宇宙船のコントロール・ルー人内部の沈黙は続いた。それは、娘て」 が宇宙船にはいった後に訪れた静けさと不思議によく似ていた。た . 「おれだって待つのは好きじゃないさ」と男。「よしーー」 リーは、あけつばなしの入口へ だ今度その静けさを破ったのは、娘たった。わずかに呼吸が乱れてもうまごまごしてはいられない。 いるが、それでも冷静で、力強く、大胆たった。「あたしは警告すと身をおどらせた。一瞬、夜会服を着た男と女の姿が眼にはいっ るために来ただけで、命令を押しつけに来たんじゃないわ。それた。男は立っており、女はすわっていた。きらめく金属的な背景 に、あなたたちが十五人分の生命エネルギーを補給しているのならも、意識のうちにあった。さきほど、その一部を見たにすぎなかっ いいけど、そうでなければ、何もしないほうが身のためよ。あたし たコントロール・ポードは、輝く計器類に埋めつくされた巨大な装 置であることがわかった。しかし、そんなものには目もくれず、彼 だって、そちらの正体を知ったうえで来たんですからね」 は叫んだ 「どう思う、マーラ ? この女がクラッグ族なのは、まちがいない 。オしか ? 」男「そこまでだ。手をあげろ」 か ? もっと高度なレネル・タイプだという可能性よよ、 それは、不意打ちのはずであり、状況の鍵を握っているのは彼の の声である。娘の言い分は認めた様子だが、そこには相変らず嘲り と、何物も抑えることのできない意志と、すさまじい確信がこもつはずだった。しかし、そう思ったのは、ほんの一瞬にすぎなかっ ていた。 た。誰一人として、彼のほうを向いたものはなかった。ジールと呼 の、いばれる男は、あの娘とむかいあって立っている。マ 1 ラと呼ばれる ところが、大立回りを目前にしているにもかかわらず、リー から脅威はとっぜん遠のいていた。彼の記者の頭脳は、今ここでお女は深い椅子に腰をおろし、金髪の頭をその背にもたせかけて、美 こっているできごとの途方もない意味を考えるほうに、いやおうなしい横顔を彼のほうに向けていた。彼のひとときの勝利感を打ち砕 いたのは、その女だった。女は彼を見ようともせず、男装した娘に くねじまげられていた。 言った 十五人分の生命エネルギー すべてがそこにある。想像を絶することだが、それで何もかも説「連れが、こんな間抜けな人間の男でかわいそうね。怪我しないう 明がつく。血液と生命エネルギーを吸いとられた二つの死体、たびちにさっさと逃げるように言ってあげたら」 ごめんなさい、あなたを巻添えにしてしま たび引合いに出される銀河オブザー 1 という言葉、その指令で動娘が言った。 って。あなたのはいってくる動きは、みんな聞かれ、観察されてい いている娘。彼は、女が話しているのに気づいた。 「クラッグよ ! 」女はきつばりと言った。「言いわけなんか気にし たの。あなたの心がこの情景に慣れたときには、もう遅すぎたの ちゃ駄目、ジール。知ってるでしよう、あたしは女には敏感なのよ」 ) ーっていうの ? 」女が問いつめるように言った。「はいっ よ。嘘ついてるんだわ。あたしたちが慌てふためくと思ってのこの「彼、 こやってきた馬鹿な女よ、きまってるわ。好きなように殺しちゃってきたとぎ、どうも見た顔だと思ったわ。新聞のコラムに出ている
こうなったら、あいつの正体をむ糸口はーー」 においが鼻孔をくすぐりはじめた。体がうかびあがり、宙をすべっ ていく感覚がおそった。声が薄闇の奥から語りかけてきたが、あま女の声は続いた。しかし彼の頭脳は、相手が誰であるかを知った りにも遠いので一言も聞きとれなかった。そこにあるのは、音と、 ショックで、まったく用をなさなくなっていた。・こんな短時間に味 時とともに強まる確信だけだった。かすかな、奇妙な音。それが伝わうにしては、恐怖があまりにも大きすぎたのだ。しばらく彼はま えようとしているすばらしい言葉が、もうすぐ聞きとれるようになるで子供のようだった。しかし、やがて様子をうかがいながら一心 るという確信。 に脱出を考えはじめた。