で真赤になった。 れわれを長服しにかかった。 : ええ、をつきました」 おばあちゃんは台所のかまどのまわりで忙しく立ち働きながらし「いえ : ・ あなたはリチャードが真実を言うより以外、何もできないのに気 ばらく無言でそれを聞いていた。しかしおばあちゃんをよく知って がついて胆をつぶしたことがお分りだろう。その上リチャードは残 いるわれわれは嵐の前触れがきつつあることが分っていたーーーへの 字に結ばれたロと危険な目の輝きとからである。リチャードはもちりのわれわれがこのことを知っており、当然と思っていることを思 い知らされねばならなかった。おばあちゃんの嘘つき石鹸でロを洗 ろん気づくはずがなかった。リチャ 1 ドはジョージ・ワシントン・ われたら最後、誰だってどんなに嘘をつきたいと思ってもこの世で ブリッジの説明を終って摩天楼にとりかかった。 もういけなかった。おばあちゃんはシチ = ー鍋をガチャンと置く再び偽りを言うことは出来ないのたった。 とリチャ 1 ドのカラーを鋭い拳でがっしとっかんだ。 十五分後にはおばあちゃんはジャム付き。 ( ンでリチャードの気を 「ちょっとお若いの。こっちへおいでーとおばあちゃんは凄んだ。鎮め、もう少し話をするよう元気づけていた。リチャードがオラン 「お前さん、あたしをからかおうなんて料簡を起すんじゃないよ」ダトンネルについて説明するとおばあちゃんは大いなる興味をもっ そうやっておばあちゃんはリチャードを洗面台の所まで引きずって耳を傾け、時々うなづいては「おやおや、思いもよらないねえ」 などと叫んでいた。 ていき、われわれは、うれしがりながらも恐ろしく、その後につい さて、お分りのように、おばあちゃんには、すべての言葉が真実 ていった。 ー」とおばあちゃんは私を指名した。私はその時すでに十であることが分っていたのである。 もし私がもう少し利ロだったらーーー今だって多分あと知恵がきく 三歳の背のひょろ長い子だったーー・、「嘘つき石鹸をおろしとくれ」 私は慎重におろした。わめきたてるリチャ 1 ドは何が起るのか皆のを別とすれば利ロとはいえないがーーその事件から何かをつかみ 目見当がっかないうちに、石鹸水の泡の洗礼にあってぶくぶくやりとっていたに違いなかった。しかし私は利ロじゃなかったから、何 出した。リチャードのロは強い石鹸ですみからすみまで洗い清めらも気がっきはしなかった。 れたのである。 おばあちゃんの孫はみんないっかしらこの石鹸でロを洗われてい 「さあて ! 」おばあちゃんはリチャ 1 ドを離し二、三歩退ってから るーー私を除く者全部である。なぜ私は免れたのだろうとたびたび きつばりと言った。 「ひしやくの水を飲んでから答えてごらん。お前は十マイルの高さ不思議に思ったものだった。おばあちゃんを怒らせたことがなかっ の建物があると言った時嘘をついていなかったか、いたか。どっちたからなんていうのは大間違いだ。多分おばあちゃんは直覚的な科 学的方法をもっていて、標準見本として私をとっておいたのではな恟 だえ」 いだろうか。それとも : : : いや何はともあれ、おばあちゃんの世代 の顔は努力 リチャードはロをあけてからまた閉じた。リチャード
だがここに述べるのはハウリング・ウルフの話ではない。おばあもなく病気にかかった。鵞ロ瘡の軽いのだったらしい。さもあらば ちゃんの嘘つき石鹸の話なのである。 あれ、件のご、先祖様はちょうどその頃アメリカへ移住したのであ 4 おばあちゃんというと、私が最初に思い出すのは、大勢の孫たちる。 の一人としてーー兄弟姉妹それにいろんないとこたちと休みの間古しかしもちろんのことわれわれ子供たちは、おばあちゃんの奇妙 なところなんかに気づきはしなかった。子供らしくわれわれは、子 い片田舎の農場を占領していたころのことだ。