いて、スー・リンのいつばいに見ひらかれた眼にぶつかった。 が、スー・リンの心配そうな喘ぎに助けられてそれをつかみなお 「先生」その呼びかけは、ほとんど吐息ともとれるくらいだった。 し、その貴重な暖かみのまわりに指をかけ、かすかなちらっきを越 「なあに ? 」 えて、深く、深く、ス ー・リンの《なんでも箱》のなかをのそきこ そのときその瞬間に、なんらかの理由から、スー・リンが深くわんだのだった。 たしを愛していたことはまちがいない。ひょっとしたらそれは、そ わたしは裸足で風にそよぐ草むらを走っていた。一隅にある節く の朝彼女のグループが新しい読本に進んだためだ 0 たかもしれなわた 0 たりんごの樹をまわるとき、ひるがえ 0 たスカートの裾がひ 。それとも、わたしが彼女の新しいドレスに眼をとめたため、そ なぎくに触れた。暖かい風が両の頬をかすめ、耳のなかで笑った。 のフリルが彼女を非常に女らしく、愛らしく感じさせていたためか わたしの心臓が宙を飛ぶような足を追い越し、ほとばしる歓喜とと もしれないし、でなければたんに、晩秋の日射しが、彼女の机の上 もに暖かみのなかに溶けこむのと同時に、彼の腕が : で金色に踊っていたためかもしれない。いずれにせよ彼女は、溢れ わたしは眠を閉じて、ごくりと唾を呑んだ。手のひらはしつかり んばかりの愛情をわたしに抱いておの、他のおおかたの子供とは違 と《なんでも箱》を押えていた。「きれいだわ ! 」わたしはかすれ って、わたしに抱きついたり接吻したりすることでそれを表現する た声で言った。「すばらしいわ、スー・リン。どこでこれを手に入 すべを持たなか 0 たから、その愛を、くぼめた手のひらにのせてわれたの ? 」 たしに持ってきたのだった。 彼女の手がすばやくそれを取り返した。「あたしのよ」彼女はい 「先生、あたしの箱、見る ? あたしの《なんでも箱》なのよ、こ どむように言った。「あたしのよ、これ」 れ」 「もちろんそうですとも」わたしは答えた。「さ、気をつけてね。 「まあ、ありがとう ! 」わたしは言った。「持ってもいいの ? 」 落とさないようにね」 なんにせよわたしは、これまでにーーそうっとか、心配そうに 「だいじよう 彼女はポケットへ手をやりながら、うすく笑った。 か、あるいは敢然とかーーびつくり箱、生きたガラガラ蛇、ドラゴぶよ」そう言ってポケットを叩くと、彼女は席へ帰っていった。 ンの歯、哀れな死んだ蝶、そしてある寒い朝、ソジーの顔から欠け翌日、はじめのうち彼女は、わたしと眼を合わすのを恐れている 落ちた二つの耳と鼻など、さまざまなものを持ってきたし、これらようだった。いまでは彼女にとって裏切りと感じられるにちがいな のいずれも、とてもまともに見られなかった点では《なんでも箱》 いあの行為について、わたしがなにか言うか、なにか見るか、ある 以上だった。けれどもわたしは、気づかいを顔にも指先にもあらわ いはなんらかの方法でそれを思いださせるかすることを恐れたのだ して、慎重にその四角いものを彼女から受け取った。 ろう。けれども、わたしがどんな秘密の意味もないいつもの微笑を そしてたしかに、重みと実体と実在感を受け取ったのだ ! 向けただけで、あとはなにもせぬと見てとると、彼女は緊張を解い 驚きのあまり、あやうくわたしはそれを取り落としそうになった