べッドの、女から遠いほうの側へにじりよ それを聞きたい、湧きあがるざわめきの中にとけこんでしまいた り、・ハスルームへと走りだすことができれば いという思いは、打ち寄せる波に似たリズミカルな感情の盛りあが「リーさん」女の声がひびいた。「馬鹿なことを企むとどうなるか りとなって、彼を誘った。しかし約東された言葉の意味は、なかな わかってるわね。あんたを殺すつもりで来たのなら、眠っているあ か明なされなかった。自分本位の思考はきれいに拭いさられてい 、だに簡単にできたのよ。そこのところを考えるのね」 た。そこには、もはや無意味な歌声しかなかった。快いガスは、彼 リーは乾いた唇をなめながら、じっと横たわり、知恵をふりし・ほ を眠りの一歩手前で引きとめながら、その流量を微妙にコントロー った。女の言葉が、彼には信じられなかった。「ここへーー来たー ルして、彼の心を意識の淵の奥底へとおろしていった。安らぎがと ー目的はーー何だ ? 」どうにか、それだけ言った。 うとう訪れた。まだ局所的には目覚めているが、今ではあの声さえ「情報 ! 」と、そっけなく。「あの女は何者なの ? 」 も暗黒の中に呑みこまれようとしていた。それは、頭脳のはるかな「知らん」彼は、女の顔があるあたりの暗闇に眼をこらした。眼が 深みで、しばらくのあいだ優しい、親しげな、美しい余韻をひびかさっきより光に慣れ、金髪のかすかなきらめきを見ることができ せていたが、やがて遠のいていった。唸りをあげる機械のかたわらた。「知っているとーー・思っていた」そもて、なめらかな口調をい で、彼は人工催眠による深い眠りにおちた。 ・ハ 1 が誰かわかってる くぶん取り戻して、言った。「銀河オ・フザー 眼をあけたとき、部屋の中は暗く、隅にある椅子のかたわらのフような口ぶりだったから、あの娘の正体もそのうちつきとめるだろ ロアスタンドに、明りがともっているだけだった。その光に照らさうと思ってたよ」 れて、黒っぽい服を着た女が椅子にかけていた。しかし顔は、丸い 女が微笑したように思えた。「あれは、あんたたちを油断させ 光のそとの暗がりの中にあって、見えなかった。彼が身じろぎしたて、状況をこっちに有利なようにひっくり返すために言ったのよ」 にちがいない。影の中にあった顔が、それまで読んでいたタイプラ胸苦しさは、まだ消えない。しかし、その原因となった絶望的な イター用紙大の紙の束から眼を離し、とっぜんこちらを見たから恐怖は、自分の弱点を暗に認めた女の言葉によって薄らいだ。彼ら ドリーフ族は、リーがはじめ考えていたほど超人的ではないのだ。 だ。ドリーフ族の女、マーラの声が言った 「あの娘、あなたの下意識の記憶をみごとに消してしまってるわ。安堵とともに警戒心がおこった。気をつけろ、と彼は自分に言いき 7
ラ ! それから生命も ! 」 女が身じろぎした。つかのま彼女は、生命を吹きこまれた金髪の 7 人形のようだった。完璧な線をえがく類には、まだ血の気はない。 宇宙船のコントロール・ルームを横切り、女が硬直したように身だがその眼には、みるみる油断のない光があらわれた。硬化する敵 じろぎもせす横たわる寝台へむかうあいだも、男の心にはためらい 意をあらわにして、なかば問いかけるように、彼女は男を見上け が重くよどんでいた。彼は女の上にかがむと、深みのある声で言っ 「仮死状態だったのね」と言った。そのとたん彼女は人形ではなく 「減速をはじめたよ、マーラ」 なっていた。視線が彼の上にとまると、その顔から愛らしさが消え た。そして、「まったくお笑いね、ジール、あんたがまだビン。ヒン 返事はない。動きもない。そのデリケートな、異常に蒼日な類 は、。ヒクリともしない。形のよい鼻孔が、規則的な呼吸にあわせしてるなんて。もし、あんたがーー・」 て、ほんのかすかにふくらむ。だが、それだけた。 冷ややかに、油断なく、男は見つめている。「よせったら」ぶつ ドリーフ族の男は、女の腕を持ちあげ、そして離した。腕は、生きら・ほうに言った。「おまえがいれば、エネルギーを浪費するだけ 命のない薪か何かのように、彼女の膝におちた。体のほうは、不自だ。わかってるだろう。どっちみち、これから着陸するんだ」 然に硬直したままである。男は注意深い動作で女の片眼に指をあてのような気魄が、彼女から薄らいだ。