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検索対象: SFマガジン 1970年1月号
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1. SFマガジン 1970年1月号

い汗瀁 ( ああわれな男根崇拝者 0 ローマ詩人力トケルスを引用すれに ) じわじわと手足に滲み出た。わたしに 呻いた。ミス・サールはお茶のことを何かぶつくさ言いながら、すぐに出ていった。身体さえ弱っていなけれ ば、シーツで荷物をくるんで、さっさと逃げ出すところだ。が、わたしはまったく弱り切っていた。 泣きごとを言うのは男らしくないが : 彼女は戻ってくると、わたしの喉へお茶を文字どおり注ぎ込んだ。おそろしく奇妙な味がした。サッサフラ マンドレーク スか。ベルガモットかそれともあの恋ナスの根だろうかしたいミス・サールはいくつになるのか、見当も つかない。髪を真ん中で分けて後ろでくくっている年をとることを知らない女 : : : 永遠に年とらぬ女 : どういう神々の御加護だったか知らないが、ちょうどそこへミスター・アージェロがはいってきてくれた。こ の家のもう一人の下宿人で ( 二階に住んでいる ) 八百屋のおっさんだ。ちょっとばかり気は短いがいい人で、わ たしの顔を見ると、あんたの病気、はやくよくなるといいね、と言ってくれた。それから何か自分のことをぼ : だが、わたしはほとんど聞いていなかった、ただ早口に受け応えしてい やきはじめた、足が痛いとか何とか : ・・ : ミスター・アージェロは足の指の 、と、そればっかり願いながら : た、サールがはやく出ていってくれればいし ことを言っていた、そうだ、足の指のことだ、そいつが三本腫れたかどうかして、痛くて仕方がないと言ってい リリンとベルが鳴った。わたしは彼に名前はどう綴るのかと訊いた。、、、 たのだ。わたしの頭の中で、 i--a 、、 0 ーーーエイジェロ。妙なことに、今までわたしはそこに思い到らなかった。アージェロではない、エイ ジェロなのだ。はて、このおっさん、あの小さな女の子たちを何で怒らせちまったのかな ? たぶん、店の前か ら追っぱらったか何かしたんだろう。鼻の頭には確かに一つ、赤い吹き出ものが認められる。あすになったら、 このにきび、大輪のパラの花みたいになっているだろう。 ミス・サールは彼といっしょに出ていってくれた。この問題は徹底的に考えてみる必要がある。そ さいわい れにはどこまでも冷静でなければならん。去れ、なんじ熱の霧 ! ここまでははっきりしている。魔法使いども がうろうろしているのだ。ただし、女の魔法使いどもだ。雨を降らせたのは、あの小さな連中だ。気の毒なエイ ジェロにちょっとした魔法をかけたのもあのチビッコたちだ。だが、わたしは年をくったほうに急所をやられた のである。わたしがもし牛を持っていたら、今ごろはもう、まちがいなく乳が出なくなっているだろう。わたし は闘うべきだろうか。降服するべきだろうか。あのコケ色の眼の奥にどんなたくらみがひそんでいるか、あの房 房した髪の下の頭皮の内側にどんな悪だくみが隠されているか、誰にもわかったものじゃない。ムース夫妻と一 っ屋根のもとで暮すなんてーーーそのこと一つーーー考えただけでもそっとする。あの娘はなぜェイジェロのほうに 5 8

