こうなったら、あいつの正体をむ糸口はーー」 においが鼻孔をくすぐりはじめた。体がうかびあがり、宙をすべっ ていく感覚がおそった。声が薄闇の奥から語りかけてきたが、あま女の声は続いた。しかし彼の頭脳は、相手が誰であるかを知った りにも遠いので一言も聞きとれなかった。そこにあるのは、音と、 ショックで、まったく用をなさなくなっていた。・こんな短時間に味 時とともに強まる確信だけだった。かすかな、奇妙な音。それが伝わうにしては、恐怖があまりにも大きすぎたのだ。しばらく彼はま えようとしているすばらしい言葉が、もうすぐ聞きとれるようになるで子供のようだった。しかし、やがて様子をうかがいながら一心 るという確信。 に脱出を考えはじめた。べッドの、女から遠いほうの側へにじりよ それを聞きたい、湧きあがるざわめきの中にとけこんでしまいた り、・ハスルームへと走りだすことができれば いという思いは、打ち寄せる波に似たリズミカルな感情の盛りあが「リーさん」女の声がひびいた。「馬鹿なことを企むとどうなるか りとなって、彼を誘った。しかし約東された言葉の意味は、なかな わかってるわね。あんたを殺すつもりで来たのなら、眠っているあ か明なされなかった。自分本位の思考はきれいに拭いさられてい 、だに簡単にできたのよ。そこのところを考えるのね」 た。そこには、もはや無意味な歌声しかなかった。快いガスは、彼 リーは乾いた唇をなめながら、じっと横たわり、知恵をふりし・ほ を眠りの一歩手前で引きとめながら、その流量を微妙にコントロー った。女の言葉が、彼には信じられなかった。「ここへーー来たー ルして、彼の心を意識の淵の奥底へとおろしていった。安らぎがと ー目的はーー何だ ? 」どうにか、それだけ言った。 うとう訪れた。まだ局所的には目覚めているが、今ではあの声さえ「情報 ! 」と、そっけなく。「あの女は何者なの ? 」 も暗黒の中に呑みこまれようとしていた。それは、頭脳のはるかな「知らん」彼は、女の顔があるあたりの暗闇に眼をこらした。眼が 深みで、しばらくのあいだ優しい、親しげな、美しい余韻をひびかさっきより光に慣れ、金髪のかすかなきらめきを見ることができ せていたが、やがて遠のいていった。唸りをあげる機械のかたわらた。「知っているとーー・思っていた」そもて、なめらかな口調をい で、彼は人工催眠による深い眠りにおちた。 ・ハ 1 が誰かわかってる くぶん取り戻して、言った。「銀河オ・フザー 眼をあけたとき、部屋の中は暗く、隅にある椅子のかたわらのフような口ぶりだったから、あの娘の正体もそのうちつきとめるだろ ロアスタンドに、明りがともっているだけだった。その光に照らさうと思ってたよ」 れて、黒っぽい服を着た女が椅子にかけていた。しかし顔は、丸い 女が微笑したように思えた。「あれは、あんたたちを油断させ 光のそとの暗がりの中にあって、見えなかった。彼が身じろぎしたて、状況をこっちに有利なようにひっくり返すために言ったのよ」 にちがいない。影の中にあった顔が、それまで読んでいたタイプラ胸苦しさは、まだ消えない。しかし、その原因となった絶望的な イター用紙大の紙の束から眼を離し、とっぜんこちらを見たから恐怖は、自分の弱点を暗に認めた女の言葉によって薄らいだ。彼ら ドリーフ族は、リーがはじめ考えていたほど超人的ではないのだ。 だ。ドリーフ族の女、マーラの声が言った 「あの娘、あなたの下意識の記憶をみごとに消してしまってるわ。安堵とともに警戒心がおこった。気をつけろ、と彼は自分に言いき 7
