男は〈振り子〉に目をやった。それはいま〈穴〉の遠い側にあ 、振動の限界にさしかかろうとしていた。もう一回半振動するま でには、プラットフォームに着くだろう。そして〈振り玉〉にも楽 に乗れるはすた。男は通路を歩きたした。はだかの足が、厚板の上 で。ヒタビタと音をたてた。手すりがないので、壁に寄りそって進ま ねばならなかった。いま男がいるのは、床から二十フィートの高さ だった。振り子が戻りはじめた。〈振り玉〉は男のいる位置のすっ と下にまでおりると、今度は上昇を始め、すぐそばを通りすぎた。 〈穴〉の角にさしかかったとき、〈大時計〉がカッチと言った。 男は角を通りすぎ、三十フィートほどしかない、壁の縦幅にそっ て歩きだした。壁からせりだすように、プラットフォームが作られ・ ていた。男はその上に立ち、〈振り玉〉がやってくるのを待った。 一本の長い細い鎖がかたわらに垂れさがっており、その上端は〈脱 進機〉のメカニズムにつながっていた。プラットフォームに加わる 彼の体重が、鎖の下端の鉄の輪を引き、〈振り子〉を操作して、男 がそれに飛び乗った場合でも、〈大時計〉に狂いが起きない仕掛け になっているのだろう。〈振り玉〉は今いちばん低い部分に戻り、 見かけはゆっくりと、男にむかっての・ほりつつあった。〈振り子〉 への飛び乗りはむずかしい技で、昔は相当、男を悩ましたものだっ た。昔 ? 男は無関係な疑問を黙殺した。〈振り子〉に乗ることだ けに、精神を集中しなければならない。むずかしいのは〈振り玉〉 の見かけの速さと実際の速さとが異なるからだった。〈穴〉の底の 中央に立った場合、〈振り子〉はこの振幅の端の部分では、ほとん ど動いているようには見えない。ところが、中央にさしかかると、 その本当のス。ヒードがはっきりしてくるのだ。ここ、振幅の限界の 部分では、逆の錯覚が起こる。しかも、弧のこのあたりでは、〈振 Smith ( レオン・スミス ) で、丁度で一匹のめんどりが盛んに鳴き立て その頭文字に当っていた ! ながら苦労して生んだのは、平たい さらに、インディアナ州バーゲン 卵であった。さらにイリノイ州プリ ビルで生み落された卵には「 ッジ玉ートで生れた卵は、完全な半 」と五文字が並んでいたが、そ円形であった ! れはちょうどその家の五人の家族の 次に、卵の中からいろんな思いが 名前の頭文字に該当していた ! けないものが出てきた実例として リプレイはさらに、オハイオ州ホ ュー・ジャージー州のリビン ワイト・オークのある農場で生み落グストンでリンダ・コールさんが割 されたガチョウの卵には、円の中に った卵には、真珠が入っていた。あ 十字を描いた模様が現れていたが、 る卵の中からは落花生が出て来た。 その日は丁度聖霊日に当っていた、 面白いのは、同じくニュー と言っている。 ジー州のニューワークで鶏が正真正 だが リプレイは、どれもこれも銘のレモンを生み落した。そこで、 こじつけようというのではない。あ カラを割ってみると、中に本当の卵 る鶏が生んだ卵のカラには「があったー 」という文字が現れていた、とは 我が国でこれまで報道された実例 言っているが、その日に戦争が始っ では、ある鶏が特別大きな卵を生ん たとは書いていない、また、テキサ だのでカラを割ってみると、中にも ス州プレインビルで生まれた卵のカ う一つカラがあり、つまり卵の中に ラには完全に白黒のチェック模様が もう一つ卵が入っていた。又ある鶏 入っていたとは言っているが、その が生んだ卵には黄味が三つ入ってい 持ち主がチェッカー気狂いだったと た ( 二つの場合もあった ) 。さらに は言っていない。 ノルウェイの南部で生み落された卵 次に、 . 卵の形の変ったものとして の白味は真っ黒だった、というが、 は、普通の卵の横腹に、もう少し小 これは我が国でも実例があった。 さな卵が太い方を下にしてくつつい カンサス州パイバーで生み落され た奇妙な形の卵が生み落されたこと た卵のカラは、鉄でできていたー を報じている。またテネシー州のロ また、ある鶏が生んだ卵のカラは全 ージャーズビルでは、何とハート形 く透明であったー の卵が生れたが、その日は奇しくも、 エトセトラエトセトラと、、 tJ りが バレンタイン・ディに当っていた、 ない。しかし、最高の傑作は、ミズ という。 リ州マーシャルである鶏が生んだ また、完全にまん円い卵は、オレ卵で、その卵はなんと空っぽであっ ゴン州のカネマでホワイト・レグホ たそうだ。 ンが生んだ。ミシガン州ペントリー ( 近代宇宙旅行協会提供 ) 海外みすてり・とびつくー・