る各惑星では高い税金のために破減寸前です , ( ページよりつづく ) rn 美術館 皇帝は必死で感情を押えた。 「陛下、私共は陛下が現実的な方だと思っておりました。帝国を支 隊長は暗澹とした表情でプラスチック・ドームの外へ眼をやっ えている経済的な基盤についてよく御存知だとばかり思っておりま た。アンモニアの嵐が吹き荒れている。そして振り返った。 した。陛下は私共の階級をつぶしてしまうお考えですか ? 」 「この馬鹿者奴が ! ー彼はそこに立っている地理学者をどなりつけ た。「わからなかったのかー この惑星の地盤カ弓し ・、弓、ことカー・」 数日も眠れぬ夜をすごした揚句、皇帝は遠方の惑星へ駐留してい 「我々は最善の努力をしたのです、隊長」 る派遣軍の撤退を命じようと決心した折も折、ウッパン太陽系の第 「基地がひとつ、丸ごと地震で真っ二つになってしまった。隊員は七惑星に銀河連邦軍が侵・入してきたという至急報。しかし、既に星 このドー もちろん全員即死だ ! 司令部に撤退を具申する他ない。 系のあちこちに分散し、いちじるしく戦意が低下している帝国宇宙 ムだって ) いっ・ 軍としては、もう、反撃する意志さえなくなっている。 隊長は心の中でつぶやいた。銀河連邦のやつらはちゃんと知って ウイング・アレクはパトロールの司令官に事もなけに説明した。 いたのだ。こうなることをはじめから計算していたにちがいない。 「しごく簡単な陽動作戦にひっかかっただけですよ。しかし、あの 「率直に申しあけてよろしゅうございましようか、陛下 ? 連中も馬鹿じゃないから、星間帝国主義というものが引き合わない 皇帝フルルタの宮殿。ウンズバン帝国きっての資本家の一人が皇 ことを思い知るでしようよ。超光速航法が完成したんだから、なに 帝に言った。 も、近くに無理やりつくった植民地から原料を安く買いたたかなく 「言ってみろ。他には誰もおらぬ ても、どんなところからだって原料を持ち込めるし、マーケットも 「財界の者共一同、戦局について甚だ憂慮致しております」 無限に広くなるんだから : : : 」 「総司令官を貴様がやるというのか ? 」 そこにウンズ。ハン帝国からテレビ電話。出てみると、皇帝の腹心 「皮肉はおやめ下さい、陛下。ッカタン太陽系は六カ月で帝国に併だったセプラン将軍が必死でおちっこうとしている。 合されるというお話でした。それがもう一年以上にもなりますのに 「なにか用か ? ・」とウイング・アレク 依然として戦闘はつづいております」 「帝国に政変が起きた」 「爆撃を加えれば勝負は早いが占領後のことを考えればあまりひど 「クーデターか。どうした皇帝は。射殺したか ? それともプチ込 く破壊したくない。それに銀河連邦がへんな手出しをしておるものんであるのか ? 」 「皇帝は発狂したんだ」 「存じておりますーと相手は素ッ気なく言った。「ツカタン太陽系「なるほど。それで」 へ振り向けるべき戦力を、この星系全部へ分散してしまい まるで 「とりあえず俺が収拾することになった」 星系全部を占領でもなさるおつもりですか ? 宇宙軍が駐留してい 「休戦か ? 」 0 8
面歩行をしたときの宇宙服のなかのような汗くさい甘ったるいにお「東洋人だけ、というわけ」 いがしたし、思わず額にやった手には、にじんだ汗がべっとりつい 「きみだけ、というわけさ」 「よしてよ。わたしは、そんなことで束縛はされないわよ」 「いっ東縛した ? 」 飛鳥田は、殆んど無意識のうちに、ソフアから立ちあがって、マ イクロ・フィルムのキャビネットをあけていた。ファイルの頁から「とがるもんじゃないわ。とにかく、わたしのいってるのは、あな 隠匿しておいた密輸品のレミ・ マルタンの小壜をだしてひとロ、呻 たの外人嫌いのことよ。性に合う合わないというより、やつばり神 ろうとしてあわてて壜をもとにもどした。ドアに、人の気配を感じ経症的なのよ。いっから、そんなになったの。月へ来る以前からな たからだった。 ) の ? 」 入ってきたのは衛生管理士の奈良リエだった。ほっそりした身体飛鳥田は手で振りはらうような仕種をして、 全体に婀娜っぽさがまつわりついているような、そんな感じは、月「そんなことより、ぼくの頼んだことはどうなった。調べてみてく 市民の女たちのなかにごく珍らしくーー・飛鳥田はいつまでたってもれたのか」 それに狎れることができないのだった。 