り、筆を絶たなかった人たちの中には作品が想像に走った失敗とさ 磨は他の商品をすべて追い抜いた。他会社は新しい原料・ーー誰もは つきりと分らぬために が前に葉緑素がそうだったように歯磨きれていた人たちがいた。 には必須のものとなってきたことが分った。 批評家たちについて言うと、彼らの大部分は実用的な商売に転向 そして彼らはそれを使う権利をとるために法外な額を支払った。ゴした。 ーリイ・アンド・ゴ ] リイはヴ = ロリンうがい薬にも着手し、また多くの大学教授が良心的に辞めていった。本当であるかどうか分 また大成功をおさめた。ヴ = ロリンとは大概の場合、もちろんおばらない「真実」について教えることは出来ないということだった。 あちゃんの嘘つき石鹸のことである。 これまでごく人気があって、始祖たちにとっては儲かる宗教儀式 これらの製品は国中に拡がり輸出市場にも進出した。もし文明をが突然下火になった。啓発的真理の予言者が人民大会に現われて、 地球上の歯プラシを使い臭い息を敬遠しようとする人々のいる地域大衆に彼自身や彼の教義や、また大衆自身についてのつまらぬ真実 に限定するのなら、それらの製品はすべての文明の中に行き渡ったを語った時には、暴動が起きたほどだ。 教会の大部分は嘆かわしくも会員を失っていった。しかし同時に いや、何にしてもそれは居住者たちに言わせれば「自由世界気 反対に「自由世界ーの記者や作家たちに言わせれば「東縛の世界ー教会は新しい改宗者の増加にほくほくした。告白を含めた教会の儀 式は、何となく行為がその深い意義を失いつつあるようにみえると 全部にひろがっていったのである。 苦情が集まった。 結果がだんだんあらわれだした。 精神分析医たちは最初は彼らの患者たちの「抵抗」に打ち勝った ことに突然大きな成功を収めて、喜んだが、しばらくすると彼らの 番組の休憩時間、清涼うがい飲料のために中座したある有名なラ ジオの = = ース解説者は、放送を続けられなくなり、その日のうち空の待合室に慄然となった。 離婚率は急増し、しかる後に永続的に低い記録を示すようになっ に辞めさせられてしまった。 他の何人もの解説者や論説者も同じような運命に多かれ少なかれた。逆に結婚率は急激に下降し、徐々に平常に戻った。出生率に影 泣かされた。それにまた良心的な新聞や定期雑誌というのは編集者響はみられなかった。 の政策の強力な転換を経験したのである。 無数の弁護士が看板をおろした。 題名に「真実ーという言葉を使った六種類の雑誌が発行を一時止国会調査委員たちは重要事件討議の日を楽しんだが、出てくる証 りやめた。 人という証人が、みな偽証を拒んだので、次第に落着かない欲求不 満におち入っていった。 普通以上の成功を収めた何人かを含むかなり多くの著作家たちが 筆を絶った。驚いたことには筆を絶った人たちの中には、批評家た首都ワシントンでは古風に正装した紳土がホテルに部屋をとり、 ちから作品の純リアリズムについて賞讃を受けていた人たちがお歯を磨いた後でロビーに降りてきた。商用で滞在している客の挨拶 22
て誕生日のお祝いにあげることにするよ」 ここへ来る汽車の中でまったくの習慣から私は新聞を買ってい 「私の誕生日じゃありませんよー私は馬鹿げたことを口走った。 た。しかし他のことに心を奪われていたからそれを開きもしなかっ た。新聞は今テープルの上にあった。おばあちゃんはそれを取り上「違いますよ。私の誕生日だよーおばあちゃんはもとの陽気さを取 り戻して笑った。短く削ったエンビッを探し出し、新聞の隅を破い げて見出しに目をやった。突然私はおばあちゃんが異常に長い「 身動きもせず立ったままで新聞を見つめているのに気がついた。そてねじくれた筆跡でそこに書き始めた。 書いている間おばあちゃんは私にしゃべるともなくつぶやいてい のしわくちゃの顔はかって私が見たこともないような表情をしてい こ。 私はおばあちゃんが「月だって ! 」と独り言を言ったのを耳にし「人間が原子爆弾を落した夜、お前さんの叔父のヘンリーがあたし に言ったよ、〃おっかさん、もう潮時だよみってね。