と光った。 うか ? ーー月の裏側へまわりこんだ宇宙船の中で、リック・ビータ なぜ、こんなことをしたのか ? と「意識」はまだ、いぶかし ーセンは、またそのことを考えた。三人のりの月面作業船は、地球 2 げに考えていた。こんなことをする必要が、どうしてあったのか ? にむいている面の、「蒸気の海ーにおりており、別のロケットでう この島宇宙の中の、この恒星系の、このちつぼけな惑星の運命に、 ちこまれた資材のくみたてにかかっている。作業班の月面滞在時間 「意識」はいったいどんな関係があるのか ? 「意識」はいったい、 は二十二時間、そして。ヒータ 1 センは、月周回軌道上の回収宇宙船 この宇宙において、何なのか ? 内に一人のこり、月面上の作業班が再発進してくるまでの、退屈 ただ、「意識」の一部だけが、何かを感じとっていた。「時の回で、孤独な時間を、鬼火のように、赤く、青くまたたく機械の明り 廊」の彼方に、規則的、間歇的に、キラリと光るそれを凝視しなが にかこまれてすごすのだ。 ら、その行為の正当性を、はるか未来のそれと確認しあっていた。 月面高度百十キロ余の円軌道にのり、秒速一・六キロ、約二時間 これでいいのか ? そう、それでいいのだ。それでよかったので月の赤道部を一周する。 月はいま半月で、宇宙船の軌道が月 た。億万を数える星辰の中で、稀な中にも稀なゆたかな可能性をはの裏側にはいりこめば、地球上の基地や、月面上の作業班との交信 らむこの惑星に、その「偶然」はまことにふさわしいものであり、 はとだえ、さらに四分の一周すれば、まばゆい太陽の姿も見えない それはまた、この惑星の、異例なまでにゆたかな歴史の未来に、一 完全な暗黒の中にはいりこむ。二時間のうち、四分の一の二十五分 つの「必然的 , な方向をあたえることにもなる : から三十分の間、太陽からも地球からも、同僚の通信からもまった ( 行こう と、「意識」ののこりの部分がいった。行こう く遮断され、ただ一人、暗黒の宇宙とむきあうのだった。宇宙船の と、よびかけた同じ部分がこたえた。それでは と、「意識」「の一方の窓から、ものすごいばかりの広漠たる宇宙の姿が見え、反対 一部は、はるけき未来のそれにむかって、最後の一暼をなげかけ側の窓は、月の、完全にまっ暗な夜の部分がしめていた。その暗箱 これでよかったのだろう ? こうしなければ、おそらくわに首をつつこんだような完全な暗黒のむこうに、巨大な沈黙の質量 れわれは会えなかったのだから : がのしかかるようにせまってくるのが、皮膚にひしひしと感じられ はするのだが : それは、再びキラリと光って消えた。 それを合図のように、 「意識」はたちまち稀薄に拡散し、恒星系をこえて、その島宇宙全まったく、こんな巨大な天体が、地球のすぐ傍をまわっていた。 体にひろがり、一瞬にしてその宇宙を横切り、さらに彼方にまたたということは、奇跡のようなものだ。それも、この広大な太陽系 く数かぎりない島宇宙にむけて、巨大な暗黒を、透明ですばやい視の、九つもある惑星のうち、ただ一つ多様に発展した生命をうみ出 線のようにわたって行った。 した地球のまわりを : ・ 。それも、衛星としては、おどろくほど大 きい。直径三四七六キロ、水星にちかいほどだ。 むろん、これ もし月がなかったら、人間はこんなに早く、宇宙〈進出しただろより大きい衛星はいくつかある。木星のガ = メデやカリストや こ 0
前の、テラ星人の原始的な宇宙船が、微細な宇宙塵にび 0 しりそのま二つの天体の上からま 0 たく姿を消してしま 0 た。彼らは、種の 表面をおおわれ、重力変型でおしつぶされて、ぶざまな虫のように寿命をつかい果し、この宇宙の中から完全に消減してしま 0 たのだ 隕石の穴たらけの地下工場の中では、巨大なろうか ? それとも、亜光速航行による相対時差にささえられ、 横たわっていた。 まなお宇宙のどこかをさまよいつづけ、あるいは、別の恒星系に定 宇宙船が二隻、建設途中のまま放置されていた。 大きさからして、テラ星人なら、二千個体が当分生活ができるた住することに成功したのだろうか ? とリイは思った。ー・・・ーー数億ニーヤ : ほとんど不可能たろう ろうーーと建造台の上の宇宙船を見ながら、リイは目算したーーす それはあまりに長い。