2. SFマガジン 1970年1月号

一日か二日のちの夜、月光にひた 0 た窓辺にもたれて、髪を顔のわえるほどだった。「どの子がそれ ? 」 前に垂らし、その溢れるばかりの光輝から顔をおおってたたずんで「ス ー・リンのこと ? 」わたしはしぶしぶ言った。「彼女ならいま いたとき、わたしは《なんでも箱》のことを思いだした。わたしに鉄棒で遊んでるわ」 もそれがつくれるだろうか ? わたしでもこの疼くような期待、外アルフアはさかさまになったスー・リンを無遠慮に観察した。短 へ手を差しのべる気持ち、この内なる声なき叫びを実体化して、 いスカートが、むきだしのビンク色の腿から釣鐘状に垂れ、脚で鉄 《なんでも箱》につくりあげることができるだろうか ? わたしは棒にぶらさがったスー・リンの顔を半分おおっている。アルフアは 両手をあげると、親指と親指をつけ、ま 0 すぐに立てた人差し指でしなびた紫色の手をこすりあわせ、息を吹きかけた。「見かけはけ 暗い地平線の一部を区切 0 た。そのなにもない四角な空間を見つめつこうまともそうじゃない」彼女は言った。 ているうちに、わたしの眼は濡れてきた。わたしは嘆息し、小さな「あの子は正常だってば ! 」わたしは言いかえした。 笑い声をたてて、ふたたび頬杖をついて窓の外をながめた。こんな「あたしに向かって怒ることないわよ ! 」アルフアは叫んだ。「あ にも身近に魔法がありながら , ーーそれが指先をむすむずさせるのをの子が正常じゃないと言ったのはあなたよ、あたしじゃないわ 感じながら、なお多くの束縛ゆえにそれを受け入れることができなそれともがあたしじゃよ オい〃だったかしら。いつも忘れちゃうの。 いとは。わたしは窓から顔をそむけた , - ・・・ー輝かしい光輝に背を向けノット・ミー ? ノット・アイ ? どっち ? 」 さいわい始業のベルが鳴って、アルフアをこの苦しみから救いだ スー・リンに関して、新たにアルフアがわたしの心に鋭い憂慮のした。およそこんなにも重要なことに無関心ない 0 ぼう、つまらぬ 刺を突きいれることに成功したのは、このあとまもなくだ 0 た。休些事にこだわるひとをわたしは知らない。それでも彼女は、スー み時間の運動場監督をわたしたちはいっしょにやっていたが、ある リンに関して、またしてもわたしに新たな懸念を植えつけることに 朝のこと、刺すような大気のなかで頬を赤くして走りまわ 0 ている成功し、そしてその懸念は、数日後には深い憂慮に変わ 0 た。 子供たちを震えながら見まもっていたとき、彼女がわたしの耳もと その日スー・リンは、眠たげな眼をして登校してき、教室でもぼ でささやいたのだ。 んやりして口をきかなかった。宿題は・せんぜんやってこなかった 「どれがそれ ? 例の異常だっていう子供のことだけど ? 」 し、休み時間には居眠りさえした。わたしは心ひそかにテレビやド 「わたしのクラスには、異常な子なんてひとりもいないわ」と 0 さライプ・イン劇場を呪い、一晩ぐ 0 すり寝ればもとに戻るだろうと に彼女がだれのことを言 0 ているのか悟 0 て、わたしの声は知らず考えた。ところがその翌日、だしぬけにスー・リンは教室で泣きだ 知らず鋭くなっていた。 し、ディヴィをぶって椅子から突き落としてしまったのだ。 「そう ? あたしなら、なにもないところを見つめるなんて異常だ「どうしたの、スー・リン ? 」わたしはびつくり顔のディヴィを助 6 と言いたいわね」彼女の言葉に含まれた辛辣さは、ほとんど舌で味け起こすかたわら、そう声をかけてス ー・リンの手をとった。彼女 こ 0

3. SFマガジン 1970年1月号

つねに死と隣りあっていたスペース・マンの時代は終ってい 「さぞかしお待ちかねだろうよ。なあ、あれだけしっぽをふって協 た。未知の宇宙空間に、そこが未だ人類が足跡を印さないというだ 力したんだ。二百や三百は乗せていってくれるだろうよ」 けで生産の夢を燃やし、生命をかけた宇宙技術者、スペース・。ハイ べっ ! とつばを吐いた。 ロットたちの夢は今は色あせて、この晴の海の荒涼たる平原の一角 「まったくうめえところをついてきたもんだよ。このルナ・シティ にグリースとゴム・ノ 。、ツキングでおしつぶされていた。 の穴ぐらにへばりついて地球の鉱山暮しとかわらない生活をしてい た宇宙技術者に火星や木星の探検に参加させるというんだからな。 「行きたければ行けよ。月での車輛整備の知識だってどこかで役に 飛びつかねえやつはいねえわけよ ! 」 たっさー グレート・オーシャン・プラン 最初は三人いた技術員も今は一人しか残っていなかった。他の二 ほんとうにそうなのか ? 火星・木星開発計画ではそれなりに苛 人はとうに《連合》に積極的に接近してここを去っていった。 酷な条件で十二分な仕事を果し得る新しい技術を身につけたスペー 「それは、ここにいるかぎり、もう二度と宇宙船に乗ることはできス・マンたちをもう養成し終ったのではないのか ? ねえからな。宇宙技術者がこんな穴ぐらの中で暮していなければな「一隻に五十人として千人。そのうち半分をルナ・シティの技術者 で当てると言ったのだろう」 らねえほどみじめなことはねえからな」 それは自分自身に言いきかせる言葉だった。 それが地球側の条件だった。希望者はその百倍もいた。たいへん 「おい。おまえはどうなんだ ? 」 な競争率だ。しかしその選に入るかもしれないと思ったからこそ、 ュアサは一人残った技術員に顔を向けた。 資格のある者たちは《宇宙飛行推進連合》を結成し、シティの管理 「ええ ? おい」 部を動かしてまで地球側の計画に協力したのだ。 技術員はくらいまなざしをユアサに投げた。 ああ、スペ 1 ス・マンの夢とはそういうものなのだ。もう忘れか 「私は月面基地での車輛整備を専攻したのです。だから火星や木星 かっている広漠たる星の海をとりもどすために必死に花崗岩の穴ぐ らから這い出ようとする。 へ行っても : : : 」 「役に立たない。か。ルナ・シティでの車の整備じやどうも宇宙技それならそれでよい。 「ほんとうに行っていいか ? 」 術者とは言いがたいなあ」 「なんでおれにことわるんだ。自分が考えたとおりにやれよ」 それも自分自身のことだった。 スペース・マン 百年前は月へ来ることだけでも宇宙技術者であり、『宇宙人』と「主任。あんたは宇宙へ出てゆきたくはないのか ? 」 ュアサはチェーンでつり上げていた輸送車を床におろした。トー いうはなやかな呼びかたをされたこともあった。それが今ではこの ルナ・シティの穴ぐらの中では、地球とまったく同じ配管ェでしかション・ ーの油圧。ヒストンが乾いた音をたててキャタビラーが床 5 なく電気工事の作業員でしかない。すでに月では冒険の時代は去に着いた。その音に耳をかたむけてからユアサは顔を上げた。