0 0 0 0 0 こと - もなく今なお銀河系の広大な渦の中を運行してれば殺していたかもしれない。 追手は、大規模な艦隊をくりだして、族の いた - ~ エドワ 1 ズはあわてて大学の学部主任にそれそこへアレグザンダーがとんできて、踏みつけら兵器が地球人の手にわたるのをくいとめようとす を報告する。 れている男は、本当に旧植民星のスパイであることる。数百年前、地球に疫病が蔓延し、地球上の人類 この発見が、どれほど重大な意味を持っているかがわかる。女の子は、エドワーズが銃をつきつけらの九十五パ 1 セントまでが死んで、当地の植民星へ 思い知ったのは、兵器庫探検の任務が自分に回ってれたのを目撃して、悪漢退治に手を貸してくれたのの補給が長いあいだ途絶えたことがあった。その苦 きたときたった。 しい時代の出来事を歴史の授業でたたきこまれてい この兵器庫探検は、考古的に重要なばかりではなところが、スパイよりもっと始末のわるいのがジる旧植民星人たちは、今でも地球人を激しく憎悪し 。もし、まだ使用できる武器が見つかるなら、最一ンジャ 1 ・コリンズと名乗るその女の子。二人が何ているのだ。 近とみに険悪になっている旧植民星との関係を、一か秘密の使命を帯びてどこかへ行こうとしているの三人は、ついに兵器庫を発見する。上空では、彼 挙に地球に有利に持ちこむことができるのだ。 だと早合点し ( 実際そうなのだから、なおわるい ) 、らを守るために地球の艦隊が待機しているが、旧植 問題の惑星マーミオンが、旧植民星の支配下にあ行先が同じなのを幸い、すぐ二人にかまをかけてく民星の大艦隊の前には、多勢に無勢。一方ドワー るので、探検もできるだけ秘密裡に行なわなければる。 ズたちの手もとには、どれほどの威力があるか知れ ならない。一行は、保安局から派遣されたアレグザ ( このあたり、テレビのナポ・ソロ・シリ 1 ズをそない兵器が無数に眠っている。これを何とか使えな ンダー・アロディアンと名乗る青年と、彼の二人たのまま宇宙にもっていったようなスパイ・コメディ一、 しものだろうか : : : というところがクライマックス け。 で、気がつくと三分の一ほど読み進んでいる。このだ。 エドワーズたちは観光客に変装して、地球をあとまま行けば、ちょっとした拾いものになるのではな ◇ にする。ところが出発直前、もう情報がどこかに漏いかと期待したのだが、主人公が一人になると急に れたらしい、宇宙港の雑踏の中で = ドワーズはうし真面目になってしまったり、そのあたりがちぐはぐ数ある現代スペース・オペラの中から、ランダム ろから銃をつきつけられる。彼はみごとに体をかわでどうもいけない。として見れば、三十五世紀に選んで紹介した一一一編。しかし、こんなふうに要約 す。これまでいつも研究室にとしこも「ていた彼でありながら、どこもかしこも現代と少しも変わらしただけで、ラインスタ 1 は別にして、あとの一一編 に、そんな芸当ができたのは、数日前からアレグザないのが難といえるだろうーーそこが、スペース・のおもしろさは伝わっただろうか。ぶつぶつ文句を ンダーに手ほどきを受けていた護身術の続きだと感オ。ヘラである所以かもしれないが ) 言っている・ほくだが、読んでいるときには、理屈抜 違いしたからだ。 とにかく、そんな変わりばえしない世界で追いっきに楽しんだことは確かなのだ。しかし、こんなこ 男は一目散に逃げてゆく。しかし、そこへとんで追われつの活劇を演じた末、三人は ( ジンジャーもとをくどくど書く必要はないかもしれない。スペー もない伏兵が現われた。いきなりとびだしてきた若その間のはたらきにより、臨時の探検隊員に加えらス・オ。〈ラのおもしろさは、ぼくよりあなたのほう い女が、男をつかまえて地面につきたおし、 ( イヒれている ) とうとう目的の惑星マ 1 ミオンに到着すがよく知っているはすだから。 : ルで踏んづけはじめたのだ。彼が止めに行かなける。 0- 」 0