リエは、ソフアへ、 リアクションなしの優雅な素振りで腰を落す 「わたしにもちょうだい、ジ と、ふとまじまじと飛鳥田の顔を見上げて、 リエは、飛鳥田の手もとにちらと目をやると、いった。 「あれ、本気だったの ? 」 飛鳥田は観念すると、壜をだして、リエのほうに差しだした。リ 「あたりまえだ」 工はかたちのいい受け口に、壜のロをくわえてたつぶりふたロ、ラ 「だって : : : ばかばかしいわ」 「あのときは、そうはいわなかったそ」 ッパ飲みしてから返した。酒に濡れたリエの唇が、いつもよりずつ 「ああ : : : だってあのときは、何もかも面倒くさくて : ・・ . しい・刀減 と貪欲に見えた。 な返事をしたのよ」 「どう ? 」 「なにが ? 」 リエの長いまっ毛の奥の瞳が、一瞬けだるそうな : : : 思いきって 「あなたのヌーロシス」 淫蕩な色をたたえた。飛鳥田は、昨夜の生々しい記憶に圧倒されそ 「そんなものはないさ」 うになり、あわてて目をそらすと、そんな弱気がい、っそう焦らだた しくなって、 「ということは、まだ、ダフニとデートしてないのね ? 」 飛鳥田は肩をすくめてみせた。 「わかった。もういい。ぼくが自分で調べるー 「いったじゃないか。おれは白いのは性に合わないんだ。黒いの 「でもね、ジュン。あなた、どうかしているわよ。ルナ・シティの も、その意味じや同じだ」 衛生管理が、どれほど厳重なものか、その管理機構がどれほど完備 こ 0 4 4
のうちにクラスの花形となった。そればかりでなく、デリック生涯と悲鳴を上げて新しいやけどをまたそろ唇や舌にこしらえる場面 最大の発見のきっかけさえ提供したのである。 に、当時のわたしは幾たび遭遇したかしれぬ。 そんなこともあって、わたしはこうロをはさんだ。 イグ / チップ 「デリック先生、それじやタバコをくわえるまえに、ほくちを切り あのとき、デリックはタコを吸っていた。大の愛煙家であるこ とを誇りにしているこの御仁は、ときおりタバコを口から離し、しとっておかれたら ? 」 げしげとそのデザインを鑑賞する癖がある。タバコは白無地の巻紙あまり冴えない冗談で、笑ったのは本人のわたしだけだったと思 しとも滑稽 にあでやかなヌード の印刷された、ナオン・シガレット 科学者う。にもかかわらず、そこから浮かび上るイメージは、、 イグノチップ であった。まあ、ほくちのない紙巻タ。ハコなるものを想像するがい 間で人気絶大の商標だった。 どうやって、そんなものを吸うことができよう ? 「想像してみたまえ」二十一世紀科学技術史の名講義はつづいた。 だが、デリックは険しい目になってこういった。 「たとえばタ。ハコ一つをとりあげてみても、あの暗黒時代からわれ われはいかに進歩をとげたことだろう。噂によると、悪名高い二十「やってみようじゃないか。よくごろうじろ ! 」 みんなの注視するまえで、デリックはタ・ハコを一本抜きとり、じ 世紀において、紙巻ハコは疾病と大気汚染の主因だったという。 むろん、詳細までは知られておらんし、またそれを知りたがる酔狂っくりと検分ーーれいの迫真的色彩のヌードで飾られたプランドだ イグノチップ してから、やおらほくちをむしりとった。 な人間などいるはずはないが、それにしても怖しいことではない か。しかし、現代はどうだ。タバコば大気の中に空気浄化剤を放出つぎに、左手の二本の指でそのタ・ハコをつまみ、ふたたび、「よ し、あたりに快い芳香を発散し、喫煙者の健康を増進させてくれ くごろうじろ ! 」と叫んでから、点火のきかぬタ・ハコの残骸をひょ というの る。事実、それにもし欠点があるとすれば、ただ一つだろう」 いとくわえた。われわれは思わず手に汗をにぎった むろん、デリックがなにを指しているかはだれの目にも明白であは、ヌ 1 ドの姿勢から推測しても、デリックがわざとタバコをさか った。口にやけどを負ったデリックを、われわれはそれまでにたびさまにくわえたのは明らかだったからだ。 , ー 彼よそこで大きく息を吸 ったが、むろん、なにごとも起らぬ。 たび見ていたし、その朝の彼も新しい火ぶくれを唇にこしらえてい たのである。そのためか、いつもの雄弁もやや阻害されていた。 「これこそ火ぶくれ防止タコだ」 思索に沈潜する科学者のつねとして、デリックも若い娘がそばを「しかし、火がつけられませんよーとわたし。 通りかかるとつい気をとられ、そのはずみにうつかりとタ・ハコをさ「そうだろうか ? 」 かさまにくわえてしまうのである。そこで息を吸うとタコは自動彼はそういうと、芝居がかった手つきでほくちをタ・ハコの先に近 的に点火するが、あいにく、火のつくのはくわえたほうとくる。 づけた。われわれは息をのんだ。おお、これこそ天才的発想ではな イグノチップ 高名な教授連が、女秘書とのねんごろな会話のさなか、あちちっ いか。たとえタバコがどっちを向いておろうと、これならばほくち イグノチップ に 0
ジ = ーンもそれは当然のことと受けいれた。うつろな感じのする億い出すこともあったろうが、他の子供達はそうはしなかったろ 叔父は、ラギドという穴蔵の住人であり、何か起らないようにするう。彼らは非常に奇妙なやり方で彼に出合ったからであり、おそら 7 く彼とっきあっているうちに、自分達も少しずつ変っていったから ために、規則正しく、生肉を与えなければならないのだ。 どこから来たのかは分らぬ。仮装者ーーたしかに彼には力があるであろう。彼は食物をうけ入れるか拒絶した。記憶はたったそれだ が、それに限界があるのも事実だ。彼のカの明白な証拠は、問題なけである。二階ではスクードラーの身体は人間のふりをしている が、その頭のほうは空間を歪曲させて作ったあの小さい怖ろしい巣 く受けいれられていた。つまり子供達は現実家だったからである。 この飢えた、人間ではない見知らぬ存在が彼らのただ中に姿を現わの中に横たわっている。そのため″黄色い煉瓦の道〃を発見する方 したことは信ぜられぬことではなかったーーー何しろ現実に彼がそこ法を知らぬ人間には見えないし、触れることができないのだった。 にいるからである。 いったい彼は何なのだろう ? 比較する基準はこの世には何一つ 彼はどこからかやってきた。時空間のかなた、思いもよらぬとこないのだから、彼に名前をつけることはできない。子供達は彼のこ ろからだ。彼は人間的な感情は決して持ち合わせていない。子供達とをお伽噺のラギドとして遇していた。だが彼は太っちょで、ちょ は容易にそれを感じとった。彼は上手に人間のふりをしており、大っとこつけいな、いつでも失望を味わっている小人の王様とは大違 いだった。彼は決してそんなものではない。 人達の考えをゆがめて彼の存在の記憶をつくり出し、頭の中に植え 悪魔と呼んだらどうだろう。 つけることができた。大人達は、彼のことを憶えていると考えてい た。大人は蜃気楼の現象ならその原理が分るだろうが、子供達はそその名前の意味としては、それはあまりにも範囲が広すぎるし、 れを本物と誤魔化されるかもしれない。だがその反対に、知的な蜃また言い足らぬことも多かった。だが、今はそうしておかなければ 気楼となるとあざむかれるのは大人であって子供はそれにまどわさなるまい。成人の基準からすれば、彼は異様な怪物であり、超絶し た存在である。だが彼の行動、彼の望みから見てーー悪魔の名が適 れることはない。 ラギドの力も彼らの心をゆがめることはできなかった。な・せなら切なのだ。 これらの心は、大人の見方からすればまた人間のものとして完成さ れ、論理的なものではなかったからである。最も年長のべアトリス数日後のある午後、べアトリスがジ = ーンを探してやってきた。 はこわがってした。 , 、 - 彼女はすでに感情移入や想像力も働きはじめて「お金いくらもっている、ジ = ーン ? 」彼女が訊ねた。 「四ドル三十五セントよ」中身をしらべてジェーンがいった。「父 いたからである。だが小さなチャーリーは面白くて興奮しているだ いろんなも けといってよかった。そしていちばん小さいポビーは、もうすでにさんは停車場で五ドル下すったの。私ポプコーンや のを買ったから」 あきかかっていた : おそらくもう少したっと、ラギドがどんな姿たったか僅かながら「よかった、ほんとにあんたがきてくれてうれしいわーベアトリス
