ブラッドレー - みる会図書館


検索対象: SFマガジン 1969年9月号
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1. SFマガジン 1969年9月号

でもって、彼の腹や顔や胸をなでて行った。冠や腕輪が薄がりのだ。小部屋から出ると、両手も額も汗でぐっとり濡れ、呼吸は荒々 なかできらきらしていた。 しく、心臓の鼓動も早くなっていた。 さいごに、ヴェールがゆっくりと一枚一枚落ちて行った。乳房の技師二十人と監督、主演女優がこの製作者のまわりに駈けよって ふくらみが見えたし、充たされぬ欲情にくるおしい思いをしているきて、もどかしそうにぐるりと取り巻いた。ブラッドレーはソファ ーはどこだというようにぐるりと見まわした。「水が一杯ほしい のだろう、目の前で身もだえている手足の柔かさまでそれと分るほ な」といった。 どである。 そのあと、そっとするように冷たい、長々とひびくドラの音で踊空気椅子の背のもたれが広々と、後ろに傾斜したのにゆったりと りが中断された。音楽も止んだ。踊り子たちは、何か悪いことでも坐りこみ、汗をふいて深々と息をすった。技師がひとりみんなをか きわけて出て来ると、コップをさし出したが、プラッドレーは一息 した幽霊のようにそそくさと洞窟の奥に姿を消し、深い沈黙のなか に、豹のマントに身をくるんだ美しい尼僧が登場した。小さな足はであけてしまった。 はだしで、ビンク色をし、両手で長い空色のナイフをにぎりしめて「で、どうだい。君の感じでは」と監督が心配そうにたずねた。 ・フラッドレーは気むずかしい様子を見せ、首を横にふった。 いた。黒々と、ぞっとするほど深い感じの、よく動くその目は魂を 「びんと来ないな、グスタフスン」 さぐっているようだ。 ソフィア・パーロウはうなだれた。ブラッドレーはその片手に触 そのままいらいらしながら、どれだけ待たされたことか。ナイフ がもどかしいばかりにゆっくりと、いましめを切って行き、しっとれた。 「君のせいじゃないんだよ、ソフィア。君は実によかった。ぼくは り濡れて欲望を秘めた黒い大きな目がじっと彼を見つめ、その一 だね : : : ぼくは大女優にしか出せないような感じを味わわせてもら 方、この場にふさわしくないおしゃべり、ささやき、つぶやきが、 ったよ。ところが、ドリーム・フィルム全体として見るとだね、 おもねるような、へつらうような調子で彼の耳に達していた。 ーモニーに欠けてるし、だいたい・ハランスがとれ 祭壇の下まで引きずられて行った。豹のマントが下にすべり落いかげんだな、 ( ち、悩ましげに身体を横たえると、彼女は甘ったるい、それていててないよ : : : 」 「どこがいけないのかなあ , と監督がたずねた。 横柄な態度で彼を自分のところに招きよせるのであった。 「おい、グスタフスン。このフィルムはハーモニーに欠けてるって 音と影の渦巻く貝殻のようなこの洞窟のなかで、激しい息づかい いっただろうが、分らんのかね」 のうちに世界がゆれ動いていた。 ーモニーに欠けてる、バランスがとれ 「いや、それは分るんだ。ハ てないっていうんだろ。同感だよ、音楽はインドのもの、それも四 ・フラッドレーは装置をとめ、。フラスチックのヘルメットを脱い世紀前のだし、コスチ = ームは中央アフリカだもんな。でも、消費 8 7

