も、彼ら自身の歴史を年代を追うて語ることができる。彼ら自身 2 7 〃ククルスク〃の一族は、自の、種族的なほこりも幾分まじえてではあるが、およそメソアメリ それはおどろくべき話だった。 分たちのはるかに遠い歴史に関して、実にはっきりとした記憶をも力において、旧大陸とは全然関係なしに、おどろくべき発展をとげ た、天文、暦法、数学の一切の源は、彼らの種族が教え、もたらし っていた。それは、伝承というよりも、正確な″歴史〃といってい デ・タラタ教 いものだった。彼らは、歴史と暦法について、異常に強い関心をもたものである、と、トルカバン老人は断言した。 ファクト っており、信仰的なものより″事実〃の記憶、または記録を重視授がいっていた、グアテマラのトトニカバン附近で発見された前十 し、同時に″事実〃の経過の中から、史的現象一般の法則性を抽出二世紀にまでさかのぼる″原マヤ文明みともいうべきものも、彼ら の一支族がうちたてたものだという。 ( マヤは前三世紀ぐらいから する、一種の、きわめて合理的な、歴史哲学ともいうべきものを、 はるか古代からもっていた。その歴史哲学によってはるか古代か発展しはじめた ) 現在、中米でもっとも古く、八〇〇年代にさ ら、彼ら自身のさまざまな〃伝承の検証と〃事実〃にもとづく修かの・ほれるとされている、あの特異な〃ォルメカ的顔貌みの石像で 正をくりかえしており、そのため彼らは今日のが科学的歴史〃にく知られるオルメカ族に、最初の天文と暦法を教えたのも、彼らの先 メソアメリカ祖である。またオルメカたちに、ゴムのことを教えたのもーー・・オル らべてまったく遶色ない歴史意識をもっていた。 メカは〃ゴムの目〃とよばれるーーー・彼らの先祖だという。 文化の、きわめて古い共通の根と思われるものから出発しながら、 では、どうして彼らがーー・彼ら自身、自分たちを呼ぶのに、特別 彼らが古代中米文明の、あの血みどろの犠牲と、混乱した宇宙観に おちこまなかったのは、こういった彼らのおどろくべき明晰性の故な名称をもっているらしいのだが、どういうわけか、彼らはその名 だった。その明晰性をささえたものは、おそらく、現在はかってみを明かしたがらないので、インディオたちのよび名にしたがって、 て、ネオで平均二百ちかい、彼らのおどろくべき知能の故であった がククルスク一族〃とよぶことにするがーーそのおどろくべき知能 ろう。 たとえばォルメカの、マヤの、 をもって、後世にのこるような 彼らは、古代マヤの太陽暦によっても、またそれとくみあわさっサポテカの、トルテカの、そしてアステカのごとき大文明をきずき て、複雑きわまる五十二年周期の暦法をつくり出した、ツォルキン上げなかったのか ? 暦とのくみあわせによってでも、自分たちの歴史を語ることができ 彼らは、はるか遠い昔、もっとも早く中米地域にはいった一 しかし、同時に彼らは、およそ紀元前四千年に一つの起点群だったが、当時彼らは、〈超人的能力をもっ神人的種族〉とし をおく、彼ら独自の六千年の歴史の体系をもっており、また、われて、周辺のふつうのインディオたちからおそれられていたものの、 われの採用している暦法にもとづく歴史に還元することも、きわめ彼ら自身、自己の特異な性質を、優越的にふるうべき対象となる社 て簡単にやってのけた。ーーー彼らは、メキシコ高原文明や、中部ア会が存在しなかったのである。そういった状況も手つだって、彼ら ンデス文明の暦法にもすべて通暁しており、そのどれに準じてでの文化の基盤には、戦闘による″征伐〃と″支配〃や、またプラグ
分はからつぼだったが、中には備品が残っているものもあり、その河建設者ーー・蒸気シャベルや起重機とおぼしい機械を使って、無人 中には机のついたイスも含まれていた。さっきの大学説を唱えた女の平原に地下水路を掘り進めている人びと。おびただしい都市 性は、それが教室に似つかわしい品物であることを指摘してみせ縮まりゆく大洋に面した海港。衰退し、なかば見捨てられた都市 た。上りと下りのエスカレ 1 ターは廊下の両端にあったし、右手の群。そして、完全に遺乗された一つの都市。その雑草の生えた広場 交叉通路にも見つかった。 の中央にいる、人間に似た四つの小さな人影と、戦車のような乗 「これで教室を移動する生徒を運んでいたのでしようーマーサは感物。周囲の巨大な、生命のない建物に比べて、ひときわ小さく見え 想をのべた。「まだ、このむこうにも何台かあるはずだわ , るその姿。マーサはもうなんの疑いも持っていなかった。