「これをお飲みなさい」と、看護婦が言った。「よく眠れます。さで死んだ。気の毒に、若い生命が男盛りに摘みとられてしまうとは あ、よい子だから、ぐっと飲みこんで。気持をお楽にして。今日は なかなかいい男だったのだ。しかもきわめて将来性のある : 辛い日でしたわね、死んだり、生き返ったりですものね」 彼は自分のうわっいた気分にいや気がさした。こんな反応の仕方 二つの大粒の涙がプレインの頬を伝わった。 ではいけない。当然感じるはずだったショックを、彼はもう一度と 「まあまあ」と、看護婦が言った。「カメラは今あったほうがよか りもどそうとした。 ったのにね。これこそ純粋に自然の涙なんだもの。ほんとに、わた しはこの病院にいて、自然な悲劇的な場面を幾度となく見てきた昨日は、と彼はわが胸に言い聞かせた、メリ 1 ランドから車で帰 わ。わたしがその気になったら、あのきざな記録係の連中に純粋なるヨット・デザイナーだった。それが今日は未来に生れ変ったの 感情というものがどういうものか教えてやれるのにねーー・あの人た だ。未来だ ! 生れ変りだー ちと来たら人間の秘密はなんでも知っていると思っているのよ」 むだだった。言葉には衝撃がなかった。彼はすでにそんな観念に 「・ほくはどこにいるんです ? 」と、プレインは眠たげな口調でたず慣れてしまっていたのだ。人はなんにでも慣れる、自分の死にさえ ねた。「ここはどこです ? 」 もた 。とくに自分の死にはだ。もし二十年間、毎日三度ずつ人 「未来にいると言ってもいいでしようね」と、石護婦が答えた。 の首をはねたとしたら、その男はそれに慣れてしまう、そしてそれ 「おう」 をやめさせようものなら、赤ん坊のように泣き出してしまうだろ そして、そのまま眠りこんた。 彼はもうこんな考えをつづける気がしなくなった。 彼女は自分のために泣いてくれるだろう ローラのことを考えた。 / か ? 酒を飲んで酔っぱらうだろうか ? それとも、たんに、知ら なん時間もたってから、彼は眼を覚ました。心は落ち着き、肉体せを聞いて気落ちして、鎮静剤でも飲むだろうか ? ジェーンやミ の疲れもとれていた。彼は白いべッドを見、白い部屋を眺めた。記 リアムはどうだろうか ? 彼女たちは自分の死んだことを人づてに 憶がもどってきた。 でも聞くだろうか ? まず、そんなことはあるまい。何カ月もして 彼はあの事故で死んで、未来に生れ変ったのだった。死の衝撃をから、あの人はどうして訪ねて来なくなったのだろうと不思議がる のが関の山た。 過大視しすぎると言っていた医者や、彼の自然の反応を記録して、 これは掘出しものだと主張していた男や、ひどく情緒のと・ほしい容もうたくさんだ。すべては過去のことだ。今や自分は未来に生き ているのだ。 貌をした美人の娘がいた ・フレインはあくびまじりの伸びをした。自分は死んた。三十二歳しかし彼が見た未来とは、白い・ヘッドと白い部屋、それに、医者 3 205
と、猫なで声で話しかけた。「、 - おや、ひどく震えているようだな : マイカルも冷笑を返した。「では、わたしの抱えている思考制御 ・ : きみのように美しい娘が、わたしにさらわれただけで体を震わせ技術者たちの手なみを試すとするか。賭けてもいいが、これが終っ 3 るとは、心を打つね。そう、実に感動的だ。ところで、もうわたし たあとは、きみの兄を椅子に縛りつける必要もなくなるだろうな」 たちはおたがいに敵じゃなくなった、そうだろう ? いや、もしちジャンダのうつろな瞳にむかって、彼はテー・フルごしに奇妙な手ま がうというなら、きみの兄にも手荒な扱いをせねばならなくなる」ねをしてみせた。「ふむ。しかし、たとえあんなざまでも、彼の全 ルシンダは、ホルトがナヴァーナ号を離れるまでの時間を稼いで神経はこれから起こることを認識するはずだ。それは保証するよ」 いたのだった。頃あいはよしと見た彼女は、いきなり満身のカで相これに似たことが起こるようにわざとしむけ、また、それを願っ 手の顆桁を張りとばした。マイカルの顔は、はすみでなかば横を向てはいたものの、ここへきてルシンダは、毒気にあてられたような き、撫でつけられた灰色の髪がそそけ立った。 目まいを感じた。いまにも気を失うのではないかと怖れ、同時に、 そうなれたらと願う気持になった。 大広間にはとっぜん静寂がおり、つぎにどっと上った笑い声で、 マイカルは頬の手型の跡に負けぬほど、顔を赤く染めた。ルシンダ「われわれの客は、あの衣裳に飽きていらっしやる」マイカルはテ のうしろにいた男が、その両腕をつかんで羽交い締めにした。ルシ ー・フルの左右を見まわした。「おもてなしの先頭をうけたまわりた いものはだれだ ? 