魂の問題を提出しているのではないことに注意してもらいたい んだ。あらゆる生き物のなかに《生命の流体》の明らかなかたまりみとグレゴリイと・ほくとでいたとき、あれほど極度に神経を張りつ 《ごく細い、炎のようなもの》には全然気づかなか が存在していることが証明できたならば、こんどはその流体のなかめていたのに、 から霊魂と物質を分け、つぎにそれらがどのように結びついたかをつたと思うが ? 」 示さなければならない」 「ええ、何も見ませんでしたねー 「ねえ、ジェイムズ」と、わたしはいった。「しかしその生命の流「死体のまわりにも ? 」 体の考えは新しい考えではないですね。フランス革命の遠因の一つ 「ええ、全然何も」 ドイツの医師。一 であったメスメル 「ぼくも同様なのだよ。そしていつでも結果はこのようなのです : ・に 七三三ー一八一五 : だが、ぼくは別のものを見つけた。それは何かというと : : : 戦争中 「わかってる、わかってるーと、ドクターはいってパイ。フを吸っ
「そ扣でも」と、北後にわたしにいった。「それでも、帰謬法で擂 ・ : わたしたちのだれもが不減の魂 理してごらんなさい、ドクター 4 を持っていると仮定してごらんなさい。かって存在した数えきれな いほどの人間の魂は、いったいどこにあるのですか ? これから存わたしたちが食事をしているあいだに、濃霧が町をおおってい かさ た。姿の見えない自動車のヘッドライトの光りが、赤と白の暈を町 在するだろう無数の人間の魂は ? 動物たちの魂はどこにあるのだ ろうか ? あなたが神学者なら、動物たちには魂がないと答えるでじゅうにまきちらしている。ストランド街は悪夢の風景のようだっ しよう。ところが、あなたは自然主義者だ。一度この世に存在したた。ジ = イムズはわたしに腕を取るようにいうと、・ハスの停留所ま いるかの、カンガルーの、かにの魂はどこにあるのでしよう ? こで引っぱっていってくれた。ホテルを出てから、彼はひと言も口を きかなかった。バスの座席に坐ったとき、わたしはたすねた。 のような突飛なことを考えっかないでしようか ? 」 「きみのいうように、・ほくが神学者なら、ぼくはたぶんこう答えま「何を見に行くのですか ? 」 : とにかく、・ま 「たぶん何も : : : きみが勝手に判断してください : すねーーーきみにはおどろくべき無数の魂も、全能の神や神の無限か 。しかしいま、きみはすべてくが探求しているものを明かすのはきみが最初です。それにきみな ら見ればいかほどのこともないと : : いまここで話さないほうがいいね、と、彼はわたし の人格が永遠に生き残ることを問題にしている : : : ぼくはそのことら理解して : をあまりきみにたずねたくない。生きている肉体にはすべてある量のそばに坐っている喪服の婦人に敵意ある視線を投げながらいっ のカーーその性質はぼくたちには未知であるが、一応便宜上、生命た。 ・ハスは黄色い霧が深くたちこめるテームズ河を横ぎった。 の流体という言葉で呼んでいるーーが結びついていると想像できな この呪われた右岸は、あちこちの工場の火がこの霧の深い夜のな いだろうか ? 死後、この《流体》がある種の共通の場所にもどる かに広大な、蒼白い光りを放っている。バスに揺れているうちに、 のだと考えてはいけない理由があるだろうか ? : : なぜエネルギー の保存の原理に似た生命の保存の原理がないのだろう ? : : : そう思わたしはうとうとしていた。 ジェイムズはいった。 「降りるんだ」とつ。せんドクター いませんか、・ほくはそう思う」 「そう思うですって ? ですがドクタ 1 、なぜあなたはそんな薄弱 わたしたちはセイント・ ーナビー病院の前にいた。病院は霧に一 な仮定をそれほど重要視するのですか ? 」 包まれてぼんやりと輝いている。ジェイムズは、自分の領地にもど 「それはね」と、彼は立ち上りながらいった。「きみが病院までぼ った人間の、あのしつかりした身のこなしで、中庭を横切り、アーチ くといっしょにもどってくれるなら、一時間後にその説明をしょの下までわたしを案内した。と、わたしは死体収容室の金属のドア に気づいた。わたしはかなり前から、彼が連れていくのはこの室な う」 のではないかと考えていよ。が、それにもかかわらず、わたしは身
