奴隷 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1969年11月号
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1. SFマガジン 1969年11月号

しまった。それがすむと彼らは赤ひげの男のまわりにあつまってき糧の生産と薪拾いをやらされたりするんだ。命令は槍で武装した男 たちがあたえる。ルークどもはその命令が奴隷たちの手で滞りなく て、どこまでも事務的な仕方で彼を追い立てはじめた。 赤ひげの男はケモノたちに取り巻かれて、何マイルもの距離を遂行されるのを見張る役だ。食糧と燃料の一部は、確保し、使用す 引き立てられていった。槍をたずさえた男は、一緒に歩きながら、 ることが奴隷たちにも許されている。だがその大部分は川岸へ持っ 終始一貫それを無視しつづけていた。途中でいちど赤ひげは恐怖とていかれ、鎖につながれた男たちの漕ぐ船に積まれて、どこかよそ へなへなと地面に崩折れかけた。ケダへ運ばれていく。奴隷たちは住居の小屋にあっても、つねにルーク 不安から足が動かなくなり、 モノたちはしかし、牙をむきだして彼を追い立てた。 どもから監視されている。何かの仕事に派遣されるときは、ディッ ようやく着いたところは奴隷置場だった。お粗末きわまる丸太小クの見た赤ひげともう一人の男の場合同様、かならずルークの一匹 屋が一軒、柵に囲まれて立っていた。赤ひげはその中に追い込まれが付添っていく。そしてその四つ足の監視者に奴隷たちは絶対服従 とこかしなければならないのだ。槍を持った男は奴隷たちの主人ではなか た。そこにはほかにも、大勢の人間たちが収容されていた。。 ら見ても本質的には家畜小屋に変わりない建物の、わらを敷いた床った。単なる監視者なのだった。主人はーーあるいは主人たちと複 川の向こう側の宮 の上に男と女が雑居して暮しているのだ。つまりは自分たちが家畜数で呼ぶのか、そこのところはわからないが なのだと彼らは赤ひげに語った。もとの身分をただせば、ありとあ殿に住んでいる。宮殿について奴隷たちが知っているのは、彼らと ともに働くべく送られてきた奴隷の一人から聞いたことだけだっ らゆる種類の職業についていた人間たちだった。それがみんなおな た。その奴隷は鎖につながれた男たちの漕ぐ舟の一隻で川を渡って じ経験をしてきているのであるーーー檻罠に落ち込み、ルークどもに 裸にむかれたうえで、生捕られた野獣かなんそのように、この奴隷奴隷小屋に連れてこられると、わなわな震えながら、自分の体験を 小屋に追い立てられてきて、以後ずっと馬車ウマなみの取り扱いを語った。その話はけっして愉快なものではなかった。そして何日か すると、その奴隷はルークどもに餌としてあたえられてしまった。 受けているという話だった。 ディックはそこでロをはさみ、ナンシイがその奴隷小屋に連れて ここまで話がすすんだとき、マンハッタン島の巨大な木々の繁み こられていたかどうかを鋭い口調で訊きただした。赤ひげは、絶対の向こうに日が落ちはじめた。夕暮が迫っていた。赤ひげは手綱を にそのようなことはないと答えた。三日どころか、もうずいぶんひ 引いて、馬に速度を落とさせた。 さしく、その小屋に新しい奴隷が連れてこられた事実はないという「ここだ」彼はいまいましげに言った。「ここでおりるとしし のだった。 れは奴隷だからね。人間なみに暮せる世界へ戻るってわけにやいか われわれがこんな憂き目を見るのは手があるせいなんだと、赤ひないんだ。おれはこのまま行って、おれ流に作って話をするとしょ う。こんなふうにいうんだ、おれのルークが待ってるように命じて げはつづけた。なまじ手なんそもっているものだから、毎日ルーク どもに追いたてられ、馬の手綱をあやつったり、畠を耕したり、食行っちまったんで、おれは命令どおり待っていた。だがそのうち 円 6