だけどあたし た。しかしおばあちゃんの肩越しにそれを読むまでは何のことだか 、やと言った。あたしは言ったよ。〃みんな気が狂ってる 分らなかった。 のかもしれない、だけど全世界を吹きとばした後で、その上に住む 空軍ロケット月に着陸 ってね , ほど気は狂っちゃいない〃 「だけど今じゃ : : : もし月に人間がいて、もしその男が原子爆弾 まだ私にはおばあちゃんの動揺が理解できなかった。私は。ヒント を手に入れて、それをとばそうということしかすることがなかった のはずれたことを言った。 「うん、ずいぶん前から彼らがやろうとしてることは分ってましたら、どうしてその男を止められるだろう。だってその男は月で安全 なんだものね : : : ほうらーおばあちゃんは紙切れを差し出した。 よ 「月ねえ ! 」おばあちゃんは繰り返した。そして、いぶかしげに続「行きなさい、坊や。お好きなようにおし。あたしはこんな世の中 けた。「何ていったらいいのかね、あたしは貨物列車の車掌室で過を見るまで生きていようとは思っていなかったから、かくしておい した夜を思い出すよ・ : : ・」おばあちゃんの声は次第に消えて何やらたんだよ。だけど、今度はお前さんが避けることの出来ない義務を 陰欝に考えこんでいた。おばあちゃんにしては本当に奇妙なことで負うようになるんですよ。話すまでのこともないけれどね、 あった。 ビルとジェリーと私は工場の近くの酒場の小部屋に入った。テー やがて、新聞を下に置くとおばあちゃんはきびきびした調子で プル越しにジェリーをみて、ジェリー が仕事から解放されたくつろ 言った。 いだ善き同僚の役割をいかにうまく演じつづけているかということ 「考えをかえたよ、オリバー に驚嘆した。私の方は、神経過敏になっているのが自分でもよく分 「というとーー」 った。 「そうなの。お前は嘘つき石鹸を作っていいよ。調合の仕方を書い ー 48
はじめ、十数個の土まんじゅうのように見えたテキ = ニットは、 ようとする。いつもそうなんだ。だがね、テキュニットに着いた ら、それはやめたほうがいいよ」 近づくにつれて、巨大な姿に変貌してきた。何重にも張られた都市 「どういうことだ ? 」 外被は、ほとんど砂をかぶり、まだ露出している部分も砂塵によっ 「テキュニットの機構は、われわれの想像を絶している」 てすり減らされ、輝きなどはまったくない。それが、視野いつばい ショウヤは、眸を空間にむけた。「よほど本気でやらないと、わに、のしかかってくるのである。 れわれは表面だけを見せられていい気になり、しぼるだけしぼり取 がーー気閘を経て入った内部の光景は、外から見た荒涼としたイ られる結果になるだろう」 メージとはうらはらに複雑で、活況を呈していた。いくつにも分岐 して至るところへ伸びる廊下や、随所に作られた屋内公園やセンタ 「ふん」 ーの類が、一行の目を奪った。案内したテキュニットの係員は、で カワードは、やっと態勢を立て直した。 「大演説をぶったと思ったら、こんどは警告かい ? いったい何をきる限り質問に答えたが、彼としても、テキュニットの中全部を知 おそれているんだ ? テキュニットにまつわる黒い噂か ? 噂の影りつくしてはいないのはあきらかであった。 におびえているのか ? 」 これからプレーンとして働く一同のため、十 3 レベルに六人ぶん しかしそのときにはショウヤは、案内書やメモの類を片づけて いの個室と、諸設備、さらに制服などが用意されていた。 こ 0 仕事がはじまった。 「思わせぶりはやめて、きみの心配とやらをはっきり具体的にいっ 仕事といっても、それははじめからの約束どおり、たいしたもの たらどうなんだ ? 」 ではない。すでに新紀五十年祭の全体のプランは、テキュニットの カワードは、追及した。 手で組みあげられ、実行に移されている。カワードたちがしなけれ ショウヤは、机を壁の中にしまってから、静かに応じた。 ばならないのは、投影されるものを、用意されたフィルムから選択 「いまにわかる。