おばあちゃんはもう その頃からすでに九十ポンドもないような小ちゃな干上がった年寄供というものは誰しもが洗面台の上の高い棚に嘘「い石を置いて 、りで、茶色いしわくちゃな顔と、容赦ない黒い眼をしていた。 おくおばあちゃんをもっているものなのだと信じていたのである。 おばあちゃんは農場をがっちりととりしきっていた。ロ数の少な それは大きく頑丈な茶色の石鹸で、まるで豚を殺した後、古い鉄 い二人のおじが激しい労働を引き受け、命令のままに日常の雑役、のたらいの中でおばあちゃんが脂肪を煮出して作った、他のいろん な品と同じようなものだった。だがこの石鹸は普通の石鹸ではなか 作付、家畜の世話などをしていた。農場はなかなかうまくいってい た。飢饉でよその人たちのトウモロコシの発育が思わしくなく、井った。それはおばあちゃんの頭の中だけにしか書かれていない処方 戸がかれてしまったような時でも、おばあちゃんにそんな災難は決箋で、壺の中に貯えられている薬用植物から特別に、ひそかに作ら れたものだった。 してふりかかってこなかった。 おばあちゃんについてもう一つ言わなければならないことは、お 大きくなるまで私は分らなかったのだがーーー時々近所の人たちは ぶつぶつ不平を並べて、明らかに嫉妬の念からだが、おばあちゃんばあちゃんにとって我慢のならないのはをつかれることだったと いうことだ。別に真実崇拝からではなくて、単に誰かが自分をばか には何か奇妙なところがあるなどということを言い張ったりしてい にしたという考えがおばあちゃんを憤激させるからである。それは たらしい 近所の連中がかぎつけた変なことというのは、大方の田舎の人た確信をもっていえる。もし誰かが嘘をつこうとして、もしそれがお ちが愛情などとは関係なしに我慢しているところの猫ーーーその猫にはあちゃんの孫の一人であったりしたら、どうすべきかをおばあち ゃんはよく知っていたのだ : 対するおばあちゃんの執着と、陽に乾かしてラベルの貼っていない 方の壺へしまう植物を集めに、一人でする森の中の長い散歩ではな たとえば、私は今でも都会に住む従兄のリチャードが初めて農場 かったかと思う。 を訪れたときのことをまざまざと思い出すことが出来る。このリチ 同様に、言い伝えもそれを補うに余りあった。つまり十七世紀のヤードというのは、ニューヨーク・シティに住んでいた青白い高慢 イギリスで、おばあちゃんの女の先祖の一人が魔女狩りの名人のサちきな子供だった。 ムスン・。フロードフォークス氏によって、家畜に魔法をかけたかど農場の誰一人として彼と同じような至福を受けたことがないと分 フロードフォ , ークス氏はそれからまると、リチャードはわれわれを田舎者とみくびり、都会の驚異でわ で告発されたことがあるのだ。・
て誕生日のお祝いにあげることにするよ」 ここへ来る汽車の中でまったくの習慣から私は新聞を買ってい 「私の誕生日じゃありませんよー私は馬鹿げたことを口走った。 た。しかし他のことに心を奪われていたからそれを開きもしなかっ た。新聞は今テープルの上にあった。おばあちゃんはそれを取り上「違いますよ。私の誕生日だよーおばあちゃんはもとの陽気さを取 り戻して笑った。短く削ったエンビッを探し出し、新聞の隅を破い げて見出しに目をやった。突然私はおばあちゃんが異常に長い「 身動きもせず立ったままで新聞を見つめているのに気がついた。そてねじくれた筆跡でそこに書き始めた。 書いている間おばあちゃんは私にしゃべるともなくつぶやいてい のしわくちゃの顔はかって私が見たこともないような表情をしてい こ。 私はおばあちゃんが「月だって ! 」と独り言を言ったのを耳にし「人間が原子爆弾を落した夜、お前さんの叔父のヘンリーがあたし に言ったよ、〃おっかさん、もう潮時だよみってね。だけどあたし た。