4. SFマガジン 1970年1月号

もしれない 」その考えをひねくりまわすにつれて、彼女の眼が屋を出てゆきしなに、アルフアは勝ち誇ったように叫びたてた。 「そのうちだんだん悪くなって、手に負えなくなるかもしれないわ かすかにぎらついた。 「あら、そうとは思わないけど」とっさにスー・リンを弁護する必よ。退化、と本には書いてあったと思うけど」 わたしはアルフアというひとを昔から知っていたから、彼女の話 要に驤られたわたしは、さっきの彼女の言葉をおうむがえしにする 羽目に陥った。「彼女には独特ななにかがあるのよ。自閉性の子供をどのくらい割引きして聞かねばならぬかも知っているつもりだっ たが、にもかかわらず、しだいにスー・リンについて懸念をいだき によく見られるような、あの神経過敏なところや肩をそびやかした はじめた。ことによると、ほんとうにこれは、わたしのいままで出 ようす、二度とわたしに突きあたらないでちょうだい式の態度とい ったものは、彼女にはないわ」言いながらわたしは、去年受け持っ会ってきたありふれたそれよりも、もっと根本的な情緒不安なのか た生徒のひとりで、いまはアルフアが一年間のわたしの努力を、脅もしれない。ことによると子供というものは、穏やかな、満足した 迫的な言辞によってご破算にしつつある男の子のことを、いたまし笑みを表面に浮かべていながら、なお身内のどこかでは、小さな狂 い気持ちで思いだしていた。「彼女は幸福な、環境に適応した人格気の蛆虫をはぐくんでいることができるものかもしれない。 を持っているように見えるわ。ただほんのちょっと、この奇妙な : でなければ、そうだとも ! ーーーわたしは挑戦的に自らに言い聞か ・ : プラスがあるだけよ」 せたーー彼女はほんとうに《なんでも箱》を持っているのかもしれ 「とにかく、その子があたしの受持ちだったら、あたしは心配するない。ほんとうになにか貴重なものを見ているのかもしれない。そ でしようね」アルフアは満足げな溜息をついた。「あたしのクラスのようなことについて、どうしてわたしが否と言えるだろう ? 《なんでも箱》のなかには、なにが見えるのだ の子が、みんなまともな子ばかりで助かったわ。考えてみると、あ《なんでも箱》ー たしにはなにも不平を言うことなんてないみたい。お喋り屋や、もろう ? こころの願望 ? そのつぎにスー・リンの指が四角く曲が じもじうじうじしてばかりいる子を除いて、問題児にはめったに出っているのを見たとき、わたしは自分の心臓がーーーわずかながら よろめくのを感じた。椅子にしつかり坐りなおすために、わた くわさないし、たとえ出くわしたとしても、その程度なら、大声で 怒鳴りつけるか一発ぶってやるかすれば、なんとかなりますものしは深く息を吸った。もしあれが彼女の《なんでも箱》なら、わた しのこころの願望はそのなかにはあらわれないだろう。それともあ 1 リンは、ひやからわれるだろうか ? わたしはデスクに頬杖をついて、無意味な悪 アルフアのクラスについてわたしと同意見のマ すようにわたしの視線をとらえ、わたしは吐息とともに顔をそむけ戯書きを時間割り表の上に書き散らした。そして , ーーけっしてこれ いったいどうしてこんなよけいなことを考 が初めてではないが をしし、カーーーーツて、つ、 た。やれやれ、アルファほど楽天的でいられれま、 えだしたのだろうと怪しんだ。 それにはきっと無知ということが与って力があるのだろう。 「その女の子のこと、いまのうちに手を打ったほうがいいわね」部そのとき、ふと肘のそばに小さな存在を感じたわたしは、ふりむ

