王女 - みる会図書館


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1. SFマガジン 1970年2月号

「王女さま、ウシ、マルへおいでください」 しばらく、あたりさわりのない話をしたあとで、シュ。ハーンは、 、え、なりませぬ」 思いつめたように言った。 王女は、きびしくはねつけた。さすがのシュバーンも、かさねて 「なんと言われます ? 」 迫ることはできなかった。もちろん、王女がその気になれば、父王 めあ 「ポナム王は、王女さまを、トルテカ人に婚わせようと考えておらに陰謀を告げることもできる。だが、それをすれば、いっそうトル れます。わたしは、王女さまを、ウシ、マルへお連れしようと思、 しテカ人の勢力を増加させることになる。シュバーンには、王女がそ ます。それを合図に、ウシマルの兵が、マヤパーンへ攻めこみまうしないことが判っていたのである。 す。マヤ貴族たちも、いっせいに立ちあがるはずです」 「また参ります。王女さま」 シュバーンは、ついに大事を打ちあけた。所領のウシュマルへ戻シュ。ハ ーンは、ゆっくりと戸口へむかった。気長にまてば、かな り、マヤ正統の王女イスエクを擁して兵をあげることによって、こらず思いどおりになると考えているのだろう。その顔に、あせりの の青年貴族シ 1 ハーンは、マヤ王統の後継者としての資格を、マヤ色はなかった。 ンユ。、 の民衆に認めさせることができる。反トルテカを旗印とするだけで ーンが去ったあと、王女イスエクは、じっと考えこんでい は、叛乱をおこすだけの理由にならぬことを、いちはやく計算して た。シ = パーンの申しでたこと、不吉な予言のことなど、考えれば のけたのである。 考えるほど、ますます不安がつのるばかりだった。 王女イスエクの顔色が、しだいに蒼ざめていった。トルテカ人を たったひとつだけ、王女イスーエクの救いになると思えることがあ 重用するポナム王を諌めるという共通の立場をとっていた青年貴族った。それは、これらの悩みを打ちあけることのできる、一人の人 さんだっ が、にわかに簒奪者の本性を現わしたことも、悲しいには違いなか物のことである。その人物は、ここ二晩つづけて、王女のまえに現 った。だが、王女を動揺させたのは、そればかりではなく、父王にわれた。しかも、夜も更けてから、風にのったかのように、音もな 斬られた巫女の不吉な予言が、まさに起ろうとしている、その恐怖く現われるのである。 ・こっこ 0 もしかすると、伝説にある〈翼ある蛇の神 2 の化身ではないかと シュバーンは、王女を掠奪しようとまで考えている。これが、チ思えるほど、その男の総てが異様だった。これまで見たこともない ッチェン・イッサの惨劇の再現でなくて何であろう ? 輝くような衣裳をつけ、この国のものでない履物をはいていた。し ーン、どうか、お帰りなさい」 かも、その顔の色は、ぬけるようにあくまで白く、髪は金色そのも 王女イスエクは言った。陰謀を実行しようとしている当の本人のだった。 と、これ以上いっしょにいることはできなかった。 王女イスニクは、これまで、そのような人間に会ったことがなか 「王女さま、わたしを、ご信頼ください。どうか、ウシュマルへ : ククルカ 4 9

