しながら、まわりの家具と、そこに坐っている二人の人間を眺め回「考えさせてくれ、考える時間が欲しい 「聞いて、テリイ。フランクリンのことをなんて呼べば、 テピアノト かる ? ひ、と、ご、ろ、し、よ」 「あの変異種なの ? 」 デピアント 「あの娘は、たたのニュートだよ」 「その変異種さ」 「あの娘 ? 「どうするつもりだったの ? 」 「たぶん。調べたわけじゃないが」 ノリスはきまり悪けにいった。「おれのやりそうなことは、知っ 「素晴らしいわね。あなたの心は、なんて都合がいいの。本当に素 てるはずだろう」 晴らしいわ」 「玄関で何をしようとしてたの ? 」 「どちらにしろ、フランクリンは、必ず見つけ出すさ」 「いいか、正常性テストが終ってから、奴らが彼女に何をしよう と、それはおれの知ったことじゃない」 「どうやって ? 」 「そうかしら ? 私の目を見て、テリイ : : : そうじゃないわね、そ 「フランクリンが、他人を信じるなどと思っているのか ? 」 んな苦しそうな目をして : : : テリイ ! 」 「それで ? 」 「それで、たぶん彼は、アンソロポス社の地区卸事務所から、全部 ノリスは目をそらすと、両手で頭を抱えたまま、爪先を落ち着き のニュートのシリーズ番号の名簿を手に入れているだろう。おれた なく動かしながら絨毯の模様を見つめた。「考えさせてくれーー考 えさせて」 ちの二重チェックとしてな。だから、引き渡してしまうほうがいし んだ」 「あなたが考えている間に、あの娘にご飯をやってくるわ」アン こっちにいらっしゃ 「わかったわ。さもなければ、あなたが困ったことになるわけね が、きびきびした口調でいった。「。ヒアニー 「もし、おれがやるはずのことを、やらなければね」 「どうして名前を知ってるんだ ? 」 「自分で教えてくれたのよ。きまってるわ」 「誰が決めた掟なの ? 」 ノリスは、いらだったように、咽喉もとのカラーを引っぱった。 呻き声をあげ、暗い気持のまま、ノリスは考えを集中しようとし 自分を凝視しているニュートに視線を移した。「よし、よし」っぷ た。だが家の中は、アンらしさに満ちていた。それはノリスにさえ やくようにいって、招き寄せるように手を差し出して、指を動かし影響を与えていた。しばらくして、ノリスは椅子から立ち上がり、 た。ニュートは、怯えたように、ちょっと後じさりした。 動物小屋に行くために外へ出た。あそこなら、客観的に考えること 「テリイ、ごまかさないでちょうだい」 ができるだろう。だが、それも誤っていた。動物小屋は、フランク うち 「家に帰して : : : おじいちゃんは ? 」 リンと、彼が代表している機構とでいつばいだった。最後に、ノリ グプル しし、か , わ 幻 5
移り、それから再び下に向けられるのを、ノリスは見つめていた。 ノリスは、わけがわからないといったしかめ面で、アンを見つめ アンはもはや怒っているのではなく、ふさぎ込み、彼から遠ざかろた。「きみが、擬出産パーティに行きたいというのかい ? 」 うとしているだけだった。ノリスはアンの腕に触れた。彼女はそれ「どうしても、というわけじゃないけれど。でも、まだ一度も行っ に気づかないようだった。 たことがないのよ。それで、ちょっと見てみたいだけよ」 「お仕事、大変でしたの、テリイ ? 」 ノリスはゆっくりとうなずいた。重苦しい気持だった。アンは薬 「たいしたことはない。い・ すれにしろ、十三匹の内、九匹のニュー を塗り終えると、軽くノリスの頬をたたいて、楽しそうな笑みを浮 トたちを収容したのだから。トラックの中にいるよ」 かべた。 「全部連れてこなくて良かったわ。十二しか空いている檻はないの 「さあ、テリイ。