いや : : : わからせてみせるよ」 して編集したり、各レベルの飾りつけをどんなものにするかを討議 それから、カワードを残して、べッドのほうへと去って行った。 したり : : : 要するに熟練した専門家が、微妙なセンスをはたらかせ て、洗練された具体的なものに仕上げる作業なのである。はっきり いえば、テキュニット内部の力だけではうまく効果をあげ得ない、 3 その部分だけの請負仕事だった。 宇宙船は予定どおり火星に到着した。いったん地球側の施設で休量がやたらに多く、内容もいつもとだいぶ違うので、カワードた んだ一行は、迎えの無限軌道車に乗って、テキ = ニットへと向っちは、はじめのうちこそとまどったが、やがて、エキスパートの本 領を発揮して、作業をうまく波に乗せた。 」 0 7
一京は、ここで問題を思いがけない方向へ発る。 えてしまったプラッドベリの「雷のような ここで 、展させている。もし、実際になんらかの力「召集令状」、「地には平和を」、『ホクサ音 , の中のあの黄金の蝶ではない。 一で任意のものを無に帰すことが出来るものイの世界』 この三篇はみな過去が未来は、宿命的なジレンマ、即ち、軍艦の大砲 、として消減を考えるとすれば、同じ力で無を厳しく運命づけているか、あるいは、可を後立てにして開国を執拗に迫る海のかな たの商人達に、扉を開くか、鎖国を続ける 一から任意のものを創造することも、また可能なヴァリアント、より正確には、共鳴作 一能なはずである。では、物理学での消用を持っヴァリアントによ 0 て、新しく未かを日本が解決したきわめて具体的な時代 、減や物質化と同様に、それは極くあたりま来を創り出している。小松左京は、そのよである。小松左京は、秤皿の錘になるよう 一えのことである。本質的には、今、われわ うな関係の不可解な性質を、それとなく遠な『宿命的』瞬間を探したのでもなけれ 、れが問題にしているのは、 g-k の特色であ回しに明らかにしているにすぎない。それば、別の発展の道筋を狙うおうとしたので 一るお伽噺の合理的な意味転換の手法につい に対して、「御先祖様万才ーでは、二度と もない。その道が戦争につながるのか、あ 、てである。しかし、西側の作家を例に繰り返えすことのない世紀の深淵で隔てらるいはそうではないのかというようなこと サイクル 、とれば、『ホグべン』の循環でケルト民族れている時代が、時空間を結ぶトンネルとすらほのめかしてもいない。ひとことでい 、の伝説を意味転換したカットナーなど、か アインシ = タインの連続体を貫ら抜く穴でえば、かれの『タイムマシン』はでよ く使われている目的には利用されなかった 、れらはヨーロッパの神話に注意を向けるの つながっている。このような具体性が、こ ということである。ではなぜそれが必要で 、が一般である。しかし、日本人である小松の作家にとってどうして必要であったのだ 、左京が、仏教の哲学的な神話体系に注目しろうか ? 一見して、それには、それなりあり、そして、「御先祖様万才ーでは、な 、たのは、これまたしごく当然といえる。との出費を伴っている。不思議な、時代の仕せプリーストリの「六月三十一日」のよう に時間移行が、いい加減と思えるほど気軽 一ころが、それは民族的な伝統に関連のある業、二十年前の召集令状、ホクサイの青緑 に行なわれたのであろうか ? この二つの 、問題の一側面でしかない 「消された女」色の水に映える原子の影、これらはますな 、には、別のモチーフもある。事実、世界文によりも抱擁力のある芸術的なシンポルに疑問に対する解答は、ただ一つである。 一学には、怒りと屈辱で『この男は、わたしなっており、言外にこめられた意味が釀し : こちら側では、奇妙な愛国論が頭 、が創ったのよ : ・ジ』と叫んだりする無礼極だすある種の雰囲気を創り出している。と をもたけて来た。「憂国江戸援助協会」 、まりない女の形象や、あるいはあわやの瞬ころが、現代日本から江戸時代に通じてい などという、妙な団体ができて、しきり 、間に妻を捨てるような男の形象は、あまりるトンネルは、単純な空想的アトリビ に演説会をひらいたり、ポスターをはっ 、馴染のないものである。