老アイアイは死体となってしまった三つの体を、圧縮器のアルミ むなしくしてしまえる ? われわれの勝利はわれわれの力だけで獲 2 繊維製の大きなをハ ーにつつんだ。その方がこれから先、運びやす得しなければならない。いいか、委員会派遣員。われわれこよ、 2 。とっぜん照明が消え、かすかな非常灯が淡い影を曳いた。二次なる妥協もないのだ」 変電室が機能を失った。破壊は確実にかれのあとを追っていた。 老アイアイは大きな銀色の手袋で顔ともいえないような顔をなで 老アイアイは大きな袋を引きずって操縦室の ( ッチを開いた。 メイン・スイロット 「三人とも死んだ。主任操縦士。コースをしつかり保持してくれ「この船で、いいか、このぼろぼろの《テンシャンⅢ》でどうやっ チェンパ よ。あとわすかのしん・ほうだからな」 て地球まで帰るつもりだ ? ん ? 亀裂はもうとなりの部屋まで迫 老アイアイは死体の入った袋をどさりと投げ出した。 ってきているのかもしれないのだそ」 「これをおいてゆくと、あとがうるさいからなあ」 老アイアイは空間に目をとめて耳をすました。あの不気味なかす 操縦席に埋もれて船体の姿勢を正しく保つのに必死になっていた かなひびきが頭の中のどこかで聞えていた。 メイン・スイロット 主任操縦士のチャンがぐいと体を起した。 「な、それより《全アフリカ連合》の船で還ろう。あとのことはあ 「委員会派遣員 ! とで考えればいし おれたちはみんなそうしてきたんだ。だから今 まで生き残ってこられたのさー そんな呼びかたに、老アイアイはひどく危険なものを感じた。 「なんだね , チャンはだまって首をふった。 「おれは《全アフリカ連合》のやつらと協力するなんてま 0 びら「だから、おれたちはいつまでた 0 ても、おまえたちを同志とは呼 だ。おれたちは上級の指令によって木星調査にやってきた。観測に べないのさ , スペース・ 成功し、データはここにある。これを《全アフリカ連合》の宇宙技チャンは氷のようなまなざしを老アイアイに投げるとロッカーの 術者などにわたせるものかー 中から観測データーを収めたマイクロフィルムのパックをとり出し チャンの細い目はすさまじい敵意を放っていた。 老アイアイは静かにかれの肩に手を置いた。 「おい。チャン。。 とうするのだ、それを」 「なあ、チャン。データを持って帰るのがおまえの任務だろう。そ チャンはそれを磁気消去用のテープ・デスポーザーに投げこもう のためには《全アフリカ連合》だろうが《アジア同盟》だろうが、 とした。 乗って帰る船はまあどっちだっていいじゃないカ 「まて ! 」 「よせ ! 」 老アイアイは支柱にとりつけてある室内用露出計をふりかぶって チャンはするどく身をひねって老アイアイの手をかわした。 チャンの体にたたきつけた。チャンの左手にあたって露出計のガラ スアジア伺盟》の勝利と前進を示す絶好のこの機会を、どうしてスが飛び、フードが鳥のように舞い上った。 コンプレッサー
ちイオン化してしまったのだろう。 「裏切るのか ! 派遣員ー ・《ジン。ハプウェ・ジン 一九メートル : チャンは左うでをかかえてすばやく動いた。ロッカーの中から自一メートル。二メートル。 。ハプウェ》の銀色の巨体は手の届くところには浮かんでいるのに、 動拳銃をとり出した。 リュウが焦れば焦るほどかえって遠のいてゆくような気がした。 「チャン ! 落着け ! おれの云うことを聞くのだ」 老アイアイが叫ぶのと同時にチャンの拳銃が火を吐いた。老アイ ようやくハッチをくぐってェア・ロックにころがりこむ。そのエ アイの体は後へふきとばされ、メーターポードにたたきつけられた。 ア・ロックのみがき上げられたステンレスの内壁も、すでにほうろ うびきのように光沢をうしない無数の円形の剥落を生じていた。 