スミスはいつまでも後生大事に着込んでいるといった感じの・ほろほうに向かってまっしぐらに突進しはじめた。ボゴマゾフはライフ ルを肩に吊したまま、その方角に走りだしながら、火線の守備隊員 ぼろの飛行服のポケットに両手を突っ込みーー・彼は手袋をしていな かった かたわらに立ってながめていた。ボゴマゾフが照準用望何名かを手招きし、あとのものたちへは大声で、こう命令した。 遠鏡付きの狙撃兵用ライフルを小脇にして、そばを通り過ぎたと「どこまでもちかづいてくる奴だけを撃て ! 弾薬を節約するんだ き、スミスは言った。「射撃にかけては、こう見えても昔は一流の 盗賊たちは岸辺に達すると、たじろぐ馬を叱咜して強引に駈け出 腕前をーー」 「どけ、邪魔だ ! 」共産党員は噛みつくように言った。彼は四つんさせ、わあっと鬨の声をあげながら、ノヴォセリエの側面に襲いか 這いになり、家並みの向こうの開けた斜面に這い出して、身を横たかってきた。彼らはあきらかに、家畜の柵囲いを狙っていた。囲い えたまま、注意深く銃の照準を定めた。防御線の後ろでは、イワノの柵を破り、ウシたちを追い出すつもりなのだ。だがその目標の柵 フがあっちこっちと、ちょこまか駈けまわり、こう命令を繰り返しにあわや彼らがたどりつこうとした寸前、ノヴォセリエ側の弾丸が ていた。「まだ撃つなよ、そして撃っときは前に出ている馬どもを彼らの頭上に雨あられと降り注ぎはじめた。騎手の一人が鞍の上で 狙うんだ。相手は人間にくらべて馬の数がすくない。前線に出るとキリキリ舞いしたかと思うと、凍てた地面にころげ落ち、馬の一頭 危いということをいちどわからせてやれば、まもなく前線は崩れてがつんのめるように倒れて、その乗り手を下敷きにしてしまった。 しまうものなのだ : ほかの連中はすっかり気を挫かれたとみえ、くるりと向きなおって 馬蹄の虚ろな音が静けさを破って、はっきりと聞えてきた。ボゴ退却しはじめた。 ボゴマゾフが。ヒストルを手に、戦果を確認しに出てきた。撃たれ マゾフのライフルが火を吹き、先頭の馬が後脚で突っ立って、乗り 手を放り出した。馬は後脚で氷を蹴ってあがいた。ボゴマゾフが身た男はすでに死んでいた。ボゴマゾフは冷静に狙いを定めて二度、 体をくねらせて這い戻ると、家並みに沿った防御線から、いっせい引金を引き、最初の一発では、もはや助かる見込みのない激しく喘 に銃撃の火蓋が切られた。騎手たちは氷の上で散開し、鞍の上で身ぐ馬を、そして二発目では、その馬の下敷きになって気を失ってい を伏せると早駈けに移って、撃ち返してきた。跳弾がヒュ 1 ン、ヒる騎手を射ち殺した。 ュ 1 ンと村の空気をつん裂いて飛び、壁や屋根からさかんにこつば 彼は部下たちに言った。「きやつらは繰り返し、攻撃をかけてく をへぎ取った。 るかもしれん。さっそく監視の体制を確立せにゃなるまい , だが、盗賊の側は一回の敗北で充分に懲りてしまったようだっ 盗賊の一部は傷つき、あるいは落馬した仲間とその馬を曳きずつ て河岸の方へ後退することに大わらわだったが、右手のずっと離れた。村人たちは河の向う側の動静を不安な思いで一時間余り、じっ たところで一握りの騎手たちが突如、無茶苦茶な襲撃に移り、ギシと窺っていたが、やがて敵が荷車を中に騎馬と徒歩の両方の兵員を ギシと呻き声をあげる氷の上を走りわたると、村の上手の堤の低い 一カ所にまとめ、ふたたび行軍の隊列を組んで、しずかに南を指し
