乗組員 - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1969年12月号
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1. SFマガジン 1969年12月号

かった。五十ャード、二十五ャードと距離が詰まった。相手船の舵「抵抗を止めろ ! オールを逆に漕いで船を後進させるんだ ! さ 手はふたたび呼びかけてきた。どこまでも針路を変えずに直進するもないと沈めるそ ! 」 ディックがわの尊大さに、よほどえらい人物の乗った船とでも思い 捕獲された船は完全に停止し、その中で鎖につながれた漕ぎ手た ちがえたか、今度はばかにヘり下だった感じの声だった。そして相ちが恐ろしさに震えていた。 手船が道をゆずろうとするのを見ると、ディックは厳しい形相で舵 もちろん、ナンシイは乗っていなかった。だれ一人、ナンシイの 柄をまわし、なおも真正面から迫っていって、衝突は必至の形勢とことは聞いてもいなかった。 なった。彼は声を殺すようにして言った。 ディックはこうなる可能性は考えないようにしていたのだが、そ 「しつかり漕げ ! 」 うはいっても無理だった。マンハッタン島には、奴隷小屋は二つあ 相手船の舵手は動揺しながらも、はげしい口調で命令を発した。 ったが、ナンシイはそのどちらにも連れていかれてはいなかった。 けだもののロを洩れる騒々しい声が聞えてきた。それは吠え声でもまた、・フルックリン海岸の支配種族の宮殿へも、現在捕獲されてい 唸り声でもなく、その中間の、何か意味をもった話し声のようだ「る二隻のカッタ 1 でははこばれていなかった。残る可能性の中、 た。相手船のル , ・クどもはこちらにも仲間のケダモノが乗っているちばん考えられるのは、負傷して動けずにいるところをルークども ものと思い込み、それに向かって呼びかけてきているのだった。 に貪り食われてしまったのではないかということで、ディックはそ やがて恐慌にとりつかれた相手の舵手はきっと船首をまわしてかれを思っただけでかっと頭に血がのぼり、人間らしいものの考え方 らくも正面衝突を避けた。ディックはとっさに進路をそらせ、相手ができなくなってしまうのだった。 船の船尾ちかくに、どしんとばかり船を横づけにした。ロー・フを着この〈向こう側の世界〉の奴隷たちが彼女の消息をなにも知らな た男が舵柄にとりつき、ルークが二匹、危うく姿勢を立て直して跳し冫 、のま事実だった。それをはっきりと知る道はただ一つ 躍のかまえにはいるのをディックは見た。だがそのルークどもの、 二つだけしかない。監督の一人を生け捕りにできれば、そいつを問 ディックや乗組員をみつめる目には、不安の色があった。 い詰めることにより、ナンシイの運命を知ることができるかもしれ ない。しかしそれも、そいつが知っていればの話であって、もしだ ディックは彼自身の船の後部が相手船の舷側をぎりつとこすった その瞬間、二発、つづけざまに直射を浴びせた。けたたましい悲鳴めなら、あとはもう宮殿そのものに忍び入るしかないのだが と唸り声が同時に起った。男の一人が。ヒストルのホルスターをつか今はしかし、彼には命令どおりに動かすことのできる二十四名の んで立ち上がる。負傷したルークがすでにディックの船の中部甲板男たちがあった。この男たちの運命は、もちろん決まっていた。監 に乗り移ってきていて、そこでは激しい戦闘がはじまっていた。ふ督や奴隷が殺されるのを目撃した奴隷は生かしておいてもらえるわ たたび、ディックが発砲し、ことはそれで済んだ。 けがなかった。なぜなら、もし彼がそのことを喋れば、ほかの奴隷 彼は相手船の乗組員らに、鋭い声で呼びかけた。 たちのあいだに反乱への希望が芽生えかねないからだ。同様にま っ 4 5

