の姿のほかに、生物と名のつくものは見えなかった。その後の毎日 いた。氷のかけらも投げていた。 の捜索も、すべて徒労に終った。 とっぜん、彼らは退却をはじめ、逆に獲物のほうが彼らを殺しは だが、二週間目のむらさきの朝 じめた。 キャットフォーム 「彼らのきた形跡があるわ」とサンザが知らせた。 それは猫形態たちがクマと呼びならわしている野獣たった。大 ジャリーはステーションの窓から外をのぞいた。 きく、毛深く、そして後肢で立ち上れるからだ : ・ 雪があっちこっち踏み荒らされ、小さな獣の死体のまわりに、見そいつは三メートル半もの体長があり、全身青味がかった毛皮で お・ほえのある線が描かれている。 覆われ、ペンチの先のようにとがった、毛のない鼻づらを持ってい 「まだ遠くへは行かないだろう」 「ええ」 すでに五人の小生物が雪の中に倒れていた。獣の振るう前肢があ 「橇で追っかけよう」 たるたびに、また一人の犠牲者が倒れていく。 デッドラ / ド 雪を越え、死の国と呼ばれる土地を横ぎって、ふたりは出発し ジャリーは小物入れから拳銃をとり出し、装填状態をたしかめ た。橇を運転するのはサンザ、青一色の中の足跡の連なりに目をこ らすのはジャリー。 「ゆっくりとそばを走らせてくれ」とサンザにいった。「やつの頭 火とすみれ色のさしそめた朝空の下を、橇は走った。風が河のよを狙ってみる」 うにふたりのそばを流れた。周囲には、氷のひび割れるような、錫最初の一発は外れて、獣のうしろの岩をへこませただけだった。 の震えるような、鋼鉄線の断ち切れるような音が充満していた。青二発目は、獣の頸の毛を焼いた。橇が獣のそばまできたとき、ジャ い霜に覆われた岩が凍った音楽のように並び立つ中を、橇の黒く細 リーは跳びおりるといっしょにパワー・ コントロールを最大まで開 長い影法師が、ふたりを導くように疾駆した。とっぜんの降雹が、 き、至近距離から獣の胸板めがけて、装填がからになるまで射ちっ 悪魔の舞踊団の訪れのようにひとしきり橇の屋根を叩いてから、まづけた。 た不意に去っていった。デッドランドは下り勾配に変わり、そして クマは体をこわばらせ、よろよろと倒れた。胸から背中までばっ ふたたび登り坂になった。 くりと穴があいていた。 ジャリーはサンザの肩に手を置いた。 ジャリーはふりかえって、小生物たちを眺めた。相手もいっせい 「あそこだ ! 」 に彼を見上げた。 サンザはうなずいて、橇の・フレ】キをかけはじめた。 「やあ、ぼくはジャリーだ。きみたちを赤形態と呼んでもいい力い 二足生物たちは、棍棒と、火で先を焼き固めてあるらしい長い棒 を使って、獲物を追いつめているところだった。彼らは石を投げて背後からの一撃で、ジャリ 1 は地に打ち倒された。 こ 0 レツフォーム 9
接触する寸前に、床から浮いた。それは金属にぶつかり、男の臓腑をするのが好きだった。針は常にゼロの位置にあり、調整の必要は をかきまわすような重々しい振動が起こった。音とはいえないよう ほとんどないからだ。ということは、そこで十五分の余裕ができる 3 な低い基音のほかに、上部音がほんの短いあいだ響いた。その轟音ことを意味する。しかし決断を迫られた今、男は自分の無能さをい に、男はほとんど吐きそうになった。しかし、かろうじてそれをこやというほど感じていた。一つの思考がショックの中からうかびあ らえ、代わりに喉にはいった埃を咳で吐きだした。仕事がもっと早がり、ほんの一瞬、強引に意識の中にわりこんだ。 なぜ ? く楽にでき余分な時間も持てたころには、男は直径二十フィートの その〈大歯車〉を長いあいだ穴のあくほど観察したものだった。だ〈大時計〉がカッチと言い、思考を時の奔流の中に呑みこんだ。 が、一インチほどの動きも、そこに見つけることはできなかった。 男は〈計器〉を点検することに決めた。残った四つの歯車は、い 〈大歯車〉に背を向けて歩きだしたとき、〈大時計〉がカッチと言っでも戻ってテストすることができる。貴重な暇をいくぶん削られ っこ 0 るわけだが、そんなことは問題ではない。 