2. SFマガジン 1970年2月号

はたして、今夜、その男が現われてくれるかどうか判らなかつで、何処の方とも判らぬまま : : : 」 た。なぜなら、ここ二晩あらわれたというだけで、話をしたことも王女は、強い語調ではなしはじめたが、その言葉の終りは消えい るように、小声になった。その男のエメラルド色の瞳で見つめられ なかったし、あっというまに消えてしまったからである。 戸口のところから現われて、 = メラルドのような碧い瞳で王女をると、もの言う気力も失せていくような感じだった。 「恐がることはありません。・わたしは、遠い国から参りました」 見つめる。ただ、それだけで、立ちさってしまうのだった。さすが に気になったので、昨夜は侍女に探させてみた。だが、その姿はどその男がいった。王女が怯えているかと思い、やさしい気づかい をみせてくれたのだった。 こにも見あたらなかった。 「名をなのりなさい」 王女イスエクは、サポテンの実を噛みながら、辛抱づよく待っ た。いまや、あの男だけが、王女の頼みの綱だった。見も知らぬ男「ワルターといいます。昨夜の失礼をお許しください。王女にお話 しするべきかどうか、まだ決心がっかなかったのです。もし、それ であるのに、ふしぎと恐ろしさは感じなかった。口先だけでうまい を話してしまえば、わたしは、禁を犯すことになります。また、わ ごとをいうシュ。ハーンなどより、ずっとたのもしく思えてきた。 月が昇ると、庭先まで明るくなった。屋敷の裏手は、石灰岩台地たしの仲間に、追われることになります」 になっているので、木にかこまれた市街より、ずっと明るくみえ異国の男は、ためらいがちに話しはじめた。なにごとかを王女に る。 話すことによって、この男の生命すら危くなるかも知れない。それ やがて、かすかな音がきこえた。それは、黒耀石を擦りあわせたを承知のうえで話そうと、かたく心にきめたということが、この男 ような、かん高い耳なれない音だった。まもなく、その音は、夜のの思いつめた様子からうかがえた。 しじま 静寂に溶けこむように消えた。それにつづいて、枝葉のさわぐ音が「いったい、何を話そうというのですか ? 」 「このマヤパーンの都が亡びることです。そして、王女の生命が失 きこえ、戸口のまえで止まった。 あの男がやってきた。王女イスエクは、おもわず身をかたくしわれることです。そのことを告げるため、わたしはやってきまし た」 た。足音が近づいてくる。マヤ戦士のサンダルのような、忍びやか 「予言者なのですね ? 」 な足音ではなく、何かを石にうちあてるような響きがあった。 王女は説いた。この男のいうことも、コスメル島の主神ィッサム そして、戸口に、その男が立っていた。 の神託と、まさしく一致したのである。だが、そのことを告げるこ 「王女イスエク」 男が、はじめて口をきいた。どこかの異国の訛りのあるマヤ語だとによらて、なぜ、この男の命が危険にさらされることになるのだ ろう ? 「貴方は、何者なのです ? 夜毎にあらわれては消えていくだけ「王女イスエク。この日こそ、マヤパーンの滅亡のときなのです。 5 9

3. SFマガジン 1970年2月号

命を犠牲にするのは、よほどの凶作の年か、戦闘がおこなわれる場「おかけなさい、シ、パーン。わたくしも、トルテカ人を好いては いけにえ 合だけである。チ ' チ = ン・イ ' サの犠牲の泉においても、そこにおりません。しかし、かれらを増長させたのは、考えてみれば、 投げこまれて、一定時間を経過してから生遠した者は、勇者としてヤの人々かも知れません。かれらトルテカ人は、マヤの技術では数 十年かかるであろう都の造営を、僅か半年でやってのけたではあり の特典を与えられることになっている。 ところが、トルテカの儀式は、はじめから殺戮のための殺戮でしませんか。その結果、かれらの神に帰依する人々がふえ、かれらの かない。ヤ。 ( ーンに征服された十指にあまる都市国家から献上さ力が増したのです」 れる捕虜が、毎日のように祭壇にのせられ、心臓をえぐりだされる「しかし、王女さま。かれらは、王を敬おうともしません」 シュバーン。かれらを討っこともできるでしょ 「お聴きなさい、 のである。 う。しかし、わたくしは、待ちたいと思います。兄上が戻られるま 王女イスエクは、身ぶるいしながら、屋敷へもどった。そこに は、一人の男が待ちかまえていた。ウシ、マルの領主で、反トルテで : : : 」 いましばらくは一民りますまい」 ハラームは、 ーンという青「王子アフ・ 力を標榜するマヤ貴族きっての名家の出身の、シ 1 ( シ 1 ハーンは、そういって、腰をおろした。侍女のはこんできた 年である。 マゲイ酒をすすり、サポーテの実を噛みはじめた。 トルテカ人の手に 「王女さま、お父上は、とうとうマヤの廷臣を、 ハラームは、イスエクの兄である。ホンジュラスの王 渡されました。マヤの貴族たる者が、異国の神の犠牲にささげられ王子アフ・ のもとに使者にたち、しばらく彼の地に滞在することになってい たのです。このようなことが許されてよいものでしようか ? る。シュバ 1 ンのいうとおり、なお半年か一年あまりは戻らぬであ ンユパーンは一一一口った。 ろう。 「あの者どもは、王者に対して無礼をはたらきました」 王女は、父王をかば 0 た。もちろん、かれら使者たちが、死に値頼みにする兄王子は不在で、王族のうち成人している者は、王女 するほどの罪をおかしたわけではないが、父王を弁護するためにイス = クだけである。幼い弟妹たちは、王宮の父王のもとにいる。 しかも、かれらは、トルテカ人教師のもとにあり、ナーワ語とマヤ は、そう説明するほかなかった。 語で教えられているという。 「主なる神ィッサムナは、お怒りです。マヤ。 ( ーンの民も、王を怨 ンユ。、ーンま、、つ マヤパーンの白亜の街並に、夜が訪れたが、 んでいます。このままでは、神託のとおりになります」 シ = パーンは、かなり激昻していた。王に対して、これほど批判こうに去ろうとしなかった。反トルテカという立場をとっているた 的なことを公然と口にだせるだけの、実力を持 0 た男だからであめ、マヤ貴族たちは、ともすれば王女とシ 1 ( ーンを結びつけて考 3 えがちであった。シュバーン自身も、王女の婿になるものと、勝手 9 る。マヤの民衆の支持と、ウシ = マルの所領を背景にした自信が、 に決めているようなところがある。 この青年を支えているのである。 むこ