、苦しそうに体をおこしな ると、まぶたをあげて覗きこんだ。眼が男を見かえした。どんより がら、考えぶかげに彼女は言った。「危険はどうなのかしら。そこ ひとみ した、意識のない・フルーの眼眸。男は体をおこした。飛び続ける宇は、銀河圏の惑星じゃないんでしよう ? 」 宙船の静けさの中に立ちつくすその姿は、残忍冷酷な打算の権化の 「このあたりに、銀河人はいないよ。だがオブザー ようだった。彼は灰色の思考をめぐらした。「今、生き返らせれこ二時間ばかり、秘密の超波信号がはいっていて」 , ーーその声に嘲 ば、おれを襲う時間をくれてやるようなものだ。まだ体力もある。 りがこもったー・ーー「この星系は、まだ銀河圏惑星と接触する段階に もう少し待てば弱るだろう」 達していないから、近づかないようにと警告している」 彼はゆっくりと緊張をといた。広漠とした宇宙の夜の中で、この 男の思考の中にあった悪魔的な喜びが、今の口調かあ伝わったの 女とともに過ごした年月の疲れが、彼の超人的な論理を打ち砕こう かもしれない。女は彼を見つめると、ゆっくりと眼を見開いた。そ と忍び寄っていた。冷たい憐れみが彼を動かし、決断がなされた。 して囁くように、「ということはーーこ はがね 彼は注射器を用意するど、女の腕に射った。灰色の眼に鋼のような 男は肩をすくめた。「もう信号は最大ポリュームではいっている 光をたたえながら、女の耳元に口を寄せる。鐘の音を思わせる、よはずだ。こいつがどの段階の星系か調べてみよう。しかし今から期 く響く声で、男は言った「星系が近い。きっと血があるそ、マー待していても失望しないと思う。せ」 - 一 0
かせた。甘く見ると怖いぞ。しかし、こうロにせずにはいられなか気のない街路を想像した。見捨てられた街路ーー見捨てられた彼。 そう、彼が頼れる人間はどこにもいないのだ。彼の友人は、この広 6 「見たところ、きみの言うその逆転劇も大した成功じゃなかったよ大な世界のあちこちにたくさんいる。しかし彼らが総がかりになっ うだな。きみのご亭主は、 いつでも・ほくを捕まえられると言ったても、いま明りの下にひっそりとすわり、影の中から彼を観察して が、【それを聞いて、・ほくが姿をくらますことだってありえたんだ いるこの女が相手では、一オンスの力も貸すことはできないし、こ の暗い部屋の中に一すじの希望の光をもたらすこともできない。 女の声には、かすかな侮蔑がこもっていた。「あんたが少しでも リーは精一杯の努力で落着きを取り戻した。そして女に言った。 心理学を知っていれば、あのこともなげな脅しが逆にあんたを落着「いま読んでいたのは、・ほくのサイコグラフ・レポ 1 トだろう。何 かせてしまったことに気付いたはずだわ。その証拠に、あんたは最と書いてあった ? 」 小限の防御策さえ講じていなかったじゃない。それにあの娘は、あ「がっかりだわ」女の声は遠くから聞えてくるように思えた。「食 んたの身の安全なんか何も考えてなかったようね」 事について注意が書いてあるだけ。不規則な食べかたをしているよ それが、意識的に仕組まれた巧妙な戦術であったことを知って、 うね」 リーはふたたび恐れが戻ってくるのを感じた。心の奥底で、彼は考女は冗談を言った。そのふざけた口調は、彼女をいっそう非人間 えた。「このおかしな出会いに、ドリーフの女はどんな結末を用意的に見せただけだ 0 た。そんな冗談は、なぜか彼女にはおそろしく しているの、だろう ? 」 不似合いだった。彼女が越えてきた暗い、茫漠とした虚無、彼らを 「もうわかってるでしようけど」と女は静かに言った。「あんたが この無防備な地球へとかりたてた奇怪な欲望ーーーそういった現実 生き下いれば、もちろん役に立っーーでも、死んでくれても、こちが、違和感をきわだたせたのかもしれない。 リ 1 は身震いしこ。 らには都合がいいのよ。簡単には、どちらとも決められないわ。まが、そんな自分に気づき、ひたすら考えた。「畜生、おれはひとり あ、、落度のないように、、誠意をこめて、あたしたちに協力することで勝手にこわがっているのだ。彼女がそこの椅子にかけているかぎ ね。