「ほかのエクゼクティヴのかたたちは「来年の百年祭を記念する行を殉教者にしたてあげたり、解説書や病的な小説や見当ちがいの文 事をもう提案なさってるんでしよう ? 」 章などを書きまくったりしたんです」 「いろんな提案が出たよ」 「そう、病んだ時代だよ」ゼイダーは、さもけがらわしいという調 「あたしのも申しあげますわ。これは、ほんと、モーレツなのー 子で言った。「彼らは、どうすれば幸福に暮らしていけるか知らな 世界中の人びとが喜ぶと思います」 かったんだ。そんな昔の記録なそを掘りおこすべきではなかった 彼女は背景から少しずつ埋めながら、注意ぶかく核心にはいってな。トーラ 読んでも害になるだけだ」 しュ / 「でも、それであたしはアイデアを見つけたんですのよ ! 聞いて 彼女はまずゼイダーに、一九四五年当時、日本人と交戦状態にあください、来年の百年祭を祝うあたしの計画です ! エノラ・ゲイ った北アメリカ人が、イギリスのアイデアを盗んで原子爆弾を開発の複製を持ってきて、それからどこか小さな国に原爆がまだ保存さ したことを説明した。二〇四四年のボタン大の爆弾に比べれれていたら見つけてきて、世界中の人びとが見守るなかでヒロシマ 直径約五フィート にまた落すんです、午前八時十六分きっかりにー ば、それは大きかったーーー長さ十四フィート、 どう思います、 モーガン ? 」 で、重量約一万トン。その爆弾は、旧式の飛行機に積みこまれた。 機の名称は、一部の記録では四、他の記録ではエノラ・ゲイとな彼は困ったような顔で、鼻のあたまを掻いた。 っている。爆弾は、リトル・ポーイと呼ばれた。飛行機はそれを日「けっこうなアイデアだ、申し分ない。だが、それをわしに持ちこ 本の都市ヒロシマの上空に運び、そこで投下した。リトル・ポーイんだのは、きみが最初じゃないんだ」 が作りだした火の玉は、さしわたし千八百フィート 、温度は一億度彼女は息を呑んだ。タンクの中の若者の泳ぎにあわせて、部屋全 にも達した。もし宣伝キャンペーンとして行なったのなら、これ以体がゆらいだようだった。ソールじゃないわ : : : フ = スでもない : 上の成功は望めないだろう。約八万人の人びとが即死し、翌年まで・ : 誰なんです ? ディヴ ? 」 にさらに十四万人が、主に放射能症によって死んだからだ。なかな「まったくのアウトサイダーだ。ハインリイ・ゴッドスミスという か印象的な数字といえる。時に、一九四五年八月六日午前八時十六若造たよ。なかなか頭のきれるやつだ ! すぐェクゼクティヴに抜 擢した」 分。新しい核武力の時代は、そのときその場所で始まったのだ。 「原爆が戦争をくいとめました」とトーラは言った。「そして凝集 物質爆弾のような、より優れた兵器や、今あたしたちが知っているそのアイデアはの大統領のところへ送られ、大統領はそ 短期間の制限戦争への道を切りひらいたのです。これが進歩というれを世界評議会にかけた。評議会は熱狂のうちに、それを一人の男 5 ものでしよう。でも、かわりもののあたしたちの祖先は罪悪感からに依頼した。駅馬車、蒸気機関車、自動車、そういったものは、ど 5 こかの国際サーカス団がそれそれ持っていたが、原子爆弾だけはど 気違いみたいになって、核兵器を禁止しようとしたり、イーザリー っこ 0