2. SFマガジン 1969年12月号

ークを殺せるチンスをつかんだから ! 」 彼は下生えの中に踏み込んでいった。 ディックは弾の詰め直しにかかった。灌木の茂みからは野獣ども 遠い森のどこかで断続的に、おこったかと思うとすぐに止む咆え 、 - のが唸りながら、つぎつぎと躍り出てきた。かれらは怒りに狂って、 声がしているほかは、完全な静けさがあたりを支配してした。川 中ほどの小島の岸にしずしずと何かが踏み出してきたかと思うと、吠え立てた。ディックは言った。 角張った長い翼をひろげ、とっぜんさっと舞い上がって、水の上、 「恐れ、うろたえ ( いるようなふりをしろ。そう、信じ込ませるん ほんの二ャードほどのところを飛びわたっていった。一本の木の梢だー から、ちちちちという、けたたましい小鳥の囀り声が聞えた。船の漕ぎ手たちはわざと不器用にオールを動かし、さかんに水をはね 男の一人が突如、姿勢をあらため、ばちゃんとオールを水に突っ込かした。ある程度はうろたえていたことも事実だったが、おおかた んだ。 は見せかけだった。カッターは二隻とも、岸から十ャードと離れる その小さな音が合図ででもあったかのように、ディックの姿の消ことなく、乗組員たちはどこまでも恐ろしさに腰を抜かしでもした えたあたりで大騒ぎがはじまった。まず一発、轟然と弾の炸裂するような恰好をして見せていた。茂みの中から男たちのどなる声がし 音がして、木々のあいだにひびきわたった。ケダモノが悲鳴をあげて、ルークどもがいっせいに水にとび込んだ。 る。二発目、三発目の銃声が鳴り、そこでその自動拳銃は弾が尽き ディックは血に飢えた声で言った。 うまく たとみえ、第二の拳銃が忌まわしい仕事を引き継いだ。ケダモノた「ちょっとだけ先きへ出せ ! 連中をおびき寄せるんた , ちの低く唸り、あるいは甲高く叫ぶ声に男たちの怒号と銃声が入り泳がせるところまでもっていけたら、ぶち殺してやろうじゃない 混じって、それはもう、たいへんな騒ぎになった。そこへさらに、 か ! 」 銃身を短かく切った散弾銃がより低く、より太い声で咆哮を発し 二隻のカッターはうろたえたようにむやみと水をはねかし、よた よたとぶざまな恰好で岸から遠ざかると、しだいに明るむあかっき ディックが残忍な微笑いを浮かべた顔で、灌木の茂みからとび出の光の中に出ていった。ケダモノどもは殺戮の本能に駆られて知性 してきた。そのあとを追うようにして、跳ねるような恰好で躍り出を忘れ、唸りを洩らしながら船を追って泳ぎだした。 てくるものたちがあった。ディックは足をとめて、二度、発砲し、 「今だ ! 」とディックがさけんだ。 それからまた駈けだして、岸に乗り上げた船のところまでくると、 彼自身が持つもののほか、武器は船に槍と拳銃がそれそれ二丁ず ばちやばちゃと水をはねかしてその舳にちかづき、乗り込んだ。 っしかなかった。だが乗組員たちは突如、追手らに向かって敵対行 裸かの男たちは恐慌におちいりながらも、船を押して岸を離れさ動をとりはじめた。ルークたちはそれでもまだ、奴隷がはむかって せた。ディックは艫のほうにまわっていって腰を下ろすと、落着きくるなどということは考えられずにいた。奴隷自身にさえ、それは ほとんど信じられないことだった。ディックの乗っている船の漕ぎ はらって言った。「あんまり遠くまで離れるな ! また何匹か、ル こ 0

3. SFマガジン 1969年12月号

時間半かけて、彼らは二隻のカヌーに板をわたし、それに船外モー た。彼は胴間声を張り上げた。それは男たちの叫びや、モ】ターの ターを取りつけた。こうして彼らは二隻のカヌーから、モーターのやかましい音を圧する恐ろしく大きな声だった。叫び声はしずまっ 付いた二連小舟を得たのである、それはかなりの耐航性を持ってい ガリー船にはさして大勢の人間は乗っていなかったーーせいぜ て、しかも船足はさほどおそくはなかった。三人がそれに乗って岸 い一ダースに余る程度の人員だった。モーターが切られ、二連小舟 辺を離れたとき、ルークどもは置き去りにされたことに気づき、猛が惰力で漂い寄ってくるのを、ガリー船の男たちはぼかんとした顔 然と吠え立てた。 でみまもっている。ケリイは無造作に舷側を乗り越えていった。残 サムはモーターの発動用の紐をひつばった。いささか思いがけなった二人の耳には、ケリイが嗄れた声で説得につとめているのが聞 かったが、モーターはすぐに始動し、そのまま快調に働きつづけえた。見ると、彼は上衣とセーターを脱いで素肌になり、むちの跡 た。俄か造りの汽船はいきおいよく河の中ほどまで走り出ると、上をみんなに示していた。だが何よりも説得力があったのは、彼がか 流に向かって進みはじめた。ルークどもは悲しげに吠え立てなが かえていったギャング用の機関銃をきわめて無造作に引き渡したと ら、岸づたいに追いかけてきた。灌木の茂みを掻き分けるようにし いう一事だった。 て彼らは懸命に走っていたが、やがてその姿も見えなくなった。 やがて彼は舟べりの手すりのところまで戻ってきた。 モーターはむらのない音を立てつづけた。サムは上流と下流にし「大半の連中は上陸しちまっている。中には監督のような服装をし きりと目を配っていたが、いくらも行かないうちに、ガリー船が視ているやつもいるそうだ。ありったけの銃や槍を持って出かけてい 界にはいってきた。それはマン ( ッタン島の〈こちら側の世界〉でったらしい。奴隷小屋を襲ってルークどもを退治し、なんとかして いえば十番街にちかいあたりの沖合いに投錨していた。ものの動く檻罠のあり場所を見つけようというんだ。そいつが見つかったら、 気配は、まったくなかった。船尾にカッターが二隻つながれて 出入口を占領し、そこを通して銃を手に入れるという計画なんだ た。 な」 二連小舟はまっすぐガリー船に向かって進みつづけた。河は満潮「じゃあ、すぐにみんなを追いかけなりや ! 」ナンシイがさけぶよ で、モーターは勇ましい音をとどろかせていた。カヌーはすばらしうに言った。「香水をふりかけてーーー」 い速度でちかづいていったが、するとガリー船がわの乗組員たちが「よし、わかった ! 」サムが鋭い声で言った。「きみもきたけりや、 挑戦的な叫びをあげはじめた。威嚇的に、オールを振り上げているくるといし そっちのみんなも、くる気があったら、いっしょにこ 者さえあった。 いそぐんだ ! 」 「ディックはわたしを見たら、わかるはずなのに ナンシイが ケリイが乱暴な口調で何か言いながら、舷側を這い下りてきた。 不安そうに言った。「どうしたんでしようーーー」 ガリー船の男たちは、半数があとにつづいた。ケリイがもういち そのとき、ケリイが右側のカヌ , ーの舳で、すっくと立ち上がつど、どなると、残りの者たちもおとなしく乗り移ってきた。 6 8