」 ンダはいったん抵抗をやめ、うしろの男が力をゆるめるのを待っ て、やにわに食卓のナイフをつかんた。マイカルが逃げまわり、さ近くの椅子から、にやけた男がくすくす笑いながら立ち上ると、 つきの男がもう一度ルシンダをつかまえたところで、ふ、たたび笑声まばらな拍手が起こった。 が湧いた。さらに一人が加勢に立ち、ふたりの男はげらげら笑、よ しオ「ノエミー は発明の才に富んだ男だよ」と、マイカルは朗らかな口 がらルシンダのナイフをとり上げて、彼女をマイカルのとなりの席調でルシンダに教えた。ぜひとも、よく見てもらわねばならん。さ へひきすえた。 あ、顔を上げて ! 」 ようやくのことで、マイカルが口をひらいた。すこし震えを帯び マイカルのむこう隣りでは、フェリー。フ・ノガラが、さっきまで てはいるが、平静に近い、低い声だった。 の超然とした態度を失いかけていた。不承不承ながら、そのほうへ 「その男をもっと近くへ寄せろ。このテー・フルのすぐ向かい側へ坐目が吸い寄せられていくのだった。そのようすには、期待の高まり らせるのだ」 が嫌悪の情に打ち勝とうとしているのが、ありありと見わけられ 命令が実行されているあいだに、マイカルはルシンダにむかって 穏やかに話しかけた。「もちろん、わたしはきみの兄に医療をほど はくつくと笑いながら、宝石で飾られた小さなナイフを こして、回復を待つつもりだったんだがね」 構えた。 「けがらわしい嘘つき」ルシンダは冷笑をうかべて囁いた。 「目はだめたそ」とマイカルが注意した。「やつには、このあとで こ 0
入っこ。 「報告します。本艇に信号中の宇宙船を探知。方位は本艇のコース この艇に連れてこられた当初のルシンダの瞳には、あらゆる = スに対して五時角平面。船影は小さく正常」 チール人に対するやりばのない憎悪がみなぎ「ていたものた。それ最後の一句は、発見された宇宙船が〈狂戦士〉の巨体でないこと からの毎日、ホルトはできるかぎりの優しさと心遣いを彼女に示しを示す、慣行的な確認である。フラムランドの叛徒の残党は、もう てきた。いま彼を見上げたルシンダの顔には、もう反感すらこも 0 深宇宙飛行船を一隻も持 0 ていないので、ホルトが警戒すべき理由 ていなかったーーそこには、彼女がだれかと分かちあわすにはおらはまったくなかった。 プリッジ れぬ、切ない希望たけがあった。 彼は船橋にもどり、探知スクリーンに映った小さな船影に目をこ ルシンダがい 0 た。「さ 0 き、兄はわたしの名を呼んたようでしらした。それは見なれぬ形をしていたが、数多い惑星の周回軌道上 た」 にある、数多い造船所のことを思えば、それほどふしぎとはいえな 「ほう ? 、ホルトはジャンダの顔をよく見ようと屈みこんだが、な 。しかし、なぜこの深宇宙で、相手は彼の艇に接近し、連絡をと んの変化もうかがえなかった。反逆者の瞳は依然としてうつろなまろうとするのか ? まで、その右目からは、感情と無関係らしい涙のしすくが、ときお疫病 ? りこぼれ落ちてくる。だらしなくあいたロも、ねじくれた、カのな「いや、疫病じゃない」未知の宇宙船は、ホルトがその質問を呈し い体も、前とおなじだ。 たとき、ぜるような空電を通してそう回答してきた。先方からの 「たぶんーー」とまでいって、ホルトはあとを濁した。 ビデオ信号波も、やはり妨害が多く、はっきりと話し手の顔が見分 ジャンプ 「え ? 」と、すがるような声。 けられぬほどだった。「このまえの跳躍で細塵を拾ったらしくて、 ばかな、おれはこの娘とかかわりを持ってはいけないのだ。ホル カ場の調子がわるいんだ。すまないが、乗客を二、三名、そちらへ 引き取ってもらえないだろうか ? 」 トは、もう一度彼女の瞳に憎悪が宿ってくれたら、とさえ思った。 「たぶん」と彼は静かに言いなおした。「このまま回復しないほう「いいとも」超光速跳躍の終りぎわに、船体がかなりの大きさを持 が、きみの兄さんにと「ては幸せだろう。これから連れて行かれるつ宇宙塵の重力場と衝突する事故は、珍しいにはちがいないが、あ ところから考えれば」 ) えぬことではない。それに、雑音の多い通信も、それで説明がっ ルシンダが抱いていたわすかな希望は、その言葉から受けたショ く。ここまできても、ホルトに疑念を抱かせるようなものは、なに ックで、どこかへ飛び去った。彼女はなにか珍しいものでも見るよもなかった。 うに、無言で兄の顔をまじまじと見つめた。 相手が発進させたランチは、やがて特務艇の = アロックと結合し ホルトの腕のインターフォンが鳴っこ。 た。遭難した乗客を迎えようと徴笑をうかべて、ホルトはエアロッ 「こちら艇長」と彼は応答した。 クを開いた。つぎの瞬間、彼と六人の乗員は、どっと乱入してきた っム