「とすれば、それを確かめるべきだ。もしも彼らが知的生物なら、 そして、奇妙で胸驢ぎのする現象が見られた。 ・ほくたちのような人間なら」と、そこまでいっ 6 れいの二足生物が夜のあいだに訪れ、雪の上に何本かの線を書もしも彼らが き、その真中に動物の死体を残して立ち去るのだ。それは昔よりはて、ジャリーは短い笑い声を立てた。「・ほくたちには彼らを思いや るかに頻繁に起こった。彼らは自分たちのものでない毛皮をまとる義務がある」 「あなたはどうするつもり ? 」 、遠い道のりを歩いて、わざわざそれをしにくるのだった。 ジャリーは歴史ファイルの中で、その生物に関する報告を総ざら「まず、あの生物の居所を突きとめよう。そして意志交換を試みる んだ」 「これには、森の中に明りが見えたと書いてあるよ」とジャリーは「これまでに、そうした試みは ? 」 「あった」 いった。「第七基地だ」 「なんですって ? 「その結果は ? 」 「まちまちだね。あるものは、彼らが相当な理解力の持ちぬしたと 「火だよ。彼らがすでに火を発見しているとしたら ? 」 主張している。あるものは、彼らを人類の域にまだほど遠いと見て 「もう、獣とはいえないわ ! 」 いる」 「だが、いままではそうだった ! 」 「いまの彼らは衣服も身につけているのよ。ここの機械に生け贄を「わたしたちのしているのは、非道な行為かもしれないわ」とサン 供えたりもする。もう、獣とはいえないわ」 ザがいった。「人類を創造した上で、それを減・ほそうとしているの 「どうしてそんなことが起こったんだろう ? 」 かもしれない。むかし、わたしが暗い気持になったとき、あなたが こういったことがあるわねーーーわたしは破壊も創造も意のままにで 「どうして ? わたしたちがそうさせたからよ。わたしたちがここ に来なければ、そして彼らに生存の知恵を押しつけなければ、たぶきるこの世界の神々だ、と。創造力も破壊力も備わってはいても、 いたでしよう。わたしたわたしには神のような気分になんて、とうていなれない。い ん彼らは無知なままでーーー獣のままで どうすればいいの ? 彼らはここまでは生き残ったけれど、こ ちが進化を早めたんだわ。彼らは順応か死のどちらかを選ばねばな れから先の変化に最後までついていけるかしら ? もしも彼らが、 らなかった。そして、順応を選んだのよ」 「もし・ほくたちがや 0 てこなかったら、こんなことは起こらなかつあのみどりの小鳥たちとおなじ運命をたど 0 たら ? 彼らが能力い つばいの順応をしても、まだ不充分だったら ? 神さまなら、こん た、というのかい ? 」 なときにどうするのかしら ? 」 いっかはね。それとも、起こらずに 「起こったかもしれないわ 「思ったとおりにやるだろうね」とジャリーは答えた。 すんだかもしれない」 その日、ふたりは空中艇でデッドランドを偵察したが、おたがい ジ + リーは窓ぎわに寄ってデッドランドを見渡した。
に、最初投げすてた小さな機械を拾いあげた。 ( あぶなく忘れるところだった。これがなくちゃ呼吸可能かどうか調べる手段がなくなってしまう ) はじめの生物は、やわらかなテレ。ハシーを返した。ふたつの生物のテレバシーが、微妙な感じでか . らみあい揺れるのを、プニツマムは見守っていた。 ( わたしたち、ふたりきりね ) はじめの生物が思念を送り、あとの生物は上部触手を相手に巻きつけた。 ( そう : : : 死ぬのも生きるのも : : : ふたり一緒だよ ) 装置に並んでまたがると、あとのほうの生物が、機械を始動させる操作をしたらしかった。 ( このタイム・マシンの動力がつづく限りの未来へ ! ) その瞬間、フニフマムは、自分の身体の内部に位置していたそれらが、その時点から彼と同しよう に、時間の中に横たわっていることを知った。それも、同族と接触しているあの感じではない。彼と まったくおなじ空間に伸び、彼にそい臥すような形で存在しているのであった。はじめての共有の感 覚なのであった。 フニフマムはあきらかに、すこし感動していた。その感動が、今まで想像したこともない共有によ るものか、それとも、いまのふたつの生物の結びつきを目撃したためのものか、彼には何ともいえな ハニコミナと核を交換したときとは異質のこころよさが、彼をとらえていた。 いのであるが : あのふたつの生物がどのようになったのか彼は知りたかった。だから、感覚部を気・せわしく、さら に未来へと、自然の流れを追い抜いて走らせた。 