4. SFマガジン 1969年12月号

ディックはきっと目を向けた。月光を浴びた幅広い川のまん中 ながい沈黙があって、一人の声がロごもりながら言った。 「われわれはそんな女の子なんそ乗せて川を渡ったことはない。ルを、上流からポートが一隻、下だってくる。対岸の海軍造船所があ ークどもと監督たちのほかは、だれも川を渡しちゃいない」 るあたりの村に向かっているようだ。ポートは大きさを確認するこ 「すると、彼女はマン ( ッタン島にいるわけだな」ディックは歯をとは不可能だったが、ウ = ルフ = ア島の真向かいのマンハッタン島 軋らせて言った。「そっちに奴隷小屋は、あといくつぐらいあるんのどこかからきたとしか考えられなかった。そのもう一つの奴隷小 屋からやってきたものにちがいない。今、ナンシイをその村へはこ だ ? 」 んでいくところなのではないか。すくなくとも乗組員たちは彼女の 別の声が重苦しい口調で答えた。 「向こうの温室部落のそばに一つ、ある。上流のほうだ。・フラック身に何が起ったかは知っていると思われる。 ディックを舵柄を大きくまわした。 スウエルの島ーー・ーいや、・フラックウエルズ島らしいところの向こう 「さあ、力いつばい漕いでくれ」と彼は命じた。 がわでね」 この名称の使用ひとつでわかったことだが、この男は地球の双子二隻のポートは両方からしだいに近づいた。相手のポートはコー こちらの連中同 スを変えようとしなかった。その漕ぎ手たちは のようなこの世界で、もうずいぶんながく奴隷をしているのだっ かたくなに感情を押し殺 た。・フラックウエルズの島はとっくの昔に、ウエルフ = ア島と改名様、鎖でつながれているにちがいなく した様子で漕ぎつづけていた。しかし今、ディックのほうの乗組員 されていたからである。 「では、さっそくそっちへ向かうとしよう、ディックは厳しい口調たちには、徐々にだが、気力のよみがえりつつある徴候が見えはじ めた。やがて、一つの声がささやいた。 で言った。 「あのポートを乗っ取ろうというんですかい ? 」 漕ぎ方はつづけられた。奴隷たちの動作はなにか虚ろで、活気が 「そうだ」ディックは答えた。「例の娘について何か情報がっかめ なかった。ディックは舵柄を目にとめて、ポートをまわした。男の ればと思ってね」 一人がおそるおそる言った。 おなじ男の声が血に餓えたように言った。 「その余分のビストルというのをわたしにくれませんか。どうして どうせ、わた も殺してやりたい監督が一人、いるんだ。わたしの娘をルークども「あんたーー・とにかく、その槍をかしてください , しは死んだも同然の人間だが、しかし、ひょっとするとーー」 に投げあたえた野郎なんでね。ピストルを貸してくれませんか」 「ピストルはこれからまだ、いくらでも手にはいる」ディックは言 ディックが黙って槍をわたすと、男はオールを漕ぐ手は休めず った。「まずーー」 に、その槍の柄をつかんだ。 舳ちかくにいる男が泣くような声で言った。 相手のポートは百ャードばかり前方に迫っていた。そのポートか 「ポートがくる : ・・ : ルークどもを乗せているそ : ・・ : 」 らディックの知らない言葉でさけぶ声があった。ディックは答えな 5