をのんだ。 のような顔が、一心に考えようとしていた。舌がびくびく動いて乾 渦まくような透明な響きはクライマックスに達してーーそして消 いた唇をベ・ろりとなめた。 えた。 「私に雇われて仕事を続ける気はないかね」 ? ドークが一一一一口った。 青い霧も消えた。ケネディの目の前の、白い砂の矩形だったとこ「何ですって」ケネディが驚いて言った。 ろはーーー今や町の新しい一部分であった。 「年に十万ドル ! 」ドークが言った。「もし君がこの秘密を解くな ドームは十二家族、もしかしたらもっと多いか、もっと少ないか ら五十万ドルのポーナスつきで」とドークはつけ加えた。 もしれないが、それら家族のための住居であった。完成品の一つ一 ケネディは笑った。笑わざるを得なかった。正に笑う時であっ つには花園がついていた。砂のあった所に土と水とがあった。花々 た。中し出は恐しく愚かな、馬鹿馬鹿しいことだった。 が砂漠の中に開いているのだ。 「ポーナスを百万ドルにしよう」ドークが言った。 守衛たちが、その位置から離れた。青い霧があった時には、見て ケネディは見晴し窓の方を身振りで示した。「なんてあんたは間 いた火星人たちは動かなかったのだ。一インチたりともである。だ抜けなんだ ! もし私があの秘密を知ったら、百万や一千万ドル が今、火星人たちは町の新しく造られた一画を通って、砂を動かしが、私にとって何になるのかい ? 」 た機械がうまく仕事をしたかどうか調べること、すべてがちゃんと ドークの顔がこわばった。「そう思うんじゃないかと思っていた いったか、仕事のでき具合はどうかと、検査したりしながら列をな よ . そう言うと、素早くケネデイから机の反対側へ回った。「だか して歩き始めた。それとも、火星人たちはその場所の美しさを賞賛ら私は他の切り札を用意してきた。地球で君は十二歳の娘をミス・ していたのだったろうか ? ケネディには分らなかった。・フラウンガズリーの私立学校にやっているね ? 」 トは絶望的に宇宙船の方を見ていた。 「何だって ? 」ケネディの喉から出た声は声帯があわや根こそぎ引 「どうやったんだろう」ドークがしわがれ声でいった。 き裂かれるような響きを持っていた。 ケネディは肩をすくめた。「見たでしよう、あんたは私と同じだ拳銃を構えながらドークは机から新聞の切り抜きをケネディの方 け知っているんだ。あれが連中が穀物や水を得る時のやり方だ。貯へグイと押しやった。 蔵所も貯水池もーーナナし こ・こ、つばいになっているというだけなんだ」 私立学校から子供が失踪 「しかし君はその過程について何かを知ってるはずだ」とドークが 絶望的に言った。「君はここへきて二年になる。おまけに君は優秀 ジョン・ケネディ DZ 従業員の十二歳になる女の子が、昨日 なる科学ーーー . 」 行方不明になったと届け出があった。子供の母親は死亡し、父 「もうたくさんだ。私だってそいつを見つけようとしてるんだ ! 」 親は探険隊に加わって火星にいると伝えられており、子供はお ドークは躊躇した。その目はケネディにそそがれていた。カエル ばに当る人とずっと暮していた。暴行の形跡はない。 ロ 6