5. SFマガジン 1970年1月号

肘のそばに小さな人影が立ったとき、わたしははっとしてわれに ールのウインドウに押しつけられた子供の顔に見られる、あの疼く かえった。それは身体の前で注意ぶかくなにかをかかえたスー・丿 ような願望に青白んでいた。 ノ・こっこ。 「もらってもいいの ? 」彼女はささやいた。 「先生」そっと呼びかける彼女の声からは、いままでの抑揚のない 「どうそ、あなたのよーわたしはそれを差しだしながら言った。 それでも彼女はデスクにかけた手をはずそうとせず、探るように空虚さは消えていた。「いつでも《なんでも箱》が欲しくなったら、 わたしの顔を見つめた。「もらってもいいの ? , 重ねて彼女は訊ねそう言ってくれさえすればいいのよ」 驚き、かっ信じられぬ思いで、わたしは言葉を捜した。まだ彼女 た。 「いいんですともー ーこの期待はずれな結果に、わたしはいらだちは《なんでも箱》を見るひまさえなかったはずだ。 「とても 「まあありがとう、ス ー・リン」やっとわたしは答えた。 はじめていた。「でもね 彼女の眼がまたたいた。わたし自身よりもも 0 と早く、彼女はわ嬉しいわ。いっか喜んでお借りすることにするわね , 「いま見たい ? 」彼女はそれを差しだしながら言った。 たしの条件を察知していた。 しいえ、けっこうーわたしは喉のつかえを呑みこんだ。「じつは 「でもね、二度とそのなかにはいろうとはしないと約束してちょう「、 いま一度見せてもらったのよ。あなたがごらんなさい」 「ええ」彼女は小声で言った。「それからねーー・・先生 ? 」 「いいわ」彼女は言った。その言葉は、長い安堵の吐息にのって口 「なあに ? 」 を出たようだった。「約東するわ、先生」 恥ずかしそうに彼女はわたしに身体を押しつけると、頬をわたし そして彼女はそれを取ると、大事そうに小さなポケットにしまい こんだ。それから、わたしのデスクに背を向けて、席に帰ろうとしの肩にのせた。暖かい、へだてのない眼がわたしを見あげ、それか た。そのくちびるは、かすかな笑いに綻びかけていた。わたしにら、両の腕がいきなりわたしの頸に巻きついて、無器用な抱擁をし は、彼女のすべてがとっぜん上向きになったように思われたーーまた。 っすぐなタフィ色の髪の先端までがだ。彼女をス ー・リンたらしめ「さあさ、気をつけて ! 」笑いながら、わたしは彼女の・フルーのド ていたあの微妙な烙が、いまふたたび彼女をつつんでいた。歩く足レスの衿のなかにささやきかえした。「また箱をなくしてしまうわ は、ほとんど床に触れていないようだった。 わたしは深い吐息をつくと、デスクの表面の、だいたい《なんで「だいじようぶ , 彼女は笑いかえして、ドレスのペちゃんこなポケ ットを叩いた。「もうけっして、けっしてなくさないわ ! 」 も箱》の大きさと思われるあたりを指でなそった。スー・リンは、 あれでまずなにを見ようとするだろうか ? 渇きののちの一杯の水 は、どのように感じられるだろうか ? 9

