これはいやに小さな目が方鉛鉱のような鈍い光を放っていた。向い たと思っているのだ。だから宇宙省はそれらはすべておまえの錯乱 ド・ハザリ」 合うとタケイの肩ぐらいまでしかなかった。かれは顔を上げて正面の産物だと言っている。そうなんだ ! からタケイを見た。 落ちく・ほんだ小さな目がタケイの言葉を正面からとらえた。 「なにか用か ? 」 「それならそうしておけ。若いの。グラフにあらわれ、フィルムに その言葉の中に、人を近づけまいとするはげしい拒否のひびきが映っていなければデーターではないと思っているのだろう。結構な ことだ」 あった。タケイはそれまでの気負いを忘れて口ごもった。 「だが、ド 「用があるなら早く言え。おれはすこし眠る」 ハザリ。もう五百年もこのかた、十光年の範囲内には生 とがった肩をめぐらせて立ち去ろうとする。 命の存在する可能性が全くないことはあきらかにされているのだ。 ・ハザリ。おまえ〈クロスコンドリナそれを今さら、さけび声が聞えたの、奇妙な姿を見た . のでは話にな 「あ、いや、待ってくれ。 2 〉で妙なさけび声やえたいの知れぬものがあらわれたのを見たとるまい」 言っているそうだな。そのため : : : 」 「おまえはおれの目や耳で知ったことは信じられない、と言うのだ 「そのため ? 」 な」 「みなひどくおびえているんだ。この『プホ』に乗りこんでいる第「そんなこと言っていやしない」 三次探検隊のみなが妙に自信を失ってしまっている。こんなことで「若いの。言っておくがな。おれの見たこと、聞いたことにうそは ない。おれはそれを確信しているからこそ、たいして役にも立ちそ はいつ大きな事故をひきおこすかわからん」 キャップ ド・ハザリの深いしわの何本かが動いた。眼窩の底の眼にほのおのうにもねえおれだが、船長に無理にもたのみこんでこうして探検隊 ような感情がひらめいた。 に加えてもらったのだ。おれ自身、あのとき見たものをたしかめた 「それでおれにどうしろと言うんだ」 いからなのだ」 「おれにはどうしろとも言えんが、みなをおびえさせるようなこと「全く信じていやがる ! 忘れちまうんだ。そんなことは ! 」 を言うのだけはやめてくれ」 「なあ、若いの、百五十年前の第一次探検隊の報告の中にも、宅れ ハザリはほんのわずかの間、タケイの顔を見つめていたが、ゆらしいものがあるんだぜ。記録によればな、そのときもやはりその つくり顔をふるともう歩き出していた。 通信を送ってきた奴が頭がどうかなっちまったんだろうということ リ ! どうなんだ ? 」 になったんだ」 かれは追いすがった。 「そんなこと聞いていねえな」 「ド・ハザリ ! おまえは仲間がつぎつぎと死んでゆく中で、恐怖の 「おめえが聞いていねえだけだ」 、、、聞きもしなかったものを聞い あまり見もしないものを見たと思し ハザリは体を回すともう二度とふり向こうとしなかった。 2
うな宇宙船乗りなら近づいてはならねえところた」 かれらをとりまいている仲間たちがひとしきりうなすいた。 「だけど操機長。〈クロスコンドリナ 2 〉の調査結果はかなりはっ 目的地が惑星〈クロスコンドリナ 2 〉と聞いても、それだけではきり出ているのでしよう ? 」 プルべン 誰もとくに気にかけたようすもなかった。今日は宇宙基地の安全な電装員の若い 丿バットが人垣のうしろからのび上った。 あたたかいべッドにもぐりこんでいても、明日はいずこともしれぬ 「調査結果だと ? その声はハリ ・ハットだな。おまえは最近ここへ 宇宙の果に追い立てられかねない宇宙船乗りのことだ。目的地など来たばかりでなんにも知るめえが第二次探検隊の送ってきた調査資 スダー・マツ・フ いちいち気にしてはいられない。