2. SFマガジン 1969年9月号

ブラッドレーは片手を首のうしろにもって行った。 ・フラッドレーは両手を背中に組んで、ゆっくりと部屋を行ったり ーロウはソファーに横になったよう「もちろんだとも。モハグリは伸びるね、そう確信してるんだ : 来たりしていた。ソフィア・パ な姿勢であった。時々、片脚を伸ばしては、靴の先をじっと見つめ ていた。 「私の演技よりよくって ? 」 ブラッドレーは鼻を鳴らした。 。フラッドレーは一瞬、彼女の前に立ち止まった。 「君の質問は意味ないね : : : 」 「どうしたんだ、ソフィア。スランプ気味かい ? 」 「でも、私の話にはおかしいところなんかないでしよ。私たちふた 女は神経質な戸まどったような仕種をした。「スラン。フですっ りのうち、どちらがあなたの気に入っているのか、それを知りたい て ? 私が ? 」 だけなの。私、それともモア ? 」 「そうだよ。だからこそ、こうして事務室に呼んだりしたんだ。い 「やつばり・ほくはくりかえしていうけど、君の質問は馬鹿げてる 、、、、ぼくとしては君を相手に長々とお説教なんかしたくないん だ。ただ、今のような体制の基盤にある原理というものを忘れない し、常識がないよ、君がスランプ状態にあるんじゃないかという疑 でほしいだけなんだ。・ほくだって若造とはちがう、ソフィア。で、 惑、というより確信をますます深くするね。いいかい、君は追いこ 物ごとによっては、ちらりと兆しを見ただけで、たちまち全貌が分されるよ、ソフィア。女優っていうのはみんな、おそかれはやか ってしまうのさ。ねえ、ソフィア、君はいま空想を追っているんだれ、こうした階段を踏んで行くものさ。どうしても通らなければな よ」 らない段階だね : ・ ソフィア・パーロウは目をなかば閉じていたが、こんだは、牝猫「私が知りたいのはひとつだけよ、ブラッドレー。学校ではロにさ れなかったこと、誰も口にしていないこと。むかしのこと。どうだ のようにかっと見ひらいた。 ったの、むかしは。本当にみんな不幸だったの ? 」 「空想ですって ? 空想って何なの、ブラッドレー」 ブラッドレーはふたたびソファーのまわりを歩きはじめた。 「今もいったように、物ごとによっては、・ほくはすぐに分ってしま うんだ。君はいまスランプだよ、ソフィア。あの夢に反対する同盟「むかしは混沌そのものだった」 「フラッドレー。私が知りたいのはね、本当に不幸だったかどうか の阿呆どもが現在の社会体制をくつがえそうとして、やかましく宣 伝をしてまわっているけど、君のスランプがあの宣伝のせいだとしっていうこと , 男の方は困って両腕を開いた。 ても、無理はないと思うね , そのあてこすりがソフィアには通じないようだった。彼女はこう「ほくは知らないんだ、ソフィア。そのころはいなかったからね、 まだ生まれてなかったからだ。ひとつだけ確かなことがある。つま しー り、ある体制が確立されたというのは、客観的な条件がそれを認め 「モアの演技だけど、本当によかったの ? 」 8

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わってくださった方々にお礼をいっといてね。とりわけ、パイロッ た。そのテー。フが終りまで来ると、自動的にスイッチが切れた。 トの役をやった俳優さんにね : : : 」 ソフィアは再生器のヘルメットを脱いだ。こめかみに汗をかき、 心臓の鼓動は速くなり、身ぶるいが手足にひろがっていた。特に手「あれは新人だよ、有能な青年でね : 「よろしくいっておいて。とってもすてきな経験をしたわ。それか がふるえていた。どうしてもふるえを止めることができなかった。 こんなに激しく《夢》を体験したのが生まれて初めてなら、自分自ら、あなたにもお礼をいうわ、ブラッドレー。さそかし、大へんな かね 身が登場するドリーム・フィルムも初めてだった。さっそく、ブラ時間とお金がかかったんでしようね、このフィルムには。完璧だ わ。私のドリ 1 ム・フィルム・ライプラリの秀作を飾っておくとこ ッドレーに感謝しなければならなかった。 彼をテレビ電話に呼び出した。ところが、製作者の姿を見たとたろにしまうことにするわ」 ん、言葉が咽喉の奥につかえてしまった。感動のあまり口ごもった「冗談はやめておこう、ソフィア。君は支配階級の一員じゃない ドリーム・フィルムぐらい作ったってかまやしない、 か。個人用の のだ。そのあげくに泣き出したぐらいである。 あつらえ品をだね。ぼくら製作者はみんな、それぐらいのことはや ・フラッドレーはじっと待っていた。 「つまらんもんだが、取っといてくれ、ソフィア。冗談だと思ってってもいいんだ。いつだって、・ほくらはたがいに助けあってきたじ ゃないか、そうだろ ? ただし、ひとつだけ忘れないでいてほしい な。女優が最高の地位をきわめたら、ふつうとは違う報酬をもらえ ことがある」 る権利があるのだ。だから、それは受けとっておきたまえ、ソフィ ア。当然君が受けるべき満足は何でも手に入れるんだね。なにし「なあに、・フラッドレー」 「その秘蔵版だよ。。フレゼントであると同時に警告でもあるんだか ろ、この体制は完全なのだ。くつがえすことはできないんだ」 らね」 「そうね、・フラッドレー。私 : : : 」 「今に君は追いこされるよ、ソフィア。おそかれ早かれ、どの女優「いいわ、・フラッドレー。分っているつもりよ」 「これだけは忘れんでおいてくれたまえ。何ものも夢を乗りこえる にも起ることなんだ。乗りこえなければいけない最後の障害はいっ の場合も虚栄心なんだね。君にしても、男は夢などより本当は自分ことはできない。そして、反体制的な幻影が描けるのも夢の中だけ の方が好きだと思ってしまった、いちばん危険な異端に落ちたわけのことさ。五、六回見ればきっとその教訓が分るはずだから、そう だよ、ところが・ほくらはそれに気づいて助け舟を出したのさ。贈りしたら、秘蔵版は棄ててもらおう」 物という手を使ってだね。その秘蔵版があれば、危機ものり切るこ涙ながらにうなずいた。 「明日、試写室で会おう」 とができるはずだ」 「いいわ、試写室でね。おやすみ、ブラッドレー」 「そうね、・フラッドレー。技師の人たちやカメラマン、監督にお礼 このドリ 1 ム・フィルムの製作にくわ「おやすみ、ソフィア」 をいっておいてちょうだい、 8 9