彼らの子孫が、たとえどこかにのこっていた ると、これは、植民船たったのだろうか ? それにしても、おおー にしても、それは母惑星の記憶さえとどめない、似ても似つかぬ生 こんな素朴な宇宙船で、彼らはいったい、どこ ワープ装置もない。 この衛星上に、無数の穴をうがち、 物に変貌しているだろう。 の星を目ざしたのだろう ? かって、この衛星上の組織体と、母惑星上のそれとの間に、何度無数の建築物をつくり、巨大な宇宙船組立て工場をつく 0 た、孤独 かのはげしい衝突があ 0 た、と記録はったえていた。そしてその衝で、素朴で、勇敢な種族・ーーいじらしくも、星辰の彼方に、未知の 突ののち、この衛星上から、最初の、恒星〈の旅を目ざす一団の宇知的生命をもとめて、原始的な船で船出して行 0 た種族。ーー君たち 。巨大な宇宙船は、もちろん、そが、生きているうちに、われわれにあえていたらなあ : : : と、リイ 宙船がとびたって行った、と : は、宇宙ステーションの、こわれた屋根から、暗黒の宇宙にかか : : : リイは、ムフ、立日も の後母惑星からも発進した。何億ニーヤも前 そうしたら、君た なく崩壊し、土砂に埋もれて行くエ場と宇宙船をながめ、次いで満る、巨大な青い天体を見上げながら思 0 た。 はるかな昔、この衛ちはどんなにかはげまされ、宇宙生命進化の、新しいステージにの 天に星をちりばめた暗黒の空をながめた。 星と、母惑星の上に、素朴ではあるが、それなりに高度な文明を築れたかも知れないのに : 「赤道部付近退去 : : : 」と、母船からの声がさけんだ。「そこにい き上け、原始的な航法ではあるが、巨大な宇宙艝をきずき上げて、 無数にかがやく恒星の世界を目ざして、虚無の大洋へのり出して行るのは ? リイか ? 、 「ええ、ミといっしょです , と、リイはこたえた。「すぐ退去しま った、孤独な、隔絶された種族 : : : 素朴で、偉大で、無鉄砲なまで に勇敢な種族ーー彼らはどこへ行ってしまったのだろう ? 彼らがす」 どうなったか、という記録はまた見つかっていないが、彼らのうち「ンカ・バとトウク・トウクをひつばってきてくれ」と母船司令は いった。「連中、夢中なんた。君の今いる所から東へしばらくいっ のいくらかは、彼らのすめる新しい恒星系に達し、そこに新たな生 この近傍の恒星系のた所で、最古代の記録保存所を発見して、こちらの警告に耳をかさ 活をうちたてることができたのだろうか ? どこかに、彼らの子孫が、残存していないだろうか ? この衛星のない」 空中を、破裂によって投げ出された岩石がとんでいた。 上、そして母惑星の上に、巨大な文明の遺跡をのこした種族は、い リイ 3 7
て、二つの天体の間でわずかすっ、その自転速度が失われていっ て、惑星からややはなれたところをまわっていた。宇宙塵の雲は、 しかし、大気潮汐はなおはげしくつづき、熱対流よりも大 その黒い、もやもやした団塊にひきつけられはじめた。 わずかの時間ののち、その惑星から、ほんの一またぎの距離の所きくかきまぜられた大気は、摩擦によ 0 て電気をたくわえ、すさま じい雷鳴が暗い雲間をつんざいた。放電は雨をよび、アンモニアの に、巨大な衛星が出現した。それは、衛星というより、双子星とい った方がいいほど、巨大な球体だ 0 た。直径は惑星の四分の一、質雨が大地にふりそそいだ。 ″なんてことを ! みと「意識」の大部分は叫んた。″おお ! なん 量は二。 ( ーセント以上ーーー巨大な衛星は、はげしく自転しながら、 あれほどおだやかだった惑星を : 惑星からすぐはなれた所をめぐりはじめた。視直径は六度以上に達てことをー この巨 だが、これでいいのだ、と「意識」の一部は思った。 し、惑星上からながめると、のしかかるように巨大に見え、地平か らあらわれる時は、ほとんど手がとどきそうに思えた。恒星の光を大な天体によるはげしい擾乱は、この惑星の上に、あたらしい、よ うけて、それはなめらかにテラテラと光り、その光は、メタンとアりゆたかな変化の芽をひき出すのに、何ほどかの役に立つだろう。 ンモニアの大気や、まだ濃密な浮遊細塵をとおして、赤茶けた、もそしてその新しい次元の変化がうみ出された時、その天体の潮汐作 のすごい光りとなって、その惑星の夜を照し出した。