だが、そこまでだった。 彼と共有しているその存在は、たしかにまだ先へつづいているのだが、彼の感覚部はもうそれ以上 進めなかった。先端部に達したのである。 彼としては、どうしようもないことであった。 成長だ、と、フニフマムは考えた。自分がもっと成長しさえすれば、この先を見届けることができ る。あのふたつの生物の行く末がどうなるかを知るまでは、成長しつづけねばならないのだ。さいわ い、彼はまだその途上にある。ひょっとしたら、この共有体の先端部に達するまで、伸びつづけられ るかも知れない。 待っことなのだ。気永に待てば、それでいいのだ。 フニフマムは、もう一度、いまのふたつの生物のシーンを追ってみた。 それから眠った。
カチリと音をたてた。軽く引っぱって試したのち、はじめて男は安み、男はハンマ 1 を持ったまま立ちつくした。もう一度、歯車を打 堵の息をつき、〈振り子〉の上昇にともなう重さの増大と闘いなが たなければならない。どうしてあと一秒、鳴るのを待ってくれない ら立ちあがろうとした。 のた ? そうすれば歯車の音ぐらい聞くことができたのに。男はも 〈大時計〉がカッチと言って〈振り子〉を震動させる直前、男はそう一度ハンマーをふりおろしかけ、そしてやめた。〈ゼンマイ巻 の振幅の限界で向かい側のプラットフォームに乗り移った。鉄梯子き〉の時間なのだ。あまりのみじめさに涙がみるみるうかんでくる を下るあいだ、男の両足はガクガクと震えていた。 のがわかった。年老い、疲れきった自分 : : : 男は部屋を横切り〈後 〈穴〉の床を横切りながら、男は熱にうかされたように計算してい部の壁〉に行くと、〈ゼンマイ巻き室〉に通じるドアをあけた。 た。つぎの仕事にかかる前に、歯車の点検をする時間があるだろう〈大時計〉が、カッチと言った。 か ? 男は昇降機に通じる細いトンネルを這い下った。つぎの仕事それはちつぼけな部屋で、ほかと同様、厚板がはりめぐらされて は〈ゼンマイ巻き〉だったが、男はなるべくそのことを考えないよ いた。むかい側の壁からっき出ている〈巻きハンドル〉を除けば、 うに努めた。毎日一時間はたつぶりかかる作業で、終わったときに何もない部屋だった。男は中に踏みこむと、 ^ ハンドル〉を掴ん は、カは尽き、全身が震えているのだった。それでもなお、こんな だ。体重をかけると、それはじりじりと下へ動きはじめた。壁のう 小さなエネルギーでよく周囲のこの厖大なメカニズムを維持できるしろのどこかで、ガンギ車が速い調子でカチカチと鳴っていた。 ものだと思うことがあった。濁った頭脳の中から、今と同じような 〈ハンドル〉が下がりきったところで、男は力を少しゆるめた。そ 状況の記憶がお・ほろげによみがえった。以前には、〈時計室〉に着れは、彼の手の中でふたたび元の位置に上がった。男はまた押し くとまもなく、唇管が鳴りわたったものだ。 た。笛が鳴るまで、巻き続けるのだ。推測するところでは、それは 昇降機がシャフトのてつべんに到着すると、〈大時計〉がカッチ一時間ほどらしいのだが、長い一時間にはちがいなかった。〈ゼン と言った。その騒々しい音は、〈振り子穴〉で聞いたときとは対照マイ巻き〉が終わると、すこしのあいだ労働から解放され、昼食の 的に、長いあいだ耳の中で鳴っていた。ふたたびノイズが男を包ん時間が与えられる。昼食時に、残った歯車をかたづけられないだろ だ。歯車のすれあう音、〈速車〉の唸り。オイルと金属のつんとすうか ? る臭いが、ふたたび男の鼻孔にしみわたった。手押し車は、さっき〈大時計〉が、カッチと言った。 置いたときのままだった。男は埃を舞い上げながら床を歩いた。そということは、白いかたまりを食べる時間がなくなるのを意味す して手押し車に辿りつくと、つぎの歯車を点検するためにハンマー る。それは大した悩みではなかった。いちばん困るのは、貴重な休 をとりあげた。それは、片手でらくらくと持てる小さなハンマ 1 だ息の時間が失われることだった。手の中で、〈ハンドル〉がいちば った。男はそれをふりあげ、歯車を打った。 ん高い位置まで戻った。今後のことが気がかりだった。休みをとら 唇管が鳴りわたり、ほかのすべての音を呑みこんだ。笛の音がやないままで仕事にかかれるだろうか ? 今では体は弱りきってい 3