4. SFマガジン 1970年2月号

おたしは、あなたを救わなければなりませんー 「わたくしは、どうすればよいのですか ? 」 ワルターは、きつばりと言った。なにもかも委せてくれというよ 王女は、丁寧に説いた。この男が主なる神ィッサムナの化身だと 9 うな口調だった。 すれば、それを遇するための礼を欠いてはならないのだ。 「わたくしには、まだ信じられないのです。見も知らぬ異国のか「まもなく、シパーンの兵が、ここへやってきます。そして、王 さら たを、どうして信じられましようか ? 女を掠おうとするはずです。そのとき、わたしの命ずるままにして 王女イスエクは、ふたたび不安な表情になった。 ほしいのです」 「王女さま、あなたは、五歳のとき、チッチェン・イッサへ行か異国の男ワルターは、力強く言いはなった。 れ、そこで、ジャガーに襲われましたね。そのとき、一人の男がで石畳の街路のほうから、ひたひたという足音がきこえてきたの てきて、救いました。それから、兄上ラーム王子が、ホンジ = ラは、まさしくその時だった。数十人とおもわれる、マヤ戦士特有の スへ出発された日に、旅先ではマゲイ酒を口にしないという誓い忍びやかな歩調である。まもなく、足音は、屋敷をとりかこんだ。 を、兄上に約東させました」 だが、もちろん、かれらが戦闘を目的として、やってきたのではな いことは確かである。マヤの戦士は、ふつう夜は戦わない。かれら 異国の男ワルターは、ゆっくり話しはじめた。その二つのエ。ヒソ ードは、王女のほか、。 こく僅かの人間しか知らないはずのものだつの目的は、王女イス丁クを掠奪することにある。 た。ジャガーの件については、父王がかたく口外することを禁じた ワルターは、王女をかばって、戸口に向きなおった。その手に ので、誰一人として知るはずがなかった。王女を護衛すべき立場には、小さな棍棒が握られているだけである。その棍棒についている 、あった乳母と戦士は、その責を怠ったかどで死の神アフ・。フッチの印は、どの部族のものでもない。それどころか、棍棒の型そのもの 犠牲にささげられたのである。また、兄にあたをハラーム王子に約が、まったく変っていた。握りのほうが太く、先細りになってい 束させたことは、王女のみが知ることだった。 る。ふつうのマヤの棍棒は、先が太くなって、打撃が大きいよう に、黒燿石などを埋めこんであるのだ。 「なぜ、そのことを ? 「わたしは、あなたの守護神と同じようなものです。あなたの一生 いったん静止していた屋外の音が、にわかに騒がしくなった。木 を見まもるのです」 の枝のざわめきにまじって、木のふれあう音もきこえてくる。 ちん ワルターは答えた。王女イスエクが五歳だった頃といえば、この この部屋へ闖入してくる《と王女は思った。はたして、王女の予 若者にとっても、成人式をすます以前の出来事だったにちがいな期していたごとく、三人の戦士が戸口から入りこんできた。黒耀石 、。まして、遠い異国へ旅をできるほどの年齢に達していたとは思の穂先のついた手槍と、草を編んだ盾とを手にしているが、槍先を えない。してみると、この若者の姿をした男は、不老不死の生命を上へむけたままである。あきらかに王女イスエクを掠うため、この もっ神の化身ということになる。 屋敷へ押しよせたのである。

