話 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1969年11月号
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1. SFマガジン 1969年11月号

だがここに述べるのはハウリング・ウルフの話ではない。おばあもなく病気にかかった。鵞ロ瘡の軽いのだったらしい。さもあらば ちゃんの嘘つき石鹸の話なのである。 あれ、件のご、先祖様はちょうどその頃アメリカへ移住したのであ 4 おばあちゃんというと、私が最初に思い出すのは、大勢の孫たちる。 の一人としてーー兄弟姉妹それにいろんないとこたちと休みの間古しかしもちろんのことわれわれ子供たちは、おばあちゃんの奇妙 なところなんかに気づきはしなかった。子供らしくわれわれは、子 い片田舎の農場を占領していたころのことだ。おばあちゃんはもう その頃からすでに九十ポンドもないような小ちゃな干上がった年寄供というものは誰しもが洗面台の上の高い棚に嘘「い石を置いて 、りで、茶色いしわくちゃな顔と、容赦ない黒い眼をしていた。 おくおばあちゃんをもっているものなのだと信じていたのである。 おばあちゃんは農場をがっちりととりしきっていた。ロ数の少な それは大きく頑丈な茶色の石鹸で、まるで豚を殺した後、古い鉄 い二人のおじが激しい労働を引き受け、命令のままに日常の雑役、のたらいの中でおばあちゃんが脂肪を煮出して作った、他のいろん な品と同じようなものだった。だがこの石鹸は普通の石鹸ではなか 作付、家畜の世話などをしていた。農場はなかなかうまくいってい た。飢饉でよその人たちのトウモロコシの発育が思わしくなく、井った。それはおばあちゃんの頭の中だけにしか書かれていない処方 戸がかれてしまったような時でも、おばあちゃんにそんな災難は決箋で、壺の中に貯えられている薬用植物から特別に、ひそかに作ら れたものだった。 してふりかかってこなかった。 おばあちゃんについてもう一つ言わなければならないことは、お 大きくなるまで私は分らなかったのだがーーー時々近所の人たちは ぶつぶつ不平を並べて、明らかに嫉妬の念からだが、おばあちゃんばあちゃんにとって我慢のならないのはをつかれることだったと いうことだ。別に真実崇拝からではなくて、単に誰かが自分をばか には何か奇妙なところがあるなどということを言い張ったりしてい にしたという考えがおばあちゃんを憤激させるからである。それは たらしい 近所の連中がかぎつけた変なことというのは、大方の田舎の人た確信をもっていえる。もし誰かが嘘をつこうとして、もしそれがお ちが愛情などとは関係なしに我慢しているところの猫ーーーその猫にはあちゃんの孫の一人であったりしたら、どうすべきかをおばあち ゃんはよく知っていたのだ : 対するおばあちゃんの執着と、陽に乾かしてラベルの貼っていない 方の壺へしまう植物を集めに、一人でする森の中の長い散歩ではな たとえば、私は今でも都会に住む従兄のリチャードが初めて農場 かったかと思う。 を訪れたときのことをまざまざと思い出すことが出来る。このリチ 同様に、言い伝えもそれを補うに余りあった。つまり十七世紀のヤードというのは、ニューヨーク・シティに住んでいた青白い高慢 イギリスで、おばあちゃんの女の先祖の一人が魔女狩りの名人のサちきな子供だった。 ムスン・。フロードフォークス氏によって、家畜に魔法をかけたかど農場の誰一人として彼と同じような至福を受けたことがないと分 フロードフォ , ークス氏はそれからまると、リチャードはわれわれを田舎者とみくびり、都会の驚異でわ で告発されたことがあるのだ。・