4. SFマガジン 1969年9月号

者はそんな細かい点に注意しないぜ、消費者が関心をもつのは : ・全力をふるって : ・ : ・」 「それそれ、そこのとこなんだな、グスタフスンがしくじったの 「グスタフスン。消費者は常に正しいんだ、それを忘れないでくれは。このドリーム・フィルムのクライマックスはラストシ 1 ン、尼 よ。それはともかくとして、問題は音楽とかコスチュ 1 ムじゃな僧が主人公を誘惑するところにある。ほかのシーンは全部そえもの 難点は別にあるんだよ。こんなドリーム・フィルムじゃ雄牛のさ、つまみというか、準備としての値打ちさえあればいいんだ。 ( 神経系統たってふっ切れてしまうぜ」 イライトばかりつめこんだドリーム・フィルムなんてできっこない よ・ グスタフスンは眉をひそめた。 「スクリ。フトを見せてくれ」とブラッドレーがいった。「それから美術技師の方を向いた。 美術技師を呼ぶんだ」 「モニターの感度は幾つになってる ? 」 何か考えごとをまとめようというのか、わけの分らない言葉をぶ 「アロアとのシーンですか ? 」 つぶついいながら、あちこちページをひろい読みしていた。 「そう、アロアとのシーンだ」 「要するに」と、いきなり本を閉じると、やっとこう、つこ。 しナ「フ 「八四・五です」 イルムはカヌ 1 で遠征するところから始まるんだな、主人公は未知「ラストのシーンは ? 」 の敵地で孤独だ、川にすむワニと闘ってカヌーは沈む。それから、 「九七をちょっと下回っています , かなり骨を折ってジャングルに分け入り、土人相手に荒つぼい肉弾・フラッドレーは首をかいた。 戦がある。主人公はあばら家に閉じこめられるが、夜になって酋長「理論的にはこれでよさそうな気もするが、実際には絶対にいかん の娘のア 0 アが入 0 て来て、彼を助け、寺院に行く案内図をわたしのだな。今朝、最初の部分のシーンをひとつひとっ吟味してみた。 てくれる。それから月光をあびてアロアとの濡れ場。そうだ、モアどれも完璧だ。しかし、アロアが主人公に身体を許すあの岸辺でフ ・モハグリはどこだい , イルムが終っているわけではない。さっき見たように、そのあとに 技師たちと監督が脇に遠慮すると、背の高い、彫像のように均整うっとりするようなシーンがあるんだね。おまけにジャングルを行 のとれたソマリーランド出身の娘が進み出た。 くところがあれば、寺院の奴隷を相手に格闘するところもある。と 「君もだ、モア、とってもよかったよ。ただし、あのシ 1 ンは取りころが、フィルムもこのあたりまで来るとだね、さすがの消費者も 直さなくちゃならんねー 消耗してしまう。感覚的な反応が最低になるんだな。処女たちのエ 「取り直しですか」とモアは大きな声を出した。「もちろん百回く口踊りでも問題が完全に片づくわけではない。ぼくはこのフィルム りかえしたってかまいません、でもそれで結果がよくなるものかどを二度も経験してみたんだ、それでソフアとの濡れ場は細かいテク 9 うか。とにかく、とことんまでやってみます、プラッドレ 1 さん、 ニックまでちゃんと分ってるつもりだ。それにしてもだね、絶対的