ブラッドレーは片手を首のうしろにもって行った。 ・フラッドレーは両手を背中に組んで、ゆっくりと部屋を行ったり ーロウはソファーに横になったよう「もちろんだとも。モハグリは伸びるね、そう確信してるんだ : 来たりしていた。ソフィア・パ な姿勢であった。時々、片脚を伸ばしては、靴の先をじっと見つめ ていた。 「私の演技よりよくって ? 」 ブラッドレーは鼻を鳴らした。 。フラッドレーは一瞬、彼女の前に立ち止まった。 「君の質問は意味ないね : : : 」 「どうしたんだ、ソフィア。スランプ気味かい ? 」 「でも、私の話にはおかしいところなんかないでしよ。私たちふた 女は神経質な戸まどったような仕種をした。「スラン。フですっ りのうち、どちらがあなたの気に入っているのか、それを知りたい て ? 私が ? 」 だけなの。私、それともモア ? 」 「そうだよ。だからこそ、こうして事務室に呼んだりしたんだ。い 「やつばり・ほくはくりかえしていうけど、君の質問は馬鹿げてる 、、、、ぼくとしては君を相手に長々とお説教なんかしたくないん だ。ただ、今のような体制の基盤にある原理というものを忘れない し、常識がないよ、君がスランプ状態にあるんじゃないかという疑 でほしいだけなんだ。・ほくだって若造とはちがう、ソフィア。で、 惑、というより確信をますます深くするね。いいかい、君は追いこ 物ごとによっては、ちらりと兆しを見ただけで、たちまち全貌が分されるよ、ソフィア。女優っていうのはみんな、おそかれはやか ってしまうのさ。ねえ、ソフィア、君はいま空想を追っているんだれ、こうした階段を踏んで行くものさ。どうしても通らなければな よ」 らない段階だね : ・ ソフィア・パーロウは目をなかば閉じていたが、こんだは、牝猫「私が知りたいのはひとつだけよ、ブラッドレー。学校ではロにさ れなかったこと、誰も口にしていないこと。むかしのこと。どうだ のようにかっと見ひらいた。 ったの、むかしは。本当にみんな不幸だったの ? 」 「空想ですって ? 空想って何なの、ブラッドレー」 ブラッドレーはふたたびソファーのまわりを歩きはじめた。 「今もいったように、物ごとによっては、・ほくはすぐに分ってしま うんだ。君はいまスランプだよ、ソフィア。あの夢に反対する同盟「むかしは混沌そのものだった」 「フラッドレー。私が知りたいのはね、本当に不幸だったかどうか の阿呆どもが現在の社会体制をくつがえそうとして、やかましく宣 伝をしてまわっているけど、君のスランプがあの宣伝のせいだとしっていうこと , 男の方は困って両腕を開いた。 ても、無理はないと思うね , そのあてこすりがソフィアには通じないようだった。彼女はこう「ほくは知らないんだ、ソフィア。そのころはいなかったからね、 まだ生まれてなかったからだ。ひとつだけ確かなことがある。つま しー り、ある体制が確立されたというのは、客観的な条件がそれを認め 「モアの演技だけど、本当によかったの ? 」 8
んいいかを考えていると、背後で、「おおっ」とさけぶ驚きの声が「ちょっと待て」最初にボゴマゾフを発見した、ひげもじゃの大柄 な男が太い声でいった。「ますそっちから名をなのって、用件を言 ったらどうなんだ ? 」男は見知らぬ相手のさぐるような冷たい視線 忍び入った男は本能的にゴロリと片がわへ身体をころがし、ビス トルを抜き持った。そして見ると、さけんだ男は何ャ 1 ドか向こうを浴び、落着かなげに、しきりと足の位置を踏みかえていたが、煮 にいて、へつびり腰でちかくの小屋の群れの方へ後ずさりしはじめえ切らない挑戦の態度とでもいったものを維持することにはどうに ていた。みすぼらしいなりの、ずんぐりした男で、幅の広い顔はひか成功していた。 「わたしの名はさしあたって問題ではない」ボゴマゾフはゆっくり げもじゃだが、なによりも重要なのは、その男が武器を手にしてい と言った。「問題なのはわたしが共産党員であるということだ」 なかったことだ。ボゴマゾフはすでに心を決めた。。ヒストルをホル スターにおさめながら、彼は立ち上がり、鋭く声をかけた。「止ま彼はとたんに空気がこわばり、電流のように緊張の流れが起こる のを感じるとともに、彼に注がれた二十いくつの目に胡散臭げな表 その命令口調の声に、相手はその場に凍りついたようになり、武情がひろがるのを見た。そしてボゴマゾフ自身も、はた目には気を 器を帯びたカカシそっくりの人間を無言で、じっと見返した。