同時に、小松左京トにすぎないが、極めて専門的な具体性を 、・ハ・ルザックの古し 、は欲望の実体化という たりした。「諸外国の牙にさらされた江 必要とする。・、なぜ、小松左京はこの単純 、テーマを思い出させてくれる。擬革が縮で、エモーショナルに制限された手法を選 戸時代を救え ! 江戸期に現代産業を出 、み、乾くのと似て、儚い人間の欲望を適しんだのであろうか ? 山の中の洞窟が江戸 現せしめ、もって日本を一挙に、一九世 、ながら、小松左京の主人公が貧しい想像力時代に通じているのは、この作家が、現代紀の最先進国たらしめよ , かくするこ 、で創り出した世界は洗い流され、消え去っ 日本の全貌を決定した道にこの国が踏み込 とによって、われわれは、第二次大戦に - てしまう。ここに、われわれはミステリがんだのが、この江戸時代だと考えたからで おいて敗戦の憂き目を見ないですむであ ( 哲学酌な作品に姿を変えているのを発見すはなかろうか ? それは全人類の運命を変 Ⅱ以上原文 ー 27
だ」ディックは言った。「半時間ばかり前には、まだニューヨ 1 クに対しーー・それはおそらくプルックリンの岸にある屋敷にちがいな にいたのさ。友人たちはその気になれま、、 。しつでもその仕掛けをく かったがーーー遂行されるべき破壊のことや、監督たちに加えられる 9 ぐってここへこられるんだ」 言語に絶した責苦のことを嗄れた声で、打ち明けるように語った。 赤ひげはあまりの喜びに、冒漬的な言葉を口にした。 この男からはさしあたって、憎悪を表わす言葉のほかは、なにを 「ほかの荷車やルークがやってきたらどうなる ? 」ディックは鋭い聞き出すことも不可能だった。 調子できいた。「ここで立ち話していて大丈夫か」 しばらくするとしかし、赤ひげの男はしだいに冷静さを取り戻 赤ひげはにつこりとした。彼は = ワトリの鳴くような声で馬に何し、筋の通 0 たことを言うようにな 0 た。実際に狂っていたわけで か言った。馬は動きだし、川の流れにはいってきた。そして真ん中もないのだった。化けものじみた木の茂る中を七マイルばかり進む へんで止まった。 あいだに、人間のする経験の中には、いちどそれにぶつかると、そ の後はもう正常の振舞いや自制が不可能になってしまうようなもの 「さあ、はやくきて乗りなよ」赤毛の男は息をはずませて言った。 「やつらは臭いをつけて、いずれこの川の岸までやってくる。それもあるということがディックにはわかってきた。この〈向こう側の からあんたの出たところを探すだろう。この車に乗れば、何マイル世界〉では、行動にすこしでも常軌を逸したところがあると刑罰を も先まで行ってからそこでおろしてやるよ。そしたら、あんたは友喰うというのである。長く患ったり、不具になるような怪我をした だちのところへ戻れるだろう。宮殿にガソリンで火をつけて、やつり、あるいは反抗心を燃やしたりするといった、奴隷がちょっとで らを皆殺しにするように言ってくれ。あとのことはおれたちが始末も利用価値を減じるようなことがあると、ここでは刑罰が課せら れ、狂気はそうしたケースの一つに数えられているのだった。 をつける」 ディックは流れに足を踏み込み、荷馬車に歩み寄って、ひらりと赤ひげがえがいてみせた画は、ディックが想像していた図柄と、 それに乗り込んだ。そしてひょいと赤ひげの背中に目をやった彼は部分的にだが似ていた。人間の支配者たちは、たしかにいるのであ そのきたならしい下帯の上方のむきだされた肌に、複雑な十字の模る。彼らは川の向こう側の宮殿に住んでいるのだという。赤ひげの 様をえがく傷あとがあるのを発見した。痛みはもう、とうの昔に癒男は奴隷になってもう何年にもなるが、自分が仕えさせられている えているとみられたが、笞で打たれて出来た傷としか思われなかっ種族もしくは家族の人間をまだ一人も見たことがないというのだ。 た。ほかにもまだ、そこここに、ケダモ / の歯に咬まれた傷のあと監督にしても、二人以上一緒にいるところを見かけることはめった がいつばいついていた。 にないと男は話をつづけた。何年か前まで、彼はニューヨークで電 男はふたたび馬に向かって、ニワトリの鳴くような声をかけた。気技師をしていた。ところがある晩、家へ帰ろうとして四番街の通 馬は車を曳いて岸のほうに向かった。彼らはじきに対岸の道の上にりを歩いていると、急に身体が落っこっていくような感じをおばえ 出て、ゆっくりとした速度で前進をはじめていた。赤毛の男は宮殿た。いっさいの世界がまわりで渦を巻いていて、気がつくと木の格