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な数値と相対的な値は混同しないことだ。しかも、問題なのはこ しいかい、モア。君の成功のチャンスを奪おうなんていう気持は の相対的な数値の方なんだ。今のままのシーンでモンタージ = をやさらさらないんだぜ。君には才能がある、それはちゃんと分ってい 8 ってみたまえ、最後のシ 1 ンの感度は四十にもならないぜ、それるんだ。岸辺のシーンは熱意がこもっているし、工夫もこらしてあ も、ソフィアの熱演にもかかわらずだね」 るね、無邪気で原始的な情熱があゑこれはきっと消費者を魅了す 「フラッドレ ] 」と監督がおがむようこ、つこ。 冫しナ「どうもあんたはると思うよ。実にみごとだった、モア。しかし、。ほくとしては一本 大げさすぎるよ」 何百万もかかるフィルムを台無しにはできないんだ、わかってもら 「別に大げさでいってやしない」と製作者が喧嘩ごしにいいかえしえるね。君に主役をやってもらうようなフィルムを二本ばかり、製 た。「くりかえしていうけどラストシーンは傑作さ、でも消費があ作の方の同僚に話しておこう。とにかく、原始的な環境を舞台にし そこまで来たときにはもう疲れてるよ、満足しきってるんだな、ちたドリーム・フィルムに夢中な人たちが何百万もいるんでね、君だ ようどどんなにうまい果物でも無理に押しつけられるとまずくなるって爆発的な成功を見ると思うよ、約東しても、 しい。ただ、今は駄 目だ、その時じゃない : のと同じたね。、、、、 ししカグスタフスン、ソフィアが奇蹟を起してく れるなんて、そんなことを当てにしたら駄目だぜ、人間の神経系統ブラッドレ ] は立ち上った。ぐったりしていた、脚も弱って、ふ らふらになっていた。 なんてそれなりの限界と法則がちゃんとあるんだからね」 「頼むそ、グスタフスン。奴隷と格闘するシーンもひかえめにして 「じゃあ、どうすればいいんだ」 「ぼくの話をよく聞いてくれよ、グスタフスン。なにしろ二十五年くれ。動きが多すぎるし、暴力過剰だよ。神経エネルギーの消耗も 間監督をやってきたこのぼくだ、製作者としても六年になる。君に大へんなものだ : 忠告してもいいだけの充分な経験があると自分でも思っているん技師たちに取りまかれ、よろめきながら歩き出した。 だ。このドリーム・フィルムをこのまま出すというんなら、・ほくと「ソフィアはどこだね」部屋の奥まで行ったところで、たずねた。 ソフィア・バーロウがにつこり微笑みかけた。 してはハンコを押さないぜ。押せないね。大衆の不満を買うばかり じゃない、 「ぼくの事務所へおいで」とブラッドレーがいった。「話しておく ソフィア・。ハーロウのような女優をスターの座から追い ことがあるんだ」 落す危険さえあるんだ。いいかい、 よく聞いてくれよ、全部のシー ンの迫力をラストシーン以下に押さえるんた、アロアとの濡れ場は カットしよう、ただのエロチックなエピソードにしてしまうんだな 「ということだな、別に目新しいことをいっているわけじゃない、 モア・モハグリは怒ったような素ぶりをみせた。。 フラッドーレは昔ながらの陳腐な言葉さ、学校でも、養成所でもいやというぐらい その手首をにぎって、ソファーの肘掛けにむりやり坐らせた。 聞いているはずだ。それでも、やつばり味わうべき言葉だろうな」