遠くゆるめ、冷静でいるようにみえたが、心の中は渦巻きばねのように バラ。ハラと駈けよって緊張し切っていた。彼の手はびそかにピストルの台尻のそばをまさ でバタンとドアの開く音がしたかと思うと、 くる跫音が聞えてきた。ボゴマゾフは半ダース余りの男や少年たちぐっていた。 これはすでにサイコロが投げられたということだった。一連の大 がちかづいてきて、最初の男のすぐそばで立ちどまるのを、身震い ひとっせず見まもっていた。まるで目に見えない塁壁の上につっ立災害のあとを襲った狂気と絶望の嵐、今なおつづいているその嵐の ってでもいるみたいだった。男たちの中にはライフル銃をたずさえさなかで、共産党員たちが当然その命令に従わねばならぬ者たちの ているのが二人いたが、大胆にも単身侵入をこころみた男はたじろ手で叩きのめされ、暗殺され、リンチされる例を、ボゴマゾフは直 ぐ色を見せなかった。こうしてハッタリにすべてをかけるのは彼に接、いやというほどたくさん、見聞きしてきた : : : 今から三カ月 とって、これがはじめてというわけではなかった。しかも今、相手前、民間当局の完全な崩壊が軍事当局をもおなじ運命の中に巻き込 にしているのは単なるドン百姓どもにすぎないのだった。 みはじめたとき、当時彼のいた北部地方にも北の冬が忍びよってき 「ここは何というところか」彼はあいかわらず権威のひびきをもって爆撃がはじめたものを終らせようとしていることに、いちはやく 歯切れの いい口調で詰問した。 気づいたすばらしい彼だ、簡単につかまるような、のろまなまねは 「ノヴォセリエだ」ひとりがためらいがちに答えた。「新規開拓地しているわけがなかった。すでに彼の背後には、南を指して踏破し た一千マイルの距離が横たわっていた , - ーーやがてアジアから大吹雪 3 が吹きよせ、悪名高い新旧ロシアの数々の遺物をおおいつくそうと 「それは見ればわかる。ここの責任者は誰だ ? 」
部員一人をつけたいのだが人手不足でとてもだめだ。地上で故章を おこしたら帰還不能になる。たのむ、協力してくれ」 6 「ごめんだ。おれは」 タイジはもう一度ひざをかかえて背を深く丸めた。ほんのわずか 「機工部員 ! 機工部員 ! 」 声は明瞭に耳に入っていたが、頭を上けてそれにこたえようとすの間、沈黙がタイジをとり巻いていたが、やがてかれらはそこを離 る意志は、まるで無かった。体を動かすことも困難な重い疲労が甘れていった。どこで何を救出しようというのか、隊列でも組んでい るかのように、一列になって遠くなってゆくかれらを見ているうち い眠りにかわって、タイジをより深い奈落に引きこもうとした。 に、タイジはふと、かれらといっしょに行ってみようかと思った。 「おきろ ! 機工部員」 タイジの体のどこかが強いカでとらえられはげしくゆすぶられ地上車一台に機工部員を一人っけたいといっていたが、実際にはあ こ。 の熱風の吹きすさぶ荒野で、地上車の修理などできはしないのだ。 シティ かってはそれも可能な時代もあった。市がまだこの金星のすさまじ 「うるせえな。おれは今、非番なんだ」 い自然に真正面から戦いをいどみ、それを圧倒するかに見えたかが 「いいからおきろ ! 」 上体に打撃がきた。意識が怒りをともなってふくれ上った。つづやかしい一時期があつに。開発を推し進めようとする意志だけでは なく、意志を支えるに充分なだけの最新の器材があった。そして厖 いてふたたび打撃がおそってきた。 完全に目ざめたタイジの前に輸送部の作業服をまとった数人の男大な開発費用を限りなく呑みつくす自然を相手に、なお惜し気もな く投入できるだけの余力があった。 たちが立っていた。 それが今はーータイジは立ち上ると、去ってゆくかれらのあとを 「なんだ。おまえたちは」 「機工部員。今、救難隊が地上に出るところなのだが、機工部員の追った。 数がたりないのだ。