大気と細塵の用には、その変化がよりゆたかに、多様に育って行くことを、幾分 ちょうど、ゆりかごのやさしいゆさぶりが、 一部が、その重力にひきよせられ、ひょうたん型に中ほどのくびれか助けるだろう。 まちかをめぐる巨大な嬰児の眠りをもたらし、またその刺激が、嬰児の意識の眼ざめを助 たガスが、二つの天体をつないでいた。 質量のため、惑星はゆれ、よろめき、大気は強い潮汐作用のためにけるように : はげしくかきまぜられ、嵐となって、ごうごうと灰色の地表を吹き第三惑星をめぐり出した衛星の傍にとどまって、「意識」は、時 巨大な衛星の青白い光は、 荒れた。まだ充分にかたまりきらぬ惑星の地殻は、潮汐によってはの回廊の彼方を見はるかしていた。 げしく歪み、百雷が一度におちるようなとどろきをあげて、ひびわその惑星の荒涼たる夜を照し、大気と、そしてやがてその表面の凹 れ、おちこみ、また隆起した。衛星自体が、その潮汐のために、大所にうまれた海の、おだやかで規則的な満ち干をつかさどるように きく歪み、自転がその歪みを移動させ、今にもばらばらになりそうなって行く。大洋をふちどる干満線にそって、もろもろをとかしこ うしお んだ潮は大気とまじりあい、岩石や砂の表に、やがて生命となるべ にきしみ、幾何かの岩石細粉をまたもとの空間にふきとばした。 ねぐら しかし、巨大な衛星は、じきにあの限界ーー近接して共通の重心き泡と澱とを吸着させ、そしてうまれた生命の、幼生たちの寐とな やがてその光は、ある種の虫どもや爬虫類の愛を をめぐる二つの天体のうち、小さい方を潮汐作用によって破壊してっていった。 さそい、さらにはある種の鳥たちの、夜の飛行をたすけ、夜を行く しまう限界距離をこえ、天空にかかるその姿は、初期にくらべて小 さくなり、自転速度も公転速度も小さくなっていった。二つの天体獣たちの、理由も知らぬ遠吠えをひき出し、そして : をつないでいたガス体の橋も切れ、距離が徐々に遠ざかるにつれ時の回廊の、はるか彼方、もっとも遠い奥で、それがまたキラリ ′イナリー 5 2
「いそいだ方がいい」 いか、と、リイは反論した。 いずれ、星間言語学者のンカ・・ハが、この議論の決着をつけてく リイは、何度かくりかえした言葉を、また作業ロポットにむかっ てつぶやいた。 れるだろう・ だが、それにはちょっと時間がかかりそうだ。ン カ・・ハは、きちがいのようになって、資料をかきあつめていた。も 「大丈夫です」 とロポットはこたえた。 う三十エルデスも連続して働きづめで、全然休んでいない。熱中癖 地面がまた不気味にゆれた。 もあるのだが、なにしろ時間がなかった。ここへ到着した時は、こ 地平ちかくの巨大なクレーター の外壁が、ゆっくりくずれおちた。巨大な岩塊が、かるがるとパウの衛星が、その何十億ニーヤもの歴史を閉じようとする、ほとんど ンドする。が、大気がないため、むろん音はしない。煙るような砂寸前だった。機械脳は、あと正確に六十エルデスと計算した。 ほこりがたちのぼり、オレンジ色にキラキラとかがやきながら、四母惑星上には、まだ遺跡や、重要な資料となる記録類が、巨大な 方にひらたくひろがり、たちまち消える。 集団生活装置の廃墟の中にごっそりのこっている。そして、そうい 「時間は、あと、どのくらいかかる ? 」 った生活装置群は、惑星上に何百カ所にもちらばっているのだ。 「収油完了まで十・八エルデス・。フラスマイナス〇・〇五 : : : たっ ーだが、衛星の方の遺跡は、大急ぎで資料採集する必要があった。 ぶり余裕があります」 重要と思われるものも、大部分は記録をとっただけで放置しなけれ ばならなかった。星間考古学者のトウク・トウクはすっかり頭にき 「まちがいを起こさないようにやれ。ーーー気をつけろ」 イをいいすてて、ゆるい斜面をゆっくり「海 , の方へむけててしまっていた。トウク・トウクはツ。 ( 星雲人で、ツバ系の連中 は、みんな逆上しやすい しかし、トウク・トウクは、そんな おりていった。「海」ー・ーたしか「テラ」種知的生物はそうよんで いた。彼らののこしていったさまざまの情報から、その言語を分析にカッカとする必要もないだろう。母惑星上の遺跡だけでも大した してみて、彼らがその平たく黒っぽい地域を、その言葉でよんでい収穫だ。