あなたの九匹のニュートを車からおろしてやりま しようよ」 ・ヨージズが一匹、連れていったんだね 「十二だって ? ああ、シ ノリスは黙ったまま、彼女を見つめていた。 「今朝のことは忘れることにしましよう、テリイ」 「それから、小包みを持ってきたわ」 / リスの顔を見つめながら、 彼はうなずいた。アンが突然、顔をそむけた。唇が小刻みに震え しー ている。「あなたのーーーあなたの仕事は、誰かがやらねばならない 「小包み ? どこにある ? 」 ものなのねーー」大きく唾液を飲み込むと、背を向けた。「小屋に 「火葬炉の中に。息子さんが、あそこに入れていったのよ」 行っているわ」快活そうに息を吐き、それからドアに向かって、広 ノリスは咽喉の奥の固い物を呑み込んだ。黙りこんでいた。 間を急いで横切っていった。ノリスはアンが行くのを目で追いなが 「ああ、そうだわ、あなたーースレードの奥さんから電話があったら、複雑な表情で顎をかいていた。 の。どうして今夜、出かけることを教えてくれなかったの ? 」 しばらくしてから、ノリスは再び電話の記憶サービスのダイアル 「出かける ? 」その声は少し間が抜けたように響いた。 を回した。「この番号のところにつないでおいてくれ」自分の身元 「そうよ、スレードさんは、あなたから返事がなかったといってい証明を終えてから、ノリスは機械に命じた。「もしもイエーツか、 たわ。私は、行けませんとはいえなくて、少なくとも私は参りますフランクリンが電話してきたら、私が返事をするまで呼び出しを続 といっておいたのよ」 けてくれ。それ以外の電話なら、記録するだけにしておいてくれ」 「きみが 「あなたの命令は受理されました」機械の回路が答えた。 「あなたのお返事はしなかったわ、テリイ。行きたがってはいるで ノリスはアンがニュートロイドを積みおろすのを手伝いに、小屋 しようけど、仕事があるので、どうなるかわかりません、といってまで行った。 おいたわ。あなたが行きたくなければ、私一人で行ってくるわ」 非常に大きなコンクリート造りの小屋の中に動物の檻が収められ よ」
た。「。ヒアニーの代りになってくれ」そういって、その死体を床のして、それをしつかり締めようとした。ソケットのところにも、ガ 0 中央に横たえた。 ドカーン 3 スが来ていたんだろう。フランクリンが触れたとたん 2 それから家へ戻ると、睡眠薬を水に混ぜて、ビアニーに無理やりというわけさ」 飲ませた。 「どうして、ガスが出ているのに、蓋が開いていたんた ? 」 「こうしておけば、警官がやってきたときには、静かにしていると「さっき、 いったたろうーーーおれたちは、導入管を調べていたん いうわけさ」ノリスはアンに説明した。 だ。もし蓋を閉じたりしたら、自動装置にスイッチが入ってしまう アンは床を踏み鳴らすと尋ねた。「何が起こったのか、教えて下じゃよ、 オしか。そうしたら、一周りするまでは、蓋を開けられなくな さらない ? 」 ってしまうんだ」 「あんたは、どここ、 冫した ? 」 「おれが電話で話したことを聞いたろう ? フランタリンが事故で 死んだんだ。君は、それだけ知っていればいいんだ」 「もう一度、ガス栓を閉しに行っていた」 ノリスは。ヒアニーを檻の中に運び込んだ。。ヒアニーは、あまりに 「よし、もう いい。おれたちが、ここを調べ終えるまで、家の中に あらが も眠たくて、抗いもしなかった。そして、警察がやってきたときに いてくれ」 ぐっすりと眠りこんでいた。 ノリスが家へ戻ると、アンの蒼白な顔が、ゆっくりと彼のほうを マイラー署長は、まるで真夜中に強盗を探している男のように、 向いた。 びくつきながら三つの部屋を歩き回った。ニュートロイドの死体を アンは居間の窓際に、体を強ばらせて坐っていた。気分が悪そう 靴の爪先で触りながらいった。「これはどうしたんだ ? ノリス」 だった。