ダルフフ ルヴァは歴史なのだ。 廊下が四角な中央広間で終っているのを見て、一行は立ちどまっ フォン・オルムホルストがしゃべっていた。「こ た。そこには、壁の二面にエレベーターがあり、まだ階段として使「すばらしい えそうな四台のエスカレーターがあった。しかし、一行の足をとの種族の全歴史だ。そう、もしこの画家が各時期の衣服や武器や機 械、そして建築様式までを正確に描いているとすれば、この惑星の め、目を見はらせたのは、壁と、その上に描かれた絵だった。 塵をかぶったそれは、もうろうとぼやけているーーマーサはあり歴史をそれそれの時代と文明に区分することもできるだろう」 し日の状態を想像しようとっとめながら、同時に、それを拭き清め「正確さについては信頼がおけると思いますわ。この大学の教授会 だが、なにが描も典拠にはやかましかったでしようから。なにしろ、ダルフフルヴ るのに必要な手間を考えずにはいられなかった アーーー歴史学部の壁画ですもの」マーサはいった。 かれているかは見わけがつく。そして、四面の壁それそれの上のほ ダルフフルヴァは歴史か ! そしてあの雑誌は、ソル うに金文字で書かれた、ダルフフルヴァという言葉も。彼女が、そ「そうかー ンフルヴァの専門誌だ ! ーベンロ】ズが叫んだ。「きみのいうとお の壁画からやっとある火星語の意味を見つけたと気づくまでには、 りだよ、マーサー しばらくひまがかかった。壁画は、部屋の右回りの順に並べられた 歴史の大パノマラなのだった。焚火を囲んでうずくまっている、毛大佐がデーン博士といわずに、ファースト・ネームで呼びかけた 皮をまとった野蛮人。弓と槍を持ち、ちょっと豚に似た獣の死骸をことに、一瞬たってから彼女は気づいた。ひょっとしたら、ある火 かついでいる狩人。角のない鹿のような、足の長い優雅な動物に乗星の単語の意味を知ったことより、そのほうがより大きな勝利では ないのだろうか ? それとも、より幸先のよいスタートでは ? った遊牧民。種をまき、刈入れをする農夫。土壁の小屋が並んだ 村、そして町。僧侶と兵士の行列。剣と弓矢、そして大砲と小銃で「独立して使われた場合、『フルヴァ』は科学とか、知識とか、研 の戦い。ガレー船、帆船、外からは推進手段の見えない船、そして究とかいった意味なのでしよう。結合すると、わたしたちの『 飛行機。移り変る衣服と武器と機械と建築様式。しだいに不毛の砂学』にあたるものになる。そして、ダルフは、過去とか古い時代と 漠と荒原に変ってゆく沃野ーー全惑星をおそった大旱魃の時代。運か、事件とか、年代記とかいうものを意味するものだと思います
るだけのスペースはあったろう : ホテルには、ナハティガルが、 をとったみたいになっていた。 「しかし・ーーおどろくほど、革命的な変異が、たてつづけに起って 、 - ほくたちは、ナハティガ アメリカからジャコボをつれて来てした。・ ルのしずかな顔を見た時、何だか泣き出したいような気分におそわ いるわけですね」とアドルフはいった。「体内発電、蓄電機構、生 れた。 理的電波発信受信装置、大脳の一部の出産後の分裂増殖 : : : 」 「さっき、ヤング教授からきいたよ」とナハティガルはいった。 「もっとも漸進的な変異は、脳細胞の一部の、出産後の増殖、とい 「むずかしいことになったね : うことだけかも知れんよ , とヤング教授はいった。「これだけは、 「サーリネン局長は、どういう処置をとるでしようか ? 」とヴィクホモ・サビエンスには、今のところ絶対見られん現象だからね。わ トールはいった。「むずかしいところですね。ーーーもし、彼らが存れわれより二対多い染色体の中のどれかに、それがふくまれている 続し、われわれの社会に滲透してきたら、彼らは文句なしに、われのかも知れん。あとはーーー異様に見えるが、生物がその長い歴史の われの社会を支配しますよ。あの妙な " 超絶主義。なん 0 想がな中で、部分的にだがや 0 てきたことだ。それが新しい変異とい 0 し かったら : ょに発動されたのかも知れないな」 「といって、あの思想がなかったら、彼らはあれほど純粋にわれわ「発電機構はともかく、電波はどうなんです ? 」 れと共通の祖先から分離してこなかったでしよう , と、デ・タラタ「蜜蜂は、紫外領域を見ることがでぎるし、ある種の蛇は、赤外領 教授はいった。「もっと早い段階で、混血して、痕跡ものこってい域で獲物を見つけるー 「しかしーーー発電機構はないでしよう ? 」 なかったでしようね。