「裏切者めー チャンは床に崩れ落ちた老アイアイに向って引金をしぼりつづけ「パイロットは ? 」 た。衝撃波がせまい操縦室いつばいにふくれ上り、留金を引きちぎそれがいちばん気になった。 り、数十個のパイロットランプをこなごなにうちくだいた。反跳弾「死んだ。わしを射った弾丸がはねかえってな」 ・ハイロット かれがたよりだったのだ。操縦士がいなくては操 がキンキンと飛び交い、削りとられた内鈑が爪あとのように銀色の「死んだのかー 地肌をむき出した。チャンが何かさけび、それから静かになった。縦できない」 ナビゲーター 「わしもおまえも宙航士だからな」 リュウと老アイアイとはだまって視線を見交した。空虚な視線だ Ⅲ オしナカしに自分の力だけしか った。たがいになにものも期待しよ、、こ ; 、 《ジイ ( プウ = ・ジイ ( プウ = 》の外部 ( ッチと《テンシャンⅢ》信じない孤独な男たちだった。 「おれたちだけでこの宇宙船を地球までもってゆくことはこれは不 のハッチとは直線距離で三百メートルほど離れていた。その三百メ ートルの距離を命綱をたよりに三十秒で移動する。それ以上かかっ可能だ。コースの計算はできても動力の扱いはできないからな」 スペース・スーツ 「どうする ? 」 てはファイ、、ハーグラスの宇宙服が腐蝕してしまう。アルミシリコ 老アイアイはあえぎながら血が黒く塗料を塗ったようにこびりつ ンでコーティングされているとはいえ、ツェイスカバーの蝶つがい キャプテン ス・ヘース・スーツ いている宇宙服の体を運んで、壁によりかかった。船長のアフォン 部分や、エアチューブの引込部分からの浸透はどうにも防ぎようが ない。もともと木星調査では、船外に出ることは計画にはまったくスが銀色の物体のように床にうずくまっている。プショングとウル なかったのだ。 ンディに向って信号弾を発射しリュウに打ちのめされたアフォンス リウは老アイアイを入れた袋を後に曳きながら、必死にロープだった。老アイアイは爪先でアフォンスの体をこづいていたが、や がて這いよってアフォンスの体をしらべはじめた。 をたぐった。移動用の携帯ロケットは大気に触れたとたんにスター ターがきかなくなってしまった。燐青銅のアタッチメントがたちま「リュウ。ひとつだけ方法があるー 3 2
とができない。曲げているびざをのばし、酸素タンクをはずし、空イの肉体にまで確実におよぶはずだった。 間移動用の携帯ロケットを分解し、ひじをおさえ、ようやくハッチ意識のない三人の体を床に横たえて、老アイアイはかかえこむよ ナしふ近づい を通した。そのとき、かれはかすかに金属のはじける音を聞いた。 うにドッ。フラレーダーのスクリーンをのそきこんだ。ど、 ' テンシャソ それはおびただしい数の目に見えない小さな虫が《天山Ⅲ》のシリ ているようだった。船尾近くとりつけられた三次元レ 1 ダーはまだ コン・ステンレスハニカムの外鈑の中を喰い荒しながらこちらへ向生きていた。万一の船体事故を考えて、回路を船内と船外に二重に って這い進んでくるような気がした。 設けておいたのがまったく役に立った。船内の電路は引きちぎられ ビシ、。ヒシ : : : キチキチ : ても、船体外鈑の外側に伸縮性のガイシでとりつけられた電路パイ かれはそれを口に出して言ってみた。しかし、耳で聞いた実際の。フは船体外鈑の脆性破壊にも充分な強度を持っていた。 「コチラ、《テンシャンⅢ》。聞えるか。《ジン・ハプウェ・ジン・ハ・フ その音とはかなりちがうようだった。 ステンレスとシリコン。この二つの剛性と弾力性の異なる材質をウ = 》応答せよ、 ひどい空電の底でかすかにこたえるものがあった。 