1 は罠を仕掛けないんだろう ? 選りに選ってなんでわたしを結婚のいけにえとして捧げなけりゃならないんだ ? 訊いたって無駄だ。女に魔法をかけられたが最後、逃げ出せた男なんて減多にいないんだから。あのアロバシー 療法医だって黒い小さな鞄の中に、病気をなおしてくれる薬は何も持っちゃいないんだ。 ホメオ・ハシー 待てよ、言葉の上にうまい関連があるそ ! アロバシー療法ーー類似療法ーーーホモイオス。似ている、おなじ シミリア・シミリプス・クラントール ようなものだ、悲哀、感情、苦悩ーー毒をもって毒を制す 小さな女の子たちがふたたび窓の下で、手を打ち合わせ、歌をうたって遊んでいる。歌の文句はトニイという 男友だちのことだ。マカロニが好物で、ものすごく大きなナイフときれいで可愛い奥さんを持っていて、いつも 幸福そうだとか何とか言っている : : : 向かいの肉屋のことにちがいない。あの親父さんはひごろから子供たちに はやさしいからな : : : 力だ、カだ ! 財布から硬貨を二枚つまみ出して、投げてやりさえすればいい。眼の前の 地面に落っこってきた十セント玉を拾わずにいられる女の子なんているわけがない。「心のやさしい旦那さま、 どうか銀貨を一枚握らせて ! 」か。それからとっくり身の上話を聞かせてやれば : もう、かなり気分がよくなった。これでしばらくは、ミス・サールにも会わなくてすむだろうと思う。彼女は ドアを、おもてのドアを開けた。が、子供たちが新しい文句で歌っていたものだから、すごく乱暴に、バタンと そのドアを閉めてしまった。 ェイジェロにはちょっと気の毒だが、男なのだ、自分のことは自分で始末をつけてもらおう。 毎日を歌い暮す女の子たちの声を聞いていると、その可愛いこころに祝福をおくりたくなる ! わたしはおさ ない女の子が好きだ。やさしい、無邪気な声が好きだ。 あたしの男友だちはもうすぐ元気になる うんとお金持にしてあげよう もう女のひとにいじめられたり 結婚をせまられたりしないようにしてあげよう 二たす二は四で、一つだけ余計だ ! 金持になったら、さそかし愉しかろう。ェイジェロにシンシネロとはどこなのか、訊いてみなければならな 8
輝いていた。玄関には人がおり、警官 2 ( ッジに光がきらりと反射「なんだ、そうか ! 」ポビ】がささやいた。「ふうん、そうなの。 でもね僕はおばあちゃんなら大丈夫だと思ったんだ。太りすぎて速 した。 く走れないからね」彼はさげすむように笑った。「彼は馬鹿だよー 「子供達はここで待ってなさい」ラ 1 キン氏が不安そうにいった。 彼がいった。「虎を撃っために仔山羊をゆわけば、必ず狩人達がく 「車からおりてはいけないよ」 タクシーの運転手は肩をすくめると、畳んだ新聞を引き出し、ラるってことに気づかなけりやいけないのに。何も分っちゃいない。 ーキン氏は急いで玄関にいった。うしろのシートに坐ったまま、ジ僕が彼に、おばあちゃんを寝室にとじこめて、他に誰もいないとい ったとき、そのくらいのことに気づかなけりやいけなかったんだ」 エーンはひどくやさしい声でポビーに話しかけた。 ポビーはこすい顔をした。「僕はうまくやった。僕は窓ごしに彼と 「いかなかったのね」彼女はささやいた。そこには非難の影もなか 話をした。彼が僕のことを仔山羊だと考えるといけないからね。で 「どうだっていいじゃないか」ポビーもささやき声で答えた。「僕も彼はそうはしなかった。彼はすぐ階段を駈け昇った。びつこひく はあの遊びにあきたんだ。