それにもうひとつ。航星図にのつ料なんそ第一次探検隊が三百年も前に調べたことと少しも変っちゃ ているおびたたしい数の星座や天体の名前などとうていお・ほえては いねえんだ。つまり何にも調べていやしねえのさ」 いられない。だから〈クロスコンドリナ 2 〉と聞かされても、すぐ「そうとも」 にそれがどこにあったかなどと思い出せる者などいるはずもない。 クルーガーが張の言葉を受けついだ。 それが、こんどの遠征にはド・ハザリも加わるといううわさがった「なんにも調べねえうちにドカアンー わって急に誰もが〈クロスコンドリナ 2 〉行きに絶大な関心を寄せ 〈クロスコンドリナ 2 〉のデーターを言ってみな」 はじめた。それまでどうでもよかったことがにわかにどうでもよく 丿パットはふいの質問にどぎまぎしながらも老練極まりない先 はなくなったのだ。とっぜん目がさめたように、 こいつはえらいこ輩たちの前でかたくなって声を張り上げた。 とになったー と思った。 「ええと、恒、恒星アルフア・エリシアの第一惑星で、直、直径五 その日の集会室はその話でもちきりだった。ドアを開くと張やク三二〇キロメートル。比重約一・一。自転周期約七三時間。公転周 期約三九〇日。窒素および酸素を主成分とする大気を持つ。赤道付 ルーガーの濁み声が低い天井に反響している。 「 : : : おれはごめんだね。ああ、ごめんだとも。おまえ、あのうす近にわすかな自由水面を持った水が認められる。気温は赤道付近で 五度 0 ていど。磁場は : : : 」 ・あそこにはよ、 ぎたねえ惑星でなにがあったか知っているかい ? おまえ、いるんだ。なにか、こう、えたいのしれねえ生きものがよ「もういし だいぶ勉強しているな。どうだ、みんな。〈クロス コンドリナ 2 〉とはそういう星だ」 ・、ツトよほほ」ふ ~ 、 「おれはこわいんじゃねえよ。こわくてこんなことをいっているん ロ笛が高く鳴り、床が踏み鳴らされた。ハ じゃねえんだ。おれだって宇宙船乗りになってもう五十年だ。それらませて人垣のうしろに身を沈めた。 は今かんがえてもそっとするような目に十回や二十回はあっている「まったくはじめて聞いたような気がすらあ。だが、それほどよう ? なせ さ。でもな、〈クロスコンドリナ 2 〉はいけねえ。あそこはまっとすのわかっている星でなぜ探検隊は二度も遭難したんだ チャン チャン 8
数字は頼もしい」 二人は無言のまま騒々しくセックスした。彼らの得たオルガスム 「このこすっからいドイツ女め ! それになんだ、おれが思ったほ オしか、おまえは ! 」 スは、そのエージ・グループの平均を楽にうわまわるもので、しばど毛深くもないじゃよ、 らく後、二人は満ちたりた気分でその結果を祝福しあった。 スモッグ・フィズのグラスを前に、二人は仕事にかかった。ビー 続く二日間、トーラ・ビー・フライトは気が狂ったようにボタンを 十テライプラリ タトロムは衛星図書館にダイアルし、世界百科辞典の抜粋を入手し押して調査に没頭した。世界の五つの首都にちらばった、彼女の五 が南 ていた。彼はことの大きさを実感させようと両腕をひろげて言っ人の同僚たちにしても同様であった。三日目、フ = ス こ 0 「これはバカでかい仕事だぜ、 トーラ。来年は、新しい時代、極市から彼女を呼びだした。トーラはフ = スをよく知っていた。昔 核工学の時代が始まって百周年にあたるんだ」 はいっしょに仕事し、乱交した仲で、三五年のアメリカ自アメリカ ハルシ / ジェン 彼女はかわいらしく眉をひそめた。「今は〈精子養殖の時代〉だ 動乱以前、ヘミスフェア幻覚剤社の宣伝を担当したのも二人だっ と思ったわ」 た。