やがて女は言った。「このレポートを、いっしょに検討してみましっていたからだ。この悪魔のような女の狙いは、的を射ているので 。ないか ? そして、彼にはそれを喰いとめるだけの力も、嘘をつ ようか。あんたの健康についての注意書きは、ここでは関係ないか くだけの気転もないのを見通したうえで、破減的な答えをやすやす ら、まず外すわね。でも、もうすこし詳しく知りたい要素がかなり 1 の正体をたちまち と引きだしているのではないか ? オブザー あるの。アンガーン教授とは誰 ? 」・ 「この機械催眠の方式を発明し見抜いた彼女の超人的な思考力に、彼は道理に合わぬ、だまされた 「科学者だ」リーは正直に言った。 たのは、彼なんだ。例の殺人の件では、協力を求められている。変ようないらだちをお・ほえた。考えてみれば、そう、アンガーン教授 に力もないのだ。 質者の犯行と思われたからだ」 アンガーンは、神秘的な人物である。科学者であり、おそろしく 「彼の顔や体つきはわかる ? 」 「会ったことがないんだ」リーはすこしゆっくりした口調で言っかけはなれたさまざまな分野で、非常に複雜ないくつもの発明をな ーにはこたえたことはないし、いま手許に写真もしとげている。木星の衛星の一つにほど近い小惑星に居をかまえ、 た P 「インタビュ ハトリシアという娘と暮している。なんてことだ、パ ない。ではーーー」彼はためらった。ごく一般的な知識を与えてい ハトリシアだー るにすぎないのだが、それすら危険かもしれない。 「その噂は、こうじゃない ? 異常に人を惹きつける魅力を持って動揺する思考の流れは、女の声でさまたげられた。「あなたの社 いるが、その顔には、 , 内的な苦悶を示す皺がきざまれている、何かから、ここのレコーダーに情報を送らせることはできるの ? 」 を耐え忍んでいるというような」 「うーうん」気のすすまない様子があからさまだったのか、女は光 「何を耐え忍んでいるんだ ? 」 ・リーは鋭く問いかえした。「何を言の中に体をのりだした。つかのま、彼女の金色の髪があざやかにき っているのか、よくわからないな。写真でしか見たことはないが、 らめいた。淡いプルーの瞳が、奇妙にユーモアの欠けた、悪魔的な それだと、ちょっと疲れの見える、整った「感受性の強そうな顔と喜びをあらわにして見つめていた。 いうだけだ」 「あら ! 」と女は言った。「やつばり、あなたもそう思うわけ ? 」 「どこかの図書館に、それ以上の資料はないの ? 」 彼女は笑った。異様な、音楽的な笑いだった。異様なのは、それ 「プラネタリアン通信の資料室にもあるかもしれない」と言ったリ がぶつきら・ほうでありながら、同時に耳に快かったからだ。笑い声 1 は、うつかり余分な知識を与えたことに気づいて、舌を噛みそうは高い調子になり、そこで不意に、不自然にゃんだ。そして、つぎ になった。 の瞬間ー 1 ー動いた様子はないのにーー彼女の手には金属の物体があ り、それは彼を狙っていた。彼女は、耳ざわりな割れた声で命令し 「死体置場 ? 」と女はきいた ( 新方 ) 。 た。「ペッドからおりて、レコーダーを動かすのよ。言うまでもな 9 リーは説明した。が、声は内心の怒りのために震えていた。しば いことだけど、必要なこと以外は、何もしないし、何も言わないこ らく前から、ある漠然とした考えが、彼のうちでしだいに大きくな
かせた。甘く見ると怖いぞ。しかし、こうロにせずにはいられなか気のない街路を想像した。見捨てられた街路ーー見捨てられた彼。 そう、彼が頼れる人間はどこにもいないのだ。彼の友人は、この広 6 「見たところ、きみの言うその逆転劇も大した成功じゃなかったよ大な世界のあちこちにたくさんいる。しかし彼らが総がかりになっ うだな。きみのご亭主は、 いつでも・ほくを捕まえられると言ったても、いま明りの下にひっそりとすわり、影の中から彼を観察して が、【それを聞いて、・ほくが姿をくらますことだってありえたんだ いるこの女が相手では、一オンスの力も貸すことはできないし、こ の暗い部屋の中に一すじの希望の光をもたらすこともできない。 女の声には、かすかな侮蔑がこもっていた。「あんたが少しでも リーは精一杯の努力で落着きを取り戻した。そして女に言った。 心理学を知っていれば、あのこともなげな脅しが逆にあんたを落着「いま読んでいたのは、・ほくのサイコグラフ・レポ 1 トだろう。何 かせてしまったことに気付いたはずだわ。