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よ。だが、その現象も短期間のことだった。一九五六年に科学者たするような乱痴気さわぎをやる奴だってさ。ノーフォーク社は依頼 ちは脳に快楽の中枢があることを発見してだね、大脳皮質のある部を受けつけたけど、ウォルフリード の正体がばれたら、まずいこと 分に電気ショックを与えて、強烈な快楽の反応を得る実験をやってになるだろうな」 ソフィア・ みたんだ。この発見の恩恵が大衆のものとなるまでに二十年かかっ 1 ロウがすっくと立ち上った。「嘘でしよ、プラッ たわけさ。観客が部分的に参加した最初の三次元映画の映写が、知ドレー。わざと嘘をついているのね、恥知らず」 的映画に死刑を宣告したんだな。その観客も今では香りや情緒まで「ところが、証拠があるんだよ、ソフィア。夢に反対する同盟って 感じとるし、部分的にせよスクリーンで起っていることに同化できのはね、狂信的な傾向のある人たちゃ、不治の憂うつ病患者、懐古 るようになった。経済全体も前例のないような混乱を経験した。な趣味者という連中から金をだまし取る組織なんだ。おそらく基盤に にしろ、快楽、ぜいたく、権力というものに飢えていた人類が、わは宗教的感情の残り滓といったものがあるかもしれない、けれど、 ずかな金額を払うだけで、そうした欲望を充たせるようになったん組織のトップには私利私欲が渦巻いているだけさ」 だからね」 ソフィアは今にも泣き出しそうになった。プラッドレーは心配そ 「じゃあ、ドリーム・フィルムは ? こ うに彼女のそばへ行き、いたわるように両手を肩に置いた。 「もう考えないことだね、ソフィア」 「ドリーム・フィルムが完全な形で姿を現したのはさらに数年後の ことだよ。夢をしのぐほどの現実はないということ、観客にはそれ彼女を机のところまで抱えるように連れて行き、引き出しをあけ がすぐに納得できたんだ。こうして、スクリ】ンの出来事に完全にて、四角い、平らな小さなケースを取り出した。 参加できるようになると、自然界の竸争は滑稽にみえるし、いっさ「持って行きたまえ」と・フラッドレーがいった。 いの謀反は無益なものになってしまった。これが今の体制なんだ「何かしら」 よ、ソフィア。だから、君の一時的なスランプぐらいではこの体制「プレゼントだよ」 をくつがえすことはとうていできっこない、ましてやあの自然主義「私に ? 」 者連中の芝居がかった呼びかけなんか問題にならんよ。あの思慮の 「そうだ、このことで事務室に来てもらったんだ。君はわがプロダ ない連中ときたら、最初から的を外れた思想を勝利させようと基金クション会社のために二十本もドリーム・フィルムを取っている : の募集なんかやってるけど、あんなの本当は自分の個人的な利益を いわば大へんな業績だ。会社がこうして贈り物をするというの 得るだけが狙いなんだぜ。おかしくないかい ? 先週も夢に反対すも、とにもかくにも君の功績を認めたからなんだ : ・ : ・」 る同盟のポスのひとりへルマン・ウエルフリードがノーフォーク社ソフィアはその包みを開けようとしかけた。 の事務所に出かけて行ったんだ。なぜか分る ? 個人用のド丿ム 「ああ、そのまま、そのまま」と・フラッドレーが口を出した。「家 3 ・フィルムを注文に行ったんだ、有名な女優五人が、胸のわくわくで開けたまえ。まあ、帰っていいよ、ぼくはまだまだやることがあ かね