2. SFマガジン 1969年11月号

に、おれは逃亡者として狩り立てられることになりはしないかとことが不可能な住居、防護物、その他生活上のさまざまな贅沢物を新 わくなり、独断で馬車を出してしまった。そうして途中で道ばたにしい支配種族が提供し、いつぼうルークどもは奴隷の監視者として 別のルークが一匹死んでいるのを発見した。ざっとまあ、そんなふ彼らに忠勤を励むということで、その盟約は相互に尊重されてき うに話しておくことにするよー た。そのような盟約がいつまでも保たれるというのはかならずしも 「それがいいだろう」ディックは冷酷な口ぶりで言った。 道理にかなったことではなかったが、ディックはその外見上の事実 よ、つこ。レークたちはイヌのように飼いな 赤ひげの男はしかし、いそいそした感じで、馬を駆っていった。を認めないわけにいかオカナノ ディックは馬と荷車が刻々と深まるタ闇の中に消えていくのを歯らされることはないだろう。人間に対してそれほどに尊敬の念を感 彼よ出発を誤っていた。ナンシイを追っじないからだ。だが奴隷の監視者たることで彼らは野獣の残忍な本 ぎしりしながら見送った。 , ー て〈向こう側の世界〉にとび込み、住民をつかまえて彼女のもとま能を満足させることができる。そしてそんな彼らを、この世界の支 で案内させるというのは、まったく論理的なやり方だと思われた。配者たちは高く評価している。彼らが忠誠であるかぎりは、奴隷の エンパイア・ステート・ビルの屋上から最初に彼が見たのはいかに反乱が成功することはあり得す、また奴隷に脱走の望みが芽生える も原始的な眺めで、このぶんだと〈向こう側の世界〉はまったく未ということもあり得なかった。 彼らルークおよび彼らの支配者たちは彼らの世界に奴隷としてで 開なところだろうと彼は考えた。未開なことは確かに未開だったー なく勝手にはいり込んだ一人の男を、五千年の歳月が開発した手段 だが彼が覚悟してきた未開さとは未開さがちがっていた。 ルークどもがいるというただそれだけで、彼の最初の計画は完全を尽して追跡し、殺そうとするだろうことは間違いなか 0 た。ナン シイについていえばーー水銀の怪異というおまけ付きで消えた人間 に自減的なものとなった。古代エジプトの魔法使いが自分で作った 戸口をぬけてはじめてこの世界に足を踏み入れたそのときから、すなり物なりは二度とふたたび見出されたためしがないということが でにルークどもがこの惑星の支配種族であったことは明らかであそのまま事実として当て嵌まった。 る。知性一つでも、彼らの支配は確立されただろう。だが道具を使ディックはナンシイの運命として最も可能性のあることをなるべ えなかった彼らは純然たる未開という文化程度を超えることができく考えないようにした。赤ひげの話をきいているあいだに燃え立っ なかった。最初のエジプト人たちが現われたとき、彼らはおそらてきた病的な憎悪をつとめてあおぎ冷まそうとした。サム・トッド く、その人間どもを捕食しようと懸命になったにちがいない。そしがわたしてくれた品々の中に、文字盤に夜光塗料を塗った磁石があ て、それがうまくいかなかったことも確かだ。そしてどうしたことった。ディックはそれを使って、夜の闇の中に、なんとかして進む べき道を見出そうと執拗な努力をこころみた。 からかーー・・・その過程はディックにも容易には想像できなかったが いつのまにか、不潔な盟約が結ばれていたのである。それがし少女が一人パリで消えた。著名な人民委員の一人がプラーグで消 ドリッドの酒場を出て千鳥足で家路をたど かも、今日までつづいているのだ。彼らル 1 クどもには用意するこ減した。職工が二人、マ 円 7