用心深い態度から、彼女はすぐフェスに何か魂胆があると気づ 「そうだけど、主に〈核武力の時代〉なんだーーそして、それもも う終わりに来ている。宇宙空間での大爆発の記録が本当ならね。 「どうだい、最近は、ト 1 ラ ? 何か考えついた ? 」 ずれにせよ、今のわれわれなら、なんなく管理できるが」 「一つ二つ考えがないこともないわ、あなたは ? 」 テスクの上にちらばった 「〈核時代〉って : : : あたしには別に何も思いあたらないわ。スビ 「ちょっと変なアイデアなんだが」彼は、・ レインがモーガンに直接言ってきたのなら、大仕事には違いないよ ) をもてあそんでいるたけで、い ジ = ーク・ポックス ( 違うものらしい うだけど」 っこうにスクリーンにうつる彼女の像を見上げようとはしなかっ 「そうだ。これを祝う方法をがっちりと考えてきたやつは、ゼイダた。「この祝典はたぶん何か記念碑を建立するというようなかたち ・スミス・ワールドでモーガンに次ぐ地位を与えられそうだな。 で行なわれると思うんだーーストーンヘンジを再建するとか、そう っしょに考えよう、トーラ、アイデアをプ】ルするんだ」 いったことさ」 モーガンにー言たの 彼女はあざけるような眼付きでソールを見つめた。「あたしがあ「すばらしいアイデアじゃない、フェスー ノール・ビータフ ざけるような眼付きで見ているのに気がっかない、、 トロム ? 誰が誰にい。いくわせたと思う ? 」 「いや : : : そうだ、忘れてたよ。というより、ちょっと気になるこ 「もう何か考えついてるというのか ? 」 とがあったんだ、そのう、モ 1 ガンは・ほくらが彼と同しアイデアを 彼女は笑った。「とんでもない、まさか、おじさん ! それに考考えつくのを待ってるような気がするんだ。彼にはもう計画がある えついたとしたら、へへつ、あなたなんかに教えてあげるもんですんだとは思わないか ? 」 か ! 」
「このたびは、神託がくだったそうです。どうか、使者のものどもの四人も、憑き物がしたように、身をよじるばかりである。 にお会いください 「申せ ! 」 ポナム王は、一喝した。 王女イスエクは言った。恒例の神託うかがいの使者は、たいてい 供物だけをそなえて戻ってくる。それが、今度にかぎっては、神託「申せませぬ。とても申しあげられませぬ」 使者の長は、ロのなかで繰りかえしながら、身をふるわせて後退 がくだったというのである。 りした。すると、一人の巫女がすすみでた。かなりの老齢なのであ 「なに、神託とな。よかろう、会ってとらせよう」 ポナム王は、尊大に胸をはってみせた。それから、羽毛の冠りをろう、歯のない口をゆがめ、二重に折れまがった腰をゆすり、なに やら呟きはじめた。その声がしだいにたかくなり、やがて一節ごと なおし、ゆっくりと宮殿のほうへ戻っていった。 トランス にはっきりした口調に変った。神がかりの状態におちいったのであ 宮殿の広間には、すでに五人の使者が平伏していた。そして、そ れをとりまく人々のあいだに、かすかな動揺がみられた。はやくる。 「王よ、王よ。血が流れている。たくさんの血じゃ。雨神チャック も、使者の口から、なにごとか漏れきいたにちがいない。 居ならぶ人々のあいだには、さすがにトルテカ人の姿は少なかつの注ぐ雨よりもしげく、血が流れておる。チッチェン・イッサの聖 た。いやしくも、ここは、マヤパ 1 ンの王宮である。神殿にいるとなる犠牲の泉が見える。血は、ユカタンの三つの都をひたし、マヤ 、トルテカ人 ーンを亡ぼすであろう。恐ろしいことだ。今より三百年のむか 。いかに王の信頼あっし きのような人もなげな振舞いよ、 でも許されるはずがない。数人のトルテカ人は、マヤ人の廷臣からし、チッチェン・イッサにおこった惨劇が、このマヤパーンの都に はなれて、身を寄せあうようにかたまり、ナーワ語でなにやら話し再現される。