手押し車に戻ると、男はドラム罐に両手をつつこみ、二かたまり 男はグリースだらけの両手を太腿でぬぐうと、〈後部の壁〉にむ のグリースを掴みあけた。そして、ふたたび〈大歯車〉のところへかった。その壁の小さな。 ( ネルの奥に〈計器〉があるのだった。男 行くと、そのかたわらにあるオイル槽にグリースを放りこんだ。グは木の。 ( ネルを力をこめて手前にあけ、そして愕然とした表情でう リースを入れなければならない場所はまだほかにもあるが、それはめいた。〈計器〉は、マイナス 2 を示していたのだ。 もっとあとの仕事だった。 男は恐慌に襲われた。調整をしなければならない。では、残った あとは、四つの歯車を残すばかり。それをかたづけると、つぎは 四つの歯車のテストはいっすればよいのだ ? 急がなければ。男は 〈計器〉だ。 震える手で、その隣りのドアをあけた。そして昇降機にはいると、 唇管が鋭く鳴った。 大きな輪についたハンドルを回しはじめた。昇降機がシャフトを下 男の体にショックが走った。男はぶつぶっとつぶやいたが、〈大るにつれ、〈時計室〉は見えなくなった。上からさしこむ光はほと 時計〉の音がそれをかき消した。そんなに疲れているのだろうか ? んどない。しかし、シャフトの板の継ぎ目は見ることができた。下 つぎの仕事が始まるとき、それまでのがまだ終わっていないというるにつれ、平衡おもりの抵抗は大きくなり、仕事はますます辛くな ことは、今まで一度もなかった。信じられぬように壁の時計を見た った。調整を終えて、のぼるのが待ちどおしかった。 が、針ははっきりと二番目の記号を指し示していた。 数時間にも思える時が過ぎ去り、昇降機の正面に〈振り子穴〉の すこしのあいだ男は途方にくれていた。膝がガクガクし、上体も薄明かりがさしこんできたところで、男は手をとめた。 震えていた。どうすればいいのか急いで仕事を終えるか、〈計器〉 〈大時計〉がカッチと言ったが、これほど下方では、その音も遠く のところへすぐとんで行くか ? いつもなら、男は〈計器〉の点検 くぐもっていた。
私は男の前に立ちふさがった。 の男の悪い噂が広がるにつれ、私たちは男を弁護しはじめていた。 「タ・ハコの火を貸していただけませんか」 「厭たわねえ。警察がなんとかしてくれないものかしら」 男は、無言のまま前へ進んできた。私など眼中にないかのように とこ・ほす奥さんたちに、哀れな男の身の上話を創作して聞かせる 真直ぐ歩いている。私は巨大なプルト ーザーが近づいてくるようなようになった。突然襲った災害のため、財産や妻子を一瞬にして失 錯覚を覚え、思わず道の端に身を引いてしまった。 い廃人同様になった男の物語を作るのは、手がこんでくるほど面白 っこ 0 男の顔が、凝視する私の眼前を、ごくゆっくり過ぎていった。毛 穴さえ見えるほどの至近距離でしげしげとみつめたのだが、異常な しかし、それにも飽きてきた。すると、男の存在がそれほど気に 点は発見できなかった。妻が言うように犬の血なんてついていなか ならなくなった。林の葉が落ち尽して冬が訪れる頃には、その男の ったし、ヒゲにはきちんと剃刀が当てられていた。 姿はまわりの風景にすっかり溶けこみ、少しも違和感を覚えさせな いようになった。 それからというもの、私たち夫妻はその男に異常な興味を抱い た。二人でしめし合わせて、いろんないたずらをしかけたりした。 私たちが妖星人と名づけたその男は、じわじわと地球の生活に根 男が通過する時間を見計らい、落葉を集めてそこら中を煙たらけにを下ろしていったのである。 したり、わざわざ道を耕して水をまき、時ならぬぬかるみを作った 」り , 、しこ 0 その冬も深まったある日のこと、私は高校時代の級友、細川の来 だが男は、相変らず一言も口を利かなかった。どんなに手ひどい訪を受けた。 いたずらを受けても、怒りの色一つ浮かべず、もの静かに通り過ぎ遊び好きの私と違 0 て、細川は生まれながらの天才であ 0 た。特 ていった。 に数学と物理の能力は抜群で、高校時代、すでに大学の専門課程を そのうち、男のが近所中に広がっていった。