3. SFマガジン 1969年11月号

〈こちら側の世界〉という略奪の対象がある以上、たがいに奪 帰って敵のことごとくを一夜にして殺戮し、血なまぐさい恐怖政治う。 い合いを演じるのはばかげたことであり、彼らのあいだにあっては を行なったものがいたというのであった。 彼らの社会は無政府 まさしく、それなのだ。第五王朝のその後の王たちはエジ。フトの自衛のために団結することは不必要たからだ。 , ほかのどの王たちよりも仮借ない専制政治を行なっている。 ' 王たち主義のそれであるにちがいない。時代がすすむにつれ、彼らは地球 の敵は魔法によってむごたらしく殺された。また災害に圧倒されての諸都市が贅沢品や奴隷のふんだんな供給を約束する場所に、つぎ つぎと別荘を設けていく。一つの別荘の主人は別のそれの主人に対 何もできなかった。彼ら王たちが手につかめない宝物はなかった し、彼らがとらえ、あるいは殺すことのできない人間はいなかっし、忠誠の義務を負うことはいっさいない。けれども奴隷の反抗と いうことを考えるとき、やはり警護の者を身辺に置く必要はあるだ た。こちら側の世界のすべてのものが、彼らには自由になった。尋 ろう。その場合、それら警護の者たちの忠誠はどのようにしてつな 常のこちら側の世界の最も人目に立たない、最も固く防護されてい る、最も奥まった隠れ場所に、意のままに歩み込んでいくことがでぎとめるのであろうか。 きたからだった。 ディックの想像力ではここまでしか考えられなかったが、それで 彼らはしたがって、〈向こう側の世界〉でも、まさしく支配者のもモールトビイの住まいに戻ったとき、半ば気の狂ったように昻奮 名にふさわしいものたちであったろう。彼らは戦利品をもとめて戦していた。 サム・トッドがはいってきた。彼は銃を持ってきていた。彼は う必要がなかった。何の邪魔もされることなく戦利品は手に入った からだ。奴隷をもとめて都市を攻め取る必要もなかった。人間さえの一つをディックにわたそうとしたが、ディックはきびしい顔色で 言った。「要らないよ、サム。・ほくはモールトビイが戸口とやらを 住んでいればどんなところからでも奴隷は盗んでくることができ、 完成ししだい、ひとりでそこを抜けていくつもりだ。きみにはあと しかもそのさい、いささかの危険も冒さずに済んだからである。 ディックには、そうした純粋に寄生的な社会の発達はただ想像すへ留まっていてもらわなけりゃならん。どんな助けが必要になる か、予断を許さんからな。いざというとき、いつでも助けにきても ることができるだけだった。黄金を略奪することはやがて意味をも 冫たえず誰かに見張っていてもらわないといけないー たなくなるだろう。黄金は、それが労せずして手に入るということらえるようこ、 ーっまり、すでに手に入れた覗き穴から見まもっていてもらう必要 になれば、一塊りの土くれほどの価値しかもたないだろうからだ。 がある。それに二人が一緒に出かけてしまうとしたら、いったい誰 宝石もそれとおなじ重さのガラスほどの価値しかもたないだろう。 だが美しい織物や柔かな絨毯、贅沢な食べものや飲みもの、馬、奴がこのことを当局にったえて援助を引き出すんだね ? サムはおかしくもなさそうに笑った。 隷用の屈強な男たち、玩弄物のきれいな娘たちーーこのようなもの 7 8 「当局にったえる ? 」彼は皮肉な調子で反問した。「さあて、はた は依然として価値を失わないにちがいない。しかもなお、寄生的な 〈向こう側の世界〉には、強大な国家というものは生まれないだろしてどこらへんまで話を聴いてもらえるかな、気違い病院へぶち込

4. SFマガジン 1969年11月号

・トヅドから一見一ャードと離れていないところに歩み込んでき子はいかにも大袈裟だったが、六つぐらいの女の子には、これはよ くあることだ。だが彼女から二ャードとはなれぬところに、オオカ 8 た。すぐ前を通り過ぎる奴隷の身体に、サムは無気味な傷が無数に 2 ミに似た二頭の巨大な動物が彼女をみまもるようにして立ってい あるのを認めた。あるものは笞のあとで、あるものは歯のあとだっ た。そしてそのすこし後ろのほうに、膝までのロ 1 。フを羽織った男 たちが六人、古めかしい型の剣と楯を持ち、腰のホルスターにおよ 電話ポックスのドアのガラスを硬貨でコッコッ叩く者があった。 サムはあわてて覗き穴をポケットにしまい、ポックスを出た。叩いそ不釣合いな自動拳銃をのそかせてつっ立っていた。さらにその後 ろには、初老の婦人が一人、愁わしげな風情でたたずんでおり、そ ていたのは女性で、彼女はぶりぶりした顔で言った。 「自分のかけたい電話番号がわからないからといって、他人に電話のすぐ背後に手も足もむきだしのおさない若い娘たちが、てんでに 一つずつおもちやを持って、一列に並んでいた。 を使わせないって法がありますかねー 六つぐらいの女の子は夢中で遊んでいたが、やがて妙におとなび 通りに出ると、信じがたい思いがサムをおそった。つい今しがた まで〈向こう側の世界〉をながめていた彼の目には、本来の自分のた様子で大儀そうに溜息を洩らすと、仔ネコをぼいと放りだして、 世界は非現実のものにしか見えなかった。通りに面したみすぼらし両手を打ち合わせた。仔ネコはばっと走り去った。とたんに、周囲 い店々に目をやると、それらの店や食堂のどまん中に、花や噴水やには動きが起った。二匹のオオカミに似た動物が女の子にちかずい た。気づかわしげな顔をした婦人は動揺の色を見せ、サムには聞え 複雑に刈り込まれた植え込みなどの幽霊が見えるような気がしてな らないのだ。しかしもう、田舎屋敷の位置については、だいたいのなかったが、何かの命令を口にした。若い娘奴隷たちの列が前へ移 見当はついていた。彼は注意深く方向を定め、別次元の宇宙で、そ動した。そして一人一人が列を離れ、子供の前に進み寄っていく。 かたわらで、オオカミに似た二頭の動物がそれをじっとみまもって の屋敷が占めると思われる場所の方へ歩きだした。 いる。娘奴隷たちは一人ずつ、子供の前にひざまずき、手にしたお 大きな倉庫に似た建物が道を塞いでいた。だがちかくに、何かの 事務所らしい建物があった。そしてその取り散らされたロビーに電もちやを捧げる。六つの女の子は馬鹿らしくそれをみつめるが、そ 話ポックスがあるのが認められた。彼はそのポックスに隠れ込んのつど手を振って払いのけるようにする。娘たちの中に一人、はげ しく殴りつけられでもしたように、顔を腫らしているのがいた。彼 で、ふたたび〈向こう側の世界〉の観察にとりかかった 女はしきりに体をのたくらせる仔イヌを捧げた。それもまた、払い 彼はその田舎屋敷のーーーとてつもなく大きな建物のーー数ャー いくつも捧げられ か先にテラスがあって、そこのけられた。おそらく精巧な人形がいくつも、 手前にいた。そしてほんの何フィート で小さな女の子が仔ネコとたわむれていた。デリケートな面立ちをた。六つの女の子が面白がるおもちゃとして考えられるかぎりのも したやや細い体つきの少女で、サムがはじめて見る簡単で衛生的のが、震えおののきながら恭しく跪く娘奴隷たちによって、かわる な、さつばりした服装をしている。いとおしげにネコを扱うその様がわる捧げられた。