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八十億の人類がせま苦しい住居に孤立し、ビタミンのエキスと大「何の用なの ? 」眠くて声にならない声でソフィアがいった。「そ 豆の粉で栄養をとりながら、みじめな蜂の巣暮らしをしていた。それにしても何時かしら」 して、事実、ほかには何も消費する必要を感じていなかったのであ「正午だよ。目をさますんだ、君、サンフランシスコへ行かなくち る。すでに市場を失った消費財産業はかなり前から金融グル 1 プに ゃならないんだぜ」 見放されていた。金融グループは今では、本当に必要とされている「サンフランシスコですって ? ねえ、あなた気はたしかなの ? 」 唯一の商品、ドリーム・フィルムの製作に資金を注ぐようになって「ノーフォークと合作の契約があるんだ。せ、ソフィア。こんどの月 曜日ってことだが、とにかく時間が迫ってるんだ。すぐ来てほしい 明るい照明のしてある掲示板の方を見上げて、彼女は自己嫌悪にそうだ」 「でも、まだ寝てるのよ、こわい夢を見てしまって。出発は明日に 落ちてしまった数字が明確に語っていた。売行きを示す掲示板は 雄弁そのものであった。彼女は人気の先端を行く女優だった。最もするわ、ブラッドレー」 しュ / 「ノ 「服を着たまえ」と製作者は乾いた口調できつばりと、つこ。 需要の多いドリ 1 ム・フィルム、それは彼女のだったのである。 1 フォークのジェットが西空港で待ってるからな。時間を無駄にす ソフィアは売店を出た。うなだれ、ゆっくりと気のりのしない足 どりで家路についた。彼女とも知らずに、こちらへ向かって来るこるなよ」 の男性の群をどう判断したらいいのか、彼女には分らなかった。い 鼻を鳴らした。そんな臨時の仕事は予定になかった。一日、思い ったい彼女の奴隷なのか、それとも、彼女の主人なのだろうか ? つきり休憩するつもりでいたのだ。 いまだに目が開かないまま、べッドから転り出ると、浴室でだる そうな、お・ほっかない手つきで裸になった。冷たいシャワ 1 が金属 テレビ電話が鳴っていた。黒いビロードのような深みを光の線が的な感じの水を吹き出し、彼女はぶるっとふるえた。身体をふく 走っていた。ベルもひびいていたが、これは眠気の去らぬ青白い朝と、大いそぎで服を着て、走るように家をとび出た。 空に尖塔を突き立てている崇高な大伽藍から聞こえてくるようだっ ノーフォークの仕事のやり方は知っていた。あそこの連中は気難 しかった。。フラッドレー以上である。最高にうまく撮れたシーンに ソフィアはボタンをさがして片手を伸ばした。 でもたちまちのうちに欠点を見つけてしまう。これはもう毎度のこ 赤い蛇が一匹、スクリーンをのたくっているような、そんな線のとであった。 動きがためらいがちになり、一瞬、爆発したかと思うぐらい明るく 八分後にヘリタクシ 1 が彼女を空港の入口に下した。自家用機の なったが、最後にすっと消えて行き、そのあとの画面に・フラドレー滑走路に通じる通用口に入って、ジェット機はどこだろうと見まわ した。 の姿が浮かび上った。 こ 0 0 9