2. SFマガジン 1969年11月号

にがにがしげにしゃべりつづけていた。「ほんとうだ 「ふうん ? , 飛 , ーグリンは身をよじまげると、目の焦点を戸外に合男は早口に、 とも , ーーそれしか考えられないじゃないか ? 人間といえば筋肉と わせようとした。「ありや、なんだい ? 」 血液の集りでしかない。人間は人間以外の何物でもない。この輝か 「ロポットさーーー話にはきいたことがあるたろうさ、君ー・フラディ は突然はげしく身震いしたかと思うと、酒浸りのだらしない態度がしい新世界に適応するに充分な効率の良さがないんだ。だからすべ ての人類をスクラップにしてしまって何で悪い ? この意味のない またたく間に消えてしまった。彼の声は金属のように鋭かった。 「彼らはサイネティックス研究所で三年前に奴を作った。人間と金属の蟻塚の中に、金属製の人間しかいなくなる時代だってそう先 似ていて、意志をもっているし、万能な頭脳をもっているーー人間の話じゃあるまい ? 「さあいこう、ビート。 人類は破減の淵におちこもうとしている。 に似ているとはいうものの、はるかに人間をこえるものだよ ! 」 「そうか : : : そうだよ、きいたことがある」ポークリンは外を見ただがおれたちは少くとも闘いながら減びるんだ ! 」 その言葉の一部はポ , ークリンの心にしみ通った。彼は前方にそび 大きな輝く姿が庭を大股に、どこへ行こうとするのか分らない : 、たまたまこの酒場の傍を歩み去ろうとするのが見えた。「彼らえている機械を見たが、突然それはこれまで彼を打ちのめしたすべ はロポットのテストをしている。でも奴はここ一年かそこら、このてを象徴するもののように思えてきた。窮極の機械、尊大きわまり これまで彼を打ちのめして来たものは、はる いったいどこに行くつもりなんだろない能率の化物だ 辺を歩きまわっているんだ だが突然彼は、自分の頭が か遠くに無縁の神に近いものだった うな ? 」 フラディはその金属の巨人を見送ばらばらになるほどのはげしさで、それに対する憎悪を感じはじめ 「分らんな」魅入られたように、。 」彼の声が途切れたが、突然彼は立上るていた。彼はぎごちなくプラディのそばに足音荒く近づくと、二人 っていた。「分らない こしょヒートー・ 」でロポットのところまでいった。 と外にとび出した。「でも見つけてやるんたー・ 「こっちをむけ ! プラディが叫びかけた。「こちらをむいて闘う 」ポークリンはのろの 「どこへ : : : まったく、なんのためだい んだ ! ろと立上った。訳が分らないらしく態度ももたもたしている。「い ったい何のつもりだい ? 」 ロポットは立ち止った。ブラディは石ころをひろい上げるとそれ 「分らないのか ? ええ、この意味が ? 人間の後継者こそ、このを投げた。石はにぶい音をたてると金属のよろいにはね返った。 ホークリンは悪態をつきながら、駈け ロポットは廻れ右をした。 : ロポットだぜーー人間の特質はすべて備えているし、おまけにそれ 以上のものをどれだけ持っているのか想像もっかんほどだ。ここでよった。彼の重い靴がロポットのかかとの関節をけとばし、こぶし もどこでも、機械は人間にとって代りつつあるんだ、ビート。このは胸をうった。だがロポットはどこ吹く風の態度だった。 「やめなさい」ロポットがいった。その声はほとんど抑揚というも ロポットは人間にとって代るべき機械なんたそ ! 」 のがなかったが、まるでその胸の中に大きな鐘でも鳴っているよう ポークリンは何もいわずに、・フラディの後について外に出た。小