6. SFマガジン 1970年1月号

「ちえ、女の子のくそったれ」そうつぶやくと、彼は抜けた頭髪を はその手をふりもぎると、ふたたびディヴィにむしゃぶりついた。 そして両手で彼の頭髪をつかみ、わたしが呆気にとられているひま指から払い落とした。 それからの半時間あまり、わたしは授業をつづけるかたわら、ス に彼をわたしの腕のなかから引きずりだすと、力いつばい壁に押し ー・リンにも注意を怠らなかった。すすり泣きはやがておさまり、 とばした。それから、こぶしをかため、その手を滂沱と涙の溢れ落 ちる眼に押しあてた。教室中の仰天したような沈黙のなかで、彼女こわばっていた肩がやわらいだ。そっと膝の上に置かれている手か は懲罰用の教壇のそばの隔離席へ歩いてゆくと、クラスに背を向けら、彼女が《なんでも箱》に慰めを見いだしていることがわかっ てその小さな椅子に腰をおろし、部屋の隅に顔を押しつけて、大きた。そのあとわたしたちは一対一で話合いをしたが、彼女は完全に わたしにたいして心の扉を閉ざしていたから、わたしたちのあいだ く身をふるわせながらすすり泣きはじめた。 「いったいこれはどうしたことなの ? 」わたしは、床にべたりと坐に交流はなかった。わたしが話しているあいだ、彼女はおとなしく りこんだまま、引きむしられた髪の房をいじっているディヴィに言坐ってわたしを見まもっていたが、膝に置かれた手は震えていた。 そんなにも小さな子供の手が震えているのを見ることは、なぜか心 ー・リンにしたの ? 」 った。「なにをあなたはス 「ただ〃泥棒の子〃って言っただけだよ」ディヴィは言った。「新を揺さぶられるものである。 聞にそう書いてあったんだ。ママがそれを読んで、あの子のおとうその午後、読書グループの指導中にふと眼をあげたわたしは、ス ー・リンの怯えた眼差しに出会って、叫び声でも聞いたようにはっ さんは泥棒だって教えてくれたのさ。ガソリン・スタンドに強盗に とした。 / 彼女はあわてたようすで周囲を見まわし、ついで自分の手 はいって、それで牢屋に入れられたんだって」彼の当惑げな顔は、 なにもない空つ。ほの手を。それから、さっきの隔 泣くべぎか泣かざるべきか決めかねているようだった。すべてがあを見おろした っというまの出来事だったので、いまだに自分が痛い目に遇ったの離席へ走ってゆくと、椅子の下に手を差しいれた。ゆっくりと自席 に戻るとき、彼女の手は眼に見えぬ物体をかかえていた。明らかに かどうかもわからなかったのだ。 いまはじめて、彼女は《なんでも箱》を取りに戻らねばならなかっ 「ひとの悪口を言うのはよくないことですよーわたしはカなく言っ ー・リンには、先生たのだ。このことは、その午後すっと、ある漠然たる不安でわたし た。「もうお席にお帰りなさい、ティヴィ。ス を悩ました。 があとでよく言っておきますからね」 彼は立ちあがって、乱れた髪を撫でつけながらおずおずと席に着 その後数日はこともなく過ぎ、そのかんわたしは全身でスー・リ いた。明らかにこの一件をもっと大騒動にしたくて仕方がないのだ ンに注意していたが、事態に変化は見られなかった。彼女はあらゆ が、その方法を思いつけないといったところだ。そこで、ためしに 顔をゆがめて涙が出るかどうかやってみたが、それは成功しなかつる機会を見つけては《なんでも箱》を見ることにふけり、そして、 いったんそれをどこかにしまうと、必ずあとで取りに戻らねばなら た。 め 4

7. SFマガジン 1970年1月号

「全太陽系から派遣軍をひきあげる : それには、俗世の垢に染まらない生まれたばかりの赤ン坊がいち ばんいいが、そうもいかないので、とりあえず、ヤシの実のジュ 「私はね , とウイング・アレクは司令官に言った。「皇帝が首をつ スや、タロ芋のすりつぶしたやつなどをチュー・フで吸えるようにし れるだけのロープを用意してやったんですよ」 ておいて、ヨチョチ歩きがやっとできる位の子供、男女二十五人ず つが人類の幸福な未来のために決心した親のもとをはなれて、その 〈アスタウンディング〉の一九五三年八月号にはリチャード・アシ島の洞穴に置かれ、ひそかに地下から四六時中テレビで看視されて = ビーの『最初の夜』 Commencement Night という作品がのって いるのも知らずに成長して行くのである。 いるが、これもミラーのイラストである。 そして三〇年 一九五八年。国連総会に於てスイス代表の提案したアイデア今や二世たちが立派に成長し、あと数年も経てば三世も生まれよ によって、太平洋の只中、マーシャル群島の無人島で大工事がはじ うという年頃になったのだが、地下で看視をつづけている学者たち まった。まず、その島からネズ ハエ、蚊など害虫、害獣は突然、妙なことに気がついた。 のたぐいから、有毒植物など一切をとりのそき、徹底的な消毒作業 一日中海で泳いでいる子供達だが、突然、どういう訳だか、彼等 が行なわれると、巨大な地下室がつくられ、それが完成するとそっ が一九九二年のオリン。ヒックではやり出したという最新式のクロ】 くりと土をかけて、木を植え、草をはやし、まったくの無人島の状ルで泳ぎはじめたのである : 態に戻された。だがそれはもちろん見掛けだけのこと。島のなかの 水泳の名手である主人公は、なにかあると直観して、夜陰に乗じ 物蔭という物蔭、人目につかなそうなところのこらず、石や木に偽島に上ってみると、テレビカメラの死角にあたる広場の一角に宇宙 装されたテレビカメラやマイクロホンがかくされている。また、そ船が下りていた の地下室には海中から出入りできるトンネルがあって、外部との連地球人社会と切りはなされた地球人のところへ他星人が降りてく 絡は一切、そこを通る潜水艦を使って行なわれるが、やはり島の小 るという設定は大変面白くなる可能性をもっているのだが、どうも 高いところへひそかにかくされたレーダーによって、その島のまわこの作品はいささか月並で、もう何百年も地球人を看視してきた他 り三六〇度、島から見える範囲に船が近付くとパトロールの潜水艦星人が、戦争好きの地球人に愛想をつかし、銀河連邦に加入する資 に追い返されてしまうという仕掛けになっている。 格なしとあきらめていた折も折、この島を発見して : : : といったお さて、ここでいったいなにをやるんだというと、赤ン坊を五十人話。 程、ここへ放置するというのである。つまり、それを言い出したス イス代表の意見によれば、今日の世の中がすべてに於てギクシャク 昔、イギリス映画に「青いサンゴ礁」という作品があって、ヨチ と、なにかといえば戦争の、やれ、どうのと、もう末世に近いよう ョチ歩きの男の子と女の子が無人島に漂着して成長する話だが、娘 な状況であるのは、言ってみれば人間が余計な知恵をツメ込みすぎ役がジーン・シモンズ ( オリビエの〈ハムレット〉でオフェリアを るためにちがいない。ひとつ、人間を原始の状態で育ててみようでやった女優である ) で、あんなやっと二人っぎりの島流しは悪くな よよ よ オしカ というわけである。 とひどくうらやましかったものだが : 8