なにしろ刺激が少卒業した位の実力があった。俗に、両極端ほどウマが合うという ない田舎のことである、その奇妙な男の振舞いは、新しくできた団が、私と細川も例外ではなか 0 た。不思議に気が合 0 て、大学を卒 地の奥さん連中を夢中にさせ、根も葉もないひどい話がばらまか業してからも時々遇っては馬鹿話をする気楽な友たちであった。 れるようになった。 その日、細川は都心の大学からタクシーでやってきた。 蛇や虫をポケットから出して食べていたというものもいたし、赤「面白いものを見せようと思ってな」と細川は、私に手伝わせて車 ん坊の足を噛りながら歩いていたといいふらすものさえいた。長いのトランクから重い荷物を下ろした。座席にも、かなり重い包が厳 間監獄にいて私刑を受けたので、おしでつん・ほにな 0 たのだと、ま重に包装されて山積みされていた。 ことしやかに囁くものもあった。 「なんだい、それは」。 私は人間の心ほど妙ちきりんなものはない、とっくづく思う。そ荷物を屋敷に運びこんでからというもの、私は好奇心のかたまり 2 田
かに会ってからかわれたか何かしたのよ。それでわたしをいじめる といって、妙にたどたどしい仕種になり、玄関のほうを指さしな んだわ。もうわたしに飽きがきて、別れたくなったものだから、難。 癖つける気なんだわ。そうでしよ、村松さん、あなたってそんな人 「ハンガーにかけておいたのを見たんだよ」 「どうして、そんな皮肉いうの ? あなたって、嫌らしいひとね」なのよ」 根深い憎しみ、はらわた掻いだすほどの憤り、脳腫瘍でもできそ : 女はがくりと両手をシーツの上につき、 うなほどの蔑みこめた、その冷えきった言葉に、情容赦なく刺し貫「でもね、いっておくけど、わたしはそんなに情けない女じゃない わ。たしかにわたしはあなたと会うまで、あのひととここで一緒に かれながら、村松はまたしてもあの寒さを、何か正体はわからない ながら、世に現われる仮りの姿とは裏はらの、どすぐろい、真相と暮らしていたわ。その頃はもう、ふたりの仲は終りになりかかっ て、ただ惰性で」緒にいただけだけど、それも、あなたとこうなる いう名の怪物を手探りしたときだけに感ずる寒さを感じていた。 前に別れたわ。別れてから、ただの一度も会ってはいないわー 「どうして、・はっきり、いわないの。おまえの前の男と会ったと、 なぜいわないで、幻覚だの幽霊だのと、下手くそなっくり話なんか耐え性のない涙が顔をよごしはじめ、いっそうみじめったらしく なり、それに気がついてか、なおのこと愚痴つぼい口調せまって、 するの。ねえ村松さん、あなたがそんな嫌らしい女の腐ったのみた 「それなのに、なによ。いまごろそんなこといいだして。そうよ、 いな人だとは思わなかったわ」 「まてよ、おい、勘ちがいするな。俺は何もきみの前の男となんか たしかにここで、このペッドで、あのひとに抱かれたわよ。その頃 はあのひとのものだったんだから、当りまえじゃないの。なによ、 会ったお・ほえはない」 台詞が・ほろ・ほろのつづれ織りになりそうなのを耐えながらいうそんな下卑た嫌がらせ : : : ああもういやだ、何もかもいやだ : : : 」 あとは身も世もなくあられもなく、肩うちふるわし鼻鳴らし、涙 と、そんな弁解しみた台詞しかでてこない自分に、きりきり舞いし こいほどの怒りをお・ほえたが、といって、ここはべッドのなか、生まじりのよだれの糸一筋二筋たらしつつ、よよとばかりに泣き伏す まれたままの全裸では、怒鳴りだそうという意志にも、気の入らなのを、だまって見ながら、村松はべつのことを考えていた。 だとすれば、あの光景はいったい何か。かりに幻覚だったとし いことおびただしかった。だが、そこはセックスのために生まれた 女の業の深さか、女はすこしも気にならないと見え、裸の腹、裸のて、なぜ彼が、女の昔の情夫の特徴をいい当ててしまったのか。 偶然などという情けないラチもないものは信じられない。 胸むきだし、柳眉さかだてまなじり決し、なおも追求の手をゆるめ わかっているのだ。 ようとしなかった。 「それじゃなぜ、チ = ックのコートなんて知ってるのよ。あのひと彼は過去を、女とその男がまだお互いに愛し愛され、愛情が使い が鳥打ち帽かぶってたことを知ってるのよ。まちがいないわ。あな減りするものだということなどとんと忘れて、無暗矢鱈と無駄使い たどこかで会ったのよ。それとも誰か、意地くその悪い友たちか誰していた頃の過去を見てしまったのだ。あの時、部屋に入った瞬