その声は微かに怯えていた。 デピアント 「おれたちが、ちょうど処理しようとしていた変異種だ。おれがレ 「テリイ。今度のことは、すまないと思ってるわ」 ンチで、処理してやった」 「気にするな」 「あんたは、変異種などいないといっていたように思ったが ? 」 「どうしたの ? 」 「一般大衆に関するかぎり、 いないということになっている。あん / リスは、苦い徴笑を浮かべた。「時代に適応してきたたけさ。 たには関係ないことだったから、そういったまでさ。今でも関係は手術用具を見つけておいてくれたかい ? 」 ないと思うがね」 アンはうなずいた。「何に使うの ? 」 いれずみ 「わかった。だがな、おれにも関係があるようになるかもしれん「尻尾と、足の刺青を切り放すんだ。買物に行って、茶色の毛髪染 な。どんな風に爆発したんだ ? 」 料と二歳用のズボンを買ってきてくれ。これからは、。 ヒアニーは髪 ノリスは爆発の瞬間までのことを話した。「ドアの上の電球がゆを短かく刈るんだ。今から、あの娘は、マイクになるんだ」 るんでいて、点いたり消えたりしていた。フランクリンが手を伸ば 「テリイ、でも私たちは O 級なのよ。あの娘を私たちの子供とし デピアント
スクライ・、 きそうになかった。 ノリスが朝食のテ 1 ・フルに就くと、自動記述器から出たばかりの / リスは煙草を吸うために、椅子に腰をおろした。そして、アン朝刊が、彼の皿の横に、きれいに折りたたんで置いてあった。その 2 が、眠ってしまったビアニーを抱いて、忍び足でソファ 1 のところ上面の中央の広告が、いやでもノリスの目に入るように、非常に注 に運ぶのを見つめていた。法に従って、ビアニーをフランクリンに意深く折りたたんであった。 渡してしまえば簡単だろう。そしてアンには、別に何かしてやろう「おれが見るように、 ここに置いたのかい ? 」 といえばいいのだ。たとえば : 「別に、そんなわけじゃないわ」アンが何気ない様子で答えた。 ノリスは身震いすると、その考えを断ち切った。アンが、けげん わけがわからないといったしかめ面をしながら、 / リスはその広 そうに、ノリスを見た。 告を読んだ。 「そんな風な目で見ないでほしいわ」 「何もしてやしない」 求む生物技師 「ねえ、聞いて、テリイ。もし、あなたがこの娘を : : : 」 職種エヴォルヴォトロン技師孵化器要員養育管理係 「おまえの″もし″には、もうあきあきした ! 」ノリスはどなっ 研究室要員 た。「もう一度、その家を出て行くなどという脅しを口にしたら、 アンソロポス株式会社ニュー・アトランタ工場 そうしたら、好きにするがいい。好きなときに出て行くがしし 所在地ジョージア州アトランタ 「テリイ ! 」 備考人事部長へ電話または電報で連絡のこと 注現在の職場を離れてから応募のこと アンは、しばらくの間、わけがわからないというようにノリスの 顔を見つめていたが、やがて、依然としてわけのわからないまま、 ゆっくりと目を外した。ノリスは、深く椅子に沈み込むと、思いを「これはどういう意味なんだ ? 」ノリスは詰問するようにいった。 めぐらしていた。やがて、思い当ることがあった。自分を悩まして「別に、なんでもないわ。どうして ? なにか大切なことでも ? 」 いるのはアンではない。自分自身の一部が、彼を悩ましているの ノリスは新聞を脇に置くと、このたくらみ、もしもそうだとした だ。出て行ってしまうと脅かしているのは、他でもない自分自身のらだが、を無視することにした。アンは、その新聞を取り上げる 一部なのた。そしてもし、。ヒア = ーを中央研究所に回送してしまっと、まるではじめて見たかのように、それに目を通しはじめた。 たりしたら、それは本当に去って行ってしまうだろう。そしてそれ「新しい仕事、新しい土地」っぷやくようにいった。 以後、彼はいかなるものをも、耐えることはできなくなってしまう朝食を終えると、 / リスはジョ ージズ医師殺人事件の動機に関す だろう。自分自身さえも。 る証言書に署名するために、警察署へ出かけた。サラ・グラベス は、精神病院に収容され、マイラー署長の話によれば、しばらくそ こ