8. SFマガジン 1970年1月号

管理部はとっぜんの要請に不審そうにその理由をたずねかえして 「二、三日前にかなり強い月震がありましたが、そのとき主配水管 きた。それに説明しているひまはない。ュアサはもう一度くりかえ のどこかがゆるんだか亀裂ができたのだろうと思います」 すとスイッチをたたいて切った。 「すぐしらべなかったのか」 一時間も過ぎたかと思われるころ、ようやく回廊の壁の緊急灯が そう言 0 てから = アサは思わず口をむすんだ。管工班を本来の配 置からはずして造船台に送 0 たのは自分だ 0 た。あの月震のあと、燃えるような赤光をひらめかせ警報が鳴りはじめた。回廊の照明が みるみる光度を落し、あわただしい技術員の動きが墨絵のようにお 配管の検査にもどさなければと思いながらそれをしなかったのだ。 管工班のダ ' ク「ンとケ = = ンがもど 0 てきた。つづいて班長の・ほろにかすんだ「携帯用の小さな投光器の光が縦横に乱れ飛んだ。 キ = 1 ゴが宇宙帽をかぶ 0 たままとびこんできた。三人は顔を電力を絶たれて全作業は完全にスト , プした。太陽電池を使 0 た 引きつらせてラ , タルをくだ 0 てい 0 た。かれらが自分に対してど非常照明と暖房装置がはたらき出し、一部をのそいてすべての気密 んなに腹を立てているか、 = アサにはよくわか 0 た。かれらだけでシャ , ターがおろされ、人々はすべて〈ルメ , トを着けるよう指令 ここにいる技術員のすべてがかれをわしづかみにして回廊された。酸素タンクを背負い、非常用の酸素発生装置と飲料水タン ガイガー計などを小山の の壁に打ちつけてしまいたいと思 0 ているであろう。 = アサはそこクを腰にとりつけ、投光器 ように体中にくくりつけた技術員たちがあわただしく回廊をゆきき にいたたまれないような思いだった した。 やがてキ = ーゴがラッタルをかけ上ってきた。 「工務長 ! 」 「工務長。第二タンクからの主配水管が三か所ほど大きく裂けてい るようだ。飲料水工場の操業を停めてくれ。それから水は通風口を待機所の電話にしがみついていた = アサはとっぜん強いカで引き 通 0 て発電所の熱交換器の冷却器ペンチレータ 1 〈流れこんでいもどされた。ふりかえると地球政庁の監督官の顔が濃藍色の〈ルメ ットの中でゆがんでいた。 る」 「これはいったいどうしたことだ ! 原子力発電所に水が入ったそ その言葉にユアサは仰天した。みなもたがいに顔を見あわせた。 ただでさえ 配水管からあふれた滝のような水が原子力発電所の熱交換器を濡らうだが、安全管理がまるでな 0 ていないではないか , すと瞬間にふ 0 とうした水は超高圧の水蒸気爆発とな 0 て隣接する工程がおくれているというのになんということだ ! 」 ュアサは自分の肩をつかんでいる監督官のうでをふりほどいた。 発電所一帯を破壊するだろう。それだけでなく、通風口を伝って強 力な放射能をおびた岩片や砂塵が各階層をおそい、地上に噴き出し「監督官。このような事故の起る可能性についてはすでに充分に警 告していた。だが今、そんなことを言っていてもはじまらない。邪 てくるはずだった。ュアサは無線電話に向ってさけんだ。 引っこんでいろ ! 」 「管理部 ! 発電所を停めろ。通風ロのシャッターを閉ざせ。飲料魔をするな ! 監督官の顔はみるみる硬張った。 水工場もストップだ。いそいでくれ ! 」 6