5. SFマガジン 1969年12月号

から、ルークが一匹、大きく口をあけて念りながら、びと跳びごと潜るというのは、ルークにとって、本能の一部でもなければ知性の 一部でもなかった。 に、ぐんぐんと追い迫りつつあった。裸の男はシカのように走り、 ルークは突如、けたたましい叫びを発し、はげしく水をたたい 野獣からあと三ャード足らずに迫られたところで崖のふちに達する と、さっと空中へ、あざやかに身を躍らせた。ルークは一瞬、足をた。五フィートほど前に、一瞬、男の頭がのそいたのだ。男は大き く息を喘ぎ、すぐにまた潜った。ルークはそこで唐突に、岸に向か ためらわせたようだったが、すぐに猛然と、男を追って突進した。 それがわずかにためらう色を見せたのは、岸を離れて投錨しているって力強く泳ぎはじめた。男はしかし、そのうしろに浮き上がっ た。そして、さっと手をのばし、しつ。ほを掴んだ。もういっぽうの ガリー船がちらっと目のはしに映ったからだった。ケダモノ、しか し、ふちを蹴って飛んだ。人間とケダモノは同時に空中にあった。手が何度も振り上けられたり、振り下ろされたりし、ルークは唸り それどもケダモノが水面に触れたのは、人間が飛沫をあげて水中深ながら、めまぐるしく水中で旋回した。水面は泡立ち飛沫を上げ、 く潜り込んだあとだった。ケダモノはその男をガリー船から救いのはげしく掻き乱れた。 ガリー船上のディックの目には、格闘する人間と野獣の身体の一 手がさしのべられる前に、追いついて殺せると、あらかじめ、残忍 部と水沫以外は何も見えなかった。カッターの乗組員たちは全身の な心で冷静に計算していたのだった。 男は数秒の間、水面下にあった。ルークはほとんどすぐに浮き上神経を緊張させ、格闘の場所に向かって、カのかぎりオールを漕い がり、イヌの流儀で水を掻いて泳ぎながら、やがて男の頭が現れるだ。と、とっぜん、むせび泣くような声がきこえ、何かよく見分け : たいもののまわりに波紋がさっとひろがったかと思うと、あたり カリー船とカッタ であろう水面をしきりと見まわして唸り立てた。・ ははたと静かになった。 ーで、怒号が起った。ディックの声がそれを制した。男たちはカッ やがてひょいと、男の頭が水面に突き出た。カッターの乗組員た ターの一隻にどやどやと乗り移り、大急ぎでオールを取り付けた。 舳にひとり、槍と手にした男がうずくまり、残忍な笑顔をのそかせちが男のほうへ手をさしのべているあいだに、船の舳が水面に漂う もののそばに達した。槍を持った舳の男がその水面のものを何度も ていた。カッターは水を切って進みはじめた。 逃亡者は水面に頭を出すと、それをのけそらせるようにして、は何度も突き刺した。そのものは、びくりとも動かなかった。 げしく振った。ルークは咽喉の奥から血も凍るような恐ろしい声を何分かすると、カッターは泳いでいた男を乗せてガリー船のほう へ引き返してきた。男の顔は血の気こそ失せていたが、微笑をいっ 発し、男に向かって突進を開始した。水中の男ははっと、そっちに 向き通った。そして、とっさにまた、水に潜った。カッターの男たばいにたたえていた。男は片方の腕をもういっぽうの手で、しつか ちは監督の鞭の下でも出したことのないような力をこめて、懸命にりと押さえていた。深々と肉に喰い込んだ咬みあとから滴る血を止 めようとしているのだった。・ カリー船の奴隷の一人がさけんだ。 オールを漕いでいた。ルークはものすごい唸り声を洩らすとともに、 「こっちへ連れてこい わたしは医者だ ! 」 男のいた方へ向って泳ぎだした。泳ぐことはもちろん、できたが、 0