それによって、人類の歴史そのものもかわっ 「ばかをいっちゃこまるねーー」と教授はうすく笑った。「生物体 ていたかも知れないがーーー人類というのは、好奇心旺盛で、それだ けきわめて好色な生物ですからね。なんとでも、どんな連中とで内の電気は、すべてよわい電磁波をともなうのは常識だ。それにあ ジフィリス も、とにかくまじわってみる傾向をもっています。梅毒が、もとはる種の生物は、ある種の電磁波を出して、それをコミュニケーショ ホタルの発光はコミュ ンにつかい、求餌行動につかっている。 南米の、家畜の病気だったことは知っているでしよう ? 」 ニケーションだ。そして、あのルシフェリンとルシフェラーゼとい 「それにしてもおどろいたなーーー」とデイミトロフがつぶやいた。 う発光酵素は、われわれの技術がまだ達成していない、もっとも効 「この二十一世紀まで、われわれの眼にふれなかった、″新人種〃 率の高い発光だ : ・ ぼくたちは、押しだまった。ーーすると、〃電波生物〃というも 「新大陸は、それが可能な土地だったのかも知れないな」とランべ 1 ル教授はいった。「新大陸だけで、人類は一万五千年の歴史をものは、長い進化の道程の中で、いっかはあらわれてくるべきものだ っているからね。 いったいどの段階で、あの″種〃が突然変異ったのかも知れない。考えようによっては、人間がそれだ。彼らは 酌に発生したのか昔目わからんがーー発生した変異種が、離されそのすぐれた″大脳認の産物である″科学鼓術諸の発展の途上に、 円 2
それは、″愚かなるもの〃たちのつくり上けた文明の上に君臨 ずに、ほとんどあらゆる暗号を解読していたからである。 これ われわれし、これを〃支配するのは、彼ら〃聖別されたもの〃 彼らの〃世界〃についての知識は急速に増大した。 が、彼らが彼ら自身をよぶ時の、一つの呼び方だった の世界の知識が増大するにつれて、彼らの知識も増大した。彼らは ガリ・クルチや、シャリア。ヒンや、べニー・グッドマンについてよう考え方である。 く知っていた。全世界のニ = ースについて、都会のラジオ聴取者と最初、これをとなえ出した、ある思想家は、長老たちゃ哲学者た ちから、はげしい反撃をうけた。ーー長老たちにとってみれば〃ク これは当然であろう。 同じくらいよく知っていた 放送電波は、単なる娯楽や、報道だけでなく、語学や教養講座、クルスク文化″の、もっとも精髄たる思想は、〃力の葛藤からの超 ーー血みどろの闘争や、支配、被支配、階級社会など 通信教育講座ものせはじめた。ーーー彼らはそれをむさ・ほるようにき絶〃だった。 き、われわれよりはるかに早く吸収し、そこからわれわれの知能では、〃理性によるコミ = = ケーションと自己統御″のできないけだ は考えられないような理解能力と推理能力で、問題の本質にせまつものや〃愚かなるもののやることであり、 " 聖なる能力〃をあた ートランド・ラ えられた彼らは、絶対そういう″けがれた世界〃にタッチしてはな た。今日、彼らが、アーノルド・トインビ 1 や、 ッセルやメダウォア、コ 1 ン・ ( ーグ、ケネス・ポールディングなどらない、というのが、この一族の、もっとも根の深い伝統にのっと もし、″愚かなるもの〃たちが、 った考え方だったのである。 の名を、一種の尊敬をこめて語るのは、 O や、米州ネットワ 1 自らの力によってほろび、歴史が、ククルスク一族に〃愚かなるも クの教養講座の影響である。 第一次大戦に、彼らは非常な関心をよせ、第二次大戦とその後のの。に対する知的援助をさしのべるべき機会をつく 0 たにしても、 世界は、彼らの指導者に、ふたたび彼らの種族に対する自信をつよその時は、あの古代アステカにおいてなしたがごとく、彼らに忠告 や警告の〃知的援助〃をするだけで、決してみずから彼らの〃統率 めさせた。 〃愚かなるもの〃たちは、″知恵の 「〃愚かなるもの〃は、結局〃愚かなるもの〃だった」と、当時の者〃になるべきではない。 彼らの指導者は、一族のものたちに語ったという。「あの無細工な進化の途上における、一種の〃できそこない〃であって、こうい 機械によって、われわれのが聖なる能力〃の一部を代行させようとった連中は″支配するにさえ、値いしない〃むしろ、彼らとの接触 によって、低次生物の傾向である貪欲や、安逸をもとめる心や激情 も、全地上にその種族をはびこらせようとも、〃愚かなるもの〃 といったものの影響をうけ、それによってククルスク生得の〃聖な は、その手に入れた巨大な力によって、みすからほろびるだろう。 なぜなら、彼らは、自分がうみ出してしまった巨大な力を統御る知恵〃さえくもり、堕落してしまうであろうーーというのが、大 方の意見だった。 する〃賢こさ〃をもちあわせていないからだ」 この時点から、次第にククルスク一族の中に、あるあたらしい政しかしながら、この″思想は、ククルスク一族の歴史の中で、 それは、若い世代に まったく革命的といっていい意見たった。 治理念ーーというより、歴史意識が形成されはしめる。 7