幾層にも重ねあわせ、張り合わせたサンドイッチ構造の外鈑が、こ 「こちら《ジン・フウェ・ジン : : : 近距離レーダーに入ってきた。 の木星の大気の巨大な圧力によって、ついにその緊張力を喪ったの だ。絶えずくりかえされるひずみとそれからの解放は外鈑に目に見四時間後に : : : 以上。こちら《ジン・ハ・フウェ : いつでも同じだ。老アイアイの、眉毛のないそこが横に長い肉の えないような微細な小孔を生じ、侵入してくる高圧の大気は軽石の もり上りになっているだけの顏に、かすかな苦笑が湧いた。もう何 ようにもろくなった外鈑を引き裂きはじめたのだ。 スイロット・シップ 十回となく惑星調査や航路開発の探検船に乗りこんだが、その幕 ( ッチを固く締めつけ、さらに前方の部へ移ゑ操縦士のチ切れはいつもこれと同じだったような気がした。かれが宇宙技術者 として宇宙船に乗り組むようになってすでに百年を何年か過ぎてい ーと主任機関士の・ハク、宙航士のササの三つの体をかわるがわる引 きず 0 て前へ前へと移動する。船体があとどれだけもっかは予想もた。そのどれとも同じように、老アイアイは〈ルメットをはね上 つかなかった。脆性破壊による亀裂は今のところ一メートルをほ・ほげ、水を飲み、固形食物を口にほうりこんだ。紅茶の入っている電 三十分ほどのス。ヒードで進んでいるようだった。亀裂の入った部屋子バー 0 レーターは熱源が断たれたとみえ、すっかり冷えきってい には外部の水素や濃厚なアンモ = アの大気が渦まきあふれているこた。 チーたちの体からしだいに生気が失なわれていった。さっきま とだろう。それはあらゆる金属部分を腐蝕させ、。フラスチックやシ リコンを剥離させ変質させているにちがいなかった。五万トンの巨ではやわらかみをおびて握られていた両方のこぶしも、今では石塊 大な宇宙船《テンシャンⅢ》は今やぼろぼろの形骸と化しつつあつのように固くみにくく、宙をつかんでいた。気を失ったまま死へ陥 た。そしてその腐蝕はやがてたた一人、ここに生き残った老アイアちこんでいったとみえる。恵まれているというべきだった。 メインエンジ - 一ア ナビゲーター ノイズ 2
「どんな ? , フォンスの体に利用することはできない」 「こいつを生きかえらせよう。首の骨がおれているようたが、なん「他に方法は ? 」 とかなるだろう。ここには死体が三個もあるしー 「ない。おまえがあまりカを入れ過ぎたからだ。なにも首の骨がお 「うまくいくかな ? 」 れるまで投げつけることはあるまい」 「操縦士を生きかえらせなければ帰れないのだそ。何人使ってもよ「そんなことを云っているよりもどうしたらよいか考えろ」 いから操縦士一人を作るのだ。おれがやろう」 老アイアイはふいに首を上げた。水色のひとみがいよいよ淡く、 長年、辺境にあってなんでも自分でやらなければならなかった老そこになにものをもとどめていないまなざしだった。 宇宙技術者は、誰でもそのぐらいの技術は持っていた。一人一人が「リ = ウ」 すぐれた外科医であり、また万能医でなければならなかった。 「あ ? 」 左肩を射ぬかれた老アイアイは自分の左手は助手にまかせるつも「おれの首の骨をつげ」 りだった。医務室の手術台にアフォンスの体を横たえ、心臓環流装「だれの ? 」 メタボライザ 置、代謝調節装置などを手術台の周囲に隙間もないほど据えて、電「おれの」 気メスをとり上げた老アイアイのひたいは冷たい汗にぬれていた。 「どこへ ? 」 「大丈夫か ? 」 「おまえ聞いているのか」 「だまっていろ。うるさい」 「ああ。しかしそれではおまえが首無しになってしまうじゃない メタ飛ライザ その老アイアイ自体にも代謝調節装置がとりつけられ、しだいに 失われてゆくかれの生命の火をかきたてていた。 