しかしおばあちゃんの肩越しにそれを読むまでは何のことだか 、やと言った。あたしは言ったよ。〃みんな気が狂ってる 分らなかった。 のかもしれない、だけど全世界を吹きとばした後で、その上に住む 空軍ロケット月に着陸 ってね , ほど気は狂っちゃいない〃 「だけど今じゃ : : : もし月に人間がいて、もしその男が原子爆弾 まだ私にはおばあちゃんの動揺が理解できなかった。私は。ヒント を手に入れて、それをとばそうということしかすることがなかった のはずれたことを言った。 「うん、ずいぶん前から彼らがやろうとしてることは分ってましたら、どうしてその男を止められるだろう。だってその男は月で安全 なんだものね : : : ほうらーおばあちゃんは紙切れを差し出した。 よ 「月ねえ ! 」おばあちゃんは繰り返した。そして、いぶかしげに続「行きなさい、坊や。お好きなようにおし。あたしはこんな世の中 けた。「何ていったらいいのかね、あたしは貨物列車の車掌室で過を見るまで生きていようとは思っていなかったから、かくしておい した夜を思い出すよ・ : : ・」おばあちゃんの声は次第に消えて何やらたんだよ。だけど、今度はお前さんが避けることの出来ない義務を 陰欝に考えこんでいた。おばあちゃんにしては本当に奇妙なことで負うようになるんですよ。話すまでのこともないけれどね、 あった。 ビルとジェリーと私は工場の近くの酒場の小部屋に入った。テー やがて、新聞を下に置くとおばあちゃんはきびきびした調子で プル越しにジェリーをみて、ジェリー が仕事から解放されたくつろ 言った。 いだ善き同僚の役割をいかにうまく演じつづけているかということ 「考えをかえたよ、オリバー に驚嘆した。私の方は、神経過敏になっているのが自分でもよく分 「というとーー」 った。 「そうなの。お前は嘘つき石鹸を作っていいよ。調合の仕方を書い ー 48
「分っていますよ , おばあちゃんはさえぎった。「この新しい入れそれなくして他の罪はあり得ない」 ー ? 」おばあちゃんは驚くほど歯をむき「それで」おばあちゃんが口をはさんだ。「お前さんは私の嘘つき 歯、どう思うかいオリ 出してみせた。「今日はあたしの誕生日なの。九十一か九十四かな石鹸の調合の仕方を知りたいのかい」 んかその辺だったよ。ちょっと忘れちまったがねーー・・そんなもん「ああ、そう、そうなんです」私はあいづちをうった。「それなん で、あたしゃ町まで行って新しい入れ歯を買ったんだよ。きれいかですよ。あなたと僕の先祖にはこんなに長いこと、それを秘密に所 持する権利はないと思うんですよ、ねえ、おばあちゃん。が働い え、坊や。十年か十二年は役に立ってもらわなきや」 てる会社はうがい薬や歯磨きなんかを作っています。何百万という 「そうですとも、おばあちゃん」私は半ば茫然として言った。 人々がうちの製品を使っています。だからもし新しい『奇蹟の原 おばあちゃんは探るように私を見た。 丿・ー ? 言ってごらん。困ってるのね、ちゃんと書料』が正当な方法で宣伝されたら他の何百万もの顧客をかかえてい 「何なの、オ 1 ハ る会社だって、それを採用しない訳にはいかなくなりますよ , いてあるわよ、お前さんに」 私は説得力ある演説をいくらかは下稽古してきていた。しかしお私はオ・フライエンをあてにしていた。私が彼に単刀直入に説明す ばあちゃんのランプの灯の台所に坐っていると私は年月が流れ去っれば、どうにかうまくやれるだろう。 てしまって、何だか自分が家出をして後悔をして帰ってきた小さな おばあちゃんは立ち上ってお鍋をかきまわした。私は息を呑んで 少年のような気がした。 いた。とうとうおばあちゃんはロを開いた。 いいかげん支離減裂気味に、私はどのようにして世の中に飛び出「お前さんに調合の仕方を教えてあげるよ、オリバ し、それがどんなものかを知っていったことを話し出した。