〈こちら側の世界〉という略奪の対象がある以上、たがいに奪 帰って敵のことごとくを一夜にして殺戮し、血なまぐさい恐怖政治う。 い合いを演じるのはばかげたことであり、彼らのあいだにあっては を行なったものがいたというのであった。 彼らの社会は無政府 まさしく、それなのだ。第五王朝のその後の王たちはエジ。フトの自衛のために団結することは不必要たからだ。 , ほかのどの王たちよりも仮借ない専制政治を行なっている。 ' 王たち主義のそれであるにちがいない。時代がすすむにつれ、彼らは地球 の敵は魔法によってむごたらしく殺された。また災害に圧倒されての諸都市が贅沢品や奴隷のふんだんな供給を約束する場所に、つぎ つぎと別荘を設けていく。一つの別荘の主人は別のそれの主人に対 何もできなかった。彼ら王たちが手につかめない宝物はなかった し、彼らがとらえ、あるいは殺すことのできない人間はいなかっし、忠誠の義務を負うことはいっさいない。けれども奴隷の反抗と いうことを考えるとき、やはり警護の者を身辺に置く必要はあるだ た。こちら側の世界のすべてのものが、彼らには自由になった。尋 ろう。その場合、それら警護の者たちの忠誠はどのようにしてつな 常のこちら側の世界の最も人目に立たない、最も固く防護されてい る、最も奥まった隠れ場所に、意のままに歩み込んでいくことがでぎとめるのであろうか。 きたからだった。 ディックの想像力ではここまでしか考えられなかったが、それで 彼らはしたがって、〈向こう側の世界〉でも、まさしく支配者のもモールトビイの住まいに戻ったとき、半ば気の狂ったように昻奮 名にふさわしいものたちであったろう。彼らは戦利品をもとめて戦していた。 サム・トッドがはいってきた。彼は銃を持ってきていた。彼は う必要がなかった。何の邪魔もされることなく戦利品は手に入った からだ。奴隷をもとめて都市を攻め取る必要もなかった。人間さえの一つをディックにわたそうとしたが、ディックはきびしい顔色で 言った。「要らないよ、サム。・ほくはモールトビイが戸口とやらを 住んでいればどんなところからでも奴隷は盗んでくることができ、 完成ししだい、ひとりでそこを抜けていくつもりだ。きみにはあと しかもそのさい、いささかの危険も冒さずに済んだからである。 ディックには、そうした純粋に寄生的な社会の発達はただ想像すへ留まっていてもらわなけりゃならん。どんな助けが必要になる か、予断を許さんからな。いざというとき、いつでも助けにきても ることができるだけだった。黄金を略奪することはやがて意味をも 冫たえず誰かに見張っていてもらわないといけないー たなくなるだろう。黄金は、それが労せずして手に入るということらえるようこ、 ーっまり、すでに手に入れた覗き穴から見まもっていてもらう必要 になれば、一塊りの土くれほどの価値しかもたないだろうからだ。 がある。それに二人が一緒に出かけてしまうとしたら、いったい誰 宝石もそれとおなじ重さのガラスほどの価値しかもたないだろう。 だが美しい織物や柔かな絨毯、贅沢な食べものや飲みもの、馬、奴がこのことを当局にったえて援助を引き出すんだね ? サムはおかしくもなさそうに笑った。 隷用の屈強な男たち、玩弄物のきれいな娘たちーーこのようなもの 7 8 「当局にったえる ? 」彼は皮肉な調子で反問した。「さあて、はた は依然として価値を失わないにちがいない。しかもなお、寄生的な 〈向こう側の世界〉には、強大な国家というものは生まれないだろしてどこらへんまで話を聴いてもらえるかな、気違い病院へぶち込