こんな辺境の、それもいままで他の宇宙知性に知られるこ ることがわかった。しかし、母惑星上で金属塩を多量にとかしこんとのないまま朽ち果てていった、孤独で小さな恒星系文明の、ほと だ液状酸化水素の巨大な溜りをさすこの言葉が、どうしてこの、気んど全貌がわかるだろう、と母惑星遺跡調査団の責任者は発表して 相、液相の元素が一つも存在しない衛星上の、平滑な地形をもさすいた。そして、惑星系に関する彼らの入念な記録は、宇宙生命進化 言葉になったのか、リイにはよく理解できなかった。ミは、「海」史にまた何か新しい事実をつけ加えるかも知れない。 というのは、液状酸化水素の大きな溜りをさすのではなくて、平た し / し この文明をつくったのはどんな連中だったのだろう ? いくぼんだ地形をさすのだ、と主張した。だが、それなら、母惑星 リイは、暗黒の衛星の空を、すばやく横切って行く、巨大な、 上の大気に露呈した地域の中心も、くぼんで、平坦な所があちこち青い母惑星を見上げながら思った。 まったく、連中があの母惑 9 にあるのに、連中がそれを別の名でよんでいたのはおかしいじゃな星の上で生きているうちに、彼らの文明が、まだ隆々とーーーしか
ー衛星に、いよいよ最後の時がちかづいていた。基地のある丘陵のり、はるか虚空の、母惑星の方向へむけてとび去ったりした。リイ 上で「撤収まであと二十五エルデス」のサインが点減をはじめた。 たちが着陸してからで、公転速度は目だって早くなったようだっ 「リイ ! 」 た。まっ青な母惑星は、くずれた地平にあらわれるや、たちまち宇 と丘の上から、白い、半透明の膜のような体をひらひらさせなが宙にのぼり、反対側へ沈んで行く。 ら、ミがよひかけた。 リイとミは、すでに危険のため、一部立入り禁止になっている赤 「仕事はすんだのか ? 」 道部の、古代テラ星人遺跡を、あわただしく見てまわった。ーー・何 と、リイは背後眼をひらきながらきいた。 代にもわたって、つくられた、彼らの衛星上での生活の跡 : : : 彼ら 「一段落よ。ーーー本当は、もっとやりたいことがあるんたけど : が、いじらしくも、「最初の宇宙文明」とほこらしげに記録してい 時間切れね。あきらめたわー る、さまざまの、おどろくほど原始的な生活装置群の残骸ーーそれ 「もっとやりたいことって リクのことか ? ・」 らは風化もされず、ただ恒星のつよい紫外線や放射線によって一部 「そうーーーこれだけ長い年代っみかさなった遺跡の中から、彼の痕変成し、衛星上の地質変動や、隕石によって一部破壊されただけ 跡を見出そうったって、むりな話ね。それに、彼は何億ニーヤも前 で、ほとんど太古のままの姿で、なまなましくのこっている。ギザ に存在した知性体だし : ギザの破孔のあいたドーム状建造物、内部のこまごまとした、原始 「まあいいさ。 とにかく彼のおかけで崩壊前に、この衛星遺跡的な機械類 , ーーそのもっとも後期に属する一部は、彼らの姿が、こ を発見できたんだから・ : ーとリイはいった。「さてー・ーあと、二の衛星上から去っていったあと、何億エルデスもの時をへだてて、 十エルデスで撤収た。見おとした所はないかい ? 」 なお動いていた。 「いつばいあるわ」ミは、くやしそうに、白い膜をまき上げた。 一時期にはこのちつぼけな、岩石質の球型天体の上に、百万の単 「赤道部遺跡はほとんど見ていないのよ」 位のテラ星系個体が生活した、と思われる規模の施設がのこってい 「時間まで、できるだけ見ておこう。 まもなく、崩壊だ」 しかし、それは最盛期 る、と、調査班の一つは報告していた。 リイとミは、体につけた飛翔装置を作動させた。ーーすこし上空であって、衛星上の遺跡から、大雑把な年代別の推計をやると、初 にのぼると、この衛星の最後は、もう目前にせまっているというこ期で数百から数千、全期間平均して、万から十万の単位の個体数が とがはっきりするのだった。いたる所に、なまなましい、巨大な亀住んでいたらしい 裂がはしり、二人の見ている前で、その亀裂は大きくなり、新たな中緯度帯に、この衛星上最大と思われる集団生活装置の遺跡が、 ジグザグの亀裂が走り、衛星全体がギシギシとゆれているみたいだ両極側で合計六つのこっていた。一つの生活装置群の収容個体数は った。赤道部では、潮汐と自転によって、くずれたクレーターの破約十万、岩盤を地下へむけてふかくほりぬき、中には衛星半径の百 片が、とび上ったままおちてこず、衛星のまわりをまわりつづけた分の一もの深さに達するものもあった。 7