状から回復している。再発は一件もなし。奇跡的というのには、わりを取り除き、喉の痰を吐きだすあいだ、うやうやしく中断されて ずかに足らないだけの結果だよ」ジ = イクはためら「た。「むろきた。他の病気は、人間の能力を奪い、ときにはその途中で死さえ もたらす。風邪はただ多くの人間に苦しみをもたらすだけだが、そ ん、あれからまだ一カ月にしかならないから : : : 」 「一カ月だろうが一年だろうが一世紀だろうが、変わりがあるものれは、それを抑制しようとする超人的な努力の大半を、それが執拗 にはねかえすからなのだった。 か ! ようやく眼をあいて彼らを見るんだ。世界一豪勢な風邪が六 そのうすら寒い、雨のそぼ降る十一月の朝、福音が四インチの大 百件だそ。それがいま鼻風邪ひとつ見られない」そう言って、ずん ぐりした医者は赤ら顔をほころばせながら、どっかとデスクに向か見出しに乗って世界を訪れるまでは って腰をおろした。「さあ、きみたち、現実的になりたまえ。積極的 ネイルズ・リッド・オソ・コモン・コールド な考えかたをするんだよ ! なすべき仕事は山ほどある、いやって コフィン、風邪にとどめをさす ほどあるんだ。おそらくワシントンからも呼出しがかかるだろう。 二十分後には記者会見だ。製薬会社とも協議せにゃならん。どうし 『咳よさらば』新療法の発見者語る ていまさら《進歩》の通り道に立ちふさがることができる ? われ われはあらゆる時代を通じて、最大の医学的勝利をおさめたんだよ 風邪を狙い撃ちーー注射一本くしやみはころり 註Ⅱ「ネイルズ・リッド・オン ~ 」は、「棺桶の蓋に釘を 。われわれの名は歴史に残るだろう ! 感冒の征服という : 打ちつける」の意で、コフィン〔棺桶〕にかけたもの。 そして彼の言ったことは、すくなくともある点で完全に正しかっ 「ショット」は狙い撃ちの弾丸〔ショット〕にかけたもの 彼らはたしかに歴史にその名をとどめたのである。 医学界では、これを″コフィン多心性上部呼吸器ヴィ 1 ルス抑制 ワクチンと呼んだ。だが、新聞はそんなごたいそうな名称には我 ワクチンにたいする一般の反響は、ほとんど空前絶後と言ってよ慢できなかったから、簡単にこれを″コフィン療法〃と呼んだ。 その大見出しの下に、世界的に有名な呼び物記事のライターたち かった。これまでの歴史を通じて、さまざまに人類を苦しめてきた 病気のなかで、ただの風邪以上に普遍的で執拗で、一律に人をみじが、古今を通じてのこの最大の謎に挑戦したチョーンシイ・パト めにさせるものはなかった。風邪はいかなる障害も、垣根も、身分ック・コフィン博士 ( その他 ) の、壮大な苦闘の物語を敬虔な筆致 のへだたりも顧慮しなかった。大使も小間使いも、平等に水洟をすで述べていた。いかにして、数年間にわたる試行錯誤ののち、彼ら すり、くしやみをした。隙間風が身にしみる日々、クレムリンの権がついに感冒の作因となる微生物の培養に成功したか、いかにし て、それがただ一箇のヴィ 1 ルス、また数箇のヴィールスの集団で 力者はしきりに鼻をくんくんいわせ、本物の涙を流し、鼻をかみ、 いつぼう、地球を震駭させる問題を審理する上院の審議は、鼻づまはなく、鼻腔、咽喉、眼などのやわらかい粘膜に侵入する多心性の ショット
つつあるのだった。「人類の、他の知的生物に対して犯した罪の後のものに由来するのではなくて、人類文明の特質かも知れない。 ーおそらくこれまでにも、人類はいくつもの″周辺の可能性をや、 始末 , という仕事を。彼は〃人類の罪″について、〃人類に対し 〃自分自身の種の中における可能性〃を、ほろ・ほしてきたのだろ て〃責任をとるつもりらしかった。 ~ 。しったん失われてしまえば、二度と、 う。そしてそれらの中こよ、、 そのことの当否を問うだけの気力は、・ほくたちになかった。 だが、完 この宇宙史の中で回復できないものもあっただろう。 若いということは、折れやすいことだったし、傷ついてしまえば、 。いかないまでも、今すこし高度の慎重さをうむほどの叡知 まるで宝物をこわした子供のように途方にくれてしまう。