5. SFマガジン 1970年2月号

かれらは、王女の部屋にいるワルターの姿をみて、しばらく立ちょうとする者はいなかった。 王女イスエクは、肩をちちめながら、異邦人のあとについて、館 すくんだが、すぐさま手槍を逆手にかまえた。もし、邪魔だてする の裏手へまわった。そうすることに、なんの疑問も感じなかった。 者があれば、殺してしまえというような命令を、あらかじめシ 1 ( なぜなら、この若者こそ、トルテカ人の横暴を懲らしめるため、こ 1 ンから与えられているのだろう。 の世に姿を現わした主神ィッサムナの化身にちがいないと、かたぐ 三人のマヤ戦士の行動は、ジャガーのようにすばやかった。ワル 信じていたからである。 ターをはさんで、申しあわせたように、三方へ散った。 ワルターは、手槍を投げつけようとする戦士めがけて、棍棒の先裏手の林のなかに、人の背丈より大きい球形のものが置いてあっ た。ワルターは、そのつややかな表面に手をかけ、とびらのように をむけた。そのとたんに、細く尖った先端から、目も眩むような白 なったところを、しずかに引きあけた。 光が奔った。白光に捕えられた戦士の体が、硬くこわばりついたと 王女イスエクを、その球のなかに押しこめてから、ワルター自身 見るまに、その姿勢のまま朽木のごとく横倒しになった。 しも入りこんだ。 ワルターの棍棒の先は、残る二人の戦士にむけられた。あっと、 ンユ。、 ーンの兵が、それに気づいて駈けつけたとき、白銀色の球 うまに仲間の一人を倒され、二人の戦士は戦意をなくした。ただひ 体は、怪しい光を放ちながら消えはじめていた。 たすら盾のうしろに、身を隠そうとするばかりだった。 金色の髪をした異邦人は、ふたたび白光を撤きちらした。マヤ戦 コスモポリスにあるタイム。 ( トロール本部では、。 ( トロール隊長 士たちが左右にもんどりうって倒れるのを見とどけてから、かれは のヴィンス・エベレットが、資料室のチーフと話しあっていた。 王女を振りむいた。 「スミソニアン博物館から、例の調査レポートについて、催促して 「行きましよう、王女。ここに長居は無用です。さあ、早く」 きました」 「主なる神ィッサムナの化身よ」 資料室のチーフは、エベレットに言った。 王女イスエクは、眼のあたりに奇跡をみて、ゆっくりひざまずい 「例の合同調査のことだったな。なるほど、この件には、ワルター 「王女イス = ク。今は、そのようなことをしている時ではありませに引きつぐまえに、わたし自身もタ ' チしていた。カーネギー研 イテュート 、くら、わたしでも、究所から頼まれたほうの追跡調査は、三世紀までは確認して ん。どうか、わたしについてきてください。し サン・フル あゑ炭素Ⅱで年代測定したという標本の六世紀という結果と シュバーンの兵すべてを相手にすることはできません」 は、補正計算を考慮に入れてもだいぶ開きがあるー 異邦人は、王女をせきたててから、戸口を忍びでた。立木のむこ 工べレットは言った。この隊長にいえることは、そこまでであ 7 うに十数人の戦士がいるが、王女ひとりと思っているから、さきほ どさしむけた三人で充分と考えているのだろう。誘拐の手助けをしる。その後の調査状況については、ワルターの報告待ちということ インステ