私は何私の心臓は早鐘を打った。 「ーーーだけど十年か二十年先のことだね。もうちっと注意力を養っ もかも報告した。私の仕事、それが私に意味しえたであろうことに 比べたら何とちつぼけなことであったろうか。人々がどんな風に扱てからでないと駄目。あたしも一度はお前さんの年頃だったことが あったよ。そしてあたしも明日の朝には世界を作り変えて、明日の われるかについての私の経験。アリスのことまでもすべて話した。 とりわけ、すべての曲り角でどんなに私が嘘に泣かされたことか、午後は坐ってその世界を嘆賞すればどんなにかステキだろうと思っ そして人々が互いに嘘を言い合っていること、自分自身にすらをたものだよ。だけど今ではもっとよく分ったつもり。お前さんも分 るようになるよ」 言っているように見えることを強調した。 おばあちゃんは聞きながら一、二度うなずいた。それで私は勇気私は嘆願しかけ合った。しかしどうにもならなかった。この老婦 づけられた。私はいろいろ述べようとした論議の中の一つを思い出人ときたら石のように頑固だった。ついには私もむつつり黙り込ん おばあちゃんは夕食の仕度をととのえにかかった 「なんとかって哲学者はかってこう言いました。嘘は原罪である、 7
うな容貌をしてはいなかったけれど、何かおのずから人を惹きつけた。 るもの、アリスが働いていた・・の機械をめちやめちゃにし アリスはこわかったのだ。アリスの家族は貧乏だった。それがど てしまうにちがいないほどの磁力をもっていた。 んな意味をもつのかアリスには分っていた。とに角、低能や精神病 私はアリスに会い、磁気を帯び、極性を与えられ、茫然となつ者を別とすれば、誰がそういう日々をおそれない訳にいくだろう た。茫然として幸福だった。アリスに結婚の申し込みをし、アリスか。それだからアリスは安全性を、逃げ場所を求めていたのだ。あ がイエスと答えた時には、自分の運があまりにつきすぎているようの一九五〇年代の世の中には逃げ場などはなかったのだ。だがアリ で、実現しないのではないかと思ったほどだ。そして案の定それはスにそれを言っても何になっただろうか ? 実現しなかった。三週間かそこらたってアリスは指輪を返しにきた私はいささか痛飲した。自分は成功するのには適さない人間だと のだ。私と結婚はできない。みんな間違いだったといったことだっ いうことを自分に納得させるまで大いに飲んだ。ある考えを思いっ いたのは酒がさめて行く途中のことだった。私は世界を変えた考え 二日後私は偶然工場の廻廊でアリスに出くわした。アリスの指にのどれほどが二日酔の産物であったろうかと思う。 は、別のもっとデカいダイヤがはまっていた。私はアリスを引きと私には何日かの有給休暇があったからことは簡単だった。飛行機 めて荒々しく「誰なんだい ? 」と詰問した。 に乗り汽車に乗りおん・ほろ・ハスに乗った。それからぶどうづるの上 ためらいながら彼女は私に話した。相手は会社の下級幹部で家族を威勢よく歩き、そこからもうしばらく訪れたことのなかった農家 のコネと会社の株を持っていることで昇進間違いなしの若僧だつのドアへ続いている馴染の小道を登っていた。ここへ来なかった年 た。アリスは利ロな子だった。単に自分自身をもう少し高く売ろう月を勘定してみて私は驚いた。 としたたけなのだ。私はそのことについて幾分刺のあることを口に おばあちゃんは裏庭でつぎはぎ細工のシャッと色のあせたプルー したようだ。 の仕事着を干しているところだった。ちっとも驚かずにおばあちゃ 「違うのよ、オリ ー」とアリスは言い張った。「そんなことじゃんは言った。 あないの。ただあなたを愛していなかったからよ。愛したことなん「どうだい、オリバ てなかったんだわ」しかしアリスは私の目をまともに見ようとはし そして私がじれったさを我慢しながらみている間、おばあちゃん なかった。 