そうじゃ。花嫁の血が、マヤ。 ( ーンを亡ぼす。主神イ ッサムナの怒りが、今やユカタンをおおいつくし : : : 」 あっていた。 マヤパーンの貴族にまじって、人質の王族たちもいた。かれら老いた巫女は、ゆっくり話しつづける。 は、マヤパーンに征服されたウシ = マル、チッチ = ン・イッサなど「止めい。そのような話、ききたくないわ」 ポナム王は、玉座に立ちあがった。握りしめた両手の拳がわなわ の都市から連れてこられ、一応は自由を与えられているのである。 ポナム王が玉座についても、使者は一言も発しなかった。ただ怯なとふるえていた。 えたように、身をふるわして平伏するばかりであった。 「遠い国からきた人が、花嫁を奪おうとする。そして血が流れる。 マヤ。ハーンの大通りを血の河が流れ、王の一族を呑みこむであろ 「これ、神託とは、なんのことじゃ、申してみよ」 王女イスエクは、父王にかわって訊いた。 う。血の河をのがれる者は、王子ひとり。そして、マヤの栄光は、 とこしえ 「恐ろしや、恐ろしや」 永遠に失われる」 かしら 使者のうちの頭だった者が、い っそう激しく身をふるわせた。他老姿は、なおも喋りつづけゑポナム王は、つかっかと王座をお おさ 9
ど。″ダブルだよとね」 「免疫寛性体 ? 」 「まさか」 「そうだ。ほら、心臓の移植の際、拒絶反応というのが有名になっ われわれ高等な動物のからだには、それそ「と思うだろう。嘘しゃない。正真正銘の本当の話だ。・ほくはいっ たのを憶えてるかい ? れ個性があって、よそものの組織を拒絶してしまう働きがある。免も、大学の研究室に閉じこもった後では、ほとんど意識せずにその ーへ直行する。その行動が、そのまま移植できたんだよー 疫反応とよばれているんだが、いまでは、特殊な薬剤と放射処理に よって、ごく短い間だけ、こういう拒絶反応を起さないようにでき「それからどうなりましたの ? 」 妻が身を乗りだした。 るんだ。こういう処理を受けた動物を、免疫寛性体というんだ」 この野郎″とサルを 「ごく短い間だけと言ったね」と私は話の腰を折った。「なぜ長く「一発でアウトですよ。怒った・ ( ーテンカ 突いたんですよ。弱りきっていたのですからひとたまりもありませ できないんだ」 「難しい問題がたくさんあるが、免疫をなくしてしまうので、そこん。ぶざまに転がって、一巻の終りです」 「イヌはどうだったんだ」 ら中の病気を拾って死んじまうんだよ」 「死んだよ。サルにかまけているうちに、眠るように死んでしまっ 「なるほど」 「・ほくは待った。だが、なかなか望みの動物を作ってくれないんたよ」 だ。毎日なん十回と電話をかけ、やっと作って貰ったサルに、まず「そうだったのか」と私は言った。「そんな突飛なことをやるもの 自分の脳を移植してみた。と、こいつ、檻の中で目をらんらんと光だから、アカデミズムの矛城から追い出されたんだな」 「違うんだ。もっと重大なことを発見して、実は大学をやめてきた らせるだけで、なんにもしないんだ」 んだ」 「移植がうまくいかなかったのかな」 細川は、そう言って突き刺すように私を見た。その細い目の奥に 私は、細川のグラスに・フランデーを注ぎ足した。 は、狂気にも似た情熱がめらめら燃えている。 「ほくは焦った。免疫をつくる機構をぶち壊した動物は、あまり長 くは生きないんだ。そうこうしているうちに、衰弱の徴候が現われ「ほくはね」と彼がつづけた。「サルで実験を継続しようと思った てきた。・ほくは、思いきって檻の扉を開けてやったんだ。ところんた。ところが、どんなに免疫寛性動物を依頼しても、てんで作っ てくれないんだ。