5. SFマガジン 1969年11月号

を抜けて一直線にのびており、その巨大な木々のあいだを自分の眼うにせり上がってきた。覗き穴に当てた彼の眼には巨大な木の繁み が浮き漂っていくようで、じつに不気味な感じだった。彼は未知のがぶつかってくるように見え、思わず彼は顔をしかめた。 種類の灌木の茂みと、下生えはまったくなく、ただ朽葉の絨毯が敷まもなく、タクシーは海運造船所のそばで止まった。彼は運転手 かれているだけの深い影になった林間の空地を見た。いちど彼は天に料金を払って、それを下りた。彼はすっかり昻奮していた。いち 然のせまい空地に出て、そこに高さが四十フィートほどしかない比がいに未開の世界とはいいきれないものの徴候を覗き見てしまった 較的小さな木を一本、認めた。その木は、緑がかった色はまったく からだ。彼はポケットに窓を押し込むと、ひと・フロックほど歩い 帯びていないにもかかわらず向日性を示す葉を繁らせていた。その た。それから、もういちど覗き穴を眼に当てた。庭が見えた。完全 ちかくには有害なものでもたちこめているというのか、ほかの木々に人工的な庭で、充分に水が引かれている。ふんだんな労働力が注 はそれを避けるように、遠巻きに生えていた。ときどき森を縫ってぎ込まれて造られたものにちがいない。彼はじっとたたずんで、そ 小道がはしっているのを垣間見ることもあったが、それはごくまれの庭に見入った。覗き穴を下ろして、ふと見ると、三人の子供と太 だったし、いちど見かけた木の檻も、腐りかけていて、サムにはな った女が疑わしそうな目を彼の方に凝らしていた。彼はいそいで金 んの意味ももたないものだった。 属の仕掛けをしまい、歩きだした。 だがそのとき、タクシーが地面を離れ、ぐんと空に舞い上がるよ やがて菓子屋があるのを認めると、彼はそこの電話室にはいっ うな感じがした。金属の窓から目をひき剥がすようにして見ると、 た。彼は硬貨を一枚、落し込み、でたらめにダイアルを廻わした。 タクシーは実際には、プルックリン橋の斜道を猛烈ないきおいで上電話室の中で、人目に立たぬのをさいわいに、彼は遠慮なく〈向こ っているところなのだった。 う側の世界〉を覗き込んだ。そんな局はございません、どうか受話 〈向こう側の世界〉にはむろん、橋などありはしなかったから、サ器をお掛けくださいと、交換手の声が腹立たしげに何度も何度も繰 ムはちょうど飛行中の鳥の目で見ているかっこうだった。彼は眼下り返している。だが彼は庭師の手になる枝ぶりの面白い植木や、泉 に、イ 1 スト・リヴァーに相当する河が流れているのを見ていた。水や、彫像のあいだを縫ってつづいている滑らかな大理石の散歩道 その岸の向こうのなだらかな斜面には、煉瓦造りの大きな屋敷が見に目を捉えたままだった。そして えた。彼はまた一隻の奴隷船が , ーーたくさんのオールで漕がれて彼は一人の奴隷を見た。奴隷は長いこと櫛を入れてないとみえ、 小さなドックをはなれるのを見た。四頭の馬が曳く贅沢だが旧 ひげも髪もぼうぼうで、腰のまわりに布切れを巻きつけているほか 式な馬車が屋敷の方へ走っていくのを、そしてそのあとを四つ足のは、なに一つ身にまとっていなかった。にもかかわらず彼は金ぶち 動物が小走りについていくのを見た。 の眼鏡をかけていた。彼は文字通り花の毛布といえるハイ・ハラの蔓 そのとき、タタクシーが橋の真ん中を通過して路面が下り坂にな に肥料をやる仕事で忙しげに立ち働いている。そしてその仕事を了 り、そこで向こう側の世界の木々が車体を呑み込もうとでもするよえると : フルックリンの海軍造船所地区の電話ポックスにいるサム