はもくもくと仕事を片づけた。 少し冷静になってから私は、どうやらアリスは私に対して隠し立とうとうおばあちゃんは空になった洗濯カゴを持ち上げて家の中 てしているわけではないということに気がついた。アリスは自分自へ入った。暮れかかっていたのでおばあちゃんは台所の石油ランプ 身をだましている言葉で私にも嘘を言っただけなのだ。同時に、アに灯を入れた。鋳物のかまどの上では夕食が煮えていた。 リスの行いの小さな点まで思い起してみると、何故だか納得がいっ 「おばあちゃん」私はロごもった。「ここへ来たのはそのーー」
オブライエンは酔っていた。けれども彼はおばあちゃんの嘘つきおさまるものなのだ。 石鹸を飲んでいたから真実をしゃべったわけだ。 しかしなお気にかかることがあるのだ。おばあちゃんの嘘つき石 おそらくあまりにも自信がありすぎた。 鹸の以前には、われわれはよく空にみえるわけの分らないものに対 時々、私はオプライ = ンがほのめかした″誘惑に属することがして「不思議な飛行船」だとか「空飛ぶ円盤 , だとか何か似たよう あった。 な言葉の報告をおりおり聞いたものだ。われわれは大ていの場合そ といっても常にただ楽しみのためとか、人々がどれだけそれを本んなものを笑いとばした。人々は根も葉もない取沙汰を始めるもの 当にするかみてみようとする興味本意の害のないやり方でだ。例えだからだ : : : 大きな変化の後では、それらの報告はもうなくなるだ ば私が最初にお話ししたノースウッズの天才、ハウリング・ウルフろうと思われていた。 の作り話のような具合に。私は彼らがほとんどすべてのことを信し ところがそうではなかった。 てしまうということをますます感じるようになっている。ことに若つい最近では月の噴火口と宇宙ステーションのそばに何か奇妙な い世代がだ。年をとっている人々は未だに懐疑の燃え殼をくすぶら物体のあるのが注目されている。 せている。 そんなわけだから、われわれは宇宙の中で、いや太陽系の中だけ 今では から考えればーーーわれわれがその後の結果を予知すべ にしても、一人・ほっちではないのではないか ? そしてそこに誰が きであったということは明白である。しかしながら、それは非常に いようとも大きな注意を払ってわれわれを取り囲み観察しているの ゆっくりと進行したのだ。生理学的な結果ではないこの心理学的ー がーー。・彼らの行動が示すような激烈で用心深く、極度に疑り深いか ーあるいは単に論理的な結果である。一度人々が嘘をつくのをやめってのわれわれのような生きものだったら , 1 ーー虚偽とか裏切りをす てしまうと、彼らはだまされるのではないかと疑うこともやめてしる可能性があるのではないか ? まう。彼らは信じられることを期待するのと同じように信じてしま狼たちが羊をとりかこんでいる : たぶんこんなことはすべて私の想像にすぎないのだろう。確かで 少しずつ、少しずつ、特に若い人のように育った頃を覚えていな い人々は、全くのーーかって呼ばれていたようなだまされやすい人自分で思っていることについてまで確かになろうとするには方法 になるだろう。 はただ一つ 少し前のことだが、南部にーー誰かが異教徒の道になびいて、彼今から間もなく私は洗面所につておばあちゃんの嘘つき石鹸で顔 が歯を磨いてみるまでーー・・彼自身の発明の予言派にやたらと人を改を洗うつもりだ。それから鏡に向って顔と顔とをつき合わせてだま 宗させる汚らしい予言者がいたという。しかしそういう事件など私す余地のないところで、聞いてみよう。″私は正しかったのか〃 はちっとも気にしない。その例が示しているように、万事はうまくと。 ー 55