カワードは冷淡にい 0 た。「とてもだいじな用でね、一刻も早「ぼくは今、きみたちのことよりも、はるかに大きな仕事をやらな く、テキ、ニットを立ち去らないといけないんだよ」 ければならないんだよ、クエンスー 「そんなことをさせてたまるか , カワードは、嘲笑的にいった。「火星の行きずりの夫婦の問題な クエンスはわめいた。「あなたには、責任をとってもらうぞ , んかに、かかずり合っている時間はないんだ」 チロンをこんな共同使用人にした責任をなー そのまま、カワードは歩きだした。 「なに ? 」 クエンスは、まわりが火のようになるのを感じた。 カワードま、。 きよっとしたようにチロンをみつめてから、うめい 行きずりの : : : 夫婦 ? そんなものにかかずりあっている時間は こ 0 「信じられん。とてもぼくにはーー」 ものもいわず、クエンスは、カワードのうしろ姿めがけて、躍り それから、呟いた。「だからこそ、ぼくはすみやかに地球に帰らかか 0 ていた。カワードを引き倒し、相手の頭を、何度も床に叩き なければならないんだ」 つけていた。 「これはみんな、あなたのせいなんだぞ ! 話を聞いてくれカワー 「やめろ ! つまらんことはよせ ! , カワードは悲鳴をあげた。 ド。これは、あなたがたねをまいたことなんだ ! 」 「きみは、自分が、テキ = ニット成員全部の未来を閉ざそうとして 「本当に済まないが、そんな暇はないんだよー いるのが判らないのか ! 」 カワードは、クエンスの耳のはたに口を寄せて、ささやいた。 「行きずりといったな ? 」クエンスは無我夢中でわめいた。「そっ 「・ほくが戻れば、こういうことは、二度となくなる。、 しゃなくしてちは遊び半分だったかも知れないが、こっちは何もかも失ったんだ みせるつもりだ。約束する。だから、さあ、その手を離してくれ」ぞ ! それを : : : 大きな仕事とかのために、踏みつけにしていいの 「ぼくは、ぼくとチロンのことをいっているんだ。テキ = = ットのか ? 」泣き声にな 0 ていた。「それで済むのか ? 済むと思ってい ほかの成員のことなどどうでも、 しい。カワ 1 ド、頼れるのはあんたるのか ? 」 だけなんだ ! 」 殺到して来た人々が、クエンスを引き離したとき、すべては終っ 「離せ ! 」 ていた。クエンスの足もとには、血へどを吐いたカワード の死体が カワードは、袖を払った。 横たわり、チロンはわけがわからぬままに、すすり泣いた。 「あなたは、ここに残って、ぼくたちを助ける義務があるんだそ , 駈けよった人たちによって蹴散らされたカワードの荷物からいく 地球の人間というのは、そんなことさえできないのか ! 」 つかの記憶ドラムがころがり出たが、それらは、何十人もの足によ クエンスは、吠えた。 って、原形をとどめないまでに、踏み潰されていた。 カワ 1 ドの眉が、びくりとあがった。 8 9
が生じるのだというわけで わけなのだ。 ある 事実そのとおりになる。 この論述は、反駁のしょ みかけはぐるぐるまわっているように感じられるなる人物も、 〃宇宙全体〃に対して回転しているのでなければ、遠心力は作用しうのない堅固なものに思わ オし遠心力が作用するかしないかは、その近くにある壁や人工物れた。しかし、いつの世に に対してまわっているかいないかではなくて、遠方の星々によっても先見の明にとんだ人物は加 代表される″宇宙全体に対して回転しているかどうかによって決いるもので、ニートンの まるのである。 この実験に対して、同時代 相対論的には、だから、人工衛星と〃宇宙全体とが相対運動をのイギリスの有名な哲学者 しているということになる。じっさい、理論的に計算すると、遠方 1 ークレー僧正は、つぎの の星々を回転することによって、中心に静止している人工衛星に遠ように反論した。 心力的な力が働くという結果がでてくる。もっとも、このような全「絶対空間は観測不可能で 宇宙にたいする計算を、相対性理論だけでなしうるかどうかは疑問あるから受けいれることは であるが : できない。