検査員が雌のニュートを取り除いてくれるものと決めてかかってい ・ : 」ノリスは肩をすくめてみせた。 たんだ。そしてその責任が自分ではなくて、孵化器の故障のせいに アンは暴れている赤ん坊のようなニュートを抱さ上げた。一「、ユー なると考えたのさ」 トロイドはもがき、噛みつこうとしていたが、アンが針金から外し 「それで ? 」 てやると、少し静かになった。 クーリ 「クーリ ノリスは肩をすくめた。「それで、検査嘗も人間さ。二日酔いの ! 」おびえたように泣き声をあげる。「クリー。 まま仕事に就くことだってあるだろうし、一つ、二つのできそこな いを見過ごすこともあるだろう。その上ニュートというのは、みん 「人殺しなんかじゃないって、テリイにいっているのよね」アンが な雌に見えるんだ。どちらにしろ、そのニュートは発見されなかつあやすようにいった。 そういってアンがニュートを撫で回すのが、ノリスには気に入ら 「しゃあ、どうして、デルモントがそんなことをしたとわかったのなカった。ニュ 1 トとは感情的に遠ざかっていなければならない。 それが彼のただ一つのモット ーだった。そのニュートロイドは生後 八カ月だが、二歳の幼児のように見えるーー制限年齢には、あと一 「先月、また同じことをしようとして、デルモントは捕まってしま ったんだ。そして前に一度そういったことをしたことがあると自白年た。人間の子供と同じように愛くるしく、造られている。 「檻の中に入れるんだ、アン」ノリスが静かにいった。 した。だが、実際に何度やったかはいおうとしなかった」 アンは顔を上げると、首を左右に振った。 ノリスはもがき、泣き声をあげている乱れた髪の小動物の最後の 一匹をトラックの檻から引き上げると、笑みを浮かべながら、アン 「そのニュートは他の人のものなんだ。そいつの愛情を、自分のほ に渡した。 うに向けられるとでも考えているのかい ? 君は、そいつの飼い主 から泥棒していることになるんだよ。ニュートたちは、一度に多く 「いいかい、例えばこの小さな猿ちゃんにしても、潜在的な雌かも しれないし、潜在的な殺人者かもしれないんだ。今トラックから出の人間を愛することはできないんだ」 したこのニュートたちはみな、昨年デルモントがいんちきをやった アンは不服そうに鼻を鳴らしたが、ニュートを檻に戻した。 ときに働いていた部署の機械から生まれ出たんだよ。異常なニュ 1 」ノリスはためらった。こんなことを問題にするには、 トを野放しにしておくことはできないし、有性のニュートをそのま時が悪いということはわかっていた。だが今夜のスレード家の擬出 まにしておくこともでぎないーーさもないと、自分たちで繁殖をは産。ハーティのことや、どうしてアンが、その招待を受け入れたの じめることになり、我々の手が及ばなくなってしまう。エヴォルヴか、そんなことも考えていた。 オトロンならば、必要な時に、 いつだって停止させることができ「なあに、テリイ ? 」 る。そして、ミュータントたちの最後の世代が死んでしまえば : ノリスは手に持っていた棒に寄りかかると、アンを見つめた。 シュード 掲 5