贈物である製品を見つけ出しました〃なんて言って彼らを気絶させ私は心理学者ではないけれど多くの人の精神障害、それからこれ たりできないからね。うまいやり口が必要だ」 ほどまでに蔓延している不幸は、専ら自分自身をだますという、根 5 「何かやり方があるはずですよ」 強い習慣に起因するのではないか、といことに確信を持っていた。 「落着けよ、私がなんとかする。私は二十年間だてに商売していたしかしおばあちゃんの嘘つき石鹸を使ったこの人たちは、もう自分 訳じゃない。だが一つ大切なことは、このかけ引きがうまくいくま自身に対してすらも嘘がつけなくなったのだ。 この結果はわれわれの大胆な新世界により大きな真実性を期待さ で、君の魔法の飲料を私から遠ざけておいてくれなきゃいけないっ せると同様、すばらしさも期待させた。二、三日たって会社の重役 てことだよ」 結局私の出した考えによって確認が得られることになった。だが連中は生産開始の結論を下した。他の大手の会社がすでにあの化学 その可能性を探ってみたのはオ・フライエンで、詭弁だの甘言だのの式に食指を動かしているという噂だった。 莫大な量の頓服のおかげで、試験用の何百人という志願者を手配す商務省標準局の検査は問題なかった。つまるところ、原料と無害 ることができた。これらの人間モルモットには三十日分の歯磨きー性ということについて彼らを納得させればよいだけだった。たぶん ー普通の原料におばあちゃんの嘘つき石鹸を混ぜたもの・ーーが無料彼らはネズミに実験してみたのだろう : ・ で供給された。そして期間がすぎると、彼らは実験に対する感想を重役たちの決断を祝うために私はアリスとアリスの新しいフィア 求められた。 ンセをタ食に招待した。私自身、われわれが何を祝っているのかい ほとんど例外なしに彼らは非常に満足した旨を言明した。もちろささかあいまいだったので、彼らはやってきた時と同じようにきっ んそれは営業部門が聞きたがっていた言葉に違いなかったーー客はねにつままれたまま帰っていった。ただ私が持ち合わせの小さな白 満足をしているのだ。 い錠剤を投薬してから二人はさらにずっと率直になった。 われわれの対象者は新しい歯磨を使ってみた後でなぜいいと感じ私はその夜中、仕事に心を費し、十一時にアリスのア。ハートに電 たのかは、説明が出来なかった。なぜならそれがどうしてだか彼ら話をかけた。私は正確に時間を定めた。アリスは在宅たった。しか には分らなかったからである。ただ彼らの人生が明るくなったようもアリスの声から判断すれば泣いているようだった。 に思い、個人的なっき合いというものがーー二、三の不幸な家庭的「彼とかなりひどいことを言い合ったんだね」私は同情したロぶり いざこざはさておき・ーーーもっと喜ばしいもののように思えるようにで言った。「婚約解消のことはお気の毒だ」 なっただけなのである。その家庭的いざこざの犠牲者すら極めて嬉「ああ、身ぶるいがするわ ! 彼は言ったのよーーー認めたのよもし しそうにみえた。 私の胸のためでなかったらってことを認めたわーーそれで私は言っ 私は何故だか知っていた。私の大好きな理論が、効を奏し始めたてやったのーーああでもどうしてあんなことを言ったのかしら ? のだ。 でもオリ・ ( ー、どうしてあなた知ってるの ? 」
で嘘つき石鹸の秘密を知っているのは、家族中でただ一人おばあち手から離れてしまったのだと言った。哀れな話を手短かに言えば、 結局ものごとの仕組がどんな具合になっているかを私は理解したの 4 ゃんだけだったし、おばあちゃんはそれを、実直で嘘をつかない、 だ。研究分野と首脳部との連絡、つまり営業部門との連絡がまるで 経済的には成功しなかった市民である自分の子供たちに伝授しなか ったのだ。そして私はおばあちゃんが、子供の時に、嘘つき石鹸の一方通行なのだった。 営業部門が近代科学のどのような奇蹟を購買層が望んでいるかを 洗礼を受けていないということに、少なからぬ確信を抱いている。 