9. SFマガジン 1970年1月号

MY BOYFRIEND' S NAME IS JELLO ポーイフレンドの名は 工イヴラム・デヴィッドスン 訳 = 中上・守 画 = 中島靖侃 流行だ、流行というよりほかない。ヴィールス >< が医学の黄道の中旬あたりまでちゃんと運行しているのに、 治療師は ( 口がまが 0 ても " 医師。とはいわないぞ、い 0 そも 0 と正確な言葉 " 薬剤師。 0 てやつをつかいたい 8 くらいなんだから ) ーーあえて言わせてもらうーー・治療師はわたしに、ヴィールスがとりついていると言うの だ。き 0 と海軍では、今でもカタル熱だなんて呼んでいるにちがいない。 = ドワード七世が戴冠式の数週間前に 盲腸炎で倒れて、それからそいつが流行るようになるまでは、そんな病気に罹るものはほとんどいなか 0 たそ うだ。その男〈治療屋さん〉は何か得体の知れない液体を薬びんに入れて持 0 てきては、せ 0 せとわたしに注射 してくれる。二、三世紀前なら、草汁の浣腸剤をつか 0 ているところだろう : : : どこで読んだのだ 0 けな、あの 扁桃腺炎 ( 字引きには " 腐爛性咽頭炎。と出ていたが ) の薬のことは ? 七ッノ草原ョリ七種ノ草ヲ、七頭ノ馬 ョリ七本ノ爪ヲ採取シテ用ウペシか。お 0 と、何を考えているんだ、お前の頭は ? 熱に浮かされてるにちがい ない。瘧というやつだ、これはきっと。 でもまあ、瘡なんそかくよりは瘧のほうがましだ。瘡は、どうせのことなら編集者どもに = ・ = ・あの編集者とい う奇妙な種族のものどもに、と 0 ついてくれりやいい。女の編集者たちはみんな、ルル・アベル・スミスとか ミ = イ・ランドクイスト・プルームとかいう大名前を持っており、男の編集者たちは額に小さな角を生やしてい る。おもうに、やつらはみんな、ク = ーカー教徒にちがいない、なぜって連中の手紙の書出しま、、 をしつも、「デ ィア、リチャード・ロウ」とか「ディア、ジ , ン・ドウ」といった呼びかけで始ま 0 ているからだ。まるで スター という言葉が空しい飾りか何かだといわぬばかりに・ : もっともそれは字に書くときにかぎるようだ が。そうしてい 0 ぼうでは、ムースのかみさんが毎週まちがいなく、きちんきちんと間代を取り立てにやってく る。わたしにもしセガレがあ 0 て ( まずこの世の中でいちばんあり得ないことだが ) ちょ 0 とでもモノ書キなん そになりそうな傾向を見せたら、わたしは即座に魚屋か煙突掃除の親方のところへ丁稚奉公にや 0 ちまうだろ う。セ , クスのことを書いちゃいかんと編集者はお 0 しやる。宗教のことも歴史のことも書いちゃいかん、とこ」 うくるんだ。だがもしどうしても歴史のことを書きたけりや、宗教とセックスのことはかならずつけ加えておく べきだ。独身者の無神論者の生活なんそを小説に仕立てて送 0 てみたところで、だれがそんなものを買 0 てくれ ますか ! 家の前で、二人の小さな女の子があの手叩き遊びというやつをや 0 ている。右手を出し、左手を出し、それを 胸の上で交叉させ、こんどは逆に左手、右手の順で、そいつを : ・ いや、もう目まぐるしくて見ちゃいられな 。そうしてそのあいだじゅう歌っているんた。 かさ