「おれはまだ生きている。アフォンスの組織にうまくつながるだろ 三十分が過ぎ、一時間が経過した。 う」 「頸骨の骨折によって脊髄神経が四カ所、挫耗している。この部分「だが、おまえの首の骨は誰のものをつなぐのだ ? 」 を交換しなければならないな」 「あるか ? 」 「つぶれた所をとりのそいて強電導性の蛋白性イオナイザーでつな「ない」 ぐことはできないか , 「じやはっきりしているじゃないか。さあ、いそごう」 「あれは冷却装置のよいのがないとだめなのだ。ここでは冷凍手術「まてよ。アイアイ」 もできないしー 老アイアイの目がそのときはじめて酷烈な光をたたえた。 老アイアイは両手を手術台についてがつくりと首をたれた。 「《ジイハ・フウェ・ジイハプウェ》も《テンシャンⅢ》もこの調査 「他の死体は硬直がきているからもう生体反応もないだろうし、ア計画には失敗するだろうとおれたちは思っていた。それは確信に近 パイ 0 ット か」 4 2
に、一人一人自己紹介をした。小人は絶えず動く目玉は別として、 ぎりいえば、問題にならん、ということなのだから。 身動きもせずに杖に寄りかかって、考えこんでいた。 ウイングロープは別の攻め手を考えて、、つこ。 しナ「なら、どうし 3 しばらくして、そいつは笛のような細い声で、「リフキン」と いて英語を話せるんだ ? 」 っこ 0 「ファーンできるからさ」わかりきったことを子供に教えるような 「なにはともあれ、こいつは喋れる」とドルイヤール。「め 0 けも調子で、リフキンがい 0 た。「わかるだろう ? おたがい同士の言 んだそ ! 手真似で話す七転八倒の苦しみを味わなくてすみそう語形態がファいンできなくて、どうして話し合えるんだい ? 」 モルプル だ。身振り手振りの蛇踊りはしんどいからな。さあ、おれたちがこ 「くそったれ ! 」だしぬけにドルイヤールが叫び、無意識にサール ア・シャク・サン・サ・シャンデル いつの言薬を習うか、こいつがおれたちのを習うかすればよい」 の真似をして、あたりをねめ回した。「各人各様ってわけかー 「わからんな」リフキンが完璧な英語でいった。「どうしてそんな「だれでも勝手次第 ! リフキンは恐るべき公平ぶりを発揮した。 必要がある ? 」 ドルイヤールは自分の髪の毛を一房引き抜くと、今度はしやがみ このショックは電撃的だった。宇宙生れの鈍感さもさすがに吹っこんで草を喰い始めた。・ とうやら、そうやって何かうつ憤を晴らし 飛んでしま 0 た。ドルイヤールは一フィートも跳び上り、サール艇ているらしい。次第にいらいらしながら、しばらくそれを眺めてい 長は銃を抜いて、またつつこみ、だれか腹話術を使ったのではない たサール艇長が、ついに堪忍袋の緒を切った。 かと、ねめ回した。マグワイアは噴射管から身を起し、もっと後の 「やめろ : : : そんなこと : : : するのは ! 」カをこめて一語ずつ句切 熱い部分に、うつかり触って腕を火傷し悲鳴を上げた。 りながら怒鳴って、重い長靴でかれを小突いた。ドルイヤールが立 ウ→ング 0 ープはし 0 かりと気を落ちつけ尋ねた。「おまえ、おち上ると、サールは尋ねた。「おい、今や 0 た一一板舌は、ありや何 れたちの言語様式がわかるのか ? 」 「もちろん」リフキンは子供のように無雑作にい 0 てのけると、ね「フランス語でさあ , ドルイヤールはう 0 とりとして、い 0 た。「わ じくれた杖で、ひなぎくに似た花を打ち落した。 たしの故郷のカナダでは、こいつを喋るんですーぼんやりと小人を 「どうしてまた ? 」サール艇長は部下の中に怪しい口の動かし 見ながら、「それを、この野郎、知ってやがるー 方をするものはいないか、まだ気を配りながら、 しいかけた。 