何か別のことをして遊びたかったんたのも忘れてね。そのころには彼もひどく腹がへっていたんだと思う よ」彼はくすくす笑った。「でも僕はちゃんと勝ったんだ」彼は宣な」ポビ 1 は人がいつばいいる玄関のほうに目を走らせた。きっと 警察はもう彼をつかまえたな」彼はむとんちゃくにつけ加えた。 言した。 「まったく楽な話さ。僕が勝ったんだ」 「何に ? 何が起ったの ? 」 ジェーンの心はこれらの空想について行けなかった。 「警官が来たもの。そうなるだろうと思っていた。でも彼はそんな 「彼女は死んだの ? 」ジェーンはごくやさしく訊ねた。 ことは考えなかった。だから勝ったといったのさ ポビーは彼女を見た。死という言葉は彼にとっては別な意味しか 「でもどうして ? 」 単に遊びの中 「まあね、ジャングル・ブックみたいなエ合だよ。虎を撃っとこなかった。いや、何の意味もないとい 0 てもいい キッド に出てくる言葉でしかないのだ。そして彼の知っている限りでは、 さ、お・ほえてる ? 仔山羊を杭にしばりつけて、虎が来たら。ハンと ( ラに出かけて虎はつながれた子山羊に決して危害を加えることはなかったのであ 一発撃ってしまう。でも子供達はみなサンタ・バー しまったし、あんたもいってしまった。そこで僕はおばあちゃんをる。 ラーキン氏はタクシーにもどってきた。その足どりはひどくゆっ その代りにしたんだ。かまわないだろうと思ってね。おばあちゃん はいつだって僕達といっしょに遊んでくれたんだもの。どっちにしくりで、よろめいているようだった。ジ = ーンはその顔を見る気に なれなかった。 たって、残っていたのはおばあちゃんだけだったんだ」 キッド キッド 「でもポビー、仔山羊と私達のような子供とは違うのよ。山羊の子 この事件は当然ながら、できるだけもみ消された。子供達は、彼 供ならいいけど、結局ーー」 キッド 円 9
たくせに」 アトリスは身震いした。「分らないわ。彼は穴蔵に住んでいる 「泣きやしないわ。それに、どっちにしたってあれは、信じた振りと思うの」彼女はためらった。「でも彼のところには、屋根裏部屋 をしただけなのよー からでないといけないの。もしもおちびさんがあれほど・・ーーまあ、 「ちがうってば ! , チャールズがいった。・ T この前のとき、僕はち何とも感じていないんでなければ、ひどく怖い思いをしたと思う ゃんと手をのばして、王様にさわったんだから」 わ」 「でも、ビー ! いったい彼って誰なの ? 」 「王様なんかじゃないわ」工、、 ーがいった。「彼よ。一一ラギドよ」 彼べアトリスは首をまわしてジ = ーンを見たが、彼女にはそれに答 ジェーンは、本当は叔父さんではないあの男のことを考えた。 / えられないのか、もしくは答えたくないのだということははっきり は本当の人間ではないのだ。「彼がラギドなの ? 」彼女が訊ねた。 分った。なにか言葉に言いあらわせないものがあるのだ。だがこれ 子供達にはその意味が分った。 はきわめて大切なことなので、彼女も何とか説明しようとした。彼 「ちがうとも」チャールズがいった。「ラギドは穴蔵に住んでいる んだ。僕達肉をやるのさ。真紅でぶよぶよした奴を。それが大好き女は偽の叔父のことにふれた。 「私、ラギドと彼とは同じだと思うの。それは確かにいえるわ。チ なんだよ、彼は ! むしや、むしやっと喰べちまう」 ャールズとポビーもそういっているーーーそして彼らにも分っている べアトリスはジェ ] ンの顔を見た。 / 彼女は子供の家のほうをうな の。彼らには私よりよく分る。小さいから : : : どうもうまく説明で ずきかけた。実はそれはビアノの箱で、本物の秘密の鍵がついてい た。やがて、全く何気ないやり方で「彼女は話を別のことに移しきないわーーそうそうちょうどスクードラーみたいなものよ。お・ほ た。