あなたの役割には限界はないんだからー り、おれの身に危険はないのだ」 なるほど、そういうことか。一滴の汗が、リ ーの頬を流れおちそして、こう言った。「そのサイコグラフに何も書いてないのな た。タ・ハコを取ろうと、 ' 枕元のテー・フルにのばした指は震えてい ら、残念だが、きみのお役にはたてないわけだな。そろそろ出てい た。お・ほっかない手つきでタバコに火をつけたとき、彼の視線は窓 ってくれないかね。そんなところにいられると、どうも落着けな に吸いつけられた。彼はかすかなショックを感じた。雨が降ってい るのだ。激しい雨は、音もなく防音ガラスを叩いていた。 女が笑うのではないかと、漠然と期待した。だが彼女は笑わなか 彼は、夜の雨に濡れそ・ほり、その華やかさをすっかり失った、人った。じっとすわったまま。影の中で、その眼が鈍く光っている。
コントロール・ポードの前に立っと、彼は慎重に部屋の明りを消し折ってやる ! ーと男はどなった。 し、自動装置のスイッチを入れた。むかい側の壁のスクリーンに映女は投げとばされたフロアの上で、笑い声をあげた。押し殺され 像があらわれた。はじめは星空のまん中に、一つの輝く点があるだ た怒りのため、女らしさは徴塵もない。女はどなりかえした。「お けだった。やがて、それは暗い宇宙空間にうかぶ一個の明るい惑星まえこそ、こっそり余分な″生命みをためこんでいたくせに。裏切 となった。大陸や海がくつきりと見えている。スクリーンが声を発りもの ! 」 男のうちの屈辱感は、怒りが無駄なことを悟るとともに消えた。 「この星系で、知的生命が存在する惑星は一つ。太陽から数えて一一一すでに筋肉に重みを加えはじめた脱力感に体をこわばらせて、彼は 番目のもので、それを支配する種族は、地球と名付けている。銀河コントロール・ポードにむかうと、熱にうかされたように、宇宙船 人の植民は、およそ七千年前、従来の方法で行なわれた。現在、そを正常の時空に戻す装置の調整をはじめた。 れは第三級の文明を持ち、百年あまり前から、限定されたかたちで エネルギーを求める肉体の衝動がみるみるうちにふくれあがっ 宇宙旅行を行なっている」 た。どす黒い、容赦ない欲求だった。二度、嘔吐の発作におそわれ 男はすばやい動きで映像を消し、明りをつけると、勝ち誇った顔て寝台によろめいた。しかしそのたびに、全力をふりし・ほってコン つきで女にむきなおった。「第三級だ ! 」その声には、ほとんど信 トロール・ポードに戻った。しかし、さしもの彼も、全身を麻痺さ じかねているような響きがあった。「まだ第三級なんて。マーラ、 せてゆく硬直感はどうすることもできず、コントロールにむかいあ これがどういう意味かわかるか ? 千載一遇の機会た。おれはドリ ったまま頭をたれてすわりこんだ。彼は宇宙船の速度を充分におと テリー 1 フ族を呼ぶよ。これでタンカー五、六隻分の血と、 いしきっていなかった。そのため第三惑星の大気圏に突入したとき、 つばいの生命エネルギーを手に入れることができなかったら、おれ船はまばゆい白色に燃えあがった。しかし堅固な金属はもちこた たちに不死の資格はない」 え、やがて恐るべきス。ヒードは、逆墳射装置のすさまじい活動と、 男は通信機にむかった。その歓喜の一瞬、警戒心は心の奥へ押し一マイルごとに高まる気圧に屈した。 やられていた。視界の片隅に、寝台のヘりから跳躍する女の姿が見女が、彼のふらっく体を小さな救命艇に助け入れた。彼は体力の えた。身をかわしたが、遅すぎた。その動作は、部分的に彼を救っ回復を待ちながら、じっと横たわり、下方のきらめく光の海に熱心 たにすぎなかった。二人が接触した部分は、唇ではなく頬だったのに眼をこらした。それは、この見知らぬ世界の夜の側に、はじめて 見えてきた都市の光だった。彼がぼんやりと見まもる前で、女は小 青い炎が男から女へと走った。燃えるエネルギーが、一瞬に彼の艇を、とある露地裏の倉庫のかげの暗がりへと着陸させた。救いが 頬を赤く焼けただれさせた。フロアに倒れかけたが、激しい苦痛にとっぜん近く感じられてきたせいか、足に力が戻った。彼は女と並 耐えかねたかのように、女から体をふりきった。「きさまの骨をへんで、近くにある住宅区の薄暗い街灯に照らされた通りへとむかっ 7