徐々にではあるが、人類全体の文化は、その高みへみずからを押甲車に踏みにじられた。軍隊の装備がやつらの宙におちたとき、大 しあげようと動きはじめていたはずだ。 殺戮は決定的に高能率化され、加速された。 たましいを欠いたやつらは、欠陥だらけの人類よりさらに劣る、 やつらの軍団はクリ 1 ナーで掃くように、事務的に人間たちをか 外道どもではなかったか ? 憎悪や怒りなしに、殺すことは、心の たづけていった。 とがを持たぬがゆえに、殺害以上の罪を問われることではないの やつらが作為的につくりだした混乱にまどわされて、人間側は大 か ? 弱い人間たちの敗北は、当然といえばあまりにも当然だった。 がかりな同士討ちをさえ演じた。なまじ人間側に、内乱や武力革命 どうやって、愛する息子であり娘であり、弟妹であるやつらと闘に対する準備があり、それが災いしたのだった。 殺すことができたろう ? 悪夢のような真相が明白になったとき、人間は、ほ・ほ完全に反攻 人間たちは、ただ驚きあわて、なすところもなく殺されていっ力を失いつくしていた。 た。愛する子どもたちの突然の襲撃を、親たちは死んで行くさなか眠っている間に、愛児の手で射殺され、のどを掻き切られた親た にあっても、なお信じなかったろう。血肉をわけた子らが、突如とちの場合が、もっとも普遍的なケースだった。彼らは、あまりにも して冷酷きわまりない殺人者に変貌したのだ。 むごたらしい生地獄を味わずにすんだだけ、まだしも幸運といえた やつらの手際は、悪魔のように巧妙をきわめていた。警察や軍隊だろう。愛し子が、見も知らぬ怪物と化してガラス玉のように非情 など、治安機関は瞬く間に機能を失い、壊減した。事態の真相を把な眼をきらめかし、兇器を手に襲いかかってくゑ天地の覆えるほ 握する時間的余裕すら持てなかったからだ。 どの驚愕、胸のはり裂ける思いを知らずにすんだからだ。 たとえ、年端も行かぬ子どもたちが、悪鬼のような破壊者だと正「おれが非番になって自宅へもどってみると、女房は死んでいた。 しく認識したところで、銃口を向けることには躊躇いがあった。や布団はドップリと血を吸って、畳から壁まで血しぶきが飛び散って いた。首がちぎれかけているほど大きな傷がのどに口を開けてた : つらはまさにその躊躇いにつけいった。それどころか、巧妙な演技 によって混乱状況を作りだしさえしたのだ。ーー・救けを求めるいた いけな小児に保護欲をかきたてられた兵士は、驚きを感じる余裕も妻は苦悶を感じるいとまもなく死んだにちがいない。死顔は安ら なく、小さな手に握られたナイフで心臓を貫かれた。兵士の銃を手かだった。苦悶のあともなく死体は姿勢正しく仰臥し、薄い夏掛け にした子どもは、即座に超人的な戦士に急変する。 も乱れもとどめずその上をおおっていた。 前代未聞の大混乱のうちに、大勢はすみやかに決した。 貧乏刑事にはもったいない、心根優しく美しい妻だった。結婚以 逃げまどう大群衆の上に、殺虫剤でも撒布するように、おびただ来十年間、声荒らげていさかうこともなかづた夫婦だった。その貴 しい火器類が火を噴いた。砲撃や火炎放射を浴びせられて蝟集した重な、こまやかな愛が一瞬にして砕け散った。 まま身動きもならぬ群衆は焼かれ粉砕され、あまっさえは戦車や装そして、その妻を虐殺した殺人者が、彼らの愛情を一身に受けて 238