6. SFマガジン 1970年2月号

「このたびは、神託がくだったそうです。どうか、使者のものどもの四人も、憑き物がしたように、身をよじるばかりである。 にお会いください 「申せ ! 」 ポナム王は、一喝した。 王女イスエクは言った。恒例の神託うかがいの使者は、たいてい 供物だけをそなえて戻ってくる。それが、今度にかぎっては、神託「申せませぬ。とても申しあげられませぬ」 使者の長は、ロのなかで繰りかえしながら、身をふるわせて後退 がくだったというのである。 りした。すると、一人の巫女がすすみでた。かなりの老齢なのであ 「なに、神託とな。よかろう、会ってとらせよう」 ポナム王は、尊大に胸をはってみせた。それから、羽毛の冠りをろう、歯のない口をゆがめ、二重に折れまがった腰をゆすり、なに やら呟きはじめた。その声がしだいにたかくなり、やがて一節ごと なおし、ゆっくりと宮殿のほうへ戻っていった。 トランス にはっきりした口調に変った。神がかりの状態におちいったのであ 宮殿の広間には、すでに五人の使者が平伏していた。そして、そ れをとりまく人々のあいだに、かすかな動揺がみられた。はやくる。 「王よ、王よ。血が流れている。たくさんの血じゃ。雨神チャック も、使者の口から、なにごとか漏れきいたにちがいない。 居ならぶ人々のあいだには、さすがにトルテカ人の姿は少なかつの注ぐ雨よりもしげく、血が流れておる。チッチェン・イッサの聖 た。いやしくも、ここは、マヤパ 1 ンの王宮である。神殿にいるとなる犠牲の泉が見える。血は、ユカタンの三つの都をひたし、マヤ 、トルテカ人 ーンを亡ぼすであろう。恐ろしいことだ。今より三百年のむか 。いかに王の信頼あっし きのような人もなげな振舞いよ、 でも許されるはずがない。数人のトルテカ人は、マヤ人の廷臣からし、チッチェン・イッサにおこった惨劇が、このマヤパーンの都に はなれて、身を寄せあうようにかたまり、ナーワ語でなにやら話し再現される。そうじゃ。花嫁の血が、マヤ。 ( ーンを亡ぼす。主神イ ッサムナの怒りが、今やユカタンをおおいつくし : : : 」 あっていた。 マヤパーンの貴族にまじって、人質の王族たちもいた。かれら老いた巫女は、ゆっくり話しつづける。 は、マヤパーンに征服されたウシ = マル、チッチ = ン・イッサなど「止めい。そのような話、ききたくないわ」 ポナム王は、玉座に立ちあがった。握りしめた両手の拳がわなわ の都市から連れてこられ、一応は自由を与えられているのである。 ポナム王が玉座についても、使者は一言も発しなかった。ただ怯なとふるえていた。 えたように、身をふるわして平伏するばかりであった。 「遠い国からきた人が、花嫁を奪おうとする。そして血が流れる。 マヤ。ハーンの大通りを血の河が流れ、王の一族を呑みこむであろ 「これ、神託とは、なんのことじゃ、申してみよ」 王女イスエクは、父王にかわって訊いた。 う。血の河をのがれる者は、王子ひとり。そして、マヤの栄光は、 とこしえ 「恐ろしや、恐ろしや」 永遠に失われる」 かしら 使者のうちの頭だった者が、い っそう激しく身をふるわせた。他老姿は、なおも喋りつづけゑポナム王は、つかっかと王座をお おさ 9