写真とそっくりじゃない」女の声は異様な熱をおびた。「ジール、 記者よ ! 」 答えたのは、男だった。「おれは退却のほうをおすすめするね。 6 「もう用はない」と男が言った。「銀河オ・フザー ・ハーが誰かは、わこっちにも、まだ勝ち目はあるんだ。だけど、おれは、九死に一生 かってるんだ」 なんてことになりかねない危い橋をわたる男じゃないんでね」そし わきぜりふ 「え ? 」とリー。 男の驚くべき言葉に、彼の心は緊張した。「誰なて、女にむかって傍白をつけ加えた。「マーラ、どうせ相手はわか んだどうしてそれをつきとめた ? 何でーー・」 ってるんだ、リーはいつでもっかまえられるさ」 「そんなこと」と女が言った。その声に含まれている奇妙な要素が娘が言った。「先に出て、 リーさん」リーは一言も異議をはさま 期待であることに、彼はとっ・せん気づいた。「あんたが知ったってず、言われるままにした。 しようがないわ。この女がどうなろうと、あんたはここにいるの 地下道を走りだしたとき、うしろで金属のドアが激しく締まる音 よ」 が聞えてきた。ほどなく彼は、娘がかたわらを軽々と走っているの に気づいた。 男の許可を求めるように、女はそちらをちらっと見た。「ねえ、 ジール、約束したじゃない」 この奇妙に非現実的な、信じられぬほど殺伐な小さなドラマは、 意味が理解できないリーには、自分の身に危険が迫っているといそれが始まったときと同様、まるで夢のように終ってしまったので う実感はいっこうに湧かなかった。その言葉は、たいした抵抗もなある。 く彼の耳を素通りした。むしろ彼はいつい今しがたまで気づかなか った一つの現実に気を奪われていたのだ。彼は穏やかに言った。 「今あなたは″この女に何がおころうと″と言った。その前、・ほく かはいってきたときには、こう言った。″怪我しないうちに逃げる コンスタンチンを出ると、灰色の光が二人をつつんだ。歩道はた ように言ってあげなさい″と」リーは残忍な微笑をうかべた。「つそがれ時で、夕食に遅れまいとしてか、人びとは心配げに奇妙に足 い二、三秒前まで、危険におちいっているのは、確かに・ほくらだっ早に通りすぎていく。街には、夜のとばりがおりようとしていた。 た。だが、その言葉があてはまる立場にいるのは、今度はあんたた リーは連れに眼をやった。夕暮の薄暗い光の中で見る彼女は、その ちのほうだぜ。今その理由に気がついたんだ。 活発な歩きかたといい そのしなやかな、すらりとした体つきとい すこし ~ 則、そこにいるジールは、・ほくのガール・フレンドにむか どこをとってもまさしく少年だった。彼は少し笑った。はじめ って、銃をあげるようにと言った。今になって見ると、たしかに彼は、かすれた声で、あとの部分には、冷たい響きを含ませた。 女は銃をあげたんだ。ぼくがとびこんだのも、無駄じゃなかったわ「いったい、あれはどういうことなんだ ? 危機一髪のところで逃 けだ」彼は娘にむかって言った。「撃とうかーーそれとも退却しょげだしたのかい ? それとも、・ほくらのほうが勝ったのか ? きみ 4
った。「正常です、まったく正常です」 ここで彼はなにをしているのか ? なにが起ったのか ? 「しつに不思議たーと、あから顔の男が言った。 さっきのひげを生やした医者が、若い女を伴ってもどって来た。 「不思議しゃない。いままで、死の衝撃を過大視していたたけなの「先生、この方は大丈夫なんですか ?. と、若い女がきいた。 です。極端に過大視していたんです。近く出るわたしの本がこの点「まったく正常です」と、老人の医者が言った。「模範的接合とで を解明しますよ」 も言いましようかね」 . 「うむ。それにしても、再生の抑圧は , ーー」 「では、インタビューを始めてもよろしいですか ? 」 「ナンセンスですーと、老人がきめつけた。 「いいですとも。もっとも、この人の行動は保証しませんよ。死の 「・フレイン、気分はいいかね ? 」 衝撃が非常に過大視されていたのは確かですが、やはり多少の危険 「ええ。しかし、これはいった、 「どうです ! 