ぼくたち璧とよ は傷つき、やましさと恐怖の念でいつばいの、おろおろしている青も、人類の中には欠如しているのではないか ? 技術文明は、ます 一一才にすぎなかった。いつの日か、このことが世間に解禁され、局ます発展速度を早めつつあるのに、人間の叡知は、いつもそれに追 長はひょ 0 としたら、ごうごうたる非難をあびるかも知れない。彼いつけず、ますます = ントロールできなくなるのではないか ? これは、人類にその深まり行くギャップが人類の限界かも知れない。今、完璧な はおそらく今、それを覚悟でやっているのだ。 ″慎重さ″を要求すれば、人類は一切の行為を停止せざるを得ない とって、いずれは是非、知らされなければならない教訓だった。だ が、今はかくされなければならなか 0 た。ククルスクが減亡してしたろうが、それでなくても、 " 抑制のとれた文明的行為。さえ、彼 まうまでーー。局長直属の科学者たちが、何とかこの抗ウイルス剤らはついにマスターできないのではないだろうか ? 」 の遺伝的影響を除去する方策を見つけるべく、影で必死の努力をつ づけている、ということもきいた。だが、今のところそれは絶望的だが、今は、ナ ( ティガルの言葉も、ぼくたちにと「て何の慰さ ぼくたちは傷つき、つかれ、めいめい めにもならなかった。 、、、、まくらにもはっきりわかった。 。こ、とい、つこと力を の内面に閉じこもって、ヴァージニア大学都市へかえってきた。あ それにしても、何といういやな後味の悪い結末だったろうー 善意に発した果断な行為が、ある種の慎重さを欠いたばかりに、善の " 悲しみにおける共感。さえ、もうぼくたちの中に存在しなか 0 意を発揮しようとした当の相手に、この上ない不幸な結果をもたらた。ぼくたちの間で、何かがこわれてしま 0 たみたいだ 0 た。人類 しかし、人類のきずき上げてし の″敵″であったかも知れないが、 してしまったのだ。 「われわれの文明は、常に慎重さを欠く : ・ : ・」と、ナ ( ティガルはま 0 た文明の、真の後継者とな 0 たかも知れない、すぐれた種族を この地球の片隅に人目にかくれてのこされていた、が稀な可能 しー 「がむしやらに進み、進んでいる間はまったく自己本位 で、周囲を考えない。 叡知のあらわれるのはその進み方が少し性。を、自分たちの手でほろ・ほしてしま 0 たという、 " どうしよう くつもの、とりかもない、不幸な罪″の意識が、・ほくたちを、ばらばらに切りはなし にぶってからだが、それがあらわれるまでに、い もう・ほくたちサバティカル・クラスのメン・ハーの そのことは、しばしてしまった。 えしのつかない犠牲をうみ出してしまう。 ば歴史の本貭と思われがちだが、よく考えてみると、それは歴史そ間に、二度とあの陽気さはもど 0 てこないたろう。そして、大学は 円 9
わしの知識は、すべて著作の中で公表されていゑヒッタイト学は なりたい人間は、他人が自分より有名になることに堪えられない。 エジ。フト学とおなしものになってしまった。それはすでに野外踏査そう考えると、マーサの努力に対する彼の嘲笑もなるほどと合点が 7 や考古学ではなく、文献学や歴史学になってしまったんだよ。わしゆく。ラティマーは、彼女が火星語を解読できないと心から信じて は文献学者でも歴史家でもない。現場でツルハシとシャベルを振る いるわけではないのた。もしゃ彼女が解読しはしまいかと、怖れて う考古学者ーーっまり、高度な熟練と専門知識を持っ墓荒しであ いたのだ。 屑拾いなんだ。そしてこの惑星には、何百回生まれ変ってやり つくせないような、ツルハシとシャベルの仕事がある。これはまっ フィッツジェラルドは、ミス・フィンチリーの罹った正体不明の たく新しい対象だ。いままでそれに背をむけて、ヒッタイトの帝王病気の病原菌を、やっと分離した。その後まもなく、病状は徴熱に に関する脚注にすぎぬ仕事に戻ろうと考えていたわしは、大・ハ力だまで下り、そして彼女は全快した。ほかにその病気に罹ったもの ったよ」 よ、だれもいないようだった。フィッツジェラルドは、病 ~ 困がどう 「あなたはヒッタイト学でなら、どんなものを望んでも手に入ったして伝播したかをつきとめようと、また研究をつづけていた。 んですよ。優勝きわめつきの黨球チームよりあなたを欲しがる大学調査隊は、この都市がまだ港であったころに作られたものらしい は、一ダースもあった。だが、それでもたりないとくる。あなたは火星儀を発見した。