3. SFマガジン 1969年11月号

る。やがて、講義の要点は一冊のテキストになり、つぎにその著者る』といわなくちゃならない。すべての単語が当然ちがう意味を持 によって吸収され、かく利用しつくされた上で無に帰るのだった。 ってくるーーすくなくとも『継続』を表現する単語はぜんぶね。そ 春になって、サリヴァンはフットボールの試合に出場することにう簡単にいくでしようか」 なった。あるスポーツの予言書には、彼が大学チームの正選手とし「それじたいの条件の中では、なんらふしぎはないよ。摩擦はエネ て二シーズン活躍するだろうことが記されていた。予言書にもそこ ルギー計算への付加因子でなく、削減因子になるだろう。ざっとそ までは書かれていなかったが、彼の鼻柱がまっすぐになるのは、。 とんなぐあいだ。宇宙は膨張していくだろうーーわれわれは部屋を冷 うやらそのシーズン中のことであるらしかった。 却する代りに、温めなくてはならなくなる。草が種子から生えてく カレッジに入って一年ほどしてから、サリヴァンはツーヘイとい るだろう。そして、きみは食物を内分泌し吐き出す代りに、おそら う老プロフェッサーと親しくなった。そのために樽が用意されたツ くそれを体内にとりいれて老廃物を排泄することになるな。そのと ーヘイの自宅の地下室で、二人はしきりにビールを吐き出しながら、おりだよ ! 」 しばしば哲学を論じあった。「その問題もいちど話しあってみたい サリヴァンはニャリと笑った。「つまり、われわれは女の胎内か ね」よくそんなふうにツーヘイはロを切ってから、二人がせんだつら生まれて、死ぬと土に埋められるわけですかー て討論した題目へと遠回しに話を近づけていくのだった。「われわ「じっくりとそれを考えてごらん。それはまったく自然なことに思 れになにがいえる ? 体験的なそれとまったく正反対な因果律の連えるはずだよ。われわれは死から生へとさかさまに生きても、その 鎖も、充分ありうるかもしれん。因果関係は、結局のところ不定じ違いに全然気がっかぬかもしれん。牝鶏がさき、タマゴがさきか ? ゃないのかね」 いったい、因果 戦争が軍隊を生むのか、軍隊が戦争を生むのか ? 「しかし、「かなり奇想天外に思えますね」サリヴァンは慎重に答え律という言葉の意味はなんだろう ? ひとっ考えてみたまえ」 「フムム」 「それが想像しにくいのは、われわれがそれに馴れておらんから そして、おきまりの最後の質問。「サリヴァン、きみは因果律の さ。つまりは単なる観点の問題だ。水が高きから低きに流れる、と原理について、どう思うね ? 」 いうようにね。エネルギーも逆向きに流れるだろう , ー・・、全面的集中それが知りたい、と彼は思った。 から全面的な拡散へと。当然じゃないかー いまや五十二歳のサリヴァンにとって、世界は刻々と大きさと輝 サリヴァンはその奇怪な世界をまぶたに浮かべようとっとめた。 それは、なかば快感をともなった身ぶるいを起させた。自分の死ぬかしさを増しているようだった。彼はおそるべき精力の持ちぬしに 日付も知らずにいる世界なんて、想像もっかない : ・「なにもかもなり、雨でないかぎりは戸外で走りまわった。真冬でさえ外に出 逆になるわけですよ。もし『捕る』を意味したいときには、『投けて、冷たい地下水が吸水管から溢れ出るのを眺めたり、地上から灰 る。 キャッチ 4 2