」と、老人の医者が勝ち誇ったように言った。「生き「ええ、けっこうです」と、女は・フレインに近・つくと身をかがめ 返って、しかも正常です。さあ、レポートに連署してくれますねた。なかなかの美人だ、とプレインは思った。目鼻立ちがはっきり し、目が生き生きとかがやくようだ。長い、つやつやした茶色の髪 「止むをえないでしような」と、あから顔の男が言 0 た。二人の医は、小さな耳のうしろに、すこしきつめなほどひきつめられ、あた 者は出て行った。 りにはほのかな芳香がただよっている。本当はもっと美しくてもよ ・フレインは、三人がなにを話していたのかもわからぬまま、出て いはずなのだ。表情に動きが少なく、ほっそりとした体に整いすぎ 行く二人の後姿を見守っていた。太った、母親タイ。フの看護婦がべ た固さがあるために、美しさが損われているのだ。この女が泣いた ッドのそばへやって来た。 り笑ったりするのを想像するのはむずかしかった。まして寝た姿を 「ご気分はいかがです ? 」 想像することは無理だった。彼女には、どこか、狂信者、あるいは 「いいです」と、・フレインは答えた。「でも答えてください 」献身的な革命家といった風情があった。だがそんなことは本人の好 「申しわけありません」と、看護婦が言った。「まだ質問は一切いき不好きだ。他人の詮索すべきことではない。 けないことになっています。ドクターの命令です。これを飲んでく「こんにちは、・フレインさんーと、女が言った。「わたくし、マリ ださい。元気が出ますよ。さあさあ。心配はいりませんよ。万事う ・ソーンですー まく行っているんですから」 「こんにちは」と、・フレインも元気よく答えた。 看護婦は出て行った。彼女のはげましの言葉は、彼をふるえあが「プレインさん、ここはどこだと思っていますか ? 」 らせた。万事うまく行っているとはどういう意味なのだ ? それは「病院のようですね。ぼくはーー・・」彼はロをつぐんだ。女の手に握 6 なにかが悪いということなのだー なにが ? なにが悪いのだ ? られている小さなマイクに気づいたからだ。
ることはできないわけだ。しかし何らかのかたちで攻撃してくるこ そのまま放心状態で通りに出ようとする彼を、女の指が露地の影とは覚悟しなけりゃならない。それに、大銀河人が加担していない 7 へと引き戻した。「気が狂ったの ? 」と女が囁いた。 " 「横になって。 ことを祈るのがせいぜいだな」 誰かが来るまで、ここで待つのよ」 「大銀河人 ! 」彼女の囁きは、驚きのあまりほとんど声にならなか 体に触れるコンクリートはかたかった。しかし、そんな苦痛にみった。しかし、すぐ自制を取り戻すと、腹をたてたようにつつかか ちた休息でも、しばらくするとかすかな力の回復が感じられ、苦々った。「おどかさないで。あんたはしよっちゅう、そのーーこ しい思いを口に出すことができるようになった。「おれが気をつけ「わかった、わかった ! 」彼はうんざりしたように疲れた口調で言 てためておいた″生命を、おまえが盗みさえしなかったら、こんった。「やつらがおれたちを虫けらほどにも思ってないことは、こ 弱りきっているにもかか な危い橋をわたらなくてすんだんだ。おれが元気でいたほうが有利の百万年来わかってるんだ。だから」 「これくらい文明 なことは、わかりきっているじゃないか」 わらず、その声にさげすみの調子がこもった すぐそばの闇の中で、女はしばらく沈黙していた。やがて反抗的段階の低い惑星には、どんな調査員を送りこんでるかわからない。 のち な呟きが聞えてきた。「血を入れ換えて、″命″を新しく補給すおれたちを止められるものなら、止めてみろだ」 る必要があるの - は、お互いさまよ。少し余分にあんたからとりすぎ「しつ ! 」囁き声は緊張していた。「足音よ ! 早く、立って ! 」 彼女の黒い影が立ちあがるのに、彼は気づいた。つぎの瞬間、両 たかもしれないけど、それは、盗まなきゃならなかったからだわ。 手が体を引っぱった。めまいを感じながら彼は立ちあがった。 あんたが、わざわざくれるわけじゃないし」 カ時がたつに 「この体じゃ、どうもーーー」弱々しく彼はロをひらいた。 