もし、月がなかったら めぐって行くものにすぎなかったろう。 だが、木星自体が巨大なのだ。主星の直径の四分の一、質量の二パ ・ : 人間は「宇宙」へとび出して行く気を起したろうか ? 隣の天 ーセントをしめるような大きな衛星が、ほかにあるだろうか ? こんな大きな天体が、地球の夜を照しながら、美しくみちかけ体までははるかに遠く、その距離を克服するには、ず 0 と長い時間 を必要とし、もっとはるかに高度な航宙技術のうまれるのを待たな し、暁方の空に浮び、夕方の空にのぼり、真昼の空に白々とうか び、こんなに近くをめぐりつづけていた、ということは、何というければならなかったろう。いやーーーそもそも「宇宙へ出て行く」と いうようなことは、最初から不可能だ、とかナンセンスだとかきめ 偉大な偶然だろう ? ーーー月の裏側にはいりこんで通信がとだえ、片 側の窓いつばいに、皓々と輝く月面が動いて行くのをながめる半時こんで、その方向への意志を抱こうとしなかったかも知れない。そ 間、リックはくりかえしそのことを考えた。アウストラロビテクスれだって大いにあり得たことだ。 月は、宇宙へむかってつき出した岬だ。ーー・宇宙へむかって、こ は、月を見て何を感じたろう ? ビテカントロプスは、月にむかっ て歌ったろうか ? ネアンデルタール人は、月の事を、何だと思っの不思議な惑星にうまれ、四十億年の進化の歴史を経てきた「生 と考えたの命」という不思議な存在が、いまその故郷から足をはなして、広漠 たろう ? ーー彼らなら、何とかして月へ行ってみたい、 たる宇宙へのり出して行こうとする踏み切り台だ。ーーー本当に、も ではないだろうか ? し月がなかったら、人類の、いや、地球の歴史はどんなものになっ 月を見て、何か感情をかきたてられるものが、あのみずみずしい 惑星の上にうまれてからおそらく数千万年、確実といえるもので百ていたろう ? そして、輝く月平線が弓なりに細くなって、暗黒が一方の窓を 万年以上、あの惑星上の生物は、この美しく青白い天体をながめつ づけてきた。ホモ・サビエンスもまた、数万年の間、月に対してさふさぐと、リックは反対側の窓に身をよせて、上下左右にひろがる まざまの空想を描きつづけた。時にはそれを人にたとえ、時にはそ宇宙の深淵をのそきこみ、その深淵のおそろしいばかりに深いひろ この銀河系 れを神とあがめた。生物は、長い間月をながめつづけ、その間月がりを感じさせる無数の星々をながめるのだった。 は、青白く、銀盆のように輝きながら、地球のまわりをめぐりつづ宇宙の向うは、どんなになっているのだろう ? と、彼は・ほんやり けた。 考えた。あそこにぼんやり光る渦状星雲 : : : あれは銀河と同じ小宇 ホワイト・ド レッド・ジャイアンツ まったく、月が こんな大きな美しい天体が、こんなにまちか宙だ。あの赤いのは赤色巨星で、あの青白くもえる星は、白色矮 スーパー・ノヴァ クエーザープル ! ・ギャラクシー く、めぐっていなかったら、人類はこんなに熱心に宇宙へ出て行こ星をひきつれている。準星、青色星雲、超新星、ラジオ星、 うと工夫をつづけ、こんなに早くそれに成功しなかったのではない線星、中性子星、衝突する小宇宙、とび去り、ひろがって行くはる ・ころうカ ? ・ もし、水平線に緑の島が見えず、ただ茫々たる大洋か彼方の星雲、拡散して行く大宇宙 : : : おれはいま三十五だ。よく がひろがるばかりだったら、人類はひろい海をわたって見ようとい生きてあと五十年、とても生きているうちには、あの宇宙の涯には 7 人類は誰も、その う気を起さなかったにちがいない。船は小さく、沿岸をつつましく行けない。太陽系の涯にだって行けない。