その証拠に、あんたは最と書いてあった ? 」 小限の防御策さえ講じていなかったじゃない。それにあの娘は、あ「がっかりだわ」女の声は遠くから聞えてくるように思えた。「食 んたの身の安全なんか何も考えてなかったようね」 事について注意が書いてあるだけ。不規則な食べかたをしているよ それが、意識的に仕組まれた巧妙な戦術であったことを知って、 うね」 リーはふたたび恐れが戻ってくるのを感じた。心の奥底で、彼は考女は冗談を言った。そのふざけた口調は、彼女をいっそう非人間 えた。「このおかしな出会いに、ドリーフの女はどんな結末を用意的に見せただけだ 0 た。そんな冗談は、なぜか彼女にはおそろしく しているの、だろう ? 」 不似合いだった。彼女が越えてきた暗い、茫漠とした虚無、彼らを 「もうわかってるでしようけど」と女は静かに言った。「あんたが この無防備な地球へとかりたてた奇怪な欲望ーーーそういった現実 生き下いれば、もちろん役に立っーーでも、死んでくれても、こちが、違和感をきわだたせたのかもしれない。 リ 1 は身震いしこ。 らには都合がいいのよ。簡単には、どちらとも決められないわ。まが、そんな自分に気づき、ひたすら考えた。「畜生、おれはひとり あ、、落度のないように、、誠意をこめて、あたしたちに協力することで勝手にこわがっているのだ。彼女がそこの椅子にかけているかぎ ね。あなたの役割には限界はないんだからー り、おれの身に危険はないのだ」 なるほど、そういうことか。一滴の汗が、リ ーの頬を流れおちそして、こう言った。「そのサイコグラフに何も書いてないのな た。タ・ハコを取ろうと、 ' 枕元のテー・フルにのばした指は震えてい ら、残念だが、きみのお役にはたてないわけだな。そろそろ出てい た。お・ほっかない手つきでタバコに火をつけたとき、彼の視線は窓 ってくれないかね。そんなところにいられると、どうも落着けな に吸いつけられた。彼はかすかなショックを感じた。雨が降ってい るのだ。激しい雨は、音もなく防音ガラスを叩いていた。 女が笑うのではないかと、漠然と期待した。だが彼女は笑わなか 彼は、夜の雨に濡れそ・ほり、その華やかさをすっかり失った、人った。じっとすわったまま。影の中で、その眼が鈍く光っている。
きなおって挙手の礼をし、出張り間のほうへ歩いた。背後で、ジャ 「別に重大なものはありません、閣下」 ノガラの右手にいるふくらんた顔つきの男が、テー ) , ルに体を乗ンダの足をひきずる音と鎖のひびきを聞きつけて、彼は息をひそめ り出してい「た。「故司政官に対しては、さそ大きな哀悼が寄せらた。テープルではひそひそと囁きがとりかわされたあと、とっ・せん 沈黙がおり、楽の音さえもとまった。おそらくノガラが、洗脳され れているだろうな ? 」 「もちろんです、閣下 , ホルトはイカルの顔に見お・ほえがあ 0 た男に動きまわらせてみろと、手まねで命令を与えたのだろう。 ホルトは柩の前で立ちどまった。その中の凍りついた顔も、観望 た。「そして、新しい司政官への大きな期待もあります」 イカルは椅子の背にもたれ、皮肉な笑みをうかべた。「反抗的窓の外のぼやけた超質量も、ほとんど彼の目には入らなか 0 た。宴 な人民どもは、さそわたしの到着を待ちこがれていることだろう。席の囁き声や忍び笑いも、ほとんど彼の耳には入らなか 0 た。〈狂 女、おまえはわたしに会うのを待ちこがれていたかね ? さあおい戦士〉に捕えられたまま、なすすべもなく運命を待「ている部下た ちの顔たけが、ありありと心の中にうかんでいた。 、ルシンダが で、美しい娘よ、テープルを回ってここへくるがよし、 ジャンダの肉体を装った機械は、足をひきずりながら彼のかたわ のろのろとその命令に従うのを見て、マイカルは給仕機械をふりか 「 0 ポ〉トたち、あの男のために椅子を用意しろーー、あそらに近づき、そのガラスの眼で氷の眼をじ 0 と見つめた。そこで撮 えった。 こ、フ。アの中央に。艇長、きみはもう自分の艇に帰 0 てよろし影した網膜紋を持ち帰らせて、むかし奪「た記録と照合し、死人が ほんとうにカールセンかどうかを確かめようというのが、〈狂戦 フ = リー。