私は成長し、農場での夏は思い出の中に、遠ざかっていった。私判断すると、指令が下りる。たまたまわれわれがおあつらえ向きの は大学に行って化学を専攻し、科学が世界を作り変えるというバラ奇蹟を手中に握っていたりすれば首尾は上々だ。さもなければ、そ れを、あるいはそれに似たようなものを広告活動の開始に間に合わ 色の夢をもって世の中に出ていった。それからゴーリイ・アンド・ ゴーリイの研究室の仕事についたのは至極当然であった。当時、ゴせて作り出せばよいのである。 この仕組をはじめて洗いざらい話してくれたのはオブライエンだ 】リイ・アンド・ゴーリイは化学薬品や有機化合医薬品やクレンザ った。オブライエンはアシスタント・セールス・マネジャ 1 で昔か ーや調合薬などといったものを作る大手の会社の一つだった。 私が大勢の若いあるいは、もうそんなに若くない研究員たちと共ら広告の方にも携わっていた。だが、彼もやはり人間だった。 「きみはあそこで試験管でもって、ロバの尻尾を釘づけにしておく 有している実験室はすばらしく立派だった。クロームと磁器でビカ ビカした研究室に比較すると、大学の研究室など小さくきたならしようなことをやる。そして時たま成功するけれどしよっちゅうやる のは失敗の方た。だがきみたちは前以て成功するか失敗するかなん くみえた。 ここでは私はいろいろ便宜を図って貰えたーーあのころに割りあて絶対に分りはしないだろう ? 」と、彼はぶつきら棒に言った。 てられた仕事といったら、簡単なものばかりだったのでーー余暇は私はオ・フライ = ンが科学研究一般についてかなり正確公平な描写 大学時代に魅せられていた課題にあてたーーー抗生物質の合成の分野をしていることを認めない訳にはいかなか 0 た。 である。私はそれらの概要をまとめるために充分な結果が出るまで「ところがだ」とオ・フライエンは言った。「われわれセールス部門 ほとんど実験室で暮しているようなものだったが、同時に要求されでは常に成功、成功、成功あるのみなんだ。われわれは真直に立っ た尻尾を手に入れるためにきみたちを待っちゃいられないんだ。時 た緊急な題材の研究を遂行しながらであった。 私はこの報告を大げさで心配性の小さな男の同僚に一任した。そにはきみだって成功するだろう ? 」と彼はため息をついた。 の同僚は神経質に首脳部の注意を促してみせると約束し、私に。ヒン 「ところが私のまわりの連中ときたらこんなことすら分ってないん クの泡を出さないような赤い粉の洗剤をつくる仕事を押しつけた。 だな。やつらには単に売るべきものを持つってことと売らなきゃな 時はたっていたが何事も起らなかった。 らない何かを持つってことの区別が分らないんだ。だから、きみが もち論のこと私は同僚を促した。彼はその問題はすっかり自分の成功した時には教えてくれ給え。私の出来る限りのことはやってみ
福島正実 物理学入門 NOVEMBER, 1969 , VOL• 1 0 , NO. 1 2 S F マガジン 11 月号 ( 第 10 巻第 12 号 ) \ 220 昭和 44 年 11 月 1 日印刷発行発行所東京都 千代田区神田多町 2 の 2 郵 1 0 1 早川書房 TEL 東京 ( 254 ) 1551 ~ 8 発行人早川清 編集人森優印刷所日東紙工株式会社 ワールズ・オプ・イフ SF 誌特約 表紙岩淵慶造 目次・扉中島靖侃 イラスト金森達 真鍋博中島靖侃 岩淵慶造斎藤和明 おばあちゃんの嘘つき石鹸 新連載Ⅱ美術館【 2 】ヴァン」ドンゲン登場【 サイ = ンス・ジャーナルⅡ月と火星の生命論争 【ロ】第七章宇宙の果ての物語 特別連載カラー・ファンタジイをコ、、、ツク 石森章太郎 ( セプン・ビー ) その 3 ・ガい ( ( ルにチャベックに、 《日本〉石川同司 ^ 海外〉福白新正実 新・ cn でてくたあ 伊藤典夫 V-V スキャナー 大伴日日司 トータル・スコープ 。