を、解析し、記憶し、地球の一 = ロ語を、ある程度学習していた。 へ送られた。その電波は Z<-n< の一大追跡網がとらえ、テキサス そのため二万五千年前の新事実が、お・ほろげながら次々と明らか 州ヒ、ーストンの有人宇宙船センターから、民間テレビ局に流され 3 こ 0 にされ、世界はまったく興味と興奮の渦のなかに、巻きこまれてし まったのだ。 それから太平洋やインド洋上の通信衛星で中継して、各国のテレ 電子頭脳は、第一に、月の遺跡と人像を、宇宙人がつくったとい ビ局に送られた。このため世界六億の人々が、宇宙に棲む知的生物 う説を、否定した。ニコラスは、誤っていたのである。 の輪郭というものを、初めて垣間見ることができたのである。 「では、だれがつくったのか ? 」 彼らが、どの星からきたかは、ついに分らなかった。しかしこの カビリノ国、ツマリ、オ前タチ水ノ惑星ノ住人ダ : : : 」宇宙の生物たちが、いまから二万五千年も前に、すでに宇宙飛行の 「その住人は、どうやって月まで来ることができたか ? 」 技術を完成し、月や地球にまで到達していたことは、もはや疑う余 「ソレハ、 ワレワレノナカマガ、運ンデキタ : : : 」 地のない事実となったのだ。 「何のために ? 」 ニコラスは、この電子頭脳との対話をもとにして、自分の説を新 「ソレハ、 ワレワレノキケンヲ、スクウタメダ・ : ・ : 」 らしく立て直した。それはおよそ、次のような内容のものであっ 「宇宙船は、どこから来たか ? 」 「ソレハ、、 / リマウマウ系ノ第八惑星ダ : しかしそういわれても、その惑星が、地球の星図のどれをさすの 「ある未知の惑星を探検しようという場合、その惑星をまわる衛星 か、ついに分らなかった。この点については、電子頭脳も地球人をに着陸するのは、宇宙飛行の常識である。だから地球に近づいた宇 理解させる言葉を持たなかったのだ。 宙人たちは、まず月に着陸したのだ。そこが、〈虹の入江〉だっ 「では、お前の主人たちは、どんな形をしていたか ? 」 そういわれたとき、電子頭脳は黙したままで、これについても残そうして地球を観測している間に、何か重大な事故が起こった。 念ながら解答はえられないかと思われたが、しばらくして、 隕石が落下して、恒星間飛行用宇宙船の一部を破壊したのかも知れ 「図形ヲ見ョ : ないし、あるいは原子核動力装置が暴発したのかも知れない。が、 といったのである。そして電子頭脳の表示盤に描き出された図形幸いにも、惑星着陸用宇宙船は、無事だった。 はーー耳が長く垂れ下り、眼が大きく、唇が薄く、顎の鋭く尖った そこで宇宙人たちは、宇宙船を修理するための資材や労力や、あ 生物の姿で、月やイースター島の人面石像と、余りにも特徴がよくるいは食糧などを得るために、着陸用宇宙船に乗って地球へやって 似ていたのである。 きたのだ。その場合、着陸地点を大陸ではなく、太平洋のもっとも この図形は、〈虹の入江〉の観測基地から、直ちにテレビで地球隔絶した島に選んだのよ、、 。しうまでもなく未知の住民からの危険を こ。
とミは、危険をおかして進んだ。記録保存所と、二人の学者はすぐ文字が、び 0 しりきざみこまれ、その所々に、テラ星人の顔らしい 見つかった。ンカ・バも、トウク・トウクも、頭に無数の補助電子ものがうきぼりになっていた。 脳をさしこんで、夢中になって、記録類をあさっていた。 「ンカ・ あなた、この字が読めますか ? 」とミはその一つ 「古いそ ! 」とンカ・パは二人の顔を見ると、興奮して叫んだ。 をさして叫んだ。「なんと書いてあるんでしよう ? 」 「ほら、ここに この衛星は、かって、現在の十倍以上の距離を「それか ? ・ : 古書体だな。数値言語でないから、今 母惑星からたもち、自転公転の周期が一致していて、常に同じ面をすぐには、全部は読めない」 母惑星にむけていた、とある。この記録所は、そのころっくられた 「なんでしよう ?. ミ は興奮した様子でいった。「なにがほってあ ものだ。 それから、衛星と母惑星の距離はもっとはなれて行るのかしら ? 」 き、次に接近がはじまる。最初に母星から、この衛星にやってきた 「ああ、この記念碑そのものの説明なら、さっき記録があった。テ 時期は、まさに、この衛星の自転公転周期が一致していた時期だとラ星人の衛星開発の第一歩を記念したものだ。そして、その台座に 推定される。だから、この記録保存所は : ・ : ・」 短く何列にもきざまれているのは、開発時代の一番初期の犠牲者た 「いいですか ? ーーー赤道付近退去命令が出ているんですよ」リイはちの名だ」 さとすようこ、つこ。 