わっていた。ーー顔から流れた血は、茶色にかわき、その足もとに 「いわれた通りにしてやれ」と、私は電波回線で、救急病院へ通知 は、金属の四肢をへし折られ、電線をずたずたにひきさかれた、先した。 刻の″私″だったアンドロイドの残骸が投け出されていた。 「だが、わからんな : ・ : ・」と、私は音声で彼にいった。「なぜ、ク 私が近づくと、巨人はしずかに視線をあげた。 。いって見れば、遺伝子レ その眼は、まロ】ン再生がいけないんだ ? ーーそれよ だ悲しみにみちていたが、もう荒れくるった怒りの嵐はしずまってベルで再生された、 , 彼女そのものだぜ」 「あんたらにはわからないんだ : : : 」と巨人は悲しみをこめてつぶ 「すまなかった : : : 」と、彼は私を見て、低い声でいった。「さっ ゃいた。「彼女は : ・ : ただ一回、たった一人の存在だ。たしかにク きは かっとしていたものだから : さっきの : : : だろう ? 」 ロ 1 ン再生をすれば、彼女に非常によく似た : : : 遺伝子レベルでは 「そうーーー」と私はいった。「だが、よくわかったな」 そっくりそのままの個体はうまれるだろう。だが、それは彼女その 私は、巨人にひきさかれたさっきの″私″と全然ちがったスタイままじゃないことは、おれにはわかっている。 クローン再生さ ルのアンドロイドの中にはいっていた。 うつろない にもかかわらず、彼がれたものは、彼女という存在の、いれものにすぎない。 ひと眼で″私みと認識したので、すこしびつくりした。 れものだ。そこにはまたまったく別の″経歴″がもられて行く。お 「わからないでどうする : : : 」彼は、私をゆっくりとながめながら れの彼女は ーーミミは、彼女がこの世に存在しはじめてから今ま つぶやいた。「どんなかわった姿かたちをしていても、人間は、勘で、二度と同じもののあり得ない彼女自身の″体験の歴史。の集積 で一度あったかどうかわかるものだ」 をふくめて彼女なのだ。そうだろう ? その集積は、彼女の脳の 「なるほど : : : 」と私はうなすいた。「そういった瞬間的、総合的中にある。そして、もうそれは分解してしまった。 , 彼女は二度とか な。ハターン認識は、君たちは特に発達しているものだな」 えらない。彼女はこの宇宙の中で、たった一度きりしか存在しな 「彼女をかえしてくれ : : : 」巨人は、深い悲しみをたたえた声でい い、たった一人の存在だった。その彼女が失われたら、もうこの宇 った。「おねがいだ。デウス・エキス・マキナ : : : 。蘇生させられ宙の中では、二度と同じ彼女は出現しない : ないなら、かえしてくれ。クローン再生など、やらないでくれ。彼私は、ちょっと畏敬の念にかられて巨人を見つめた。ーーー冷静に 女の亡骸は、おれが自分で葬る」 なった彼の中には、何かその知性の″偉大さ″のようなものがあら 彼は視線を木立ちのむこうにうっした。ーーー木立ちが切れて、丸われていた。彼は大きく、その分だけ深く、大きく考え、″大きな く草原のひろがった中央に、すでに大きな、深い穴が掘られてあっ知性″をもっていた。それだけのことはあったろう。彼は見たとこ た。穴の傍には、それで掘ったらしい泥まみれの木片が投け出さろ、百五十歳くらいだった。平均寿命二百五十歳、稀に三百年も生 ギガンテス れ、いつの間にはこんできたのか、巨大で扁平な自然石もころがっきる巨人族の中では、ようやく″壮者″の段階に足をふみいれたと ている。 ころたった。 ニムフェット族は、四十歳ぐらいでそのあわただ 3
は判然としない。 て以来、最大級の地震がこの地域をおそった。倒壊の危険を感じた ク ーパーは「プホ』を緊急発進させた。 四、実験直後、同地点ふきんに発生した地震は極めて深く、地轂 3 下層シャル層で発生している。 五、二つの地震計でキャッチした同地震の震動は、シャル層類似 翌日。夜明けとともにこの〈クロスコンドリナ 2 〉の南半球の、 荒涼たる平原の一角にかがやく巨大な火の玉があらわれた。地殻の層下方の構造部の弾性波を伝えているが、これは炭素化合物ではな いかと考えられる。 一部を高熱の蒸気にかえ、すさましい嵐で土砂をはね飛ばしながら 輝く火の玉は高く高く昇って多彩なキノコ雲になった。それは誰一 六、またその二つの弾性波は、シャル層類似層下方の核部より突 出した枝状部が屈曲しつつ地表に達していることを示している。 