口論の無用さに気づき、男はつかのま沈黙した。 : 、 「ジール ! 」囁き声が彼を叱咜した。女の両手が体を揺さぶった。 つれ、恐るべき肉体の欲求がふたたび思考をおかした。彼は重い口 のち 、″生命″なのよー 「男と女よ。″生命″よ、ジール で言った 「おれたちの来たことが知れているのは、承知のうえだろうな。仲生命かー 間が来るまで待っていたほうがよかったんだ。この星系の銀河オプ彼は体をおこした。暗い旅路とそれ以上に暗い年月にもめげず彼 ・ハーが、外惑星の軌道まではいらないうちに、おれたちの船ををここまで運んできた、決して消すことのできない生命力の火花 とこへ行こうと、やつらは追 が、ふたたび激しく燃えあがった。軽々と、すばやい動きでマーラ 見つけてしまったことは間違いな、。・ 跡装置で追っているはずだ。船をどこへ埋めようと、正確な位置はに追いつくと、大股に明るみの中に出た。そこには、男と女の二人 ちゃんとわかるんだ。星間駆動のエネルギーは隠しようがない。そ連れの人影が見えた。街路樹のつくる薄暗がりの中を、二人連れは れに、やつらのほうでは、第三級の惑星にそんなエネルギーを持ちこちらにむかってやってくると、彼らを通すために道をあけた。先 こむことはまちがってもしないから、こちらから同じ方法で探知すに来たのは女だった、それから男ーー・彼の筋肉の中にまだ充分なカ
彼は信じなかった。女の顔は眼前六インチにどのところに迫ってして女のぐったりした体を抱きおこした。二人の唇が合い、ふたた いた。はやる心を抑えようとする、すさまじいまでの努力が、かえび青い閃光が、男から女へと走った。やがて女が呻きながら身じろ ってそこに死を暗示していた。彼の唇を吸うつもりなのか、彼女はぎを始めた。男は彼女を乱暴にゆさぶった。「この間抜け女 ! な 口をす・ほめた。その唇は、異様な欲望をむきだしにして、こわばんでこんな馬鹿なへマをしたんだ ? おれが来なかったら、このま り、ぶるぶると震えている。この世のものとも思われない、みだらま死んでいたところだそ」 「わかーーわからないわ」その声はか細く、年老いていた。彼女は な光景たった。息を吸いこむたびに、鼻孔のひろがるのが見えた。 彼女に匹敵するくらいたくさんキスの経験を積んだ人間が、地球上男の足元にくずおれると、疲れきった老婆のように力なく横たわっ にかりにいたとしても、今の彼女ほど興奮することはあるまい。もた。その・フロンドの髪は乱れ、不思議に色あせて見えた。「わから ないの、ジール。こいつの生命エネルギーをもらおうとしたのよ。 ちろん彼女の目的が、たんなるキスだとしての話だが。 そうしたら、それが逆にーー」 「早く ! 」と、あえぎながら、「力を抜いて ! 」 リーはにとんど聞いていなかった。そのとき、彼の頭脳に宿って彼女はロをつぐんだ。その青い眼が大きく見開かれた。彼女はよ いたもう一つの心が、信じられぬほどの素早さで意識の表面に押しろめきながら立ちあがった。「ジール、この男、ぎっとスパイよ。 ーー」その声 の耳に、自分の声が聞えた。「あんたの魅こんなことのできる人間がいるはずはないわ。ジール 寄せてきたからだ。リー 力に負けたよ。信じよう。キスしてくれ。なんとか持ちこたえられにとっぜん恐怖がこもったーー「ジール、出ましょ , う。わからない の ? こいつは、あたしのエネルギーを奪ったのよ。今はここに寝 るたろうーー」 青い閃光。そして苦痛に満ちた、燃えるような感覚が、神経系をているけど、この男をコントロールしているものが、エネルギーを 使いだしたらーー・」 通じて彼の全身にくまなくひろがっていった。 ロしナ「ただの人間じゃな 苦しみは、まもなく、無数の小針が皮膚を刺しているような一連「安心しろよ」男は彼女の手をそっと卩、こ。 いか。おまえのエネルギーを取ったかもしれん。だが、それも間違 の小さな痛みに変わった。全身のうずきにかすかに身悶えながら、 って流れこんだだけなんだ。人間を使って、おれたちにはむかわせ リ 1 は自分が生きているのに愕然とし、目をあけた。 続いてやってきた驚きは、純粋に彼だけのものだった。