この瞬間、緑色のカーテンのうしろで物音がした。それは、一度 わたしとジェイムズはほとんど何もいうべきことはなかった。わ たしたちはおたがいに軍隊の一員としてーーそれはもうずっと以前聞いたら忘れられないもので、鼠の駆けまわるような速い、乾いた に存在しなくな 0 ていたーー知り合 0 たのである。わたしたちには音であり、鳥の脚の固い爪でひ 0 かくような音であ 0 た。突然わた しは鉄道線路のわきの塹壕にジェイムズといっしょに避難したとき 一九一八年の心は何ひとっ残っていなかった。戦争の見通しについ ての共通の苦悩、軍人の嘘についての共通の軽蔑、負傷した戦友にのことを思い出した。 対する共通の愛情ーーこれらの感情は当時のわたしたちの外側の皮「そうか ! 」と、わたしは快活にい 0 た。「あなたは鼠を飼ってい 膚同様、減びてしまったのである。たったいまこの部屋に入 0 たわますね ? このおかげでわたしは二人に共通の想い出を思いだしま たしにとって、この部屋に住んでいるジェイムズは。ヒカデリー広場した」 でわたしがたまたま引きとめた通行人のように、ま 0 たく見知らぬ「鼠 ? 」彼は不満げに立ち上った。「どうして病院のなかに鼠がい 存在なのだ。彼の奥底にいまも 0 てある昔のあの心を見出す手段はるのかね ? : : : きみの聞きちがいだよ : : : ところで、気の毒だが、 冫ししかないのだ。ぼくの患者を診察して ここにこれ以上いるわけこよ、 ただ一つ、わたしの失望を彼に打明けることだけだった。 っしょにきます まわらなければならない時間になってしまった。い ・ : あなたはイ。フルでの夜のことを覚えてい 「妙ですね、ドクター ますか ? 気狂いの人格の分裂についてあなたが話してくれたあのか ? たぶんきみには興味があるでしよう」 いまではわたしはまったく気詰りだった。 夜のことを ? わたしはいま、あのときと同じような感情を感じて います。あの時代のわたしを探すためにここにやってきたわたし「お邪魔じゃないのですか ? 日をあらためてまたやってきます」 ) と同時に、皮肉な口調でいった。 は、あなたと会う瞬間はさそゃうれしかろうと思っていたのです「いや , 愛想がいし いまなら・せんぜんそんなことはないよ」 が、無駄でした」 ジェイムズは急いで流しのほうに向い、シャポンの泡を少し手に こうした言葉はジェイムズの心に、学識豊かで、ユーモラスなか っての彼の話しぶりを充分に思い出させただろう。しかし、彼はけとると、洗面器の縁の赤いしみを洗い落した。 だるそうに肩をすくめただけで、煙草に火をつけ、不安げにまわり を見廻わしながら椅子の一つにくずれるように腰を落した。 「あ ! と、彼はため息をついた。「・ほくはもうずっと以前に、精 サグリメーション セント : ーナビ】病院は想像していたほど陰欝な病院ではない 神分裂や昇華について研究するのをやめてしまったんだ : : : そ ようだった。各病室は黒と白のタイルで敷きつめられ、赤いべッド していまは、癌腫患者、心臓病や肺病の患者の世話をしている : ・ ロンドンの港から・ほくのところに、ときどきあなたの国の人や水夫の縁には掛けぶとんがきちんと折込められていて、窓には花があっ た。青い着物をきた看護婦たちは、にとんどが美しくてやさしく、 などが送られてくる : : : 」