応援してくれ」 「救難隊 ? 」 巨大なアコーテオン・ウォールが音もなくすべってトンネルを閉 傾斜路を上ってゆく地上車の列の最後が目のさめるような真紅の 回転灯を高くかかげている。タイジは上体を起した。ずいぶん長く鎖した。 眠っていたような気がしたが、実際には五分もたっていないようだ「キヤノ。ヒー・チェック 0 , 「貨物室チェック、よし , こ った。 ノズル 「耐熱服、酸素、排気、 0 」 「おれは居住区へもどって眠らなくてはならん」 「眠るのは地上車の中でもよかろう。機工部員。地上車一台に機工「 << 無線機、無線機、感度よし」 ランプ ポンべ
グレ 1 と空色の作業服がつぎつぎと道路を通って行く。グレーとようとするのだが、別の奴隷が両脚にしがみついているし、もうひ とりが左の腕を押さえて動きがとれなかった。 空色、それ以外の色はなかった。商店もなければ会社もなく、パー もなければ、玩具屋のウインドウも香水屋もなかった。時々、煤でずるずる引きずられていった。大きな洞窟のその奥からシターと 汚れ、塵と苔がかさぶたのように張りついている、とある建物の正タ 1 ブラの楽の音が聞こえてきた。長々とふるえる音をふんだんに 面の、回転ドアがひらいた。ある売店のドアである。そのなかには使った音楽で、聞く人の力をなくすと同時に、妄想にさそいこむの 《夢》があった。ドリーム・フィルムがそれで、誰でも財布の中味だ。 祭壇の前で、裸のまましばりあげられた。そうしておいて奴隷た に応じて楽しめる幸福である。ソフィア・バーロウを手に入れたい ちは髑髏の目のくぼみのように洞窟の壁に開いている通路へと引き という人のためには、ちゃんと彼女のヌードもあった。たとえば : さがった。ャニの匂い、苔と甘松の強い匂い、それにたいまつやか 相手は七人、ぐるりと取りまいてじりじり迫ってくる。ひとりのがり火、火の入った火鉢から出てくる催淫剤の甘い香りが立ちこめ 顎に一発、強打をくわせると、緑の大理石の階段をもんどり打っていた。 踊り手の処女たちが現れると一瞬、静まりかえり、あらためて激 て、ころげ落ちて行った。もうひとり、背が高く、筋骨たくましい のが棍棒をふりまわしながら一歩一歩近づいてくる。さっと身体をしい調子で音楽が始まったが、遠くから聞こえてくるような女声の かがめてその一撃をかわし、相手の奴隷の腰をかかえこんで、寺院コーラスをともなっていた。 ・ハッカスの酒宴にもふさわしい、陶酔の踊りである。処女たちは 7 の柱にぶつつけてやった。そして、三人目に向かって行こうとした そのときである、鉄の万力に喉をしめつけられた。必死にのがれ彼のすぐそばを通り、軽いヴ = ールや、かぶりものの長い柔い羽根 7
ロ髭の下に白い歯をにつとのそかせて、アジア人の言葉独特のはやっていた。スミスは考えた。おれ自身の生きているあいだに、もう いちど時間と空間が人間の手で征服されることがあるだろうか。あ ロで、何かべラベラと言った。 るいは、孫たちの時代にでもなったら、実現されることだろうか。 「隊長は言っている。『あんたの言葉はほんとうかもしれないし、 嘘かもしれない』隊長には、あんたはほかのみんなとおなじようにボゴマゾフはある意味で幸福だった。かれはひごろの訓練のおかげ 見えるのだ」 で、自分では真実とわかっていることでも信じないでおくという芸 「しかしーーー」とスミスが言いかけると、 当のできる男たったので、起ったことの意味をついに知らずにすま 「しかし、われわれは冒険をするわけにはいかない。半時間後にわしてしまったーーーそれとも、最後の瞬間には、知ったのであったろ れわれは村を焼き払う。半時間あれば、あんたがたは荷物をまとめうか。 西の地平線には、何の影も認められなかった。すくなくとも彼の ることができるだろう。われわれの群れに加わっていっしょに行こ うと思うものは向こうの原に集まることで意思表示するように。