遠む力は、ケ 以上のべた、遠心力の相対性は、じつは、ニュ 1 ートンのバケツの ッ ( 水 ) が恒星系に対して 実験と、これに対するマッ ( の反論という形で、物理学の思想史上 ( 相対的に ) 回転するため に大きな軌跡をのこしており、しかもアインシ = タインの思想の出に現われるのである , 発点にもなった重要な問題なのである。 この見解は、ニュートン これについて簡単に述べてみよう。 の権威が確立するにしたが = = ートンは、その大著プリンキビアの中で、絶対的な空間が存って影がうすくなったが、 在するひとつの証明として、図のような回転する・ ( ケツの実験につそれから百数十年ののち、 いて記している。 超音速のマッハ数やレーニンに批判されたマッハ主義で有名なエル その記述は、ニュートンの他の文章と同じくいささかわかりにく ンスト・マ ッハによって、むしかえされ、物理学界にひとつの衝撃 いしろものだけれども、結局は、遠心力を測ることによって、絶対を与えた。 ークレー僧正とまった ) 的空間に対する絶対的回転を証明しようとしたものであった。 マッハの見解も、遠む力に関しては、・ハ ハケツをつるしてぐるぐる回転させると、中にはいっている水同じだっ・た。水は絶対空間に対して絶対的回転をしているのではな というわ 、宇宙の全物質に対して相対的に回転しているのだ は、外側にむかってもりあがってくる。このような現象は、バケッ を静止しておいて、観測者がそのまわりを廻っても決して生じなけである。 この思想が近代物理学におよ・ほした影響は大きい。なぜならば、 。つまり、相対的な運動ではなく、絶対的な運動だけにこの現象 ・静止 加速 止 3 遠方の全宇宙 遠方の全字宙 宇宙船を加速しても宇宙そのものを加 速しても結果は同じことだろうか ?
ば、宇宙船は火星に到着するからだ。 「そうなると、気をつけなくちゃならんぞ」 「さあ、いよいよさいはての地が近づいたそ。こうなれば覚悟をき進行管理マンが、大げさに頭を振り立てた。「もしも今度の仕事 めて、ディレッタンティズムに徹するよりほかはないよ , がうまく行かなかった日には、われわれはみせしめのために、はり しゃべっているのは、ローベル・カワードだった。。 とことなく軽つけにされちまうんじゃないかね」 薄な感じで、しかも饒舌なのだが、その実、アフリカのコングロマ 一同は笑った リットや、南極ュニットでのキャンペーンで腕をふるった、その道 いや、一同ではない。 では有名なプランナーなのだ。持前の、ありきたりで実直な連中へ ひとりだけ、表情こそ合わせているが、本心ではちっともおかし の軽蔑的な態度をもうちょっとつつしめば、今ごろはどこかの国家 がっていないような人物がいたのに、カワードは気がついた。 かュニットで、枢要の地位を占めていたかも知れない。 それは、レコーダーのショウヤ・タイという、小柄で眼つきの鋭 ・スペシャ ほかの五人も、カワードと似たりよったりのジプシー い男だった。 リストである。人類連邦の専門委員会が、テキ、ニットの依頼を受彼がそんな態度を見せたのは、今度だけのことではない。旅に出 けて斡旋し組みあげた、これは混成チームなのであった。 る前から、ずっとそうなのだ。い ってみれば、俺だけは真面目だ、 「それにしても、やはり・ほくには、テキュニットという名称にひつおまえたちみたいに下らぬ冗談を飛ばしているひまはないんだ、と かかるね」 いいたげなポーズを保っているのだった。 一行の中でもいちばん若い演出家が、ロを出した。「テキュニッ そんなタイプの人間を見ると、カワードはいつもいらいらしてく トとは、もともとテックュニット つまりテクニカル・ユニットる。皮肉のひとつもいってやろうと思うことは毎度だったが、自分 という言葉が変化したものだろう ? いうならば、最高の技術水準がこの混成チームの指揮者格であり、今度の仕事がなるだけうまく を持っュニットだというわけさね。ちゃちな火星の共同都市群とし いってくれなければ具合が悪いものだから、黙っているのだ。 ては、まったく思いあがりもいいところだ。現代の、技術者共同体第一、こんな奴を相手にしたって、仕方がないではないか。 