7. SFマガジン 1970年2月号

「ひょっとすると、われわれもいっしょに、違う歴史のなかに入り ニべレットにとっては、それは、まる二十四時間ばかりまえのこ とでしかない。かれは、逃亡したワルターを追って、その一生をフ こんでしまったのではありませんか ? 」 冫たどっていっただけなのである。 イルムの早送りでみるようこ、 「そうかも知れない。しかし、もし、そうだとしても、どうするこ 瀕死のワルターは、ゆっくり手をのばした。そこには、牙で突かともできない。八世紀に安禄山の乱が起こらなかった。・ハイキング れた胸いつばいに血の花を咲かせて、だが意外に平穏な満ちたりた は、アメリカに到着しなかった。ナポレオンは、若いころ死亡し 表情で死んでいる老婦人の姿があった。 た。そういった事実をもった歴史が、二十三世紀にどうなるか、予 「この人が、王女イスエクなのだな ? 」 想ができるだろうか」 ヴィンス・エベレットは、そういって、タイムマシンをとめたあ 工べレットの問に対して、ワルターはうなずいただけだった。も たりへ、ゆっくりと戻っていった。 はや、ロをきく気力も残っていないのだろう。 マストドン騒ぎのあった広場から、かなりはなれているので、こ 工べレットは、ワルターの手と、老婦人の手を結びあわせてやっ の近くには、マヤの人の姿はなかった。 た。そして、ゆっくりワルターの頭を地上におろした。 「隊長 : : : 」 ニペレットとキムが、マシンに乗りこもうとしたとき、空中をす ワルターは、低くつぶやいてから、なにごとかロのなかでくりかべるように、一台の乗物が接近してきた。機体にカ・ハーのついてい えし、まもなく絶息した。 ない、タイムホッパーである。近づくのが見えるのは、空間移動装 置だけを作動させているからである。 「なにを言いたかったのでしよう ? 」 そのホッ。、 「タイムパトロールの任務を忘れてはいなかったと言いたかったの / ーが、エベレットのまえで止まる。つづいて、むこう だ。われわれは、タイムマシンを駈って、時空をとぶことを学んから、もう三台やってくるのが見えた。 ・こ。だが、そのかわりに、ある意味で、人間として失ってはならな ノーから降りたったのは、ジョーイだった。 いものを、自ら放棄してしまった。・ とんな非道なことが行なわれて「マストドンを見なかったかい ? 」 いても、目をつぶって通りすぎなければならない。薄幸の王女が殺 ジョーイは、尋ね人みたいな口調でいた。 されても、正義の人が命を失っても、それが歴史そのものなのだ。 「ああ、見たとも」 ワルターは、王女イスエク マヤパーンの惨劇で死ぬはずの女「そりや、よかった。やっと運んできたんだ。麻痺レベルで射った を、助けだすつもりだった。もともと、その時点で死亡するはずのだけだから、効果がきれて、ハチャハチャな目にあった・せ」 王女が消えても、歴史に影響はあるまいと思いこんだ。だが、実際「運んできたというのは、どういう意味だ ? 」 の惨劇は、王女の姿がマヤパーンから消えたことを原因として始ま 工べレットは、嫌な予感がした。 ったのだ」 「いくら探したって、この六世己こよ、 / 糸冫【しなかった・せ。だから、よ ・ ( ラライズ ー 07

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マヤの王女をつれて、さまざまな時代を駈けめぐり、恋の逃避行をほうは、ほとんど変らない姿だった。それでも、気のきいたヒッ。ヒ 続けている。しかも、かれが行く先々の時代でしでかすことは、こー風のファッシ = ンくらいにしか思わないのだろう。この時代の人 8 とごとく歴史上の事実ということになってしまう。つまり、ワルタ人は、特に怪しんでいる様子もなかった。 ーの存在そのものが、われわれの歴史を動かすファクターのひとっ 工べレットは、マシンを一年ばかり進めてみた。二人は、この国 になってしまったのだ。 のなかの山地へ移っていた。自然のなかで育った王女には、機械文 「仕方がない。追跡にとりかかることにするか」 明のなかでの生活が、すでに苦痛になりはじめたのだろう。二人の 工べレットは、やっと顔をあげた。ワルターの . 立ちまわった先々異邦人は、スキー場のロッジに住みこんでいるのだった。 を、ひとつひとっ調べあげるしか方法はなさそうである。 さらに一年後になると、二人とも生活に疲れきっていた。郊外に 家をたて、しずかに暮らそうとしていた。 二人の外国人登録証の不備が問題になりはじめたのは、ちょうど 工べレットのタイムマシンがとまったのは、二十世紀の日本だっ た。四次元震動をとめずに、この時代に静止してしまうと、マシン三年目だった。そのとき、王女イスエクは、ワルタ 1 の子どもを妊 っていた。 のなかから観察をつづけることができる。もちろん、タイムマシン の存在は、この時代の人々には判らない。 ートコントロールで海底に沈めておいたタイムマシンを呼び マシンを隠したらしく、ワルターとイスエクは、キャッチされたよせ、二人は、十世紀のオーストラリアへ飛んだ。 ときは、首都の片隅でひっそりと暮らしていた。そこは、密入国者そこは、まだ平和な世界だった。広大な陸地に希薄にばらまかれ やマリファナの売人などが溜り場にしている終夜レストランだっ た原始人のほかは、有袋哺乳類しか住んでいなかった。 二人は、森林のなかに、堂々とマシンをとめ、丸太小屋をつくっ 「踏みこんで逮捕しましようか ? 」 て、家庭をいとなんだ。ワルターの光線銃が射とめてくるカンガル 1 の肉と、森のなかでとれる野菜や果物をたべながら、暮らしてい 「いや、この時代で三年を過ごした後、ワルターたちは、オースト くうちに、とうとう子どもが生まれた。二十世紀に疲れていた王女 ラリア大陸へ移る。つまり、ここでは逮捕されていないのた」 も、ようやく生気をとりもどした。 工べレットとキムは、二人を見おろす位置にとめたマシンのなか アリジン で、話しあ 0 ついた。マシンのある位置は、このレストランの天井だが、幸福は僅かしか続かなか 0 た。原始人の襲撃によ 0 て愛児 になっている。四次元震動を停止しさえしなければ、天井にはまりを失った二人は、ふたたび、タイムマシンに乗りこんだ。 こんだような二重の存在になっていても、なんの障害にもならない 工べレットとキムをのせたタイムマシンは、二人の逃亡者を追っ のだ。 て、また次の時代へ向かわなければならなかった。 ワルターは、すっかり二十世紀の衣裳にかわっていたが、王女の 二人がたどりついたのは、唐文化の花咲く時代だった。大唐帝国