「しかし、君の望むような結果に終わらせることは不可能だ」 「それを知ってる上で、いってるのよ。どう。わたしがタヌキじゃ 「やっちゃってもいい」 ないこと、はっきりわかったでしよう」 「女としてなの。それとも、タヌキの化けた女としてなの」 「いや。まだ、どうだかわからないよ」 「それを知るためにだよ」 「どうして。わたし、自分が外におつ。ほり出されてもいいから、あ「それだったら、おことわりよ。若い女性として、本気でそう思っ なたに、わたしが女であることを信じてほしいっていってるのよ。 てしてくれるんでなくちゃねえ」 どうせ死ぬのなら、タヌキと思われたままで死ぬのはいやだわ」 「それは、どっちのプライドだ」 「そしてまた、君がタヌキなら、ぼくが君を若い女だと信じ続けた「もちろん、若い女性としての誇りよ」 場合、ぼくを化かしおおせたことになるわけだ。たとえ君は死んで「そうたろうか。タヌキとしての誇りだって、満足するんじゃない もね。タヌキとしての。フライドは保てるわけだろ」 だろうか。終ったあとで、タヌキの姿に戻っておれを嘲笑すること ができるんだからな」 「でもそれだと、あなたは死ぬまでわたしを若い女性だと信じるこ とになるわ。もしわたしがタヌキだったとしたら、それはいやね。 「もしそうなら、真相がはっきりするじゃないの」そういってしま だってタヌキは人間に、あとで化かされたと知ってほしいわけでしってから、彼女はあわててかぶりを振った。「だめ。実験的にされ よ。それでなきや、化かした値打ちはないわけでしよ」 るのはいやよ。もしわたしを無理やり犯そうとするなら、終ってか 「だからどうなんだ」 らでなく、やってる最中にわたし、顔だけタヌキの顔になって舌を 「だからわたしがタヌキであるわけはないわ」 出してやるわ」 「じゃ、女であることを証明しろ」 「それだってやつばり、真相がはっきりするわけたぜ」おれは椅子 「わたし、人並み以上に女つぼいつもりだけど、まだ不足かしら」から立ちあがった。 「それ以上女つぼく化けられなかったというわけだな。無理ない 「いやだってば。実験はいや」彼女はおどろいて立ちあがり、龠屋 よ。君は最高に女つぼい。女らし過ぎる」おれはガス銃を構えなおの隅まで逃げていってこちらを振り返った。「それならわたし、や した。「だからよけい、信用できないんだ」 ってる最中にずっと、あなたに、タメキとやってるのかもしれない 「女としての機能だって持ってるわよ。証明はできないけど」 ってこと、思い出させてやるわ。のべっ言い続けてやるわ。『あな 「なぜ証明できないんだ」 た今、タヌキを犯してるのよ』「あなた今、獣姦してるのよ』っ 「あら。わたしを抱くつもりなの」 て」 「抱いてみてもいいな」 「それをやられちゃ、参るな」おれはまた椅子に腰をおろした。 「すると、ここで、この固い冷たい床の上でやっちゃうつもりな彼女は遠くからおれの様子をうかがっていたが、やがて安心して の」 9 3
かれらは、王女の部屋にいるワルターの姿をみて、しばらく立ちょうとする者はいなかった。 王女イスエクは、肩をちちめながら、異邦人のあとについて、館 すくんだが、すぐさま手槍を逆手にかまえた。もし、邪魔だてする の裏手へまわった。そうすることに、なんの疑問も感じなかった。 者があれば、殺してしまえというような命令を、あらかじめシ 1 ( なぜなら、この若者こそ、トルテカ人の横暴を懲らしめるため、こ 1 ンから与えられているのだろう。 の世に姿を現わした主神ィッサムナの化身にちがいないと、かたぐ 三人のマヤ戦士の行動は、ジャガーのようにすばやかった。ワル 信じていたからである。 ターをはさんで、申しあわせたように、三方へ散った。 ワルターは、手槍を投げつけようとする戦士めがけて、棍棒の先裏手の林のなかに、人の背丈より大きい球形のものが置いてあっ た。