6. SFマガジン 1969年12月号

た。乗り移ったのはガスの霧が晴れたあとだったからだ。けれども 監督も奴隷もルークも視覚を奪われた。船はたちまち雲を脱出した が、監督の鞭はもはや振りまわされることなく、オールも調子を乱漕ぎ座のあるところに、わずかだが残りの霧が漂 0 ていて、眼の痛 してでたらめに水を打つばかりで、完全に進路を見失ったかっこうみを訴える者が出はじめた。そこでディックは大型ガリー船をふた たび漕ぎ出させて、ガスの残りを風に吹き払わせることにした。 だった。二隻のカッターはすかさずそこへ突進し、船体を横づけに ふなべり した。そしてその漕ぎ手の奴隷たちは低い舷側上縁を越えて、つぎ つぎと相手船に躍り込んでいった 3 〈こちら側の世界〉のニ、ーヨーク市のイースト・サイド公園でべ それからあとは、もう減茶苦茶だった。先を尖らせたと本物のンチに腰かけ、顔面を蒼白にして、夜明けの戦闘をみまもっていた サム・トッドは金属製の小さな覗き窓をその眼からはずした。すぐ 槍二丁に、オールを棍棒がわりにひっさげた奴隷たちは大型ガリー 船に乗り移るや、嵐のように暴れまわり、片っ端から敵どもを殺し背後は複線の ( イウェイが通っていて、朝の早い車が猛烈なス。ヒー ドでとばしていた。ぐるりでは無数の建物が白い蒸気や煤煙を羽毛 た。目の見えないルークどもはやみくもに暴れまわるだけでばたば たと死んでいった。監督たちも視覚を失った今は、絶望的にむなしのように立ち昇らせていた。〈向こう側の世界〉で、ディック・プ いくさ い抵抗をこころみるばかりだった。通路に立って鞭をふるい、奴隷レアと解放された奴隷の乗組員たちが勝ち戦の話に打ち興じている たちを督励する男たちも視覚を欠くため、手もとを狂わせてばかりちょうどそのあたりを、こちらでは、一隻の蒸汽船が石炭を積んだ いる。カッターの乗組員たちはあざけり笑い、鞭と武器を彼らの手運貨船を曳いていくところだった。 から奪い取ると、まだ鎖につながれたままの仲間たちにその武器を サム・トッドは茫然として、公園のべンチを立った。彼はディッ 投げあたえた。漕ぎ手たちはガスの痛さに涙をながしながらも、歓クに宛てたメッセージがディックの手には拾われなかったことを知 びの叫びをあげて虐待者の身体をずたずたに引き裂いた。 った。伏兵が置かれたという事実は、何者かディック以外の人間が それはほんの何秒かの間の出来事のように思われた。事実、二隻手紙を横取りしてディックに罠を仕掛け、裸の悪党どもが今、その のカッターが全速力で逃走していたときから、最初二ダースあまり命令に従って動いていることを物語っていた。 だった反乱奴隷の数が、ディックの手であらたに解放された者と合 サム・トッドは背筋に冷たいものが走るのを感じた。一通ではな わせて八十名にふえ、さらに領主の持ち船の大型ガリー船が捕獲さく、二通とも横取りされてしまったにちがいない。しかも彼のメッ れた今にいたるまでに、流れた時間は二分を越えていなかった。六 セージは問題の木が〈向こう側の世界〉では、こちらの世界のモー 十名の奴隷は主人たちのお相伴で催涙ガスを喰らい、止め度もなく ルトビイのアパ , ートの部屋が占める空間をつらぬいて生えているこ 涙を流しつづけていたが、嬉しさのあまり、罰を受ける恐れのあるとをディックに告げているのだ。そして奴隷たちをさらっていった ことを顧みずに、鎖を鳴らし、歓声をあげた。 向こうの種族は、すでに必要に迫られて英語を覚えているにちがい ないのだ。 カッターから乗り移った男たちは、目つぶしは食っていなかっ