「これを : ・ 冫しナ「ここも、そろそろ危険です」 ミは、一カ所をさしつづけながらくりかえした。 「もうちょっと : ・・ : 」と、ンカ・バはいった。「もうちょっとだ。 「なんとか読めません ? 」 この記録だけ、収録してしまったら : : : 」 ・ : 」とンカ・バは苦心して、最初の短い単語だけ読んだ。 「あれは なんですの ? 」 「リク : : : プ : : : 。ヒ : : : あとの長い方は読めんよ」 ミは、記録保存所の、すぐ傍にそびえたっ、銀天色の角錐台をさ「リクだわ ! 」ミは叫んだ。「ねえ、リイ、みて、これはリクだ した。大きなもので、上に何かの構造物の脚部の跡が残っている。 わ ! ーーーあのリクよ ! まちがいないわ ! 「あれか ? ーーあれは単なる記念碑だったらしい , トウク・トウク リイは眼をこらした。もとより彼に読めるはずはなかった。短い は不愛想にこたえた。「あの上に、かっておそろしく高い塔がた 0 単語と、長い単語 : : : それは、こんな形で刻んであ「た。 ていたらしいんだが、今では台座たけがのこっている。 ーーあの地 RICK PETERSEN 点で、テラ星人が、この衛星にはじめて着陸したらしい 突然ミは、白い、ひるがえる風のようにとんで、その台座の傍に なにカ : : : 感じるかね ? ミとリイは、その文字をなぜながら たった。特殊合金製らしいその巨大な台座は、長年月にわたってふきいた。 りそそぐ宇宙塵の微粒子にもほとんど傷つけられず、にぶく光って「いし えーーーもう、何も : : : でも : : : でも、私にははっきりわかる いた。台座の斜面には、リイやミには一言も読めない、テラ星系のわ。これが、あのリクよ。まちがいないわー 4 7
古のテラ星人たちが重力六分の一の状態下における、とびこみや、 「あれ、何かしら ? 」 白い、不思議な曲線をもった建造 バタフライをたのしんだ。フールだったことが、リイやミに理解され 7 ミは膜の一部をのばした。 物が「海」をひかえたクレーター群の斜面にむらがっていた。高さるはずもなかった。一気圧の大気の中で、腕に羽をつけ六十メート はふそろいで、いずれも頂部に透明なドームをもち、中の一つは、 ルの滑空をたのしんだ大遊戯場、月面ゴルフ、月面野球などのさま ふそろいなクレーターと高さをきそうほどぬきん出ている。 ざまな遊戯施設ーーー母惑星の六分の一の重力が、あれほど興奮をさ 「ああーーー母惑星からの一時的な旅行客の宿泊設備だ。トウク・ト そう、センセーショナルな体験としてめずらしがられ、低重力が商 ウクがいっていた」 売になった時代ーーーだが、そんな地球人がたのしんだ日々も、今は 「あんなにたくさんあるわ , すでに、リイたちの時計で、何億ニーヤも過去のことになってしま 「観光客用だったらしい 一時期、母惑星からの観光客が、すった。 ごく多かったらしいね , ホテル群の地下には、この衛星上、いたる所にほられている地下 しかし、それはすべ 彼らは、ホテルの一つにおりたった。彼らから見れば、無数の穴交通機関の通路がいくつもひらいていた。 としかおもえない個室、酸素はとうの昔にぬけてしまったが、長期て、崩壊寸前の震動のために、くずれてうまってしまっていた。 間の間に放射線損傷や重力変成をおこしてしまって、ゆがみ、くず「彼らは、この衛星を、トンネルだらけにしてしまっていたよ」と リイはささやいた。「衛星の重力を利用した、自然落下交通が、一 れてしまった家具類、まるで、岩盤のようにカチカチにかたまった カーベット , ーーーある建物は、巨大な隕石が、斜めにとびこみ、無惨時ひどくはやったらしいんだ」 に破壊されていたが、今もなお横たわる、巨大な鉄質隕石の近辺の「見たいわーとミはいった。「でも、もう全部くずれてしまったで 床に、かすかにのこる黒斑がーーーそれがあの地球人たちの記録にとしようね」 どめられた大惨事の起こった時の、犠牲者たちの血のあとだとは、 「直径トンネルが三本のこっている。ーーー極軸トンネルは、まだガ リイもミも知るよしもなかった。かって豪奢だった建物は、、 ッチリしているが、見ているひまはあるまい」 崩壊に瀕している衛星上のすさまじい地震によって、何千万年、あ彼らは、崩壊しつづけるホテル群から出た。