どんな顔をするだろう , とくに、トニーの顔が見ものだな。こい サチコ ・コレミツがドアのすきまから顔をのそかせ、そして中に つをテレビ放送したら、全地球がかっと沸くこと請けあいだ ! 、チ入ってきた。 = ンバレンはマイルズ大尉に向きなおった。「ジ = フ、わるいが机「なにかお手伝いできるようなーー」と言いかけて、「なにかあっ とイスをまかせるよ。こっちはその間にだれかを探して、セリムと たの ? なにか重大なこと ? 」 トニ 1 へ知らせてやる。それとグロリアにもだ。 , 彼女がこれを見た「重大なこと ? 」チ = イ ( レンがまくしたてはじめた。「あれを見 ら たまえ、サチ ! あれが読めたんだよ ! マーサが火星語の解読法 「おちついてちょうだい、 シド」マーサま、つこ。 。しナ「テレビ放送のを見つけたんだ ! , 彼はマイルズ大尉の腕をつかんだ。「さあ行こ まえに、台本を見せてもらったほうが安全なようね。これは序のロう、ジ = フ。ほかの連中にこれを知らせなくちゃ まだ早口に でしかないのよ。階下の書物のどれかを読めるまでには、まだ、何しゃべりまくりながら、彼は急ぎ足に部屋を出ていった。 年、何十年もの月日が必要だわ」 サチコは壁面の文字を眺めた。「ほんとうなの ? 」とたずねてか 「きみの考えているよりは、はかどると思うね、マーサ」ペンロー ら、まだマーサがろくに説明しないうちに、両手で彼女を抱きしめ ズはいった。「われわれ全員がそれに取り組むし、電送写真で資料にきた。「まあ、じやほんとうなのね ! 解読ができたのね ! よ を地球に送って、むこうの人びとにも協力してもらう。できるかぎかったわ ! 」 りのものを送ろう : : : われわれの手でわかったすべて、それに本の セリム・フォン・オルムホルストが入ってきて、マーサはまた説 コ。ヒー、きみの単語リストのコビーもーーー」 明をはじめねばならなかった。こんどは終りまで話すことができ そして、まだほかにも表はあるはずなのだーー天文学や物理学やた。 工学関係の表 , ーー言葉と数字がおなじ比重を持っている資料が。階「しかし、マーサ、そりや確かなのかね ? むろん、この言語の解 下の書庫は、そうしたものでいつばいにちがいない。それをローマ 読は、あなたにとってとおなじように、いまではわしにとっても大 字の 7 ルファベットとアラビア数字に置きかえれば、だれかが、ど事なものになっているんだよ。しかし、あれらの単語がほんとうに こかでーー・ちょうど。〈ン 01 ズとトランターと彼女が、元素表から水素や〈リウムや硼素や酸素を意味していると、どうして言いき、 それを見つけたようにーーその数値の意味を見出してゆくだろう。れる ? 火星人の元素表がわれわれのそれとおなじものだと、どう そして、書庫にある化学の教科書も全部選び出すのだ。元素の名のして言いきれるんだね ? 」 出ている箇所で、前後の文脈を調べれば、新しい単語の意味が明ら トランターとペンローズとサチコは、、 しっせいに意外そうな表情 かになるかもしれない。そのまえに、彼女自身が化学と物理学を学で彼を見つめた。 び直さなくては 「あれはただの火星人の元素表じゃない。唯一無二の元素表なんで すよ」モート・トランターはたまりかねたようにいった。「いいで
彼はトニ ・ラテ言マーを指名しなかった。ラティマーは、その 「そう」彼はカクテルを飲みほすと、夕食の直前に一服つけたもの 大学の後押しで、学術調査隊に加えられたのだ。それには、ど、ぶ かどうか迷った表情でパイプを眺めてから、ポケットにおさめた。 裏面工作があったらしい。できればその真相を知りたいものだと、 「まさに新世界だーーしかし、この年よりにはもう縁がないよ。わ マーサは思った。彼女自身は、これまで大学や大学の政略のお世話しは一生をヒッタイト語の研究に費やした。このトルコなまりで にならずにすましてきたのである。これまでにたずさわった発掘作は、ムワタリス王にも通じんかもしれんが、ともかくヒッタイト語 業は、すべて非学術財団や美術館の出資によるものだった。 は話せる。だが、ここではなにもかも新規まき直しで学ばねばなら 「あなたは高い名声を持っている。あなたとおなじ年ごろだった時ない 化学、物理学、工学、鋼鉄の桁や、べリリウム銀合金や、 分のわしなどは、及びもっかない。だから、火星語が翻訳できると。フラスチックやシリコンの分析試験。二輪戦車に乗り、剣で戦い 力説してあなたが評判を落すのを見るのが、よけいわしにはつらい鉄の鍛造をやっと知りはじめた文明のほうが、わしの性に合うんだ んだよ。