自分で作れるといいんだが、とてつもなく巨大な が、どうしたと思う ? 」 「わかんないわ」と妻が、ふうっと興奮を吐きだしながら言った。装置が必要なんだ。しかも、この装置が置いてあるのはうちの大学 しかな、。・ほくは、免疫学教室に何度も怒鳴りこんた。だが、若手 「ひょろひょろよろめきながら、階段を下りていくんだ。そして、 が出てきて、まあまあとなだめるたけなんた。責任者が顔を見せな ーへ入っていっ なんのことはない、 ・ほくがよく行く大学の前の・ た。しかも、・ほくがいつも坐る止まり木に腰を下ろして言ったものい」 284
人に似た生物がふわふわ浮遊している。その妖しい白銀の世界が、女のカプセルなら、うまく出入口がつながり、どちらかが一方へ移 すぐそこに見えるようであった。 動していく。そして、お互いに相手の背中にできたこぶの根元を指 8 3 細川が説いた。 で強くしめつける。十分も辛抱しているとこぶがポロリととれるか 「女は : : ・女はいるのか」 らそれを二つあわせて、手の平でこねまわすのだ」 「お、ん、な」と男は目を細くした。「あれが女だろうか。確かに 男の声は次第にかすれてきた。ゆっくり、ゆっくり話しているの 二種類の人がいる。ときどきカプセルの中で会って子供をつくるそだが、舌がもつれて何度も言い直しをするようになった。 うだ。あれが女だ」 「辛いけど、とっても楽しい作業だ。ぼくらの星で唯一の労働とい 「子供をつくるって、嘘だろう。君たちはもう子供をつくれない筈ってもよい。疲れたら交代して、何時間もこねまわす。すると、二 だ。生殖器を調べてみたが、すっかり退化してるそ」 つのこぶの細胞が混ざり合い、弾力が増してくる。やがて温くな 「生殖器 ? 」と男はゆっくりまばたきをした。「その言葉はわからり、血の色が・ほうっと点るようになると赤ん坊の誕生だ。女がひき ない。しかし、子供をつくるのは本当だ」 取って育て、大きくなったら空のカプセルへ移すという寸法だ」 「できるわけがない」 組織の死は、容赦なく進行していた。きつくしばった所では、肉 「できるんだ。二人でこね . まわすのだ」 が溶け、骨が白く露出していた。 「こねるって ? 」 もう時間はいくらもない。私には、まだ聞いておきたいことがた 細川はじれったそうに時計を見た。移植した脳細胞が分裂する時くさんあった。その星の大きさ、文明、カプセルの動力。大小便の は刻々と迫っている。少しでも多く、彼は情報を仕入れようとして有無さえ確かめていない。 発作が男を苦しめていた。喉元から切なげなけいれんがひくひく 「こぶができるんだ」と男が言った。「白い草を食べ過ぎると、背伝わり、類がぶるぶるふるえていた。 中に小さなこぶができるんだ。我慢できない位かゆい。これが子供男は、もがきながらやっと言った。 「み、ず。水をくれ」 「まるで無性生殖だ」と細川がつぶやいた。 「よし、すぐ持ってきてあげるそ」 地球上の動物でも、下等な種類では、こぶのようなものができ、 私は、部屋の隅に立って鼻と口を押えている妻に、水を持ってく それが親から離れて子供になる。 るように一一 = ロった。 「コンビューターはあるのか」と細川が訊いた。 「背中にこぶができると、体中がほかほかして、皮膚が赤くなるの だ。カプセルの中からでも、他人が変色しているのがよくわかる位「機械だな。制御機械だろう」 男は、もう目をつむったままで言った。 だ。こぶができたもの同士は、ゆっくりカ。フセルを近づける。男と