彼らはその上で都市の位置をつきとめ、その名 火星学でも第一人者にならねば気がすまないんだ。ほかの者にそれ がクーカンーーーあるいは、すくなくとそれに似た母音Ⅱ子音率を持 を残してやろうとはしない人なんだ」ラティマーはイスをずらしてつ発音であることを知った。さっそく、チェンレンとスタンディ 立ち上り、くやし泣きのようにきこえる悪罵を残して出ていった。 ッシュはテレビ放送にクーカン標準時をつけ加え、ペンロ 1 ーズは公 ひょっとしたら、彼は感情に押し流されたのかもしれない。それ式報告へその名称をとりいれた。彼らは火星のカレンダーも発見し とも、マーサが気づいたように、彼も自分がなにを裏切ったかに気た。一年はだいたいおなじ日数を持った十カ月に分けられており、 づいたのかもしれない。まるでラティマーがテ 1 プルの上へ汚物をその一つはドーマであった。ノールという名の暦月もあったが、こ 投げつけていったような当惑を感じながら、マーサは一同の視線をれはマーサが最初に発見した学術誌の名の一部分なのだった。 避けて天井を見つめた。トニー ・ラティマーは、セリムが〈シラ動物学者のビル・チャンドラーは、太古の海底であったシルチス ノ〉で地球に戻ることを、必死で願っていたのた。火星学は新しい を、深く深くさぐっていた。クーカンから六百キロ離れた、約五千 分野である。もしセリムがそこへ首をつつこめ。は、すでにヒッタイメートルの地点で、彼は一羽の鳥を射ちおとした。全体的な特徴は ト学で確立された名声も、それにくつついて持ちこまれ、ラティマ鳥類というよりむしろ爬虫類に近かったが、すくなくともそれは翼 ーが渇望している大御所の座へ自動的に割りこんでしまう。フィッを持ち、どことなく羽毛らしいものを備えていた。彼とフィッツジ エラルドはその皮を剥いで剥制にし、それから残った死骸を徹底的 ッジェラルドの言葉が、彼女の心にもう一度反響したーー有名人に
あれほど ハランスのとれた歴史感覚を、やや衰弱させていた。 長波へかけて、ほとんどあらゆる帯域の電波をキャッチし、それを ラジオと同じ方式で検波し増幅する生理的能力をそなえた彼らにと理性的な歴史哲学の伝統をもっていたにかかわらずである。 〃地上のいかなるものよりかしこく、すぐれているみとい って、突然彼らの知覚内にとびこんできた、思いもかけぬ彼らの仲 間同士のものでない " 電波信号。は、途方もないセンセーシ = ンをう、やや硬直した自尊心と、危機意識が、彼らをして、一時期一種 ククルスク一族にまきおこしたーー最初はモ ] ルス符号、そしてつのきびしい " 鎖国政策。をとらしめた。いよいよしげく、地球上を まじとびかいはじめた〃電波情報〃が、彼らにきこえてしまうのは、ど 、には、〃音声〃をのせた電波が、彼らのすむ地域にとびかいを うしようもなかった。しかし、こちらから〃話しかける〃ことは、 めたのである ! 「私の父や祖父は、はじめて・フラジルの放送で、音楽をきいた時のも 0 とも厳重なタブーとされた。 ( にもかかわらず、若い連中の間 シ = ックを、よく話してくれたものだ : ・ : ・」とい 0 て、トルカバンで、この誘惑に負けるものがすくなくなか 0 たことは、トルカバン ーー中南米地域上空をとぶ航空機、ラジ 老人は笑 0 た。「若い娘たちなどは、まったく一、時夢中になったと老人自身がみとめていた。 は、むしように、このオ、アマチュアハムの交信などに、あらわれた〃混信″現象のうち いう。若い男たちーー私などもそうだが 電波と〃話をしたがった。だが、すぐ、こちらから〃話しかけのいくつかは、彼らの中の若いものたちが、〃話しかけたい うやむにやまれぬ欲望にしたがって、タブーをやぶったものかも知 ることは、きびしいタブーにされた : : : 」 〃愚かなもの〃たちの文明と、その状況に その当時の首長と長老会議は、まずこの″歌う電波″の発信源をれない ) そのかわり " 愚かなるもの。私たちの世界へ、何対する偵察は、おそろしく熱心にくりかえされていたのである。 つきとめることにした。 こちらの存在は、絶対さとられずに、むこうの状況をできるだけ 度も、姿をふつうのインディオにやっした〃偵察者″が派遺され くわしくさぐるーー彼らの指導者のとった政策は、〃知恵の高い少 た。そうして、ククルスクの軽蔑する〃愚かなる人間の一族が、 巨大な技術文明をきずき上げ、科学技術でもって、彼らを″愚かな数者〃としては、きわめて当然のことだったろう。