正直いって、どうしてあなたが成功するつもりでいるのよ。火星は、若い人たちのものた。わしはいってみれば、戦車や飛 か、わしにはわからんのだ」 行機での戦術を知らない、騎兵隊の老将軍さ。あなたには、火星に 彼女は肩をすくめてカクテルを飲み、それからタバコをつけた。 ついて学ぶだけの時間がある。わしにはない」 ただの感じでしかないものを言葉にすることが、そろそろ億劫にな いまさらそうしなくても、ヒッタイト学の長老としての名声は不 っていた。 動なんだもの、とマーサは心の中でつけ加えてから、そんなことを 「わたしにもいまはわかりませんが、きっと成功してみせます。ひ考えた自分を恥じた。彼はトニー ・ラティマーなどといっしょにさ よっとしたら、サチコのいったような入門テキストが、みつかるかれるような人じゃない。 もしれない。子供の絵本とかそんなものが、どこかにあるはずです「ここへわしがきたのは、調査をスタートさせる、それだけのため わ。それがもしなくても、ほかのなにかを見つければいいんです。 だよ」老人は話しつづけた。「それにはべテランが似合いだと、連 わたしたちがここへきて、まだ六カ月しかたっていませんものね。邦政府では考えたんだろう。ともかく、仕事はスタートした。あな もし必要なら、一生かかってもい ぜがひでもやりとげますわ」たとト = ー、そして〈スキャパレリ〉でやってくるだれかが、それ 「わしはそう長く待てないんだよ」フォン・オルムホルストはいつをひきつぐのだ。あなたもそういったしゃよ、 オしか。ここは文字どお た。「余生といっても、せいぜいあと数年だろうから。〈スキャパ りの新世界だと。この遺跡は、最後の火星文明に属する一つの都市 レリ〉が交代して軌道に入るときには、わしはもう〈シラノ〉で地にすぎない。その背後には、後期高地文化や運河建設時代が、そし 球に向っているはずだ」 てそれ以前にも、さまざまな文明や民族や帝国が火星の石器時代に 「残念ですわ。ここは考古学にとって、文字どおりの新世界なのさかの・ほるまでつながっているのだ」しばらく口ごもって、「マー サ、これからあなたの学ばねばならぬことは、どれだけあるかしれ 6 5
だから、わたしがこういっても愚痴にとらないでくれたまえ。だ たウイルヘルム二世』だとは、こんりんざい気がっきはしまい」 が、マ 1 サ、ほんとうにこれからなにかがわかると、きみは思って サチコがルーべをはずして、タバコをつけながらいった。 しるのかい ? 」 「表題を説明するための絵も、あることはありますわ。たとえば、 サチコが、火星人の紙にあたるシリコン・プラスチックの断片軍で使っている絵入りの会話テキスト 小さな線画の下に、単語 を、ビンセットでつまみあげた。三センチ角に近い大きさだった。 や熟語がついたのなんか」 「どう ? そっくり三語分よ , サチコは歓声を上げた。「アイヴァ 「ふむ。むろん、そうしたものが見つかれば別だがね」フォン・オ ン、あなたは楽なのにめぐりあわせたわねー ルムホルストは講釈にかかろうとした。 フィッツジェラルドは、そんなことで話題をそらされはしなかっ 「あれは五十年代だったな。マイクル・ヴェントリスが、それに似 「こんなしろものは、まるで無意味だよ。五万年前に書かれたときたものを発見したのは」だしぬけに、ペンロ 1 ズ大佐の声が、マー サのすぐうしろできこえた。 には意味もあったろうが、いまはない」 マ 1 サは首を横に振った。「言葉の意味は、時の経過によって消彼女はふりかえった。大佐は老考古学者のテー・フルのわきに立っ えたりしないわ。いまだって、昔とおなじように意味があるはずていた。フィールド大尉とエアダインのパイロットは、もう帰った あとだった。 よ。ただ、わたしたちにそれが読みとれないだけで」 「つまり古代ギリシャの兵器庫目録の粘土板が大量に発見されたん 「その区別は無意味なような気がするがね」フォン・オルムホルス だ」ペンローズはつづけた。「それはクレタの線文字で記されて トが会話に加わった。