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りた。そして、老姿の白髪をつかんだ。 コム王家がユカタンの覇権を握ることになったのであるが、その忌 よまいごと かげ 「なにを迷言を申すか。主神ィッサムナなど恐ろしくはない。わわしい出来事の翳は、いまだにつきまとってはなれなかった。 しは、王じゃ。マヤ。ハーンの王じゃ」 およそ三百年の昔、ユカタン地方は、マヤパーン、ウシュマル、 ポナム王は、腰につけた黒耀石の短剣を抜きとり、叫びながら老チッチ = ン・イッサの三都同盟の勢力均衡のうえに、平和を保ちっ しつくい 婆の胸につきたてた。老いさらばえた体から、血がふきだし、漆喰づけてきた。 チッチェン・イッサの首長シブ・チャクは、トルテカ系の都市イ の床にしみこんでいく。ひからびた老姿の体が、マゲイ繊維の東の ようにくずれ落ちた。 サマールの首長の花嫁を、結婚式場から奪いさった。この結果、チ ッチェン・イッサとイサマールの反目がはじまった。このとき、マ 「斬れ、この者どもを斬ってすてるのだ」 ポナム王は、いきりたった。王の叫びをきいて、トルテカ人の傭ャ。 ( ーンの王カウィッチ・ココムは「調停にのりだすと見せかけ、 兵が駈けつけてくる。たちまち、残る四人の使者もとりおさえられチッチ = ン・イッサを急襲して陥落させ、さらにイサマールを攻略 る。 してしまった。 トルテカ人の兵士たちは、四人の男をひきすえ、神官のもとに押こうして、マヤ。 ( ーンのココム王家は、三都同盟を崩壊させ、ウ したおした。かれらは、王の命で動いているのではない。斬りすてシ、マルなどの都市国家を服属させ、ついにユカタンの支配者にな ろという王命にさからってまで、神官の指示をあおごうとしているったのである。 王女イスエクは、父王の宮殿をあとにして、屋敷へもどるあい のである。 「この者どもは、雨神トウラロックの儀牲にささげようではありまだ、王の手で殺された巫女が言いのこした、不吉な予言のことを考 えていた。 せぬか ? 」 参道のはてにある神殿から、断末魔の悲鳴がきこえてくる。それ 神官は、いちおう王の承諾を求めた。もちろん、王に異存のある トルテカ神官の手によって は、コスメル島から戻った使者たちが、 はずがない。 広間に集った人々は、連れさられる使者たちを、呆然として見送心臓をえぐりだされる、恐怖の儀式であった。悲鳴は、四回っづい っていた。かれらマヤ貴族にとっては、主神ィッサムナを冒液するて、湧きおこった。そして、それきり静寂がもどった。 王の行為が、このうえなく不遜なものに見えたのである。 マヤパーンの住民たちは、日毎にきこえる悲鳴の意味を知ってい 王女イス = クは、父王の蛮行に接して、さらに悲しみをつのらせる。それは、マヤにはない風俗である。トルテカ メキシコ高原 るばかりであった。 からやってきた建築と軍事にすぐれた異邦人が、マヤ本来の神々を チッチ = ン・イッサの惨劇。それは、マヤパーンのココム王家に冒漬するために行なう、血塗られた悽惨な儀式である。 ひとみごくう まつわる、呪われた汚点であった。その事件をきっかけとして、コ マヤにも、殉死や人身御供の習慣がないわけではない。だが、人 2 9