そこからは、両極方 るい何億年ぶりかに生きかえったようにゆれ動き、斜めにかしぎ、 向と赤道方向に、十文字の、月面ハイウェイが走っている。が、む 壁がおち、パイ。フが折れ、ひんまがり、荒々しい痙攣の中で、土にろん、ほとんど破壊され、くずれてしまっている。ひんまがり、あ かえろうとしていた。 るいはひっくりかえった、月面モノレールの鉄塔、爆発した核融合 ひびわれし、失透して鉛のように変形したガラスや、。フラスチッ発電所のあとーーそして、彼らは次に、巨大な宇宙ステーション ク、コンクリート の破片がいつばいちらばった、四角い、大きな凹と、巨大な半地下工場がかたまっている地域に来た。大断層に、ス 。ハッと二つにひきさかれた宇宙ステーションの上には、何億ニーヤ しかし、それが太 みの前に、ミはいぶかしげにたちどまった。
どうしたというのだ ? りと見とらせた。 のつぶをやきあげた。 この惑星が ? この平凡で中庸な恒星系の中でも、とりわけ平凡で、中庸な惑星宇宙の暗黒をきりひらく、薄明の回廊のような「時の道」のはる 2 だ。ここに、何があろうとも思えない。 この惑星が、このあとどんか彼方に、その「なにか」は、キラリとひらめき、またすぐ消えて なに長い時間をわたって行こうとも、未来永劫、この恒星系がその行く。 一生を閉じるまで、何の変化が起るとも思えない : 〃そうか ! 〃と「意識」の一部はいった。″そうか ! わかっ 〃これは : た。これは : : この惑星は、このままではだめだ。このままでは充 分ではないのだ″ 「意識」の一部は、いらだちながら、必死に言葉をさがした。 〃これは : 〃なぜ ? 〃と「意識」ののこりの部分は、おどろいたように問い、 しい惑星だ。ごらんーーこの惑星系の中で、もっとも どうだめなんだ ? この惑星は、 中庸でーーその大きさも軌道もまたほどがよい。あまり巨大なら、けた。〃なぜ ) だめなんだ ? この宇宙でも、稀なこ これほど恒星の近くをまわれまい。あまり小さければ、その変化のたしかに、ゆたかな未来をもっている。 歴史は貧寒なものになるだろう。あまり恒星から遠ければ、その物とだ。この恒星系でも、稀なことだろう。そのどこがいけないの 質系の変化の経路は、冷たく、鈍いものになるだろう。あまりに近だ ? どこが不充分なのだ ? 〃 ければ、恒星のエネルギーにやきつくされ、そしてまた、小さけれ いや、これだけではだめだ。まだ何かがいる : ま、変化をそのまわりに維持しつづけることができず : 「意識」の一部は、憑かれたように、その暗い、冷たい惑星のまわ その時、ふたたびその惑星上で、「なにか」がきらめいた。 りをぐるぐるまわった。 惑星のまわりには、まだその表面に落 「意識 , はいっせいに沈黙し、その「なにかーを注視した。 下しきれない、濃密な宇宙塵の雲が渦まいていた。 今度はすこしはっきりした。 この恒星系に注意をむけはじめ時の回廊のずっと彼方に、また「なにかーがキラッとひらめいた。 てからずっと、「意識」は、その片隅で、ぼんやりと「時をこえる て、つ、かーが と「意識」の一部は叫んだ。〃そうか ! わかった 視線ーを、この恒星系になげかけていた。「なにかー は、その視線ぞ ! ″またもや「意識」の全体が、その一部にひきずられる事態が の中に、時折りチラリと姿をあらわすのだった。 起った。 「意識」は、その惑星の未来を凝視した。その「意識」といえど 〃なにをするんだ ? 〃と「意識」ののこりの部分は、おどろいたよ も、時をこえて一切が見わたせるわけではなかった。しかし、今こうに叫んだ。〃そんなことをしてもかまわないのか ? なぜ、そ そ、その三番目の惑星の上にーーその恒星系の中の、その惑星の上んなことを : ・ だけに、未来へかけて何か大きな変化が起り、変化はたえまなく新惑星上の、まだ充分かたまっていない宇宙塵が舞い上った。はげ しい変化の波をうみ出しつつゆたかに発展して行き、その原初の状しく回転する惑星の全表面から舞い上 0 た徴粒子は、一つの団塊と 態からは想像もできぬ、異様な「なにか」をうみ出すことがは 0 きな 0 て惑星のまわりをめぐりはじめたーーそれが巨大な芯にな 0