4. SFマガジン 1969年11月号

ジ = リーがウ = イトレスの歩きつぶりにビルの注意を促したすぎのでそこで、その時聞いた時には馬鹿げて勿体ぶ 0 て開えた。 私にはジェリーがいくつかもっと質問しようと一生懸命になって に、私はすぐに溶解する白い錠剤をビルの飲物の中に入れた。 いるのが分った。そしてジ = リーが私のとそっくり同じような感情 ビルが飲物を取り上げてチビチビやり出した時には、良心の咎め 寄妙に恥辱の入り混じった喜びの感情ーーを感じているのを知 を感じたが非情におしころした。このテストは為されねばならない のだ。われわれーー・ジ = リーと私は、私が彼を信頼できて、組織化っていた。 その時一一人とも気がついていたのだと思う。それが、二、三杯の 学の大家として、私の秘密を打ち明けて以来ーー・、嘘つき石鹸の化学 ビールを前にしての罪のない冗談や害のないからかいやほらや魚の こうでもないと研究していたのだ。われわれは 式をああでもない、 自慢話などがもうなくなってしまうことを意味することを : おばあちゃんから手に入れた見本を分析し活性成分を分離した かしながら、もちろんそこには常に代償となるものはある あるいはそう思っただけだ。何としてもわれわれは知らねばならな 私はオプライエンのところへ出かけていった。オプライエンは表 かった。動物に対する実験は到底無理たった。 ビルは空のグラスを置いた。私の緊張は高ま 0 た。ジ = リーが聞情も変えずに私の話を聞いた。私が手持ちの札をすべてテープルの 上に並べると、彼はゆっくりと言った。 「もしこの品物が君の言うように本当にそうなら」 「もう一杯やるかね」 ビルがかぶりを振 0 た時、ジ = リーは六万四千ドルの質問をし「そうですとも . と私は保証した。「効き目はあります , 「そうだとしたら、私の若き科学者の友達よ、君は私に何を頼もう 「それじゃ君はもう酒を飲み廻るのを止めて気分転換に仕事を片づとしているか分 0 てるかね ? 私は二十年間というものを広告ご 0 こに費している。それに生涯を捧げちまってるとも言えるかもしれ けようってのかいー ない。それなのに君はわれわれが知っている広告というものを一掃 それはわれわれが決めておいたワナだったーー「もうワイフをな ぐるのをやめたのかい」式の変形である。もしビルが正常だ 0 たしてしまうような計画に手をかせとい 0 ている」 「そーー・・そんなことは全然考えてもみませんでした」 ら、ビルは「まさか」とか「ああ、そうした方がいいかもしれない な」とか、質問と同じようにおどけた意味のないことを答えただろ「言いかえればだ」オプライ = ンは続けた。「君は私の一番あこが れの夢をかなえさせてくれようとしている訳だ。任してくれ」 う。しかし嘘つき石鹸の妙薬がきいたら、ビルは答えるだろう それからオプライエンは椅子に深々と腰をかけ考え込んだ。 妙な気まり悪げなためらいを呑みこんで。 「だけど、おれは飲みまわってなんかいないぜ。仕事もずい分はか「しかし容易なことじゃないぜ。まだ何もかも首尾よくいったなん て思ってくれるなよ。だって、営業部の会議に / コノコ出かけてい どったしー って〃ごらん下さい、ここに人間にとっては火と車以来の素晴しい これがじっさいにビルの言った言葉だった。余りにも真実だった 恟 9

5. SFマガジン 1969年11月号

ーナムはそうしめくくると、手袋をはめた手を前にかざした。 オーロフは、タバコの煙ごしにニッコリ笑った。「待つのはかま 「すぐむこうのあれが、エーテル基地だよ」 わないよ。話したいこともあるしね。大臣、たしかにあなたの話 3 オーロフはきよろきよろと視線をさまよわせて、「地下に ? 」 で、わたしもいっとき背筋が寒くなった。しかし、結局のところ、 「もちろん ! 観測所だけは別だがね。右手にある鋼鉄と石英のド かりに木星がわれわれに危害を加える意図を持っているとしてもー ームがそうだーーほら、あの小さいやっ」 ー」そこで、オーロフは一語一語を強調するように区切りながらい 二人は、土堤の横にそそり立った二つの大きな岩のまえで、足をつこ。 オ「ーー依然として、彼らがわれわれに手が届かないという事 とめた。それそれの岩蔭から一人ずつ、ガニメデ軍のオレンジの制実は残る」 服と鼻当てをつけた兵士が現われ、熱線銃を構えて近づいてきた。 「信管のない爆弾、というわけか ? 」 木星光の中で。 ( ーナムの顔を識別して、兵士たちは二人に敬礼「そのとおり ! 簡単明瞭、議論の余地もないぐらいだ。おそらく し、道をゆず 0 た。兵士の一人が腕の「イクになにごとか告げるあなたも、木星人が絶対に木星から脱出できないことは、認めるだ と、岩のあいだにカムフラージ = されていた入口が両側に開いた。 ろう」 ーナムのあとにつづいて、オーロフもエア・ロックをくぐった。 「絶対に ? 」 ' ハーナムののろのろとした返事には、冷笑がこもって 地球人は、ドアが閉じて地表の眺めをさえぎるまえに、空をわが いた。「その絶対にを分析してみるかね ? 」 もの顔に占めた木星をもう一度ふり仰いだ。 しばらく、葉巻のむらさき色の火に目をこらしてから、「木星人 それは、もはやあまり美しくは見えなかった。 が木星を離れられないというのは、 . 古くさい伝説だよ。地球とガニ メデのトツ。フ屋たちが、お涙頂戴のスト 丿ーを広め歩いたおかげ オーロフは、エドワード・。フロッサー博士のオフィスでふんわり だ。どうしようもなく地表に縛りつけられた、哀れな知的生物たち した肱掛け椅子をあてがわれて、やっと人心地をとりもどした。ほ が、永遠に指をくわえて、外宇宙を眺めているーーー空を仰いでは不 っとため息をついて、彼はモノクルを眉の下にはさんだ。 思議がるだけで、絶対にそこへは到達できない、 というやつ。 「待つあいだタ。ハコを吸っても、プロッサー博士は気になさるまい 「しかし、はっきりいって、なにが木星人を木星に縛りつけている ね ? 」と彼はきいた。 のか ? 二つの因子、それがすべてだ。第一の因子は、木星の巨大 「遠慮はいらんさ、バーナムは無造作に答えて、「いま、プロッサな重力場。地球の二倍半の重力」 ーがなにをやっているにしろ、首に縄をつけてひつばってきたいと オーロフはうなずいて、「ひどいものだ ! , と相槌を打った。 ころだが、相手はなにしろ変りものでね。ご気分のむくのを待った「しかも、木星の重力ポテンシャルは、それ以上にひどい。という ほうが、なにかと話を聞き出しやすい」彼はケースから緑色のごっのは、木星の直径が巨大なために、その重力場は、距離が遠ざかる ごっした葉巻を一本ぬいて、乱暴に端をかみきった。 につれて、地球のそれの十分の一の割合でしか減少しない。これは