ク眼には、日没の空に浮き出た、西進する流民の群れの黒いしみのよ うな影は、もはやはっきりと見分けることはできなかった。土地を リュシュカーーー以上だ ! 」 スミスは手を両脇にだらりと下げていた。村人のなかには、指定追われた村人の約半数はその群れに投じて去ったーー・あとに留まっ された集合場所に向かってはやくもぶらぶら歩きだしている者があたごく少数の例外は、都市や工場の出身者とわずかばかりの百姓た ちだった。彼らは今、古い塚の周囲に野営していた。 った。 スミスの背後で、哀れつぼく問いかける声がした。「同志アメリ 草原をすこしいったところに、忘れ去られた過去の人間の埋葬さカ人ーーーおれたちはこれからどうしたらいいんだ ? もっと南へ行 れている、草におおわれた古いクルガン、塚が一つ、あった。文明ったほうがいいと考えているものもいるが : : : 」 も戦争も災害も、それだけはみのがして通り過ぎた。何マイルか先「うるさく言わんでくれ、今は , こスミスは嗄れ声で言った。そし きまで、そこ以上に高いところはなかった。スミスはその上に立って相手が当惑けにあとずさると、つけ加えた。「あすだ : : : すべて は、あすのことだ」 て、赤く余燼のくすぶる開拓地の焼け跡をみまもった。 ぐるりは広大な草原が囲み、春の薄暮がたれこめていた。痛い足草におおわれた斜面を跫音が遠ざかっていった。下手の川辺で、 を引きずり、何千マイル歩くことになっても、どこかに、不確かな最後の残り火がパチパチと弾ぜて、消えていった。草原のどこか遠 くのほうで、何かスミスの知らない動物の、悲しみに震える叫び声 がらも安全が保証され、あたらしくやり直すチャンスのありそうな 土地を見つけなければならぬ。時間と空間ーー人間はそれらをいちが聞えた、ーーあるいは、オオカミの吠え声であったかもしれない。 どは征服したが、今はふたたび、その時間と空間に愚弄されなが西空の光は薄れ、アジアから無限のひろがりをもっ翼にのってやっ 5 ら、数も少ない珍奇な動物として、この地球に生きねばならなくなてきた夜がおとずれた。
者はそんな細かい点に注意しないぜ、消費者が関心をもつのは : ・全力をふるって : ・ : ・」 「それそれ、そこのとこなんだな、グスタフスンがしくじったの 「グスタフスン。消費者は常に正しいんだ、それを忘れないでくれは。このドリーム・フィルムのクライマックスはラストシ 1 ン、尼 よ。それはともかくとして、問題は音楽とかコスチュ 1 ムじゃな僧が主人公を誘惑するところにある。ほかのシーンは全部そえもの 難点は別にあるんだよ。こんなドリーム・フィルムじゃ雄牛のさ、つまみというか、準備としての値打ちさえあればいいんだ。 ( 神経系統たってふっ切れてしまうぜ」 イライトばかりつめこんだドリーム・フィルムなんてできっこない よ・ グスタフスンは眉をひそめた。 「スクリ。フトを見せてくれ」とブラッドレーがいった。「それから美術技師の方を向いた。 美術技師を呼ぶんだ」 「モニターの感度は幾つになってる ? 」 何か考えごとをまとめようというのか、わけの分らない言葉をぶ 「アロアとのシーンですか ? 」 つぶついいながら、あちこちページをひろい読みしていた。 「そう、アロアとのシーンだ」 「要するに」と、いきなり本を閉じると、やっとこう、つこ。 しナ「フ 「八四・五です」 イルムはカヌ 1 で遠征するところから始まるんだな、主人公は未知「ラストのシーンは ? 」 の敵地で孤独だ、川にすむワニと闘ってカヌーは沈む。それから、 「九七をちょっと下回っています , かなり骨を折ってジャングルに分け入り、土人相手に荒つぼい肉弾・フラッドレーは首をかいた。 戦がある。主人公はあばら家に閉じこめられるが、夜になって酋長「理論的にはこれでよさそうな気もするが、実際には絶対にいかん の娘のア 0 アが入 0 て来て、彼を助け、寺院に行く案内図をわたしのだな。