「それを解読する方法が、もはや存在しない となるとー おり、リストのそれそれの上には、剣とか、兜とか、三脚釜、二輪 、え、きっとそれは見つかります」反駁というより、自分を励戦車の車輪などの小さな略画がついていた。それが彼に解読のきっ かけを与えたんだよ」 ますような口調を意識しながら、マーサは答えた。 「どうやって ? 絵とその表題からかね ? 表題つきの絵ならいく「大佐も、すっかりひとかどの考古学者になりましたな」フィッツ ひと つも見つかったが、そこからなにがわかったろう ? 表題は絵を説ジェラルドが半畳を入れた。「この探険隊じゃ、めいめいが他人の 明するものであって、絵が表題を説明するものじゃない。たとえばお株のとりあいっこだ」 だよ。われわれの文化とは無縁な異星人が、たまたま一枚の写真を「いまの話なら、この遠征の計画が持ちあがるまえから知っとった 見つけたとしよう。白い口ひげとあごひげの男が、丸太を薪に挽いさ」ペンローズは、金色のシガレット・ケースの上で、タバコをと ている写真だ。彼はそこに書かれた表題が『木を挽く男』という意んとんと卩、こ。 ロしナ「三十日戦争のまえの中尉時代に、情報部の学校 味だとは、思うかもしれない。だが、それが実は『ドルンに亡命しで教わったんだ。もっとも、考古学上の発見としてでなく、暗号分 5
字の区別と、十進法が使われていることはすでにわかっていた。そ彼はぶつぶっとひとりごちながら、ページをそろそろと持ち上 れでいくと千七百五十四号、 ドーマ、一四八三七となる。これからげ、透明。フラスチックの台紙を、微妙な手つきでその下へ滑らせて 9 ドーマは火星の何月かにあたるものにちがいない。 見て、 この言葉いった。こちらは、猫が前肢で顔を拭く動作を思わせるようなサチ も、これまでなんどかお目にかかっている。 / ートと整理ずみの資コのきやしゃな手の鮮かな動きとはちがって、蒸気ハンマーが。ヒー 料をひっくりかえしながら、マーサは知らず知らず、せわしなくタナツの殻を割っている感じである。考古学の野外作業にもある程度 の器用さは要求されるとはいうものの、マーサはそんな二人を羨望 バコをふかしていた。 と讃嘆の目で見まもるのだった。やがて、自分の仕事に戻った彼女 は、目次の整理を終った。 サチコの話し声と、テープルの端でイスをひきずる音がした。顔 つぎのペ 1 ジは、目次のトツ。フに置かれた記事の始まりで、見馴 を上けたマーサは、緑の軍服の肩に少佐の一つ星をつけた、あから れない単語がたくさん並んでいた。マーサは、これがなにかの学術 顔の赤毛の大男が腰をおろすのを目にとめた。軍医のアイヴァン・ フィッツジェラルドである。坐った彼は、サチコの復元しているの雑誌のようなものにちがいないという印象を深めた。もっともこれ とおなじような本から、文鎮をとり上げた。 は、そうした種類の刊行物が、彼女の購読する雑誌の大部分を占め 「ひまがないんだよ、近ごろは」サチコの質問に、彼が答えているているせいかもしれない。とにかく、小説ではなさそうだった。誌 のがきこえた。「フィンチリ 1 の娘がまだ寝こんでいて、いまだに面がいかにもぎっしり詰って、硬い感じなのだ。 しばらくして、アイヴァン・フィッツジェラルドが、短い唸り声 病名の診断がっかない。その細菌培養検査で忙しいところへ、合い 間を見て、ビル・チャンドラーの標本解剖を手伝ってやらなくちやを上げた。 うまいぞ ! 」 ならん。ビルのやっ、ついに哺乳類を発見したよ。トカゲそっくり「ほうー で、体長は十センチほどしかないが、正真正銘の温血で両性生殖型マーサはそっちをふりかえった。フィッツジェラルドは、ちょう の胎生哺乳類だ。穴を掘って住み、この星の昆虫にあたるものを餌どページをそっくり剥がし終ったところで、もう一枚のプラスチッ にしているらしい クを上から貼りつけようとしていた。 「そんな動物が住めるだけの酸素があるのかしら ? 」サチコがきい 「絵はなかったかしら ? 」彼女はたずねた。 「このべ 1 ジにはない。待ってくれ」と裏がえして、「うん、こっ 「地表近くにはあるらしいね」フィッツジェラルドは、ヘッドバンちにもないな」そういうと、彼は別のプラスチックにス。フレ 1 を掛 トを調節すると、ルーべを目の上におろした。「ビルがそいつを見けて、原本をサンドイッチのように挾みおわり、それからパイ。フに 一服つけた。 ほほう、このペ 1 ジ つけたのは、干上った海底の谷間なんだが は満足らしいそ。そっくりうまく持ちあがるといいがーーー」 「この仕事もまんざら楽しくなくはないし、指先の訓練でもあるん