10. SFマガジン 1970年1月号

つまり、福島氏は、の家元として、みんな の上に君臨したいのだ。これまで、日本界に 貢献してきたのだから、編集者としてではなく、 作家としても、みんなの上に置いてくれと、 こう言いたいわけなのである。 豊田有恒 だが、ちょっと待ってくれ。よく考えてみる と、ずいぶんへんな理屈だ。 星、小松、筒井の三氏についてはいうまでもな まずはじめに、の貴重なページを、この作品の価値によって、この世界から抹殺されるいが、光瀬氏の星間叙事詩、眉村氏の経済、 ような内容に費してしまうことを、読者の皆さんなら、それも仕方がないが、福島氏に気にいられ平井氏のアンドロイド、石原氏の惑星シリ に、お詫びしなければならない。 るかどうかという理由で、ばくの愛するの世ズ、そういった新しいジャンルを、作家とし ことの起こりは、昨年一一月号の座談会だった。界から抹殺されるとしたら、これほど理不尽な話 十へよ、 0 、 くら福島氏のすることでも、正しくなての福島氏が、ひとつでも開拓しただろうか ? ( 匿名であったから、読者には判るまいと思うが、 作品数がすくないと弁解するが、たとえ一作でも いことは正しくないのだ。 われわれ作家には出席の機会が与えられず、 、山野氏の「 >< 電車」に匹敵する作品を書い 福島氏のみ出席してしまった。その結果、そこにそこで、ぼくは、「退魔戦記」 ( 立風書房刊 ) 、居なかった作家に対してぎわめて辛い批評にのあとがきに、そのことについて書き、立腹した たろうか ? ・ なり、そこに居あわせた福島氏だけに甘い批評に福島氏と会った。こちらが折れてみても、福島氏作品の価値は、その人の発言力の大きさや、顏 しつこうに改める気がない。 ( なった。このことは、星、小松、筒井、矢野、平は、、 の広さなどで決まるものではない。あくまで、そ そして、福島氏は、またしても、・ほくの書いた 井の各氏も、はっきり認めておられる。 の作品の出来いかんで決まるものだ。 特に、ぼくに対しては、「こんな人がいると全「自殺コンサルタント」 ( 三一書房刊 ) のあとが ・ほくを憎むのは勝手だ。だが、福島氏は、その 〈体の株を下ける」という、致命的な発言が許さきについて、文句をつけてきた。そればかりでな く、三一書房とは関係のないの先月号に、憎しみを、作品の上で生かしていない。最近、ぼ れ、そのまま掲載された。 反論に名をかりた中傷を書きちらす機会を与えるくをモデルにしたと思われる短編を読んだが、ペ ) それでも、ぼくは我慢した。 よう、森編集長に強要した。 つに腹もたたない。憎しみを書きちらすがため ところが、福島氏は、それをいいことに、第 一「第三の攻撃をしかけてきた。その一は山野文句があれば、・ほく本人にいえばいいのに、ど に、作品の質まで減殺してしまっているからだ。 うして、そんなことで、のべージをつぶす 一浩一氏の論文である。山野氏なりの意見なのだか そんなことではいけない。ばくのほうは、むし ) ら、それは許せる。だが、福島氏は、かれ自身にのだろう。を私物視しているとしか思えな そういえば、の目次に、福島氏の名前ろ、憐れに思うだけである。 ついて書いてある個所をけすらせた。つまりい が四つものっている号があったが、はたして読者福島氏にい、たいのは、まえにあったときにも ( 作家福島正実を、別格あっかいにさせたのにちが は喜んでいるのかな ? 、乍ロロを書くように努 言ったが「おたがいに、もしイロ ( し / し ~ それでも、ぼくは我慢した。福島氏は、ますま福島氏は、界の派閥を名ざしであけてみろ力しようじゃないか」ということだけだ。ぼく ( す増長して、八月号に書いた。「批判を嫌と要求する。どうも、訳のわからない話だ。三一は、何不自由なく育 0 たせいか、足の引 0 ばりあ い、批評されたことを怨み、未練がましくあけっ書房の本を買ってもらえば判るが ( 自己宣伝で失 いというような次元の低い喧嘩は、どうも得意で 礼ー•) 、もともと、・ほくは、派閥などという単語 ( らう精神で、いったいなぜが書けるか」と。 ない。喧嘩ならいつでも買ってやるが、そんなレ 一公正な批評なら耳を傾けよう。だが、そこに出すらも使っていない。作家は、みな対等のつ ベルの低いつつきあいなら、こっちから願いさげ 、席して、自分に対する批判を封じておいて、そのきあいをしているのだから、派閥などあるわけが にする。 ない。・ほくが言いもしないことを説明しろという へ一方で他の作家をおとしめる座談会が、批評とい これは前号の「特別日記」に対する反 えるだろうか ? 福島氏だけを別格あっかいしてのだから、さつばり訳が判らない。首をひねった あけく、やっと合点がいった。 論として書かれたものです。 ( 編集部 ) 」 とりあけない論文が、批評といえるだろうか ? 福島氏に答える