「こういったニュートを一匹、欲しくはないかい ? 飼い主不明のちの子供が生まれたら、世間は困惑するでしようよ ! 」 ニュートなら、すぐ登記してやれるよ。一銭もかかりはしない」 「そうなったら、両親は強制的に離され、公共労働者階級に落とさ 一瞬、アンはノリスを凝視した。それから足もとに眼を落とすれてしまうんだよ。わかっているのかい ? 」 と、ゆっくりと小屋の窓のところに歩いていった。腕を組んで立っ アンは地団駄を踏むと、窓のほうに向き直った。「こんなひどい たまま、外の夕暮の中を見つめた。 世の中なんて、どうにでもなればいし ! 」アンがどなった。 「擬出産パーティをやって ? テリイ」 ノリスは重くため息をついた。アンがそんなふうに感じていると いうことが、彼には残念だった。アンがそう感じているのは、ある 咽喉までせり上がってきた不安を呑み下して、自分がしゃべって いるのに気づいた。「きみのしたいように」 意味では正しいのかもしれない、だが残念であるのには変りなかっ 「家の電話が鳴ってるわ」 た。抑圧された怒りは、 ' 正当なものであっても、不当なものと同 / リスは待った。 様、精神的な不満を解消させるものではない。それどころか、その 怒りの正当性とは無関係に、体を悪くしてしまうかもしれない。 「止まったわ」しばらくして、アンがいった 「さあ、ペイプ、スレード家のパーティに出席するつもりなら、も 「どうなんだい ? 」 「私のしたいように ? テリイ」アンはゆっくりと振り返り、灰色うーーこ の光に背をもたせかけてノリスを見た。 アンはふきげんそうにうなすいて、彼とともに家のほうに歩きは 「なんでも、きみのしたいように」 ノリスはうなずいた。・ じめた。少なくとも、アンの怒りを、自分にではなく、世間に向け させておいたほうが、まだましだ。そんな気持だった。 「私は、あなたの子供が欲しい」 ノリスは傷つけられたように、体を強ばらせ、ロを開けたままア ンを見つめた。 妊婦は、日没までにバドミントンを三ゲームやってから、お客た 「あなたの子供が欲しい」 ちが到着する前にシャワーを浴び、服を変えるために家の中へ入っ ノリスは、ゆっくりと尻のポケットに手を入れた。 た。彼女は満面に幸福そうな笑みをたたえ、真新しいうわっぱりを 羽織って、軽い足どりで階段を降りてきた。彼女の首筋は、シャワ 「社会保証カードを出さなくたっていいわ。たとえ、そこに″ N- N ー N 級〃とスタンプされているとしても、かまわないのだから 9 ーの湯のために、まだビンク色だったし、通ったあとにも、淡い香 私はあなたの子供が欲しいのよ」 水の香りをただよわせていた。見たかぎりでは、うわっぱりを着る 必要性もなさそうだし、彼女がジョンに飛びついて ' 彼の首に腕を 「連邦政府は子供を許さないよ」 「連邦政府がどうしたのよ ! 彼らにだって人間をガス室へ送るこ巻きつけてぶらさがった様子には、どこにも妊婦らしい用心深さが よ、つこ 0 チー、刀ュ / ともかくも、現在のところはね ! 私た となんかできやしない ! シュードー クラス
由があるんだ」 「 ( ネム 1 ンは、また終りってわけか、え ? 」 「え ? どんな理由 ? 」 アンはゆっくり頭を振ると、ほんの少し、ノリスのほうに近寄っ ノリスはためらった。その答をアンが気に入らないのはわかってた。 いたからだ。しかしもう遅かった。アンは態度を硬化させはじめて 「そんなつもりじゃないわ、テリイ、そんなつもりじゃ」アンは足 を・止めた。ニュートロイドたちのとりとめのないおしやべりの最中 「私に当てさせてちょうだい」アソが冷たくいった。「もしも、あで、二人は疑わしげに互いを見つめ合っていた。 なたが自分で餌をやづたりしたら、彼らがあなたを愛するようにな やがて、ノリスは背を見せて、トラックのほうに歩いていき、先 づてしまうからなのね。そうでしよう ? 」 に針金の輪がついた棒を取り出すと、トラックの金網張りの檻の中 「あ、ああ、そうさ。