6. SFマガジン 1969年11月号

まれる前に ? そりゃあ、いちおうは取りあってくれることもあるためには邪魔の入らぬうちに行動を開始しなければならなかった。 かもしれん、だが、こっちが狂ってないことと覗き穴がカラクリで やがてモールトビイがきれいに巻いた銅の薄片一枚を手に持っ ないことを納得してもらうには何週間もかかるだろうし、さらにそて、はいってきた。 , を 彼よ疲れた声で言った。 「さあ、出来た。これが戸口だ。向こうを覗くことはできないが、 いつが上級の役所にったえられて、そこでまた承認を取り付けにや ならないんだからたいへんだ。そうしてようやく民主主義の手続き誰か一人なら通り抜けていくことはできる [ にしたがって視察者なり大使なりがその穴から派遣されるという段「ほくがはいっていくよ、ナンシイがそうしたところで」ディック 取りになるわけだがーーそんなことより、とりあえずナンシイを取がきびしい顔つきで言った。「タクシーを拾っていくから正確な場 り返してくることが先決だ、相談。 よそれからにしようじゃないか所へ案内してくれ、サム」 「しかしきみはどこまでもこっちに留まって、いざというとき「いいよ。だが、通信の方法を打ち合わせておく必要がーー」 助けの手をさしのべてくれなくちゃ困る ! , ディックはきつばりと「タクシーに乗ってからだディックが断ち切るように言った。 言った。「その点、きみのほうがモールトビイより適任だってこと「行こうー は百も承知じゃないか ! また、きみにやそれをするだけの理由が モールトビイが夢遊病者のような抑揚のない声で言葉をはさん 。いくらでも使える御こ。 ちゃんとあるんだ、金であって必要とあらま、 だ「この装置は進んでいく方向に対して斜めになるように持って 身分なんだし。とにかく留まってもらうぜ。いいね、わかったね ! 」 いなければならないんだ」 ディックは位置の対応関係を記したノートをひろげた。マンハッ 「よし、わかったー ほくが持っていく。きみもくるかい ? 」 タンの七十番街付近に耕地。プルックリンの岸壁の海軍造船所の南サム・トッドは武器を入れてきた猟銃袋を取り上げた。三人は階 に宏壮な田舎屋敷。ィースト・サイドの六十番台の街区には温室農下へ下りていった。通りはふだんとすこしも変わらぬようにみえ、 場とお・ほしきものが一帯に設けられており、エンパイア・ステート 三人とも信じられない気持だった。巻いた金属片はディックが持っ ・ビルのすぐわきには道路が一本走っていて、それがアルトマンのていた。彼らはタクシーに乗り込み、下町に向かった。 店をぶちぬいてカ 1 プしている。 ナンシイ・ホールトが水銀の溜りとみえるものになって消えてか サムはこのメモを受けいれた。ディックの言ったことは事実だ「ら、今日で三日目だった。ディック・プレアは、もし自分の推測が たが、自分で自分にそう言い聞かせていたことも事実だった。当局正しいとすれば、人間たちが突如消えるのは彼らが奴隷の境涯に落 による行動を待っというのは愚かこのうえないことだ。これ以上ぐちたことを意味するとしか考えられないという事実に気がついてい ずぐずしてはいられない。二人は民間人の冒険家としてでも、さっ た。ナンシイはすでに三日間、奴隷の身でいるわけだ。サムがしき そくナンシイの救出におもむかねばならないのだ。ほかにもまだ救りに話しかけてきたが、ディックは頷くだけで、相手の言っている 助を必要としている人間が大勢いることはまちがいない。だが急ぐことはほとんど耳にはいっていなかった。