6. SFマガジン 1969年11月号

大だった。しかし、いまガニメデで仰く木星ーー・ちょうど山の端をぜい針でつついた穴か、ハエの糞でしかない。だが、このガニメデ 昇りきったばかりで、稀薄な大気にその輪郭線をわずかに滲ませ、 に住んで、あのいまいましい化物が頭上でほくそえんでいるのを、 そして、この巨人とあえて光を競おうとするまばらな星をちりばめ いやおうなく眺めさせられてみたまえ。昇ってから沈むまでに十五 た、むらさきの空で、熟れきったように柔かく輝いているーー・その時間ーーあの表面になにが隠されているかは、神のみそ知るだ。あ 眺めは、考えられるどんな言葉の組合せでも表現できない。はじそこでは、なにものかが外へ出ようとじたばたしながら、その日を め、オーロフはその膨れ上った円盤を、声もなく見つめた。地球か待っている。まるで、爆発の時刻を待つ、巨大な爆弾のように ! 」 ら見る太陽の見かけ直径の、三十二倍にもおよぶ巨大さ。その黄色「ばかな ! 」オーロフはやっとのことで声をし・ほりだした。「たの の地の上に、かすかな彩りの縞模様が浮き上っている。西側の縁にむからゆっくり歩いてくれないか。とてもついていけない」 近く、大赤斑のまわりに、卵形をしたオレンジ色のしみが見える ・ハーナムは歩幅を半分に落すと、緊張した声でつづけた。「木星 ようやく、オーロフは弱々しい声でつぶやいた。「美しい ! 」 に生物が住んでいることはだれでも知っているが、その意味をつき レオ・・ハ 1 ナムも、おなじようにそれを見つめていたが、彼の瞳つめて考える人間は、ほとんどない。断言してもいいが、 はたして には畏怖のいろがなかった。しじゅう見なれた光景を眺める無意識木星人がなにものであるにしろ、彼らは帝王となるべく生まれつい な倦怠と、そしてもう一つ、嫌悪と反撥の感情がそこにこもってい ている。彼らは太陽系の当然の支配者なのだ」 「ヒステリーも、 た。ひきつった微笑は顔の下半分のフラップに隠れていたが、オー しいところだよ」とオーロフはつぶやいた。「この ロフの腕をつかんだその手には、強靱な電熱服の生地ごしに、あざ一年、地球帝国政府はおたくの自治領から、それ以外の話を聞かさ を残すほどの力がこめられていった。く / ーナムはのろのろといつれたことがない」 た。「太陽系で、いちばん怖しい眺めさ」 「そして、きみたちのほうは、きようまでそっぽを向きつづけてき 「ええ ? 」オーロフは道連れのほうにしぶしぶ注意をもどしてか た。まあ、とにかく聞いてくれ ! 木星は、あのとほうもない大層 ら、不愉快そうに、「ああ、なるほど。れいの謎の木星人か」 の厚みを差引いても、なお八万マイルの直径を持っている。つま バーナムはむっとしたように顔をそむけ、十五フィートの大また り、地球の百倍の面積、そして地球帝国全領土の五十倍あまりの面 で、すたすたと歩きだした。オーロフはかろうじてパランスをたも積を持っているわけだ。その人口、資源、潜在戦力も、むろん、そ ちながら、ぶざまな格好でそのあとを追った。 れに比例したものにちがいない」 「おい、待ってくれ」 「ただの数だけでは しかし、 ーナムは耳をかさなかった。冷たい、苦々しげな口調「きみのいいたいことはわかるよ」 ーナムは情熱的に話を進め でいいはじめた。「君たち地球人は、木星など知らん顔で通れる。 た。「戦争では、数よりも科学と組織力がものをいう。だが、木星 事実、きみたちはなにも知らない。地球の空から見た木星は、せい人はその両方を備えているのだ。彼らと通信をかわした四半世紀の 3