7. SFマガジン 1969年12月号

カッター同様、急に船首をめぐらして岸に舷側をつけると乗組員を ガリー船のオールがびろげられ、カ ' ターとともにふたたび、そ上陸させた。こうしてディ〉クの計画はすすめられてい 0 た。 計画は単純なものだった。一行はジャングルの中を大きく半円を れが闇の中を進みはじめたとき、ディックにはいろいろとすること があ 0 た。彼はカ , ターの乗組員を一人ずつ舷側に呼び、特別の指えがいて別荘の後方に迂回し、人間の監視者の目のとどかぬところ ノかいるはずだっ 示をあたえた。こうしてはじめて遠征隊は実際に進発したのだつを進んだ。そのあたりには、ル月クの。 ( ト こ。ルークどもは男たちを発見すれば、すぐにも服従するだろう。 月は低く傾いていたが、水面はなお、光を受けて、きららかな縞一匹か二匹の場合は、彼らが地面にはいつくば 0 たところを、その 目を走らせていた。三隻の船は、はじめは「ン ( , タン島の岸辺に場で殺す。数が多い場合には、岸辺に待機するカ ' ターの監視者た 近く沿 0 て進んだ。やがてしかし、最初の別荘の薄暗い灯りが見えちのもとにひきつれて帰る。あるいは単に命令すれば、彼らはそれ てくると、カ ' ターの一隻が急に向きを変え、・フル ' クリンの岸にに従い、彼らだけで船の監視者のもと〈出かけていくかもしれな い。いや、きっとそうするだろう。 向かって全速力で一直線に進みはじめた。ルークに見つけられ、別 、トロール亠 , 荘に報らされてはまずいので、一部の者が上陸して、岸づたいに進夜が更けたせいか、別荘の後ろの森には、ルークの。 , 月冫。しる姿はもはやなかったが、かりにあったとしても問題ではなかっ むことにしたのである。ルークが躍り出てきてーーー彼らの蔔こ這、 た。庭師奴隷の閉じ込められている奴隷小屋で銃声が一発聞えた。 つくばったら、すかさず殺してしまう手筈だった。 ガリー船はディ , クがはじめて監督を殺し、最初のカ , ターを分それからまもなく、妖しい匂いをつけた解放奴隷の一隊がジャング 捕 0 たン ( , タン島の岸の埠頭に繋留された。武装して殺意に燃ルをぬけて、河辺で待機するカ ' ターのところ〈行 0 た。カ ' ター えた男たちは香水の匂いをふりまきながら、奥地の奴隷小屋に向かは彼ら奴隷たちにと 0 て垂涎おくあたわざる火器を用意して待 0 て いた。男たちはもちろん、女たちもその大半が武器をとることを希 う道を進みはじめた。ナンシイは今度にかぎり、みずからすすんで 彼女はモールトビイに、その日までの彼女の冒険を望した。別荘がわはしかし、警戒を怠 0 ていた。 あとに残った。 / 別荘では、領主はなんの不安もいだいていなかった。せいぜい 逐一、話して聞かせた。 負傷したルークがその道をよろよろや 0 てきて、埠頭に姿を現し苛立ちを覚えている程度だ 0 た。男が一人、次元間の窓を通して、 別荘をスパイしているところを発見された。その後、その男が武器 た。ガリー船側の監視の一人がさりげなく歩み寄っていった。ルー クは神の匂いを嗅ぎつけた。ルークはカない足どりで監視にちかづを手に、ン ( ' タン島を自由に歩きまわ 0 ているという報らせが はいった。男は捕獲をまぬがれてしまったのだ。男は誰かに宛てた いてきて、奴隷小屋での惨事をつたえる声を立てた。 短い手紙を〈剣のトゲ〉で一本の木の幹に突き刺していった。これ 歩哨はルークを殺した。 第二のカ , ターは河をその別荘よりず 0 と上流まで進み、第一のはあきらかに、自主独立の実験者がいて、この別次元の世界が存在 9

8. SFマガジン 1969年12月号

マスター 住む領主たちや監督たちゃ、奴隷、ルークなどの大家族の一つを遠ば、たしかにそうだ。だが大量の銃を仕入れてくるということは考 く運ぶのに用いられていた。発動機船は一隻もなか 0 た。航空機はえられるんじゃないか。ひょ 0 とすると、手榴弾や機関銃なんか 7 おろか車さえなく、そのほか高速の輸送や追跡の目的に使われるよも ? 」 うな乗り物はいっさいないといってよさそうだった。 「ほん気でそう思うのかね ? 」顔に傷跡のある男は鋭い口調で反問 「ルークなら、たぶん岸をつた 0 て、おれたちについてこられるだした。「それには、彼らはまず、奴隷たちの誰かに手榴弾の使い方 ろう」鼻の曲が 0 た男が言 0 た。「だがほかには、ついてこられるを教えてもらわにゃならない。それを心得ている奴隷を見つけ出さ ものはない。こっちはどこでも好きなところへ行かれ、むこうに にゃならないんだ。そしてその場合ーー彼らは安心して奴隷の手に や、そいつを止めることはできないんだ」 手榴弾を握らせることができるだろうか。奴隷の指図を信用して手 別の男がいじ悪げな口ぶりで言った。 榴弾を使うことができるだろうか。それから機関銃のほうはどう 「どこへ行こうってんだ ? そうして、そこへついて何をしようつだ ? 彼らはまず使い方を知らん。しかし、だからといって、それ てんだ ? 」 を教えてもらうほどには奴隷たちを信用する気になれんだろう。彼 沈黙がおとずれた。船尾で叫び声がした。釣りをしていた男の一らはどこまでも普通の銃にしがみついているさ。手ごわい相手は、 人が、体長がほとんど彼自身ほどもある魚に似た生きものを甲板になんといってもルークどもだ」 引き上げた。それは身をのた打ち、船体外板に咬みついた。 ディックは簡単に言ってのけた。「今日、やつつけてやったじゃ 「領主たちは船がほしくなれま、、 をしくらでも手に入れることができないか」 る」ディックが指摘した。「その気になれば、哨戒用魚雷艇をこの 「そのとおりだ、二度もな , だが、一度は連中が泳いでるところ 世界へ引きずり込むことだってできるんだ」 をとらえたんだ」別の男の一人が浮かない顔で言った。「もう一度 「誰がそいつを走らす人だね ? 」顔に傷跡のある男が質問した。 は、あんたが催涙ガスを使ってやったことだ。催涙ガスはまだ、あ 「奴隷には無理だぞ。何をどうしてするかを誰が心得ているかもわるのかね ? 」 からんことだし、ど、、 ナししち彼らには機械はいじれん ! 連中がほし「それが ないんだ」ディックは正直に言った。「しかし、友人 がってるのは、船を漕ぎ、土を掘り、木を伐る奴隷だけなんだか たちと連絡がっきさえすればーー」 ら、そんなことはもともと問題じゃなかった。あのとき魚雷艇を使皮肉なひびきをもっ陰気な笑い声が洩れた。もし〈向こう側の世 わなかった以上は、今だって彼らには使うことはできないはずだ。界〉の人間の誰かで本来の世界の友人に連絡をつけ得た者があった ガリー船にしたところで新しい乗組員は訓練しないかぎり たととしたら、〈向こう側の世界〉の存在の事実はいつまでも秘密のま えやり方を心得ていたとしても、ー・・・・・役には立たないのだからね」 まにとどまっているはずはなく、何百年ないし何千年も前からその 「そこまでは考えなか 0 たな」ディックは認めた。「いわれてみれ本来の世界の科学者たちの研究の対象になっていただろう。地球の マスター