ワルターは、そのつややかな表面に手をかけ、とびらのように をむけた。そのとたんに、細く尖った先端から、目も眩むような白 なったところを、しずかに引きあけた。 光が奔った。白光に捕えられた戦士の体が、硬くこわばりついたと 王女イスエクを、その球のなかに押しこめてから、ワルター自身 見るまに、その姿勢のまま朽木のごとく横倒しになった。 しも入りこんだ。 ワルターの棍棒の先は、残る二人の戦士にむけられた。あっと、 ンユ。、 ーンの兵が、それに気づいて駈けつけたとき、白銀色の球 うまに仲間の一人を倒され、二人の戦士は戦意をなくした。ただひ 体は、怪しい光を放ちながら消えはじめていた。 たすら盾のうしろに、身を隠そうとするばかりだった。 金色の髪をした異邦人は、ふたたび白光を撤きちらした。マヤ戦 コスモポリスにあるタイム。 ( トロール本部では、。 ( トロール隊長 士たちが左右にもんどりうって倒れるのを見とどけてから、かれは のヴィンス・エベレットが、資料室のチーフと話しあっていた。 王女を振りむいた。 「スミソニアン博物館から、例の調査レポートについて、催促して 「行きましよう、王女。ここに長居は無用です。さあ、早く」 きました」 「主なる神ィッサムナの化身よ」 資料室のチーフは、エベレットに言った。 王女イスエクは、眼のあたりに奇跡をみて、ゆっくりひざまずい 「例の合同調査のことだったな。なるほど、この件には、ワルター 「王女イス = ク。今は、そのようなことをしている時ではありませに引きつぐまえに、わたし自身もタ ' チしていた。カーネギー研 イテュート 、くら、わたしでも、究所から頼まれたほうの追跡調査は、三世紀までは確認して ん。どうか、わたしについてきてください。し サン・フル あゑ炭素Ⅱで年代測定したという標本の六世紀という結果と シュバーンの兵すべてを相手にすることはできません」 は、補正計算を考慮に入れてもだいぶ開きがあるー 異邦人は、王女をせきたててから、戸口を忍びでた。立木のむこ 工べレットは言った。この隊長にいえることは、そこまでであ 7 うに十数人の戦士がいるが、王女ひとりと思っているから、さきほ どさしむけた三人で充分と考えているのだろう。誘拐の手助けをしる。その後の調査状況については、ワルターの報告待ちということ インステ
す。比重はこちらのほうがずっと大きいですから : : : 」 「では、そのように身をまかせることにするかーー・」カプタイン教 5 授は頑丈な腕をくみ、シートにからだを沈みこませながらいった」 ' ふてぶてしいともいえる口調だった。「ーーーきみはとにかく。ハイロ このおどろくべき異変は、まったくとっぜんにやってきた。 ットとして業務をはたしたまえ。母船との連絡も、試みるだけは試 氷が融けはしめたのだ。 みること。、わしは氷と液晶を眺めていることにしよう」 しかも、急速にだった。 カミはもう、教授のことばを、ほどんどきいてはいなかった。コ これまで、強電場にさらしたとき、瞬問的に液晶状態になること ンビュ - ータ」によってほとんどが決定される″ + リトーン号″の操 はあったが、それは、ごく一部分であり、またごく短時間のことに すぎなかった。 縦にも、カミの、手を動かす余地はのこされており、カミは、万が一 それが、氷のほうから、とつじよとして融解しはじめたのであの僥倖をねがって、全身を汗まみれにさせた。 る。 数時間がすぎた。 ドリルはま艇の機関の修復はまったく不可能であり、強力な抵抗力をほこる 「教授、むりです」カミは悲痛な叫びをあげた。「 探査艇 / / トリトーン号″は、予想をはるかに上まわるスピードで、 ったくきかなくなりました ! 」 「やむをえまい」 いまは深海と化した液晶の中を沈みつづけていった。 カプ琢イン教授は、すでに、平静にもどっていた。そして、母船艇内の温度はかなり上昇した。 にいるときと同様な、そっけないことばづかいで、カミに機械的に ドリルは無益に液中を自転し、艇全体は、おそるべき圧力によっ 質問した。 て、きしみはしめた。 