今朝、最初の部分のシーンをひとつひとっ吟味してみた。 てくれる。それから月光をあびてアロアとの濡れ場。そうだ、モアどれも完璧だ。しかし、アロアが主人公に身体を許すあの岸辺でフ ・モハグリはどこだい , イルムが終っているわけではない。さっき見たように、そのあとに 技師たちと監督が脇に遠慮すると、背の高い、彫像のように均整うっとりするようなシーンがあるんだね。おまけにジャングルを行 のとれたソマリーランド出身の娘が進み出た。 くところがあれば、寺院の奴隷を相手に格闘するところもある。と 「君もだ、モア、とってもよかったよ。ただし、あのシ 1 ンは取りころが、フィルムもこのあたりまで来るとだね、さすがの消費者も 直さなくちゃならんねー 消耗してしまう。感覚的な反応が最低になるんだな。処女たちのエ 「取り直しですか」とモアは大きな声を出した。「もちろん百回く口踊りでも問題が完全に片づくわけではない。ぼくはこのフィルム りかえしたってかまいません、でもそれで結果がよくなるものかどを二度も経験してみたんだ、それでソフアとの濡れ場は細かいテク 9 うか。とにかく、とことんまでやってみます、プラッドレ 1 さん、 ニックまでちゃんと分ってるつもりだ。それにしてもだね、絶対的
なにをするんだね、船長 ? ああ、あれか。事件の衝撃と切迫し ら、司令室へよろめきよろめき耀っていったのだ。 た死の予感が、。ヒアーズ・ヘロンに一種の意欲を湧き立たせた。生 「なぜおまえはこの船にいるのか ? 」マシンは〈ロンに質問した。命のない捕獲者の異様な形態と線、温かなキャビンの中でさえその 彼はぼんやりと見つめていたフォークの上の食べものを、皿にこ金属に霜を置かせている深宇宙の非情な冷たさーーー彼はにわかに興 。ほした。その質問になにも答をためらうことはない。「文化省とい味を感じた目で、それを見つめた。それから、くるりと背を向ける うものを知っているかね ? 地球で芸術のことを管理している低脳と、カイ ( スに〈狂戦士〉を描きはじめた。まだ一度も見たことの どもの集りだ。そのうちの何人かは、ほかの大ぜいの低脳どもとおないその外形ではなく、彼の感じたその内面をとらえようとっとめ た。相手の死を秘めた無感情な監視レンズが、背中に食いいってく この・ほくを大画家だと思っている。崇拝といってもい なじように、 い。だから、ぼくがこの宇宙船に便乗して地球を離れたいというるように思えた。うすら寒い早春の日ざしに似て、それはかすかに 快い感覚だった。 と、一も二もなく承知してくれたんだ。 「ぼくが地球を離れたくなったのは、真の意味で価値のあるものの グッド 「善とはなにか ? , 食事をつづけようとしているヘロンのそばに立 大半が、もうそこからなくなろうとしているからだ。この宇宙船に ちはだかって、マシーンはそうきいた。 もそのかなりの部分が積みこまれている。地球に残されたものは、 ヘロンは鼻を鳴らした。「教えてほしいものだね」 ただの動物の群れにすぎない。子を産み、死に、戦うだけのーー」 相手はそれを文字どおりに受けとっていった。「善とは、人間ど 「わたしのマシーンがこの船に乗り移ったとき、なぜおまえは戦し もが死と呼ぶものに奉仕することだ。善とは、生命をほろぼすこと も隠れもしなかったのか ? 」 「そんなことをしたところで無益だからだ」 ヘロンはほとんど食べ残したままの皿を廃棄スロットに押しこん 〈狂戦士〉の拿捕船回航員がエアロックから闖入してきたとき、か っての小展示場だった場所で画架にむか 0 ていた〈ロンは、つかので、立ち上った。「生命が無価値だというのは、ある程度正しいだ だが、きみが全面的に正しいとしてもなぜそこまでむきに ま手をとめて、招かれざる客の一隊が通過するのを眺めていたのだろう いったい、死のどこがそれほどすばらしいのだ った。