今でさえ、ばくが入ってくるとすぐ、給餌器で、まるで怯えた猿のようにかたまり、かん高い悲鳴をあげてい が動きばじめることを知づているので、ぼくにある種の愛情めいたる、人形のような動物を捕えはじめた。ニュートロイドは、一つの ものを持づ宅いるほどなんだ」 家庭だけになっくべットで、いつでも見知らぬ人間を恐がってい 「わかったわ。そしてもし、このニートイドたちが、あなたをる。その上、このトラックの中にいるニュートロイドたちは、ノリ 愛するようなことになづてしまったら、三号室で彼らを処理するのスのことを、自分たちをママから引き離し、目くるめくような風 がつらくなづてしまうというのね」 景、耳を聾するような交通の恐ろしい世界へと引きずり込んだ悪漢 「だいたい、そんなところだ」 としか億えていないのだ。 「いいわ、テ以イ、私はこのユ 1 トたちにリンゴを食べさせてや 二人はしばらくの間、無言のまま働いた。やがてアンが、何気な るわ。あなたはあなたで、ご自分のガス室の仕事に専念すればいし く尋ねた。「デルモント事件て、何なの、テリイ ? 」 のよ」アソは、きつばりとそういづた。「このやり方に、どこかお「え ? そんなこと、どこで聞いた ? 」 かしなところがあって ? 」 「あなたが電話でいってらしたのを耳にしたのよ。目のまわりを黒 それを認めるにしろ、そうでないにしろ、この提案にどこかおか くあざにされたり、顔をひっかかれたりしたことに、何か関係があ しなところを、ノリスは見つけるべきだ、アシの幟はそういって、 しるの ? 」 るようだった。 ノリスは苦々しげにうなずいた。「間接的にはね。話せば長くな 「こいつらと、本気になってつき合、おうというつもりなのか ? 」固ってしまうがーーーそうだ、君はエヴォルヴォト戸ンのことを知って い口調で、ノリスが尋ねた。 るね」 「すぐにでも、殺してしまおうというつもりなの ? 」アンが応じ「アンソロス会社だけが、それを突然変異を引き起こさせるため に使用しているんでしよ」 さなか 掲 3
冫し力ないわ 「待ちましよう」アンがいった。「本を読んであげるわね、テリイ て通すわけこよ、 「おれたちは級になるんだ。遣伝証明書を偽造してしまえばい 「ありがとう」目を閉じたまま、ノリスがつぶやいた。 い」 アンは静かに出ていったが、すぐ戻ってきた。乾いたページを繰 アンは両手で顔をおおって、ゆっくりと前後に体を揺すった。 アン。フランクリンか、あの娘る音が聞こえ、かびた皮の匂いが、ノリスを包んだ。それからアン 「そんなに気にしないほうがいし の柔らかい声が、古き言葉を読み上げるのが聞こえてきた。そして か、どちらか一つだったんだ。そしてこれからは、社会を取るか、 ノリスは、怒った男たちの歩き回る中で、小さな子供のような生物 ノリス一家を取るかになるんだ」 が、やすらかに眠り続けている姿を思い浮かべた。心を持った小さ 「これから、どうするつもりなの」 な生命、それはまるで、人類という混み合った家の中に忍び込んだ 「アトランタに行って、アンソロポス社に勤めよう。おれたちは、 盗賊のように、ひっそりとこの世に生まれてきたのだった。 デルモントの失敗したところから、はじめるんだ」 たみ さきっかはなんちいた おそれ 「我わが畏懼をなんぢの前に遣し汝が至るところの民をことごとく 「テリイ ! 」 なんぢうしろみ われくまばちなんぢさき ゃぶなんぢもろもろてき 「ビア = ーには、配偶者が必要になるだろう。デルモントの造った敗り汝の諸の敵をして汝に後を見せしめん 9 我黄蜂を汝の前につ おひ これ びと びとなんぢまへ びと かはさん。是ヒビ人力ナン人およびへテ人を汝の前より逐はらふべ 雄たちは、みんな見つかってしまうことになるだろうから、おれが なんぢつひまし われようやく なんぢまへ ビア = ーのために、雄を一匹作ってやるよ。