7. SFマガジン 1969年11月号

「科学というものには、非常に魅力的なところがある。僅かな事実を投資するだけで、豊かな仮説の 利益が生み出されるからだ」 これはマーク・トウェーンのことばです 「人類が月に到達する時代になると、もうはすたれてしまうだろうねー 日本のさる純文学者のことばです。 たしかにアポロⅡ号が持ち帰った月の石は、多くの予期された、あるいは意外な冷厳な事実を、無 言のうちに教えてくれました。どうやら月には、現在はもちろん過去においても、細菌を含めてどの ような形の生物も存在しなかったようです。結晶水を含めて水分はまったく存在していないようです。 月面は予想以上に長い期間、おそらく数十億年の太古の姿をそのまま保ちつづけてきたようです。少 。くとも月は、まだ若かったころの地球から一部が飛びだしてできたもの、というあのロマンチックな 仮説が崩れ去ったようです。もちろん、あの月石から判断できる限りでは、の話ですが。 なるほど、こうした事実を前にしては、これまでにたくさん書かれてきた月テーマのいくつか はまったく顧みられなくなるでしよう。でもそれしきのことで価値を失うような作品なら、もともと 無価値な屑同然の作品だったのだし、新しい事実が育んだ新しいイマジネーションは、その失った分 を補ってあまりあるはずです。 がサイエンス・フィクシ ~ ョンである限り、科学の進歩にともなって、、もまたますます隆盛 におもむくのだ、と私は信じていす「

8. SFマガジン 1969年11月号

いのだから : ・ いう説があって、フォックスは公開を躇躊しているらし ポンコッ寸前の宇宙船ゼロツーを商売道具に、救助や いが、はたしてどうなることやら。どの作品がもっとも衛星の回収をうけおって生活している一匹狼で、月のウ と、にくまれロはきくものの、この種の記録映画が各 社で竸作される風潮は悪くないことだ。筒井康隆は「ア見る価値があるか、この勝負は読者の皆さんに判定してラ側に産出する宝石をめぐる争いに巻きこまれる。採掘 権の横取りをねらう一味と、ポロ宇宙船をあやつって大 ポロ芸者」なる小説でアポロ騒動を笑いとばしたが、荒もらうほかない。 活躍の末、ムーンサファイア鉱と、美しい女を手に入れ 唐無稽のに熱中して周囲から物笑いのタネにされて る。野田宏一郎氏がよろこびそうな宇宙大活劇。 きたわれわれマニヤにとっては、まことに結構なご時勢 監督は『Ø 0 r.n タイタニック』のロイ・ワード・・ヘイ になったと感謝しなければならないだろう。 月開拓にまつわるス。ヘース・オペラ形式の映画が カー、製作はハマーの特撮、怪奇ものを一手に引うける フォックスは九月一日『月面の足跡、アポロ計画のす公開される。 ーー・フィ マイケル・カレラス。脚本はギャビン・ホールなど三人 べて』と題名を変改した。松竹の関係者がわざわざ宣伝『 Moon zero Two 』 ( 宇宙船 02 ) 〔でハマ スタンダードサイズ。 年、の共作。テクニカラー 部まで、アポロの映画を先きにやらせていたたきます、 ルムの最新作。宇宙船の飛びかう年後の 2021 と挨拶しにきたそうだ。こういう 大事件ものはマッタケ月都市を第二の故郷にする自営のパイロット ( ジェーム の初物と同じで、多少味は落ちても早いほうが売れるとス・オルソン ) が主人公。 ( 上 ) 『宇宙船ゼロ 2 』より、ムーン・サファイヤ鉱を死守する正義の 3 人 ( 下 ) 『巨人の惑星』より、惑星の巨人につかまった乗客の一人 コロムビアのミリ映画『 Marooned 』 ( 宇宙 からの脱出 ) のストーリー 設定が、月旅行から太陽系外 旅行に変改されたらしい。撮影の終了した段階で、意外 に早く月着陸が実現してしまったので、時代を一気に五 十年後にくり下げて、惑星探険から帰途についた宇宙船 の事故という設定にしたようだ。 既報のテレビ映画『 Land of the Giants 』 ( 東京チャンネル ) の放映時間が毎週土曜日の午後七 時と決定し、十月四日からスタートする。 この時間帯は、ご存じのように「巨人の星」がよみう りテレビから放映中で、野田氏の「ちびつこノド自慢」 でさえ歯が立たなかった魔の時間。そこに『巨人の惑 星』 ( 邦題正式決定 ) がぶつかるのだから、話はヤヤコ カラー一時間、二十六本が入荷しているが、第一話の 内容は七月号で紹介したストーリーと、かなりちがって いる。シノブシスと映画との内容が異ることはアメリカ 映画には多い。次の機会に正しいストーリー を紹介する 予定だ。 Ø、怪奇映画のファンジンが続々と生れつつある。 近く映画の観賞会を東京で定期的に始める準備を進 めている。同好の方は、本欄まで連絡下さい。 ー 57