野田宏一郎 昭和四十年の七月から約四年半にわたっそ」とか、「生殖能力も枯れ果てた婆アどど、あなたはあたらしいものをさがしてま もになにがわかるか」とか、「のおすね。しつかりおやりなさい。われわれと て、私が〈日清ちびつこのどじまん〉とい う子供ののど自慢番組を制作してかなりのかっさんたちは、未来の日本を背負って立しよりの言うことなんか気にしなくてい 。ありや低俗じゃない」 ・高視聴率を獲得に成功したのはよいが、猥つ小国民のちんぼこを切りとるつもりなの 歌でなけりや少々ぐらいのうたはなんでもか ? そんなひまに自分の更年期障害の心 どこのの婆アや三文社会評論家が うたってイイヨ、という私の制作方針が配をしたらどうだ ? 」などという、悲痛な こんなことを言ってくれると思う ? あれ や識者のゲキリンに触れ、いわゆる低私の血の叫びも、学識経験者にしてみれば 以来、私はかかさず自分の訳書をお送りし 俗番組、白痴番組供給者の元兇の一人とし白痴番組の制作者にふさわしき卑俗な暴言ているから、ひょっとすると坂西志保女史 て、現在、〈裏番組をぶっとばせ〉で再度としかとれぬものらしく、正に四面楚歌、なんそ、今回はキャプテン・フュ 1 チャー の受難の渦中にあるの細野ディレク本当に嫁の来てが一人もなかったくらいののファンになってるんじゃないかと思う。 ものであった。僅かに、渋沢秀雄、荒垣秀 ()0 パンザイである。 ターなどとともに、なんとか委員会とか さて、この〈日清ちびつこのどじまん〉 テレビ番組をどうとかする会などに三日に雄、坂西志保、石井幾久子など、番組向上 あげす喚問され、魔女裁判も期くやと思わ委員会のメイハ ーの諸氏が企画意図を理解は放送開始四年目に放送時間の変更を余儀 れるような凄惨にして不合理、サディステして下さって、こっちが、他の、偏見の塊なくされ、引越した先が運悪くも〈巨人の ィックで執拗な迫害に会いつづけた悲惨なの論客によってたかってコーナーぎわに追星〉の裏というわけで、なんともはや目も るその顛末については、以前、本誌に書か いつめられかけるたびに、実にスマートにあてられぬ惨敗を喫し、やっとこさっとこ せていただいたことがある。 助け船を出して下さったくらいのものだ。脱出した先でこんどは〈ひみつのアッコち 「俺ア帝大総長に見てもらおうと思って 本物の学識経験者はやつばり立派だとおやん〉にダブルバンチを喰らい、とうとう もう。「僕はあの番組キライです。だけ昨年の九月に悲惨な野垂れ死にの一生を終 〈ちびつこ 〉をつくってるんじゃない 恐るべきちびつこ未来人 ー情報化社会の子供たち 0 0
「ひょっとすると、われわれもいっしょに、違う歴史のなかに入り ニべレットにとっては、それは、まる二十四時間ばかりまえのこ とでしかない。かれは、逃亡したワルターを追って、その一生をフ こんでしまったのではありませんか ? 」 冫たどっていっただけなのである。 イルムの早送りでみるようこ、 「そうかも知れない。しかし、もし、そうだとしても、どうするこ 瀕死のワルターは、ゆっくり手をのばした。そこには、牙で突かともできない。八世紀に安禄山の乱が起こらなかった。・ハイキング れた胸いつばいに血の花を咲かせて、だが意外に平穏な満ちたりた は、アメリカに到着しなかった。ナポレオンは、若いころ死亡し 表情で死んでいる老婦人の姿があった。 た。そういった事実をもった歴史が、二十三世紀にどうなるか、予 「この人が、王女イスエクなのだな ? 」 想ができるだろうか」 ヴィンス・エベレットは、そういって、タイムマシンをとめたあ 工べレットの問に対して、ワルターはうなずいただけだった。も たりへ、ゆっくりと戻っていった。 はや、ロをきく気力も残っていないのだろう。 マストドン騒ぎのあった広場から、かなりはなれているので、こ 工べレットは、ワルターの手と、老婦人の手を結びあわせてやっ の近くには、マヤの人の姿はなかった。 た。