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だ」ディックは言った。「半時間ばかり前には、まだニューヨ 1 クに対しーー・それはおそらくプルックリンの岸にある屋敷にちがいな にいたのさ。友人たちはその気になれま、、 。しつでもその仕掛けをく かったがーーー遂行されるべき破壊のことや、監督たちに加えられる 9 ぐってここへこられるんだ」 言語に絶した責苦のことを嗄れた声で、打ち明けるように語った。 赤ひげはあまりの喜びに、冒漬的な言葉を口にした。 この男からはさしあたって、憎悪を表わす言葉のほかは、なにを 「ほかの荷車やルークがやってきたらどうなる ? 」ディックは鋭い聞き出すことも不可能だった。 調子できいた。「ここで立ち話していて大丈夫か」 しばらくするとしかし、赤ひげの男はしだいに冷静さを取り戻 赤ひげはにつこりとした。彼は = ワトリの鳴くような声で馬に何し、筋の通 0 たことを言うようにな 0 た。実際に狂っていたわけで か言った。馬は動きだし、川の流れにはいってきた。そして真ん中もないのだった。化けものじみた木の茂る中を七マイルばかり進む へんで止まった。 あいだに、人間のする経験の中には、いちどそれにぶつかると、そ の後はもう正常の振舞いや自制が不可能になってしまうようなもの 「さあ、はやくきて乗りなよ」赤毛の男は息をはずませて言った。 「やつらは臭いをつけて、いずれこの川の岸までやってくる。それもあるということがディックにはわかってきた。この〈向こう側の からあんたの出たところを探すだろう。この車に乗れば、何マイル世界〉では、行動にすこしでも常軌を逸したところがあると刑罰を も先まで行ってからそこでおろしてやるよ。そしたら、あんたは友喰うというのである。長く患ったり、不具になるような怪我をした だちのところへ戻れるだろう。宮殿にガソリンで火をつけて、やつり、あるいは反抗心を燃やしたりするといった、奴隷がちょっとで らを皆殺しにするように言ってくれ。あとのことはおれたちが始末も利用価値を減じるようなことがあると、ここでは刑罰が課せら れ、狂気はそうしたケースの一つに数えられているのだった。 をつける」 ディックは流れに足を踏み込み、荷馬車に歩み寄って、ひらりと赤ひげがえがいてみせた画は、ディックが想像していた図柄と、 それに乗り込んだ。そしてひょいと赤ひげの背中に目をやった彼は部分的にだが似ていた。人間の支配者たちは、たしかにいるのであ そのきたならしい下帯の上方のむきだされた肌に、複雑な十字の模る。彼らは川の向こう側の宮殿に住んでいるのだという。赤ひげの 様をえがく傷あとがあるのを発見した。痛みはもう、とうの昔に癒男は奴隷になってもう何年にもなるが、自分が仕えさせられている えているとみられたが、笞で打たれて出来た傷としか思われなかっ種族もしくは家族の人間をまだ一人も見たことがないというのだ。 た。ほかにもまだ、そこここに、ケダモ / の歯に咬まれた傷のあと監督にしても、二人以上一緒にいるところを見かけることはめった がいつばいついていた。 にないと男は話をつづけた。何年か前まで、彼はニューヨークで電 男はふたたび馬に向かって、ニワトリの鳴くような声をかけた。気技師をしていた。ところがある晩、家へ帰ろうとして四番街の通 馬は車を曳いて岸のほうに向かった。彼らはじきに対岸の道の上にりを歩いていると、急に身体が落っこっていくような感じをおばえ 出て、ゆっくりとした速度で前進をはじめていた。赤毛の男は宮殿た。いっさいの世界がまわりで渦を巻いていて、気がつくと木の格

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女の子は薄いプリキ板に明るい色を塗った機構仕掛けのおもちゃし込めないことを知らないのだ。彼らは闘う身がまえでいた をさし出されると、おごそかな顔つきで御嘉納になった。それは十が、これから何が起ると考えているのかサムには見当もっかなかっ 五セント・ストアでいくらでも売っているような代物だった。奴隷た。 と、そこへ異様な恰好をした装置が姿をあらわした。骨組の細い はゼンマイを巻いて、女の子の前にそれを置いた。女の子は後じさ った。オオカミに似た動物はもとの位置に戻った。女の子はおもちクモの骸骨をおもわせる機械だ。八個の。ヒカビカ光る細身の車輪を やが機械仕掛けのギクシャクした動きを演じるのを厳粛な顔でみまもっていて、それで走るのである。ロープをまとった男が一人、喘 ぎながら、後ろから走ってくる。風変わりな眼鏡をつけているが、 もっていた。 と、とっぜん、オオカミに似た動物の一匹が唸り声を洩らした。 おらくは眼隠し用のものと思われた。クモに似た機械の前部には その目はサム・トッドのビスマス銅合金のちっぽけな窓にそそがれ軽金属で出来た、継ぎ目のある奇妙なガーダーが取り付けられてい ていた。ケダモノは女の子の前に 」、パッと身を投げた。周囲に渦巻て、その先端に大きな円盤が付いていた。その円盤はガーダーによ って、どのような角度にもセットされ、どのような方向にも動かす くようなはけしい動きが起り、女の子はすばやく抱きかかえられ、 ことが出来るようだった。眼鏡をかけた男は叫んだようだが、サム 連れ去られた。 サムは目をしばたたきながら、後じさった。そして自分の身の安にはその声は聞えなかった。武器を持った男たちは、しかし、その 方を指さしていた。クモに似た男はぐっとカープして、真っ直ぐサ 全を確かめると、覗き穴を通じて、あらゆる方向を見まわした。 〈向こう側の世界〉では、さらに沢山のケダモノの姿が続々と視界ムの方に向かってきた。 一瞬彼は電話ポックスの外を見た。あたりの眺めはふだんと少し にはいってきていた。すくなくとも五十頭には達していただろう、 も変わりなく、ただわずかにみす・ほらしく、すすけているようにみ どこからともなく湧いて出たようなケダモノたちは矛をむき出し、 ・ ( ックルを締めながえた。だが彼には何か追われている感じがしてならなかった。そし 唸り声を発していた、ロしフの拳銃ベルトの て彼は妙なものを、ごくちつぼけなしみのようなものを認めた。事 ら、駈けだしてくる男たちの姿が見えた。 そして、静けさがおとずれた。サムは戸惑「ていた。覗き穴をあ務所の建物はドアが開け放たれていて、その戸口に明るい昼の日の らゆる方向に向けてみた。〈向こう側の世界〉の彼が覗いているそあふれた外の通りがのそいていた。その明るい背景の中に、サム・ トッドは不透明な小さいしみが二個、中空に浮かんでいるのを認め の場所は、唸り声を発するケダモノたちと、冷酷な目をして武器を かまえている男たちの取り巻く、ちょうど真ん中のところに当 0 てたのである。二つのしみは走 0 ている男の眼たか眼鏡だかと調子を 合わせるように浮いたり沈んだりしながら、彼の方に近づいてくる サムは思わず息を呑んだ。覗き穴は向こう側の世界からも、あきのた。冷たい恐怖がおそうと同時に、彼はすべてをさと 0 た。 ( 次号完結 ) らかに見えているのだ。向こうの連中はしかし、そこからは何も押 20 ー