である太平洋ュニットや南極ュニット、それに、月面諸都市のこと「まあ、いずれにしても、今度の仕事は田舎者相手の祭典さ」 を知らないのかね。そこまで行かなくても、地球の古い諸国家だっ カワードは、気をとり直して、 しいはじめた。「われわれの待遇 て、科学技術レベルは十年の前の比じゃないしーーー井の中の蛙とは については、連邦がテキュニットから一札とってあるし、ま、三カ 正にこのことだよ」 月の契約期間だけそこそこやれば、あとはどこかでゆっくり遊ぶ と。結構なことじゃないかー 「要するに、辺境というのはそんなものなんだ。辺境なんかにいる と、いやでも唯我独尊になっちまうんだな。可哀想なもんだよ」 そのときカワードは、またショウヤが上目づかいをして、じろり カワードが応じた。 とこちらを見たのを認めた。
贈物である製品を見つけ出しました〃なんて言って彼らを気絶させ私は心理学者ではないけれど多くの人の精神障害、それからこれ たりできないからね。うまいやり口が必要だ」 ほどまでに蔓延している不幸は、専ら自分自身をだますという、根 5 「何かやり方があるはずですよ」 強い習慣に起因するのではないか、といことに確信を持っていた。 「落着けよ、私がなんとかする。私は二十年間だてに商売していたしかしおばあちゃんの嘘つき石鹸を使ったこの人たちは、もう自分 訳じゃない。だが一つ大切なことは、このかけ引きがうまくいくま自身に対してすらも嘘がつけなくなったのだ。 この結果はわれわれの大胆な新世界により大きな真実性を期待さ で、君の魔法の飲料を私から遠ざけておいてくれなきゃいけないっ せると同様、すばらしさも期待させた。二、三日たって会社の重役 てことだよ」 結局私の出した考えによって確認が得られることになった。だが連中は生産開始の結論を下した。他の大手の会社がすでにあの化学 その可能性を探ってみたのはオ・フライエンで、詭弁だの甘言だのの式に食指を動かしているという噂だった。 莫大な量の頓服のおかげで、試験用の何百人という志願者を手配す商務省標準局の検査は問題なかった。つまるところ、原料と無害 ることができた。これらの人間モルモットには三十日分の歯磨きー性ということについて彼らを納得させればよいだけだった。たぶん ー普通の原料におばあちゃんの嘘つき石鹸を混ぜたもの・ーーが無料彼らはネズミに実験してみたのだろう : ・ で供給された。そして期間がすぎると、彼らは実験に対する感想を重役たちの決断を祝うために私はアリスとアリスの新しいフィア 求められた。 ンセをタ食に招待した。私自身、われわれが何を祝っているのかい ほとんど例外なしに彼らは非常に満足した旨を言明した。もちろささかあいまいだったので、彼らはやってきた時と同じようにきっ んそれは営業部門が聞きたがっていた言葉に違いなかったーー客はねにつままれたまま帰っていった。ただ私が持ち合わせの小さな白 満足をしているのだ。 い錠剤を投薬してから二人はさらにずっと率直になった。 われわれの対象者は新しい歯磨を使ってみた後でなぜいいと感じ私はその夜中、仕事に心を費し、十一時にアリスのア。ハートに電 たのかは、説明が出来なかった。なぜならそれがどうしてだか彼ら話をかけた。私は正確に時間を定めた。アリスは在宅たった。しか には分らなかったからである。ただ彼らの人生が明るくなったようもアリスの声から判断すれば泣いているようだった。 に思い、個人的なっき合いというものがーー二、三の不幸な家庭的「彼とかなりひどいことを言い合ったんだね」私は同情したロぶり いざこざはさておき・ーーーもっと喜ばしいもののように思えるようにで言った。「婚約解消のことはお気の毒だ」 なっただけなのである。その家庭的いざこざの犠牲者すら極めて嬉「ああ、身ぶるいがするわ ! 彼は言ったのよーーー認めたのよもし しそうにみえた。 私の胸のためでなかったらってことを認めたわーーそれで私は言っ 私は何故だか知っていた。私の大好きな理論が、効を奏し始めたてやったのーーああでもどうしてあんなことを言ったのかしら ? のだ。 でもオリ・ ( ー、どうしてあなた知ってるの ? 」