8. SFマガジン 1969年9月号

。坊や、ほらあなたのお友だち、あのステージで馬鹿げたこと嘘だというようなことがあるだろうか。びよ 0 とすると、あの弁土 を並べたててるわ」 や講師といった人たちが主張している話冫 : こよ真理が入っているので 8 「馬鹿げたことじゃありません」と青年がいいかえした。「美徳はよよ、 冫オしか、この世は骨の髄まで腐っていて、ほんの少数の聡明な人 習性です。ぼくだって・ : : ・」 たちが、この恐怖を見たり、この退廃ぶりを見ぬいたりする日を待 っていないのではないか 「だめよ、あなたにできっこないわ。できないのはね、私を欲しく ないからだし、私を欲しくないのは、この私が本物の、真の、生き人間はふたつに分けられる。そしてそのどちらか一方に落ちつい た人間だからよ、 いってみれば代用品だからね、ほんのわずかなおてきたのだ。一方は製作者の階級、権力をほしいままにする階級で 金で手に入るあのテー。フの代用品だからよ。それに、あなたの方は彼女自身、女優の資格でこの階級に属している。もう一方は消費者 どう ? 私に何をくれることができて ? おめでたくて、図々しというおとなしい盲目の群で、孤独と薄暗がりにあこがれる男女、 い、小僧っ子の低能さん」 自分の夢という唾液を吐いて、その中で身動きがならなくなってい 「とにかく・ほくの話を聞いてください、頼みますよ : : : 」 るカイコたち、何ひとっすることがないため、それがたたって血の 「さようなら」ソフィアはそうそうに切り上げた。そして散歩をつ気を失ない、真青な顔をしている幽霊たちである。 づけたのである。 ソフィアは試験管生まれだった。つまり人なみということであ あの青年にぶつつけた言葉はきっすぎた。なんにもならないのにる。自分の母親が誰か知らなかった。何百万という女たちが月に一 喧嘩ごしで受けこたえをしたりして。ああいうさそいを断わるのた度生命銀行に出かけ、何百万という男たちが夢でオルガスムに達 ったら、ほかの通行人がやっているように、ごく自然に上品にできし、精子を銀行にあずける。銀行はこれを選択し、厳密な遺伝学上 たはずである。というか、せめて悠々と微笑を浮かべてやればよかの判断にもとづいて利用する。婚姻は古風な習慣となっていた。ソ ドリーム・ガール 0 た。要するにあの青年は善意でやったことなのだ。それを侮辱フィアは夢の娘であった、夢のなかで女優と関係したどこの誰と し、傷つけるような権利がはたして彼女にあるだろうか。善意、そも知れぬ男の娘であった。四十歳以上の男なら誰もが父親であり得 れは分る。だが、上層部はどうだろう。プラッドレーが何度も強調たし、四十歳から八十歳までの女なら誰もが母親であり得たわけ していたことだが、夢に反対する同盟の指導者たちは下司の集まり だというではないかもっとも、フラッドレー がいつも嘘ばかりつ若いころはこのことを考えるたびに不安な思いをしたが、しだい いているとしたら ? に慣れて行った。ところが最近になって、若いころの疑惑や悩みが この疑惑はここ数週間、彼女を苦しめてきたのだ。広場のあの議ふたたび頭をもたげてきた。彼女が衰弱する瞬間を待って辛抱強く 論、塀に張 0 てある声明文、宣伝パンフレット、同盟の活動家と自飛びまわ 0 ている ( ゲタカのようである。道の道中で彼女を引きと 然な性交を経験しようという公然とした呼びかけ = = = 。それが全鄙めたあの青年は何者だろう。すぐれた人種のチャンピオンか、それ

9. SFマガジン 1969年9月号

たことなんだ。最も単純な事実を君に知ってほしいな、つまり、テた。 クノロジイはわれわれのすべての欲望、最も秘められた欲望の実現「映画は二十世紀の初めに発達し始めた。最初は白いスクリーンの を可能にしたということをだね。技術、進歩、手段の完全さ、ぼく上を動くだけの二次元的な映像だったんだね。その後、トーキー らの頭脳、・ほくらの《自我》の正確な知識 : : : これはすべて現実的ワイドスクリーン、カラー写真が導入された。特別の映写像に多 だし、具体的なんだ。だから、ぼくらの夢もまた現実なんだね。ソ勢、客が集められてだね、見たり聞いたりしたものの、フィルムを フィア、忘れてほしくないんだが、ドリーム・フィルムが便利な、感じとるということはできなかった。想像力をはたらかして、映画 代用品として道具の働らきをするのは、ごくまれな場合だけなんの中の出来事に参加したように錯覚するのがせいぜいだったのさ。 だ。まず、たいていの場合、ドリーム・フィルムはそれ自体がもうもちろん映画は代用品だった、観客の情欲や冒険趣味をそそる文字 目的なんだよ、ついこの間、ぼくが君の肉体や言葉や香りを楽しん通り人工の トリックだった。ところが当時でさえも、映画は心理的 だ、あれと同じことさ」 Ⅱ社会的改革の最も強力な手段だったのだ。その頃の女たちは身ぶ 「そうね、でもやつばり人工的でしょ : りや声の抑揚、服装などで女優をまねなければと感じていた。男だ 「なるほど、ところが・ほくは人工的なんてことには気づかなかった ってそれに負けず劣らずだね。映画を軸にした生き方があったわけ ね。それに、言葉の意味からして広くなってきているよ。君は人工さ。まず経済がそれに左右されるようになったね。衣類、自動車、 的という言葉を二世紀まえのあの軽蔑した意味で使っているね。と快適な住いといった消費戦に対するすさまじい需要は、人間が持っ ころが今では違うんだ、今では人工的な製品はもう代用品なんかじて生まれた本来の欲求のせいもあろうが、同時に、なんといって ゃないんだ、ソフィア。螢光灯だってうまく調整すれば太陽より明も、日々刻々、消費者を刺激し、誘惑しているあの疲れを知らぬ容 るい光を出す。ドリーム・フィルムだって同じことさー 赦ない宣伝のせいでもあるんだ。映画的な宣伝。そのときから、人 ソフィア・バーロウは爪を見つめた。 はもう夢にあこがれていた、昼も夜も夢に取りつかれていたんだ 「いっから始まったの、・フラッドレー」 な、ただ、それを実現するまでにはまだまだ長い道のりがあったわ 「何が」 けさ」 「いまの体制よ」 「本当にみんな不幸だったの ? 」 「八五年かそこらになるだろう、そんなこと知ってるはずじゃない 「くりかえしていうけど、・ほくは知らないんだ。発展段階を君に説 明しているだけさ。二十世紀のなかばにはもうすでにスタンダート 「知ってるわよ、ただ、私は『夢』の話をしてたの。、 な女性、スタンダードな情況というものが存在していたんだ。その つから人間は現実より夢の方が好きになりだしたの ? 当時にだね、思想の交流や大衆の教化の手段として文化映画、イデ ・フラッドレーは考えごとをまとめようというように額に皺をよせオロギー映画を試作し、成功した監督、製作者がいたのは事実だ