、レノフ 2 エメレイ・ ″日本亠冗りますソ連版日本アンソロジー序文 。、レサーの謎をし力に解く : : : : ・ 5 太陽系外の太陽系 : 世にも奇怪な底なしのサンド・ポックス てれぽーと 人気力ウンター さい、んんオ・・とびつくオ・ 世界みすて 「ーレ」びつ / 、 今月のカラ ー , ・、 / ョート、ンヨート ロ ート・アハーナシイ 野田宏一郎 福島正実 石原藤夫 1 1 5 156106110
がわりの質問に答えて言った。 めすらしたと打ち明けた。 これらの出来事は古い世界の断末魔、そして新しい世界のうぶ声 「私の仕事ですかな ? ええ、私はソ連のスパイです。してあなた の振動であった。 は ? 」 ランス ーキングに至る罪その振動の最後の局面は、十年もの間危険きわまりない・ハ 多くの都市の警察は複雑な殺人からダ・フル・。ハ の告白で忙殺され、予想された虚偽の申し立てがないことにまごっをとりながら続いていた国際情報の崩壊であった。・ ( ランスはアメ リカと他の西側の外交官が新しい政策を採択した時にこわれたの かされた。 近代史の中ではじめて殺人の件数が自殺をしのいだ。一般的に言だ、東側の敵対者の最初の反応は懐疑的な驚愕で、それは困惑とか って、実質的には内密の犯罪は影をひそめ、暴力的な犯罪は以前とわり、ついにはマルクス主義の歴史の精神は敵を彼らの掌中に引き 入れることであったという、目のくらんだ信念となっていった。そ 同じ位起っていた。強姦は目覚ましく減ったことが報告された。 してその最後の感情は、その振動を終結へと、直接導いたのであ 大勢の役人が役所での公金費消と不法行為について罪を認めた。 商業の官僚主義ですらもが少なからぬ打撃を蒙った。そうした災る。 ペテン師の基本の法則ーー、正直者はだませないものだ、ーーを忘れ 難の中でひときわ目立ったのはゴーリイ・アンド・ゴーリイの幹部 て、彼らは西側から取入れることを切望していた技術的な情報を取 連中だった。 私が特に満足だ 0 たのは、われわれの地方行政が選出した市長の入れるのに、この状態を利用しはじめた。それは今では請求しさえ 演説ーーそれが常軌を逸しているなんて明らかに彼は気。ついていなすれば彼らのものとな 0 た。プラト = ウムの精製法と誘導ミサイル か 0 たーーであ 0 た。演説の中で、彼は最後の選挙運動で、彼のたのデザインに伴「てもちろんのことおばあちゃんの嘘つき石鹸、別 めに大体の選挙人を買収した少年を名指して感謝の意を表し、腕カ命ヴ = 。リンの化学方式も彼らは手に入れた。彼らの国営の工場 で、ゴーリイ・アンド・ゴーリイの営業部門に対応する部門でもま ずくの仕事をしてくれた人々へも感謝の言葉を述べた。 共産党の中で内密の仕事をしていた・・—のスパイたちが明た、客を満足させることの重要性というものをは 0 きりと認めた。 るみに出、その結果、党費を払う党員が不足してしまい党は解散し明らかに彼らはわれわれの帳簿を研究して推論したのだ。これはい いことだ。これはちょっとした価値ある文化である : オプライ = ンが予言したように広告業は、つぶれ、荒廃の中で多そこからは、発展はすでに西側で打ちたてられた型にかなり似か くの小さな企業は葬られてい 0 た。しかしどういう訳か一般につきょ 0 て進んた。鉄のカーテンはたるみ、切れて下〈落ち、忘却のか なたへ押し流された。 ものの経済恐慌は起らなかった。 テキサスからやってきた男は、時々テキサスのことを聞きあきて 退職して以来、私は余暇を私がうまいこと創り上げたこの世界を テキサスがアメリカの残りの部分の二倍もあろう筈がないことを認 こ 0 ー 53