人、見る者とてない荒野をじゅうりんする死と破壊の手だった。 その地点は東経〇七度五分。北緯〇九度四分である。 その瞬間から第三次探検隊のけんめいの計測作業がはじまった。 計測センターのコンビューターには三六カ所の地震計と弾性波計測七、四つの地震計はシャル層類似層に多くの空洞部の存在するこ とを示している。 装置からのデーターがつぎつぎと入りはしめた。地下七十キロメー コンピュータ】の報告を前にしてみなはたた顔を見合わせるばか トルの深さに設けられたポーリング探査機も確実に地殻を伝ってく りだった。 る強烈な震動をとらえているはすであった。 計測センターのコンビューターは四時間後最初の実験結果を吐き「おい、いったいこれはなんだ ? 」 出した。それをもとに新たな修正資料を挿入して三六個の計測結果「コービューターは狂っちまったんだ。きっと」 「この星の中身はいったいなになのたろう ? 」 を照合させる。 そのさなかに、原子爆発による衝撃を加えた地点のやや西方を震「早くひき上げた方がいいぜ ! 」 、かえって退却 ーパー船長はこの異様な調査結果を前に 源地とする極めて大きな地震が発生した。これが地殻の弾性波調査しかしク に決定的な役わりを果した。はからすも二つの異なる衝撃をほとんをこばんだ。第三次探検隊にとってまたとない成功の機会が与えら れたのだ。第三次探検隊の成功はもはやなみの惑星探検ではなく、 ど一つのものとして比較することができるからであった。 それ以上に、これまで知られなかった全く新しい現象を解明して報 その結果はまことに異様なものであった。 告するという宇宙探検家としては最高のチャンスにめぐりあえたの 一、地殻の厚さは約三キロメートル。 一「その下は硅素とアルミニウムを主成分とする「シャル層』類だった。 キャツ・フ 「船長 ! あんたは気が狂っている。これ以上この天体にとどまっ 似の構造である。 いったん引き上げた方がいし 三、さらにその下方に極めて密度の異なる層がある。本来この部ていては危険だ ! キャップ ハザリの意見を聞いてはどうだ ? もう二人死んでい 分は鉄、ニッケルなどよりなる『ニフェ層』であるはずだが、これ「船長 ! ト
。ナメクジ形宇宙船の生物は、現人類の文明が銀の場合、粗筋を数枚の原稿用紙 河系の一郭にあることには、まだ気づいていないらにまとめるさい、カラフルなデ し、。とはいえ、 いっかは、それを知る日が来る。イテールをかなり省略せざるを ここ数百年、戦争をしたことのない人類は、襲われ得ない羽目になっている。『銀 ればひとたまりもないだろう。一刻も早く、敵の存河のオデッセイ』では、スペー 在を地球に知らせなければならない。だが〈マリンス・オ。ヘラの最低必須条件であ サ〉は使いものにならず、先人類の宇宙船にも、ひる主人公への感情移入がすん ン ( いなりとできた。『宇宙ジプシー』 ときわ大きな四人を収容するスペ 1 スはとても、 ではそんなことはおろか四人の のだ。 ( 問題解決の糸口は、〈マリンサ〉の廃物処理装置地球人をひとりにしぼってしま を大型化するという先人類の思いっきから生まれてってもストーリイにはほとんど くるのだが、主人公はいつまでたってもそれに気づ何の変化も起きないのだ。 かない。もちろん気がついてはいけないのだ。小説 はまだ三分の一も残っているというのに、種明しの時代は、三十五世紀。考古学 マクダニエル作『時の果ての兵器庫 必要な謎は、それだけしか残っていないのだから ) 者ローレンス・エドワーズは、 かってこの銀河系を支配していた族の古文書作家には、昔ファンだったものが多いが、彼も こう書いても粗筋だけの紹介では、先の『銀河のから、途方もない記録を見つけだした。古文書そのその一人。もっとも彼の場合、本名のテッド・ジョ オデッセイ』と比べて質的に大した差はないようにものは、読んでも欠伸しか出ないような分厚い帳簿ンストンでは今でもファンとして活動中で、まだ幼 見えるかもしれない。ところが、これが大ありなのだが、その中に一個所、彼らの秘密の兵器庫の存在な顔の残る二十五、六歳の青年だ。 