10. SFマガジン 1969年9月号

しいなりにたってきまし夢という迷路の囚んでした。何年も 0 スデージ中央でヌードになると、それまで立ぢ止まったまま待 間、おたがい同士の間に交流のない孤独の真暗闇を模索してきましっていた少数の人たちまで歩き出した。笑う者もいれば、当てがは た。市民諸君、私は諸君を自由な身分に招待いたします。自由は美ずれたというように首をふっているのもいた。 徳であり、美徳は習性であります。われわれは自然をあまりにもあ夢に反対する同盟の娘たちは道行く人をとめて、おろかにも、相 ざむいてまいりました。今こそわれわれは、精神の完全な、決定的手の気を引こうと媚びを売りながら、乳房を突き出して近づいて行 な死がおそってくるまえに避難しなければなりません : : : 」 こういった議論をこれまで何度聞いてきたことか。夢に反対する ソフィアは足をはやめた。だが、誰かが彼女の腕をとった。背の 同盟の宣伝は味気なく、彼女はいつも心からいら立ちを覚えてい高い、若い陽やけした男で、黒いじっと動かない目で彼女を見つめ た。ところが、いまになって彼女は当惑ぎみだった。おそらく自分ていた。 が女優だったからだろう。広場の弁士たちが罪悪、堕落について吹「何の用 ? 」 聴するとき、消費者の群衆にむかって《夢》を破壊せよと煽動する青年は作業服の胸のあたりにつけている紫色の紋章を指さした。 ときも、彼女はその非難が特に直接自分に向けられているように感「夢に反対する同盟の者です」といった。 じ、体制全体の責任が自分にあるように思えるのだった。おそらく「それで ? 何のご用 ? 」 弁士たちの誇張した口調の背後に何か真実につながるものがあった「申しあげたいことがあります」 のだろう。おそらく学校ではすべてを教えてくれたわけではなかっ 「お話しなさい」 たし、プラッドレーはまちがっていたのかもしれない。 「今晩、ごいっしよしませんか」 ステージでは肥った男が興奮気味で、拳で木のデスクを叩き、顔ソフィアは笑い出した。 - し / 、カ一口 オ唯ひとり聞くものはなく歩い 「あなといっしょにですって。それはまたどうして ? どんないい て行った。 ことがあるのかしら」 と、そのステージの袖からヴ = ールをかぶった娘が出て来たと青年は自信と優越感をないまぜにした辛抱強い微笑を無理に浮か き、群衆のなかには一瞬立ち止まったものもいた。スビーカーからべてみせた。こういう種類の反論には明らかに慣れつこになってい 古代オリエントの音楽が流れていた。娘は踊りながらヴ = ールを脱た。 ぎ始めた。美しく、はちきれる若さだった。身のこなしはぎごちな「別にいいことはありません」と当惑の様子もなく認めた。「た さそうでいて、実は軽く、調和が取れていた。 ど、ぼくらの義務で : ・ : ・」 「趣味でや 0 ているのね」とソフィアはひとり言をい 0 た。「女優「やめてちょうだい。自然な性交を取りもどそうと、心配していた になりそこねたのかな : : : 」 だくのはいいけど、結局ひと晩中、悪口をいいあうことになってよ