9. SFマガジン 1969年12月号

た、武器を持った自由な人間を見かけた奴らも、そうした希望の灯 から、覗き穴装置を使ってこのあたりの木の幹をさがし、やが をともすような知らせを告げてまわることを許されるわけはないのて発見してくれるにちがいない。もしかすると、今夜すでに捜しに であった。 かかっているかもしれないのだ。そして約束の場所にメッセージを そのへんの事情を知ったディックは、心を鬼にして思い切った行見出したときは、モールトビイの考案した例の出入口を利用して、 動に出た。二隻のカッターに鎖で座席につながれた二十四名の奴隷すぐにもそれを回収するだろう。そうすれば彼は文面にしたがっ たちがいて、今、彼はその連中を部下として思いのままに使うことて、できるかぎりのことをしてくれるはずだ。 ディックの操る二隻のカッターは、。 ができるのである。彼は部下たちを鎖から解き放っことはしなかっ とんな相手からも見とがめら た。かわりに彼はほかにどうしようもなく、ただ従順についてくるれることなく、ぶじに川をさかの・ほっていった。やがて彼はプロン 第二のカッターの乗組員たちをひきつれて、ウエルフェア島の南にクス区のあるべき海岸に、二隻の船の安全な隠れ場所を見つけた。 横たわるマンハッタンの岸辺の、あの小さな岩の破片のころがってそして、そこではじめて部下たちを鎖から解きにかかった。戦闘用 いるところにちかい一地点に向かった。彼はポケットから手帳を取の道具がまもなく送りとどけられることを確信をもって告げられる り出し、ページを繰っては真剣な面持で何かを書き込んだ。それはようになるまで、引き延ばしていたというわけだった。 サム・トッドへの報告だった。武器を送れという要求だった。起っ奴隷たちが完全に隠れると同時に鎖を解かれたのは、もうかなり たことをごく簡略にったえていたが、奴隷の反乱を単に可能とするおそい時刻だった。武器はディック自身が持つもののほかに、奴隷 だけでなく、かならず成功させるためでもある武器の要求の文面たちのあいだにも、すでに槍が二本と自動拳銃が二丁あった。しか は、短かいながらも要を得た強い調子のものだった。その武器を用し、これではまだ充分ではない。そこでディックは奴隷たちに命じ いてこの〈向こう側の世界〉から盗賊や ( 奴隷商人どもを ) 一掃て若木を切ってこさせ、その先端を槍の刃でとがらせて、槍の代用 が、それに し、二度とふたたび人間の世界を略奪できないようにしてやろうと品をつくらせた。できれば弓や矢もっくりたかった いうのだ。五千年にわたる不思議な出来事と犯罪は、今その謎が解は時間がかかりすぎた。 明された以上、永久に根絶されなければならない。なんとしても、 時間は、もちろん、大事だった。そして武器もまた、大事だっ 片づけねばならぬ仕事なのである ! た。さしあたってはしかし、彼らはたぶん、安全だと思われた。本 彼は岩のかけらのような小島の真向かいのマン ( ッタンに上陸し土のほうには奴隷小屋がなかったので、人間やルークの規則的なパ た。そして報告の文字をつらねたページを裂き取り、それをちかく トロールは行なわれていないはずだ。だが発見される危険は充分考 のイ・ハラの木から採り出したとけで、最寄りのいちばん大きい木の えられ、いずれは発見されるにきまっている。自由を得た奴隷が内 皮に刺し止めた。こうしておけば、サムがあすの朝にも、〈こちら陸に向けて逃亡をこころみれば、もちろん追跡されるにちがいな 3 側の世界〉の対応する空間 それはニューヨークの公園だったが く、それをするのがルークの役目だった。