だ。同じ通俗作家でありながら、同じス。へ 1 ス・オを示唆する書きこみがあったのだ XXX 族は、地球がようやく冷えて固まり始めた ペラを書いていながら、油の乗りきった感じのロ】 マ 1 と、書かなければならないことはすでに書きつ新人ディヴィッド・マクダニエルの『時の果てのころ減び去った生物であり、この間の年月から考え くしてしまった感じのラインスタ】とでは、こうも兵器庫』 The Arsenal OutofTime ( 】ま 7 ) はそて、兵器庫が無傷のまま残っているとはまず考えら 違ってくるのだろうか。それを端的に示しているのんなふうに始まる。新人とはいっても、 ( ャカワ・れない。兵器庫のある星系の座標はその記録に出て が、 ( ここまで書いて気がついたのだが ) 要約にかミステリのナ。ホレオン・ソロ・シリーズの愛読者にいる。 かる手間だった。ラインスタ 1 ・は、これだけの紹介は、お馴染みの名前だろう、『ソロ対吸血鬼』をはじ徒労とは知りながら、情報をコン。ヒ、ーターにか ロ 1 マ】め、もう四冊も翻訳が出ているからだ。を書くけてみると、意外なことに問題の星系は、消減する で惜しいと思うような書き漏らしはない。 0 0 0 :'David McDa'nieI きま角新・響ト・′・等 0 市 0 矗 9 ・ 物を物 0 0 ” hi 記 朝下を当・一ル 0 引・ ャ
ないらしい。 と、何度思ったかしれない」 「わけがわからないわ」とサンザ。 「もうきみから離れないよ」とジャリー。 「わかりたくもないね」とジャリー。 「ええ、わたしも」 当直期間中に、それはもう起こらなかった。ジャリーはその事件 ふたりは眠りの洞窟から空中艇でデッドランドの基地へと飛び、 前任者たちとの交代を終えたのち、新しいソファーを三階へ運び上を日誌に記入し、報告書を作った。それから、ふたりはすべてを忘 れて、モニター作業と愛撫とに打ち込み、ときおりの夜は心ゆくま デッドランドの空気はまた胸苦しかったが、短時間なら呼吸できで泥酔した。二百年前に、ある生化学者が自分の当直期間をまるま / ームフォーム るまでになっていた。ただし、そうした実験のあとでは、かならする捧けて、ウイスキーなる伝説的飲料が標準形態におよ・ほしたとお キャットフォーム 頭痛がおそってきた。暑さはまだ厳しかった。むかし、手招きするなじ反応を猫形態におよ・ほすような、化合物の研究に没頭したの / ームプオーム 標準形態を思わせた岩は、その特異な輪廓をすでに失っていた。風である。その実験に成功をおさめた生化学者は、みずからの発明物 もかなり烈しさが衰えていた。 に酔って一カ月間を浮かれぎに費した結果、義務怠慢のかどで交 四日目に、大型肉食獣のそれらしい、何組かの足跡が見つかっ代させられ、残りの待機期間の終りまで冷凍槽の中に閉じこめられ た。サンザの表情は目に見えて明るくなったが、その後に起こったる羽目になった。しかし、彼の発明した基本的に単純な化学式は、 このときすでに流布されており、ジャリーとサンザは倉庫の中に、 もう一つの事件は、当惑を生み出しただけだった。 ふたりがデッドランドの散歩にでかけた、ある朝のことである。豊富なストックをかかえたパーたけでなく、その使用法とカクテル ステーションからものの百歩と歩かないうちに、ふたりは三びきの調合法を記した肉筆の便覧までを発見したのだった。この便覧の の大芋虫の死骸にでくわした。硬くなった死骸は、凍りついたとい著者は、当直員の各自が新しいカクテルの考案に成功して、著者に うよりもむしろ干からびた感じで、それをとり巻くように、何本かつぎの輪番が回ってきたときには、便覧が彼の欲求に匹敵する厚み の線が雪の上に印されていた。現場へと往復している足跡は、・ほやにふくれ上っていることを望んでいた。ジャリーとサンザはその要 求にこたえようと誠心誠意研究を重ね、ついに冬の華パンチを完成 けた不揃いな輪廓を持っていた。 した。このカクテルはふたりの腹部を火のように燃え上らせ、のど 「どういうこと ? 