二十世紀にはい ものたちとを基本的に区別していた″遠くはなれて語る能力〃やって、全世界の空を電波がとびかいはじめるとともに、そのことは 〃暗夜にものを見る能力〃″体内から雷を投げる能力など、こうきわめて容易になりはじめた。ーー彼らは、コロンビアの山中と、 マット・グロッソの森林中に、樹木を利用した巨大なアンテナをた いったもろもろの神聖にして神秘な能力を、技術的にマスターし、 て、一種の受信センターをつくった。そして、彼らの種族の中か 駆使していることを知った。 そのことが、〈地上において、いかなる生物よりもっともすぐれら、ラジオ、無電の内容分析の専門家を育てた。これものちになっ た能力をあたえられ、聖別された種族〉であると自負していたククてわか 0 たことだが、ククルスク一族のが情報分析専門家。たちは ルスク一族の指導者たちに、深刻な動揺をもたらしたことは想像に一時期の世界情勢について、悪名高いアメリカの O¯< そこのけの かたくない。外の社会からの、三百年の隔絶が、彼らの文化から、知識をもっていた。ーーー彼らの知的能力は、コンビ = ーターをかり 6
をあたえられて、インディオの歴史の系譜の早くからその姿を消し マティックな〃技術〃よりも、学芸や、知的認識の方を重んずる、 て、ただその″伝統〃だけをとどめ、混血していった連中は、次第 という傾向が、深く据えられたらしい その上、彼らは、まったくの少数者だった。ーーー・最初、北方からにその特異な能力を失いながら、ただ世襲的で無意味化した、さま 中米地域へうつり住んだ時の彼らの人数は、二、三百人、多くて五ざまな″呪法〃たけをうけつぐ、ただのインディオになって行く。 彼らはインディオから畏怖されてもいたが、同時に嫌悪されて 百人程度のものたったろう、とトルカバン老人は、彼らの史書とも いうべき、古い叙事詩の一節をくちずさんで見せた。そして、はつもいた。キチェー族の〃旧約聖書〃ともいうべき〃ポポル・ヴフ〃 きりしていることよ、、 をしわゆるメソアメリカ古代文明の最初の開花の人類始祖譚にあらわれているように、あまりに明晰な知性、あま がおこった前九世紀ごろに、彼らの一族は、はっきりと新種の〃ホりに偉大な知能は、″創造神がこれを喜ばない〃といった傾向が、 モ〃として分離していたらしいということだった。 インディオ社会全体にあった。 ナコル・トルカバン老人にいわ メソアメリカに古代文明の黎明がおとずれた時は、むしろ彼らのせると、およそ中南米古代伝承の中にあらわれてくる、ほとんどの 一族は崩壊の危機に面していた。ーーー数からいって、圧倒的に優勢超能力者、神人の一部、あるタイプの文化英雄には、すべて、クク ルスク一族の、古代的な姿と役割りが反映しているという。 なインディオとの中に、彼らの一部は吸収され、消えて行くかのよ うに見えた。しかし、ごく一部は、伝統的な婚姻体系をまもり、ほ メキシコ高原の、最後の大帝国となって、アステカ王国の伝承と そぼそとではあったが、〃種〃の純粋性をまもりつづけた。 宗教体系の中に、独特の影をおとしている、あの〃羽毛の蛇〃の 「そうすると : : : 」サーリネン局長は、キラリと眼を光らせていっ神、大ビラミッドの丘で、犠牲者の生きた心臓をえぐり出して、太 た。「あなたたちとインディオとは混血できたのですか ? 」 陽神にささげる血みどろの供血儀礼をやめさせ、理性と友愛の社会 「一代なら : : : 」とトルカバン老人ま、つこ。 をしナ「だが、驢馬と馬とをうちたてようとして、軍神ュイツロポチトリに追われたといわれ る、文化神ケツアルコアトルもまた、ある時期の、彼らの一族内に の雑種である騾馬が、子孫ができないように、一代雑種の九十パ ケッ セント以上は、子孫をのこせなかったようだ。 ごくまれに子孫おける実在の英雄の姿を反映させたものである、という。 アルコアトルの、マヤ的な姿であるククルカンも : ののこる場合は、われわれククルスクとインディオとの混血児が、 インディオと交配した時にかぎられていた : : : 」 話が進むにつれて、ほとんどいたいたしいばかりの興奮と動顯に こうして、彼らはインディオのうちたてたメソアメリカ文明の伝ひきずりこまれていったのは、デ・タラタ教授と、ランべール教授 ・ほくたちでさえ、くたくたになるほど興奮したのだか 承と歴史の中で二つの役割りをふりあてられた。 一つは、さまだった ざまの学芸や技術を教えた〃文化英雄もう一つは、インディオら、中南米古代史にくわしい二人の学者が、どんなにはげしい興奮 の社会の中に吸収され、その構成員の一部となった〃魔法使い〃やの嵐にまきこまれたかは、想像にかたくない。二人は、テープをま ″予言者〃たち : わしつばなしにしながら、ほとんどまっさおになってメモをとりつ ・ : 。純血をたもとうとした支族は、前者の役割り