そしてカウポーイとインディアンごっこがはじまり、ポビーはえてる ? ・ あのスクードラ】か・ーーオズの国へ行く道のほとりの洞窟に住ん けたたましい叫び声をあげながら、家のまわりを駈けめぐりはじめ でいる、気味の悪い種族で、通行人に向って彼らの首を取りはずし 。ヒアノ箱の中は、その隙間から漂ってくるアカシアの花の気持のて投げつけるという器用な芸当のできる怪物である。そしてすぐに いい匂いに満されていた。温い、薄暗い箱の中にうずくまっているその類似は明瞭になった。スクードラーは頭と身体を別々のところ べアトリスとジェーンとは、インディアンの叫び声が遠くに消えてに切り離せるが、その両方とも同じ一人のスクードラーに属してい るのだ。 いくのをきいていた。このときのべアトリスは不思議に大人びてい こ。 もちろんあの幻の叔父の頭と身体はちゃんと一つになっている。 「あなたが来てくれてうれしいわ、ジャニ 1 彼女がいった。「おしかしジェーンは漠然とながら、彼が二重の存在をもっ可能性を理 ちびさん連中は、何も分っていないの。とてもひどいことなのー 解することができた。一人の彼心家の中を人をたぶらかしながら動 「彼は誰なの ? 」 き、得もいえぬ不愉快さの焦点とな 0 ており、もう一人名もなく こ 0
「ええ、まあ、それはね」 飛鳥田は喚いた。小気味よかった。彼の官能をあれだけとりこに リエは、繃帯のせいであまり自由にロがきけないのを、この時だ していた肉体が、ぶざまにたおれるのを見ると、しびれるような快 けは好都合だと思った。 感が全身にあふれてくるようだった。 力なりの予備期間があっ だが快感を味わっているひまはほんの一瞬しかなかった。たちま「これだけ強度の閉所恐怖症になるには、、 ち、右から、左から、彼らが襲いかかってきた。飛鳥田は、全身のたはずですよ。しかもこの人は月市民登録十一一年のべテランだ。ど 力をふりしぼって彼らの手を振りほどこうとした。怒号と息吹きうも、何か特別の事情があったとしか思えませんね。まあ、ここが 月だけに、閉所恐怖症は決して珍らしい病気じゃないし、今月これ が入りみだれた。 ・ : というで三人めたが : : : それにしても、普通は若い新人に多いんだ」 彼らは、確かに、彼の抵抗に手こずったにちがいない : のは、何か、正体のわからない武器を、彼にたいして使ったから「彼は : : : 保健センターか、宇宙病院に送られるんですか ? 」 リエは、麻酔をかけられて昏々と眠っている飛鳥田のほうをちら だ。飛鳥田は、ふいに、周囲の壁や天井が、ぐるぐるとまわりだす しー のを感じた。感覚が萎え、吐き気がして、目を閉じなければならなと見やりながら、 くなった。だが、なぜか : ・ : 閉じた目蓋の裏から、はっきりと、四「いや、いちおう、落ちつきしだい地球へ送り返します。これだけ 囲の壁が、天井が、床が、彼を押し潰そうと、じわじわ、じりじり強度の強迫観念は、やはり、地球上でなければ治癒できませんから ね。そしてまあーーー二度と月へは戻ってこれないでしよう」 とせまってくるのが見えた。 たちまち、胸が圧され、手足が、頭が、頸が圧迫されて、どうに リエはうなずいた。そのほうがいいかもしれない、と思った。リ もならない悲鳴が、ほとばしり出た。 工自身も、かってそうして彼女のもとから去っていった男をもう一 「助けてくれ ! ここからだしてくれ ! 外へ出してくれ ! 」 人知っていた。その男も、かっては、彼女よりも月を愛し、月のた だが、彼らは、その武器の使用を、いっかなやめようとしなかつめにわが青春を埋めたべテランの一人だった。だが、愛しすぎるこ た。飛鳥田は、もう、闘志も気力もうしなって、ただこの閉じた空とは復讐されることだという、単純なことを彼らは知らなかったの 間から外へ、どこでもいいから外へだしてもらいたいばかりに泣き だ。そのため、徐々に神経をすり減らされて、とっぜん潰える 奐き、叫びたてるだけだった : その微妙なメカニズムが、こんな新米の精神分析医にわかるはずは よ、つこ。 「出してくれ ! 出してくれ、出してくれ : : : 」 まだまた、たくさん出るかもしれない : リエは、ふと頬にさわってみた。飛鳥田になぐられた傷がずきん 「しかし、前から、多少の徴候はあったんでしよう 保健センターの精神分析医は、リエの顔面の半分をおおう白い繃と疼いたが、彼女の心の腫れとくらべれば、何程のこともなかっ 5 帯を、ちょっと痛々しげに見やりながら、いった。