」とサンザがきいた。 「わからない。とにかく、写真をとっとくほうがよさそうだ」とジをごろごろ鳴らす音をくすくす笑いに変えた。ということは、ふた ャリーよ、つこ。 りが笑いを発見したことでもあった。深鉢いつばいのそれで新千年 ふたりは撮影をすませた。その午後、第十一基地と話しあったジ期を寿ぎあったあと、サンザはいますぐほかの基地にもこの調合法 ャリーは、ほかでも当直員たちが、それに似た事件をときおり目撃をお裾分けして、当直の全員にふたりの喜びを分かちあってもらお う、と提案した。このカクテルが非常な好評を博したことから見て していると聞かされた。しかし、その種の事件は、あまり頻繁では
多かった。正確にいえば、二万八千五百六十六組の両親である。二 万八千五百六十人を越えようというグルー。フなら、才能にめぐまれ「最愛のサンザ。資金は、やはり思ったとおり、まだ前途遼遠だ。 ・こ、ら、なおさら早く着手しなければならない。すまないが理事会 た人間もいて当然た。ジャリーもその一人だった。生まれつき、利ナカ 殖のコツを心得ていたのである。ゼネラル鉱業から支給される大半にこの動議を提出して、・ほくの適格性を説明し、すぐに承認を求め を、彼はよりすぐった有望な株式へ投資していた。 ( 事実、ほどなてくれたまえ。いま、会員たちへの財政報告書を書きおわった。 ( 写しを同封する ) この数字からすると、かりに会員の八十。ハーセ く彼は、ゼネラル鉱業の少なからぬ株を持つようになった ) づントが・ほくを支持してくれても、五年から十年かかるだろう。だか 宇宙公民自由連盟からやってきた男が、出生前の選択権というに キャットフォーム こら、がんばるんだよ、愛しのきみ。むらさきの空の下で、いっかき 題に同情を表明し、アリヨーナル星の猫形態たちが有力な例証冫 なりうる ( とくに、ジャリーの両親が、好ましい法廷ムードの保証みと会えますように。つねにきみのもの、収人役ジャリー・ ク。二伸。きみがあの指輪を気にいってくれたそうで、とてもうれ された、第八七七回路司法管区に住んでいるときてはなおさらだ ) と説明したときも、ジャリーの両親はゼネラル鉱業からの扶養年金しい 二年後、ジャリーは株式会社十二月クラブの正味資産を二倍に引 がふいになることを恐れて、その誘いに乗らなかった。のちにはジ ャリー自身も、そうした考えを放棄してしまった。かりに彼らに有きあげた。 / ームフォーム その一年半後には、さらにそれを二倍にした。 利な判決がくだったところで、地球型世界用の標準形態にもどれる つぎのような手紙をサンザから受けとったとき、ジャリ 1 はトラ わけでもない。それがだめなら、なんの意味があるだろう ? 彼は 自分の境遇を恨んでもいなかった。それにこのときには、すでにンポリンの上で大きくとん・ほがえりを打ち、タンクの反対側へ四つ 足で降り立っと、さっそくビューアーにもどってそれを再生した。 ・社の大株主にもなっていた。 ジャリーはメタン・タンクの中をぶらっきながら、ごろごろとの いとしいジャリー どを鳴らした。それが考えるときの癖なのだ。彼は低温コンビ、ー あと五つの惑星の明細書と価格表を同封します。調査部で気 ターを操作し、のどをごろごろ鳴らしながら考えた。つい最近に結 キャットフォーム にいってるのは、しんがりの一つです。わたしも同感。あなた 成された十二月クラ・フに所属する、猫形態たちの正味資産を計算 はどう思いますか ? アリヨーナルⅡとして ? これでいいと しているのだった。 いつ、それを買うことができるで なった場合、価格の点は ? ジャリーはごろごろを中断し、小計を検討してから大きく伸びを しようか ? 調査部の話たと、惑星改造機を百台使えば、五、 してかぶりを振った。そして、またもや計算にとりかかった。 9 六世紀でわたしたちの理想の世界に変えることができるそうで 5 やがて計算をすませると、彼は伝声管に通信文を口述した。宛名 す。この機械のコストも、おつつけ連絡します。 は十二月クラ・フの会長で、彼の婚約者でもあるサンザ・・ハラティー