つつあるのだった。「人類の、他の知的生物に対して犯した罪の後のものに由来するのではなくて、人類文明の特質かも知れない。 ーおそらくこれまでにも、人類はいくつもの″周辺の可能性をや、 始末 , という仕事を。彼は〃人類の罪″について、〃人類に対し 〃自分自身の種の中における可能性〃を、ほろ・ほしてきたのだろ て〃責任をとるつもりらしかった。 ~ 。しったん失われてしまえば、二度と、 う。そしてそれらの中こよ、、 そのことの当否を問うだけの気力は、・ほくたちになかった。 だが、完 この宇宙史の中で回復できないものもあっただろう。 若いということは、折れやすいことだったし、傷ついてしまえば、 。いかないまでも、今すこし高度の慎重さをうむほどの叡知 まるで宝物をこわした子供のように途方にくれてしまう。ぼくたち璧とよ は傷つき、やましさと恐怖の念でいつばいの、おろおろしている青も、人類の中には欠如しているのではないか ? 技術文明は、ます 一一才にすぎなかった。いつの日か、このことが世間に解禁され、局ます発展速度を早めつつあるのに、人間の叡知は、いつもそれに追 長はひょ 0 としたら、ごうごうたる非難をあびるかも知れない。彼いつけず、ますます = ントロールできなくなるのではないか ? これは、人類にその深まり行くギャップが人類の限界かも知れない。今、完璧な はおそらく今、それを覚悟でやっているのだ。 ″慎重さ″を要求すれば、人類は一切の行為を停止せざるを得ない とって、いずれは是非、知らされなければならない教訓だった。だ が、今はかくされなければならなか 0 た。ククルスクが減亡してしたろうが、それでなくても、 " 抑制のとれた文明的行為。さえ、彼 まうまでーー。局長直属の科学者たちが、何とかこの抗ウイルス剤らはついにマスターできないのではないだろうか ? 」 の遺伝的影響を除去する方策を見つけるべく、影で必死の努力をつ づけている、ということもきいた。だが、今のところそれは絶望的だが、今は、ナ ( ティガルの言葉も、ぼくたちにと「て何の慰さ ぼくたちは傷つき、つかれ、めいめい めにもならなかった。 、、、、まくらにもはっきりわかった。 。こ、とい、つこと力を の内面に閉じこもって、ヴァージニア大学都市へかえってきた。あ それにしても、何といういやな後味の悪い結末だったろうー 善意に発した果断な行為が、ある種の慎重さを欠いたばかりに、善の " 悲しみにおける共感。さえ、もうぼくたちの中に存在しなか 0 意を発揮しようとした当の相手に、この上ない不幸な結果をもたらた。ぼくたちの間で、何かがこわれてしま 0 たみたいだ 0 た。人類 しかし、人類のきずき上げてし の″敵″であったかも知れないが、 してしまったのだ。 「われわれの文明は、常に慎重さを欠く : ・ : ・」と、ナ ( ティガルはま 0 た文明の、真の後継者とな 0 たかも知れない、すぐれた種族を この地球の片隅に人目にかくれてのこされていた、が稀な可能 しー 「がむしやらに進み、進んでいる間はまったく自己本位 で、周囲を考えない。 叡知のあらわれるのはその進み方が少し性。を、自分たちの手でほろ・ほしてしま 0 たという、 " どうしよう くつもの、とりかもない、不幸な罪″の意識が、・ほくたちを、ばらばらに切りはなし にぶってからだが、それがあらわれるまでに、い もう・ほくたちサバティカル・クラスのメン・ハーの そのことは、しばしてしまった。 えしのつかない犠牲をうみ出してしまう。 ば歴史の本貭と思われがちだが、よく考えてみると、それは歴史そ間に、二度とあの陽気さはもど 0 てこないたろう。そして、大学は 円 9