そして、いま母船からの質問を中継している金属人形の一つなる必要がある ? が、乗員室〈進軍する同類からあとに遅れて、レンズの奥からの凝 ? 」いまや彼の思考は、食欲不振とおなじように、自分でも意外な ものになっていた。 視を彼の顔にあてたのだ。 「〈ロン ! 」そのせつな、インターカムが叫びはじめた。「あれを「わたしは全面的に正しい、マシーンはゆずらなかった。 しばらくへロンはなにかを思考するように佇んだが、頭のなかは 9 ーたてつづけ たのむそ、ヘロン ! なにをするかはわかってるなー へきれき まったくの空白だった。「ちがう」思いきって彼はそう答え、霹靂 に金属性の大音響がきこえた。そして銃声と罵り。 ノ・グッド
逮捕するー らっていたが、まもなく姿を消した。 アメリカ人はこのむさくるしいなりをして威張っている男を不思 アメリカ人は苦笑を浮かべた。「あの連中の扱い方はよく心得て 議そうにしかめた顔で見つめた。笑おうか、それともどなろうかと いるというわけだな : : だが、もういい加減にその銃をつきつけて いるのだけはやめてもらいたいね。どっちみち、訊問をおえるまで 決めかねているようすだ。拳銃の筒先が宙空に短かく孤をえがい て、命令した。アメリカ人は指を開いてハンマーを放した。ハンマは、わたしを撃っ気はないんだろう。訊問がおわっても、撃たんほ うがいいと思うね。わたしあまり腕のいい鉄工じゃない、それは認 ーは土の床に落ちて、ドサッと鈍い音を立てた。 ボゴマゾフは武器を手に戸口に立った男たちの胸の痛みを、そのめる、だが農場経営について多少とも心得があるのは、ここじゃ、 顔色から察するというよりは、じかに肌に感じていた。彼はしかわたしだけだ : : : あんたがさまよえる農学者だとでもいうのなら話 はべつだが」 し、振り向こうとはしなかった。「両手を見えるように前へ出せ」 彼は命令した。「あそこへ立て」アメリカ人は用心深い態度で命令ロシア人は拳銃を持つ手を下げ、顔は無表情のまま、もういっぽ に従った。彼がロシア語を理解することはあきらかだった。 うの手で、いとおしげに銃身を撫でながら言った。「さきをつづけ ろ。だんだんわかってきた。お前は専門家で、知識を利用して指導 「さあ」共産党員は言った。「説明するのだ。ここへ潜入して、 者の地位を手に入れようとしているわけだ」 ったいどんな病毒をもちこもうとしておるのか」 アメリカ人はどっちつかずの曖昧な表情のまま、相手を見て目を アメリカ人は溜息を洩らした。「そう言われてしまえば仕方がな しばたたいた。彼はやがて、なまりはひどいが、流暢なロシア語 、つまうでは、みんながわたしを選び出したともいえるん で、おだやかに言った。「こうして乱暴な邪魔がはいって仕事を中だ。この共同体は、もとはといえば、二丁の軽機関銃を核として生 ラズ飛イ - 一キ 断されたが、わたしは銃の台尻を叩いて、鋤の刃をつくろうとしてまれたものだ , ーー盗賊団との小競り合いで弾薬を使い果して棄てら いたんだ。われわれは旧式な木製の鋤で秋の小麦の穫入れをした。れた機銃だがね。そのとき、このグループは足のおもむくまま、ど 鉄の刃が二枚もあれば、春の種播きはずっと楽になり、収穫も大幅っちへ行こうが自由だった。だが冬がきたら、ばらばらに解体して に引き上げることができるだろう。この秋には耕地をもっと増やすしまうか全員餓死するかのどちらかだったので、わたしはみんなに ことだって可能かもしれないのだ」 南へ行くことをすすめ、どこかに病害を受けていない土地をさが 「はぐらかすのは止めろ ! わたしが訊いておるのは : いや、待し、そこを耕すようにと説得した。実をいうと、わたしはアメリカ て」ボゴマゾフは心理学的な好機がおとずれたことを直覚的に感農政省に勤務していた人間でね、トラクターの維持に関する知識は じ、戸口に待機する男たちのほうへはげしい身振りをしめした。今のところあまり役には立たないが、そのほかのことは今でもけっ 7 「お前たちは行ってもよろしい。用があったら、こっちから呼ぶ . とう応用がきく。わたしはとうの昔からーーーツーラのちかくに不時 男たちは足ずりをしたり、ライフル銃をいじくったりして、ため着してひとりで歩きだしたそのときからー・ー異邦人としてたったひ