9. SFマガジン 1969年11月号

のを、馬の曳く車一台、ゆ 0 くりと走 0 ていた。車には人た」そしてん動物の中で瀧も貪婪な種炭であ 0 て、そ 0 最も が二人乗っていて、はじめは全裸なのかと思ったが、よく見ると、好む餌食は何かというと自分以外の人間たちなのである。 腰に下帯を巻きつけていた。その車のあとを、イヌにしては大きすそのことの発見がはじめて行なわれたのは、あらゆる文明がエジ ぎる四つ足の動物が一匹、とことこ駆けていた。馬車はしかし、大。フトに集中していた、まだ記録もお・ほろな歴史の黎明の遠い遠い過 きく張り出た枝の下に曲り込んだかと思うと、見えなくなった。 去だった。そして最初に、二つの世界のあいだをわたったのは、そ 彼は河岸をかえて街の中心部に向かい、 ラジオ・シティに行っの時代の科学者、もしくは魔法使いの一人だったにちがいない。お た。そこでもまた、彼は途方もない高所から、果てしなくひろがるそらく彼は王にそのことを告げ、王がその事実をみずから確認した 、森林を見下ろしていた。ここからはしかし、前には見えなかった耕とき、当然の報いとして惨殺されたものと思われる。〈向こう側の 地が眺められた。さらに彼は広大な耕地のまん中に、何エーカーに世界〉は、最初、おそらくその王には、不従順な貴族、または御し もわたってガラスの張られた箇所があり、それがきらきら陽に輝いにくい人民からの避難所ぐらいにしか考えられていなかったかもし ているのを見た。じつに驚くべき眺めで、小さな町一つの食糧をそれない。自分自身の暴虐な政治のために王位を追われて逃げ出した つくりまかなえるだけの温室が設けられているとでもいったように王は〈向こう側の世界〉へ隠退し、すべての敵から安全でいること ができた。彼は後宮の女たちと奴隷たちを連れて、確実に安全を保 みえた。彼はまた、馬が鋤を引いているのを見たような気がした が、確信はもてなかった。それらしいもののすがたは二つ、認めら証された世界におもむき、そこに宮殿を建てて暮すことができた。 れた。だがその馬に人がついていたとしても、遠すぎて肉眼には見おそらく王たちの中に制圧の不可能になった内乱をのがれて、この 分けられなかった。 ようなことをしたものがあったのだ。だがその流謫の地で、彼は復 平穏無事で、いかにものどかな眺めである。だが、途方もない高讐を心に期し、耽々とその機会を窺っていたにちがいない。そし て、その場合、なによりも明らかなのは、まず〈こちら側の世界〉 所からそれをみつめているディックには、おそけをふるわずにはい られないような憎悪や恐怖の存在することがわかっていた。人間のに戻る戸口をつくったということだ。それは当然もと住んでいた宮 知るこちら側の世界とは別に、人間がまだ想像することもできずに殿の寝室に開く戸口であり、そこにはたぶん彼の後を襲って王位に いるより大きな宇宙があって、そこにこうした〈向こう側の世界〉就いた人間が枕を高くして眠っていたのではないだろうか、あらゆ が横たわっているのだ。そしてそのことに与えられていた異常な意る戸口が厳重に固められているものと錯覚して ? そこでディック 味について、ディックは彼なりにある考え方をしていた。永劫の昔はすでにほとんど時間の霧の中に失われかけた歴史の断片を思い出 からある種の人間たちは両方の世界を往き来する道を見出してい した。そのような話をつたえるパピルスの古記録を彼自身の手では た。その人間たちは好きなとき、好きなところで〈こちら側の世じめて翻訳したことがあった。かって王の一人にいったん後世へ姿 界〉に戻れる力をもったまま、〈向こう側の世界〉へ移住していつをくらまし、そこで時節の到来を待ったのち、ふたたびエジプトに 8