「そんなもの、知るもんか」リフキンが異を唱えた。「習ったこと 指揮官を無視して、ウイングロープが断固として言薬を続けた。 もないものを、知っているわけがないじゃないか ! 」うんざりした 「ここでは英語を喋っているのか ? 」 といった様子で、鼻を一つ鳴らして、「ファ 1 ンしたんだよ」 「そんなばかな ! 」とリフキン。 「そういうことにしておこう . サールがびしりといい返した。「ど これには返す言薬もなかった。否定の意味でいっているのは明らうやって、ファーンするんだ ? ド かだ。事実〈そんなばかな〉というのは控え目ないい方でーー・・はっ 「そいつは難問だ , リフキンはとがった耳をひねって、 ーし / っこ 0
しつぼのお守りだけという、宮沢賢治の小説に出てきそして夜の町へとび出してしまう。 うな人物た。 このマウスの名前が原作の題名のアルジャノンなのだ このチャーリーに一人の女性が目を向ける。それは彼が実は密かに脳に新しい脳手術がなされていた。この手 4 が通っている夜間中学の教師をしているアリス・キ一一ア術のおかげでマウスの知能は飛躍的に高くなっている。 ン ( クレア・プルーム ) で、彼女は婚約者の心理学者フ結局チャーリーもこの手術を受けてみることになる。 手術の結果チャーリー の知能はすぐにはよくならなか ランク・ライリーに相談して、臨床精神病学者のアンナ 博士 ( リリア・スカラ ) とニマー博士 ( レオン・ジャニ った。しかし、日がたつにつれて、手術の効果が現われ ー ) にチャーリー を紹介する。一一人の男女の精神医はポてくる。どうしても発音できなかった″コレスポンディ ングみという単語がスラスラといえるようになったり 大伴昌司ストンの一角で = マー・ストラウス病院を開業しながら ( このエビンードはラストの悲しむべき破減の伏線にな 薬品や外科的手段で精薄の知能を上げる方法を研究して っている ) 。ハン工場の複雑な機械を一度で操作できたり いたのだ。 する。このあたりの演出は実にうまい。 毎年一本、心に残る映画を見る機会に恵まれる。 夜学ではスクールというつづりも書けないチャーリー チャーリーは初等教育を五週間で完了し、高等教育も 昨年はトリフォの「華氏四五一度』という映画史上は、この病院でいろいろなテストを受けたあと一匹の白 に残る傑作が系で地味に封切られたが、今年も近 いマウスと迷路学習の競走をさせられる。 三週間で終り、やがて大学院を卒業した中堅の科学者と 来まれにみる美しい映画が、小さなロードショウ劇 迷路学習というのはマウスを仕切りのある立体的な迷同等の知能をもつようになる。しかし知能は発達しても 場でひっそりと公開されている。 路に入れて、エサをおいた終着点まで走らせる学習テス感情がそれに伴わず、いろいろなトラ・フルが起ってくる。 それはラルフ・ネルソンが製作監督した『まごころをトで、マウスは試行錯誤をくりかえしたあと数回 君に』 (CHARLY 、イーストマンカラー・テクニスコ から数十回目には最短時間で終着点に行けるよう ープ ) 。一九六〇年第十八回のヒューゴー賞をうけた『アになるのだ。 ルジャノンに花東を』 ( ダニエル・キース作 ) の忠実な 映画化だ。 原題名 CHARLY は主人公のチャーリー・ゴードン度くりかえしてもマウスに勝てない。やがて失望 ( クリフ・ロ・ノ 、ートソン ) のことで、この 男の年令は三十七才にもなるのには しかない。いわゆる精薄とよばれる知 能のおくれた人間で、これ以上回復する 見込みはほとんどないのだが、それにも かかわらずチャーリーは夜学に通って、 なんとか字をおばえようとしている。