フ・ノガラは、手足に枷をはめられた旧敵ジャンダをじ士〉の狙いなのだ。 かすかな悲鳴を聞いて、ホルトは長いテー・フルのほうをふりかえ っと見つめていた。ノガラがなにを考えているかは知りようがない った。ルシンダがマイカルの腕から逃れようとしているところだっ 号に不服でもな が、マイカルが好き勝手な命令をくだすことには、」 た。マイカルとその友人たちは、それをおもしろそうに笑ってい さそうだった。 こ 0 「閣下」と、ホルトはマイカルに呼びかけた。「できれば 「そうとも、艇長。わたしはカールセンとは大ちがいだ」ホルトの ン・カールセン閣下の遺骸を一目見せていただきたいのですが、 ノガラが彼の言葉にふりむいて、うなずいてみせた。給仕ロポッ表情を見たマイカルは、大声で彼にそう呼びかけた。「わたしがそ トが漆黒の垂れ布を両側に引きよせると、ホールの一端に出張り間のちがいを悔んでいると思うのかね ? ョ ( ンの前途はどのみち暗 いものだった。彼はむしろ胡桃の穀のなかに閉じこめられて、もは が現われた。その奥にある大きな観望窓の前に、柩が置かれてい や無限の天地を領する王者のつもりになれなかった男なのだ ! 」 「シェクス。ヒア ! 」マイカルの文学的素養をたたえるように、取り 7 ホルトはそれほど驚かなかった。死者の前で宴を張る慣習を持っ ノガラにおじぎをしたあと、彼は柩に向巻きの一人が叫んだ。 た惑星は、すくなくない。 くるみ
族船団の眼をかすめて地球へ逃け帰る。 成祝いの式で見たものとどこか似たところがあっ - た。しかしリーに 自分は何のとりえもない平凡な人間だ。あんな連中にちょっかい は、それくらいしか確かめる余裕はなかった。彼が通路へあともど を出すとは、なんという馬鹿だったのだろう。世界には、彼と同じりすると、観測所のドアは眼の前で自動的にしまった。 並みの知能指数を持った、ノーマルな娘がいくらでもいるではない つぎのドアへと急ぎながら、彼は自分のうかっさをのろった。冷 か。そんな中の一人と平凡な結婚をするほうが、どれほど幸せかしえきってはいたが、空気はあったのだ。天井が抜けているように思 れない。そういったことを考えながら、彼はハナーディの体をつかえたのは、眼に見えぬガラスがおこした錯覚だったということだ。 むと滑らかな床の上を懸命にひきずりはじめた。、いちばん近い曲り だが、彼には引きかえす意志はなかった。 角へあと半分というところで、男が身じろぎをした。リーはためら 六番目のドアをあけると、そこはこちんまりした部屋だった。し わず、リポル・ハーの台尻で力いつばい殴った。・ ひくびくしている余ばらくボカンとしていたが、やがて彼は思いあたった。エレベータ 裕はないのだ。 1 なのだ ! 操縦士はふたたびぐったりとなった。あとは簡単だった。角を曲彼は中にはいりこんだ。居住区域から離れるにつれ、用途の判断 り、体を見つからない場所に置くやいなや、彼はすぐそこを離れ、 に困るようなものがしだいに増えてくる。ドアをしめようとして振 通路に沿って手あたりしだいのドアを調べてまわった。はじめの四りかえると、自動的にしまりはじめていた。それは低い音をたてて つは開かなかった。五番目も錠がおりていたが、今度のリーは立ち閉じ、みるみ・る上昇をはじめた。リーは眉を寄せた。このエレベー どまって考えた。 ターは、どうやらある特定の場所へむかう仕組みになっているらし どこもかしこも錠がおりているなんて、考えられないことだ。孤 。すると困ることがおきる。彼は制御装置を捜した。しかし何ひ 立した小惑星に二人だけで住む人びとが、いつもドアの錠をかけたとつ見えなかった。エレベーターのとまりそうな気配に、彼は銃を りあけたりしているわけがない。彼は注意深く眼の前のドアを調べ手にしたまま油断なく身構えた。ドアがするすると開いた。 た。そして隠された秘密を見つけた。ドアは掛け金のデザインの一 リーは見つめた。そこには部屋はなかった。ドアは黒々とした闇 部と化して見える、目立たない小さなブッシュ・ボタンにわずかなの中に開いた。