10. SFマガジン 1969年11月号

た。哀訴と期待と恐怖の色が目の中で、交互に浮かんだり消えたりき人間がとるとっさの動きにそっくりな行動をとったのだった。 した。 ディックはそれまで、この〈向こう側の世界〉の住民の一人をと円 「どっちへ行くんだ、え ? どっちへ行けば帰れるんだ ? だれか りこにして、ナンシイが捕虜としてとどめられているところへ強引 がこないうちに、はやく行っちまわなけりゃならねえそ ! 」 に案内させるつもりでいた。だが人間がケダモノに服従していて、 何かの近づいてくる気配があった。道のいちばん近い屈曲部を、 どこへ行くにもそのケダモノにともなわれているのだとすると、そ ケダモノがあらたに一匹、ゆったりした足取りでまがってくるとこの主人どもが : ろだった。脚部と胸のあたりが濡れている。馬車の男は甲高い声を そこで急に考えが切りかわって、彼は当然、追究すべき線を追究 あげて、気違いのように馬に鞭をあてた。馬はどっと走りだした。 しはじめた。彼はあのエンパイア・ステ 1 ト・ビルの屋上から人間 ケダモノは足をとめ、ディックのほうをじっとみつめた。死んだもと馬車とケダモノの一行を見ていた。そしてここでもまた、人間と う一匹のケダモノがしめしたのとおなじような、怖れる色もなく評車とケダモノの一行を見た。そのケダモノを殺すと、すぐにあらて 価する考え深げな目つきである。馬車は左右に車体を揺すり、激しの一匹がやってきた。そのケダモノも今は死んでいる。とすれば、 く上下に跳ね躍りつつ、道の向こうに姿を消した。ケダモノは死んそれと一緒の人間と馬車がどこかそのへんにいるかもしれない でいる仲間のからだを認めると、やにわに、道の傍らの下ばえに向 ディックはその馬車道を、第二のケダモノがやってきた方に向か かって駈けだした。ディックの拳銃が轟音を発した。ゴロゴロと咽 って、妻まじい形相で進みはじめた。荷車のあとはそれがかなり往 喉の鳴る音が聞えた。ケダモノはつんのめるように地面に倒れ、声来の多い街道であることを示していた。ときどき見かける埃のつも もたてずに四本の足であがいていたが、やがて動かなくなった。 った箇所には、馬の蹄のあとと同時にケダモノの足跡がはっきりと ケダモノの死体を前にして立っと、ディックはからだがムズムズ ついていた。湿り気を帯びた丸い小さな塊りを彼はいたるところで した。ケダモノは二匹とも、まるで人間のような目つきでディック見た。死んだ第二のケダモノの濡れた毛の滴らせたものにちがい を見たものだ。最初のケダモノはひげの男に命令を下したーーそしない。ディックの足はひとりでに、少しばかりはやくなっていた。 て男は彼自身の種族のもののことを奴隷のように話した。男はあの未知の種と未知の属の葉をもっ草や、葉にして葉にあらざるもの ケダモノに服従していたのだ - ) ケダモノは男に荷車をおりてディッ をもち、およそ想像も及ばぬ色の実をつけた灌木を左右に見なが クの注意を引きつけておくように命令し、ディックが男を見ているら、彼は半マイルほど道をすすんだ。と、その道を何かおそろしく すきに躍りかかってきたのだった。第二のケダモノは最初の一匹のたくさんの脚をもっ生きものがずるずると長い体を引きずるように 死体から、ディックがそれを殺したことを推断し、弾丸に仕止めらして横切った。そいつは彼の姿を認めると金切り声をあげ、気でも れたときは遮蔽をもとめて走っている途中だった。それは銃声を耳狂ったようにさっと廻れ右をして、もとの側へ道を横切って消え にして現場に馳せつけ、武器を持った思いがけない敵と対面したと た。つまり、わざわざ二度にわたって危険に身をさらしたわけだ。