そうして、チンパンジし。我漸々にかれらを汝の前より逐はらはん。汝は遂に増てその地 なんぢわれ あたらわ われ を獲にいたらん。しかるのち我なんちを新しき我が民となし、汝我 1 のニュート夫婦が、その造化主たちよりも、うまくやっていくか を神とせん : : : 」 / し、刀」 どうか見守ってやろうじゃよ、 そして、その五月の静かな午後、警官たちが動物小屋を調べ終え 疲れ切って、ノリスはソファーに横になった。 「あの牧師のことはどうするの ? 。ヒア = ーのことを他人に言いふるのを待っているテレル・ノリスにとって、陰謀と権力と乱暴の終 フランクリンのことをおかしいと思って、警察る日は、それほど遠くないように思えた。その世界は、素晴らしい らすかもしれない。 世界に違いない。 に密告するかもしれないわ」 ノリスは、人類が、どうにかしてその世界に調和できるであろう 「そうしたら」ノリスがいった。「警察はおれたちの動機を嗅ぎつ ことを祈った。 けることになるだろうさ。奴らは捜査をはじめて、おれはおしまい オしか。もう疲れ さ。だが、そうなるかどうか、待ってみようじゃよ、 たよ。話はやめにしよう。マイラーが来るまで、こうしていよう」 アンが優しく、ノリスのこめかみをさすった。ノリスは徴笑みを 浮かべた。 われ うる かみ おひ 2 引
アに封印をして、ガスの栓をひねった。そして明りを消した。再び「酒か ? 」 夜空を見上げ、乾いた音をたてる草を踏んで、家のほうに歩いた。 「そうよ」 あの部屋から焼却炉まで続いているべルトコンべャーが、黙ってい ミルクと、卵の黄身、蜂蜜、そしてラムの味がした。 ても、あとのことはやっておいてくれる。 「毒薬は ? 」 突然、ノリスは気分が悪くなった。裏口の石段の上に疲れ切った アンは頭を振った。ノリスは急いでそれを飲み干した。ため息を ように腰をおろすと、膝を抱えた腕の上に頭をもたせかけた。目頭洩らすと、また横になって、アンの手を取った。再び彼らはおし黙 が熱かった。だが、自分が泣いているのだなどと考えると、余計に 気分が悪くなるのだった。小屋のほうから、焼却炉の点火装置が作「ねえ、どんな女だって、少しの間かもしれないけど、結婚したば 動した印しの低い爆発音が、微かに伝わってきた。ノリスは吐き気かりの頃は、自分の夫は完全無欠たと思うのじゃないかしら」アン を催した。よろめきながら、急ぎ足で石段から離れた。 が放心したようにつぶやいた。「馬鹿みたいだけれど、でも当然の 寝室では、アンが彼を待っていた。彼女は窓の下の腰掛に坐ってことに気づいたときのショックは、すごく大きいのよ。自分の夫だ いた。その小柄な姿は、青白い月光に照らされた庭を背景に、里 くって、他の野蛮な人間たちと、大差あるわけじゃないってね」 浮き出ていた。 ノリスは体を強ばらせて、顔をそむけた。やがて、アンの手が彼 アンは黙りこくったまま、焼却炉の煙突から吐き出される排気ガの頬に、そっと触れた。その指先は、彼のこめかみの柔らかな線を スの、鈍い赤色の舌を見つめていた。忍び足で玄関を横ぎってきた たどって上下した。 ノリスは、入口のところに立ちつくした。アンが振り向いた。恐ろ「でも、もういいのよ、テリイ」アンがささやく。 しいほどの静けさが二人の間に立ちこめた。そして、 ノリスは顔をそむけたままだった。まるで、もう慣れつこになっ 「散歩に行ってらしたの、テリイ ? 」 てしまった彼の髪の毛の手触りの内に、何か新しい、これまでとは また静寂が戻る。無言のまま、音も立てずにノリスは後じさっ違ったものが感じられるかのように、アンの指は柔らかく動き続け た。居間へ行って、長椅子の上で横になった。 た。