星の輝く宇宙の暗黒ではない。エレベーターの光に はいるこ 内部を半ばのそかせた暗い部屋でもない。漆黒の闇だ ! 圧力を加えることで、簡単に開くのだった。中に踏みこんだ彼は、 とさえ不可能に思える。かたい物質に触れることを半ば予期して、 すさまじいショックに見舞われてあとずさった。 おずおずと手をのばした。しかし黒い部分へとっきだされた手は、 部屋には天井がなかった。頭上にあるのはーーー宇宙空間だった。 氷のように冷たい空気の奔流が彼にむかってどっと押よせた。部そこで見えなくなった。急いで引き抜くと、大慌てで手を見つめ 屋の中にある巨大な機械が、一瞬眼にうつっただけだった。機械た。手はみずからの放っ光で輝いていた。皮膚をすかして骨がはっ 7 は、二年前月の表面に超モダンな天文台が建設されたとき、その完きりと見えた。
ないということね」 が、車はみるみる空にのぼっていく。白いゴムのタイヤが内部に折 リーは大声で笑った。憐れみと嘲りをこめた笑いだった。 りたたまれていくのを、かろうじて見ることができた。今では、ほ 「ほくの人生経験なんて大したものじゃないが、それでも相手の人とんど葉巻を思わせる流線型となって、かって自動車であった宇宙 間的な厚みや魅力を見る眼は多少持っているはずだ。きみにも、そ船は、急勾配で上昇していった。 そして、たちまち見えなくなった。 ういった魅力はある。人一倍強い。だが、あの二人、特にあの男と 比べたら、きみのなんか問題じゃない。恐ろしいやつだ。あれくら 丿ーの頭上には、夜が迫り寄っていた。奇妙に青々とした、明る いぞっとするほどの魅力を持っている男に出会ったのは、はじめてい夜空だった。きらびやかな都会の光が、空に照り映えているの だ。どういう事情があるのか、・ほくにはさつばりわからないが、一 だ。それでも、星をいくつか数えることができた。彼は星を見上 つだけ忠告しておこう」リーは間をおき、そして一気に言い終えたげ、・ほんやりと考えた。「夢だったのだろうか ? 宇宙から来たと 「きみたちクラッグ族は、あの二人には近づかないことだ。ぼ うあのトリーフ族ーーー吸血鬼たち」 くはこれから警察を呼んで、三号個室を捜査してもらうよ。いつで とっ・せん空腹をお・ほえ、道ばたのスタンドでチョコレートを買う もっかまえられるという、あの二人の脅しがどうも気になるんでと、立ったまま食べた。いくらか気分がよくなると、近くの壁面ソ ね。どうして、・ほくでなきゃいけないんだ ? 」 ケットへ近づき、手首のラジオと接続した。 彼は慌ててひとり言をやめた。「おい、どこへ行くんだ ? きみ「編集長」と彼は言った。「ちょっとした情報を手に入れました。 の名前を教えてくれ。どういう根拠があって、あの二人に命令した記事にはできないんですが、警察がそれを聞いたら動きだすかもし んだ ? きみは何者だ ? 」 れません。そのことで、頼みがあるんです。・ほくのホテルに心理分 言葉はとぎれた。彼の全神経は、走ることに集中された。すこし析機を一台よこすように手配してくれませんか。まだ少しは役に立 のあいだ彼女のポーイッシュな姿は、街角の薄暗い明りに照らされつ記憶が、ぼくの頭の中に残ってるかもしれないのでーーー」 て、・ほんやりと見えていた。しかし、つぎの瞬間には、ビルのかげ彼はきびきびと続けた。劣等感は薄らぎ、通信局員リーはふたた に消えた。リーは思った。「今、おれの手にある切り札は、あの娘び自分を取り戻した。 だけだ。逃げられたら、これでーーー」 汗をにじませながら彼は角を曲った。はじめ通りはまっ暗で、人 5 っ子ひとりいないように思えた。そのとき車が眼にはいった。何の 変哲もない、フードの高いクーべである。車体の低い、スマートな 心理分析機のほのかにきらめくいくつもの玉が、いやます勢いで その車は、音もなく、ごくあたりまえに前進をはじめた。と、その回りはじめた。やがてそれらは、闇の中で一つのとぎれない光の円 動きに異常があらわれた。宙にうかんだのだ。信じられぬことだ弧をつくった。そこまできたとき、ようやくサイコ・ガスの甘美な ウォール 6 8