にしたそれを一心不乱にながめつづけ、あまりにそれに熱中するあち児童のなかの問題児をどうすべきかについて、お喋りを始めてし まった。例によって彼女は、担任の男の子たちの騒々しさと乱暴 まり、いつも授業開始のベルでぎくりとわれにかえるのだった。 そしてそのつど、教室へはいる生徒の流れに加わる前に、彼女のさ、女の子たちの際限ないお喋りについてしきりに愚痴をこぼして ー・リンを いたが、それにたいしてわたしはーー、愚かにもーーーース 手は、もしポケットがあればそこに、ない場合は、校舎と生け垣の あいだの小さな出つばりへと動く。どうやらそのたびに《なんでもそういった外面的な現象よりも、むしろより深い懸念の対象として 箱》をしまわねばならないらしいのだが、けっしてそれを取りに戻差しだしてしまったのだ。 「というと、ただじっと坐って、無をながめてると言うの ? 」アル る必要はないのだった。 せんさく なににせよ、彼女がそのものを校舎の出つばりに置く、そのしぐフアの声が軋んで、いつもの穿鑿的な声音になった。 「そうね、とにかくわたしにはなにも見えないわーと、わたしは言 さにすっかり魅せられたわたしは、あるときじっさいにそこへ行っ った。「でも明らかに彼女には見えるのよー て、きたない狭い出つばりに手を走らせてみたことがある。それか ら、指先の埃を拭いながら、こっそり子供たちのあとについてホー 「でもそれは、幻覚を見てるってことじゃないの ! ー彼女の声調が ー・リンの興ありげな、だがロ ルに戻ったのだが、ふと見ると、ス 一段階あがった。「あたしが本で読んだところによるとーー」 ーリンが、灰皿に煙草をこすりつけるためにデス もとは笑っていない顔がこちらに向けられ、その手はいたずらつ。ほ 「わかったわ」マ く前に置かれて、眼には見えない堅いものを親指で愛撫しているのクにのりだしながら言った。「あなたの読んだ本の話なら、何度も 。こっこ。 聞いてるわ。聞き飽きてるくらいよ」 彼女がわたしをだしぬいたことでこんなにも得意がっているのを「と言っても、まるきり本を読まないよりはましじゃないー 知って、わたしもまた微笑んだ。おなじ自閉的性格にしても、これフアは鼻を鳴らした。 は非常に陽気なたぐいのそれだったから、わたしはいままで抱いて マーリンは鼻孔から煙を吐きだしながら、「わたしたちはね、あ いた懸念を捨て去ることにした。それと名づけられる他のどんな現なたがべつの本を読む日を待ってるのよ。どうやらその本、めった われよりも、これはましに思えた。 にないほど長い本らしいわね」 わたしは考えるのだが、いつの日か、このわたしも、沈黙という「あら、そうとは思わないけど」アルフアはひたいに皺を寄せた。 それから彼女は真っ赤になって、憤然とマ 美徳を学ぶようになるだろう。どうせ学ぶのなら、あの長かった午「たしか、ほんの 1 リンから顔をそむけた。 後よりも前に学んでおけばよかったと思う。わたしたち初等科の教 「ところであたしたちの議論に戻るけどーーー」と、彼女はわざとら 師が、集まって、謄写版のインキの刺激的な匂い、ただよう煙草の 煙、絶えまないお喋りの流れのなかで仕事をした、あの午後のことしく声を強めて、「あたしにはその子は情緒的に深い不安を持って だ。そのときわたしは、うつかりアルフアのペースに乗って、受持いるように思えるわね。ひょっとしたら、精神病者とさえ言えるか