10. SFマガジン 1970年2月号

る。ネビゲーター・シートのキムも、同じような変装にとりかかっ 「いったい、何事がおこったのですか ? 」 ていた。 「旅の人よ。マヤ。ハーンの都に災厄が見舞ったのじゃ。ポナム王の 二人の格好は、厳密な考証冫 こもとづいている。このマヤ。ハーンの王女イスエク様が、神隠しにあわれた。ウシュマルの御領主シュ。ハ 都のものでは、かえって怪しまれやすいので、はるか離れたウヌマ ーン様は、トルテカ人が掠ったのだと申され、トルテカ人は、シュ ンシタ河の住民の風俗になっている。マヤでは、旅人は尊敬されて 。ハーン様が隠したのだと言いはった。そして、血で血を洗う争いに いるから、この変装をつけているかぎり、生命の危険にさらされるなってしまった。ポナム王は、争いをとめようとなさり、流れ矢に ことはないだろう。 あたっておなくなりになった。まこと、おいたわしいことじゃ」 神官は、そういって、王城のほうを見やった。そこでは、まだ火 工べレットとキムは、ところどころに灌木の茂みのある台地を、 が燃えつづけていた。 三十分ばかり歩きつづけ、ようやくマヤパーンの都にたどりつい た。この都は、十あまりの朝貢都市によって支えられているだけ「王城へ行ってみましようか ? 」 「いや、それより、神隠しにあったという王女の館を調べてみよ で、たいした産業があるわけではない。猫の額のようなトウモロコ う」 シ畑があるだけで、それさえも、チッチェン・イッサやウシュマル の周辺とは較べものにならない貧弱なものにすぎなかった。 二人のタイム。ハトロール隊員は、ゆっくり歩きはじめた。殺戮の 市街に入りこんだ二人は、おもわす足をとめた。あたり一面、まあとは、むごたらしく続いている。血の溜りをさけながら、しばら さに死屍累々の有様だった。黒耀石を埋めこんだ武器を手にしたまく行くと、王城の右手の館にでる。后妃や王女にあてられた一画で ま息絶えている男たちは、マヤとトルテカの二種類の羽飾りをつけある。 た戦士だった。 二人は、杖に仕込んだ計器をしらべながら、館の裏手にでた。林 石灰を塗りたくった泥屋のまえに、死んだ息子の名を唱えながらのなかは、かすかな痕がのこっているので、計器をむけてみると、 坐りこんでいる老婆もいる。街路の死体にとりすがって、天をあお僅かながら放射能の反応があった。土に埋まったらしい円形の痕跡 いで呆然としている妊婦もいる。 をはかってみると、たしかにタイムマシンの着座したあとだった。 町のほとんどが焼けおちていた。黒焦げになった柱だけが、まの 「まさか、ワルターが、その問題の王女を掠ったのではないでしょ ぬけた風情で四本だけ残っている家もある。屋根に葺いた椰子の葉うね ? 」 とマゲイ草だけが焼けて、灰色にくすんだ吹きぬけの泥壁だけにな キムの表情が変った。歴史を改変しようとする時間犯罪者をとら った家もある。 ールが、こともあろうに自分の手で禁を犯す えるべき立場のパ ナコム 工べレットは、通りに立ちつくす人たちのなかから、下級の神官はずがないと、信じこんでいるようだった。 らしい男を見つけ、マヤ語でたずねてみた。 「わたしも、さっきの神官のいった神隠しという言葉が気になる。