わ , 「じゃあ、三つの単語がわかったわげね、マーサ ! 」サチコが歓声 をあけた。「おめでとう ! 」 「あまり先走りはよそう , ラティマーの口調には珍しく嘲けりがこ もっていなかった。「ダルフフルヴァが、学問としての歴史を意味 する火星語だということは認めるよ。フルヴァが共通語幹で、ダル フがそれを修飾し、主題を示すものだということも認める。しか し、それに特定の意味を与えるのはむりだ。なにしろわれわれは、 火星人が科学について、またほかの問題について、どんな考えかた をしていたかも知らないんたから [ とっぜん彼の言葉はとぎれた。チェイハレンがつけた撮影用の青 白いライトで、目がくらんだらしい。カメラのジーツという回転音 がやみ、チェンバレンの声がきこえた。 「これまでの最大のニ、ースだよ。四面の壁に描かれた、火星の石 器時代から終末の日までの全歴史。いま高速度シャッターで撮った んたが、これを始めから全部とおして、スローモーションでテレビ 放送するのさ。トニー、きみに声のほうをたのみたいな。シーンが 変るたびに解説をしゃべってもらうんだ。やってくれるかい ? 」 彼ならなにをおいてもやるわ、とマーサは思った。もしトニ 尻尾があれば、ちぎれるまでそれを振っているところたろう。 「まだほかの階にも壁画があるかもしれないわ」マーサはいった。 「階下へいっしょに行きたいひとは ? 」 サチコが手を上げた。フィッツジ = ラルドも志願した。チェンく レンはトニ ・ラティマーと階上を調べることに決め、グロリア・ スタンディッシュもそちらに加わった。一行のほとんどは、フォン ・オルムホルストが記録をすませるのを手伝うために、七階に残る 世界各地を襲う謎の悪臭禍 ある人たちに言わせると、ここ一一人工呼吸器と酸素吸入器が現地に急 〇年来、ある種の原因不明の出来事行したが、そうこうする間に、その が、次第に増大する瀕度をもって、 光る雲は、東の方向へただよい去っ た。警察と消防署は協力してその謎 世界各地で起っている。 最も典型的なものの一つは、昨年の気体の正体をつきとめようとした 七月四日の晩、アメリカのオハイオが、結局何もわからずに終ったとい = 州ャングタウンで起った次のような 出来事である。 これと非常によく似た出来事が、 その晩九時十五分ごろ、自宅前の 一九五四年八月十三日、シンガポー ポーチに坐っていたトーマス・ ルの新儀空港付近の総面積二平方マ イは、突然息が苦しくなって、呼吸イルに及ぶ地域で起った。その時もに ができなくなった。同じころ、付近住民は家の内と外とを問わず、前後 の住民たちも急に両肺が破裂しそう 数時間にわたって息がつまり、眼か に感じ、目から涙がどんどん流れ出らとめどもなく涙が流れ出す奇現象 しきたので、あわてて家の中へかけに苦しめられた。 こんで、電話にとびついた。 また昨年五月には、イタリアのナ = またそこから二、三プロック離れポリで、どこから漂って来たのかわ たところでは、リー・アンド・エデからぬ有毒性のガスのために、相当 イス・ラウンジのお客達が、気が狂大きな範囲にわたって、人々を避難 ったように街路にとび出して来て、 させねばならなかった。 ふつ倒れた。 さらに六月には、アメリカのニュ ーヨーク州ロングアイランドの南岸 いったい、何事が起ったのだろう に沿った町々で、何千人という住民 = が、ある夜の真夜中、明らかに大西 ちょうどの時マーケット街をパト ロールしていたハワード・ムーア警洋方面から吹きこんできたと思われ 部ほか三人は、かすかに光る大きな る「くさった卵のような臭い」に思 煙の塊のようなものが、低空をグルわず限を醍された。 この時には、ニューヨーク市内の グルと動きまわっているのを目撃し 煙突の煙がその原因だろう、と推断 火事でも起ったのかとあわててそされたが、それにしては、なせそれ の一にかけつけ、車から降りたム が一度大西洋へ漂って行き、それか ーア警部は、とたんに、息がつまり らまた真夜中に西へ戻って来たのか めまいがし、両眼から涙があふれ出の説明がっかなかった。 てきた。 同様に今年の一月十九日、夜八時 急報により、消防署からさっそく ごろから、同じくニューヨーク州マ 」 0