性 質も天心爛漫で、雑役夫をしているパン 工場の仲間たちがタチの悪いイタズラを 仕向けてもけして怒らない。い冫 ち・まんの 楽しみが小さな子供とふざけたり、ポス トン市内を案内する観光スに乗ったり することで、ポストンの下町の坂道の多 いアパート町の四階の屋根うら部屋に一 人きりですんでいる。両親とは幼いとき に別れ別れになったらしく、チャーリー の全財産といえばすり切れた皮のジャン ・ハーと。ハンとハンチング帽とウサギの トータル・スコープ 『まごころを君に』より〔上〕死んだアルジャノ ン ( マウス ) を手にしたチャーリー〔下〕夜間中 学の教師キニアンに教わるチャーリー
コナシはヒョウのような敏捷さで動いた。そばの山と積まれた武だ。すばやく顎で合図すると、女をわきへ降ろし、うしろへ追いや 器のなかから自分の長剣をとりあげると、軽々と女をだきあげ、つ った。やわらかい芝草に膝をついて身体を起こしたオリヴィアは、 た類の這った壁に大口をあけている割れ目からすべるようにして脱悲鳴をあげてその恐ろしいものを見た。 出した。 崖のつくっている闇の陰から、巨大な一個のモンスターがのそり 二人の間にはことばは交わされなかった。男は両腕に女をかかのそりと這いだしたのである。造物主のつくったグロテスクな気慰 え、月光を浴びた芝原を横切りにかかった。男の鉄のような頸部へめといおうか、人間に似たかたちの恐怖動物であった。 腕をからめ、オフィルの女は眼をとじた。動くたびに、彼女の黒い 全体のかたちは人間に似ていないことはなかった。だが明るい月 ひろが 巻毛の頭が男の広い肩を揺籃にして、快く揺れた。なんともいえな光に浮きでたその顔貌は、頬のうしろに密着した耳といい、 い甘い安定した感覚が、彼女の全身にゆきわたっていった。 った鼻腔といい、象牙のような大キバを白くひからせている、ダブ まさしく獣にちがいなかっ 重荷をかかえているにもかかわらず、キンメリア人は台地をすみダフの厚い垂れ唇をつけた大口といし やかに通過した。オリヴィアが眼をあけてみると、彼らはいま崖の た。全身ぐしゃぐしゃの灰色の長毛におおわれ、ところどころに銀 陰の下を通っているのであった。 色の毛がまじり、それが月の光できらきらした。巨大で不格好な前 「さっき、変なものが崖をの・ほってきたのよ」彼女がささやいた。肢はほとんど地に着かんばかり。獣の図体はおどろくべき大きさで 「わたしが降りるとき、うしろでガサガサとの・ほってくる音が聞こあった。ガ = 股の短い後肢で立っと銃弾のように光った顱頂は、立 えたわ」 向うコナンの頸を抜きでていた。毛の密生した胸から巨人のような 「どうせ一か八か当ってみねばなるまい」コナンがうなった。 両肩への拡がりは、見ていて息をのむばかり。大きな両腕は節くれ 「わたしーーもう怖くないわ」と彼女は低声でうなずいた。 だった樹幹もかくやと思われる。 「おれを助けにきたときも怖がっていなかったな、おまえ。ちえ 月光のなかのその怪異な姿は、オリヴィアのくらみかけた眼には っ ! なんという日だったろう ! あんなひどい口論は聞いたこと ぼんやりとしか映らなかった。ああ、ではこれが苦難の旅路の終り がない。耳がおかしくなった。アラトスのやっ、おれの心臓をえぐ なのかー なぜといって、こんなすさまじい筋力をもった、凶暴そ さが りとるつもりでいたが、イワノスが反対した。イワノスを嫌ってい 冫しったいどんな生身の のものを性とした山のような巨獣の猛襲こ、、 たから、意地わるく反対したのだ。やつら一日中噛みついたり、唾人間が対抗できようか。だが彼女が恐怖に眼を張りさいて凝視して をかけあったりしていた。そのうちに海賊の野郎ども、すぐ酔っぱ いると、コナンは敢然とこれに立向った。彼女は、巨獣と青銅色の らってしまって、おれを殺すかどうするかの表決もおジャンになっ肌の男との間に、奇妙な類似を感じ、はっと息をつめた。これは人 獣の闘争というよりは、非情さと凶暴さにおいていずれ劣らない、 コナンがとっぜん、月光のなかで青銅の像のように立ちすくん野生そのものの生きもの二つの間の、食うか食われるかの死闘なの こ こ・こえ ー 25