9. SFマガジン 1969年11月号

瞬間には、どちらもシ神と剣を合せてい かもしれない。 一的労働契約、人間迫害、人間 0 ロポット 化、これらすべてが、過去の総決算であることを忘れている。論理の勝利は、かれ『火星人』は、まさにその基準での人間的 、る。しかし、それが秒毎にロケットが飛びらの不可解な相手を、自動的に人間にかえ本源の権化であり、またそれが先生でもあ いったい明る。ただ人間だけが、アリストテレスによる。だから、なにがラジオの人気番組「こ 一立っ明日へのスターでもある って究められた形式的な科学に逆うことがんにちは火星」の作者を精神病院へ連れて 、日とはどんなものなのだろうか ? 「カマ いくことになったのか、われわれには分っ 、ガサキ二〇一三年」のロポット乞食のことでき、詭弁によって間違った三段論法をつ くることができる。そこに、先生と読者のていない。 一なのだろうか ? しばらく立止ってよく考 しとも従順に 恐らく、かれの魂を焦したのは他人の狂 、えてみよ ! 愚かしい廿日鼠の輪から脱け主要な誤りがあり、読者は、、 、出せ ! これが、小松左京が読者に呼びか先生にしたがってしまう。論理が最終的に気の息であろう。なにしろ、かれは喘息を 、けていることである。 勝利をおさめたと思うその瞬間に、シ。ハ神おこしかけていたので、ふだんと精神状態 の別の手に新しい剣が現われる。勝利が敗が違っていた。だから、よろこんで窓を開 、さて、ここで、このアンソロジーの中心 北に変り、敗北が勝利に化けてしまう。わけ放ちたくなるような西風が吹いていると 、的な作品でもある安部公房の『人間そっく ロシアの民族的玩 いうのに、先生の部屋は、窓には厚手のカ れわれは、マトリヨーシカ 、り』に注意を向けてみよう。まず第一に、 具、人形。胴で二 インテレクチャル ーテンが降り、机の電気スタンドの花だけ 、これは、現代の精神的小説である。これつに割れるようにな「ており、中に、さらに小さい人形 が入っている。同じように次々と数個から場合によると が、たちこめるタバコの煙を通して見えて 、には、ほとんどこれといった動きはない 十数個の人形が現 ) をあけると中に別の人形、 われる。訳者註 いるだけであった。それはなぜだろうか ? 、し、話は断片的で、軽妙な線で展開してい 、く。対話と内的独白が基本的な位置を占めしかも、もとのより寸法が大きい人形を発それは、精神的発作の徴候だろうか ? 抑 、ており、語り口は、凡人が六本の手を持つ見する。理性喪失の共犯に似た感じ、奇妙欝状態にあ「たためだろうか ? それとも で、どっちつかずの感じである。こうし 心理的圧迫の徴候なのだろうか ? 主人公 、シバ神と剣を合せるような激しい口論にも て、論争は、新しい、より広範で危険な舞 自身が自分の忌しい精神状態について語っ 、似ている 台へ移っていく。 ている。 、見たところ、普通の人間の論理の方が勝 ロジック 先生の精神世界は、われわれに近いもの しかし、他のやりかたも出来たはすであ 、っているようにみえる。論理が、ゲームのであり、よく理解できる。しかし、『火星 る。先生は、平凡な人間の衣服をまとった 、相手の間違いを見つけ出し、激しい一撃で人』の攻撃の巧みさと激しさは読者をとま 信じ難い者と顔を会わさないですますこと ワリアント 一相手の武器をうちくだくが、その一撃はい どわせる。ここには、カミュが、『異邦人』 も出来たのだ。最後に、第三目の見方があ 、つもわずかだが遅れる。だから読者は、ラ の中で強調したあの不可解さと混濁があ る。それは、先生が話していることは、な 、ジオ番組「こんにちは火星人ーの作者より る にもかも、まったくのたわごとであるか、 、ほんの一瞬だが早く一撃を加えることに成 また、ナタリ・ サロットの『黄金の実』 一功する。しかし、読者と番組の作者はいっ の匿名の主人公の口論の裏に潜む、直観的あるいは、極めて陳腐な話を、病的に歪曲 した絵であると考えることである。しか 、も同時に勝利を祝うようになっている。こ に推測できる不自然さが感じられる。 し、さらに異った意見を述べることもでき 、れは人間の論理の勝利であるが、奇妙で、 9 多くの手を持っ神と人間との決闘に、小 る。それは、われわれがこの告白で読んだ 説の本質を帰着させるなどということは、 、あいまいな、なにか具合の悪いシチ = 工 ことはすべて、われわれには理解しがたい 一ションから出た結論である。そして、その許し難い単純化であるとの謗りを免れない