「この惑星の大きさはどれだけだったかね ? 」 艇内の気圧も変化したようだった。温度も異常に高くなった。ふ たりは、一種銘酊の状態になりつつあるように思われた。カミは、 カミは一一度、三度、深呼吸をくりかえしたのち、こたえた。 「地球よのはかなり小型です。半径百二十五万メートルという数値教授と自身の体内に薬品を注入した。遠のいていきそうになる意識 が一時的に明瞭になったが、事態に改善のきざしはあらわれなかっ が出ています。したがって重力は小さく、かなりもぐっても圧力は 地球にくらべてずっとわずかでしよう。でも、十万メートルをこえた。 ると話はちがってきます」 「もう、あまりむりはするな・ーー」 . 教授はきびしさを失わない口調 「ドリルがきかなくなったこの艇は、ほうっておくと、どうなるで、カミに命じた。「ーーおまえの様子をみていると、艇のエンジ ンが復旧しそうにないことは、すぐにわかる。それよりも、体力の 「重力にしたがって、海底に達するまで、液体の中を沈みつづけま消耗をさけたほうが、こういう場合には利ロなことだ : : : 」
めには、まず単語を発見しなければならない。単語を見つけるに 「有難う」細川は頭を下げた。 は、成人の脳をいじくりまわすより、より単純なものの方がいい 「でも」と妻が不審気に説いた。「そんなに大切なもの、大学に置 そこで彼は、脳をつくることに思いついたのである。人の胎児の いてた方がよくはなくって」 脳から、神経細胞を取り出し、器官培養に精をたした。 「とんでもない ! 」 最初、その神経細胞は、勝手気ままに腕を出し、絡まりあって白 私と細川がほとんど同時に言った。 いかたまりを作った。とても脳なんて呼べる代物ではなかった。神機械と生きている脳を結びつけることができれば、画期的などと 経繊維のぐずな集合、吐気をもよおさせるほどの統制のない肉塊で いう生易しい言葉では表現できないコンビューターが誕生する。革 あった。 命も革命、大革命である。大学のような解放的な所に置いておけ この肉塊に生命を吹きこむには、比類のない統制力が必要であば、いっ紛失するかもわからないではないか。私は妻にそう説明し る。そこで彼は、自分の脳を使うことに思い至った。自分の脳からた。 出される情報を、そっくりそのまま増殖する神経細胞に流し、大脳 その説明を当惑気に聞いていた細川が、私の顔を立てるかのよう 新皮質を作りあける装置を完成したのである。だから、彼が飼育しに、大きくうなすいて言った。 ている白い肉のかたまりの中には、彼そのものが移殖されているの 「それもあるんですが、奥さん。実を言いますと、・ほく、もう機械 である。 には興味を失ったのです。それよりも、もっと魅力に充ちたことを というのが私が理解した彼の話の大要である。なんとかダイナやろうと思いはしめたのですー ミックとか、メッセンジャ Z < だとか、彼の話には耳慣れない 「なんだいそれは」 外国語がふんだんに入ってきて、とてもしゃないが正確には憶えら 私は膝を乗りだした。 れなかった。特に、細川が情熱を傾けて語った、自分の脳から指令「うん。・ほく自身を他の動物に移植してみようとしたんだ。つまり を出して培養細胞のコントロールをするくだりは、一流の学者ででぼくの脳の罐詰を、サルやイヌに取りつけるんだ。するとぼくは、 もなければ理解できなかっただろう。私は、まるで音楽でも聞いてサルやイヌの目を通して外界を認識するようになる。その見聞を、 いるような気がしたものた。 サルやイヌがしゃべってくれたら、・ほくは人類ではじめて動物の心 なにはともあれ、彼は新しい発明をしたのだ。説明が終った夜更の中に旅行できることになる」 けには、すっかり彼の信徒になってしまい、私たちは豊潤なブラン 「なるほど」と私はうなった。 デーで乾杯をした。 「素敵ね」と妻も声をはすませた。 3 「おめでとう」と私は心から言った。「苦労の結晶だ。細心の注意「そこでだ。ぼくは、うちの大学にある免疫学教室に依頼して、サ 2 を払って預ることにするよ」 ルとイヌの免疫寛性体を作って貰ったんだ」