そして、ゆっくりワルターの頭を地上におろした。 「隊長 : : : 」 ニペレットとキムが、マシンに乗りこもうとしたとき、空中をす ワルターは、低くつぶやいてから、なにごとかロのなかでくりかべるように、一台の乗物が接近してきた。機体にカ・ハーのついてい えし、まもなく絶息した。 ない、タイムホッパーである。近づくのが見えるのは、空間移動装 置だけを作動させているからである。 「なにを言いたかったのでしよう ? 」 そのホッ。、 「タイムパトロールの任務を忘れてはいなかったと言いたかったの / ーが、エベレットのまえで止まる。つづいて、むこう だ。われわれは、タイムマシンを駈って、時空をとぶことを学んから、もう三台やってくるのが見えた。 ・こ。だが、そのかわりに、ある意味で、人間として失ってはならな ノーから降りたったのは、ジョーイだった。 いものを、自ら放棄してしまった。・ とんな非道なことが行なわれて「マストドンを見なかったかい ? 」 いても、目をつぶって通りすぎなければならない。薄幸の王女が殺 ジョーイは、尋ね人みたいな口調でいた。 されても、正義の人が命を失っても、それが歴史そのものなのだ。 「ああ、見たとも」 ワルターは、王女イスエク マヤパーンの惨劇で死ぬはずの女「そりや、よかった。やっと運んできたんだ。麻痺レベルで射った を、助けだすつもりだった。もともと、その時点で死亡するはずのだけだから、効果がきれて、ハチャハチャな目にあった・せ」 王女が消えても、歴史に影響はあるまいと思いこんだ。だが、実際「運んできたというのは、どういう意味だ ? 」 の惨劇は、王女の姿がマヤパーンから消えたことを原因として始ま 工べレットは、嫌な予感がした。 ったのだ」 「いくら探したって、この六世己こよ、 / 糸冫【しなかった・せ。だから、よ ・ ( ラライズ ー 07
いないものなど生きてはいけないはずなんだ。まあ稀には、無 / グ「そいつだ。そいつを欲しいのだ」 6 8 ロプリン血症といって、抗体を持てない患者もいるが、病気にかか細川が大声でそう叫び、目を血走らせて実験の準備に取りかかっ 2 り易くって、正常な社会生活を営み得ない。青年の話を綜合してみた時には、もう夜が完全に明けていた。 ると、なんと、 いいかい君、その患者はわれわれ人類とは根本的に それから私と妻は泥のように眠った。 違っているんだ。長い生命の進化の歴史をたどってきたものとはと うてい思えないんだ」 だらけた生活をしていたので、体がすっかりなまって、起きてい 「人じゃないって ? それしやオバケか」 るのが辛かった。寝室へ消える時、 私は不吉な胸さわぎを覚えていた。 「いい力い。君たち、・ほくに協力してくれよ 9 約東したよ」 と言う細川に、なんとなくうなすいたことだけは憶えている。 「医学的にはまさにオバケだ。なにしろその男のどの細胞を取って 目が醒めた時も頭がぼうっとしていた。うら淋しい冬のタ映えが も、簡単に多種の細胞と親和してしまうんだ。それでいて病気をは うつっている寝室の窓をぼんやりみつめていた。 ねのけてしまう。どんなに菌を植えつけても病気にならないんだ。 それだけではない。その人間は、われわれの言葉を全然知らないん私はまた事態の重大さに気づいてはいなかった。細川の話につい だ。脳波の波形も、人類のものとは根本的に違うんだ」 ていくのがやっとで、人の形をした人でない生物がなにを意味する 「今、その人間といったね」と私は言った。「そいつ、人間の姿をのか、細川がなにを企んでいるのか、考えてもみなかった自分のま してるのか . わりを包んでいる心地良い常識の範囲で事件の推移を眺めていた。 私は寝乱れた妻を起した。 