明弾を打ち上げた。さしわたし四十フィートもありそうな黒い翼が るまでは、できるだけ于をひそめておく考えなのだ。後部スクリー ンで見ると、後ろの一台がロケット砲を発射したようだったが、確照らし出された。五〇口径機銃二門の五秒間斉射でそれは地上に墜 認はできなかった。建物を出発した直後から、僚車との無線連絡はち、二度と戻ってこなかった。 とだえてしまっている。 堅気の連中には、ここも〈呪いの横丁〉だろう。だが、ヘル・タ 突進してきた洪水が、車にぶつかってしぶきを上げた。空は野砲ナーにとっては、ここはまだ駐車場だった。この道を合計三十二回 演習場のように鳴動している。墓石ほども大きな岩が真正面に落下も通ったことのある彼にとって、〈横丁〉がほんとうに始まるの し、彼は急転回してそれをよけた。赤い閃光が空を北から南へと横は、むかしコロラドと呼ばれた土地からなのだ。 ぎる。その光りで、西から東にむかうおびただしい数の黒い帯が見タナーが先導し、二台がそれにつづき、そして研磨剤のような夜 が彼らにすりよってきた。 えた。気持のいい眺めではない。嵐はまだ何日もつづきそうだった。 前進をつづけ、放射能の溜まった窪地を迂回した。この道を通る飛行機はまったく役に立たない。あの戦争からこのかた、もう大 上空からは風が始まる。 のは四年ぶりだったが、まだそれは消えていなかった。 空に挑むものはたえてない。二百フィート やがて一行は、砂の融解してできたガラスの平原に出あった。横風。地球をぐるぐると周回し、山頂を、セコイア樹を、廃屋をもぎ クレーター 断を始めると同時に、彼はス。ヒードを落とし、弾孔と亀裂を警戒しとり、小鳥、コウモリ、昆虫、そして生きとし生けるもののすべて を死のベルトへとさらい上げる、おそるべき風。全世界に渦巻き、 ながら、前方に瞳をこらした。 さらに三回の落石の雨を見舞ったのち、ようやく空は二つに裂天空を漂流物の黒い線でかがり、ときには出会い、混じりあい、衝 け、むらさきの縁どりをした眩しい青がのぞいた。暗いカ 1 テンは突し、そしてその質量を支えきれなくったと見れば、えんりよな 両極にむかって巻きもどり、雷鳴と砲火に似た音は静まっていつく何トンという屍を地上に降らせる風。世界のどこへむかっても、 た。北には藤色の輝きが残り、緑色の太陽が地平にむかって沈ん航空輸送は不可能とわかりきっている。なぜなら、その風は地球を めぐりめぐりながら、 いっかな衰えを見せないからだ。タナ 1 の二 十五年間の記憶の中でも、一度としてそれがやんだことはない。 みどりの日没に斜線を切って、タナ 1 はひた走りに走った。砂塵 嵐は乗り切れた。彼は赤外ライトを消し、ゴーグルをずり上げ、 は雲のように降りつづけ、空はすみれ色からふたたび赤紫に戻った。 ふつうの夜間灯をつけた。 そこで太陽が沈み、夜が訪れ、星ぼしがそのすべての上のどこか だが、砂漠はそれ自体だけでも難物なのだ。 なにか大きい、コウモリに似たものが、前照灯の光のトンネルをで、ひどくかすかな光点をまたたかせた。しばらくして月が昇っ かいくぐって、姿を消した。彼はだまってそれを見送った。五分た。今夜のそれが見せた半欠けの顔は、ローソクにかざしたキャン 後、それはもっと近くで二度目の通過を試み、彼はマグネシウム照ディの瓶の色を思わせた。 4 6