それから、アンは立ち上がると、静かに寝室へ戻っていった。 しばらくしてから、アンが台所で何かしている音が聞こえ、明り ノリスは、夜明けまで眠れなかった。もうこれまでのような″テ が目に入った。少ししてノリスが目をあけてみると、アンの黒い影 リイ″ではいられなくなったことを知った。そして世界もこれまで が自分の上をおおっていた。ネグリジェがまるで霊気のように、アのようではありえない・ーー決して。禁制、創造、屠殺、嘲笑、生命 ンの体を包んでいる。彼女は長椅子の端に腰をおろすと、コップを誕生の偽造、死、そして生命が続いていくかぎりは。 差し出した。 夜明けが夜霧を受け継いで、雲に変え、陰鬱な灰色の朝をもたら R 「お飲みなさい。楽になるわ」 めがしら
離した。包みが床に落ちる。 見つめているアンのほうを見た。 「ばらばらに・ーー」 「どんな気持だい ? 」ノリスがつぶやいた。 ・ヨージズはやせこけた女を凝視した。 厚い唇が大きく開かれ、シ アンは、無言のまま彼を見やり、頭を左右に振った。ノリスは立 「プリムローズの尻尾には、私のプリムローズの尻尾には、黒い乱ち上がって、雑誌入れのところまで行くと、あてどもなく本のペー れ毛があったのよ」 ジを繰った。おどおどとした目つきで、またアンのほうを見た。窓 医者は大きく息を呑んだ。女から目を離そうとはしない。 のところに歩いていって立ち止まると、煙草を吸いながらしばらく 「私のプリムローズは、どこなの ? 」女は・ハッグの中に手を突っ込の間、外の通りを見ていた。今度はビアノのところへ行くと、再び 神質そうにアンを見やり、人差し指一本で、べー ーベンの第五 ・ノヨージズが一歩後じさりする。 の数小節を弾こうとして、最初のメロディの次の音を間違えてしま 「私の赤ちゃんを、どこにやったの ? 」 「サラ、本当に、どうしようもなかっ った。ののしり声を上げ、鍵盤にこぶしを叩きつけた。ため息を洩 女の手カノ : 、・、ツグから重そうな自動拳銃を掴み出した。不安定にらして、体を前に傾け、楽譜立てに頭を圧しつけると、目を閉し 上下に揺れ動く。女の細い手首と腕にとっては、その拳銃はあまり にも重すぎるのだ。突然、部屋中が混乱と、ざわめきとに満ち満ち「自分を責めたりしないで、テリイ」アンが優しくいった。 「私が、彼に檻の中のニュートを渡したりしなければ、こんなこと 「おまえが、あの子を殺したんだ」 にはならなかったのよ」 アンはちょっとの間考えていたが、「そしてもし、私の母方の祖 「最初の弾丸は、天井から跳ね返って、窓を割り , ーー」テレビの = 父が、二〇一三年に自分の妻に嘘をついていなかったら、私は生ま れていなかったんだわ」 ュース・アナウンサ 1 が告げた。「二発目は、壁にあたりました。 そして三発目の弾丸が、分娩室の入口のほうに駈けたジョ 1 ジズ医「どうして ? 」 師の後頭部に命中し、医師を即死させたのです。犯人のグラベス夫「だって、もしも祖父が本当のことをいったとしたら、祖母は怒っ て、出て行ってしまったでしようからね。そうしたら、母が生まれ 人は、その場に居合わせた人たちが、捕える間もなく逃げ去り、 るわけがなかったのですもの」 今、捜査陣はーー」 ノリスは身震いすると、応接室の様子を映し出している画面から「だが、それでもーー」 目をそらした。ほんの二時間ばかり前に、ノリスたちはそここ、 冫した「それでも、なんていわないで ! 」アンは、自分を包んでいた憂鬱 のだ。ノリスはテレビのスイッチを切ると、震える手で煙草に火をな空気を払い除けると、「さあ、こちらにいらして、テリイ ! 」 アンを抱き締めているだけで、心がなごむのだった。アンは、こ つけた。そして、ソフアのの端に腰をおろして、・ほんやりと宙を ナートマチック 20 ー