「そうた」 「うつろな目をして、淋しげな微笑を浮かべ、もっそりもっそり歩「ああ、あなただったの」 「夢見てたのかい」 きまわるのだろう」 「えつ」細川は私の肩をつかんだ。「その通りだ。まったくその通「ええ、とっても怖い夢。あの妖星人がずらりと並んでじっとわた しをみつめてるのよ」 りた。まるでさすらい人のように、始終部屋を歩きまわっている : : だが、おい、君はなぜそれを知っているのだ」 妖星人 : : : そうだ、私は思い出した。かって私たちは、あの男に 私は妻と顔を見合わせた。 妖星人というアダ名をつけていた。 あいつだ、あいつに違いない。タロとジロがおびえたあの変てこ 「ねえ、あなた」と妻が言った。「わたし、細川さんってあまり好 りんな男。人間の形をした人間でない生きもの。 きになれそうもないわ。適当な時を見はからって追い出してちょう 私は、細川に、屋敷の前の道をとぼとぼ歩いていく奇怪な人物のだい。自信を持ち過ぎる人ってきらい」 ことを話した。 「よし」と私はうなすいた。
来て」 青年の目は、そんな密集地の風景を・ほんやりと遠望しているよう 思い出そうとした。だが、記憶は、は 0 きりしない。恐らく、何にもみえたが、それらのはるかかなた、目にみえる風景の向う側に げなく彼が頭を下げ、私が答礼でもして通り過ぎたのだろう。私はあるものーー実際にそんなものがあるかどうかは別としてーーをど 人間の顔をあまり覚えることが得意なほうではない。特に、職業にうにかして見透そうとするかのようにも、感じられるのだった。 関係のない近隣で出会う人たちの顔は。都会生活者なら、おおむね たとえば、いま、私の視野にとらえられている街の風景が、絵本 そうだろう。 の一ペ 1 ジに描かれた風景画に過ぎないとすれば、そのページを指 だが、理沙の遊び友だちなら、妻のほうがよく知っているだろでめくってみようともしないで、い や、めくってみることを禁しら う。私はいった。 れでもした人間が、あらゆる精神を集中して、裏側のページに描か 「女房のほうは、知ってるんでしよう ? 」 れた絵を見透してみようと努めている。 「ええ」青年は反射的にうなずいたが、しばらくいいよどんでか そんなふうな表情がうかがえるのだ。 ら、つけ加えるのだった。「そう思うのですが : : : 」 「どうか、しましたか」 「まあ、 私はいっこ。 いいでしよう。もうすぐ帰って来ますよ。そうすれば分り ます」 青年は返事をしなかった。 「あの、どこかお出かけでしようか」 もう一度、説いた。 「ええ。母親と散歩に出てるんですがね」 青年の唇が、わずかに動いた。 「え ? 何ですって ? 」 「そうですか。待たせてもらっていいでしようか ? 」 青年はいった。 「いいですよ。もちろん。遊び友だちなら、あの子も喜ぶでしょ う。あなたは、団地の中に住んでるんですか ? 」 「怖いんです」 「何が怖いんです」 「さっき、何もかもだといいましたね。何もかもです。でも、いち 青年は、あたりを見まわした。都心に近く、交通の便はいいのた が、ごたごたした低い屋並みの密集地に、都市改造計画の一環としばん : : : 理沙に会うことが : : : 」 て建設された公団住宅だった。およそ十棟ほどのビルの壁の向う 理沙に会うことが ? 何故です。 に、ひしめきあった瓦屋根の連なりがあり、それらのあいだに点在 い返そうとして、私は言葉を飲みこんだ。青年は八階からの風 する町工場から吐き出された煙が、スモッグとなって街全体を覆っ景に視線を固定したままだ。風景の裏側を見透そうとして : ている。八階の高さからだと、澄みわたった空と、スモッグとの境狂気。 界が、かなりはっきりと分るのだ。 そう、二つの文字だけで片づけてしまえば簡単だ。