女は、重るには、もっとほかのものも必要た。だからーー」 ね合わされた唇を半ば引きはがしたそのままの格好で、彼の胸の上「あなたはわかってないのよ ! 」 彼女の声は震えていた。「ジール、白状するわ。どういうことか にぐったりと倒れかかっていた。そして彼の頭脳内部では、もう一 つの心、例のまばゆく燃える精神体が、そのときふらりと部屋にはわからないけど、生命エネルギーを逆に奪われたのは確かなのよ。 いってきたドリーフ族の男の反応をじ 0 と観察しているのだった。今までは、うまくいったんだもの。地球にいたあいだに、四回抜け 8 男はすらりとした長身をこわばらせると、すぐに駆けよった。そだしたの。そして歩いている男たちを襲ったわ。あとで死体を融か
やがて女は言った。「このレポートを、いっしょに検討してみましっていたからだ。この悪魔のような女の狙いは、的を射ているので 。ないか ? そして、彼にはそれを喰いとめるだけの力も、嘘をつ ようか。あんたの健康についての注意書きは、ここでは関係ないか くだけの気転もないのを見通したうえで、破減的な答えをやすやす ら、まず外すわね。でも、もうすこし詳しく知りたい要素がかなり 1 の正体をたちまち と引きだしているのではないか ? オブザー あるの。アンガーン教授とは誰 ? 」・ 「この機械催眠の方式を発明し見抜いた彼女の超人的な思考力に、彼は道理に合わぬ、だまされた 「科学者だ」リーは正直に言った。 たのは、彼なんだ。例の殺人の件では、協力を求められている。変ようないらだちをお・ほえた。考えてみれば、そう、アンガーン教授 に力もないのだ。 質者の犯行と思われたからだ」 アンガーンは、神秘的な人物である。科学者であり、おそろしく 「彼の顔や体つきはわかる ? 」 「会ったことがないんだ」リーはすこしゆっくりした口調で言っかけはなれたさまざまな分野で、非常に複雜ないくつもの発明をな ーにはこたえたことはないし、いま手許に写真もしとげている。木星の衛星の一つにほど近い小惑星に居をかまえ、 た P 「インタビュ ハトリシアという娘と暮している。なんてことだ、パ ない。ではーーー」彼はためらった。ごく一般的な知識を与えてい ハトリシアだー るにすぎないのだが、それすら危険かもしれない。 「その噂は、こうじゃない ? 異常に人を惹きつける魅力を持って動揺する思考の流れは、女の声でさまたげられた。「あなたの社 いるが、その顔には、 , 内的な苦悶を示す皺がきざまれている、何かから、ここのレコーダーに情報を送らせることはできるの ? 」 を耐え忍んでいるというような」 「うーうん」気のすすまない様子があからさまだったのか、女は光 「何を耐え忍んでいるんだ ? 」 ・リーは鋭く問いかえした。「何を言の中に体をのりだした。つかのま、彼女の金色の髪があざやかにき っているのか、よくわからないな。写真でしか見たことはないが、 らめいた。淡いプルーの瞳が、奇妙にユーモアの欠けた、悪魔的な それだと、ちょっと疲れの見える、整った「感受性の強そうな顔と喜びをあらわにして見つめていた。 いうだけだ」 「あら ! 」と女は言った。「やつばり、あなたもそう思うわけ ? 」 「どこかの図書館に、それ以上の資料はないの ? 」 彼女は笑った。異様な、音楽的な笑いだった。異様なのは、それ 「プラネタリアン通信の資料室にもあるかもしれない」と言ったリ がぶつきら・ほうでありながら、同時に耳に快かったからだ。笑い声 1 は、うつかり余分な知識を与えたことに気づいて、舌を噛みそうは高い調子になり、そこで不意に、不自然にゃんだ。そして、つぎ になった。 の瞬間ー 1 ー動いた様子はないのにーー彼女の手には金属の物体があ り、それは彼を狙っていた。彼女は、耳ざわりな割れた声で命令し 「死体置場 ? 」と女はきいた ( 新方 ) 。 た。「ペッドからおりて、レコーダーを動かすのよ。言うまでもな 9 リーは説明した。が、声は内心の怒りのために震えていた。しば いことだけど、必要なこと以外は、何もしないし、何も言わないこ らく前から、ある漠然とした考えが、彼のうちでしだいに大きくな