10. SFマガジン 1969年12月号

それは水面を疾走してくる。船首と船尾の甲板、および中間の手すずで、しかも彼らはオオカミッキにまさるとも劣らぬ気味の悪いよ りのある通路を除く部分は直接日を浴び、そこにオールを漕ぐ奴隷うな狡猾さをそなえた動物だった。 日はすでに高くあがり、明るく輝いていた。逃走する二隻の小型 たちが頭を並べていた。監督たちが情容赦なく鞭を打ち振りなが ら、その通路を往きっ戻りつしている。不恰好な長いオールが継ぎ船と復讐の執念に燃えてそれを追う大きい船とは、どこまでも森だ をぐいぐいと前進した。鎖につながけがつづく岸辺を背景にして、白昼の光のなかになんとも異様な活 目で屈折するたびこ、。 冫カリー船よ 創のシーンを繰りびろげた。と突然、ディック・・フレアは何を思っ れた六十名の奴隷が鞭におびえ、気の狂うような絶望の中でオール たか、手帳の紙を破ってずたずたにそれを引き裂き、小さく丸めて を漕いでいるのである。舷尾には、まったく近代的な小型船用の舵 輪を操る一人のほかに、ロー。フをまとった半ダースの男たちが陣取紙玉をつくると、空中にふりまいた。 っていた。そして船首にも、ルークたちといっしょに人間の姿があそれからディックは乗組員たちに命令を下した。もう一隻のカッ った。相手は十二名が火器を持っているのに対し、こちらは拳銃四ターも彼の呼びかけに応じてちかづいてきた。二隻のカッターはオ ールが触れ合わんばかりに接近して舷側を並べると、レースでもた 丁に散弾銃一丁でーーーしかも拳銃のうち一丁は弾が空で、もう一丁 は三発しか残っていないのだ。だが大型のガリー船は戦いを交えるのしむように全速力で走りつづけた。そして追手の大型ガリー船が 必要がなかった。巨大な船体をぶつけてきて、小型の船の乗り手たほとんど五十ャードの背後に迫ったとき、二隻が申し合わせたよう に舳を転じて、対岸のマン ( ッタン島に向かいはじめた。追手の船 ちを水中に転落させればそれでいいのだった。 ぐいと進路を転じた。急速に距離は詰まっ あきらかに、相手の意図はそこにあるのだった。ディックが発見も勝ち誇ったように、 、あわや、追 、十ャ 1 ト した事実を大声で告げると、船内は騒然となった。岸の監督たちもた。四十ャード、三十ャード、二十ャート いっせいに叫い詰められようとしたとき 水の中のルークたちも味方の来援に気づいたとみえ、 び立てはじめた。大型のガリー船のルークたちが遠吠えの声をあげディックは二発目の催涙弾を投げた。目標は申し分なく大きく、 て答えを返した。ディックはさっと立ち上がり、声を張り上げて命投擲者の腕は完璧だった。催涙弾は大型ガリー船の後部甲板の、て ぐすねひいて殺戮の時を待っ男たちのどまん中に命中した。それは 令をさけんだ二隻のカッタ 1 は逃走を開始した。 しかし逃げることは不可能だった。岸にたどりつくことは、確か「ぼん ! 」という、およそ不景気な音を立てて破裂したが、白い濃 にできたかもしれない。だがマン ( ッタンの岸には、ルークや監督密な蒸気がもくもくとふき出した。そしてここで、紙吹雪を投げた たちがいた。ジャングルの中での戦いともなれば、ルークどもはおディックの行為は実を結んだ。なぜならそうしたことによって、彼 手のものだった、細長いイースト・リヴァー島にたとえカッターのはかすかに吹く風の向きをあらかじめつきとめていたからだった。 9 5 達することがあるとしても、結局のところ、勝利はルークの手に帰催涙ガスの雲は、ほとんど静止の状態で低く水面に懸かった。大型 ガリー船はその中に突っ込んだ。船首はすつぼりとガスに包まれ、 してしまうのだ。そっちへは恐るべき数のルークどもが渡されるは