10. SFマガジン 1969年11月号

・よ 0 第 その二人の子供は、りんごの壜詰めをつくる季節、アキノキリン ソウが最初の花をひらき野生のシオンのつぼみがふくらみかけるこ ろ、てくてくと野道をやってきた。はじめ台所の窓からのそいたと き、めいめい本のはいっているらしい鞄をさげているところから見 て、彼女には彼らが学校帰りの子供たちのように思われた。ちょう どチャールズやジェイムズ、アリスやマギーのように、と彼女は思 ったーーーけれども、この四人の子供たちが、あの野道をたどって学 校に通ったのは遠い過去のことだ。いまでは四人とも子供の親にな り、その子供たちが学校に通っている。 ストープに向きなおり、広ロ壜がいくつもテーブルに並んでその 完成を待っているりんごの砂糖煮をかきまぜると、彼女はもう一度 窓の外に眼をやった。二人の子供はさらに近づいてき、いまでは、 二人のうち男の子のほうが年長であることもわかったーー・、おそらく 十歳ぐらいだろうか、女の子のほうは八歳にもなるまい きっとうちの前を通り過ぎてゆくのだろう、と彼女は思った。と はいえ、その野道はこの農場にだけ通じているのだし、ここより先 にはなにもないことを考えると、それもうなずけぬ話である。 子供たちは、納屋に達する前に野道から折れ、家へ通じる小径を しつかりした足どりでのぼってきた。そのようすには、ためらう気 配はすこしもなかった。行こうとしているところをよく心得ている という感じだ。 い度一侃 0 ' 町彼女が台所 0 網戸ま出 = ゆく 0 と同時 = 、一一人 0 ポ , = たど をフ深中 りついて戸の前に立ち止まり、彼女を見あげた。 可ー 0 、冫ク訳画少年が言った。「あなたはぼくたちのお祖母さんです。パパが言 いました、着いたらすぐあなたはぼくらのお祖母さんだと言いなさ いって」