とりで生きながらえる見込みはほとんどゼロにひとしいことを自覚些細なことであっても、厳罰に処するから憶えておけ」ボゴマゾフ している : : : ついでにいうと、わたしの名は偶然にレロイ・スミスはビストルを振り上げて見せた。 クズネッツ で , ・・ー・スミスはエ人とでもいった意味をもっているが、ああまで典アメリカ人はうんざりしたように言った。「あんたはソヴィエト 型的な職工に逆戻りすることになるとは思わなかったよ」彼はブスも共産党も戦争もーーみんな過去のものに、おしまいにな 0 ちまっ プスくすぶっている溶鉄炉のほうをちらっと返りみて、つけ加え たのを知らないのか。おそらく、アメリカにしてもそうーーーわたし た。「つづけろ、スミート」ボゴマゾフはあいかわらず拳銃を愛撫が最後に聞いたところでは、三角工業地帯は完全に放射能の火によ しながら言った。「それで、どんな成果を挙げたというんだ ? 」 って焼かれてしまい、ワシントンはチエサピーク湾に呑み込まれて アメリカ人は当惑の目で相手を見た。「そう : ・ : ここの連中は選しまったということだった。われわれはほんの一握りの生存者で、 ばれた優秀な人間たちとはいえないんでね。だいたい半分ちかくが ここでこうして生きつづけようと懸命の努力をこころみているとい 職工ーー いわゆる。フロレタリアでーーーかれらは目に一丁字なく、徹うわけだ」 底的に初歩から学習しなければならない手合だ。あとはあらかた、 「戦争は終ってなんかおらん。お前たちは自分で戦争をはじめてお 低級な集団農場の労働者でーーー・職長に言いつけられた仕事はまあ、 きながら、いやになったらもう止そうといえばすむとでも思ってお どうやら普通並みにこなすが、さてつぎに何をするべきかを自分でったのか」 考えなければならなくなると、もうさつばりだ。そこなんだな、わ「戦争をはじめたのは、われわれじゃない」 たしの知識が役立ってくるのは」彼はじっと考え深げにロシア人を ボゴマゾフの眼が溶鉄炉の火明かりを受けてキラキラと輝き、手 見た。「そうしてあんたも、心細い生存者の一人として、ノヴォセ にした武器の金属と色うつくしく映じ合った。「お前たち資本主義 リエが利用できる才能をいろいろと持っているにちがいないと思 者は、低級な唯物主義を通して、基本的な誤りを犯した。お前たち う。われわれはそこで取引ができるはずだ」 は首都を、われわれがソビエト連邦の基盤として築き上げた富のカ 「わたしは共産党員だ」ボゴマゾフはにべもなく言った。 と工業力と軍事力を壊減させれば、共産主義を滅ぼせると考えてい スミスは眼を半ば閉じた。「やれやれ」彼は小さく囁くように言 た。お前たちはわれわれの真の首都がつねにわれわれ自身ーー共産 0 た。「最初からわか 0 ていたことだ , ・ーーあの男がここへ飛び込ん党員自身であることに気がっかなか 0 た。だからこそこの地球はわ できたときとおなじなんだ、あの男がーーー」 れわれが引き継ぐことになるわけだ、お前たちの引き起した戦争が 「取引も糞もない。お前は専門家として現在、役に立っておるとい古い世界を破壊してしまったあとの、この地球は ! 」 う。これからも役に立ちつづけたらよかろう。お前はンヴィエトに スミスは相手が滔滔と喋るのを唖然としながらも聞き惚れている 任えているのだということを忘れるな。不法行為、妨害、あるいはような、一種異様な顔つきで見まもっていたが、やがてその呪縛か 破壊活動ーーお前の側にそうした事実が認められた場合よ、、、 。し力にら解かれると、かすかに微笑いをのそかせた。「地球を引き継ぐの わら に 8